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哺乳類科学 58(1):1-12,2018 日本哺乳類学会 1 原著論文 野外におけるムササビ (Petaurista leucogenys) の仔の行動発達 繁田真由美 1,2, 繁田祐輔 2, 田村典子 1 国立研究開発法人森林研究 整備機構森林総合研究所多摩森林科学園 2 野生生物管理 1 摘

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原 著 論 文

野外におけるムササビ(

Petaurista leucogenys)の仔の行動発達

繁田真由美

1,2

,繁田 祐輔

2

,田村 典子

1 1国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所多摩森林科学園 2野生生物管理 摘     要 リス科では,生活型の違いに応じて仔の行動発達過程 に差があり,滑空性,樹上性,地上性の順に巣外に出るま での時間が長いことが知られている.しかし,巣内におけ る行動発達の過程に関する詳細な研究は乏しい.そこで 本研究では,滑空性のムササビ(Petaurista leucogenys) の仔の行動発達過程を明らかにするため,カメラボック スを装着した巣箱を野外に架設し,出産から 73 日間連 続録画できた仔の行動目録を作成した.その結果,26 項目の行動が確認され,このうち 8 項目(乗る,バラン スをとる,伸びジャンプ,反り返る,後肢を外転させる, 飛膜を広げる,飛膜グルーミング,前肢で引寄せ)につ いてはリス科他種ではこれまで報告がないムササビ特有 の行動であった.さらに,各行動の出現時期や頻度の変 化を解析したところ,36 日齢の開眼前後から多くの行 動が発現することが明らかになった.またこれらの行動 は巣外で活動するようになる 68 日齢まで,頻度と熟練 度が増し,複雑な行動に発達した.巣外に出る日齢はリ ス科他種と比べて遅かった.ムササビの仔は,リス科他 種と比べて,巣から出るまでに習得すべき運動能力が高 く,行動内容も複雑であることから,巣内で時間をかけ て,樹上生活および滑空生活に必要な行動が獲得されて いると考えられる. は じ め に リス科動物には,森林で昼間活動する樹上性,砂漠や 草原に穴を掘って生活する地上性,夜行性で森林におい て滑空移動をする滑空性といった 3 つの生活型が見られ

る(Mercer and Roth 2003;Thorington et al. 2012).これ

らの生活型の違いは,それぞれの種の形態や運動能力の 違いにも影響することが知られている(安藤・白石 1984,1991).Ferron(1981)はリス科 4 種の仔の行動 発達を比較し,生活型と運動能力の獲得との関係を検討 した.その結果,地上性のコロンビアジリス(Urocitellus columbianus),キンイロジリス(Callospermophilus lateralis) に 比 べ て, 樹 上 性 の ア メ リ カ ア カ リ ス(Tamiasciurus hudsonicus),さらには滑空性のオオアメリカモモンガGlaucomys sabrinus)において,巣外に出るまでの時間 が長いことを明らかにし,それには巣外に出た後の行動 の複雑さが関係すると考察している. 本研究で対象としたムササビ(Petaurista leucogenys) (またはホオジロムササビ,以下ムササビとする)は滑 空性リス類の中でも大型種で,ムササビ亜科の小型種と 比べてその体型は著しく特殊化している(安藤・白石 1991).ムササビの仔の成長や行動発達に関しては,相 対成長と滑空適応(安藤・白石 1984),外部形質と行動 発達(安藤・白石 1985)の研究がある.いずれも野外 観察を併用しているが,入手した個体の計測値に基づく 研究と,人工哺育個体を用いた実験的観察による研究で ある.ムササビの仔の成長過程について,より自然な状 態で観察を行う必要があるが,野外で観察負荷を与えず に調べることは困難である.これまで野外において,繁 殖雌の巣の出入りや開眼後の仔の顔出し行動の観察に よって仔の成長を推測した研究が行われている(川道 2015).また,近年,巣箱内の母仔をビデオカメラで撮 影することにより,出産の季節性や産仔数,授乳や離乳 期間など,様々な事実が明らかになっている(金澤・川 道 2011,2012,2014,2016).しかし,これまでの野外 における研究では,仔の成長過程について定量的な評価 には及んでいない.巣内のムササビの仔の行動発達につ いて,定性的・定量的な評価を行うことにより,特殊化 した形態や行動様式を持つムササビに関するより多くの 行動学的情報を得ることができると期待される.また, ムササビを含む滑空性リス類は,昼行性の地上性および ©日本哺乳類学会

