1 [ 雫 に 濁 る 物 語 ] 表紙
2 [貼り紙] 近衛殿前久号龍山公 極札添 佐藤 誹所綾錦 松永貞徳誹諧一道ノ宗匠を 龍山公より免 許すと有九条玖山公山崎宗鑑 細川幽斎紹巴 抔同時也龍山公和歌連誹達人也 世ニしる所也可賞 翫書也と安部行貞申キ 凡享和頃迄約百三四拾束余成か
3 なかにも つゆ ば かりはつみゆる されぬ べけれど ひとへに びんなきものにのみお ぼ し めすらん と この御事に つけても はゝの御こと いか ばかりかはおぼしめしい づ らん と思やりまいらするも わが つみさりがたく思つゞけて い ゐ たまへり 三ゐ くれぬ とい そぎたまへば ないしのかみ は あ る かな き かの心ちにも
4 かくときゝたまへば 心やす く おぼしすてさせたま はざりけ るもうれしながら このよには いまは いかでか 見たてまつるべき とおぼ すにも さるべくてこそ かゝるうき身のはらにや どりたまひけめ 見たて まつらん とおぼしめし て 中納言 かく れ たまへば ひま に 御ぞをしくゝみ あま がつ なにくれなどそゝのき あひたるに かたはらに ふせたてまつるを見たて まつ り たまへば なにのあや めも見 ゆまじきほどなれ ど たゞ うゑ の御か ほゝうつし とりたるやうなるを見給 も かきくらす 心ちして は かばかしくも見へたまはず これ見きこゆるさい将 のめ のと中将などは いまいましく
5 ゆゝしくをもはじ とを もへ ども なみだのみぞをつる ありしまゝにて かゝ る御 事のをはせましかば い かばかりめでたからまし と 思にも 中納言どのぞうらめ しき あやつな と ひたい に かき たてまつるすゞりを ひきよせて ふでとるても わなゝかしけれども すゞ りのしたなるしろきうす やうに ものかきつけて し どけなげにをしまきて 中将にさしとらせたま へるを さなめり と心 え て うるはしくひきむすび つゝみなどして さい将 の 中将に うちゑ まいらせよ とおぼすにや とてたて まつる いかやうなる事 ならん とかなしくあは れにおぼす 人々に 御ゆ
6 など まいり よく御 ゆなど まもりたてまつれ などいひ をきて わか宮 の 御をくり に はべらん とぞのたまふ ちある人の やむごとなきなど 車にぐし たまえり くれぬべし とて 宰相中将 御 車に いだきたてまつ りて のせまいらせ給つゝ 御車 ひきいづるなごり いみじく あはれなり 内侍督は たゞ世ニ ながらへん と さらにおぼえね ば ゆをだにまいらず さばかりひ ごろくづをれたまえる が さる だ い じのわざをし給えるに おのづから いかばや とも 心をもえて 神仏をねんじたまはゞやあらん たゞふかくのみおぼしいれば たのみすくなし 中納言 い と ゞ いかに 我を うしとおぼすらむ とをしはからる いま さりとも たいらかにておはするのみう れし とおぼす うちには わか
7 宮 わたらせ給 えり とき かせ給 にも はゝながらとお もはまし かば と それにつけても 御むね ふたがらせ給て さい将の文 まい らせ給えるをも ゆめかとまで 御心さはぎして 御らんずれば おのがよゝひきわかれぬる竹 のこの おひしふるねをそれとしらなん 君ならであふせあらじとみつせがは しでの山ぢへ思こそいれ たゞよはげに とりの あとのやうに かゝれたる めでたかりしてとも 見えぬに いかばかり思けるにか と御らんずる御心地 なのめならん やは せめて思あたりける心のうち をしらせまほしてかきつらん 心の程かなしさに とばかり御か ほにをしあてゝおはします 御 なみだは たきの水 などのを つる心地ぞせさせたまふ 宰相 中将は おぼつかなく こもちの事 おぼしやれど わかみやの御こと
