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米国監査基準書第55号の意義と問題点

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米国監査基準書第55号の意義と問題点

酒  居  叡  二

1 新旧監査基準書にみられるいくつかの相違点 II 「内部統制」に代る「内部統制構造」の概念 III内部統制構造についての十分な理解と効率的なsubstantive tests実施  計画との関連性 IV 「内部統制に対する信頼」に代る「統制危険の査定」の概念 V 「準拠性テスト」に代る「統制についてのテスト」の概念 VI 問題のある旧思考の温存について VII まとめ       1 新旧監査基準書にみられるいくつかの相違点  アメリカ合衆国公認会計士協会の監査基準書第55号(以下,SAS No.55とい う)は,1990年1月1日以降効力をもつものとして,それまでの監査基準書       1) (SAS No.1, AU Section 320)に取って代り,今日に至っている。ところで, このようにして廃止されるに至ったSAS No.1, AU Section 320の原型は1972 年制定の監査手続書第54号(SAP No.54)にもとめうるものであり,両者の対 比には意味深いものがあるように思われる。」頂をおって変更点を概観すれば以 下の通りである。  ①「内部統制」という用語に代る「内部統制構造」という用語 1)AICPA, SAS No.55の冒頭文およびパラグラフ65。(The Journal Of Accountanay,  July 1988, p. 157. p. 165.)

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2  彦根論叢第282号  これに伴い,おのおのの用語に内包される要点も,「組織計画・手続・記録」        2)  から「方針・手続」あるいは「方針・手続・記録」へと変更されている。 ②内部統制の目的明確化の回避  これまでの監査基準書において保持され明記されてきた内部統制の目的       3)   「資産の保全」,「財務記録の信頼性保持」が削除されるに至っている。 ③会計面からの統判(accounting control)と経営管理面からの統制        4)   (administrative control)との区別呼称の消去 ④概念の明確化推進の放棄  SAP No.54においては,自明な概念であると思われがちな「資産の保全」  という概念を例にとり,この概念は必ずしも自明なものであるとは認め得  ないものであること,この概念の明確化を推し進めれば,この概念は真実  か否か不明な仮説に支えられたものであるということにならざるを得ない        5)  ことの認識が示されていたが,SAS No.55においては,以下の引用文に見  られる如く,このような認識は払拭され,きわめて常識的なものとなって  しまっている。   「一般に,被監査企業には監査に関わりのない,それ故,考慮する必要の  ない内部統制構造の方針・手続も存在している。たとえば,製品価格は如  何ほどにするのが適切であるかとか,一定の研究開発活動あるいは広告活  動に支出をすべきであるかどうかといった経営陣の意思決定過程の有効性  ・経済性・能率に関係のある方針・手続は,被監査企業にとっては重要な       6)  ものであるけれども,通常は財務諸表監査に関わりのないものである。」 2) AICPA, SAP IVo. 54, paragraph 26, 27, 28, (The Jozarnal of A ccountancy, March 1973, p. 58.)  AICPA, SAS No. 55, paragraph 16, 23. 3) AICPA, SAP IVo. 54, paragraph 28.  AICPA, SAS No. 55, paragraph 6, 13. 4) AICPA, SAP IVo. 54, paragraph 26, 27, 28.  AICPA, SAS iVo. 55, paragraph 6. 5) AICPA, SAP IVo. 54, paragraph 14, 15, 16, 21. 6) AICPA, SAS IVo. 55, paragraph 6.