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樹上性リス類とは生活時間が異なり,例外なく夜行性で ある(Thorington et al. 2012).本来昼行性であるリス科 動物が,成長過程でどのように夜行性へ移行していくの かを知ることで,本種が夜行性であることの生態的な意 味を明らかにできる可能性がある. そこで,本研究では,滑空性のムササビの仔の成長過 程を知るため,カメラボックスを装着した巣箱を野外に 設置し,巣内の仔の行動を記録した.出産から巣箱の利 用終了まで連続録画できた母仔を対象とし,巣内におけ るムササビの仔の行動を観察して行動目録の作成を行っ た.さらに,各行動の発現時期や頻度を定量化し,樹上 生活および滑空生活と関連のある行動がどのように,ど れくらいの時間をかけて獲得されているか,夜行性への 移行はどのように起こっているのかに着目して解析を 行った. 方     法 1.調査地 調査は東京都八王子市にある国立研究開発法人森林研 究・整備機構森林総合研究所多摩森林科学園(以下科学 園)で行った.科学園は標高 183 ~ 287 m で,高尾山 (599 m)や陣馬山(855 m)が連なる関東山地の東端に あたり,周囲を中央自動車道や住宅地に囲まれた孤立緑 地の一画に位置する.潜在自然植生はシラカシ群集ある いはシキミ-モミ群集と推定されている(藤原 1986). 科学園内には広く自然林が残されていたが,1921 年に 帝室林野局林業試験場となってからは,植栽試験林や樹 木園,サクラ保存林が造成された経緯を持つ.科学園の 総面積は 56.11 ha で,このうち巣箱を架設した樹木園は 東側の 6.94 ha を占め,およそ 620 種,6,000 本の樹木が 植栽されている.植栽樹木の樹高は約 25 ~ 30 m で,樹 高 40 m に達している個体もある. 樹 木 園 区 域 で,2008 年 4 月 18 日, 同 年 8 月 22 日, そして 2009 年 4 月 30 日に行われたムササビの 3 回の定 点観察調査によると,最大個体数はそれぞれ 4 頭,7 頭, 4 頭で,面積当たりに換算すると 2.2 ~ 3.9 頭 /ha であっ た(繁田ほか 2010).これはムササビの生息環境として 良好といわれる社寺林での値,2.5 頭 /ha(安藤・倉持 2008)とほぼ同程度であり,孤立緑地の一画にある科学 園は,周辺の高尾山塊と同様に,ムササビの生息に適し た林分環境であることを示している. 2.巣箱の構造と録画方式 ムササビ用の巣箱は安藤ほか(1983)によるムササビ 調査で用いられた巣箱のサイズを参考に作成した.巣箱 ( 底 面 幅 22 cm×奥行き 23 cm×高さ 44 cm,板の厚さ 1.2 cm,出入口縦 8.0 cm×横 9.0 cm,底面から出入口下 部までの高さ 24 cm,内部容積 0.018 m3)を科学園内の 樹木園に 3 個架設し,そのうちメタセコイヤ(Metasequoia glyptostroboides,樹高 32 m,架設高 7.0 m)に架設した 巣箱を対象にした.メタセコイヤには捕食者除けのトタ ン(幅 914 mm)を地上から 1.3 ~ 2.5 m の高さに巻いた. ムササビの仔育てを記録するため,巣箱の天板にカメラ ボックス(幅 22.0 cm×奥行き 12.0 cm×高さ 9.5 cm)を 装着し,巣箱内部を真上から録画録音できるようにした. 赤外線LED(940 nm)付きの白黒 27 万画素 CCD カメ

ラ(MK-0323E:Mintron Enterprise Co., Ltd., New Taipei City, Taiwan)と超小型マイクロフォン(MS-3000:ワイ ケー無線社製,東京都千代田区)を用いて録画機材を自 作し,同軸ケーブルを用いて外部との接続を可能にした. 巣箱から引いた同軸ケーブルは,電源のある建物内に 設置したハードディスクレコーダー(DVR-4200P:マザー ツール社製,長野県上田市)に接続し,巣箱内部の画像 に変化があった場合に録画する「動体検知機能」を用い て長期録画を行った.動体検知の感度は,ムササビが前 肢を動かすような小さな動作も感知できるような感度レ ベル(7)に設定した.動体検知された場合,レコーダー への録画は 10 秒前にさかのぼって開始され,動きが無 くなった時点から 60 秒で録画が終了するように設定し た.これにより,ムササビの動きが起こってから終了す るまでを連続的に録画できる.さらにレコーダーの 1 つ のファイルへの連続録画保存時間を最大 15 分間に設定 した.そのため,ムササビの動きが長時間連続している 場合には,15 分ごとに別のファイルに動きが終了する まで次々と録画されていくことになる. 3.材料と解析方法 上記巣箱において,出産から巣箱の利用終了までの 73 日間(0 ~ 72 日齢)連続録画できた母仔 1 例(2013 年 3 月 2 日の 10 時 41 分生まれ:2 仔)を解析対象とした. 仔の日齢は誕生時刻を日界として算定した. 73 日間の母仔の活動量の経時変化と仔の行動発達を 追うため,レコーダーの録画ファイルのファイルサイズ をもとに,巣箱内の仔の活動が活発な時間帯を抽出した. 録画中の活動量の多少は,録画ファイルのファイルサイ ズに反映されることから,100 MB 以上の時間帯を活動 量の多い時間帯として抽出した.1 日ごとに 100 MB を 超えた録画ファイル数を数えることによって,活動量を 定量的に評価した.日の出および日の入り時刻[調査地

