革の課題
著者名(日)
大友 信勝
雑誌名
東洋大学社会学部紀要
巻
39
号
2
ページ
87-112
発行年
2002-02
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002264/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.jaセーフティネットの社会福祉学
一生活保護制度改革の課題一
Social Welfare Safety Net
−Issue of Public Assistance System Reform一
大友 信勝
Nobukatsu OTOMO
はじめに
先進国は共通して失業問題が新たな社会問題としてクローズアップされ、わが国も構造改革のも とで失業が同時進行している。グローバリゼーションの進行のもとで世界的に貧富の差が広がり、 一国レベルでも格差の拡大傾向が顕著になっている。 このような状況の中で市民社会の安定と市民生活の安全・安心を追求する課題はひとり社会福祉 学だけの固有のテーマではないが、セーフティネットの構築は社会福祉学にとって看過できない課 題である。本稿は今日的な社会福祉政策動向の中でセーフティネット論が軽視されていることを生 活保護制度を中心に分析し、わが国におけるセーフティネット論の構築の課題を論じることを目的 にしている。 社会福祉基礎構造改革(以下、基礎構造改革)は、社会福祉事業法(1951年)の改正を行い、社 会福祉法(2㎜年5月)として成立し、社会福祉制度は新たな段階に入っている。 基礎構造改革は戦後50年の制度疲労や介護保険の円滑な導入、現実との乖離を改善することを目 的に実施されている。基礎構造改革は選別主義的な生活保護から普遍主義的な社会福祉をめざし、 すべての市民に社会福祉の共通基盤を整備することをうたっている。その方向や良しであるが、そ れではすべての市民の健康で文化的な最低生活を保障する社会的セーフティネットが整備されたと いえるであろうか。 普遍主義の強調の中で公的扶助を代表する生活保護制度は先送りされ、児童扶養手当抑制の検討 が始まっている。問題は普遍主義を語り、選別主義を容認する基礎構造改革が真の普遍主義を追及 しているのかという懸念であり、この政策動向に社会福祉学は正面からむきあっているのかという疑問である。 本稿は社会福祉学の政策研究は選別主義の問題点を分析し、改善課題に迫り、選別主義から普遍 主義への問題提起を含むものでありたいという問題意識から出発している。 それでは具体的に基礎構造改革の主張をみてみよう。新しい社会福祉の理念は「社会福祉制度全 体が、社会的弱者の援護救済から国民すべての社会的な自立支援を目指すものである」ことが明示 されている。基礎構造改革の基本的な方向は「①サービスの利用者と提供者の対等な関係の確立、 ②個人の多様な需要への地域での総合的な支援、③幅広い需要に応える多様な主体の参入促進、④ 信頼と納得が得られるサービスの質と効率性の確保、⑤情報公開等による事業運営の透明性の確保、 ⑥増大する費用の公平かつ公正な負担、⑦住民の積極的な参加による福祉の文化の創造」があげら れている。(1) 基礎構造改革は何を改革の背景としているのであろうか。key wordsとしては、少子高齢化、 国際化、情報化、多元化をあげることができるが、バブルの崩壊、グローバリゼーションの進行か ら社会経済構造そのものが歴史的転換の時期に入っていたことがあげられよう。 今、なぜ基礎構造改革なのかについては「①現在の制度は終戦直後の混乱期における緊急的な対 策で今日的状況に合わない。②分野別施策の推進から制度が縦割で制度から人間をみており、地域 に密着せず、全国一律、画一的に進められ、実情にあっていない。③ソーシャルワークの未成熟か ら社会福祉の専門性が育たず、技法が活用されることも少なかった。④福祉をめぐる不祥事」があ げられている。(2) 基礎構造改革は戦後社会福祉制度の抜本的な改革であり、いわゆる「措置から契約へ」、「保護か ら利用者の選択へ」の転換をはかり、「利用者とサービス提供者との対等の関係」をつくりだし、 「利用者本位のサービス」を構築するものとしてうたわれ、戦後改革につぐ歴史的なものであること は事実である。基礎構造改革の基本的方向や改革の理念はよく理解できるが、どうしても気になる ことがある。それは福祉改革で先送りされた生活保護制度改革が歴史的ともいえる改革の中でも再 び先送りされたことである。基礎構造改革が「措置から契約へ」の政策的方向を定着させ、説得的 に改革を論じるのであれば、なぜ措置制度が制度疲労をおこし、スティグマを増長させ、利用者本 位の制度にならなかったのかについての分析や総括を必要とするのにそれがみられない。社会的弱 者の援護救済から国民すべての社会的自立支援を目指すとすれば、すべての市民の健康で文化的な 最低生活保障(社会的セーフティネット)を整備する方向をうちだして当然なのに生活保護制度改 革を先送りしている。基礎構造改革は選別主義から普遍主義を語りながら、社会的弱者への選別性 をこのままでは逆に強めることになりかねない問題を含んでいる。 本稿は必要な限りで生活保護制度の歩みにふれながら、生活保護制度改革の課題を論じてみたい と考えている。基礎構造改革は措置制度が行政処分権を反射権としてもち、サービス対象の限定と (1)社会福祉法令研究会編「社会福祉法の解説」中央法規、2001年、32頁。 (2)炭谷茂「社会福祉基礎構造改革の展望と課題」「社会福祉研究」第73号、鉄道弘済会、1998年、23−25頁。
スティグマの原因になってきたとしながら、措置を代表する生活保護制度改革にふみこんでいない。 生活保護制度改革の検討がなければ、普遍性の強調の中で救貧・選別性が強化され、生活保護制度 へのスティグマが拡大し、社会福祉とは何かが問題になると考えるからである。
1.生活保護行政の歩み
(1)生活保護行政の時期区分と「適正化」 生活保護行政の最大の特徴は、①超低保護率、②捕捉率(Take up rate)の低さと漏給問題、 ③スティグマ(恥の烙印)の存在と保護申請手続きの複雑さにある。 生活保護制度の研究方法には幾つかの方法論がある。その中で何が保護率や捕捉率の低さに影響 を与えているのか。今日の生活保護行政の特徴に迫る研究方法をとることが求められている。本稿 では生活保護制度の問題点は制度に基因するよりも、その運用の仕方にあるとみている。運用に直 接的な影響力をもっている生活保護法施行事務監査(以下、監査と略)を通して、なぜ、いつ、ど のように選別性を強めたのか。どうして利用者本位の制度にならなかったのかを論述してみたいと 考えている。 現行生活保護法は1950年に成立し、欠格条項等の制限・選別主義から一般扶助主義をめざすもの に旧生活保護法を改正している。新たな社会問題に福祉事務所(実施機関)からの要望と意見を反 映させ、現場の声をいかしていく必要即応の原則をもっている。一方で、生活保護行政の運用は行 政裁量に相当の幅をもたせている。この趣旨は法成立時における小山進次郎『生活保護法の解釈と 運用』にあるように志の高いものとして柔軟に対応し、法の理念をいかす道を考えたからである。(3’ 機関委任事務でありながら現場(福祉事務所)の声を尊重し、福祉事務所一都道府県民生主管部 (局)一ブロック会議を通じて改正意見をとりあげ、民主主義的手続きをとり、行政運用にいかすシ ステムをくみこんでいる。しかし、この方式は中央集権型をとっており、厚生省(現厚生労働省) の行政指導の考え方や政策上の判断によって、何をどのようにくみあげるかが左右されることにな り、両刃の剣の側面をもっている。