デジタル・ゲリマンダーの影響の情報理論的な評価
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(2) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. ル化による理解という本稿の目的のために,現実 性を失わない程度に可能な限りシンプルなモデ ルを用いるべきだろう.そこで選挙によって得ら れる効果を以下の 4 つの効果とする. 1) 誤差平準化の効果 2) 利害調整の効果 3) 公正な利害補償を促す効果 4) ナッシュ均衡による持続的発展の効果 これら 4 つの効果を説明する. 2.2. 誤差平準化による効果 集合知による誤差削減は wisdom of crowds と して知られている.各人の推定値の誤差が正規分 布であれば,N 人の推定値の平均誤差は 1/√N に 比例し縮小する.ビッグデータの利用においてよ り高度な分析手法も提案されている[5] .一方で こうした大衆の意見の集約で誤差が拡大する 様々な条件もしられている.たとえば全体の意見 を誘導しても誤差が増すが,集団内で回答を話あ うだけでも誤差が増えることが知られている.. Vol.2018-EIP-79 No.14 2018/2/16. 者が争い,各世帯が自分に近い公民館を提案した 候補者に投票する場合,投票結果として公民館と 各家の距離の合計が最小となる位置が選択され る.2 人の候補が 1 直線上の政策を選ぶ場合この ように選挙によって全体利益を最大化する政策 が選択されると考えられる. 2.4. 利害補償を促す効果 次に,3 人の候補が 2 次元空間上の選択で争う 場合はこのような安定した結果にならないこと を図 3 を使って示す.2 人の候補 A,B が意見を 2 分している場合第 3 の全体最低でない候補 C が 最多票を獲得する.結果 3 人の争いでは全体最適 でも多数意見でもない政策を支持する C が勝者と なる. 公民館. A. B. C. 図 3 候補が 3 人の場合の利害調整.2 人の候補 A,B が意見を 2 分している場合第 3 の全体最低 でない候補 C が最多票を獲得する.. 図 1 投票による誤差の収れん.N 人の投票によれば 平均誤差は 1/√N になり平均誤差を縮小することがで きる.. 2.3. 利害調整の効果 投票は利害調整の効果を持つ.利害調整の効果 とは投票により個々の有権の得失が偏らず,また 全体利益が向上する政策を投票によって選択す る効果である. 公民館. 図 2 投票による利害調整.公民館をどの位置に建設 するかという課題に対し 2 候補が票を争うことで最適な 位置が選択される. 図 2 のように一本の道沿いに有権者が点在し, 公民館の位置を決める場合を考える.2 人の候補. ⓒ 2018 Information Processing Society of Japan. 次に図 3 の例において,各候補者が公民館から の距離による不利益の補償をする場合を考える. 補償の結果各世帯が受け取る利得と負担は有権 者全体の利得と負担を平均化したものになる.こ の場合は,(各有権者は全体利益に比例する利得を 得るので),候補者の数にかかわらず全体の利得が 多い政策が選択される. この補償は,有権者間の自発的なリベートの提 供によっても達成しえる.そのような状況を表 1 で説明する.ここで X 地域, Y 地域の利得は(x,y) と表す.そして政策案 A 案 B 案における調整な しの利得はそれぞれ(5,1),(2,2)であり,この場合 X 地域では A 案を, Y 地域では B 案を支持すること になり意見が対立する. しかし A 案に対し X 地域から Y 地域に+2 のリ ベートを与え調整することを考える.結果として A 案(3,3),B 案が(2,2)となり X 地域, Y 地域とも A 案を支持することができる. 利害補償により利害のアンバランスがある政 索の利益の移転を政策に含めれば,全体最適な政 策を選挙によって(ここの投票者の自己利益最適 化のみによって)選択できることが示された.. 2.