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の位置(北緯 35.6463°,東経 139.2789°,標高 185.0 m) を元に,国立天文台・暦計算室・こよみの計算(URL: http://eco.mtk.nao.ac.jp/cgi-bin/koyomi/koyomix.cgi;2014 年 11 月 6 日確認)により算出]を境に昼間と夜間で区 別して,日齢ごとの活動量の変化をみた.特に夜間につ いては,母が巣箱に在巣しているのかあるいは仔だけな のかを区別した. 母仔の活動量の評価のために抽出した 100 MB 以上の 録画ファイルは 15 分間で区切られて保存されている. この 15 分間のファイルを行動の観察単位として用いた. ただし,母仔の活動が連続する場合,次々と 15 分単位 で録画が継続されるが,サンプルの独立性を高めるため, 観察単位とした録画の直後 1 時間以内に録画されたもの は解析から除外した. ムササビの仔の行動目録を作成するにあたり,Ferron (1981)の行動項目を参考にした.しかし,広い飼育スペー スで観察したFerron(1981)の行動項目は,巣箱内で観察 を行う本研究手法とは異なることが予想された.また,他 種に認められないムササビ独特の行動もあると考えられ ることから,録画映像を見ながら発現する行動を順次記 録することによって行動目録を作成した.行動の項目は, 全身の動作,手足の動作,顔や頭の動作などの 3 つの部 位に区分し整理した.各行動の観察方法には 1-0 サンプ リングを用い,15 分間の観察単位に 1 回以上観察された 場合は「1」とし,観察されなかった場合は「0」として記 録した.各行動の発現日齢は,1-0サンプリングによる観 察だけでは捉えにくい.そのため,1-0サンプリングで初 めてその行動が観察された日齢を基準に,独立性の関係 で解析から除外した映像を含め,その基準日より前のす べての映像を連続再生することで,各行動の発現日齢を 確認した.1-0 サンプリングで得られた結果は日齢ごと にまとめて,仔の行動の発現順序とした.対象としたム ササビの仔は 2 仔であるが,これら 2 個体を識別するの が困難であったため,観察は 2 個体を区別せずに行った. さらに,各行動の量的変化をみるため,1-0 サンプリ ングで得られた結果から日齢ごとに各行動の生起回数を 算出して,日齢に伴う変化のパターンを比較した.0 ~ 68 日齢までを仔の動きが見られない時期(I 期:0 ~ 27 日齢)と仔の動きが見られる時期(28 ~ 68 日齢)に分け, 後者の期間を 3 等分(II 期:28~41 日齢,III 期:42~ 55 日齢,IV 期:56 ~ 68 日齢)した.そして,II 期~ IV 期を対象に,それぞれの行動の頻度を分散分析を用 いて比較した.さらに,期間間に有意差が認められた行 動について,多重比較(Tukey-Kramer 法)により,期 間間の差を検定した. 結     果 1.母仔の活動量の変化 出産から巣箱の利用終了まで連続録画できた 73 日間 について,母仔の活動量の経時変化を図 1 に示した.仔 の動きがほとんど見られない生後 27 日齢までに 100 MB 以上として抽出された 39 回の録画ファイルを再生した ところ,そのうち 34 回は仔の姿が見えず母だけの動き であった.残りの 5 回には仔の姿や這う動きが見られた ものの,多くは母の動きによるものであった.30 日齢 から仔の動きがよく見られるようになり,日齢が増し, 仔が成長するとともに,母の活動量に仔の活動量が追加 され,巣箱内の総活動量は増加した(図 1).2 仔の開眼 日齢はそれぞれ 35 日齢と 37 日齢で,開眼後は活動量が 倍増した(図 1).仔が初めて巣外に出たのは 61 日齢で あった.68 日齢以降,母仔は夜間の巣外活動を終えて 明け方巣箱に帰巣した.この期間,巣箱内の活動量は減 少したが,これは仔の巣外活動が始まったことによる. 72 日齢の時,母仔は巣箱から別のねぐらに移動した. 昼間と夜間の活動量の変化を比較したところ(図 1), 母と仔が過ごす昼間の活動量は開眼前から増え始め,日 齢とともに増加した.昼間,母仔の活動は必ずしも連動 していなかった.母は寝ていることが多く,仔は活発に 動き回る姿が観察された.母が起きて巣材掃除をする際 には仔は起こされ,巣内の活動量が増加した.仔の夜間 の巣外活動が始まった 69 日齢以降,昼間の活動量は減 少した. 一方,夜間は,母の巣箱への出入りに伴う授乳や仔の グルーミングなどの養育行動と,仔の活動の多少が巣内 の活動量を左右した.16 日齢まで母は 1 回あたり 1 時 間 21 分~ 6 時間 51 分の巣外活動を夜間 1 ~ 2 回行い, その際,仔を巣材に隠して出巣した.そのため,仔の姿 は見えず,仔は巣材の中で動かずじっとしていた.17 日齢以降,母は仔を巣材に隠さず出巣するようになり, 仔の姿は見られるものの母の不在時には仔は体を丸め, 静止していた.その後,母は夜間 1 ~ 3 回の巣外活動を 行い,授乳のために 1 ~ 2 回帰巣することがあった.こ の時期,母は出巣前や帰巣直後には,授乳や仔のグルー ミングなどを行うため,夜間の母仔の活動量を示すファ イルサイズは 100 MB を超えた.このように,夜間の活 動量は母の巣箱の出入りに左右され,仔だけが動き回る ことはなかった.仔だけの活動量が増加し,初めてファ イルサイズが 100 MB を超えたのは 47 日齢で,夜間, 仔は静止せず動き回っていた.その後,夜間,仔だけの 活動量は横ばいであったが,58 日齢以降は次第に増加

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した.初めて仔が巣外に出たのは 61 日齢で,その後, 63 日齢,65 日齢の計 3 回の外出が観察された.巣外に 出たのはどちらか片方の個体だけであったが,それぞれ 12 秒後,23 秒後,8 分 5 秒後に巣箱へ戻ってきた.い ずれも巣外に出たのは夜間であった.68 日齢には,初 めて長時間の巣外活動を行い,その活動時間はそれぞれ の個体で 4 時間 37 分と 4 時間 40 分であった.昼間と夜 間の活動量を比べると,巣外活動が始まる前の 67 日齢 までの間,全て,昼間の活動量が夜間の活動量を上回っ ていた. 2.行動目録 73 日間に,母仔の活動量が大きいことを示すファイ ルサイズ 100 MB 以上の録画ファイルは 452 回あった. このうち,行動目録の作成に用いた観察単位は 207 回で, 総観察時間は 51 時間 45 分であった.全期間を通じて 26 項目の行動が記録された(表 1).26 項目の行動のうち, 全身を使った行動が最も多く 12 項目を占めた.手足を 使う行動が 10 項目,頭や顔を使う行動が 4 項目認めら れた.Ferron(1981)や柳川(2006)と共通する行動項 目は,このうち 12 項目で,「這う」,「よじ登る」,「じゃ れあい」,「伸び上がる」,「ジャンプ」,「巣外に出る」,「グ ルーミング」,「尾グルーミング」,「巣材掘り」,「開眼」, 「外を見る」,「齧る」であった.一方,「乗る」,「バラン スをとる」,「尾を背負う」,「伸びジャンプ」,「反り返る」, 「後肢を外転させる」,「飛膜を広げる」,「飛膜グルーミ ング」,「前肢で引寄せ」,「口を舐める」は本研究で新た に加えられた行動項目である.この他,Ferron(1981) にはないが,巣箱という構造上見られた行動として「入 口の縁に乗る」が挙げられる.また,Ferron(1981)の 行動項目と比べた場合,本研究で取り上げた「巣材のか き寄せ」は「前肢のストレッチ」に,「巣材を噛む」は「巣 材集め」に,「母に触れる」は「社会的なグルーミング」 に含まれる. 3.行動の発現順序 表 1 に 26 項目の各行動の発現日齢を示し,1-0 サン プリング記録をもとに発現順に各行動を並べた. 初めに,全身の動作に属する各行動を発現した順に 追ってみていくと,四肢を使って母の体を「よじ登る」 行動が 27 日齢から発現した.この 2 日前の 25 日齢には よじ登ろうとする試み行動が見られた.31 日齢で同腹 仔の体をよじ登り,背中にとどまろうとする試み行動が 見られた.同腹仔の体をよじ登り,背中の上に四肢をつ け重なって静止する「乗る」行動は 32 日齢に,同腹仔 のものより高い母の背中の上に「乗る」行動は 34 日齢 図 1.巣箱内における母仔の活動量の経時変化.縦軸の録画ファイル数は,1 日のうちレコーダーの録画ファイルのファイルサイズが 100 MB 以上になった回数を示す.