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米国監査基準書第55号の意義と問題点 3 II 「内部統制」に代る「内部統制構造」の概念  内部統制の構成要素として組織計画・手続・記録があることを認識していた SAP No.54のもとにおいても,内部統制構造についての認識はあったことを 否定することはできないであろう。そこにおいて,たとえ「内部統制の構造」 という概念が用いられていなかったとしても依然としてそのように考えること ができる。  SAP No.54のもとに認識しうる内部統制の構造とは,おのおのの組織内構 成貝に帰せられるべき責任が明確化されており,各構成員の行為・行動を規制 する詳細な手続が規定されており,証拠書類となるべき一切の記録について, 後日,手を加えることができないように規約が設けられているならば,記録の 中に入り込んだ一切の誤謬・不正に逃げ道はなく,そのことを通じて,組織内 構成員は伸縮自在の袋の中の存在として規制されざるを得ないことを保証する ものであった。しかしながら,このような内部統制の構造とは,言わば「行き はよいよい,帰りは怖い」を指し示すものであり,不正・誤謬の事前的制止に 関してはきわめて間接的なものであることを否定することができない。そこに おいては,袋の中のどこにネズミが潜んでいるか,これを積極的に捜し出すに は如何にすればよいかについて空白のままである。袋の中のネズミを捕えに行 った者よりネズミの方が強力であったときにはどうするかということについて の備えも明らかでない。これらについての対応策も講じられているならば,遠 大な包括的統制のみならず,不正・誤謬の事前的制止に関して直接的な効果を 期待しうるであろう。「虚偽表示がありうると知っているだけでは十分でない。 あり得る虚偽表示についての潜在的原因は云々の如きものであるというもっと       7) 明確な知識が必要である。」あるいは,「内部統制の方針・手続についての構想 がどのように練られたものであるかということについて理解し,それらが効力 7) R・H・Temkin & A・J−Winters, “SAS No, 55 : The Auditor’s New Responsibility for Internal Control,” The Joztrnal of Accountancy, May 1988, p. 87

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      8) ある状態にあるかどうかの見究めをしておくように」との主張に照らしてSAP No。54の内部統制概念を見るとき,このように考えざるを得ない。  監査計画の観点から,SAS No.1, AU Section 320の内部統制概念は放棄さ れざるを得なかったとの主張も存在している。曰く,「監査計画が実効性あるも のであるためには,監査人は財務諸表中の何処にまちがいが潜み得るかについ て知っていること,および,虚偽表示の摘出について合理的な保証が得られる       9} よう監査手続を構想することが必要である。」ところが,「AU Section 320によ って要求される内部統制についての最小限度の研究と評価では監査計画にとつ        10) て不十分であった。」と。  SAP No.54において,普段の各種情報の収集とか人事あるいは従業員訓練 計画が内部統制の重要な構成要素であるとの認識はなかったものと筆者は想像 している。SAS No.55はこれらの要素をも内部統制構造の構成要素の中に認      11) 識しているが,果して,企業外部の監査人として,(イ)あり得る虚偽表示の類型 の識別,(ロ)重要な虚偽表示があるかもしれないという危険を冒すのはどの要因       12) であるかの考慮,が可能になる程の情報を収集しうるものであるかについては 疑念が残ると言わざるを得ないであろう。 III内部統制構造についての十分な理解と効率的なsubstantive tests   実施計画との関連性  SAS No.55においては被監査企業の内部統制構造の構成要素を分類して, それぞれに統制環境・会計組織・統制手続という名称を付与している。ここに おいて重要なことは構成要素分類の良し悪しではなく,これらの構成要素から 虚偽表示の存在場所・虚偽表示の類型を具体的に読みとることは可能であるか 8) lbid. 9) lbid., p.86. 10) lbid. 11) AICPA, SAS IVo. 55, paragraph 8, 10, 12. 12) lbid., paragraph 16.

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      米国監査基準書第55号の意義と問題点   5          13) 否かということである。以下順次検討してみることにしよう。  統制環境についてSAS No.55が示すところは以下の如くである。  「統制環境とは,種々の要因によって特定の方針なり手続の有効性が確立さ れたり,増進されたり,緩和されたりする総体的効果のことを言う。この要因 には以下のものが含まれる。