(3) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. 表 1 リベートによる調整. 大きな利益を得る X から Y にリベートを分配することで,全体最適 である限り B 案の全会一致賛成を得ることがで きる. X,Y の利得(x,y) 調整なし 調整あり A (5,1) (5-2,1+2) 政策案 B (2,2) (2,2) 2.5. ナッシュ均衡による持続発展の効果 次に,有権者の一部から利益を奪うことによっ て他有権者に利益を提供する政策が選挙で勝つ ことが可能であることを表 2 によって示す.政策 案 A に対し政策案 B は X には+1 の利得を,B に は-20 の利得を与える.全体として総利得は-10 で 損失である.しかし多数派の X にとって政策案 A が有利であるため A が勝利する.これはようする に「弱い者いじめ」である.有権者の倫理感に頼 らずにこのような全体損失をどうやって抑制し 得るだろうか. 表 2 差別による多数票獲得. 少数派である Y の 利益を多数派の X に与えることで,全体最適で ない政策が多数派の賛成を得ることができる. X Y 利得 件数 利得 件数 A 0 10 0 1 政策案 B +1 10 -20 1. Vol.2018-EIP-79 No.14 2018/2/16. 3. ゲリマンダーのモデル 次に本稿で分析対象とするゲリマンダーの定 義について検討する.この検討は筆者が[4] です でに行ったものである. 3.1. 地理的ゲリマンダーの数量的モデル 地理的ゲリマンダーを図 4 で説明する.定員2 の選挙区における選挙区分けの操作を行うこと で当選者数を増やす状況を示している.(a)では□ 派と×派がそれぞれ一人ずつ当選する.この場合 ×が勝利したエリアでは×の支持者にかなり余 裕がある.区割りを調整し,この×の支持者をも う一つの選挙区に多く配置されるようにすれば, (b)のようにもう一つの選挙区でも×派が勝利す る.. (a). (b). 図 4 地理的ゲリマンダーにおける区割り操作.. いま,□派と×派が𝐶個の選挙区でそれぞれ一 人ずつ候補をたてて争っているとすれば,その状 況は以下のように行列を使って簡単に表現でき る. 有権者,選挙区,候補をそれぞれ, 𝐾人の有権者,1 ≤ 𝑘 ≤ 𝐾 𝐵個の選挙区,1 ≤ 𝑏 ≤ 𝐵 ×派=1,□派=2 として C=2 種類の政党を1 ≤ 𝑐 ≤ 2 で,表す. 有権者はいずれか一つの選挙区に属するので, 有権者𝑘が選挙区𝑏に属する場合を𝑠𝑘𝑏 = 1,そうでない 場合𝑠𝑘𝑏 = 0とすると,選挙区割は𝐾 行𝐵列の行列で表 すことができる.. このような政策は複数のナッシュ均衡点が存 在する.まず全員が差別を容認し自分が多数派に なることを目指す戦略はナッシュ均衡点の一つ である.他の有権者が差別を容認すると仮定する 限り自分も受け入れる方が有利である.差別容認 戦略が採用され Y が社会的に排除されれば,その 後 X の中でさらに X, X’という差別政策が採用さ れる可能性が高い.差別容認戦略をとり続けると 全体損失が無限に拡大し多数派が継続的に縮小 集約していくと予想される.そのためいくつかの 不安定性を持ち持続的な成長が困難であると考 えられる. 一方全体損失を生む差別政策は拒否するとい 選挙区割 : 𝑆 = (𝑠𝑘𝑏 ) う共通的ルールを作りそれに違反するメンバー にはペナルティを与える,という基本政策を共有 有権者𝑘 が政党𝑐を支持してる場合を𝑣𝑐𝑘 = 1,そうでな する場合もナッシュ均衡となる.この場合は有権 者は一回の投票(ゲーム)における利害のみでなく, い場合𝑣𝑐𝑘 = 0とすると,有権者の政党支持傾向も 2 行 K 列の行列で表すことができる. くり返し投票(ゲーム)の利益を最大化するが,自 身を含め有権者の多数が差別拒否方針をとって 正当支持傾向:𝑉 = (𝑣𝑐𝑘 ) いれば,自身もその価値観を共有することが有利 になると期待できる. 各選挙区の得票数𝑊は以下の簡単な式で表す. ⓒ 2018 Information Processing Society of Japan. 3.