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表 1. 成長に伴って観察されたムササビの仔の行動目録と発現日齢および各行動の 1-0 記録 部位 行動等 内  容 発現 日齢 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 1 0 1 1 1 2 1 3 1 4 1 5 1 6 1 7 1 8 1 9 2 0 2 1 2 2 2 3 2 4 2 5 2 6 2 7 2 8 2 9 3 0 3 1 3 2 3 3 3 4 3 5 3 6 3 7 3 8 3 9 4 0 4 1 4 2 4 3 4 4 4 5 4 6 4 7 4 8 4 9 5 0 5 1 5 2 5 3 5 4 5 5 5 6 5 7 5 8 5 9 6 0 6 1 6 2 6 3 6 4 6 5 6 6 6 7 6 8 備考 這 う 四肢 や腹を下面 に密着 させて動 く. - ---1 ---11 1 ---1---11110000000000000000000000000 0000000000 よじ 登る 母の 体をよじ登 る. 27 -- - ---11111111111111111111111111111 1111111110 ◎ じゃ れあい 同腹 仔同士でじ ゃれあう . 33 -- - ---00011001011111111111111111111 1111111111 ◎ 伸び 上が る 巣箱 の壁伝いに 背筋を 伸ばして 後肢 だけ で立ち上が る. 37 -- - ---00000001111111111111111111111 1111111111 ◎ ジャ ンプ 背を 丸めた 状態で真上 に飛 び上が る. 37 -- - ---00000001111111111111111111111 1111111111 ◎ 乗る 同腹 仔や母の体 をよじ 登り,背 中の 上に 四肢をつけ 重なって 静止す る. 32-34 -- - ---00000000111111111111111111111 1111111111 ◎ バラ ンスをとる 母の 背中に乗り ,落ち ないよう にバ ラン スをとる. 尾を使 ってバラ ンス をと ることもあ る. 42 -- - ---00 00000000011011111111111111 1111111110 ◎ 尾 を背負 う 尾を 背中に背負 う. 45 -- - ---00000000000000010111111111111 1111111111 ◎ 伸び ジャンプ 巣箱 の壁伝いに 背筋を 伸ばして 後肢 だけ で立ち上が り,伸 びあがっ たま ま飛 び上が る. 46 -- - ---00000000000000001100011111111 1111111111 ◎ 入口 の縁に 乗る 巣箱 の入口 の縁に乗 る. 47 -- - ---00000000000000000100100011111 1111111111 ◎ 巣外 に 出る 巣箱 の外に 出る. 61 -- - ---00000000000000000000000000000 0010101001 反り 返る 伸び あがった体 で反り返 る. 64 -- - ---00000000000000000000000000000 0000011111 ◎ 巣材 のかき 寄せ 前肢 を伸ば し巣材をか き寄 せる. 17 -- - ---00110000000000000000101000000 0000000000 後肢 を外転 させ る 仰向 けか横向き 姿勢で 後肢を股 関節 から クルクルと 外転させ る. 26 -- - ---00110001111011111110111111111 1010111111 ◎ 母に 触れ る 前肢 で母の体の 部位に 触れ,保 持し て舐 めたり齧っ たりする . 30 -- - ---00011001111111111111111111111 1111111111 ◎ グル ーミング 前肢 や後肢,胴 体などを 口で舐 めて グル ーミングす る. 34 -- - ---00000000001011111111111111111 1111111111 ◎ 飛膜 を広げ る 両前 肢を左右に 突き出 し飛膜を 広げ る. 40 -- - ---00000000001100010101111111111 1111111111 ◎ 巣 材を噛 む 前肢 で巣材 を持って歯 で細 かくす る. 42 -- - ---00000000000011000100011111101 1111100111 尾グ ルーミング 尾を グルーミン グする .じゃれ てい る場 合もある . 43 -- - ---00000000000001010111111111111 1111111111 ◎ 巣材 掘り 前肢 で巣材を掘 る. 42 -- - ---00000000000000000100001110011 1011111011 飛膜 グルーミン グ 針状 軟骨を 伸展させ体 側膜 を伸ば し, その前縁の 毛などを グルーミン グす る. 46 -- - ---00000000000000000100111111111 1111111111 ◎ 前肢 で引寄 せ 前肢 を伸ばし物 をつかん で引き 寄せ る. 47 -- - ---00000000000000000110111111101 1111111111 ◎ 開眼 眼 が開 く. 35-37 -- - ---00000111111111111111111111111 1111111111 外を 見る 巣箱 の外を 見る. 37 -- - ---00000000111111111111111111111 1111111111 ◎ 齧 る 巣箱 の入口を齧 る. 38 -- - ---00000000100111111110011111111 1111111111 ◎ 口を 舐め る 母や 同腹仔の口 を10秒 以上舐め 続け る. 42 -- - ---00000000000011111101111001001 1000110011 ◎ 全身 手足 顔や 頭 空欄は 100 MB 以上の録画ファイルがない日を示す. 「―」 は母の腹の下や巣材の中で仔の姿を見ることができないことを示す.備考欄の 「◎」 は日齢ごとの生起回数の経時変化について検定を行った行動を示す.