生活保護法の立法趣旨はだれもが貧困原因の如何に関わらず保 護申請できる一般扶助主義をとっており、雇用(失業)や関連施策(住宅や他の社会扶助、社会保 険等)の動向が保護率に反映するようにつくられている。そのため社会・経済動向が敏感に反映し、 労働市場や財政問題の影響を受け、変動が激しく、振幅の大きな行政になりやすいという特徴をも っている。このことから生活保護制度の特徴は、保護基準を重視することは勿論であるが、今日的 には行政の運用過程に注目するのが一つの方法であり、運用に直接的な影響力をもつ監査をとりあ げるのは以上の理由に基づいている。 (3)小山進次郎「改訂増補 生活保護法の解釈と運用」中央社会福祉協議会、初版1950年、改訂増補1951年、 復刻版・全国社会福祉協議会、1975年戦後生活保護行政の時期区分に幾つかの方法があるが、監査方針を通して区分すると表1のよう になる。措置制度がなぜ硬直化し、制度疲労したのか。なぜ生活保護制度は一般扶助主義を掲げな がらホームレスや失業問題に制限扶助を強化し、新たな社会問題への対応を細かく、狭く、殆ど利 用できないものにしてきたのか。それは中央政府の行政裁量権の拡大につぐ拡大の中で生じている。 生活保護法が法改正をとらずに、その時々の通知と監査で行政指導を行い、一般扶助主義を制限扶 助に転換できたのは行政裁量権の拡大と強化の運用過程の方法によっている。(4) 表1 戦後生活保護行政の時期区分 年 代 戦後生活保護行政時期区分 1945−1950 1951−1953 1954−1956 1957−1959 1960−1963 1964−1966 1967−1974 1975−1977 1978−1980 1981−1984 1985−1989 1990−1993 戦後生活保護行政形成期 生活保護行政実施体制整備期 生活保護行政第一次「適正化」期 生活保護行政再編準備期 生活保護行政再編期 生活保護行政第二次「適正化」期 「要看護ケース」の増大と「転換」模索期 生活保護行政の「見直し」期 生活保護行政第三次「適正化」準備期 生活保護行政第三次「適正化」前期 生活保護行政第三次「適正化」後期 生活保護行政第三次「適正化」緩和期 資料 拙著「公的扶助の展開」旬報社、229頁 戦後生活保護行政を監査方針から時期区分すると時期設定は相当細分化されたものになるのは表 1の通りである。歴代の生活保護行政担当者による論稿においても時期区分は政策動向にあわせて 限定的である。たとえば、監査指導課長をした木村孜は『生活保護行政の回顧』において1950年か ら1976年までの時期を四区分に分類して論じており、各区分の報告がさらに年度の特徴にあわせて 展開されている。(5) 本稿の特徴は生活保護行政が一般扶助主義から制限扶助主義に転換していく要因を生活保護行政 「適正化」(以下「適正化」と略)に求めており、「適正化」期を明確に描き出す点において時期区分 がさらに細分化されている。ここでいう「適正化」とは生活保護費の引き締めを意図した行政指導 の展開をさすものと規定しておきたい。 (2)「適正化」は生活保護行政にどのような特徴をもたらしたか 「適正化」期の特徴は、戦後生活保護行政の上でどのようなものであったか。「適正化」期に生活 保護制度の実施体制がどのように変化し、制限扶助がどのようにとり入れられたのか。それを要約 的に整理すると表2の通りである。 (4)生活保護行政の歩みについては拙著「公的扶助の展開一公的扶助研究運動と生活保護行政の歩み」旬報社、 2000年、に監査方針の推移と分析を行っており、詳しくは同書を参照してほしい。 (5)木村孜「生活保護行政の回顧」社会福祉調査会、1976年
表2 生活保護行政「適正化」の特徴 時期区分 保護動向の背景 「適正化」の主な特徴 生活保護行政 1,1953年度に医療扶助費の増加 1.結核患者に対する入退院基準(判定機関と 第一次「適正化」 から補正予算がくまれる。 して医療扶助審議会の設置、1954年) 1954∼1956年 2, 1954年度予算「一兆円緊縮予 2.生活保護指導職員の設置(1955年) 算」として編成。 3,生活保護監査参事官及び生活保護監査官設 3,1953年∼1954年度にかけて大 置(参事官1人、監査官5人以内、1956年3月) 蔵省、行政管理庁、会計検査院 (1)1953年度から監査は各福祉事務所に年4回 による医療扶助調査の実施。 実施。 4, 1954年度予算大蔵省原案生活 (2)監査対策は保護率、保護費、医療扶助を重 保護費の国対地方自治体の負担 点に実施。特に医療扶助単給は全ケースを検 割合8:2を5:5として提案され 討の対象。 る。 4,外国人保護実態調査と「適IE化」
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5.生活保護基準の3年以上にわたるすえ置の実 @施。 生活保護行政 第二次「適正化」 1964年∼1966年 1.特定地域(産炭地)の保護率 の急上昇。 2,産業構造の転換に伴う相対的 過剰人口や失業問題の社会問題 化。 一一一gー一一一
1,問題ケースを選別して重点的に対処する。 問題ケースとは次のような世帯であること。 (1)稼働能力のある世帯(常勤勤労世帯、不完 全就労世帯、日雇世帯、自営世帯、無報酬で団 体役員をしている世帯) (2)医療扶助単給世帯 (3)固定資産のある世帯 (4)他法他施策に関係のある世帯 2.被保護者の生活上の義務、届出の義務、指 導指示に従う義務の明確化。 3.不正受給者の発見、並びに制裁措置の徹底 4.機動的な特別監査の実施 (1)保護課監査参事官室が監査官の大幅増員を はかり、従来(1958年3月)の8人以内設置 から19人以内をおく(1964年)。26人以上をお く(1965年)というように監査官が急増。 (2)警察当局との連絡をとり徹底して継続した 監査を行う。 5.ケース訪問類型分類基準の作成。 (D稼働能力世帯への自立更生の推進をはかり、 組織的に自立助長政策を実施。 (2)自立更生可能ケースの選定を行い、監査の 重点に設定。 生活保護行政 第三次「適正化」 前期 1981年∼1984年 1. tg80年、和歌山県等における 暴力団の生活保護費不正受給キ ヤンペーン。 2. 「第二次臨時行政調査会(第 二臨調)」の発足白981年)一高 率補助の典型として生活保護費 の負担割合が問題となる。 3. 行政管理庁「生活保護に関す る行政監査の実施」(1984年) 4. 資産活用調査研究が開始 (1983年) 5. 「生活保護基準及び加算のあ り方について」(意見具申)中央 社会福祉審議会(1983年12月) 6,保護基準算定方式が格差縮小 方式から水準均衡方式に変更。 (1984年) 1 「生活保護の適正実施の推進について」 (「123号通知」1981年11月) (1)「暴力団関係者等」をすべての保護申請と 被保護i者に適用し、関係先への調査を「いつで も、どこでも、いつまでも」行える「同意書」 の提出を義務づける。 (2)「社保第37号」及び「社保第38号」(1982年) により、保護申請書、資産申告書、収入申告書 の様式モデルを示し、不実の申請への罰則規定 の適用を記入上の注意欄に明記。 2.生活保護適正実施推進対策要綱(1982年) (1)モデル事務所実施研修事業 (2)扶養義務収入調査等徹底事業 (3)診療報酬明細書検討事業 (4)学卒転出就学者調査事業 (5)長期入院患者社会復帰対策事業 (6)自立助長援助事業生活保護行政 第三次「適正化」 後期 1985年∼1989年 生活保護不正受給キャンペ ンの展開。(旧産炭地・福岡県 川福祉事務所を中心に例えば読 売新聞(西部本社)は107回に及 ぶ生活保護キャンペーンを長期 連載他紙も同様のキャンペーン (1985年) 2,生活保護費国庫補助率10分の
