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史料紹介 : 奥野文雄家文書について

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Academic year: 2021

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史 料 紹 介

奥野文雄家文書について

諸願出届出留(奥野文雄家文書) 今回ご紹介する奥野家文書は、彦根市本町の奥野文雄氏から史料館に寄託された史料群です。 同家は江戸時代には上魚屋町(現、本町 2~3 丁目)に居を構えて、「郷宿(ごうやど)」という特殊な仕 事に従事していました。 「郷宿」とはなじみのない言葉でしょうが、『国史大辞典』を引いてみますと、「江戸時代、城下町や陣 屋など藩庁・代官所所在地に滞在する領民の定宿。郷宿の数は各地でほぼ一定しており、主に公用 の大庄屋・庄屋などを顧客とし、訴訟などに出るものも宿泊した」と説明されています。つまり、大名が 治めていた藩を例にしてみますと、藩領内の村々に住んでいた人々が訴訟を起こしたり、裁判を受け たりする場合には、藩の政治の中心地である城下町にいちいち出てこなければなりませんでした。そ うした人々に対して、城下町での宿泊や訴訟手続きの世話などを行なっていたのが、郷宿だったので す。 奥野家文書には、彦根藩の村々が関わった争論についての文書が数多く含まれており、同家が彦 根藩の郷宿として、それら村々による訴訟や裁判に深く関与していたことが明らかです。なお『彦根市 史』に、「郷宿は多くは奉行所の近くにあって、一般の客を宿泊せしめなかった。(中略)下魚屋町(宮 村・西村氏)職人町(遠藤氏)上魚屋町(奥野氏)本町(疋田氏)元川町(伊藤氏)四十九町(中村氏)な どがその例である」と記されているように、彦根には奥野家ほか六軒の郷宿があったようです。 江戸時代の地方城下町での郷宿の実態は、現在まで必ずしも具体的には明らかになっておらず、 この点でも奥野家文書はまとまった郷宿の史料群として、研究上高い価値があります。また同家文書 中の数々の訴訟関係史料は、それら訴訟に関わった彦根藩の村々の歴史の研究に役立つものであ り、さらに訴訟・裁判の際に藩と村々を仲介する立場にあった同家について研究することは、彦根藩 の行政のしくみを明らかにする上でも大きな意味があると言えるでしょう。 史料館では今回の春季展示に引き続き、秋にも国宝・彦根城築城四〇〇年祭の後援事業として彦 根の歴史を特集した企画展を開催しますが、そこでは奥野家文書の一部も出陳する予定です。 (附属史料館 青柳周一)

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