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で見られた.同腹仔との「じゃれあい」行動は 33 日齢 に発現した.2 仔ともに開眼した 37 日齢には,巣箱の 壁伝いに背筋を伸ばして後肢だけで「伸び上がる」行動 が見られた.母の腹の上で背を丸めたまま真上に飛び上 がる「ジャンプ」は,37 日齢に初めて見られたが,そ れより前には小刻みに体を上下に揺するジャンプの試み 行動が見られた.母の背中に乗ることが自在にできるよ うになった後は,母の背中で乗ったまま「バランスをと る」行動が発現した(42 日齢).このように,開眼後には, より高いところに登ったり,そこでバランスをとったり, ジャンプをしたりといった行動が次々と発現した.45 日 齢になると背中に「尾を背負う」行動が発現し,巣箱の 壁伝いに背筋を伸ばして後肢だけで立ち上がり,伸び上 がったまま飛び上がる「伸びジャンプ」(46 日齢)や,「入 口の縁に乗る」行動(47 日齢)など,後肢だけで体を 支えバランスをとる動作へと変化していった.巣外に出 たのは 61 日齢で,そのあと,巣箱の天板に届くまで伸 び上がった体で「反り返る」行動(64 日齢)が発現した. 次に,手足の動きを伴う行動について発現順に追って みると,まず 17 日齢の夜間,母が巣外活動時に仔を巣 材に隠さず出ていったとき,うつ伏せ姿勢のまま仔が前 肢で巣材をかき寄せる「巣材のかき寄せ」行動が見られ た.26 日齢で仰向け姿勢のまま股関節から「後肢を外 転させる」行動が見られた.30 日齢頃から母の体の部 位(前肢や後肢,頭など)に触れ,仔が前肢で保持して 母の体を舐めたり噛んだりする「母に触れる」行動が見 られた.34 日齢には体を丸め,自身の前肢や後肢,胴 体などを口で舐める「グルーミング」ができるようになっ た.両前肢を左右に突き出して「飛膜を広げる」行動(40 日齢)や,「巣材を噛む」や「巣材堀り」の行動(42 日齢), 自身の尾をグルーミングする「尾グルーミング」(43 日 齢)など,複雑で自在な動きができるように成長した.「飛 膜グルーミング」の発現は 46 日齢で,主に仰向け姿勢 で飛膜を支持する突起構造物である針状軟骨を伸展させ て体側膜を伸ばし,その前縁の毛などをグルーミングす る行動が見られた.47 日齢でバランスをとりながら片 方の前肢を伸ばし,母の前肢や後肢などの目標物を引寄 せる「前肢で引寄せ」行動が見られた. 最後に,顔や頭部の動作としては,全身や手足の動き と連動した発達が観察された.「伸び上がる」行動がで きた 37 日齢にはその日のうちに巣箱の「外を見る」行 動や,翌日には巣箱の入口を「齧る」行動が見られた. 生後 42 日齢には母や同腹仔の「口を舐める」行動が見 られた. 4.生起回数の変化 行動目録で示した行動のうち,巣材の中や母の腹の下 で仔が見えないことから,生起回数をすべて把握しきれ ていない行動(「這う」,「巣材のかき寄せ」,「巣材を噛む」, 「巣材堀り」)と,期間が限定的な「巣外に出る」行動を 除いた 20 の行動(表 1)について,生起回数の経時変 化を図 2 に示した. 仔の動きが見られる期間(28 ~ 68 日齢)を 3 つの期 間(II 期・III 期・IV 期)に区切って各行動の生起頻度 を分散分析を用いて比較したところ,期間間に有意差が な い 行 動 は「 後 肢 を 外 転 さ せ る 」(ANOVA F=2.81, P=0.07)のみであった(表 2).つまり,この行動は II 期以降の期間,生起頻度に大きな変化がなかった.分散 分 析 で 有 意 差 が 認 め ら れ た そ の 他 の 行 動 に つ い て, Tukey-Kramer 法による多重比較を行ったところ(表 2), 「伸び上がる」,「尾を背負う」,「グルーミング」,「尾グルー ミング」,「飛膜グルーミング」,「外を見る」の 6 つの行 動の生起頻度は,II 期以降の期間,一貫して生起頻度が 増加した.次に,「乗る」,「じゃれあい」,「ジャンプ」,「バ ランスをとる」,「伸びジャンプ」,「母に触れる」,「前肢 で引寄せ」,「齧る」の 8 つの行動の生起頻度は,III 期 に増えた後,IV 期に入ると一定であった.さらに,「入 口の縁に乗る」,「飛膜を広げる」の 2 つの行動は,IV 期に生起頻度が急増した.この他,1 例ずつの行動とし て,次の 3 つの行動が挙げられる.「よじ登る」行動の 生起頻度は,II 期から III 期にかけて増え,III 期から IV 期にかけて減少した.「反り返る」行動はIV 期のみに 生起し,期間が限定的な行動であった.「口を舐める」 行動は,II 期には生起せず,III 期と IV 期に同程度の頻 度で生起した. 以上により,生起回数の変化のパターンは大きく次の 4 つのパターン(1)変化なく発現し続ける行動,(2)増 加し続ける行動,(3)III 期に増えて IV 期に入ると一定 になる行動,(4)IV 期に回数が急増する行動に分けられ た.一番多い生起回数の変化のパターンは,(3)のIII 期 に増えてIV 期に入ると一定になるパターンであった. 各行動の熟練度は日齢が進むにつれて高まった.「ジャ ンプ」では飛び上がる高さが次第に増し,後肢だけでぐ らつくことなく真上に飛び上がれるように変化していっ た.「バランスをとる」では最初は母の背中にしがみつ いていたが,動きながら巣材掃除をしている母の背中に 四肢でつかまり振り落とされないようにバランスをとる ようになった.そして,次第に尾を背中に背負ったり, 尾を振ったりしながら,後肢だけでバランスがとれるよ うに変化していった.「伸び上がる」では,巣箱内を広

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く利用した運動が見られるようになった.それまで巣箱 の壁伝いに伸び上がっていたが,後肢だけの支えで,巣 箱の天板に顔や前肢が届くまで背筋を伸ばして伸び上が る行動が見られるようになった.「伸びジャンプ」では, ジャンプの高さが次第に増し,後肢を使って安定的に ジャンプできるように変化した.前肢の動きについても, 母の体に触れることから始まり,自身のグルーミングも 自在にできるようになり,前肢を伸ばして物をつかむま で前肢の使い方が上達した. 考     察 1.行動目録 本研究ではムササビの仔が出産から巣外に出るまでの 間に,26 項目の行動を確認した.Ferron(1981)や柳川 (2006)によって記載されているリス科他種と共通する 12 項目の行動について,発現日齢を比較した(表 3). このうち,「よじ登る」行動は,地上性のジリス類,樹 上性のアメリカアカリス,滑空性のオオアメリカモモン ガやタイリクモモンガ(Pteromys volans)にも見られ, 図 2.各行動の生起回数の経時変化.縦軸は回数を横軸は日齢を示す.

