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Vol.68 , No.2(2020)058馬場 久幸「対馬金剛院所蔵の高麗版『大般若波羅蜜多経』について――これまでの調査との比較を中心として――」

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Academic year: 2021

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(1)

対馬金剛院所蔵の高麗版

『大般若波羅蜜多経』について

―これまでの調査との比較を中心として―

馬 場 久 幸

1

.はじめに

長崎県対馬市厳原町豆酘にある金剛院には,高麗再雕版の『大般若波羅蜜多 経』(以下,金剛院本と略称)が所蔵されている.金剛院本の特徴は,高麗時代の 「天和寺大蔵」の蔵書印や「卞韓国大夫人 氏印出」の墨書と,その後の日本へ の伝来や江戸時代の補修に関する墨書が各所に見えることである. 金剛院本については,これまで国内で3度の調査が行われた1).まず,1943 の中島功氏による調査で,当時333帖を確認したという2).次に,1996年の長崎 県立対馬歴史民俗資料館開館20周年記念にあたり特別展出陳のための調査で, 163巻程度を確認したというが,詳細については不明である3).最後は,2003 に早稲田大学水稲文化研究所によって行われた調査で,帖数に関する言及はない ものの,簡単な目録によって164帖が確認できた4).また,金剛院本に見える蔵 書印や高麗時代の墨書については,小松勝助氏によって検討がなされている5) さて,2017年9月に金剛院本を調査する機会に恵まれ,165帖と3帖分の表紙 もしくは題簽を確認できた6).しかし,2017年の調査で確認した帖数は,これま でのどの数字とも異なる.そこで,本稿では金剛院本に見える江戸時代の補修に 関する墨書と,これまでの調査を比較しながら,金剛院本の帖数の変遷について 検討する. 2

.江戸時代の補修に関する墨書

金剛院本には,江戸時代の修復がうかがえる墨書が存在する.まず,金剛院本 巻201には, 国主宗義真様御代ニ修復 于天和二壬戌二月 日 院主快春房 栄山代

(2)

とある.宗義真(1639–1702)とは,宗家22代目の当主である.天和2年は1682年 にあたり,彼が当主の時代に金剛院本が修復されたことがわかる.その時の院主 は快春房栄山という人物であるが,彼の詳細については不明である.さらに,金 剛院本巻211には, 延宝丙辰 大師堂再建立 同寺丑年御建立 天和二壬戌 大般若経六百巻壹部修覆 御絵十二天廿七幅修復 とある.巻201の奥書にも天和2年 (1682)とあることから,延宝丙辰とは延宝4年 (1676),丑年とは延宝元年(1673)である.つまり,延宝元年(1673)に金剛院が, 延宝4年(1676)に大師堂がそれぞれ再建立されたようである.その後,天和2年 (1682)の2月に『大般若波羅蜜多経』600帖と絵画27幅を修復したことがわかる. ところで,巻211の墨書には,「大般若経六百巻壹部修復」とある.これは, 金剛院本600帖の中で状態の悪い一部の経典を修復したのか,それとも600帖全 てを修復したのか,この墨書のみでの判断は難しい.金剛院に『大般若波羅蜜多 経』以外の多くの経典が存在すれば後者の可能性もあるが,恐らくは前者と解釈 するのが妥当であろう.上記の墨書から,宗義真の時代までは金剛院本が600帖 存在していたことは間違いない. 3

1943

年と

2003

年・

2017

年の調査の相異点

これまでの調査を比較すると,3度の調査ではいずれも帖数が異なっている. 1943年の調査で中島功氏は333帖が確認できたと報告しているが,「現在三三三 巻/内完本二二七巻/不完本一〇二巻/欠巻二六七巻7)」とあり,完本と不完本 をあわせても333帖にはならない.しかも,中島功氏の調査リストを確認すると 331帖であった. そこで,調査の詳細を把握できる1943年と2003年,そして2017年の報告にも とづき,金剛院本の特徴である蔵書印,高麗時代の墨書の有無について比較す る. 1)「天和寺8)大蔵」の蔵書印 金剛院本には,各所に「天和寺大蔵」の蔵書印(朱印)が見える.1943年の調 査では23帖(巻58, 69, 132, 180, 212, 216, 277, 300, 346, 356, 359, 377, 398, 435, 509, 540, 562, 563,