8 も [み ] す てがたくてさ ぶらひ給 御 ゆどのゝぎしきなどは たゞ た ちそひたまはずといふばかりこそ あれ 御つるうち れいのことな れば きよげさわりなきを えりすぐりて 五位十人 六位 十人御ゆどのゝぐそく なのめならぬ ことゞもなり なにゝも 今上一 のみこ とかきつけられたるを も[ち] 給 宰相かゝる人のをやとなり給 ばかりの人の御すくせの などか を な じくは くもりなかざりけん と くちを しきことかぎりなし 内侍督はた ゞよはに 心地なり 給に さすが あはれなる事おほく めのとなど 宰相中将をはじめて いかに あはれにあえなくおぼさん と おもふをうちはじめ さすが 中納言 わが心をたがへじ と ちかくもよらず 心をつくしおぼしあつかひつるも いまは さりとも とおぼしたるりつる もあはれ げに いきたらば さのみも
9 いかゞしたかはざらんとおもふ心う さ また なびきにけり と うちの きかせ給はんはづかしさなどに も 中々 なからんのみぞよからめ と ふかく おぼしとりて たゞをなじき さまにのみおはす 中納言はかたわ らにのみそひふして わか宮など をみ給しにも いとゞ いかに にく しとおぼすらん とをしはかり 給にも ことはりの程思しられ 侍れば それも さるべきこと ゝ おぼしなせ むかしより さるふ しなきにしも侍らず さり とも 月ごろ をこがましく し れじれしきおもふ人も侍らむ それも さも侍れ 御心にだに あは れおぼさば と思ねんじつる 心の程は をくのえびすなりとも あはれはしれなるものを いま だに すこし よのつねにて みえ させたまえ それのみぞ 日ごろ の 心おぼししりけり とも思侍ら
10 ん などきこえたまふに げ に いかに あ え なくおぼさん と あ りがたかりしをりの御心も いは きならねば おぼししられて 日ごろも あまりくるしくて もの 一ことは もをだにもきこえ ざり つるも むげに思いでなくおぼさんも とあはなれば いま このよも と おぼせば くるしきをねんじて かほひきいれながら 御こゝろの ほどは ありがたく うれしく思 しらぬにあらねど この世にながら へて侍まじき契にや 日ごろも いまいまと思侍しに けふまでも いかで 侍けるにか 御心 ざしのほどをも む げに この世にては しらぬさまにてやみ はべりぬ などきこえ給御こゑも たへだへになりゆく あやしくて 御ぞをひきあげて 御かほをみれば しろくうつくしげに そこらの 月ごろしづみたる人ともおぼえ ず 心くるしげにめでたきことかぎ
11 りなし と こは いかにして むぞ と ものもおぼえ給 はぬに 宰相めのと いまはかぎりにこそ と 見 たて まつるけしき とかく ものおほ え んやは たゞ 御ともに ぐしておはしませ と こゑも を しま ず なきたまふさま こと わりなり 宰相の中将のもとへつ げ たてまつる 中納言 いまは さりとも と おもふことなくおぼえつるも むな しくみなしたてまつる心地 あるまじきわざをして 神仏 のしわざなめり と なき人に そ いふして なきこがれたまふさ ま あはれなり そこらの月ごろ そ ひたりつれど こゑをだに きかせたまはざりつるに いまはの をりしも い かばかりくるし かりつらんに 心ざしの程をゝぼし しりたりけるをいはんとおぼし よりける御心の程 とてもかくても 人の御心をつくせんとなり
12 にける人かな とおもふも この世には ちぎりもおもはざりけるを のち の世にだに おなじはちすの露と むすばゝや とおぼしまどふさま まして おなじ心に あはれをかはし まことのち ぎりにておはせましかば この世にも とゞまり給はざらまし と 見たてま つる人々も いとをしき心地どもは もよをさるゝ心地ぞしける 宰相 中将は わか宮の五夜七夜の程はさぶ らはせ給へとおぼ せら れ われも さ おぼし つるに かくときゝ給に ものおぼえ 給はんやは 心もあはたゞしく うちに か うかう とそうして まかで給をきかせ 給御心 いまは さは よそながらだにき くまじきにこそ と みつせがはの わたりに われもいそぎいかまほしく あさからずおぼしめさるゝに 御ぞを ひきかづきて おほとのごもりぬ さ い 将 の中将には さりとも いかでか さる 事あらん たしかなることきかせよ と すくすくしくおほせられせども