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ジリス類やアメリカアカリスでは巣外に出る間際に発現 するが,滑空性のモモンガ類では,巣外に出る 2 週間前 にあたる 30 ~ 34 日齢で発現することが報告されている (Ferron 1981).本研究により,ムササビではモモンガ類 よりさらに早く 27 日齢からこの行動が発現することが 明らかになった.「グルーミング」行動については,地 上性および樹上性リス類に比べて,滑空性のオオアメリ カモモンガは発現が遅く,その理由は不明とされる (Ferron 1981).ムササビでは「グルーミング」行動の発 現時期はオオアメリカモモンガよりも早かった.ムササ ビの開眼は,地上性のコロンビアジリスやキンイロジリ ス,樹上性のアメリカアカリス,トウブハイイロリス

Sciurus carolinensis),キタリス(S. vulgaris)よりも遅

いが,モモンガ類とほぼ同じ日齢であった.「伸び上がる」 行動は,ムササビと同じ滑空性のオオアメリカモモンガ にのみ発現し,地上性および樹上性リス類には見られな い特有の行動(Ferron 1981)であることが明らかになっ た.オオアメリカモモンガと比べて本研究のムササビで は「伸び上がる」行動の発現時期はより早かった.「巣 外に出る」行動は,ムササビがどの種よりも遅く,巣内 で過ごす時間が長いことが明らかになった.野外観察で は初めての外出は 60 日齢との報告がある(川道 2015). 本研究では初めて巣外に出たのは 61 日齢で,長時間巣 外に出られるようになったのは 68 日齢であった. 滑空性リス類の中でも大型種であるムササビは,モモ ンガ類と比べて,肥満度は小さく,筋肉の発達程度に劣 り,尾率は大きく,後足が頭胴長に比して小さく頑強な 後足を有するなど,体型が著しく特殊化している(安藤・ 白石 1991).このような形態の特殊化と密接に関連して, 葉食傾向の強い食性,長い前肢を用いた採食行動,およ び歩様様式などの生態的な特殊化の程度が著しいことも 知られる(Ando et al. 1984,1985a,1985b).モモンガ類 に比べてより特殊化した形態や生態を持つムササビで は,Ferron(1981)が指摘する滑空性に特徴的なモモンガ 類の傾向をさらに強調した結果になったと考えられる. 2.樹上性および滑空性に繋がる行動 本 研 究 で 明 ら か に な っ た 行 動 項 目 の 中 で,Ferron (1981)によって確認されていない「乗る」,「バランス をとる」,「伸びジャンプ」,「反り返る」,「後肢を外転さ せる」,「飛膜を広げる」,「飛膜グルーミング」,「前肢で 引寄せ」はムササビの行動に特有な意味を持つと考えら れる.ムササビの樹上空間での移動は,跳躍,よじ登り, 歩行,跳ねる,垂直登り,滑空で構成される(Stafford 表 2.各行動の生起頻度の変化のパターンと検定結果 変化のパターン 行動 生起頻度(平均±SD) ANOVA(Tukey-Kramer) II 期 III 期 IV 期 II 期 /III 期 II 期 /IV 期 III 期 /IV 期 変化なく継続 後肢を外転させる 1.00±1.05 2.14±1.35 2.00±1.22 n.s. n.s. n.s. II 期<III 期<IV 期 伸び上がる 0.77±1.24 3.14±1.61 5.00±1.47 P<0.01 P<0.01 P<0.01 尾を背負う 0 2.29±2.02 6.00±1.73 P<0.01 P<0.01 P<0.01 グルーミング 0.08±0.28 4.29±2.55 6.31±1.80 P<0.01 P<0.01 P<0.05 尾グルーミング 0 1.64±1.15 3.92±1.60 P<0.01 P<0.01 P<0.01 飛膜グルーミング 0 1.29±1.59 4.38±1.71 P<0.05 P<0.01 P<0.01 外を見る 0.77±1.36 3.86±1.75 6.30±1.32 P<0.01 P<0.01 P<0.01 II 期<III 期=IV 期 乗る 1.15±1.86 4.07±1.64 4.38±1.45 P<0.01 P<0.01 n.s. じゃれあい 0.77±0.93 2.93±1.86 3.23±1.24 P<0.01 P<0.01 n.s. ジャンプ 0.69±1.03 2.29±1.14 3.00±1.15 P<0.01 P<0.01 n.s. バランスをとる 0 2.86±1.75 2.62±1.26 P<0.01 P<0.01 n.s. 伸びジャンプ 0 1.21±1.42 1.54±0.78 P<0.01 P<0.01 n.s. 母に触れる 1.23±1.36 3.29±1.54 4.08±0.95 P<0.01 P<0.01 n.s. 前肢で引寄せ 0 1.93±1.94 1.77±1.36 P<0.01 P<0.01 n.s. 齧る 0.15±0.38 2.71±0.51 2.46±0.97 P<0.01 P<0.01 n.s. II 期=III 期<IV 期 入口の縁に乗る 0 0.57±1.16 4.38±1.39 n.s. P<0.01 P<0.01 飛膜を広げる 0.23±0.60 1.43±1.40 3.85±1.81 n.s. P<0.01 P<0.01 II 期<III 期> IV 期 よじ登る 2.38±1.56 4.29±1.54 2.69±1.18 P<0.01 n.s. P<0.05 期間が限定的 反り返る 0 0 0.85±1.52 n.s. P<0.05 P<0.05 III 期と IV 期のみ 口を舐める 0 1.57±1.40 0.69±0.85 P<0.01 n.s. n.s. n.s.:有意差なし(P>0.05).