四壁■画■

経営陣の哲学および経営様式 被監査企業の組織構造 取締役会および取締役会の諸追撃会,とりわけ,監査委員会の機能 権限と責任の割当て方法 作業を監視し追跡するための経営陣の統制方法,これには内部監査が含   まれる。  口 人事の方針と実務  圏 被監査企業の経営・実務に影響を及ぼす種々の外部勢力,たとえば,銀   行規制機関による検査  統制環境は取締役会・経営陣・所有者・その他統制の重要性および(被監査) 企業における統制の強調に関心をもっている人々の総体的態度・意識および行       14) 動を反映したものである。」  以上列記の要因は単なる例示であると受け取ることはできない。SAS No.55 の公表に責任をもつ監査基準審議会において不可欠な要因であると判断された ところが示されていると考えるべきである。これによれば,経営陣の哲学・経 営様式は社外重役も構成員となっている取締役会および監査委員会等によって 規制され,取締役会・監査委員会等はさらに有力な企業外部の勢力に規制され るという関係にあり,経営陣の影響力は企業内部においてこそ絶大であるとは いえ,決してオール・マイティではなく,経営陣といえどもその専横に対して は具体的な統制が及ぶ旨示されている。他方,経営陣を除いた企業内構成員に 対する統制方法は,経営陣の哲学・経営様式によって規制されるという関係が 13) lbid., paragraph 8. 14) lbid., paragraph 9.

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保持されている。被監査企業の組織構造において然り,経営陣の分身による内 部監査において然り,たとえば保証人あるいは妻子をはじめとする被扶養者を 企業内構成員による誠実な職務遂行の担保とみなす人事の方針・実務において 然りというべきであろう。  SAS No.55において会計組織と呼ばれるものは,被監査企業における取引 の識別・収集・分析・分類・記録・報告のために,そして会計責任の保存のた めに確立されている諸方法と諸記録から成るものと定義されている。また,娩 曲的表現ながら,有効な会計組織の要件とされているところは以下の如くであ る。  翻 確実な根拠のある取引はすべて識別され,記録されていること  鰯 取引は適時に十分詳しく描写されていること  ■ 取引価額は貨幣額で示されていること  ■ 取引および取引に関係のある開示事項は財務諸表中に正しく表示されて      15)   いること  これらの要件によれば,会計組織の有効性は日々の取引を処理する会計部門 責任者の監督の有効性にかかっており,監督の隙間は内部監査によって補われ る他ないものと考えざるを得ない。  統制手続についてSAS No.55の示すところは以下の如くである。  「統制手続とは,経営陣が特定の企業目的は達成されるであろうということ についての合理的な保証を提供しようとして,統制環境・会計組織の他に確立 している方針・手続である。……一般に,統制手続は以下のことに関係する手 続として類別されてよい。  ■ 取引および活動についての正当な権限授与  ■ 誤謬・不正を犯しつつ全くこれを隠蔽することはできないように職務の   分離分割を行うこと(意訳)  ■ 取引および事象についての適切な記録確保のために,適当な文書・記録   を設計し,利用すること 15) lbid,, paragraph 10.

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       米国監査基準書第55号の意義と問題点   7  腫 資産・記録への接近およびその利用に対し,適当な防御手段が講じられ   ていること  ■ 記録されている金額はすべての取引結果を余すところなく示したもので   あり,かつ,正当に評価されたものであることについて独立的な制御が働   いていること。たとえば,事務的な制御,調整,資産と記録されている会   計責任との比較,コンピュータによってプログラム化されている統制,経   営陣による売掛金年齢調査表の再吟味,コンピュータ産出報告書の利用者        16)   による再吟味」  R・H・テムキンおよびA・J・ウインタースは「AU Section 320は統制手       17) 続への依存ということに集中するものであった。」と述べ,AU Section 320の 不備を指摘しているが,これは勿論,「企業内構成員に対する直接的統制に関す る限り」のこととして肯定することができるものである。R・H・テムキンお よびA・J・ウインタースによるこのような指摘がAU Section 320の改廃を 正当化するための強意的発言と解することは誤りである。  ところで,実務家の観点からこの直接的統制機能をもつものとしての統制手 続を見た場合,これは内容(実質)を伴わない単なる形式でもあり得る。極端 な場合においては,「経営陣は正式な規程を制定してはいても,規程違反を不問    18) に付する」ような行動がとられているかもしれない。このようなことは統制環 境についても会計組織についても等しくあてはまることであるといってよい。 ここに,統制環境・会計組織・統制手続という名称のもとに包括される直接的 統制の形式が整備されていることを前提として,これらの統制形式を十分に活 用し,あるいは,認識された統制形式の不備はこれを補完しようとの強靱な意 思が果して存在しているか否かということが注目されねばならないことになる。        19) このことをSAS No.55は「(内部統制の)運用(being placed in operation)」 という用語で示している。 16) /bid., paragraph 11. 17) R・H・Temkin & A・J・Winters, oP. cit,, p 98, 18) AICPA, SAS No. 55, paragraph 20. 19) lbid,paragraph 24