13 一の宮の御こと 一日の御文などのあは れ さによそなりとてもつゆをろか に思なさるべしともおぼさず 宰相いそぎおはして見きこえ給 に中納言おなじさまにてそひふし 給えりねいりたるやうにてしろく うつくしげなるを見きこえ給心地 あまたあらむはらからにてだに か ゝる かぎりの 御 ありさまいまはとおもはん うれしさはおろかなるまじきをかた 身にまたなき御おもひともなれば ものもおぼえずもしやと人々まも り給へといまはの御ありさましるき わさなればかなしとてもさてあるべ きならねば おとはのやまのふもと にてけぶりとなしたてまつり給に さらにもゑやり給はぬを人々思をく 一の御この御ことにてこそはあるらめ とおぼせば しの ひ やかに御心しりの人 このよしを そうし給にあるかなき かにておほとのこもれるにまいりて
14 このよしを申になくなくいかなる べきことそとおほせらるゝに御文 などの候べきにこそと申にこの世 にてありしかへりごとをだにいは すなりにしにうれしきついてに いふべきにこそとあはれにかなしくて なくなくかゝせ給 もえやらずむすほをるらむ けぶりにも たちをくるべき思ならぬを みつせかはあふせありやといそぎつる しての山地はわれもをくれし この世こそおもはずならねはちすはの うゑをく露はへたてさらなん あはれなることさまざまかゝせ給てふん せさせ給てそのうゑにかゝせ給 契をきしこゝろもあればなきあとの をくりこそやれむらさきの雲 きさきの宮のせむしかぶらせ給一の みやの御ことおぼしめすにもなをあ かすおぼさるてば いまひときはそふ べし一の宮の御はゝなるによりて そうくわう御宮とをくりたてま
15 つらせ給ふたせんみやうよみあけたる をきゝ給宰相中将中納言などはいま一 きわのかなしさそひてそゝろさむき までおぼしけるにくちをしくて やみたまひにしかば中納言たゝ はれ ゆえそかし人をもいたづらになし たてまつりぬとおそろしくなに ゝ つけてもをんなの御ためはかたじ けなき御すくなりせめて思あまり そのことゝなき御契なれと中納言も 御おくりし給へば 宰相はあはれと見 たまえるまゝにうちの御ふみを けむりのなかにうちいれてのち は雲とやなりまかでのぼりたまひ にけるこのよしをうちはきかせた まふにかのまぼろしかことづけき かせ給けん御心もかぎりあればまさ らせたまはじとぞおぼしさるゝ いまはいかにおぼすともこの世には かひなき思なりかはかりうきこと を見る見るよにありてなに ゝかはせん きしかたゆくさきもこれにまさる
16 思我身にはあるべからずこのついでに かゝるうき世をおもひすてゝつみ ふかくもの思いれてうせにし人をも いかではちすの露となさんとおぼ し めしけるにも一宮の物ゝ心し らせたまはんまではあらまほしけれ とそれまでながらふべきならずなとお ぼ しつゝくるにこの世はたゝゆめ まぼろしとのみおぼしめしすてさせ たまふになをこの御心のやみにまよ ひぬべくおぼしめすぞくちをし かりける仏はさびしちんほうとこ ぞおほせられたれとおぼししり ながらひめみやの御かたへわたれせ給 えれはこれも内侍督のこときか せたまえるかいみじくなかせ給 える御気しきいとゞつゝませ給えと 御なみだは袖あまるを せめて をしのこはせ給て内侍督はうせ侍に けるにくしといひながらよしな きことをさへしいたさせ給てそれに よりはゝ宮をもうしと思とり