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et al. 2003).樹上生活へ繋がる仔の行動として,「乗る」 などの四肢を使った行動が開眼前から見られるようにな り,上下の空間利用が早い段階から生まれている.樹上 を移動する際に「バランスをとる」ことは特に必要であ り 42 日齢から頻繁に行われるようになる.ムササビの 形態的な特徴のひとつに,頑強な後足を有することが挙 げられる(安藤・白石 1991).後足を使った行動として は「伸びジャンプ」があり,その生起回数はIII 期に増 えてIV 期に入ると一定になる行動であったが,日齢と ともにジャンプの高さや安定性などの熟練度が増した. また,開眼前後から母や同腹仔との関係の中で,前肢を 使った動作が学習され始めていることが明らかになっ た.ムササビは樹上性リス類に比べて,枝先で採食する 時間が長い(Stafford et al. 2003).樹上生活で餌資源を 得るため,枝先にある食物を獲得するスタイルとして, 樹上での座位姿勢からの「伸び上がり」は欠かすことの できない行動である(Ando et al. 1985b;川道 2015).体 重が重いため枝先まで行くことができないムササビで は,「前肢で引寄せ」や,「反り返る」行動はさらに枝先 にある食物を獲得するために必要な動作といえる(川道 2015).このように樹上生活の中での食物獲得に繋がる 様々な行動が巣外に出る前から巣内で準備されていると 考えられた. 滑空性のムササビの最大の特徴でもある飛膜について は,「飛膜を広げる」と「飛膜グルーミング」行動が巣 外に出る前の仔の行動に見られた.針状軟骨は飛膜面積 を拡大させ,翼端に丸みを持たせる重要な役割を果たす 部位である(安藤・白石 1984).飛膜グルーミングは, 仔が針状軟骨の存在を意識することから始まっており, 巣箱内で充分に針状軟骨を伸展させ体側膜を広げて手入 れする行動は,滑空性のムササビの成長の鍵となる重要 な行動と考えられる.また,「後肢を外転させる」行動 も滑空性と関わる行動と考えられた.この行動は,本研 究では 26 日齢から生起回数の変化なく頻繁に観察され たが,これまでのリス科の発育行動の中では記録されて いない(Ferron 1981).ムササビでは,前肢だけでなく 後肢を水平に開脚することによって飛膜を広げ,揚力を 保ったまま滑空する.そのため,通常の樹上生活を行う リス科の種に比べて,後肢を外転させ柔軟に水平に開脚 できるようにすることは,滑空性種にとって特に重要な 意味を持つ行動と考えられる.全身運動の中でも,「伸 び上がる」行動は,地上性および樹上性リス類には見ら れない滑空性の種特有の「伸び行動」のひとつとされて いる(Ferron 1981).伸び上がることで,背骨を伸ばし, この背骨が滑空時の姿勢を維持するために重要となる. 表 3. リス科における各行動の発現日齢 生活型 和名 学名 行 動 項 目 文献 這う よじ登る じゃれあい グルーミング 開眼 ジャンプ 伸び上がる 外を見る 齧る 巣材掘り 尾グルーミング 巣外に出る 地上性 コロンビアジリス Ur ocitellus columbianus 1 13 – 20 24 – 28 18 – 25 18 – 23 23 – 25 ― ― 17 – 24 19 – 29 22 – 28 17 – 22 Ferron (1981) キンイロジリス Callospermophilus lateralis 1 30 –35 31 –39 23 –35 22 –29 23 –29 ― ― 32 –38 28 –36 29 –36 28 –35 Ferron (1981) 樹上性 アメリカアカリス Tamiasciurus hudsonicus 1– 2 30 –34 40 –43 30 –35 26 –36 28 –30 ― ― 33 –35 30 –39 37 –43 33 –34 Ferron (1981) トウブハイイロリス Sciurus car olinensis ― ― ― 29 –65 28 –30 ― ― ― ― 47 –51 ― 29 –46 Gurnell (1987) キタリス Sciurus vulgaris ― ― ― 36 31 – 32 ― ― ― ― ― ― 36 – 42 Gurnell (1987) 滑空性 オオアメリカモモンガ Glaucomys sabrinus 1 30 – 34 47 – 53 36 – 42 33 – 42 34 – 37 45 – 55 ― 39 – 43 29 – 42 45 – 51 45 – 49 Ferron (1981) タイリクモモンガ Pter omys volans 20 34 ― ― 35 ― ― 38 ― ― ― 42 柳川(2006) * ムササビ Petaurista leucogenys ― 27 33 34 35 –37 37 37 37 38 42 43 61 本研究 * 柳川(2006)のデータは観察個体の平均日齢を示す.

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巣内では,飛膜を開き支えるための骨格の形成と筋肉の 協調のための行動発達がなされていたと考えられる. 安藤・白石(1985)は,ムササビの成長過程の特徴と して,巣外に出るのが遅く,巣外に出た後の母による積 極的な保護があることを指摘しており,その理由として, 滑空という筋肉の微妙な協調が要求される移動様式を習 得するには,かなりの時間を要するためとしている.ム ササビの滑空技術は高いことが知られている(Ando and