8から10分の7に一律削減
(1985年) 3.生活保護臨時財政調整補助金 の創設(1985年) 4、補助金問題検討会報告を受け、 生活保護費の補助率が3年間の 暫定措置として10分の7に決定 (1986年) 5.生活保護費国庫負担率7割5分(4分の3)として決定
(1989年) 6.会計検査院による保護者の資 産(土地、家屋)についての処 置要求(1985年12月) 7. 「検査院からみた生活保護」 (「生活と福祉」第362号、1986 年6月)が発表。ここで「水際 作戦」が提言。 8. 日本弁護士連合会「生活保護 の適正実施通達」についての厚 生大臣への要望書(1986年3月) 9,総務庁「生活保護行政監査結 果」に基づき厚生省に勧告 (1986年7月) 10.資産(不動産)保有についての 判断基準の見直し(1988年) IL札幌市における母親餓死事件 (1987年1月) 12.保護率の急激な減少 (1985年度 に長く続いた12パーミリ台を割 1(7)指導困難ケース点検調査事業 (8)療養状況実施把握強化事業13諾灘戸に「首輸舌保護監飽を設
1↑1麟、驚驚砦薔㌶竃㍊、竃1確認
1 監査からなり、全ケースの概ね2割がケース 検討の対象。 (2)監査の主眼事項は、特に保護開始時の調査 i 指導を徹底させ、保護申請をチェックする。 1 稼働年齢者のいるケースで自立助長が期待で i きる母子世帯への指導、援助を推進する。 (3)保護の受給要件にかかる事実把握の徹底 (4)不正受給防止対策の推進 5. 「生活保護制度の適正な運営の推進につい て」(社監ag 111号、1983年12月) (1)不正受給防止への組織的なとりくみの強化 (2)保護申請時の調査、審査と挙証責任の徹底 (3)不正受給への告発等、法的措置の厳正化。 L 厚生省監査指導課、1985年度生活保護不正 受給是正件数等についてプレス発表(1987年6 月)。 2.生活保護第二三次「適正化」前期までの「適 正化」事業のひきつぎと一層の徹底強化の推 進 (1>会計検査院の処置要求を反映した資産・収 入等の的確な把握。保護申請時の関係先調査 の徹底。自動車借用に対する指導・指示 (1985年) (2)総務庁勧告(1986年7月)で資産保有の判 断基準や収入等の的確な把握が指導・指示。 (3)以上の(1)、(2)をうけて監査方針は申請 時における面接相談段階を重視し、いわゆる 「水際作戦」を強化(1986年)。保護の受給要 件調査の徹底。 (4)稼働年齢層及び母子世帯への指導強化。 3.生活保護行政史上、「適正化」の集大成がは かられ、「今こそrけじめある」行政を」のゲ キの中で監査を施行(1987年)。 (1)監査指導課が全国的な適正化事業をモデル 化し、集大成、定式化をはかり、「監査指導か らみた生活保護の実務」を発刊。 (2)申請・相談時の挙証事務、内容審査の組織 的検討を新規申請と新規開始1年未満のケー スを最重点に実施。 (3)関係先調査、扶養義務者の扶養能力の年1 回程度の見直し、届出義務履行等の挙証事務 の体系化と組織的検討。 (4)生別母子世帯について前夫の養育義務及び、 転出した子どもの親に対する扶養義務履行。 正当な理由がなく拒否したときの家庭裁判所 への調停または審判の申立ての指導と代行。りこみ1987年度に10パーミリ台 に、1989年度は8.9パーミリ にまで減少している) 資料:「生活と福祉」(各年版)、「生活保護行政30年史」、r生活保護行政回顧」、「公的扶助研究」(各号)、「公的 扶助研究全国セミナー資料集」(各セミナー)等を参考にして作成。 「適正化」が生活保護行政の今日的特徴をみるうえでどのような特徴をもたらしたかをまず第一 次「適正化」(1954−1956)からみるとどうか。第一次「適正化」は、①厚生省の頭越しに財政当局 の意向が反映することを示した点に一つの特徴がある。医療扶助費(主として結核関係費)の増加 と緊縮予算から1954年度の大蔵原案は国と地方自治体負担割合を従来の8対2から5対5にすると いうものであった。同時に会計検査院、行政管理庁、大蔵省の検査、監察、調査と続き、保護費の 引き締めが政治問題になった。②監査体制が導入され、1956年3月に生活保護監査参事官及び生活 保護監査官(参事官1人、監査官5人以内)が設置されている。地方自治体に生活保護指導職員が 設置され、監査システムが整備された。③「適正化」の方針が結核患者に対する入退院基準や外国 人保護の「適正化」として実施された。収入認定、資産活用、扶養義務が強化され、世帯主が働い ている世帯が急激に減少していくことになった。 第二次「適正化」(1964−1966)はどのような特徴があるだろうか。この時期は産業構造の転換が 背景にあり、産炭地の失業問題等が新たな社会問題になった時期である。第二次「適正化」は、① 保護基準は一定の改善を見せており、稼働世帯を問題ケースとして選別(ケース訪問類型分類基準) し、保護から排除していく方針を強化した時期である。この結果、被保護世帯から常用世帯だけで はなく、稼働世帯全体が急激に減少をみせたのがこの時期で、事実上の制限扶助の布石が敷かれた。 濫査体制が突然強化され、監査官が大幅に増員(1958年3月、監査官8人以内とされていたもの が1964年7月に19人以内、1965年度に26人以内というようにこの時期に急増をみせる)され、1964 年度に1960年度に策定された監査要綱(生活保護行政の再編を意図した教育的、指導的側面が強調 され、管理的、制限的監査を戒めた画期的内容をもつ要綱)を単年度の監査方針で骨抜きにし「適 正化」確保をうちだしている。③被保護世帯は「要看護ケース」といわれる高齢・母子・障害・傷 病世帯が増加し、新たな段階に入っていく。 第三次「適正化」は長期にわたることから前期(1981−1984)と後期(1985−1989)に区分して 特徴を述べることにしたい。 前期の特徴は暴力団の不正受給キャンペーン(1980年)をはった後で第二次臨時行政調査会(第 二臨調)の発足にあわせ、高率補助金の典型として生活保護費の補助割合が見直しの対象になる時 期である。この時期は①「生活保護費の適正実施の推進について」(「123号通知」1981年11月)とい われる、いわゆる「123号通知」がすべての保護申請者と被保護者に関係先への預貯金、各種保険等 の調査を実施機関が「いつでも、どこでも、いつまでも」一方的に行える「同意書」の提出を義務 づけている。また厚生省通知により保護申請書等に罰則規定を明記した様式モデルがとり入れられ、