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 この「内部統制の運用」という用語が意味するところは「内部統制の整備」 の意味するところと異っていると考えざるを得ないであろう。「内部統制の整 備」という概念においては,実体内部の構成貝に対する具体的・個別的かつ事 前の制止・禁止措置には直接関与することなく,ただ懐中深く,自己の行為に 対する責任逃れの道を封じる装置が万全に用意されているかどうかだけが問わ れていると解釈される。これに対して,「内部統制の運用」においては,文書に 書かれているだけの,あるいは,理論の中にのみ存在する方針・手続は論外の ものであり,実際に用いられている方針や手続がどのようなものであるかだけ      20) を問題とする。それにしても,「どのような方針なり手続が用いられているかと いうことのみが虚偽表示の類型および危険,さらには,substantive testsの設        21) 計に対する影響要因である。」とは言っても,用いられている(ように思われる) 方針なり手続と虚偽表示の類型および危険との間に存する法則的関係がどのよ うなものであるのかということに関しては不明なままであると言わざるを得な いであろう。 IV 「内部統制に対する信頼」に代る「統制危険の査定」の概念  R・H・テムキンおよびA・J・ウインタースは,SAS No.1, Section 320 の改正理由の1つに「内部統制に対する信頼」という概念のあいまいさがあっ         22) たことを述べている。事実,SAS No.55においては,「内部統制の信頼性を前 提とした試査」という意味の表現は慎重に回避されている。SAS No.55パラグ ラフ29の表現は以下の如きものである。  「統制危険の査定ということは,財務諸表中にある重要な虚偽表示の予防あ るいは発見に際しての被監査企業の内部統制構造に認められる方針・手続の有 効性を評価する過程である。統制危険は財務諸表を構成しているおのおのの勘 定項目が何を主張しているかという見地から査定されるべきである。監査人は 2e) R・H・Temkin & A・J・Winters, oP. cit., p. 91. 21) 1ろid, 22) lbid,, p.86.

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       米国監査基準書第55号の意義と問題点   9 内部統制構造についての理解を得た後,いくつかの主張あるいはすべての主張 について統制危険を最大水準で査定することであろうが,それは,監査人が被 監査企業の内部統制構造に認められる方針・手続は主張に関係しないもののよ うである,あるいは,有効なものでないようであると信じていることによるか, あるいは,内部統制構造に認められる方針・手続の有効性を評価することが非 能率であるかのいずれかによるものである。」  上記引用文中,「(統制危険の)最大水準」とは,「財務諸表を構成しているお のおのの勘定項目に認められる主張の中に生じていることもありうる重要な虚 偽表示が被監査企業の内部統制構造によって適時に予防あるいは発見されない    23) 最大確率」ということである。ところで,如何に「統制危険」は「信頼性の補 数」であるとはいえ,「監査人は被監査企業の内部統制構造について理解したな       24) ら,次には統制リスクについて査定することになる」との言に接するとき,こ れは最早や内部統制の存在およびその信頼性を前提とした監査でないかのよう な錯覚に見舞われるのは不可避的なことである。さらに,SAS No.55において は,監査人が被監査会社の内部統制構造について理解したところと監査入が統 制危険(重要な虚偽表示が内部統制構造を通過して財務諸表の中に入ってしま う可能性)をどのようなものとして査定したか,査定の根拠はどのようなもの であったかということについて証拠書類により立証するよう要求しているとい      25) うことがある。この証拠書類による立証は,監査人の意見表明行為に対し異議 申し立てがなされたときの備えとしての性格をもつものであるという意味にお いて評価しうるものである。しかしながら,医師における患者カルテへの所見 記入および検査表添付にも匹敵するこのような立証は,本来的には弁明であっ て,何ら信頼性について言及するものではないというべきであろう。ここにも “信頼性”概念には触れたくないという思考を読みとることができる。  被監査会社の内部統制は信頼しうるか信頼しえないかのいずれかであって, 23) AICPA, SAS No. 55, paragraph 29. 24) R・H・Temkin & A・J’Winters, op cit., p. 94. 25) AICPA, SAS No. 55, paragraph 26, 39.