17 きこえて人もいたづらになりぬるに はうきことにあらずや見なれたりし われらをだにつねはものつゝまし けなりしをましてしらぬ人に みえんとは思らんやその思にうせぬる 人に侍めりかた身にとゞめをきて侍 る人またも侍らぬを見をきかたく なと おもひ侍御こにせさせ給てわか侍ら さらむをりのかた身とも御らんぜよ 七日すぎなば むかへとりてあづけたて まつらんとおぼせられていみじげなる 御 け しきにいとゞみめみやも御袖し ぼるばかりになりぬるををのづから ちかく候人は見きこえたてまつる になみだとゞめかたかりけりとのゝ うゑ内侍督の事とものたまふわかみや むかえたてまつりて一日ばかりおはし けるきさいのくらひをくらせ給ける ことなどこまかにきかせ給に中 納言はいかばかりあはれに おぼしめすらんと おもふにわれをもうしとこそは おぼしめさるらめとおほすうゑはおぼ
18 しめしたつ御ことも心もとなく おぼしめさるふしみにはかなしと いへど御いみもすゑつかたになりゆ くに一みやにことづけたてまつりて こちたきまで御とぶらひありお ほやけさたなればさはいへともよの中 のひゞきにぞありけるなにゝつけ てもめでたき人 の御ありさま にぞありける中中納言はこのよには ちぎりをはせざりける人にをこ かましくいたくなげかしとおぼせ とたくひなかりし御さまはなに ならさらん人とてもおろかに思ふ べかりし御ありさまかはほうしにも ならまほしくなにゝかへたる身 ともなくやと思ふばかりにとゝこほり 給えといまはのきはにしもあは れ をしらせたまはんの御気しき はこの世ならでも思わ するべきよし なかりけりいかなる人を見るとも つゆなくさむべきはあるべきな らずとのうゑいまいまししくおこが
19 ましくもありなにしにさて はいつとなくおはすらんとかたがた におたまふもことわりなる四十 九日にをのかおのおのあくがれたまふ 中納言のきのしのぶをつくづくと ながめいでゝいまははとおぼす かさしもなごりあはれ になにゝ めとゞまる心地し給すそろなる もの思してをくりしいみ なとにさへこもりてなきこがれ たまふなときゝていまいましくよし なきことなりみかどにはなかくひ むなき物におもはれまいらせてと おほせとわれらが心あはせてし いでゝしことなればえかくも物 ものたまはずにめでたかりし ありさまよの中の人このころ あはれ なるさたにそしける 印
20 御かとはつねならぬよとふかくおぼ しとりつれはなにごとも かずならず七日すぎぬればよき 日してわかみやむかえたてまつ りて見たてまつらせ給に御かゝみ のかけかはらぬものゆえはゝの御さ まも思いてられさせ給におもひす てつるよも心のやみはくるしかり けりといと心ほそくおぼしめさる ひめ宮一ほんのみやになしたて まつらせ給てその御かたに一のみや
21 はおはしまさせたてまつらせ給 にかたがたのあはれにもおろかにおぼ しめされんやはともすれ ばいた きあつかはせ給を中宮は心つきな くおぼしめさるれとはゝのをは せほこそはめさましからめいまゝて まうけの君もをはしまさぬに ひめ宮の御ためゆくすゑたのもしく おぼしめしをきつるもさすが にあはれにおぼえさせ給へば おほし もはなたれずみたてまつりなど せさせ給にいまより気しきこ とにたゞうゑの御かほゝうつし とりて又はゝかたさえそひ な へて ならぬさまを まことにやむすびあわせし忍草 などあやにくに露けかるらん と思しられたまえとすきにし かたのこひしくかなしければ 御 めのとの宰相めしいでゝたれにもうし とのみ おもはれきこえにしかば 露のあはれもなさけもかけ給へ
22 しとはおもはねと月ころなれ きこえしかば いまははと思ふは いとなんかなしかりけりすきに し御心たかへすしたてまつりし をなき御心にはあはれとおぼしけるを わが身にだにをこがましくしれしれ しき名をもなかし侍りぬるに 思しる人も侍りぬべしよのつね のまことの契にかくまでおもひまど はんはことわりのことに侍りなん 心をはせん人は中々なとかあはれ おかけ給はざるべきと心やりてなん 思侍とのたまふに これにも なみだ に むせみて御かへりごとも申さず おはしためらひてあさましかりし 御ありさまをあさからずおぼし めしあつかひし御心ざしはなに ごとをいかにともおもひわかれ 候はず かたじけなしとのみおもひ侍りしかと もひごろはかくておはしますにこそ 思なぐさめて侍りつるをいまより はなにゝいのちをかけ侍べきとぞ