申請手続きの複雑さとスティグマが強化される方法が導入される。 醜方自治体に「適正化」モデ ル事務所実施研修事業が制度化され、「生活保護適正実施推進対策要綱」(1982年)が創設され、生 活保護特別指導監査(1983年)の実施へとつながっていく。 後期の特徴は前期をうけて旧産炭地の不正受給キャンペーン(1985年)を展開し、生活保護費国 庫補助率が削減(1985年)されるところから始まっている。この時期は①会計検査院の検査 (1985年)、総務庁の厚生省への監査結果に基づく勧告(1986年)が行われ、前期をうけて特に保 護申請時の調査、審査と挙証責任の徹底がうちだされる。保護申請時(これをたとえて「水際」と 会計検査官が命名)における「水際作戦」の強化が実施され、手続きの複雑さにとどまらず、保護 申請書を渡してもらえない、受理されない等のスティグマの強化がうちだされる。②生活保護行政 における「適正化」の集大成がはかられ、「今こそ『ケジメある』行政を」のゲキの中で監査が施行 (1987年)され、関係先調査、扶養義務や挙証事務が徹底され『監査指導からみた生活保護の実務』 が発刊される。監査指導課の総力をあげたこのテキストは救貧・選別主義を正当化し、申請手続き の複雑さの究極を追求し、スティグマへの配慮のみられない、この時期を代表する出版物である。 概括的に生活保護行政の歩みから「適正化」期の特徴を総括したのは、まさに今日的な生活保護 行政の特徴である①超低保護率、②捕捉率(Take up rate)の低さと漏給問題、③スティグマ (恥の烙印)の存在と保護申請手続きの複雑さが「適正化」の中に背景と要因が集中的に表現されて いるとみるからである。 生活保護制度は公的扶助を代表する施策であり、その意味でミーンズテストはさけがたいという 特徴をもっている。ミーンズテストがあることに問題があるということではなく、ミーンズテスト の内容、水準、方法が「適正化」期に集中して制限扶助を強化する方向で進められ、今日的な特徴 をうみだしたことを追求した点が分析の目的である。
2.わが国の生活保護制度の特徴
(1)国際比較からみたわが国の特徴 公的扶助制度の国際比較は社会保障・社会福祉制度及び関連施策によって、その位置付け、役割 等の違いがあり、難しい。公的扶助の「規模、水準、受給資格」の側面からOECD24ヵ国の国際比較 を試みた埋橋孝文の論文からみると次のような特徴がある。⑥ 第一に受給資格であるが、所得調査、資産調査、ワークテスト(求職活動を資格要件にする)の 三つの側面から検討している。所得調査は特に稼得所得控除について最も厳しい取扱いをしている グループに属している。資産調査についても申請者の親族の扶養義務を規定している5ヵ国に入っ (6)埋橋孝文「公的扶助制度の国際比較」「海外社会保障研究」No127、国立社会保障・人口問題研究所、1999 年11月、72−82頁。ており、最も厳しい国にランクされている。ワークテストについては殆どの国で行われ、日本はフ ォーマルな要件ではないが最大限活用が前提視され大きな強制力をもっている。以上から、わが国 の生活保護制度は受給資格の面でOECD24ヵ国中最も厳しい国に位置付けられる特徴をもっている ことがわかる。 第二に規模と給付水準であるが、まず規模についてどうか。規模を公的扶助の種類とGDPに占め る割合からみると、種類は国際的にみて一般扶助、対象者カテゴリー別扶助、関連扶助(住宅関連 等)の三つがあるが、日本は一般扶助のみであり、何らかの資力調査に基づく各種社会保障給付が 整備されておらず、一般扶助で総合的、網羅的に困窮状態を受け入れざるをえないシステムになっ ている。OECD24ヵ国の中で公的扶助支出額を対GDP比較でみた時に、日本は唯一、その割合が低 下しており、先進国に共通する失業問題等が公的扶助費に最も反映しない国になっている。日本は 公的扶助受給者の適用人員が最も低いところに属しており、生活保護受給の難しい国にランクされ ている。 しかし、給付水準はOECD24力国中、上位3分の1に入っており、保護基準は国際的にみて大き な問題や差異があるわけではない。日本は国際比較を通してみるとカテゴリー別、関連扶助が設け られておらず、低保護率に特徴がある。以上からいえることは、改めて生活保護行政の運用上の問 題を解明することがわが国の特徴を分析するうえで重要なことがわかる。 わが国の生活保護制度が資産調査において親族の扶養義務を重視していることとの関連でいえば OECD24ヵ国中、扶養義務を課している5ヵ国に入っているドイツについて次のような報告がある。 ドイツの社会保障制度改革の中で年金改正と共に高齢者に対する「基礎的生活保障制度」の導入が はかられ、連邦社会扶助法とは別に「65歳以上で障害をもつ人に対し、租税によって子ども等の扶 養義務を問わないで最低生活保障を行うという制度が「子どもの扶養義務という要件がネックにな って高齢者が社会扶助の受給をためらうことが多い」ことへの改善策としてうちだされていること に注目させられる。の扶養義務がスティグマと密接な関連をもっていることを考えると改めて扶 養義務・世帯単位の原則を重視するわが国の特徴はOECD24ヵ国の中でもスティグマへの改善策を うちださない国としてきわだちをみせている。 (2)捕捉率(Take up rate)の低さと漏給問題 貧困判定ライン(わが国では生活保護基準)以下の人々が生活保護受給できているとすれば捕捉 率は100%ということになる。捕捉率とは生活保護受給資格に達している人々が実際にどれぐらい保 護受給しているのかを示す割合をさしている。わが国の生活保護受給者の適用人員比が少なくても 捕捉率が高ければ生活保護行政運用上の問題はないということになる。 わが国の捕捉率については河合克義が総括的に分類・整理している。河合の報告と関連資料をつ (7)木下秀雄「ドイツにおける最低生活保障制度」『賃金と社会保障』No1299−1300、旬報社、2001年6月、 ll4−ll5頁。
なぎあわせてみていくと厚生省から公表されたのは1953年から1964年までのデータにとどまり、 1965年以降の公表はない(厚生行政基礎調査報告)。厚生省の捕捉率(人員比)は1953年で17.5%で あり、次第に改善され、1964年で35.8%という割合になっている。捕捉率の推計や測定値は調査方 法や活用した資料が違うため、その比較検討は一定の基準、方法で分析できないという困難さがあ る。今まで活用された代表的な測定値を概観するならば次のようになる。 ①1982年の全国調査で24.3%(8) ②1993年の全国調査で24.0%(9) 河合は1994年全国調査の小川浩の計測値が5.7%であったことを取り上げ、「わが国の今日の生活 保護制度の捕捉率(人員比)は全体として10%にも満たない程度で、1990年代前半期でせいぜい6 ∼7%、同後半期から今日までの期間ではさらに低下している」とみている。(1°) 小川浩の日英 比較によれば世帯人員数別捕捉率は表3の通りである。 表3 世帯人員別捕捉率 保護率 貧困者比率 捕捉率 1人世帯(世帯分離を除く) 3.59% 2人世帯 LO5% 3人世帯 0.49% 4人世帯 0.22% 5人以上 0.10% 26.60% 1651% 10.98% 8.16% lL68% 13.46% 6.18% 4.43% 2.67% 0.88% 資料:小川浩「貧困世帯の現状一日英比較」一橋大学経済研究所「経済研究」51巻3号、 岩波書店、2000年、223頁 小川の研究から、わが国の捕捉率は10%に満たない状態であることが実証されている。80年代か ら90年代の社会福祉政策動向の特徴は普遍主義の強調の中で生活保護行政において着実に選別主義 化を展開してきたということになる。 イギリスにおける捕捉率の動向を1994年度の小川の研究と対比させてみると表4の通りである。 表4 選別給付の受給者数とテイクアップ率(グレート・ブリテン、1994年度) 受給者数 (単位千人) テイクアップ率(%) 件数ベース 費用ベース 所得捕捉 住宅給付 地方税給付 世帯給付 5,350 4,640 5,470 490 76∼83 90∼96 70∼78 69 88∼92 93∼97 71∼79 82 出所:Department of Soeial Security, Social Security Stαtistics, 1997. The Stationary Offlce,1997. 資料:「世界の社会福祉・イギリス」旬報社、1999年、362頁. (8)曽原利満「低所得世帯と生活保護」社会保障研究所編「福祉政策の基本問題』東京大学出版会、1985年、 184頁。 (9)星野信也「福祉国家中流階層化に取り残された杜会福祉」「人文学報」261号、東京都立大学、1995年、 80−81頁。 (10)河合克義「公的扶助の行政組織と福祉労働」日本社会保障法学会編「講座社会保障法第5巻・住居保障 法・公的扶助法」法律文化社、2001年、265−275頁。