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10  彦根論叢第282号 中間はないとする考え方に関して言えば,このような考え方が不合理なもので     26) あることは一個人を観察対象とした場合においても首肯しうるところであり,       27) 細分化された下位命題ごとに細かな区別立てをすべきであるとの議論は肯定し うるところである。しかしながら,SAS No.55において同じく問題ありとされ消 去されるに至った準拠性テストの適用に関してさえも,属性サンプリングの結 果が良好であったから内部統制は全く信頼しうるとか,その逆においてもまた       28) 回りという認識は存在しなかったということを指摘しておかなければならない。  「内部統制の信頼性」を後退させ「統制危険の査定」を前面に出すことの第 1の問題点は,統制危険査定の対象を各勘定項目に内包されているおのおのの 主張に絞り込んだとしても,内部統制構造の理解から統制危険についての厳密 な査定を下すことが果して可能であるのかということである。統制危険を査定 することの意義はsubstantive testsの設計をどのようにすべきかということ   29) にあり,統制危険について疑念があれば最大水準で査定すればよいとしても, 統制危険の査定対象をおのおのの主張に限定することによって批判の尖鋭化が どこまで促進されることになるのか,これについては注意深く検討しなければ ならないように思われる。  第2の問題点,それは「内部統制に対する信頼」をいとも簡単に断念しなけ ればならないものであろうかということである。信頼こそは人の存在そのもの を支える杖であり,このような意味における信頼の獲得こそ,これまで人が待 ち望み,捜し求め続けてきているものに他ならない。内部統制は人為的なもの であるとはいえ,科学の世界において法則と呼ばれるものになぞらえることが        30) できるものであることからも,SAS No.55の姿勢に対し異議はありうるもの 26) R・H・Temkin & A’J’Winters, oP. cit., p. 98. 27) lbid, 28)拙稿 「予言の見地からする監査知識の吟味(5トー内部統制の整備・運用状況についての  評価とsubstantive testsとの関連付け  」彦根論叢(滋賀大学),第244号,昭和62年6  月,1頁一10頁。 29) AICPA, SAS Alo. 55, paragraph 37. 30)拙稿 「予言の見地からのする監査知識の吟味(1)」,彦根論叢(滋賀大学),第225号,昭  和59年3月,79頁一82頁。

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       米国監査基準書第55号の意義と問題点   11 と思われる。これについて筆者は,統制手続=内部統制という意味での内部統 制であるならば,これに信頼をおくことができないのは勿論であると考えてい る。それは全く人の作ったものであり,恣意性に左右されることにならざるを 得ないものである。SAP No.54が示す「内部統制の信頼性」の観点よりすれ ば,R・H・テムキンおよびA・J・ウインタースが「AU Section 320は統制 手続への依存ということに集中するものであった。」と述べているのは,統制次 元についての誤解にもとつく論述であり,いわれなき批判ではあるが,SAS No.55のいう「統制危険の査定」そのものは,漠然とした短期的・即座的信頼 というものを批判することによって,むしろ,短期的・即座的信頼の根拠を明 確にし,そのようなものとしての信頼を強化しようとするものであると考える こともできる。このように解する限りにおいては,「内部統制の信頼性を前提と した試査」という理念は,SAS No.55においても,いささかの変更も強いられ ていないと考えるべきであろう。 V 「準拠性テスト」に代る「統制についてのテスト」の概念  「内部統制に対する信頼性」という概念に加えて,「準拠性テスト」という概 念に対する批判も,また,SAS No.1, AU Section 320の改正理由に入ってい       31) るとされている。それ故,次にこの問題について考えてみることにしよう。SAS No.55において消去されることになった「準拠性テスト」は,その字義から判 断する限り,実体内部において踏まれている諸手続が規定されている方針・手 続に合致したものであるかどうか観察することを通じて,服務者である実体内 部構成貝の誠実性を判断し,以て,どのようなsubstantive testsを,いつ,ど のような範囲にわたって実施する必要があるかということについての判断形成 資料になるものであるといってよい。規定されている手続への準拠性如何とい う観点から見れば,確かに,手続に準拠しているか準拠していないかのいずれ かであって,そこに中間的なものはあり得ないということにならざるを得ない。 そして,そこにおいて導き出される結論は,「準拠性テストの結果が良好であっ 31) R’H・Temkin & A・J・Winters, oP. cit., p, 86.

