4 皆さんは図書館という言葉から何をイメージするで しょうか。おそらくそのなかの一つに、「本との出会い」が あるのではないでしょうか。書物を開き文章に触れること は、読者の知的好奇心を刺激し、私たちを新たな知的 世界の「発見」へと導きます。それは、読書を通じた著 者とのコミュニケーションと言えるでしょう。大学図書館 は専門図書を中心に教養関係図書も幅広く所蔵し、本 を媒介とした交流の場を学生たちに提供します。30年近 く前に留学していたドイツの大学に掲げられていた「生 き生きとした精神のために」dem lebendigen Geistと いう言葉は、図書館だけでなく大学それ自体がもつ知 的空間を象徴するものとして懐かしく思い出されます。 ところで現代日本の大学では、教育や学びのあり方 に変化が起きています。大学の専門講義で教えられる 知識や考え方は確立した専門知識の体系であり、それ は長い年月をかけて構築され制度化されてきました。専 門知識はそれ自体に価値を持ち、したがってそれを教え る教員とそれを修得した学生は専門家として社会の中 に認知されることができました。しかし現代社会では、 専門知識は市民社会の中で実際にいかに役立つのか、 「実学」とは違う「虚学」にしてもどのような意義をもつ のか、その「使用価値」が問われています。 こうした問い直しの背景には、大学を含めた知識社 会の変化があり、それと関連したインターネット、情報 機器・技術の急速な普及などによる情報化社会の進展 があります。そこでは興味深いことに、知識や情報の価 値は提供者側と利用者側との関係の中で新たに創造さ れ高められるのです。つまり価値の大きさは、知識や情 報の属性にあるだけでなく、利用者がそれをどのように 選択利用し、どのように双方向に交流するかに左右され ているのです。 こうした大学教育や知識社会の変化を受けて、大学 図書館のあり方にも変化が生まれています。これまでの 読者と本とのコミュニケーションを超えて、学生同士の 学びのためのコミュニケーションを高めるために、たと えば「ラーニング・コモンズ」といわれるような学びの場 が各大学の図書館で設置されつつあります。図書館の 学術・情報基盤をもとに、学生たちは主体的に協同学習 を進め、自分たちにとって本当に必要な知識を自分たち の生活に則して学び、自分のものにしていきます。ここ では専門知の確立された価値だけでなく、その知識を 使う側の使用価値をいかに高めるかが重視されていま す。 エドワード・W・サイードというパレスチナ出身の文学 研究者・批評家が『知識人とは何か』(平凡社)という 本のなかで、専門家とアマチュアを対比させながら、知 識人はアマチュアであるべきという趣旨のことを述べて います。彼が言うには、その理由は専門主義は権力と権 威に関係づけられてしまうからであり、知識人はむしろ 社会の中で思考し、愛着や憂慮などの人間的思考を持 つアマチュアであるべきだというのです。 専門知は市民社会において使う者の立場から検証を 受け、それがまた専門知の方向にフィードバックされま す。それは、とりわけ2011年3月の福島原発事故後の日 本にとってとくに必要なことです。図書館は公共空間と して広がり、そこでのオープンなコミュニケーション行 為をへて、専門知は新たな普遍化と体系化へ向かうこと になるでしょう。大学に集う「精神」たちはその行為に参 加することによって「生き生きとした」専門知を自らのう ちに統合し、社会の中に飛び出していくものと期待しま す。
コミュニケーションの場としての図書館
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