公的扶助は何らかの資力調査(ミーンズテスト)を前提にすることから選別的な施策の一つであ ることはその制度的特徴として免れない。だからこそ選別主義化の基準と有効性を公表する義務が 政策主体に求められてよい。イギリスは表4のような選別給付の捕捉率を調査・公表することによ って説明責任をはたそうとしている。この点がわが国にみられない。イギリスの捕捉率にも選別給 付の種類によって格差があるが何れも約70%以上であり、わが国の捕捉率の推計値と比較したとき にその差異は歴然としている。 星野は「テイクアップ率24.0%という低い数字はなぜなのだろうか。それはなによりもわが国で生 活保護受給者に対するスティグマがきわめて強いことをうかがわせるものである。それはむしろ国・ 地方を通じた行政主体の間で最も強いというべきかもしれない」と述べ「生活保護は1981年のいわゆ る123号通知以後もっぱら役割機能の縮小をめざしてきたといってよい」と指摘している。(】1) 大沢真理は「日本の生活保護制度の特徴は、諸外国との比較では極限までといえるほど補足性が強 いことにある」と述べ、「稼働能力活用、資産活用、親族扶養の優先を柱とする補足性が80年代の「日 本型福祉社会』政策、とりわけ生活保護『適正化』政策によって強化された」と指摘している“2) 生活保護行政史において、厚生省が漏給の防止を監査方針に掲げたことが、一回だけあり1960年 度に第一次保護「適正化」への反省から第3回生活保護法施行事務監査要綱(1960年)を定めた時 期にみられる。C13} この時期は保護基準がマーケット・バスケット方式からエンゲル方式へ (1961年)、実施要領では世帯分離の適用緩和(1961年)、資産活用の緩和(特にテレビ等)(1962年) 等が行われ、改善にむけた再編期にあった。しかし、第二次「適正化」(1964−1966年)によって、 本格的な稼働能力世帯への引き締めが行われ濫給と不正受給防止にむけた補足性の原理が強化され、 この時期に捕捉率の公表が停止され、以来今日に及んでいる。 (3)保護申請手続きの複雑さ 権利としての社会保障はサービス利用へのアクセスが重要だといわれる。保護申請手続きの複雑 さはミーンズテストを不可欠とする性格をもっている生活保護制度といっても、第三次「適正化」 の後期にみられた「本当に困窮していれば一度は泣かせて帰しても必ず次に来る」という行政指導 を正当化することはできない。 生活保護制度は、行政運用の手続きを定めた『生活保護法の解釈と運用』を読むと職権保護も認 めており、保護申請書に様式モデルを設定したり、罰則規定を印刷して不正受給への対策を前面に うちだすこともしていない。それではいつ頃、なぜ、保護申請手続きは今日のような複雑なものに なったのか。直接的な契機は各「適正化」の行政指導で挙証資料の徹底を求め、監査で実施を確認 (11)前掲(9)、8頂 (12)大沢真理「公共空間を支える社会政策」神野直彦・金子勝編「「福祉政府」への提言 社会保障の新体系を 構想する」岩波書店、1999年、211−212頁。 (13)前掲(4)の拙著に付表として「戦後生活保護監査方針の推移」をまとめているので詳しくは拙著を参照し てほしい。
し、実行を迫る方法をとり続けた結果、挙証資料の整備が業務の最優先となり、最重点事項に位置 づき、現場に定着するようになったからである。 今日的特徴は、第三次「適正化」前期に準備され、後期に完成されている。具体的にはすでに述 べた第三次「適正化」の象徴ともなっている、いわゆる「123号通知」(1981年)によって関係先調 査の実施機関への全面委任を行わせる同意書を義務づけ、続いて「社保第37号」及び「社保第38号」 によって保護申請書、資産申告書、収入申告書の様式モデルを示し、記入上の注意を印刷している。 そこには「不実の申請をして不正に保護を受けた場合、生活保護法第85条または刑法の規定によっ て処罰されることがあります」という罰則規定を申請者に印象づけるものになっている。 表5 保護申請前における挙証資料の推移(単位=件数) 年 書類内容 1981 1982 1983 1984 1985 1986 計 % 診断書 年金通知書 給与証明書 健康保険証 傷病手当関係 身体障害者手帳 身障診断書 住民票 預貯金通帳 扶養届 医療費領収書 家賃通帳 生命保険証書 保育所入所申込書 雇用保険 戸籍謄本 児童手当認定書 児童扶養手当認定書 死亡届 難病受給者票 求職受付票 外人登録手帳 母子寮入所相談カード 在監証明 事件係属証明書 サラ金借用書 登記簿謄本 212︹∠ 2 1
615131111
4τ473
−11111
4869 21331 52
l l 1 11
284225 13 21112
1 1 11
4121 42364 41 33 2
−11121
289639493631526514211211121
1324・ 1 2 1562918139214202201000000000
002330787536185147844844484
総 数(割合%) 1041 2 20 24 49 88.41 0.12 0.680
4τ2 6 71083
238 100.0 100.0 一 資料 市川季夫「福祉事務所における面接の現状と課題」「第24回公的扶助研究全国セミナーレポート集」1989年 第三次「適正化」前期における挙証資料の推移は表5の通りである。表5は第24回公的扶助研究 全国セミナー「面接分科会」(1989年12月)において「水際作戦」がいかに強化されているかを事例 分析的に発表した資料の一部である。表5から言えることは「123号通知」以降に保護申請に必要な 挙証資料の種類が年次を追って増えつづけている傾向が読み取れることである。保護申請を行うに あたり、表5の書類以外に申請理由によってはさらに資産処分証明書、土地・建物の権利書、負債 の一覧表等が必要とされる。書類内容をみるとミーンズテストだから一定部分は許容されてよいと いう見方もありえよう。しかし、たとえば母子世帯の場合、別れただけでも幸せと思っている事例にも画一的に「前夫との養育料の話し合い」や「話し合いがつかない時の家庭裁判所への養育料の 調停の申したて」が迫られるものになっている。すべての申請者に扶養義務者全員に困窮した状況 を相談し、援助を依頼したうえでの申請ということになり、保護の要否判定調査以前における申請 手続きの準備はスティグマを刺激するものに満ちている。この方法の強化・徹底が第三次「適正化」 前期に準備されている。 第三次「適正化」後期は会計検査院の処置要求(1985年12月)、総務庁勧告(1986年12月)を受け、 保護の受給要件にかかる事実把握の徹底が特に保護申請時に重点的に行われている。1986年度監査 は面接相談段階と開始後一定期間における十分な審査と指導を最重視している。いわゆる「水際作 戦」の重視であり、受付・面接・相談段階で挙証資料の立証と整備を理由に保護申請書を渡しても らえず、何回もの申請を余儀なくされる事例が全国的に広範に表面化したのがこの時期である。 公的扶助研究全国セミナーでは「何度も来るというのは自尊心も誇りもかなぐりすてなければ来 所できない」という報告「14)や「面接相談、申請、開始時の対応も活用できるものにはふれず、一 方的に義務ばかりが、しかも不正確な形で強調され、全人格を行政にひれふさせないと保護を受け られない」としている監査への指摘がある。(15) 戦後史における生活保護行政史上、1987年度監査は各時期の「適正化」を単年度で集中的に典型 的に行っており、申請・相談の手続き過程を詳細で複雑な挙証事務の体系として整備した点におい て特筆される。
