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総研叢書 第08集 浄土宗の「浄土三部経」理解

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総研叢書………第八集

浄土宗の「浄土三部経」理解

─法然上人と親鸞聖人の相違をめぐって─  

(2)

2

じめに

    六

第一章

法然上人と﹁浄土三部経﹂

  林田康順     九   

一、はじめに

浄土宗における﹁浄土三部経﹂の位置

― 一〇   

二、法然上人における﹁浄土三部経﹂の受けとめ

一二   

三、親鸞聖人における﹁浄土三部経﹂の受けとめ

二九   

四、おわりに

浄土宗教師の矜持を持って

― 四五

第二章

浄土宗の﹃無量寿経﹄理解

袖山榮輝    四九   

一、はじめに

経典の構成について

― 五〇   

二、

﹃無量寿経﹄を読む

五一     二 ―一、 ﹃無量寿経﹄と無量寿経経典群について 五一     二 ―二、 ﹃無量寿経﹄のあらすじと本経の存在意義 五四     二 ―三、 ﹃無量寿経﹄の構成とその内容 五九   

三、親鸞聖人における仏身仏土の理解と﹃無量寿経﹄

三願の受容

― 八六

(3)

3 ―目 次    

四、まとめ

浄土宗における﹃無量寿経﹄の理解

― 九二

第三章

浄土宗の﹃観無量寿経﹄理解

齊藤舜健    九五   

一、はじめに

九六   

二、

﹃観経﹄を読む

九七     二 ―一、 ﹃観経﹄のテキスト 九七     二 ―二、 ﹃観経﹄全体の構成 ―二会五分 一〇〇     二 ―三、 ﹃観経﹄の内容 一〇一   

三、浄土宗の﹃観経﹄理解

一二八   

四、真宗の﹃観経﹄理解

一三三   

五、まとめ

一四一

第四章

浄土宗の﹃阿弥陀経﹄理解

石田一裕   一四五   

一、はじめに

一四六   

二、

﹃阿弥陀経﹄を読む

一四六

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4     二 ―一、 ﹃阿弥陀経﹄の諸テキストについて 一四七     二 ―二、 ﹃阿弥陀経﹄の構成と内容 一四九   

三、浄土宗の﹃阿弥陀経﹄理解

一五七   

四、

﹃阿弥陀経﹄理解の相違

浄土宗と真宗

― 一六〇   

五、まとめ

一七一

おわりに

一七四

(5)

5 ―目 次  凡例 ・本書では、以下の略号を用いた。 観経・・・観無量寿経 観経疏・・・観無量寿経疏 選択集・・・選択本願念仏集 教行信証・・・顕浄土真実教行証文類 聖典・・・ ﹃浄土宗聖典﹄ 浄全・・・ ﹃浄土宗全書﹄ 昭法全・・・ ﹃昭和新修法然上人全集﹄ ︵平楽寺書 店、一九五五︶ 正蔵・・・ ﹃大正新脩大蔵経﹄ 真宗聖典・・・ ﹃浄土真宗聖典 ―註釈版 ―﹄︵本願 寺出版、一九八八︶ ﹃ 現 代 語 訳 ﹄・・・ ﹃︻ 現 代 語 訳 ︼ 浄 土 三 部 経 ﹄︵ 浄 土宗、二〇一一︶ ・引用ページ数の表記に当たっては以下のように 表記する場合がある。 例 聖典三・一〇七・・・ ﹃ 浄 土 宗 聖 典 ﹄ 三 巻・ 一 〇 七頁 浄全一四・三一九上・・・ ﹃浄土宗全書﹄ 一四巻 ・ 三一九頁上段 昭法全三五∼三六・・・ ﹃ 昭 和 新 修 法 然 上 人 全 集﹄三五頁∼三六頁 正蔵四六・一八二下・・・ ﹃ 大 正 新 脩 大 蔵 経 ﹄ 四 六巻・一八二頁下段 など ・祖師の敬称については、一部を除き省略した。 ・ 親 鸞 を 祖 と す る 宗 派 の 呼 称 と し て、 ﹁ 真 宗 教 団 連合﹂という呼称に基づき﹁真宗﹂を用いた。

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6

はじめに

  本書は﹃浄土宗の﹁浄土三部経﹂理解 ― 法然上人と親鸞聖人の相違をめぐって ― ﹄と題 し、浄土宗教師がどのように﹁浄土三部経﹂を理解すべきかを論じた書である。   浄土宗は三経一論を所依の経典とし、それを二祖三代の著作を通して理解することで、 教義が形成されている。いうなれば、三経一論を骨格とし、それを二祖三代の理解で肉付 けすることで、浄土宗の教義が成立しているのである。これゆえに三経一論は﹁浄土教信 仰の根幹であり精髄﹂と呼ばれ、また﹁宗義の肝要も信仰体験の枢要も﹂すべてがここに 凝縮されているのである︵中村康隆第八六世浄土門主、 ﹃浄土宗聖典﹄第一巻序︶ 。   浄土宗総合研究所では九年の歳月をかけて浄土三部経の現代語訳を試み、その成果が平 成 二 三 年 に 法 然 上 人 八 〇 〇 年 大 遠 忌 記 念 出 版 と し て 刊 行 さ れ た﹃ ︻ 現 代 語 訳 ︼ 浄 土 三 部 経﹄に結実した。本書はこの現代語訳をもとにして、より浄土三部経の理解を深めるため に、四人の執筆者によって著されたものである。   本書の意図は、法然上人によって示された浄土宗の三部経理解を、親鸞聖人の三部経理 解と対比することで、より明確にすることである。法然上人と親鸞聖人、あるいは浄土宗 と真宗の教義の相違は三部経理解に端を発しており、それを指摘することで浄土宗教師が 三 部 経 、 ひ い て は 浄 土 宗 の 教 え を 理 解 す る た め の 一 つ の 指 針 を 示 す こ と が で き る か ら で あ る 。

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7 ―はじめに    こ の よ う な 目 的 の も と、 第 一 章︵ 法 然 上 人 と﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂︶ に お い て 法 然 上 人 と 親 鸞 聖人の三部経理解の大枠を提示し、法然上人によって形成された浄土教と、それを弟子の 一人として受け止めた親鸞聖人の浄土教の相違点を明らかにした。第二章︵浄土宗の﹃無 量寿経﹄理解︶ 、第三章︵浄土宗の﹃観無量寿経﹄理解︶ 、第四章︵浄土宗の﹃阿弥陀経﹄ 理 解 ︶ で は、 第 一 章 を 受 け て 法 然 上 人 と 親 鸞 聖 人 の 理 解 の 相 違 を、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄﹃ 観 経 ﹄ ﹃阿弥陀経﹄において具体的に提示した。   このような考察を通して宗祖法然上人 ― 二祖聖光上人 ― 三祖良忠上人と受け継がれる浄 土宗の三部経理解と、法然上人の門流に在りながらも親鸞聖人を祖と仰ぐ真宗の三部経理 解が、大きく異なることが明らかになってくる。このような相違を理解することは、法然 上人の教えの意義をより深く理解することに結びつくものである。   浄土宗教師として法然上人の三部経理解は身近なものであろうが、親鸞聖人や真宗の理 解との相違を論じている書物は多くはない。本書を通して法然上人の教えと、浄土宗の教 義の独自性を理解していただければ、研究班として幸いに思う所である。   平成二十六年三月 浄土宗総合研究所   ﹁浄土三部経﹂関連研究班

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第一章

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10  

一 

はじめに

浄土宗における﹁浄土三部経﹂の位置

  仏陀釈尊を開祖とする仏教教団の一翼を担う以上、経典にその教えの源流を求めるのは 至 極 当 然 で あ り、 浄 土 宗 も そ の 例 外 で は な い。 浄 土 宗 の 最 高 法 規 た る﹃ 浄 土 宗 宗 綱 ﹄﹁ 第 一章   総則﹂ ﹁第六条︵経論︶ ﹂には、浄土宗所依の経論ならびにその解釈の基準とする釈 書について次のように明示されている。 第 六 条  本 宗 所 依 の 経 論 は、 仏 説 無 量 寿 経︵ 曹 魏 天 竺 三 蔵 康 僧 鎧 訳 ︶、 仏 説 観 無 量 寿 経︵宋元嘉中良耶舎訳︶及び仏説阿弥陀経︵姚秦三蔵法師鳩摩羅什奉詔訳︶の三経 並びに天親菩の無量寿経優婆提舎願生偈︵往生論︶の一論とする。 2  前項の経論並びに宗義の解釈は、善導大師の観無量寿経疏、法然上人の選択本願 念仏集、聖光上人の末代念仏授手印及び良忠上人の選択伝弘決疑鈔による。   す な わ ち、 所 依 の 経 典 と し て、 康 僧 鎧 訳﹃ 仏 説 無 量 寿 経 ﹄、 良 耶 舎 訳﹃ 仏 説 観 無 量 寿