(4) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Vol.2018-EIP-79 No.14 2018/2/16. ことができる. 得票数: 𝑊 = (𝑤𝑐𝑏 ) = 𝑉𝑆 ここで𝑤𝑐𝑏 は候補𝑐の選挙区𝑏における得票数に なる. 各□派(𝑐 = 1)の得票数が×派(𝑐 = 2)の得票数より 大きければ当選となるから,全選挙区における□ 派の当選者数は以下の式で表現できる.𝐻0 は. 定の候補者を支持するメッセージのみを伝達し たり妨害したりすれば,SNS を通信手段として用 いた単純な選挙応援である.そのようなケースを ゲリマンダーに含めてもよいかもしれないが,特 に今までの選挙活動と異なるメカニズムが生ま れるわけではない. そうではなく,デジタル・ゲリマンダーの類型 ②にあたる場合,すなわち有権者がどの候補を支 Heaviside の階段関数で𝑊1,𝑏 > 𝑊2,𝑏 の場合に 1, 持するかという選択には影響を与えずに,投票を そうでない場合に 0 とり,その合計は□派の当選 行うか行わないかという決定のみに関与する場 者数となる.(同点の場合当選ではないとする). 合を考える. □派の当選者数: 𝑁 まず,これを候補者の応援,妨害と単純にとら 𝐵 えることはできない.なぜならメッセージは候補 𝑁 = ∑ 𝐻0 (𝑊1,𝑏 − 𝑊2,𝑏 ) への支持や投票を直接含んでいないからである. 𝑏=1 したがって選挙結果への影響が不透明であり法 地理的ゲリマンダーは,このように比較的簡単 的な規制もむずかしい. にモデル化できる. 次に後者の方法による選挙介入を行いたい場 工学的にはこのようにして定式化されたモデ 合,どのようにメッセージの対象を選べば効果を ルの「最適解」を求めたり,操作を困難にしたり 得られるだろうか.今選挙区𝑏0 の有権者のほとん することが研究テーマとなるだろう. どはすでにある候補を支持しているとする.選挙 3.2. デジタル・ゲリマンダーの定義 区𝑏1 の有権者𝑘の選挙区を𝑏0 に移動したとすると, ディジタルゲリゲリマンダの定義は文献によ 𝑏1 の結果に影響を与えうる.一方𝑘が投票に参加 り異なっている.これらを整理して湯淺は①コン しないように誘導してそれが成功した場合も選 ピュータ技術を使って恣意的な選挙区割り(地理 挙区𝑏1 の結果に与える影響は同じであろう.有権 的ゲリマンダーの高度化),②統計的データ分析 者𝑘を当選結果に寄与しない別の選挙区𝑏0 に割り (ビッグデータ分析)を用いて選挙区割以外の方 当てることの効果と同等である. 法により投票結果にバイアスをかけること, つまり①の地理的ゲリマンダーに,新たな有権 ③SNS などでメッセージの伝達にバイアスをか 者を加えても影響がない仮想的な「投票効果のな けることによって誘導を行うこと,という 3 つの い選挙区」を加えるよう拡張すれば,その仮想的 類型を示した[1] . な選挙区を加えて選挙区割の最適化を行った場 ①は,コンピュータ技術を使いはするが,モデ 合と,同じ効果を持つ.したがって SNS による ルとしては地理的ゲリマンダーと同一でよい.②, 後者の方法によるこのような干渉の効果は①の ③の地理的ゲリマンダーとの関係は後で SNS に 類型と全く同じではないが,その拡張モデルとし よる選挙操作として述べるが,②は後述のように て扱い得ると考えられる. 「投票効果のない選挙区」を含めることにより地 4. 抑制方法の工学的手段の考察 理的ゲリマンダーの一種としてモデル化可能で つぎに,デジタル・ゲリマンダーや SNS による あると考えられる.③の SNS の誘導の作用は地 選挙干渉の抑制方法について工学的に取りえる 理的ゲリマンダーのモデルとの関係は薄いが,後 手段を考察する 述の echo chamber の研究との関連が高いと思わ 4.1. 推薦システムの信頼性推定手法の適用 れる. 今日のネット販売では利用者が商品の推薦記 3.3. 類型①と類型②の関係- SNS 干渉の効果 事 を 提 供 す る 推 薦 シ ス テ ム (recommender 湯淺による類型②では SNS 等により投票行動 system)が必須である.そのようなシステムにお を選択的に促すことにより選挙に影響を与える いて,推奨対象者自らがバイアスのあるメッセー 可能性が生じる.類型②と類型①は一見異なるが ジ(公平な評価より高い評価を自身に与えたり,他 どのような関係にあるだろう.そして SNS によ 者に低い評価を与えたりするメッセージ)を投稿 る干渉はどのような効果を生じ得るだろう. することを防ぐ必要がある.そうした投稿が増え まず SNS 機能を使って特定候補を直接応援す ると推薦システムへの信頼が損なわれてしまう. る場合はここでは除外する.なぜならもしも, 評価の信頼性を向上するには大きく「異常値」を SNS に介入できるだれかが特定の候補者に直接 検出し除外する方法と,評価の「多様性」を高め 的に有利・不利になる介入をすれば,たとえば特. ⓒ 2018 Information Processing Society of Japan. 4.