Shiraishi 1993;Stafford et al. 2002).高い滑空技術を得る ためには,ムササビの仔が成長過程で習得すべき運動能 力は高く,行動内容も複雑であると考えられる. 3.夜行性への移行 ムササビの成長過程の一段階として,42 ~ 49 日齢の 間に夜行性の傾向を強めることが知られている(安藤・ 白石 1985).本研究においても,夜間,仔が起きて活動 が見られるようになったのは 47 日齢以降で,58 日齢以 降は夜間の活動量が増加した.ムササビ同様,夜行性種 であるタイリクモモンガ(Pteromys volans)では,活動 時間が成長とともに日中から夜間へ変化した(Suzuki et al. 2016).しかし,本研究では,巣外に出るまでの間, 夜間の活動量が昼間の活動量を上回ることはなく,58 日齢以降は,昼間も夜間も活動量が増加した.また,ム ササビは,昼間,巣箱の入口の縁に乗ることはあっても, タイリクモモンガのように,昼間巣外へ出て活動する (Suzuki et al. 2016)ことはなかった.これらのことから, 昼間の活動量が夜間に振り替えられて夜行性へ移行する のではなく,成長に伴う 1 日の活動量の増加分のうち, 夜間への配分を増やすことで,徐々に夜行性への移行が 進むのではないかと考えられた. 4.行動発達のプロセス 各行動の発現順序(表 1)や生起回数の経時変化(図 2) から,ムササビの仔の行動発達のプロセスは以下の 2 つ の時期に大別できる. 第一は開眼前後の行動発現が進む時期である.開眼数 日前には,「乗る」行動の発現が同腹仔からより高さの ある母へと連続して発現した.開眼という形質変化の直 後には,多くの行動の発現が連続して起こっており,視 覚と運動が協調して行動を変化させ,新たな行動の発現 が促進されたと考えらえる.開眼前後はこのように様々 な行動の発現が一気に進む時期と考えられた.また,よ じ登ったり,乗ったり,ジャンプしたりといった各行動 の発現する数日前にはそれぞれの動きを試みる行動が見 られており,繰り返しの練習が行動の発現に繋がり,さ らなる行動の熟達に繋がると考えられる. 第二は行動の連動と熟達が進む時期である.48 日齢 から自在に巣外に出られるようになる 68 日齢のまでの 時期に新たに発現する行動は「巣外に出る」と「反り返 る」の 2 つの行動のみである.しかしこの間,巣箱内の 活動量は増加し,多くの行動項目で生起回数が増加した. 回数の変化だけでなく,この時期は,「ジャンプ」,「バ ランスをとる」,「伸び上がる」,「伸びジャンプ」などの 行動が日齢を増すごとに熟達した.ただし「よじ登る」 行動については,しだいに生起回数が増加したものの, 巣外に出る前に減ったことから,「乗る」行動といった より高度な行動へ移行したと考えられた. 野外でムササビが利用していた樹洞の内部容積は 0.005 ~ 0.24 m3n=35)と大小さまざまである(早川・ 林田 2009).本研究で用いた巣箱の内部容積は 0.018 m3 あった.人工の巣箱の内部素材は自然樹洞に比べて,ム ササビの仔が伸びあがった際に,壁に爪が立ちにくいと いった物理的な違いが予想される.行動発現の順序や生 起回数の量の変化は,仔育てを行う樹洞内部の形状や特 性によって異なるかもしれない.また,本研究では出産 季節が 3 月の 1 母仔のみの解析であった.ムササビの行 動発達の特徴をより明確にするためには,今後,樹洞内 部の形状や容積の違いや出産季節による違い,同腹仔の 数の影響および個体差なども検討する必要があるだろう. 謝     辞 本研究を進めるにあたり,国立研究開発法人森林研究・ 整備機構森林総合研究所多摩森林科学園の業務課の方々 には,巣箱本体の作成および巣箱の架設にご尽力いただ いた.草稿の段階から,同多摩森林科学園の加藤珠理博 士には丁寧で有益なコメントをいただき,ご指導いただ いた.また,査読者の方々には丁寧に査読していただき, 多くの有益なコメントをいただいた.お世話になった 方々に深く感謝申し上げる. 引 用 文 献 安藤元一・船越公威・白石 哲.1983.ムササビの巣穴利用性. 九州大学農学部学芸雑誌 38: 27–43. 安藤元一・倉持有希.2008.ムササビ Petaurista leucogenys の 音声コミュニケーション.東京農業大学農学集報 53: 176– 183. 安藤元一・白石 哲.1984.ムササビにおける相対成長と滑空 適応.九州大学農学部学芸雑誌 39: 49–57. 安藤元一・白石 哲.1985.ムササビにおける外部形質と行動

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ABSTRACT

Behavioral development of nestling Japanese giant flying squirrels in the field

Mayumi Shigeta1,2,*, Yusuke Shigeta2 and Noriko Tamura1

1 Tama Forest Science Garden, Todori 1833-81, Hachioji, Tokyo 193-0843, Japan 2 Wildlife Management Company, Machida, Tokyo, Japan

*E-mail: koho2725@gmail.com

To record the behavioral developments of the Japanese giant flying squirrel (Petaurista leucogenys), a nest box with an installed video camera was set on a tree trunk. We observed two nestlings for 73 days since their birth and detected 26 types of behaviors. Among them, eight types of behaviors (‘ride on’, ‘take a balance’, ‘jump with stretch’, ‘bend behind’, ‘spread hindlegs’, ‘stretch a gliding membrane’, ‘groom a gliding membrane’, and ‘pull by forelegs’) have not been reported in other species of Sciuridae. Most of the behaviors appeared around 36 days old (eye-opening age). These behaviors became increasingly proficient and complicated until the 68th day when the young left the nest. Compared with other squirrels, Japanese giant flying squirrels likely need to practice various behaviors for their gliding life during their long nest stage. These results support foregoing comparative studies on behavioral development in Sciuridae, revealing that ground squirrels develop quickly, followed by arboreal squirrels and then the flying squirrels.

Key words: ontogeny, nest box, ethogram, gliding locomotion, Petaurista leucogenys

受付日:2017 年 9 月 17 日,受理日:2018 年 1 月 5 日

著 者: 繁田真由美,〒 193-0843 東京都八王子市廿里町 1833-81 国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所多摩森林科 学園/東京都町田市在住 野生生物管理 koho2725@gmail.com

繁田祐輔,東京都町田市在住 野生生物管理

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