3.生活保護制度改革の目的
(1)生活保護制度の位置 わが国の生活保護制度はOECD24力国比較からみても一般扶助のみで構成され、カテゴリー別扶 助及び関連扶助を制度化していない。諸外国にみられるカテゴリー別の扶助としての医療扶助や関 連扶助としての住宅扶助を公的扶助にくみこんでいないことから一般扶助へ過大な負担がかかる構 造になっている。今一つは社会手当に相当し、租税から負担される無拠出制年金(老齢、障害、母 子福祉年金)や母子福祉年金の補完的役割をもつものとして、生別(離婚)母子等を対象とする児 童扶養手当等の水準が生活保護基準以下であり、何らかの生活事故が生活保護制度に直結しやすい 構造になっている。 また、拠出制年金である国民年金のみの受給者はそれ自体、給付水準は生活保護基準以下であり、 第1号被保険者(自営業者等)の保険料の免除・滞納者、そして無年金者の増加が新たな問題にな (14)市川季夫「福祉事務所における面接の現状と課題」r第24回公的扶助研究全国セミナーレポート集」第24 回公的扶助研究全国セミナー実行委員会、1989年2月、126−140頁。 (15)尾崎広喜「指導監査からみた生活保護の実務の問題点」『公的扶助研究」第134号、公的扶助研究全国連絡 会、1989年11・12月、4−6頁。っている。年金等の従来型の社会保険方式だけでは生活保障の将来設計が難しくなっている階層が 広く存在している。 つまり、わが国の生活保護制度は以上の動向に加えて、住宅政策や雇用・失業政策が不十分なこ とから構造不況による労働市場等との緊張関係がダイレクトに反映しやすい仕組みになっている。 もし、生活保護制度が当初の一般扶助主義を貫徹し、制限扶助化を行政指導、監査方針でとらなか ったならばOECD24ヵ国比較をみてもわかるように失業問題が保護率に敏感に反映するはずである。 ところが最も失業問題が保護率に反映しないのが国際比較を通したわが国の生活保護制度の特徴で ある。 わが国の生活保護制度は労働市場等の緊張関係や財政上の政治的、経済的要請を反映しやすい構 造になっており、財政当局の折々の時期での政治的介入をうけやすい。したがって社会的緊張関係 が働いた時期に「適正化」に入りやすいという特徴をもっている。この樫桔を克服しない限り、最 も生活保護制度の活用を社会的に必要とする不況期等の時期に「適正化」が推進され、稼働年齢層 を排除して制限扶助化がより促進されることになろう。生活保護制度の改革を先送りすれば、今後も スティグマの温存やその方法としての申請手続きの複雑さは財政当局の強調する「血税論」とつな がって維持されよう。選別主義が社会福祉基礎構造改革の延長線上で次のステップとして検討され、 制限扶助が緩和、改善されていくという見通しに根拠があるとは考えられない。 生活保護制度は社会的緊張関係が生活基盤の不安定さから生ずる時期に従来とり続けてきた社会 的排除の論理を機能させるのではなく、社会的包括のビジョンを政策化していく方向を追及しなけ ればならない時期に入っている。 (2)当面する問題点と改善課題 生活保護制度はまだ公式の制度改革にむけた検討も始まっていない。現時点でどのような視点で 改革への道を展望したらいいのか。もし、抜本的な改革を待たなければすべてが進まないという考 え方にたつとすれば問題の改善が先送りされるだけではなく、制度改革にむけた開かれた研究や検 討の場も狭くなる。現行の生活保護制度の主要な問題は制度運用における制限扶助化がミーンズテ ストを国際的に例をみないほどに画一的にし、柔軟性を失う結果を招いていることにある。当面す る改善への視点をどこにむけるか。それは過度に拡大し、今日の制度の硬直化をもたらした行政裁 量権にどのように弾力性を回復させるのか。本来的な役割である社会的セーフティネットのコアの 機能をどうセットするのかにむけられなければ制度は形骸化していくことになろう。 生活保護制度は公的扶助を代表する制度であり、何らかの選別性はさけがたい性格をもっている。 したがってスティグマ(恥の烙印)の根絶は難しいが、限りなくスティグマを軽減させ、改善させ る方向での制度運用が最大の課題である。戦後史における制度運用において「適正化」期にスティ グマが増幅され、より強化、徹底され、申請抑制効果を果たしている。従来の議論はミーンズテス トがスティグマにつながりやすいことは認めつつ、「公的扶助へのミーンズテストは一定必要である。
しかし、厳しすぎると申請抑制につながる」というような一般論にとどまり、制度運用の問題点に 気がついてはいたが、どのような運用上の問題点があるかについての分析と問題提起が必ずしも十 分でなかった。わが国の生活保護制度は制度運用にたち入った研究がなければその特徴と問題点を 描けないと考えられる。 生活保護制度は運用面からみて申請、調査・判定、開始、継続のどの段階で最もスティグマを与 えやすいか。スティグマを与える要因分析の調査は殆ど実施されていないが申請から調査・判定を 経て開始までのミーンズテストに関わって発生しやすいことは確かであろう。特に第三次「適正化」 後期は受付・面接段階の「保護の適格性の確認」(ミーンズテストの徹底)を最重点に挙証資料を最 大もらさず整備することを義務づけている。これらを当面どのように現行制度の中で改善できるの か。制度運用上、どの段階でどのような問題点が発生しやすいかを総括し、生活保護援助実践のあ り方を示した「生活問題把握のスケール、生活保護相談の進め方」等は改善のイメージと方向を提 起しており興味深い。(]6)その中で表6は申請から開始までの各段階における問題点がどこにあ るかを例示しており、参考になる。 表6 生活保護制度の各段階における制度運用の実際と問題点 段 階 必要なこと 制度運用の実際と問題点 申請段階 ・申請意思の確認 ・白紙委任的な同意書の徴収 ・扶養義務履行の強要・申請要件化 ・診断書提出の強要・検診命令の乱発 ・貧困の原因や理由の重視・申請要件化 ・処遇方針順守の申請要件化 ・相談員の価値観・倫理観による排除 ・権力的な応対 判定段階 ・生活困窮の事実と 基準生活費との対比 ・貧困の原因や理由の重視・申請要件化・扶養義務履行の強要・保護要件化 ・処遇方針順守の保護要件化 ・収入・資産調査の徹底化 ・他制度活用の強要 ・申請取り下げの説得・強要 ・決定の意図的遅延化 開始段階 ・最低生活保障 ・一桾}助 ・社会福祉援助 ・生活問題の一方的理解 ・処遇方針の一方的樹立 ・自由意思の侵害・無視 ・権力的な口頭指導・文書指示 ・一桾}助の意図的な不説明 資料:長谷川俊雄「参加と共同による生活保護援助実践」『生活保護法の挑戦」高菅出版、2000年、220頁。 表6からいえることは申請、判定、開始段階の中で、特に申請段階において各段階にわたる制限 扶助を正当化し、推進する中心的役割をになっているのが「白紙委任的な同意書の徴収」にあるこ とがわかる。次いで申請・判定段階における「扶養義務履行の強要・申請要件化」及び「保護要件 化」並びに「貧困の原因や理由の重視・申請要件化」及び「保護要件化」は申請抑制効果と欠格条 項(特定原因・要因を保護の対象から排除する救貧主義的条項)を事実上導入していることのあら (16)長谷川俊雄「参加と共同による生活保護援助実践」『生活保護法の挑戦」高菅出版、2000年、191−220頁。