(3)

564, 568, 575, 578, 580)9)に,2003年の調査では17(巻58, 193, 212, 218, 219, 265, 277, 280, 346, 435, 537, 561, 562, 575, 578, 580, 583)10)に,それぞれ蔵書印があった.2017年の調 査でも2003年と同様の蔵書印が確認できたが,さらに巻360にもあることがわ かった.2003年の調査では巻360を開披できなかったため,蔵書印を確認できな かったと考えられる. ここで問題となるのは,2003年に確認がなされた7帖(巻218, 219, 265, 280, 537, 561, 583)について,1943年の調査時においては蔵書印が確認されていなかったこ とである.その中でも4帖(巻219, 537, 561, 583)は1943年の時点でその存在が確認 されていたにもかかわらず,蔵書印は未確認に終わり,また3帖(巻218, 265, 280) についてはその存在すらも未確認だったことになる.そして,現在ハーバード大 学燕京図書館にも,元来金剛院に所蔵されていたとされる『大般若波羅蜜多経』 があり,その巻565にも「天和寺大蔵」の蔵書印が確認できている.1943年の時 点では,この巻565の存在も未確認であったようである. 2)「卞韓国大夫人 氏印出」の墨書 2003年と2017年の調査では,金剛院本の巻271と巻441に「卞韓国大夫人 氏 印出/同願雞林君金琿11)」という墨書を確認している.しかし,1943年には巻 231,381,441にこの墨書があることを報告しているが12),巻271については報 告されておらず未確認に終わったようである. 1943年の調査でこの墨書が確認されている巻231と381は,現在ハーバード大 学燕京図書館に所蔵されている. 3)1943年の調査の不明点 2003年と2017年の調査結果を合わせると,1943年の時点で未確認であった30 帖(巻2, 65, 99, 123, 124, 127, 130, 166, 169, 218, 252, 265, 271, 280, 285, 306, 311, 342, 344, 443, 479, 497, 515, 525, 548, 554, 565, 582, 593, 598)の存在が確認できている.つまり,1943年の 時点でこれらの30帖も恐らく存在していたのではないかと推測できる. 4

2003

年と

2017

年の調査の相違点

2003年と2017年の調査ではほぼ同じような結果が出ているが,若干の違いが あるためそれを整理する.

(4)

1)帖数の違い 2003年の調査ではその調査目録から164帖を確認できたが,2017年の調査では 巻598の存在も含めた165帖が確認できた.この巻598については,1943年にも 未確認であったことは前述の通りである. 2)紙数の違い 2003年と2017年の調査では,以下の〈表〉に示すように紙数に違いがある. 例えば,巻25は2003年の調査では24紙であるが,2017年の調査では26紙であっ た.影印本で確認すると,巻25は26紙が正しい.さらに,巻271は2003年の調 査では24紙であったが,2017年では27紙であった.影印本で確認した結果,巻 271は24紙が正しい. 〈表〉紙数の違い 2003年 2017年 備考 25巻 24 26 26紙が正しい 65巻 28 27 2017年の調査では第1紙欠 104巻 23 11 中欠 105巻 23 16 中欠 149巻 23 22 22紙が正しい 156巻 23 22 2017年の調査では開披困難.版記は23紙まで確認 157巻 22 or 24 23 23紙が正しい 172巻 24 23 2017年の調査では中欠 176巻 24 12 2017年の調査では中欠 214巻 24 21 2017年の調査では前欠 257巻 23 18 2017年の調査では中欠 270巻 23 5 2017年の調査では2∼20紙欠 271巻 24 27 24紙が正しい 273巻 23 24 24紙が正しい 288巻 22 23 23紙が正しい 299巻 21 22 22紙が正しい 307巻 26 12 2017年の調査では1∼14紙欠 433巻 24 21 2017年の調査では1∼3紙欠 548巻 26 13 2017年の調査では1∼5,16∼23紙欠

(5)