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11 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  経 ﹄、 鳩 摩 羅 什 訳﹃ 仏 説 阿 弥 陀 経 ﹄ の﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ を、 さ ら に 所 依 の 論 と し て、 世 親 撰 ﹃往生論﹄の﹁一論﹂を加えて、 ﹁三経一論﹂としている。   そして、その﹁三経一論﹂の解釈にあたり、善導撰﹃観経疏﹄ 、法然撰﹃選択集﹄ 、聖光 撰﹃ 末 代 念 仏 授 手 印 ﹄、 良 忠 撰﹃ 選 択 伝 弘 決 疑 鈔 ﹄ と い う 二 祖 三 代 の 著 作 を 拠 り 所 と し て いる。   さて、言うまでもなく法然は、浄土宗祖であると共に、念仏元祖として、浄土宗西山派 祖・証空や真宗祖・親鸞が直接学んだ師であり、あるいは、時宗祖・一遍は法然の曾孫弟 子にあたる。そして、これらの宗派もまた﹁浄土三部経﹂を所依の経典としている。とこ ろが、その﹁浄土三部経﹂解釈の基準となる著作は、上記のように、宗派によってまった く異なる著作を用いており、必然的に同じ﹁浄土三部経﹂を所依の経典としていながらも、 その解釈の仕方は著しく異なる結果となることをわきまえねばならない。   本章では、特に法然撰﹃選択集﹄の解釈による浄土宗の﹁浄土三部経﹂理解を中心に据 えて、親鸞撰﹃教行信証﹄や﹃浄土三経往生文類﹄等の解釈による﹁浄土三部経﹂理解と 対比しつつ、その大要を述べていきたい。なお、個別の経典についての対比は、第二章以 降において論じていくこととする。

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12  

二、法然上人における﹁浄土三部経﹂の受けとめ

﹁浄土三部経﹂の選定 命名   そもそも、天台宗第六祖妙楽大師荊渓湛然が﹃止観輔行伝弘決﹄において﹁諸教に讃ず る所、多く弥陀に在り﹂ ︵正蔵四六 ・ 一八二下︶と述べているように、大乗諸経典中、阿弥 陀仏と極楽浄土について言及している経典は甚だ多い。それら諸経典の中から、世親・曇 鸞・道綽・善導等の浄土列祖は﹁浄土三部経﹂に注目し、教義の体系化に努めてこられた。 そ う し た 列 祖 の 後 を 受 け、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄﹃ 観 経 ﹄﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ の 三 部 を 特 定 し、 ﹁ 浄 土 三 部 経﹂と命名した嚆矢が、他ならぬ法然であることは特筆すべきである。すでにそうした経 過 に つ い て は、 大 谷 旭 雄 氏 が﹁ 法 然 上 人 に お け る 三 部 経 の 選 定 と 呼 称 ﹂︵ ﹃ 史 学 仏 教 学 論 集 ﹄、 藤 原 弘 道 先 生 古 稀 記 念 会 刊 行、 一 九 七 三 ︶ の 中 で 明 ら か に し て い る。 本 節 で は、 法 然が﹁浄土三部経﹂を選定し、命名するに至る経過について一瞥する。   まず文治六︵一一九〇︶年に行われたとされる東大寺講説﹃阿弥陀経釈﹄には、

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13 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  それ説く所の往生極楽の旨、経論その数甚だ多くして、勝計すべからず、且くその中 に要を取りて詮を 抽 るに、 三部経 に過ぎることなし。謂わく無量寿経・観経・阿弥陀 経なり。 ︵昭法全一三〇。傍線筆者、以下同じ︶ と あ り、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄﹃ 観 経 ﹄﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ を﹁ 三 部 経 ﹂ と 呼 称 し て い る。 す な わ ち、 法 然 は、 ① 善 導﹃ 観 経 疏 ﹄ 「 散 善 義 」 の 五 種 正 行 中、 第 一 読 誦 正 行 釈 に あ る﹁ 一 心 に 専 ら こ の ﹃ 観 経 ﹄﹃ 弥 陀 経 ﹄﹃ 無 量 寿 経 ﹄ 等 を 読 誦 し ﹂︵ 聖 典 二 ・ 二 九 四 ︶ と い う 説 示 を 始 め、 ② 智 顗 ﹃ 浄 土 十 疑 論 ﹄、 ③ 基﹃ 西 方 要 決 ﹄、 ④ 才﹃ 浄 土 論 ﹄、 ⑤﹁ 智 景 の 疏 文 ﹂、 そ し て、 ⑥ 源 信 ﹃往生要集﹄の六証を挙げて、 ﹁往生極楽の旨﹂を説く﹁三部経﹂を選定したと述べている。   次に建久四︵一一九三︶年から建久五︵一一九四︶年にかけて開筵された﹃逆修説法﹄ 初七日には、 今、三部経と名づくることは、初めて申すにあらず、その証これ多し。いわゆる大日 の三部経、大日経・金剛頂経・蘇悉地経等、是れなり。弥勒の三部経、上生経・下生

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14 経・成仏経等、是れなり。鎮護国家の三部経、法花経・仁王経・金光明経等、是れな り。法花の三部経、無量義経・普賢経・法花経等、是れなり。是れ則ち三部経と名づ くる証拠なり。今、此の 弥陀の三部経 も 有る人師 の云わく、浄土教に三部あり、いわ ゆる双巻無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経等、是れなり。これに依って、今、 浄土の 三 部 経 と 名 づ く る な り、 又、 弥 陀 の 三 部 経 と 名 づ く。 ︵ 中 略 ︶ し か れ ば、 往 生 浄 土 の 法を説くに、この三部経にはしかず。故に浄土一宗には、この三部経をもって、その 所依となす。 ︵昭法全二三五∼二三六︶ と 述 べ、 各 宗 の 三 部 経 を 挙 げ つ つ、 ﹁ 有 る 人 師 ﹂ の 説︵ 源 清﹃ 顕 要 記 ﹄︶ に 基 づ い て、 ﹃ 無 量寿経﹄ ﹃観経﹄ ﹃阿弥陀経﹄を﹁浄土の三部経﹂あるいは﹁弥陀の三部経﹂と呼称してい る。この﹃逆修説法﹄における一節こそ、 ﹁浄土三部経﹂命名の嚆矢と考えられる。   続く建久九︵一一九八︶年撰述の﹃選択集﹄第一章において法然は、 次に往生浄土門とは、これに就いて二有り。一には正に往生浄土を明すの教、二には 傍に往生浄土を明すの教なり。初めに正に往生浄土を明すの教とは、謂く 三経一論 こ

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15 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  れなり。三経とは一には﹃無量寿経﹄ 、二には﹃観無量寿経﹄ 、三には﹃阿弥陀経﹄な り。一論とは天親の﹃往生論﹄これなり。あるいはこの三経を指して 浄土の三部経 と 号す。 問うて曰く、三部経の名、またその例有りや。答えて曰く、三部経の名その例一に非 ず。一には法華の三部、謂く﹃無量義経﹄ ﹃法華経﹄ ﹃普賢観経﹄これなり。二には大 日の三部、謂く﹃大日経﹄ ﹃金剛頂経﹄ ﹃蘇悉地経﹄これなり。三には鎮護国家の三部、 謂く﹃法華経﹄ ﹃仁王経﹄ ﹃金光明経﹄これなり。四には弥勒の三部、謂く﹃上生経﹄ ﹃下生経﹄ ﹃成仏経﹄これなり。今はただこれ 弥陀の三部 なり。故に 浄土の三部経 と名 づく。 弥陀の三部 とはこれ浄土正依の経なり。 ︵聖典三 ・ 一〇〇∼一〇一︶ と 述 べ 、﹃ 逆 修 説 法 ﹄ 初 七 日 に お い て 明 ら か に し た、 各 宗 に お け る﹁ 三 部 経 ﹂ の 説 示 を 継 承 し つ つ、 さ ら に 正 依・ 傍 依 に 経 論 を 分 判 し て、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ に 世 親﹃ 往 生 論 ﹄ を 加 え た﹁三経一論﹂を正依の経論としている。   本稿冒頭に掲げた﹃浄土宗宗綱﹄第六条の記載は、以上のような法然による思想変遷を 経て、選定・命名されたものであることを失念してはいけないのである。

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16     一代仏教における﹁浄土三部経﹂の位置   前 項 で 述 べ た 法 然 に よ る﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ の 選 定 と 命 名 は、 ﹃ 選 択 集 ﹄ 第 一 章 に お け る 浄 土門の正依の経として言及される。本章において法然は、道綽撰﹃安楽集﹄の説示に基づ き、 八 万 四 千 の 法 門 を 聖 道 門 と 浄 土 門 と に 二 分 し た 上 で、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ の 説 示 に 基 づ く 浄 土 門 の 教 え に つ い て、 ﹁ お よ そ こ の﹃ 集 ﹄ の 中 に、 聖 道 浄 土 の 二 門 を 立 て る 意 は、 聖 道 を捨てて、浄土門に入らしめんが為なり。これに就いて二つの由有り。一には大聖を去る こと遥遠なるに由る。二には理深く、解微なるに由る﹂ ︵聖典三 ・ 一〇一︶と述べ、煩悩具 足の凡夫は、浄土門に依る以外に生死輪廻の世界を解脱することなど到底不可能であると 結論づけている。   なる ほ ど、中国仏教において花開くこととなる多様な宗派の成立にあたり、天台宗の五 時教判や真言宗の顕密二教判に代表される、経論の分類方法を明かす教相判釈︵教判︶が 掲げられ、それに基づいた各宗独自の教義が展開され、自宗の教義こそ他宗に比して優位 性 を 持 っ て い る こ と が 主 張 さ れ る よ う に な る。 法 然 は、 浄 土 門 の 所 依 経 典 が﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ で あ る こ と を 開 示 す る こ と に よ っ て、 法 相 宗︵ ﹃ 解 深 密 経 ﹄ 等 ︶・ 三 論 宗︵ ﹃ 般 若 経 ﹄