われとみることができる。また、判定段階における「申請取り下げの説得・強要」、「決定の意図的 遅延化」は職権の濫用であり、許されていいことではないがなぜか監査で「取り下げケース」が問 題として指摘される事例をきくことは殆どない。 当面する問題点の第一の改善課題はその根本をさかのぼると「123号通知」及び関連通知の廃止に つきよう。今日の制度運用の過度の制限扶助化は「123号通知」を根拠にしており、この廃止が制度 運用の改善にはたす役割は決定的ともいえる。挙証資料整備がいつのまにか生活保護運用上の最重 点として事業目的化し、排除の論理で構成されている生活保護制度を健康で文化的な最低生活保障 をになえる制度へ回復させていくことが第一に追求されるべき改善課題である。 第二の改善課題は捕捉率(Take up rate)の行政機関による調査の必要である。制度運用の公 平性の証明と説明責任を果たすうえから必要であり、すでに述べたようにまず貧困の実態調査と捕 捉率の調査を実施することである。捕捉率はイギリスとの対比でみても最低限70%以上でなければ 制度的欠陥か、制度運用上に重大な問題があることの証明や根拠になる。わが国の捕捉率がなぜ低 いのかについての研究調査が行政効果の検証と制度の改善・改革の基礎資料を整備するうえで不可 欠の課題であり、今日的に着手しなければならない事業である。 第三の改善課題は監査制度の改善である。生活保護制度における監査は制度の適正な運営を確保 する目的からいえば保護の実施過程に濫給も漏給もない実施水準を整備していく役割をもつものと 解釈できる。しかし、生活保護制度における監査の歴史は第一次「適正化」期(1956年3月)に厚 生省に生活保護監査参事官(1名)と生活保護監査官(5人以内)が配属されたことに始まる。 1974年に保護課から独立して監査指導課となり第三次『適正化」期の第2臨調・行革の中で実施機 関の保護行政業務を指導・監査する前面にたち、「適正化」と共に成長し、社会的発言力を増幅させ てきた。 監査は「適正化」期を中心に最重点が濫給の防止におかれ、生活保護費抑制の先導的役割をはた し、制限扶助の徹底に成果をあげ、OECD24ヵ国比較においても国際的に例をみない保護の適用人 員比(超低保護率)の少なさをつくりあげている。この実績をどうみるのか。財政当局からみて行 政改革の貢献度は大きいと評価されているのであろうか。しかし、このような実績は社会的に批判 され、克服されなければ社会的セーフティネットの構築は不可能である。生活保護制度は挙証業務 を制度運営の目的化するような行政指導を可能とさせる現行の監査制度を存続させ続けるのは誤り であり、健康で文化的な最低生活保障を制度本来の目的にそって運用できる方向へ転換させる時期 に入っている。 どのような方向で監査制度を改善したらいいであろうか。現行のシステムは監査方針の策定、実 施、検証のすべてが監査指導課にあり、監査方針の妥当性や実施過程の評価、監査の検証に至るす べての部分を第三者評価できない仕組みになっている。監査を評価するシステムがない以上、従来 通りの監査体制を温存したうえで「改善を期待する」と提言しても何もかわらないものと思われる。 欧米における公的事業に対して第三者機関を創設し、監査権をすべて移譲し、評価、検証を委ねて
いるように現行の監査制度を転換させ、監査の全過程を透明度の高いものにしていく必要がある。 (3)社会的セーフティネットの構築 セーフティネットとは安全網のことであるが狭義と広義の解釈がある。伝統的には狭義の公的扶 助制度における最低生活保障がセーフティーネットの最後の砦として使用されてきた。しかし、最 近の傾向は広義の社会保障政策や労働・住宅政策を含む方向で議論されることが多くなっている。 たとえば金子勝は広義のセーフティネット論から「セーフティネットは労働・土地・貨幣といっ た本源的生産要素と呼ばれる市場を中心として形成されてくる。まず労働市場では、年金・医療・ 失業などに関する社会保障制度をセーフティネットとして、それに連結する形で雇用・解雇・失業 などに関する労使協約、あるいは公教育や職業訓練と資格制度などが形成される。金融(貨幣的資 本)市場では、中央銀行の最後の貸し出機能や預金保険機構をセーフティネットとして、その国独 自の為替・金利体系・公的制度金融などが連結している。土地市場では、公営住宅や家賃補助、住 宅金融制度などの公的な住宅政策、あるいは土地投機を防ぐ都市計画規制などがセーフティネット として形成されてくる」c17)とし、セーフティネットの再構築にむけた社会保障制度改革を三つの 福祉政府体系(中央政府・社会保障基金政府・地方政府)から説明し、キーワードは権力の分散・ 透明性・参加にあるとしている。(18} 橘木俊詔は「広義のセーフティ・ネットか狭義のセーフティ・ネットかの違いは、所得保障政策 ないし福祉政策のうち、どのカテゴリーを含んで考えるのかの差による」とし、自らは広義の立場 から議論すると述べている。⑪9) さらにセーフティネットの目的については「第一に不幸が発生したときの被害を最小にする。第 二に被害が生じた時の補償を行う制度をあらかじめ用意しておく。第三にセーフティ・ネットの存 在によって、安心感が与えられたことによる効果に期待する」と指摘している。(2°) 市場原理主義的政策の失敗や矛盾から生ずる生活問題(リスク)へのセーフティネット論が今日 広義の意味で論じられることに十分な社会的背景と意義がある。その一方で、直接的に倒産や失業 等で生活基盤をおびやかされた人々、病気や障害、高齢、母子等の理由による生活不安への社会的 対応策がセーフティネットの中心部分にすえられ、その最低生活保障水準が健康で文化的なもので あり、そこへのアクセスが制限扶助主義で排除の論理に満ちていないことは一国レベルの福祉政策 として重要なことだといわなければならない。セーフティネット論は広義と狭義の相互を関連づけ た視点と方法を必要としている。 社会的セーフティネットには三つの輪があり、まずそのコアには公的扶助制度が最低生活保障の 最後の砦としての役割をはたせるものとして位置付けられる必要がある。すでに述べたようにわが 国の生活保護制度の捕捉率の低さ、超低保護率、手続きの複雑さとスティグマはどれをとってもセ (17)金子勝『セーフティネットの政治経済学」ちくま書房、1999年、58頁。 (18)前掲17、197−199頁。 (19)橘木俊詔『セーフティネットの経済学」日本経済新聞社、2000年、21−23頁。 (20)前掲19、]−2頁。(2D 埋橋孝文「現代福祉国家の国際比較」日本評論社、1997年、176−177頁。