(5) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. る手法がある. アカウントで発信者が特定できれば大量投稿 の検出は容易だ.しかし実際には偽アカウントが 利用されうるので,アカウントによる発信者特定 はできないという前提でこれらの手法が研究さ れている.たとえば Vargas 等による推奨記事の 統計的特徴を利用して推奨者の新規性,信頼性, 多様性を評価する手法を示した報告[5] はこの分 野では最も引用件数が多い研究報告である.また この手法は投稿者の多様性を担保するが,同時に 偏った投稿を大量に行うという意味で「異常」な 投稿者を自動的に排除する効果も期待できる. デジタル・ゲリマンダーを意図して SNS に投 稿を行う場合,結果に影響を及ぼすためには意図 的な投稿を大量に投稿する必要があるだろう.大 量の異常なメッセージを検出,除去する技術はデ ジタル・ゲリマンダーの有効な抑制手段の一つに なると考えられる. 異常値を除去することは選挙に保守的なバイ アスをかけることにならないだろうか.異常値を 制限すべきなのは投票へ行くようにという勧奨 だけで,「候補 A に投票してください」というメ ッセージは適法な選挙活動であり全く制限され ない.デジタル・ゲリマンダーの問題はステルス 性(だれが何のためにやっているかが見えないこ と)と,費用や実施時期の監視ができないことであ る.投票の勧奨に関する投稿でありかつ異常な投 稿のみを検出,抑制することは,選挙運動に保守 的なバイアスをかける恐れなくデジタル・ゲリマ ンダーを効果的に抑制する手段となりそうであ る. 4.2. Echo Chamber の推定手段の適用 SNS の研究において Echo chamber とは特定 の意見を支持する集団内でお互いの間でのみコ ミュニケーションが行われることを意味する. Echo chamber という言葉は音響の分野でもと もと用いられていた.音楽演奏などに心地のよい 残響を響かせるための部屋を意味する.2000 年ご ろから SNS における現象にもこの言葉が使われ 始めた.SNS のフィルター機能により促進され, 利用者を泡の中に取り込んでしまうように見え るためフィルターバブルとも呼ばれる. Colleon 等は 2009 年の 4.6 億件のツイートを 分析し,民主党支持者と共和党支持者が内輪のみ でメッセージ交換をしているかを確認した[7] . 民主党支持者は民主党の支持者へのフォローが 82%,共和党支持者へのフォローが 12%だったが, 共和党支持者は民主党支持者のフォローが 76%, 民主党支持者へのフォローが 23%であり,この分 析では極端な Echo chamber は発生していないこ. ⓒ 2018 Information Processing Society of Japan. Vol.2018-EIP-79 No.14 2018/2/16. とを示す結果となった. 一方笹原もツイートデータベースを分析した [8] が,この場合は同一集団内のつながりの強さ が見いだされ,笹原はツイートの連携の強いグル ープをソーシャルグラフ化した.またツイート数 とユーザ数の関係を分析し,グラフからは 1%程 度の小数のユーザが半分以上のツイートを行っ ている状況が示唆された. Echo chamber が発生している場合,利用者は 多数の閉じたグループにわかれ,それらはごく一 部の利用者が大部分のメッセージを発信するこ とで結合している.もし,投票行動を促すメッセ ージをあるグループで大量にリツイートされる よう調整して発信すれば,グループ内で効率的に 反復拡散し,グループ単位で投票行動に影響を与 えることが可能となる.こうして Echo chamber は類型②のデジタル・ゲリマンダーを効率的,効 果的に実行する手段となりえる. この時選ばれる Echo chamber 自体は必ずしも 特定の候補を支持している必要はない. Echo chamber の支持者が目標政党に対立候補の支持 者であっても利用できる.なぜなら,もしその Echo chamber のメンバーが当選させたい政党を 支持する傾向があれば「投票に行くように」,そし てその逆であれば「投票に行かないように」誘導 すればよい. このように Echo chamber はデジタル・ゲリマ ンダーを行うために容易かつ効果的な手段であ り,その研究はデジタル・ゲリマンダーの利用や 抑制に役立つと思われる. Echo chamber 自体は利用者本人の選択であり, Echo chamber 自体を規制することは自己決定権 の裁量範囲である.Echo chamber はフィルター バブルとも呼ばれており,その形成には SNS の 運営も関与している.そこで Echo chamber を利 用した過度に偏った誘導を「自己決定権」との関 係で板倉は論じているが,このアプローチで効果 的な法規制を行うことは困難ではないかと考え られる. 一方で,Echo chamber の客観的指標は工学的 に示しうる.利用者がどの程度 Echo chamber 囲 まれているか,Echo chamber に囲まれていると した場合にどのような属性になっているかを利 用者自身が確認することはプライバシー権の行 使として認めることが可能ではないかと考えら れる.これを利用者が自主的に確認可能とするこ とで,利用者自身の Echo chamber を利用した誘 導に対する耐性を高められるかもしれない.もし そのような効果があれば Echo chamber の検出や 客観指標の導出手法が Echo chamber による誘導. 5.