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17 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  等︶ ・華厳宗︵ ﹃華厳経﹄等︶ ・天台宗︵ ﹃法華経﹄等︶ ・真言宗︵ ﹃大日経﹄等︶などが説く 世 界 観 に は 依 ら ず、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ が 説 く 世 界 観 に 依 る こ と を 鮮 明 に し た の で あ る。 な ぜ な ら、 例 え ば、 天 台 大 師 智 顗 の 五 時 教 判 に よ れ ば、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ は 第 三 方 等 時 に 配 当 さ れてしまい、そのままでは、それに続く第四般若時の般若経典、さらには第五法華涅槃時 の﹃法華経﹄や﹃涅槃経﹄に比して未顕真実の経典の位置に抑え込まれてしまうからであ る。こうしたことを未然に防ぐために法然は、浄土門は﹁浄土三部経﹂に基づく世界観を 大前提とした教えであることを明示する必要があったのである。   ち な み に 法 然 は、 ﹃ 選 択 集 ﹄ 第 十 二 章 に お い て、 釈 尊 が、 本 願 念 仏 に 比 し て 廃 せ ら れ た ﹃観経﹄所説の﹁読誦大乗﹂が示す大乗経典の範囲について、 大乗とは小乗を簡ぶ言なり。別に一経を指すに非ず。通じて一切の諸大乗経を指す。 謂 く 一 切 と は、 仏 意 広 く 一 代 所 説 の 諸 大 乗 経 を 指 す。 ︵ 中 略 ︶ 今 翻 訳 将 来 の 経 に 就 い て こ れ を 論 ぜ ば、 ﹃ 貞 元 の 入 蔵 録 ﹄ の 中 に、 始 め﹃ 大 般 若 経 ﹄ 六 百 巻 よ り、 ﹃ 法 常 住 経﹄に終るまで、顕密の大乗経すべて六百三十七部二千八百八十三巻。皆すべからく 読誦大乗の一句に摂すべし。 ︵中略︶これすなわち浄土宗の﹃観無量寿経﹄の意なり。

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18 問うて曰く、顕密旨異なり、何ぞ顕の中に密を摂するや。答えて曰く、これは顕密の 旨 を 摂 す と 云 う に は 非 ず。 ﹃ 貞 元 の 入 蔵 録 ﹄ の 中 に 同 じ く こ れ を 編 み て 大 乗 経 の 限 に 入る。故に読誦大乗の一句に摂す。 問うて曰く、爾前の経の中に何ぞ法華を摂するや。答えて曰く、今言う所の摂とは権 実偏円等の義を論ずるには非ず。読誦大乗の言、普く前後の大乗諸経に通ず。前とは ﹃ 観 経 ﹄ 已 前 の 諸 大 乗 経 こ れ な り。 後 と は 王 宮 已 後 の 諸 大 乗 経 こ れ な り。 た だ 大 乗 と 云って権実を選ぶこと無し。然ればすなわち正しく華厳・方等・般若・法華・涅槃等 の諸大乗経に当れり。 ︵聖典三 ・ 一六八∼一七〇︶ と述べ、天台宗のいう五時教判に含まれる諸経典はもとより、真言宗のいう顕密二教に及 ぶすべての大乗経典を読誦することを廃した上で、釈尊は、阿弥陀仏の本願称名念仏一行 のみを選び取ったことを明らかにしている。   こ う し た 理 解 に 対 し、 旧 来 の 仏 教 諸 宗 の 側 か ら、 当 時、 特 別 な 位 置 を 与 え ら れ て い た ﹃法華経﹄の読誦をも廃することに多くの批判があったようで、これに対して法然は、

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19 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  今、浄土宗の意は、観経前後の諸の大乗経を取りて、皆悉く往生行の内に摂す。何ぞ 法花独りこれを残さんや。事新しく観経の内に入れんことを望むべからず。普く摂す の意、念仏に対してこれを廃せんが為なり。 ︵﹃一期物語﹄昭法全四四六︶ と述べ、 ﹃法華経﹄読誦の行もまた例外とはならないことを強く訴えているのである。 読誦正行 阿弥陀仏に親しき行   ﹃ 選 択 集 ﹄ 第 二 章 に お い て 法 然 は、 第 一 章 に お い て 結 論 づ け ら れ た 浄 土 門 に 帰 依 し た 者 が 修 め る 行 と し て 五 種 正 行 を 説 く 中、 ﹁ 第 一 に 読 誦 正 行 と は 専 ら﹃ 観 経 ﹄ 等 を 読 誦 す る。 す な わ ち 文︵ 善 導﹃ 観 経 疏 ﹄ 就 行 立 信 釈 ︶ に、 ︿ 一 心 に 専 ら こ の﹃ 観 経 ﹄﹃ 弥 陀 経 ﹄﹃ 無 量 寿 経 ﹄ 等 を 読 誦 す ﹀ と 云 え る こ れ な り ﹂︵ 聖 典 三 ・ 一 〇 五 ∼ 一 〇 六 ︶ と 述 べ 、﹁ 浄 土 三 部 経﹂を読誦する行を読誦正行に配当している。その読誦正行に対して法然は﹁第一に読誦 雑行とは、上の﹃観経﹄等の往生浄土の経を除いて已外の大小乗顕密の諸経において、受 持 し 読 誦 す る を、 こ と ご と く 読 誦 雑 行 と 名 づ く ﹂︵ 聖 典 三 ・ 一 〇 七 ︶ と 述 べ、 ﹁ 浄 土 三 部 経﹂以外のあらゆる経典を読誦する行を読誦雑行と規定した。

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20   その上で法然は、読誦正行を含む正行と読誦雑行を含む雑行について、①親疎対、②近 遠対、③有間無間対、④不回向回向対、⑤純雑対という五番相対を見出し、正行に帰し、 雑行を抛つべきことを明らかにした。法然は、正行と雑行の性格と五番相対をめぐって、 正行というは阿弥陀仏におきてしたしき行なり、雑行というは阿弥陀仏におきてうと き 行 な り。 ︵ 中 略 ︶ こ の 正 助 二 業 に つ き て 五 種 の 得 失 あ り。 一 に は 親 疎 対、 い わ ゆ る 正行は阿弥陀仏にしたしく雑行はうとく、二には近遠対、いわゆる正行は阿弥陀仏に ちかく、雑行は阿弥陀仏にとおし。三には有間無間対、いわゆる正行は思いをかくる に無間なり、雑行は思いをかくるに間断あり。四には回向不回向対、いわゆる正行は 回向をもちいざれどもおのずから往生の業となる、雑行は回向せざる時は往生の業と ならず。五には純雑対、いわゆる正行は純極楽の業なり、雑行はしからず、十方の浄 土乃至人天の業なり。 ︵﹃三心義﹄昭法全四五七︶ と述べられている。すなわち、 ﹁浄土三部経﹂を読誦する読誦正行が含まれる五種正行は、 ①阿弥陀仏と親密となり、②阿弥陀仏がいつも近くにいらっしゃり、③阿弥陀仏に寄せる

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21 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  思いに絶え間がなく、④その行の功徳をことさらに浄土往生に振り向けなくともそれ自体 が往生の業となり、⑤極楽浄土に往生するための純粋な行であるとし、全体として阿弥陀 仏に親しき行であると結論づけている。なぜなら﹁浄土三部経﹂は、あらためて指摘する までもなく、阿弥陀仏を主人公とし、その極楽浄土への往生を主目的として説示された経 典だからである。   さらに法然は、善導の意を受け、阿弥陀仏の本願の正意に基準をおいて五種正行をさら に判別し、五種正行の中、第四称名正行を阿弥陀仏が万行の中から本願往生行として唯一 選定された正定業であるとし、その他の前三後一の四種の正行は、それを修めることによ って、阿弥陀仏に帰依し、極楽浄土を願う心が育まれ、自ずと正定業である本願称名念仏 に私達の心を向けさせる助業であるとされた。法然は、読誦正行を修める行者をして本願 念仏に向かわせる経緯について、 源空も念仏の ほ かに、毎日に阿弥陀経を三巻よみ候いき。一巻は唐、一巻は呉、一巻 は訓なり。しかるを、この経に詮ずるところ、ただ念仏申せとこそ説かれて候えば、 いまは一巻もよみ候わず。一向念仏を申し候なり。 ︵﹃隆寛律師伝説の詞﹄昭法全四六