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12  彦根論叢 第282号 たとしても,そのことは必ずしも内部統制が全く信頼できるものであることを          32) 意味するものではない。」と言いつつも,他の判断材料を加味しつつ,「substan− tive testsを計画通り進めてよいほどに内部統制の運用状況は,手続面に関する 限り,良好である。」等々の結論が導き出され,これを以て準拠性テストはその       33) 使命を終えることになる。このような準拠性テストが批判されるべきであると いうのは,このテストが,規定されている統制手続は如何なる状況においても 適用することのできる十全なものであるとの仮定にもとつくテストであるとい うことになるであろう。この不確かな仮定は,全能者ではない人間が設定した 内部統制組織に対しての暗黙の絶対的信頼ということから派生しているものと 考えることができる。そして,SAS No. 55における「内部統制に対する信頼性」 概念の見直し(=信頼性についてのヨリ厳密な見究め)に連動して,「準拠性テ スト」概念の見直しが行われたものと認めることができる。  「準拠性テスト」の概念に代り導入されることになった「統制についてのテ スト(tests of controls)」は,見究めのつかない不確かなものに信頼を寄せる ことの愚を教え,信頼には一種の創造の意味が伴うものであることをメッセー ジとして示すものであると解してよいであろう。SAS No.55に示されている 「統制についてのテスト」の定義は以下の如きものである。  「(被監査企業の)内部統制構造に認められる方針・手続の設計あるいは運用 が,財務諸表中の主張に重要な虚偽表示が入るのを防止すること,あるいは, すでに入っている場合にはこれを発見することにおいてどれ程有効なものであ るか査定するために,内部統制構造に認められる方針・手続の設計あるいは運        34> 用の良し悪しを見るテスト」 32)拙稿,「予言の見地からする監査知識の吟味(6) 共謀行為者の逃れの道に対するsub−  stantive testsの処置法:その仕組みと問題点の吟味  」。彦根論叢(滋賀大学),第245  号,昭和62年8月,51頁一52頁。 33) K. A. Smith, “The Relationship of lnternal Control Evaluation and Audit Sample  Size,” The Accozanting Review, April 1972, p. 261.   AICPA, SAS IVo. 39, paragraph 19. (The lournal of A ccountancy, August 1981,  p. 107,) 34) AICPA, SAS IVo. 55, Appendix B.

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       米国監査基準書第55号の意義と問題点  13  「統制についてのテスト」の目的とされているところは,「統制危険の査定に       ヨらう 際し用いる証拠資料を監査人に与えること」,あるいは,「個々の主張ごとに作 用している内部統制構造のヨリ厳密な信頼1生を査定し,substantive testsの計      36) 画に役立てる」ことである。その目的とするところは,準拠性テストが目的と していたところを全く同様であると言ってよい。この目的を達成するための手 段としては,「統制についてのテスト」の方が優れたものである旨,SAS No.55 において指し示されているものとみることができる。「内部統制構造についての        37) 理解と統制危険の査定とは,監査においては,同時に実施されるものである。」 との指摘も,「一方の目的を達成するために実施される手続は,また,他の目的        38) にも関係している。」との指摘も,この意味において,ともに肯定することがで きるであろう。 VI 問題のある旧思考の温存について  アメリカ合衆国における監査文献においても,日本における監査文献におい ても,概略,以下のような思考が表明されてきた。  「内部統制の整備・運用状況が良好なものであるならば,substantive testsの        39) 標本規模はこれを相対的に縮小することができる。」  SAS No.55は,このような監査思考を継承し,これを以下の如く表現してい る。  「ある主張に対する統制危険についての査定水準を更に縮小しうるような証 拠資料であるなら,その主張についてのsubstantive testsに払う監査努力は小       40) さなものとなるであろう。」 35) lbid., paragraph 40. 36) lbid., paragraph 44. 37) lbid., paragraph 3. 38) lbid., paragraph 40. 39)拙稿 「予言の見地からする監査知識の吟味(5トー内部統制の整備・運用状況についての  評価とsubstantive testsとの関連付け一」彦根論叢(滋賀大学),第244号,昭和62年6  月,10頁一15頁において諸説を紹介。 40) AICPA, SAS IVo. 55, paragraph 44.