(6) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. Vol.2018-EIP-79 No.14 2018/2/16. の防止にある程度効果を発揮すると期待できる. 4.3. ゲリマンダーに耐性がある選挙制度 Erdélyi は様々な選挙制度と選挙操作について 調べた.特に選挙方法毎に,選挙操作への頑健性 を細かく調査している.Erdélyi はマルチエージ ェント研究の立場から分析をしている.まずゲリ マンダーの選挙制度の単純な関係として,ゲリマ ンダーは当選に結び付かないいわゆる死に票を 再配分する操作であるから,大選挙区や比例代表 では抑制され,小選挙区で敏感であることは理解 しやすい.しかし Erdélyi 等は詳細な理論的分析 を展開し,縮退投票(Fallback Voting)がゲリマン ダーに対し強い耐性があることを示した[9] . Erdélyi が例示するモデルは 2 段階投票で,ゲ リマンダーの目的は有権者を 2 グループに分けた 時に意図的にそれぞれのグループが選ぶ候補を 制御できるかという問題である.Erdélyi は,その ような操作が NP 困難(NP hard)であることを「意 図的な操作が実際上は不可能である」ことから 「頑健である」と定義して分析を行っている.多 くの選挙方式を比較し,その中で Fallback Voting が区割り操 作に対し計算量的に頑 健 (computationaly registant)であることを示して いる. 表 3 デジタル・ゲリマンダーの種別(a~d)と選 挙の効果(1~4)に対する影響の有無と大小につい ての仮説 1) 2) 3) 4). a) None None None None. b) Small Small Small None. c) None None None Small. d) Large Large Large Large. 5. 選挙への影響の検討 つぎに本稿のテーマであるデジタル・ゲリマン ダーの選挙への影響を検討する. まず選挙の 4 つの効果をすでにあげた 1) 誤差平準化の効果 2) 利害調整の効果 3) 公正な利害補償を促す効果 4) ナッシュ均衡による持続的発展の効果 次にデジタル・ゲリマンダーを以下の 4 つに分 類する. a) 地理的ゲリマンダー b) 投票の推奨によるゲリマンダー c) SNS 等によるコミュニティの分断 d) そのためのフェイクニュース. これらについての効果の有無と大小について 筆者の仮説を示し,その理由を説明する... ⓒ 2018 Information Processing Society of Japan. 5.1. 地理的ゲリマンダーの中立仮説 デジタル・ゲリマンダーのうち IT を利用した 地理的ゲリマンダーは選挙の効果に中立である と予想する.その理由は,選挙制度の公正性を求 める有権者のナッシュ均衡がおそらく機能して いる選挙制度の前提としてすでに成立している からである.極端に不公正な選挙区があっても, 有利な選挙区の投票者が単純にその都度の利己 的な意味で特権を利用していると,その投票者は 選挙の利益を最大化することができない.したが って安定したナッシュ均衡にある選挙制度では, たとえ投票権を持たない利害関係者に対しても 公正な配慮をして全体最適となる政索を選ぶと 期待できる.したがって選挙区割は選挙制度の効 果に大きな影響を持たないのではないかと考え る. 5.2. 投票推奨によるゲリマンダーの効果 投票の推奨によるゲリマンダーの効果はある が,少ないと考えられる.この場合影響が皆無で はないのは, 「棄権」の推奨により投票に参加しな い有権者が増える可能性があることである.その 場合には選挙で評価される情報が削減されるの で,選挙の誤差平準化の効果,利害調整の効果, 公正性を促す効果が若干低下することが考えら れる.しかし選挙結果により政策が決定されその 分析を有権者が行って次の選挙に反映させれば, けっきょくのところそうしたバイアスはくりか えし選挙(ゲーム)におけるナッシュ均衡へ向かう メカニズムの中で吸収されるので,そのメカニズ ム自体には影響がないと考えられる. 5.3. SNS によるコミュニティの分断 いわゆる分断による選挙操作は地理的ゲリマ ンダーと同様有権者が一人一票を行使するとい う枠組み自体には影響がないので,誤差平準化, 利害調整の効果は減じられることがないと考え られる.