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22 四︶ と 述 べ 、﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ の 説 示 内 容 が、 そ れ を 読 誦 し た 者 を し て、 自 ず と 念 仏 一 行 に 向 か わ しめることとなると明らかにしている。無論、こうした経緯は、 ﹃阿弥陀経﹄だけでなく、 ﹃無量寿経﹄や﹃観経﹄にも、そのままあてはまることは言うまでもない。 ﹃選択集﹄における﹁浄土三部経﹂の位置   ﹃ 選 択 集 ﹄ 第 三 章 以 降、 第 八・ 九 章 を 除 き、 第 十 六 章 に 至 る 全 十 二 章 に お い て 法 然 は、 第三章から第六章までを大経撮要として﹃無量寿経﹄の説示内容に、第七章から第十二章 ︵ 第 八・ 九 章 を 除 く ︶ ま で を 観 経 撮 要 と し て﹃ 観 経 ﹄ の 説 示 内 容 に、 第 十 三 章 か ら 第 十 六 章までを小経撮要として﹃阿弥陀経﹄の説示内容に基づき、弥陀・釈・諸仏の三仏同心 になる選択本願念仏の功徳の甚勝性について、体系的かつ詳細に論じている。   加えて法然は、 ﹃選択集﹄第十六章の私釈段冒頭において、 ﹁浄土三部経﹂に基づく﹃選 択 集 ﹄ 全 体 の 説 示 を 踏 ま え、 さ ら に﹃ 般 舟 三 昧 経 ﹄ の﹁ 選 択 我 名 ﹂ を 加 え て、 弥 陀・ 釈 ・諸仏三仏同心からなる本願称名念仏について、

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23 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  私に云く、およそ三経の意を案ずるに、諸行の中に念仏を選択して以て旨帰と為す。 まず﹃双巻経﹄の中に三の選択有り。一には選択本願、二には選択讃歎、三には選択 留 教 な り。 ︵ 中 略 ︶ 次 に﹃ 観 経 ﹄ の 中 に ま た 三 の 選 択 有 り。 一 に は 選 択 摂 取、 二 に は 選 択 化 讃、 三 に は 選 択 付 属 な り。 ︵ 中 略 ︶ 次 に﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ の 中 に 一 の 選 択 有 り。 い わ ゆ る 選 択 証 誠 な り。 ︵ 中 略 ︶ 加 之 、﹃ 般 舟 三 昧 経 ﹄ の 中 に、 ま た 一 の 選 択 有 り。 い わ ゆ る 選 択 我 名 な り。 ︵ 中 略 ︶ 本 願 と 摂 取 と 我 名 と 化 讃 と、 こ の 四 は こ れ 弥 陀 の 選 択 なり。讃歎と留教と付属と、この三はこれ釈の選択なり。証誠は六方恒沙諸仏の選 択なり。然ればすなわち、釈、弥陀および十方の各恒沙等の諸仏、同心に念仏の一 行を選択したまう。 ︵聖典三 ・ 一八三∼一八五︶ と、八種選択という形式を通じて説示されている。   その一々の内容については、次章以降に譲ることとし、ここでは﹃選択集﹄各章におけ る﹁浄土三部経﹂の配当、及び、各章における主格としての弥陀・釈・諸仏の明示、さ らに、念仏と諸行の位置づけ、加えて、八種選択の指示について整理した、次の︻表 1 ︼

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24 に基づいて概観したい。 ︻表 1 ︼﹃選択集﹄各章における﹁浄土三部経﹂と三仏の明示等について 章 三経撮要 主 格 念仏の位置 諸行の位置 八種選択 無量寿経 弥 陀 本願 非本願 本願 無量寿経立・正・正 廃・助・傍 無量寿経無上・大利 有上・小利 讃歎 無量寿経特留 留教 観経 弥 陀 摂取 不摂取 摂取 10 観経 弥 陀 讃歎 不讃歎 化讃 11 観経 釈 讃歎 不讃歎 12 観経 釈 付属 不付属 付属 13 阿弥陀経 釈 多善根 少善根 14 阿弥陀経 諸 仏 証誠 不証誠 証誠 15 阿弥陀経 諸 仏 護念 不護念 16 阿弥陀経 釈 付属 不付属 16 般舟三昧経 弥 陀 我名 我名

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25 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」    こ の よ う に 法 然 は、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄﹃ 観 経 ﹄﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ の﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ と 弥 陀・ 釈 ・ 諸仏の三仏という三仏三経を拠り所として、三仏同心に選択本願念仏を勧奨していること を 明 ら か に し て い る。 つ ま り 法 然 の 教 説 の 中 で は、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ を 等 し く 尊 び、 そ の 説 示を真実の教えとしてそのままに受けとめる姿勢が貫かれていることが確認できるのであ る。 こ う し た 三 仏 三 経 を 深 く 信 じ き る と い う 点 に つ い て 法 然 は、 ﹃ 観 経 疏 ﹄ 深 心 釈 の 信 法 を踏まえ、 のちの信心について二つの心あり。すなわち、 ほ とけについてふかく信じ、経につい てふかく信ず べきむねを釈し給えるにやと心えらるるなり。まず ほ とけについて信ず といは、一には弥陀の本願を信じ、二には釈の所説を信じ、三には十方恒沙の護勧 を信ず べきなり。経について信ずといは、一には無量寿経を信じ、二には観経を信じ、 三には阿弥陀経を信ずるなり。すなわち、はじめに決定してふかく阿弥陀仏の四十八 願といえる文は、弥陀を信じ、又無量寿経を信ずるなり。つぎに又決定してふかく釈 仏の観経といえる文は、釈を信じ、観経を信ずるなり。つぎに決定してふかく弥 陀 経 の 中 と い え る 文 は、 十 方 諸 仏 を 信 じ、 又 阿 弥 陀 経 を 信 ず る な り︵ ﹃ 往 生 大 要 鈔 ﹄

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26 昭法全六二︶ と解釈し、三仏三経を深く信じきることの大切さを強く訴えているのである。 浄土宗における所求・所帰・去行   前項で述べたように法然は﹁浄土三部経﹂を等しく尊び、その説示を真実の教えとして そのままに受けとめる姿勢を貫いている。法然が﹁浄土三部経﹂の説示をそのままに受容 していることは、 ﹃一紙小消息﹄において、 十方に浄土おおけれど西方を願うは十悪五逆の衆生の生まるる故なり。諸仏のなかに 弥陀に帰したてまつるは三念五念にいたるまでみずから来迎し給う故なり。諸行のな かに念仏を用うるは、彼の仏の本願なる故なり。 ︵昭法全四九九︶ と述べられていることに明らかである。ここで述べられる極楽浄土・阿弥陀仏・選択本願 念仏は、浄土宗の教義の三本柱︵所求・所帰・去行︶として、次のようにまとめられる。

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27 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」    ① 西 方 極 楽 浄 土︵ 所 求 ︶ ― 阿 弥 陀 仏 が 建 立 し た 浄 土。 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ に﹁ 仏、 阿 難 に 告 げ た ま わ く、 法 蔵 菩 、 今 す で に 成 仏 し て、 現 に 西 方 に 在 す。 こ こ を 去 る こ と 十 万 億 刹 な り ﹂︵ 聖 典 一 ・ 二 三 六 ︶ と あ り、 あ る い は、 ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ に﹁ こ れ よ り 西 方、 十 万 億 の 仏 土 を過ぎて、世界あり。名づけて極楽という。その土に仏まします。阿弥陀と号したてまつ る。今現に 在 して説法したまう﹂ ︵聖典一 ・ 三一六︶とあるように、この娑婆世界から、は るか十万億の西方の彼方に清浄かつ荘厳された浄土︵指方立相︶である。阿弥陀仏の来迎 にあずかり、極楽に救い導かれた往生人は、極楽の聖衆に加え、往生人同士が浄土での再 会を果たす倶会一処が叶い、そこで速やかに成仏を遂げられる。   ②阿弥陀仏︵所帰︶ ― 西方極楽浄土の救い主。遙かな過去世、世自在王如来のもとで出 家した法蔵菩が、あらゆる世界の衆生を救うために五劫にわたり思惟して四十八願を建 立し、その誓願を成就するために兆載永劫という果てしない時間にわたって行を修め、今 から十劫前に阿弥陀仏として成仏された。阿弥陀仏は寿命も光明も無量であり、諸仏によ りその妙なる功徳を讃えられ、この娑婆世界から西方十万億の彼方に極楽浄土を建立され

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28 ている。     ③ 選 択 本 願 念 仏︵ 去 行 ︶ ― 阿 弥 陀 仏 が、 あ ら ゆ る 仏 道 修 行 の 中 か ら、 取 捨 を 施 す﹁ 選 択﹂された結果、自身の極楽浄土に往生するための唯一の行として﹁本願﹂に定められた 称名﹁念仏﹂のこと。本来、本願とは、仏が本の菩時代に発した誓願であったが、浄土 教の広まりにより、本願といえば﹃無量寿経﹄に説く阿弥陀仏の四十八願を指すのが一般 的となった。阿弥陀仏は、その第十八願に﹁もし我れ仏を得たらんに、十方の衆生、至心 に 信 楽 し て、 我 が 国 に 生 ぜ ん と 欲 し て、 乃 至 十 念 せ ん に、 も し 生 ぜ ず ん ば、 正 覚 を と ら じ﹂ ︵聖典一 ・ 二二七︶と誓われ、この願こそが念仏信仰の源流である。法然は、第十八願 に あ る﹁ 念 ﹂ に つ い て、 ﹃ 観 経 ﹄ 下 品 下 生 の﹁ 声 を し て 絶 え ざ ら し め、 十 念 を 具 足 し て 南 無 阿 弥 陀 仏 と 称 す。 仏 名 を 称 す る が 故 に、 念 念 の 中 に お い て、 八 十 億 劫 の 生 死 の 罪 を 除 く﹂ ︵聖典一 ・ 三一二︶との一節に基づき、 ﹃選択集﹄において﹁念声はこれ一なり﹂ ︵聖典 三 ・ 一 二 二 ︶ と 結 論 づ け、 阿 弥 陀 仏 に よ る 選 択 本 願 念 仏 は 称 名 念 仏 で あ る と 明 言 さ れ た。 加えて法然は、阿弥陀仏が念仏を称えた者に直接、救済の力を及ぼすので、本願念仏の功 徳ははるかに諸行に勝れ、また、阿弥陀仏がすべての人々を救おうという思いのもとに称