23 のをりよりもきえぬ へけなる 気しきともあはれとみ給のちの御 ことなどつれなくつらかりし御 事ともゝなくこまかにいとなみ つるはありがたかりつる御心かなと 宰相中将もおろかならずおぼえ給 御ゆえにか く はかなくなり給ぬる ぞかしとうらめしくおぼすも それもさるべき契にこそ とひこ ろの御心のあはれさにおぼしめされ けりすそろにむなしくなして おぼすらん中納言の御心も心くるしく あはれなり宰相もさてのみをは すべきならねばなくなくとまる人 のことゝもさたしをき御はかへ まいりなどして中納言殿ももろ ともにいで給心地ともあへなくかな しともおろかなり御かどは月日 のすぎゆくも心もとなくいそがしくのみ おぼしめすに としもかへりぬれば 又きしろふべき人やあるべきと おぼしめせば 二にて春宮にすへた
24 てまつらせ給て宰相中将おぼし めす御心あれはしたゐになしあけつゝ 人のそしりうらみもしらせ給はず 大臣にて右大将かけたまひつこん 中納言はよにをそれてまいり給はず またひんなき人とふかくおぼし めしてしかばまいり給えともめ さすはしたなき事ともあるべけ れどもいまはこの世にてもかくて もとおぼしめせばおぼしめし かへすいつとなくこもりゐたまへる とのゝうゑはよしなかりけるわ さかなとくやしくおぼえ給うち はよるひるねん仏にこゝろをいれ てもなをあぢきなくおぼしめせば おりゐなんの御心あるべしうち の大将殿をめしよせてかうかうなん おもふ一のみやのすこしこゝろつ きたまはんまでとねんすれば猶 いと心もとなしまたきしろふ べき人やあるくらゐゆづりたて まつりてんとなん思ふとおほせ
25 らるゝ にいかにおぼしなるにかと おもふにかなしくてむげにいまだ 一のみやはいはけなくおはしますに うえに御よいまだすゑにならせた まはぬにいかでさる事と申 給えばさらなりおぼろげに思はん に人のそしりもありむつきの うゑなる人にゆつらむと思な んや 心あさくもいはるゝかななどお ほせられてにわかに御くら ゐゆづりありて内大臣関白し たまふかたわらいたくいかゞとを ぼしたれとこの一のみやをそこ よりほかにあはれとおもひたてまつ るべき人さらになし われとても 一のひとのすぢにてあらずばこゝろ はあらめいまの御かどはひとへにき みにあづけてんすおさなくて まつりことしたまはざらん程は 一ほんのみやに申あわせてしむか おこ がましからずひたうまつり ごとなくよくよくうしろみたて
26 まつられよなんとけふあすもの へいかんする人のやうにいそがしげに おぼせられをくことゝもたゞ内侍 かみのゆかりと見ゆかくにわかに御 くにゆづりなどのあるをだれも あえなくめでたかりつる御よを とあさましきたみにいたるまで もてかなしみたてまつることかぎ りなし一ほんの宮にわれいかになり 侍りぬともけうやうともおぼしめして うちにはなれたてまつらせ給なはゝ ともちゝともきみひとりをたのみ たてまつるべき人にこそあめれ むげ にをさなからん程は女御たいにて 君せつしやうとよのまつりこ とはせ させ給えかしなどぞ申させ給さか に御くわんありければそれへわた らせ給て御さまかへんとおぼし めしたちてはいまははとおぼしめ すに はさすがに一品宮の御こともとおほ せは中宮いまは女院とぞきこえ 給いま一とのたいめんなからんもくち
27 をしかりぬへければわたらせ給え と申させ給てこの世はいくはく 侍ましければあらん程だにしば おこなゐせんとおもひ侍ををさなう より見そめたてまつりしかばおろか にも思たてまつらぬによしなき ことひとつによりわれも人も心を きてたてまつりにしもいまはくや しく侍一ほんのみやおはしませば むげにおぼしめしすくらしと なんおもひきこゆまたなくてぞ 人のと申こともおぼししることも 侍りなん一ほんのみやひとゝころ おはしますもかぎりすくなきこと にて侍りうちのうゑをいまは我か はりとも御ことも思て心をく事 なくて思はくゝみ[た]てまつり給など さまざまにあはれなることゝもをきこ えあかしてあくる日ぞかへらせたまふ いかにおぼしなるにかとあはれに おぼさるそのつぎの日一ほんの宮 くしたてまつりてきゃうかうなり