また分断は多くの場合,不公正にたいす る反感を利用して行われるので,おおきな不公正 があれば分断手法に利用され積極的に議論され るから,公正な利害補償にプラスとは限がらない 必ずしもマイナスではないと考えられる. しかしながら分断されたグループは,利己的に なるかもしれない.もし世論が分断された上で, 対立するグループは自分だちとは本質的に違う グループでありその利益を考える必要がない,と いう心理が高まれば持続的な発展を促す効果の 一部が棄損されると考えられる. 5.4. そのためのフェイクニュース 最後に米国大統領選でみられたような大量の フェイクニュースを流すような手法の効果を考. 6.
(7) 情報処理学会研究報告 IPSJ SIG Technical Report. える.筆者はこれはすべての選挙の効果を著しく 低下させると考える. その理由として,フェイクニュースはそもそも 真実ではないから,選挙に入りこむ利害関係に一 定方向にバイアスを持ったノイズを加えること になる.選挙が目指す平均化による誤差の縮小効 果がこれによって棄損される.また利害調整にも 悪影響が大きい.誤った情報に基づいて政策を決 定するのだから校正な利害補償についても悪影 響がある.. Vol.2018-EIP-79 No.14 2018/2/16. [8] 笹原 和俊, 「連想ネットワークによる集合注 意の可視化」, 人工知能学会論文誌, 論文 ID: B-MDF02,2015 [9] Gábor Erdélyi, Lena Piras, Jörg Rothe, “The complexity of voter partition in Bucklin and fallback voting: solving three open problemsm,”Proc. AAMAS’11,Vol.2,p.837-844. 6. まとめ 本稿ではデジタル・ゲリマンダーの効果の情報 理論的な分析を目的とし,その現象をモデル化す ることを試みた.簡潔でシミュレーション可能と 思われるモデルを示した.このモデルを用いたデ ジタル・ゲリマンダーの影響の定量的な分析は今 後の課題であるが,4 つのタイプのデジタル・ゲ リマンダーと選挙の 4 つの機能について,モデル の構造から類推できる関係を仮説として示した. 仮説の検証を含めたモデルを使ったシミュレー ションは今後の課題である.. [参考文献] [1] 湯淺 墾道, ディジタルゲリマンダの法規制 の可能性, 情報処理学会, 情報処理, vol. 58, no.12 (2017) [2] 板倉陽一郎, ディジタルゲリマンダとプライ バシー,自己決定権,情報処理学会, 情報処 理, vol. 58, no.12 (2017) [3] 藤代 裕之, ソーシャルメディアと想像の共 同体デ,情報処理学会, 情報処理, vol. 58, no.12 (2017) [4] 金子格, ディジタルゲリマンダへの技術的ア プローチ, 情報処理学会, 情報処理, vol. 58, no.12 (2017) [5] Dengyong Zhou, John C. Platt, Sumit Basu, and Yi Mao Learning from the Wisdom of Crowds by Minimax Entropy NIPS2012 NIPS2012 2012 [6] Saúl Vargas , Pablo Castells, " Rank and relevance in novelty and diversity metrics for recommender systems,”ACM Proc. RecSys'11, 2011 [7] E Colleoni, A Rozza, A Arvidsson, "Echo chamber or public sphere? Predicting political orientation and measuring political homophily in Twitter using big data,” Journal of Communication, 2014 Wiley Online Library, 2014. ⓒ 2018 Information Processing Society of Japan. 7.
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