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29 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  名念仏を本願として選定されたので諸行に比してもっとも修し易いことを明らかにされた。   以上が浄土宗の教義の基本となる所求・所帰・去行であり、法然は、選択本願念仏を称 えて、阿弥陀仏の光明に照らされた明るく幸せな日暮らしを送り、最期臨終にあたり阿弥 陀仏の来迎にあずかって必ずや浄土往生を遂げ、そこで速やかに悟りを開くべきことを、 終生説き続けられたのである。

三、親鸞聖人における﹁浄土三部経﹂の受けとめ

三経差別 三経一致   法然の弟子であり、真宗の祖となった親鸞は、建永の法難︵真宗では﹁承元の法難﹂と 呼ぶ︶により、越後に配流され、その後、常陸での逗留を経て、京都に戻り、そこで九十 年 の 生 涯 を 終 え て い る。 親 鸞 は、 ﹃ 歎 異 抄 ﹄ に お い て﹁ た と ひ 法 然 聖 人 に す か さ れ ま ゐ ら せ て、 念 仏 し て 地 獄 に お ち た り と も、 さ ら に 後 悔 す べ か ら ず 候 ふ ﹂︵ 真 宗 聖 典 八 三 二 ︶ と 述 べ、 あ る い は、 ﹃ 高 僧 和 讃 ﹄ に お い て﹁ 本 師 源 空 の 本 地 を ば  世 俗 の ひ と び と あ ひ つ た

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30 へ  綽和尚と称せしめ   あるいは善導としめしけり   源空勢至と示現し   あるいは弥陀と 顕 現 す  上 皇・ 群 臣 尊 敬 し  京 夷 庶 民 欽 仰 す ﹂︵ 真 宗 聖 典 五 九 六 ∼ 五 九 七 ︶ と 詠 わ れ る な ど、 師 法 然 に 心 か ら 帰 依 し て い た こ と が 分 か る。 し か し、 親 鸞 は、 法 然 と 別 離 の 後、 ﹃ 教 行信証﹄や﹃浄土三経往生文類﹄をはじめとする多くの著作を撰述し、独自の教義を体系 化 さ れ て い る。 親 鸞 独 自 の 教 学 の 中、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ を 解 読 す る 基 本 と な る の が 三 経 差 別 と三経一致という捉え方である。   三経差別とは、 ﹁浄土三部経﹂はそれぞれ別の内容を説き示しているという見方であり、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ 所 説 の 仏・ 仏 土 に も 自 ず と 差 別 を 認 め る と い う 捉 え 方 で あ り、 そ れ を 顕 説 と い う。 一 方、 三 経 一 致 と は、 ﹃ 教 行 信 証 ﹄ 化 身 土 文 類 第 六 に﹁ こ こ を も っ て 三 経 の 真 実 は、 選 択 本 願 を 宗 と す る な り ﹂︵ 真 宗 聖 典 三 九 二 ︶ と あ る よ う に、 そ う し た 三 経 差 別 を 踏 ま え な が ら、 ﹃ 観 経 ﹄ も﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ も そ の 本 意 は 他 力 念 仏 往 生 の 法 を 説 く も の で あ る と し、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ の 教 え と 変 わ り は な い と す る 捉 え 方 で あ り、 そ れ を 穏 彰 と い う。 し た が っ て、 ﹃ 観 経 ﹄﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ に 説 か れ る 顕 説 の 仏・ 仏 土 は、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ 所 説 の 真 仏・ 真 仏 土へと衆生を誘因する方便化身・方便化土の位置に留められ、最終的には、衆生をして他 力念仏往生に導くことが主眼であって、それこそが﹁浄土三部経﹂に通底する意図である

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31 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  と す る。 そ こ で 本 章 で は、 こ う し た 親 鸞 の﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ の 捉 え 方 を 踏 ま え て、 ﹃ 観 経 ﹄ ↓﹃阿弥陀経﹄↓﹃無量寿経﹄の順に親鸞独自の﹁浄土三部経﹂理解について概観したい。 ﹃観無量寿経﹄ 双樹林下往生   まず﹃観経﹄の捉え方について親鸞は、 ﹃教行信証﹄化身土文類第六の標挙の文に、 無 量 寿 仏 観 経 の 意 な り  至 心 発 願 の 願  邪 定 聚 の 機  双 樹 林 下 往 生。 ︵ 真 宗 聖 典 三 七 四︶ とあり、同じく化身土文類第六に、 つつしんで化身土を顕さば、仏は﹃無量寿仏観経﹄の説のごとし、真身観の仏これな り。土は﹃観経﹄の浄土これなり。また﹃菩処胎経﹄等の説のごとし、すなわち懈 慢 界 こ れ な り。 ま た﹃ 大 無 量 寿 経 ﹄ の 説 の ご と し、 す な は ち 疑 城 胎 宮 こ れ な り。 ︵ 真 宗聖典三七五︶

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32 と述べ、あるいは、 ﹃浄土三経往生文類﹄の中で、 観経往生といふは、修諸功徳の願︵第十九願︶により、至心発願のちかひにいりて、 万善諸行の自善を回向して、浄土を欣慕せしむるなり。しかれば﹃無量寿仏観経﹄に は、定善・散善、三福・九品の諸善、あるいは自力の称名念仏を説きて、九品往生を すすめたまへり。これは他力のなかに自力を宗致としたまへり。このゆゑに観経往生 と 申 す は、 こ れ み な 方 便 化 土 の 往 生 な り。 こ れ を 双 樹 林 下 往 生 と 申 す な り。 ︵ 真 宗 聖 典六三〇∼六三一︶ と述べている。   こうした一連の説示にあるように、 ﹃観経﹄顕説の教えに基づく観経往生とは、 ﹃観経﹄ 所 説 の 定 散 等 の 諸 善 万 行 に よ る 往 生、 す な わ ち、 第 十 九 願︵ 至 心 発 願 の 願︿ 親 鸞 の 呼 称﹀ ︶に基づいた自力心をもった諸行往生であって、その結果として、 ﹃観経﹄所説の方便 化身所住の方便化身土へ往生することとなり、それを双樹林下往生と呼ぶ。そして、その

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33 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  ﹃ 観 経 ﹄ に 基 づ く 往 生 に よ っ て 到 達 す る 浄 土 と は、 阿 弥 陀 仏 の 本 願 力 を 疑 う 者︵ 邪 定 聚 の 機︶が辿り着く、懈慢界・疑城胎宮に他ならないという。 ﹃阿弥陀経﹄ 難思往生   次に﹃阿弥陀経﹄の捉え方について親鸞は、やはり﹃教行信証﹄化身土文類第六の標挙 の文に、    阿弥陀経の意なり   至心回向の願   不定聚の機   難思往生。 ︵真宗聖典三七四︶ とあり、同じく化身土文類第六には、 ﹃阿弥陀経﹄所説の内容について、 いま方便真門の誓願について、行あり信あり。また真実あり方便あり。願とはすなは ち植諸徳本の願これなり。行とは、これに二種あり。一つには善本、二つには徳本な り。信とは、すなはち至心・回向・欲生の心これなり。二十願なり   機について定あ り散あり。往生とはこれ難思往生これなり。仏とは、すなわち化身なり。土とは、す

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34 なはち疑城胎宮これなり。 ﹃観経﹄に准知するに、この﹃経﹄ ︵小経︶にまた顕彰隠密 の義あるべし。顕といふは、経家は一切諸行の少善を 嫌 貶 して、善本・徳本の真門を 開 示 し、 自 利 の 一 心 を 励 ま し て 難 思 の 往 生 を 勧 む。 こ こ を も っ て﹃ 経 ﹄︵ 同 ︶ に は ﹁ 多 善 根・ 多 功 徳・ 多 福 徳 因 縁 ﹂ と 説 き、 釈︵ 法 事 讃・ 下 ︶ に は﹁ 九 品 と も に 回 し て 不退を得よ﹂といへり。あるいは﹁無過念仏往西方三念五念仏来迎︵執筆者註念仏 して西方に往くに過ぎたるは無し、三念五念に至るまで仏来迎したまふ︶ ﹂といへり。 こ れ は こ れ こ の﹃ 経 ﹄︵ 小 経 ︶ の 顕 の 義 を 示 す な り。 こ れ す な は ち 真 門 の な か の 方 便 なり。 ︵真宗聖典三九七︶ と述べ、あるいは、 ﹃浄土三経往生文類﹄の中で、 弥陀経往生といふは、植諸徳本の誓願︵第二十願︶によりて不果遂者の真門にいり、 善本徳本の名号を選びて万善諸行の少善をさしおく。しかりといへども定散自力の行 人は、不可思議の仏智を疑惑して信受せず。如来の尊号をおのれが善根として、みづ から浄土に回向して果遂のちかひをたのむ。不可思議の名号を称念しながら、不可称