28 ぬ見たてまつらせ給にかしこく おぼしすてつるよなれとないしのか みにたゞそれとおぼゆれば御めかき くらされてかなしなとはかぎり なくおぼしめさるゝ はぐくまむをやはひとり もそはずして いかでかつるのこはそだつべき とおぼしめす にはいだきたてまつら せ給御かほになみだのかゝれるをゆゝ しくおぼしめせば御めのとにうつし きこえ給つ一ほんのみやにはあなか しこ御めはなたせ給なたゞ我 かはりと御らんずべきなりとさまざま に申させ給ことゞもおほけれども いかでかなへての人のきくべき ひぐらしおりまくらしてかき りあらばえとゞめたてまつり給はず あかずかなしながら行幸なりぬ 一品宮はいかなるべき御ありさまにかと 心もこゝろならずなくなくかへらせ給 けるあくる日さかへわたらせ給て 山のさすめしおろし て御ぐし
29 おろさせ給えとおぼしをきつる をいまのせつしやうはその御けしき みたてまつるにかなしく心もう (せ) き はてぬる心地してかふりのひたいを つちにつけていかなるみちにもをくれ まいらすべからずわれもともにこそ と申給をそこをたのみてこそ いまたちの中なる人をうちすてゝ 思たちぬれうちのうへをこそわかるの ともまたうせにしはゝのかはりとも 思なしてかまへてたいらかにて みむとおもは るべけれうちすてゝ われにくせんとおもわれはなかなか なきあとまでは と なんうらめし かるべきと御めをしのこはせ給 てまたこないしのかみの御れう にかならず御たうたてらるべし うちはいふに かひなくおはします そこにこそとふらひきこゆべけ れなどおほせられをくことゞも かなしともおろかなり事どもさだ まりてさすめしいれて御ぐし
30 おろさせ 給こゝちのかなしさいまだ わかくさかりに め でたき御さ ま を にわかにかくならせたまひぬる いかばかりの御心ならんとよの人を しみかなしみたてまつるさま ことわりもすきたり御くしをろ させ給えれば人にもみえさせ給はで 仏の御まゑに御きやうよませ給て ひもくれたれとも山のさすはあまり かなしくおぼえ給へはしばしやすらひて うちなげきてさぶらひたまふに四の まきのほ師品になりて一花一く ないし一 念すいきとゆるかにうち あけてよませ給御こゑ雲の上に すみのぼるときこゆるにやうやう 御こゑのとをくなるやうにておとも せさせ給はず念仏せさせ給にやと おもふにかう はしきかみちみちてそら にえもいはずめでたきかくのこゑ かすかにきこゆ山のさすあやし さにこれはきこしめすにやと申 給ことをともせさせ給はずなをあ
31 やしくて御しやうしをひき あけて見させ給にさらにをはし まさすなをい かなることぞとこゝ かしこみたてまつるにをはしまさず せつしやうどのはなきほれてかた すみにゐたまへるにかうかうとの たまへば物もおぼえ給はずいか て かさることのあらむとみな人 あきれまどひたりはてはから をだにとゞ めすならせ給ぬるめ つらかにこそそくしんしやうぶつ といふことありときけ又見き かさりつる ことをさにこそをはす めれとめでたうたうとき物からあへ なしともおろかなり一ほんの宮女 院なときかせ給御こゝろともおろか ならんやは御さまのかはらせたまふ だにあさましくかなしと思つるに さながらもよにおはしますべし とおもひつれ御からをだに見ず しらずな りぬる事とせつしやう 殿はなきたまふさまことわり