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14  彦根論叢第282号  このような思考の論理についてR・H・テムキンおよびA・J・ウインター スが示すところは,以下の如きものであり,旧態依然たるものであることが知 られる。すなわち,「内部統制構造が有効であればある程,虚偽表示が生じる危 険は低いものとなる。虚偽表示の危険が低ければ低い程,監査人が財務諸表に 関して意見を形成するためsubstantive testsから得なければならない証拠は        41) 少いものとなるということである。」  しかしながら,これまでにもすでに指摘されてきているように,このような 論理に対しては以下の如き反論が用意されてきている。すなわち,  (1)内部統制の守備範囲は実体内部構成員の単独行為による誤謬・不正に限   定されるものであるから,substantive testsの守備範囲は実体内部構成員       42)   の絡んだ共謀行為にも対処したものでなければならないということ。この   反論中に用いられている用語「内部統制」が「内部統制構造」と置き替え   られても反論内容に変化が生じるものではないと筆者は考えている。  (2)内部統制(構造)が直接作用するのは,母集団中の誤謬率に対してであ       43)   って,金額を以て示される変数の量にたいしてではないということ。  SAS No.55は,このような反論に対し,どのように論駁することが可能であ ろうか? VII まとめ  SAS No.55において「信頼性」という用語が削除されるに至ったのは,決し て,気まぐれによるものであるとは考えられない。ついでながら,ほぼ時を同 じくして改正されるに至ったわが国の監査基準からも,「信頼性」という用語は 注意深く削除されるに至っている。しかしながら,「信頼性」という用語を削除 し,その補数としての「危険」という用語を用いることによって,SAS No.55 はこれまでのどの監査基準書にも劣らず「信頼性」を深く考えた監査基準書に なっていると筆者は理解している。人間に信頼をおくこと,あるいは,人間に 41) R・H・Temkin & A・J・Winters, oP. cit,, p. 98. 42)43)拙稿,前掲論文「予言の見地からする監査知識の吟味(5>」,12頁において紹介。

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       米国監査基準書第55号の意義と問題点   15 よって作り出されたものに信頼を寄せることの危険は,つとに教示されてきた ところであるにもかかわらず,このような教示と相矛盾する信念(belief)が, 監査の世界において,何と久しく保持されてきたことかと思わせられる。  人が云々は信頼するに足りるもの・他については同じからず等々の思い・確 固たる信念をいだくことは自由である。しかしながら,このことは確信してい る者と確信されている者との間に本当の信頼関係が成立しているかどうかと関 わりのない一方向的な「思い込み」となっている可能性もあることを示すもの である。単なる「思い込み」では,相手方についてのしっかりした観察をふま えたうえでの信頼というものが不成立のままと言わざるを得ない。SAS No.55 には本稿においてこれまで指摘してきた若干の問題点も含まれているとはいえ, それは,監査の領域に限定しながらも,この信念一一信頼の関係を教示すること によって叙上のことに気付くよう促しているものと理解することができる。こ こに,SAS No.55の学問上の貢献を認め得るであろう。しかしながら,それと 同時に,このことにより,SAS No.55の公表を以て廃止されるところとなった SAS No.1, AU Section 320の原型=SAP No.54の学問上の貢献まで否定さ れるものではないということが注目されねばならない。すなわち,たとえSAS No. 55の説く信頼性がいつの時にか危機に瀕することがあったとしても,この ことによって,SAP No. 54の説いていた懐中深い信頼性まで傷つくものでな いということについては,やはり確認しておく必要があるように思われる。

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