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35 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  不可説不可思議の大悲の誓願を疑ふ。その罪ふかくおもくして、七宝の牢獄にいまし められて、いのち五百歳のあひだ自在なることあたはず、三宝をみたてまつらず、つ かへたてまつることなしと、如来は説きたまへり。しかれども如来の尊号を称念する ゆゑに、胎宮にとどまる。徳号によるがゆゑに、難思往生と申すなり。不可思議の誓 願、疑惑する罪によりて難思議往生とは申さずと知るべきなり。 ︵真宗聖典六三五︶ と述べている。   このように、 ﹃阿弥陀経﹄顕説の教えに基づく阿弥陀経往生とは、 ﹃阿弥陀経﹄所説の称 名 念 仏 に よ る 往 生、 す な わ ち、 第 二 十 願︵ 至 心 回 向 の 願︿ 親 鸞 の 呼 称 ﹀︶ に 基 づ い た 自 力 心 を も っ た 念 仏 往 生 で あ っ て、 そ の 結 果 と し て、 ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ 所 説 の 方 便 化 身 に よ る 来 迎 を被り、七宝の牢獄といわれる方便化身土へ往生することとなり、それを難思往生と呼ぶ。 そして、やはりその往生によって到達する浄土とは、阿弥陀仏の本願力を疑う者︵不定聚 の機︶が辿り着く、疑城胎宮に他ならないという。

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36 ﹃無量寿経﹄ 難思議往生   親鸞は、 ﹃愚禿鈔﹄上において、 ﹃法事讃﹄に三往生あり。一には、難思議往生は、 ﹃大経﹄の宗なり。二には、双樹林 下 往 生 は、 ﹃ 観 経 ﹄ の 宗 な り。 三 に は、 難 思 往 生 は、 ﹃ 弥 陀 経 ﹄ の 宗 な り。 ︵ 真 宗 聖 典 五〇五︶ と 述 べ、 ﹃ 観 経 ﹄ の 双 樹 林 下 往 生、 ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ の 難 思 往 生 に 対 し、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ に よ る 往 生を難思議往生と規定している。その﹃無量寿経﹄の理解であるが、 ﹃教行信証﹄ ﹁信巻﹂ 第三の標挙の文に、    至心信楽の願   正定聚の機。 ︵真宗聖典二一〇︶ とあり、同じく﹁証巻﹂第四の標挙の文に、

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37 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」     必至滅度の願   難思議往生。 ︵真宗聖典三〇六︶ と述べ、あるいは、 ﹃浄土三経往生文類﹄の中で、 大経往生といふは、如来選択の本願、不可思議の願海、これを他力と申すなり。これ すなはち念仏往生の願因によりて、必至滅度の願果をうるなり。現生に正定聚の位に 住して、かならず真実報土に至る。これは阿弥陀如来の往相回向の真因なるがゆゑに、 無上涅槃のさとりをひらく。これを﹃大経﹄の宗致とす。このゆゑに大経往生と申す、 また難思議往生と申すなり。 ︵真宗聖典六二五︶ と述べている。   このように親鸞は、 ﹃無量寿経﹄の教えに基づく大経往生とは、 ﹃無量寿経﹄所説の第十 八 願︵ 至 心 信 楽 の 願︿ 親 鸞 の 呼 称 ﹀︶ に 説 か れ る、 阿 弥 陀 仏 の 名 号 の 不 可 思 議 な 功 徳 を 深 く信じて、疑う心のない他力廻向の信心による往生であると受けとめた。そして、その本 願 他 力 回 向 の 法 を 信 じ る こ と に よ っ て、 第 十 一 願︵ 必 至 滅 度 の 願︿ 親 鸞 の 呼 称 ﹀︶ の 所 説

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38 に基づいて、現生において正定聚の位に住し、真実報土の往生を遂げることができるとし、 これを難思議往生と呼んだのである。 三願転入 親鸞聖人の信仰体験を踏まえ   こ の よ う に 親 鸞 は、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ を 第 十 八 願 に 基 づ い て 難 思 議 往 生 を 説 く 真 実 の 法 を 説 く 経 典 と 見 る 一 方、 ﹃ 観 経 ﹄ と﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ に は 顕 説 と 隠 彰 の 両 義 を 見 る の で あ る。 す な わ ち、 ﹃ 観 経 ﹄ は 顕 説 の 義 か ら い え ば 定 散 二 善 の 法 を 説 く も の で、 阿 弥 陀 仏 の 四 十 八 願 の 中、 第 十 九 願 所 説 の 諸 行 往 生 の 法、 双 樹 林 下 往 生 を 開 説 し た も の と 理 解 し、 ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ も顕説の義からいえば多善根・多福徳の自力念仏往生の法を説くもので、やはり阿弥陀仏 の四十八願の中、第二十願所説の自力念仏往生の法、難思往生を開説したものと受けとめ る。 し か し、 隠 彰 の 義 で は、 三 経 共 に 第 十 八 願 に よ る 他 力 念 仏 往 生 を 意 図 し て お り、 ﹃ 観 経 ﹄﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ を 読 誦 す る 者 を し て 自 ず と﹃ 無 量 寿 経 ﹄ に 導 く 役 割 を 担 っ て い る と 受 け とめるのである。こうした第十九願︵ ﹃観経﹄の法︶から第二十願︵ ﹃阿弥陀経﹄の法︶へ、 そして、第二十願︵ ﹃阿弥陀経﹄の法︶から第十八願︵ ﹃無量寿経﹄の法︶へと、その経を 読誦する者をして他力念仏往生の教えへと導かせる働きを三願転入と呼ぶ。

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39 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」    親鸞は﹃教行信証﹄化身土文類第六において、 ここをもって、愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸 善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生︵執筆者註観経往生︶を離る。善本徳本の 真門に回入して、ひとへに難思往生︵同小経往生︶の心を発しき。しかるに、いま ことに方便の真門を出でて、選択の願海に転入せり。すみやかに難思往生の心を離れ て、 難 思 議 往 生︵ 同 大 経 往 生 ︶ を 遂 げ ん と 欲 す。 果 遂 の 誓 い︵ 第 二 十 願 ︶、 ま こ と に由あるかな。 ︵真宗聖典四一二∼四一三︶ と述べているように、三願転入の経緯は、親鸞自身がその生涯を経て至り得た信仰体験の 経緯そのものであると述懐しているのである。これまで述べてきた親鸞における﹁浄土三 部経﹂と四十八願をめぐる説示について、次の︻表 2 ︼のように整理することができよう。

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40 ︻表 2 ︼親鸞による﹁浄土三部経﹂と阿弥陀仏の四十八願をめぐる顕説・穏彰の義 │┤│三経一致︵隠彰の義︶   │   ﹃無量寿経﹄ ﹃観無量寿経﹄ ﹃阿弥陀経﹄一致        他力念仏往生の法門   ─   ─   ─   ┌│三経差別︵顕説の義︶   ┤   ﹃無量寿経﹄ ︵第十八・至心信楽の願︶    弘願真実││難思議往生││他力念仏往生        ─        ─        ─        ┬   ﹃観経﹄ ︵第十九・至心発願の願︶    方便要門││双樹林下往生│諸行往生        ─        ─        ─           ┌   ﹃阿弥陀経﹄ ︵第二十・至心廻向の願︶     真門 ││││ 難思往生 │││ 自力念仏往生   親鸞聖人の理解した阿弥陀仏   こ の よ う に 親 鸞 は、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ の 所 説 や﹃ 無 量 寿 経 ﹄ に 説 く 阿 弥 陀 仏 の 四 十 八 願 に ついて、顕説と穏彰の線を引き、真化の区分を施すこととなった。それでは、親鸞が求め た真仏・真仏土とは、いかなる仏・仏土と考えられるのだろうか。それについて親鸞は、

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41 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  ﹃教行信証﹄真実土文類第五に、 つつしんで真仏土を案ずれば、仏はすなはちこれ 不可思議光如来 なり、土はまたこれ 無量光明土 なり。しかればすなはち大悲の誓願に酬報するがゆゑに、真の報仏土とい ふなり。すでにして 願 います、すなはち光明・寿命の願︵第十二・十三願︶これなり。 ︵真宗聖典三三七︶ と述べ、真仏・真仏土は﹁不可思議光如来﹂ 、﹁無量光明土﹂であるとして光明を前面に押 し出して仏・仏土の理解を施していることが分かる。   こ の よ う に、 光 明 を 前 面 に 押 し 出 し た 阿 弥 陀 仏 と 極 楽 浄 土 の 理 解 に つ い て 親 鸞 は、 ﹃ 唯 信鈔文意﹄において、 ﹁ 涅 槃 ﹂ を ば、 滅 度 と い ふ、 無 為 と い ふ、 安 楽 と い ふ、 常 楽 と い ふ、 実 相 と い ふ、 法 身 といふ、法性といふ、 真如 といふ、 一如 といふ、仏性といふ。仏性すなはち如来な り。この如来、微塵世界にみちみちたまへり、すなはち一切群生海の心なり。この心