32 なりてみたてまつる人もいとゝかな しささ り とてあるべきことなら ねばのちの物さたにもかゝるた めしあらじかしと夢の心ち のみせさせ給せつしょう殿はいかさ まにも御いみにもこもらせ給け れどうちの御ことをおぼせられ をきしもおそろしければ うちえまいり給てもかたじ けなくあはれなりし御心ばえ いかなるよにかなのめにおぼゆへか 覧とこひしくかんしくゆめに だにいかでかさたかにみたてまつ るべきとこゑもをしまずぞ おはしける一ほんのみやはうち をみたてまつらせ給にも御おも かげ御身にそひたる心地して おなじをやと申ながらあはれに たぐひなかりし御心の程を この世ならでもあひみ た てま つるわざもかなとなげきこがれ させ給えり女院も内侍督こと
33 ゆえにこそかたみに御心をかれ たまひしかそのさきざきはいづれ の御かたさぶらひ給えとわれをば すぐれてえさらぬものにこそ おぼしたりしか一ほんのみやの 御ことを思きこえ給えばいかでか おろかにおもはんおぼせられし 御こともあはれなればうちのうゑ の御事をばわが御こにもをとら ず一ほんのみやとをなじくおもひは ぐゝみたてまつらせ給をもかげを とりとめ給へるを見るもいみ じくて みどり子は見るたびごとにかなしきを つらきゆかりとなに思けん と女ゐんはあやにくにたえぬ御なみだ なりとし月すぐる程にうちのうへ 七にならせ給程うつくしくこ院 の御かほゝうつしとりてはゝのおも かげにもたがはねばこの世の人とも みたまはず関白殿よのまつりごと めでたくあめのしたにあやしきた
34 みま てうけられめでたきためしに ひきけりさきのをとゞはよろづ めのまへにかはることをみてくち をしくおぼしけれどもことわり のことなればものもいはて[そ]す くし給けるうちのうへは一ほん のみやをはゝとおぼしめし[を]とゞに なにごとをもおほせあはせられて あさましきまでおもひいでたまふ さまためしなき程なり三月 廿日あたり南殿のさくらさかりなる にせいりやう殿のみなみをもてに 花御覧ずるついでに御あそびあり 女はらのなかには中納言のすけ宰相 こ弁侍従みょうぶなどおのおの心 をつくしたる物 々 の ねともなり うちも御みゝいつかしくおとゞさへ おはすれはて ふれにくしとやす らえともかきたまふに殿々 左大将 御この頭中将中宮すけなどをはし ます右大将のをとゞよむかしの人々 のこともおのおのとりどりによこふえ
35 しや[ら]のふゑなどふきたまふ いとおもしろきよの御あそびなり それにつけてもおとゞはむかし こひしくおぼしてゝうちし ほたれたまふしはてゝいづる程 のろくともおのおのめでたし女は うの さうそくほそなかなとし たるべしうちのうへ御くしのう つくしげに御ゐたけばかりにて はしりあそばせたまふに一ほん のみやの御かたにおはしましたるに みやあなうれしと御らんして あはれこなしのかみにもよく にたまえるかなとおほせらる れば こゐんの御よに候し中納言のすけ うちなきてさればこそこゐん も御身もうせたまひにしかなと おぼさなき御みゝにきこし めししりて御めになみだをう けておはしまたもあはれに御ら んして御袖もしぼれぬめり おとゝのまいりたまえるに
36 はしりおはしあのよな内侍 督とはだれぞとおほせられば それは御うゑの御はゝよと申給えば さてみやはたれそとおほせられ たるさまあはれにめでたしそれも はゝよと申給えばあらぬよあねそ かし内侍督こそ はゝよとおほせ られてなみだをうけ給へる御さ まよくよく申きかする人あるべし とあはれにてうちなきたまひぬ 御くしかきなでゝ八月に御げん ぷくあるべしぞひふしにはを とゞのひめ君まいりたまふべしと いまよりのゝしるめりそちの 中納言といひしはいまの大臣ぞかし おとゞの御し うとよおとゞはうち につとつきまいらせてをはすれば そのまゝにぞまつりごとはあり けるをとゞのきたのまん所 は二ゐ殿とてつとさぶらひたまふ きんだち七人をはします なにごとも さきのよの契と御心
37 ばへともさへめでたくいはれ給 べしおとゞは一ほんのみやと申 あはせてめでたきまつりごと なりとみまでいわれめでた かりけるとかや これを御らんぜ[む]人は 念仏申させ給 べ し かならずかならず