また,巻433は2003年の調査では24紙であるが,2017年では21紙であった. 影印本で確認すると24紙が正しい.これは2003年の調査時には24紙あったもの が,2017年までに第1紙から第3紙が欠損してしまったのか,あるいは元々21紙 しかなく,版記の最終紙を確認して24紙としたのかは不明である. 紙数については,巻25や巻271のように相互に誤 があることが確認できる. 該当の巻の最終紙を全体の紙数とするのか,もしくは欠損部分を除いたものを紙 数にするのかという数え方によって,こうした差が生じたものと考えられる. 5

.おわりに

以上,金剛院本について考察した.まず,江戸時代の墨書から,1682年まで は金剛院本は600帖が存在したと考えられる.次に,1943年の調査では30帖の 『大般若波羅蜜多経』が未確認となっており,その時の報告を再検討して確認で きたのは331帖であった.即ち,当時未確認とされる30帖をあわせると,全部で 361帖が存在したと推測できる.そのうちの3帖(巻218, 265, 280)には「天和寺大 蔵」の蔵書印が押され,巻271には「卞韓国大夫人 氏印出」の墨書が書かれて いたことが,その後の調査で確認できた.最後に,2003年と2017年の調査を比 較すると,帖数に違いがあること,紙数に相互誤 があることがわかったが,そ の差は数え方によって生じたものと推測できる.現在では165帖が確認できてお り,ハーバード大学燕京図書館蔵の3帖(巻231, 381, 565)とあわせると168帖とな る. 今後,「天和寺大蔵」や「卞韓国大夫人 氏印出」など高麗時代の蔵書印や墨 書について詳細に検討をする必要がある.また,ハーバード大学燕京図書館蔵本 との関係についても検討する余地がある. 1)2004年に韓国国立文化財研究所によって調査が行われ,166冊を確認したというが, 詳細は不明である.朴2008, 370, 脚注1参照. 2)中島1973.中島功氏は,日本や高麗時代の墨書についても紹介している. 3)小松2007, 1326. 4)徳永2007.早稲田大学水稲文化研究所では,対馬豆酘地区に関する史料調査の一環で 金剛院本の調査が行われた.164帖という数字は,筆者が目録から換算した数字である. 表紙や題簽のみは帖数に含んでいない.また,この報告での新たな見識として金剛院本 が1310年以前の印刷であると指摘している. 5)小松2007, 1325–1327. 6)金剛院本の版式は1行23字,1行14字,毎半折6行の折本装である.表紙は紺紙に白 紙題箋が貼られている.2018年3月に国指定の重要文化財に指定された.

(6)

7)中島1973, 143. 8)天和寺は,睿宗(在位1106–1122)と毅宗(在位1147–1170)が行幸していることが, 『高麗史』に見える.また,恭愍王(在位1352–1374)の時代に曹渓宗から天台始興宗に 隷属させた(李穡「広通普済禅寺碑銘 序」『東文選』巻119,碑銘). 9)中島1973, 143–147. 10)徳永2007, 288–291. 11)徳永2007, 289.雞林君金琿は高麗時代後期の高位官僚で,忠宣王2年(1310)に73歳で 亡くなった人物である. 12)中島1973, 138. 〈参考文献〉 朴相国2008「大谷大学의 高麗版大蔵経」国立文化財研究所無形文化財研究室編『海外典 籍文化財調査目録 日本 大谷大学 所蔵 高麗大蔵経』国立文化財研究所,370–433. 中島功1973「金剛院所蔵の大般若経に就て」城田吉六『豆酘 伝承と習俗』対馬郷土研究 会,135–147. 小松勝助2007「 天和寺 蔵書印のある高麗版大般若波羅蜜多経―対馬にのこる大陸系 の文物の一例―」蕉雨 黄壽永博士九旬頌祝論叢刊行委員會編『考古學・美術史― 蕉雨 黄壽永博士 九旬頌祝論叢―』1323–1340. 徳永健太郎2007「対馬中世文書の現在と豆酘関連史料」早稲田大学水稲文化研究所編『海 のクロスロード対馬―21世紀COEプログラム研究集成―』雄山閣,288–291. (本報告は,科研(課題番号16H03477)の研究成果の一部である.) 〈キーワード〉 高麗版『大般若波羅蜜多経』,金剛院,宗義真,「天和寺大蔵」の蔵書印 (佛教大学非常勤講師)

参照

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