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42 に誓願を信楽するがゆゑに、この信心すなはち仏性なり、仏性すなはち法性なり、法 性すなはち法身なり。法身は いろ もなし、 かたち もましまさず。しかれば、こころも およばれず、ことばもたえたり。この 一如 より かたちをあらはし て、 方便法身 と申す 御すがた をしめして、法蔵比丘となのりたまひて、不可思議の大誓願をおこしてあら はれたまふ 御かたち をば、世親菩︵天親︶は﹁ 尽十方無碍光如来 ﹂となづけたてま つりたまへり。この如来を 報身 と申す、誓願の業因に報ひたまへるゆゑに報身如来と 申すなり。報と申すはたねにむくひたるなり。この報身より応・化等の無量無数の身 をあらはして、微塵世界に無碍の智慧光を放たしめたまふゆゑに尽十方無碍光仏と申 すひかりにて、 かたち もましまさず、 いろ もましまさず。無明の闇をはらひ、悪業に さへられず、このゆゑに無碍光と申すなり。無碍はさはりなしと申す。しかれば 阿弥 陀仏 は 光明 なり、光明は 智慧のかたち なりとしるべし。 ︵真宗聖典七〇九∼七一〇︶ と 述 べ て い る。 つ ま り、 親 鸞 は、 ﹁ 法 身・ 一 如 ﹂ 等 か ら﹁ か た ち を あ ら は し ﹂ た と さ れ る ﹁方便法身﹂ ﹁尽十方無碍光如来﹂ ﹁報身﹂なる﹁阿弥陀仏﹂の﹁御すがた﹂ ﹁御かたち﹂と は、 実 は﹁ 光 明 ﹂﹁ 智 慧 の か た ち ﹂ そ の も の で あ る と 規 定 し、 こ う し た こ と か ら、 真 仏・

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43 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  真仏土とは、どこまでも私たち衆生が想念できる﹁かたち﹂や﹁いろ﹂の滅した﹁光明﹂ そのものとして受けとめていたと読み取れるのである。   さらに親鸞は、阿弥陀仏の理解をめぐって、 ﹃正像末和讃﹄ ﹁自然法爾章﹂において、 ﹁ 自 然 ﹂ と い ふ は、 も と よ り し か ら し む る と い ふ こ と ば な り。 弥 陀 仏 の 御 ち か ひ の、 もとより行者のはからひにあらずして、南無阿弥陀仏とたのませたまひて、むかへん とはからはせたまひたるによりて、行者のよからんともあしからんともおもはぬを、 自 然 と は 申 す ぞ と き き て 候 ふ。 ち か ひ の よ う は、 ﹁ 無 上 仏 に な ら し め ん ﹂ と 誓 ひ た ま へるなり。 無上仏 と申すは、かたちもなくまします。 かたちもましまさぬ ゆゑに、自 然とは申すなり。 かたちまします としめすときは、 無上涅槃 とは申さず。 かたちもま しまさぬ やうをしらせんとて、はじめに 弥陀仏 とぞききならひて候ふ。弥陀仏は 自然 のやうをしらせんれう ︵執筆者註﹁れう﹂は料︶なり。 ︵真宗聖典六二一∼六二二︶ と述べ、 ﹁無上仏﹂とは﹁かたちもましまさぬ﹂体であって、 ﹁かたちまします﹂体は﹁無 上涅槃﹂とは言えないと述べた後に、 ﹁弥陀仏﹂は﹁かたちもましまさぬ﹂ ﹁自然のやうを

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44 しらせん料︵手段・方法︶ ﹂であると理解するに至るのである。   あるいは親鸞は、 ﹃浄土和讃﹄ ﹁大経意﹂において﹁弥陀成仏のこのかたは   いまに十劫 とときたれど   塵点久遠劫よりも   ひさしき仏とみえたまふ﹂ ︵真宗聖典五六六︶と詠じ、 ﹃同﹄ ﹁弥陀和讃﹂において﹁久遠実成阿弥陀仏   五濁の凡愚をあはれみて   釈牟尼仏と し め し て ぞ  耶 城 に は 応 現 す る ﹂︵ 真 宗 聖 典 五 七 二 ︶ と 詠 わ れ て い る よ う に、 阿 弥 陀 仏 を﹁久遠実成﹂の仏と捉えていることが分かる。   以 上 の よ う に、 親 鸞 に と っ て の 阿 弥 陀 仏 や 極 楽 浄 土 の 理 解 は、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ の 説 示 に ある五劫思惟して四十八願を建立し、それを成就するために兆載永劫の修行を経て、酬因 感果の結果、十劫前に成仏を遂げた阿弥陀仏、あるいは、その阿弥陀仏が建立された西方 十万億の彼方に清浄に荘厳された極楽浄土とは大きくかけ離れていることが明白であり、 ﹁浄土三部経﹂ 、特に﹃観経﹄や﹃阿弥陀経﹄に基づく相好を具え、荘厳に彩られた仏・仏 土は化身・化身土であって、どこまでも方便の位置に留まっていると結論づけられるので ある。

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45 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」 

四、おわりに

浄土宗教師の矜持を持って

本文中に言及した宗派成立の根拠たる教判について法然は、 自他宗の学者、宗々所立の義を 各別 にこころえずして、自宗の儀に違するをばみなひ がごとと心えたるは、いわれなきことなり。宗々みなおのおのたつるところの法門、 各別 なるうえは、諸宗の法門一同なるべからず、みな自宗の儀に違すべき條は、勿論 なりと。 ︵﹃修学についての御物語﹄昭法全四八六︶ と述べている。すなわち、いずれの宗派の教義も﹁各別﹂に体系化されており、それをわ きまえずに一方の宗派から他方の宗派に対し、その教義は劣っている、誤りであるなどと 批判するのは、正当な理由や根拠を欠いた不当な物言いに過ぎないのである。そして、こ うした法然の所説は、そのまま法然の浄土宗教団と親鸞の真宗教団の関係性についてもあ てはまることとなろう。   これまで述べて来たように、法然と親鸞による﹁浄土三部経﹂の理解には、決して埋め

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46 ることのできない大きな溝が横たわっている。両者の相違点を簡潔に述べるならば、法然 は、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ を 弥 陀・ 釈 ・ 諸 仏 の 三 仏 同 心 に な る 真 実 の 法 を 示 す 経 説 と し て、 一 言 一 句 を 揺 る が せ ず に せ ず、 そ の ま ま に 尊 く 受 け と め た の に 対 し、 親 鸞 は、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ を そ の ま ま で 真 実 と 受 け と め る こ と が で き ず に、 ﹃ 無 量 寿 経 ﹄ 所 説 の 阿 弥 陀 仏 に よ る 四 十 八 願 そ の も の に 真 化 分 別 を 施 し、 あ る い は、 ﹁ 浄 土 三 部 経 ﹂ 所 説 の 阿 弥 陀 仏・ 極 楽 浄 土をめぐって、顕説・穏彰の二義を提示するなどして、その一面を真仏・真仏土を説く内 容とする一方、他面を化身・化身土を説く内容であると真化分別を施したのである。   その結果、浄土宗と真宗においては、同じ﹁浄土三部経﹂を所依の経典としていただき、 阿弥陀仏・極楽浄土・選択本願念仏等と同一用語を使用したとしても、その用語の意味内 容は似て非なるものとなっているのである。だからこそ、浄土宗僧侶は、本章冒頭の﹃浄 土 宗 宗 綱 ﹄ で 明 記 さ れ て い る よ う に、 ﹃ 選 択 集 ﹄ を は じ め と す る 二 祖 三 代 の 著 作 を 拠 り 所 として﹁浄土三部経﹂を拝読して、布教・教化に努めなければならないのであり、決して 親鸞をはじめとする他宗・他派の祖師による﹁浄土三部経﹂の理解によってはいけないの である。私達のそうした揺るがぬ姿勢こそが浄土宗僧侶としての矜持を持つことなのであ る。紙面の都合上、その詳細は控えざるを得ないが、両祖師による﹁浄土三部経﹂理解の