一フティネットの役割をはたしていないことを実証している。今、生活保護制度だけでなく、何ら かのミーンズテストを必要とする児童扶養手当等も厳しい状況下にある。セーフティネットが機能 する公的扶助制度の構築は社会的セーフティネット論全体に包括され、だれもが人間らしく暮らせ る最低生活水準の確保をはかることが課題である。 次いで第二の輪は所得・医療保障制度である。社会保険がゆらぎ、年金や医療保険への信頼がな くなれば公的扶助制度の選別性は財政上の緊張関係から逆に強まる。国民年金(第1号被保険者) と市町村が行う国民健康保険の未納・滞納・免除・未加入問題は社会保険財政への深刻な問題を提 起している。厚生年金や健康保険加入者も低迷から脱出するどころか上昇に転じていく見通しが成 り立っていない。現行システムの中で対応すれば保険料の増加と給付水準の引き下げという選択肢 がとられようが、この方法は政策的な手詰りの証明でもある。わが国の社会保険はこのままでは空 洞化の方向に進み、信頼がゆらぎ悪循環に入りかねない局面を迎えている。 社会保険の再構築として年金や医療保険の基礎的部分への何らかの形での税方式への転換が政策 上の課題になっている。この場合、選別的なミーンズテストを伴わない形で、スティグマを付与し ないことが重要であり、社会保険の基礎的な部分を全面的に税方式へ移行させ、やがて社会保険の 種類を統合化し、安定的で平等な制度体系へ再編することが課題である。社会保険の再編に低所 得・女性・高齢者・障害者が組み込まれ、包括されていくならば公的扶助制度の役割は補完的なも のになる。社会保険は自らの原理の中に未納・滞納・未加入者へのペナルティを強化し、財政安定 をはかる論理を内蔵し、万能ではない。またその基礎的水準が生活保護基準を上まわるという保障 がない。したがって補完的役割をはたす公的扶助制度の関連が不可欠となる。 図1 セーフティネットの三つの輪 金融・労働・土地及び住宅 生活関連制度 公的扶助制度のミーンズテストを可能な限り軽減していくためには社会保険が基礎的部分を税方 式で包括し、ペナルティを最小のものとし、困窮状態への予防的な役割をはたし、ダイレクトに生
活保護制度にもちこませない方式を確立させることが必要である。つまり、最低生活保障(最後の 砦)というコアのセーフティネットはすべての市民を対象とする所得保障・医療保障制度の第二の セーフティネットに防御されている構造をつくりだすことである。 社会保険の未納・滞納・未加入者問題は信頼関係の構築と制度の安定化にむけて再編していくべ きであり、罰則規定の強化・保険料引き上げ・給付率引き下げの図式からの転換が公的扶助制度の あり方に関わってくる。 第三の輪は金融・労働・土地及び住宅等の生活関連制度のセーフティネットである。グローバリ ゼーションと市場原理主義は「強者をより強く、弱者をより弱く」する経済原則をもっている。し たがって社会保障(所得保障・医療保障)制度や公的扶助制度は所得分配の格差や不平等化の再分 配機能のあり方をめぐってどのような福祉国家レジームをとるかによって大きく影響される。わが 国は不良債権をめぐる金融不安と労働・雇用政策の変化、失業率の上昇傾向、土地・住宅政策にお ける市場化の限界といういずれも厳しい局面を迎えている。国際比較からみると福祉国家の危機に 対して自由主義的な「残余プログラム」はアメリカやイギリスにおいて普遍主義的社会サービスは 殆ど無傷で免れたのに対し、ミーンズテストを課す低所得者援助プログラムは手痛い打撃をこうむ ったという報告がある。(2い 神野直彦・金子勝らの提唱する「三つの福祉政府体系」は公的扶助を 「最後のよりどころ」として位置付け、ミーンズテストを強化する「残余プログラム」ではなく「企 業中心社会の社会政策」を「一元的で弾性のあるセーフティネット」へ張り替えることを重視してい る。具体的提言は「公的扶助のレベルに視点」をすえて「①すべての高齢者と障害者に、公的扶助の 一般給付水準を上回る額の年金を保障する。②すべての児童(義務教育期間)に食・衣をまかなえる 額の児童手当を、親の所得による資格制限なしに支給する。③すべての住民が医療保険の被保険者と なり(一人一保険証)、所得に応じて保険料を拠出する(夫婦については二人二乗とする)。④公的扶 助の補足性を抜本的に改革する。⑤公的扶助と児童手当、および医療保険の保険料減免と児童医療費 の公費負担分は中央政府の一般財源(累進的所得税による)とする」と述べられている。(22) セーフティネットの三つの輪は公的扶助制度をコアにして第二・第三の輪を関連づけ、構成して いくことによって選別主義的なミーンズテストの緩和・軽減へ進むことができる。機能不全のセー フティネットは抜本的な張り替えの時期を迎えている。
4.生活保護制度改革の構想
(1)生活保護制度改革の進め方 生活保護制度は長らく機関委任事務として、中央集権的な制度運用を代表してきたものの一つで (21)埋橋孝文「現代福祉国家の国際比較」日本評論社、1997年、176−177頁。 (22)前掲12、185−223頁の中で特に213−221頁を参照。ある。保護基準の設定、実施要領の策定と通知、監査方針と実施過程のいずれもがブラックボック スになっていた。特に第三次「適正化」以降において運用の実態に迫るのが難しくなり、制度改善 にむけた提言も殆ど届かないものになっている。従来型の社会福祉関係三審議会も身体障害者福祉 審議会を除いて当事者グループが政策策定段階から委員として入る道がなく、生活保護制度を主管 する中央社会福祉審議会もその例外ではなかった。この点が新たに改善されるものなのであろうか。 福祉改革がいわれ、普遍主義への政策転換がはかられる中で生活保護制度の選別主義が逆に強ま ったのは「残余プログラム」による二重構造化が福祉政策の基調にあったからである。従来型の福 祉政策の策定形態からセーフティネットを張り替える構想がうまれるとは考えにくい。「権力の分 散・透明性・参加」(23)という文脈から改革の進め方を構想するのが妥当であろう。中央政府にお ける福祉政策策定段階からの当事者グループ、実施機関、専門職能団体の参加がなければ審議の公 開だけで改善への手がかりを掴むことは難しい。まず「参加」が政策形成の策定段階からはかられ ることを重視したい。 すでに述べたように生活保護制度の当面する改善にむけた諸課題の実施にあわせ、社会的に開か れた形で保護基準の設定、制度運用のあり方、監査の仕方等について第三者機関による検証可能な システムをつくりあげていくことが必要であり、これが透明度を高めることにつながる。社会的に 開かれた検討の機会と場は厚生労働省に期待するだけで得られることはありえない。むしろ日本社 会福祉学会等の学会としての問題提起、さらに全国公的扶助研究会、社会福祉関係労働組合、専門 職能団体、当事者グループ等が自主的・自発的にあるいは相互に連携して展開していくべきもので あろう。 日本社会福祉学会は生活保護費の国庫負担削減時において全国調査とソーシャルアクションを展 開したことがあり、社会福祉基礎構造改革にあたって社会・援護局長(炭谷茂)の講演や各種の関 連企画をくんだ実績をもっている。全国公的扶助研究会も第33回公的扶助研究全国セミナー(2000 年11月30日∼12月2日)において「21世紀の社会保障と生活保護制度のあり方を考える」をテーマ にシンポジウムを開催し、シンポジストに厚生省保護課長(宇野裕)が参加している。この種の企 画が広がり、連携をみせ、関係機関・団体による共同研究、学際研究が行われ、新たな政策提言へ の道が開かれることを期待したい。 (2)混迷する生活保護制度の動向 生活保護制度は地方分権一括法(!999年7月成立)により、機関委任事務が法定受託事務と自治 事務の二つに統合されている。生活保護法の大部分は第一号法定受託事務(法律又はこれに基づく 政令により都道府県、市町村又は特別区が処理することとされる事務のうち、国が本来果たすべき 役割に係るものであって、国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律又 はこれに基づく政令に特に定めるもの)とされ、生活保護法の改正と社会福祉法(社会福祉事業法 の改正)の成立を受けて次の4点が新たなものとしてうかびあがっている。①保護の決定及び実施 (23)前掲17、198頁。