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47 ―第一章 法然上人と「浄土三部経」  相違がもたらす、とりわけ信仰面において決定的・根本的な相違点として現出する経説こ そ、 ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ 所 説 の﹁ 倶 会 一 処 ﹂ の 可 否 で あ る と 考 え ら れ、 そ の 点 に つ い て は、 第 四 章で言及するとともに、別稿を参照されたい ︵ 1 ︶ 。 註 ︵ 1 ︶ 法 然 と 親 鸞 の﹁ 倶 会 一 処 ﹂ 理 解 を め ぐ る 相 違 点 等 に つ い て 論 じ た 拙 稿 と し て、 ①﹁ 法 然 上 人 に お け る 倶 会 一 処 へ の 視 座 ― 親 鸞 聖 人 と の 対 比 を 通 じ て ― ﹂︵ ﹃ 石 上 善 應 教 授 古 稀 記 念 論 文 集・ 仏 教 文 化 の 基 調 と 展 開 ﹄ 第 二 巻、 山 喜 房 佛 書 林、 二 〇 〇 一 ︶、 ②﹁ 講 演  新 し い 親 鸞 聖 人 研 究 に 向 け た 一 提 言 ﹂︵ ﹃ 真 宗 研 究 会 紀 要 ﹄ 三 六、 二 〇 〇 四 ︶、 ③﹃ 講 義 録・ 法 然 上 人 の み 教 え ― 法 然 上 人 と 親 鸞 聖 人 ― ﹄︵ 浄 土 宗 兵 庫 教 区 布 教 師 会、 二 〇 〇 七 ︶、 ④﹃ 法 然 上 人 八 〇 〇 年 大 遠 忌 記 念  い ざ と い う と き の た め の 布 教 Q & A  林 田 康 順 先 生 講 演 録 ﹄︵ 浄 土 宗 千 葉 教 区・ 浄 土 宗 千 葉 教 区 布 教 師 会、 二 〇 一 一 ︶、 ⑤﹃ 宮 崎 哲 弥  仏 教 教 理 問 答  連 続 対 談  今、 語 る べ き 仏 教 ﹄﹁ 問 答 五  林 田 康 順  仏 教 に と っ て 救 済 と は 何 か ﹂︵ サ ン ガ、 二 〇 一 二 ︶、 ⑥﹁ 法 然 上 人 に お け る 成 仏 を め ぐ る 一 考 察 ﹂︵ ﹃ 宇 高 良 哲 先 生 古 稀 記 念 論 文 集  歴 史 と 仏 教 ﹄ 文 化 書 院、 二 〇 一 二 ︶、 ⑦﹁ 高 等 学 校 公 民 科﹁ 倫 理 ﹂ 教 科 書 に お け る 仏 教 教 団 祖 師 の 取 り 扱 い を め ぐ る 一 考 察 ― 法 然 上 人 と 親 鸞 聖 人 を 中 心 に ― ﹂︵ ﹃ 福 原 隆 善 先 生 古 稀 記 念   仏法僧論集﹄山喜房佛書林、二〇一三︶等を参照されたい。

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第二章

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一、はじめに

経典の構成について

  本章では浄土宗の﹃無量寿経﹄理解を述べるが、それに先立ち仏教経典が一般的に有し ている構造について言及しておこう。   仏教の経典は、釈尊の滅後、釈尊に始終帯同していた仏弟子阿難︵アーナンダ︶の記憶 の な か か ら 釈 尊 の 説 示 を 呼 び 起 こ し た も の と さ れ る。 ﹁ 私、 阿 難 は 確 か に こ の よ う に 聞 い た。いつのことだったか、釈尊は、どこどこで、誰々とともにいた﹂と経典ははじめられ、 みずからの記憶をたぐる阿難の語り口に触れることで、人々は阿難が釈尊とともに過ごし た時空へと誘われていく。経典は、そうやって伝承されてきた。   ところで、経典の叙述には大まかに序分・正宗分・流通分という三段落がある。序分は、 経のオープニングである。今や語り出さんとする釈尊、固唾を飲んで見守る聴衆たち、そ うした情景が浮かび上がる。正宗分は、経典の大部分を占め、まさしく経典の主要部分で あり、主題が語られる。流通分は、エンディングにあたり、釈尊の説法に感激する聴衆の 様子が述べられる。場面は再び序分の舞台に戻るのだ。簡潔であれ詳細であれ、序分で紹

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51 ―第二章 浄土宗の『無量寿経』理解  介された聴衆が流通分で感激するという叙述には、今、経典を通じてその説法に接してい る者に往時と同じ感激を与えたいという経典の思いが窺えよう。経典は、感激する聴衆の 姿を叙述することを通じて、釈尊の教えをさらに弘め、色あせぬまま末永く伝えていくと いう使命をみずからに課しているのだ。そこが流通分の流通分たる所以だろう。   営々と伝承されてきた経典は単なる記録でも、文献でもない。経典には、釈尊の説法に 感激し、その教えを伝え弘めようとする者たちの思いと、教えを求めて止まない者たちの 思いがそこで出会い、何層にも積み重ねられていった歴史がある。そして、これからもそ の歴史は続いていく。それは、いかなる宗派の、いかなる所依の経典であれ、同じことで はないだろうか。もちろん、浄土三部経もそうした歴史を背負っている。

二、

﹃無量寿経﹄を読む

一、 ﹃無量寿経﹄ 無量寿経経典群について   ﹁浄土三部経﹂の一つ﹃無量寿経﹄ ︵以下、本経︶は曹魏の康僧鎧によって漢訳されたと 伝 え ら れ る。 上 下 二 巻 に 及 ぶ 経 典 で、 ﹃ 双 巻 経 ﹄ と 呼 ば れ る こ と も あ る。 ま た﹃ 阿 弥 陀

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52 経﹄を﹃小経﹄と呼ぶのに対し﹃大経﹄と呼ばれたりもする。本経に対応するサンスクリ ッ ト 語 の 経 典︵ 以 下、 梵 本 ︶ も、 ﹃ 阿 弥 陀 経 ﹄ に 対 応 す る そ れ も、 い ず れ も﹃ ス カ ー ヴ ァ ティーヴューハ﹄という経題が付されている。そこで両経を区別するために、それぞれ経 題にラージャー、スモーラーを冠にかぶせて呼び分けている。   さて﹁いわゆる無量寿経﹂には、いくつかのヴァージョンが存在する。古代インドのサ ンスクリット語で伝えられる梵本、漢訳されたもの、チベット語訳などである。ただ、翻 訳されているからと言って、梵本が一番古い原典、オリジナルというわけではない。私た ちが読誦している康僧鎧訳﹃無量寿経﹄は、無量寿経経典群と称され一括りにされる複数 の 経 典 の な か の 一 つ に 位 置 付 け ら れ る。 ﹁ い わ ゆ る 無 量 寿 経 ﹂ と い う 言 い 方 を し た の は、 そうしたわけなのである。   本経は言うまでもなく、無量寿仏︵阿弥陀仏︶の存在とその仏国土︵極楽浄土︶につい て 説 き 明 か す 経 典 で あ る が、 ﹁ い わ ゆ る 無 量 寿 経 ﹂ す な わ ち 無 量 寿 経 経 典 群 の 一 つ で あ る ことの条件は、法蔵説話と本願を説く点にあると言える。とはいえ経典毎に本願の内容や その数が大きく異なる。経典群であることの所以は、大筋は同じであっても、それぞれに 個性を持った経典という点にある。とりわけ経典群の大半を構成する漢訳経典にその傾向

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53 ―第二章 浄土宗の『無量寿経』理解  が認められよう。   無量寿経として扱われる漢訳経典については﹁五存七闕﹂と言って、これまでに十二通 りの漢訳があり、そのうちの七経はすでに消え去り、五経が現存すると言われる。その五 経とは、 ①呉の支謙訳と伝えられる﹃阿弥陀三耶三仏 樓仏檀過度人道経﹄二巻 ②後漢の支婁 讖訳と伝えられる﹃無量清浄平等覚経﹄四巻 ③曹魏の康僧鎧訳と伝えらえる﹃無量寿経﹄二巻 ④唐の菩提流志訳﹃無量寿如来会﹄ ︵﹃大宝積経﹄第五会、巻一七・巻一八︶ ⑤宋の法賢訳﹃大乗無量寿荘厳経﹄三巻 である。このうち①②が本願としてそれぞれ二十四願を説く。内容は微妙に異なる。③が 言わずと知れた四十八願。④も③同様に四十八願を説く。⑤は三十六願を説く。ちなみに サンスクリット本は四十七願、チベット訳は四十九願を説き、③④とともに四十八願系と 見なされ一括りにされることがある。   これら漢訳無量寿経経典のうち①②③については、その成立や訳者、訳出年代に関する 研究が今日なお続いているが、いずれにせよ、経典群としては幅広い展開期間を保持し、

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54 経 典 内 容 も 増 幅、 縮 小 が あ る。 ま た ① ② を﹁ 初 期 無 量 寿 経 ﹂、 ③ ④ ⑤ と 梵 本、 チ ベ ッ ト 訳 を﹁後期無量寿経﹂と呼んで、経典の発展段階を理解する際の一つの指標とされている。   こ れ ら の う ち ③、 す な わ ち 康 僧 鎧 訳 と 伝 え ら え る 本 経 諸 説 の 四 十 八 願 が、 ﹃ 観 経 ﹄ の ﹁中品下生﹂に﹁法蔵比丘の四十八願を説くに遇えり﹂ ︵聖典一・三一〇︶と読み込まれて い る。 ち な み に 本 経 の 漢 訳 年 代 に つ い て 四 二 一 年 を 妥 当 と す る 学 説 が あ り、 こ れ は﹃ 観 経﹄の訳出推定年代より若干早い時期に当たる。 二、 ﹃無量寿経﹄のあらすじ 本経の存在意義   本経は王舎城の耆闍崛山︵霊鷲山︶における釈尊の説法を伝えるものである。説法の主 題は、無量寿仏とその仏国土、そしてその仏国土に往生する者たちとその方法について明 らかにすることにある。話は﹁はるか遠い昔﹂に遡る。そもそも無量寿仏は、一国の国王 であった。その国王が世自在王仏という如来のもとで出家し、仏を目指し法蔵という菩 となり、自らの仏国土︵浄土︶を建立してあらゆる人々を迎え摂ろうと願った。その際、 世自在王仏から二百一十億にも及ぶ仏の国土を説き示してもらった法蔵は、それらのなか から、これ以上はもう考えられない理想とすべき仏のありようや仏国土のありようを四十

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