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全文

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Title

〔商法五七二〕交通事故の被害者が、示談による損害賠償金を受領後、人身傷害補償保険金を請

求した事例(東京高等裁判所平成二六年八月六日判決)

Sub Title

Author

堀井, 智明(Horii, Tomoaki)

商法研究会(Shoho kenkyukai)

Publisher

慶應義塾大学法学研究会

Publication year

2017

Jtitle

法學研究 : 法律・政治・社会 (Journal of law, politics, and

sociology). Vol.90, No.2 (2017. 2) ,p.89- 106

Abstract

Notes

判例研究

Genre

Journal Article

URL

http://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN00224504-20170228

(2)

判 例 研 究 〔判示事項〕 一   交通事故の被害者が、加害者から訴訟外の示談により 損害賠償金を受領した後、保険者との間で締結していた自 動車保険契約の人身傷害条項に基づき、保険者に対し、人 身傷害保険金及び遅延損害金の支払を求めた事案において、 約款条項によると、被害者が受領した損害賠償金が人身傷 害基準損害額を超過している以上、保険者が支払うべき人 身傷害保険金はない。 二   人身傷害保険金と賠償金のいずれの支払を先に受ける か、加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起するか否かは、 本来、被害者の選択に委ねられるべきものであり、保険者 が被害者(被保険者)の上記選択を積極的に妨げたといっ た事情が認められなければ、Yが上記主張をすることが信 義則に反するということはできない。 〔参照条文〕   保険法二五条 〔事実の概要〕 一   Xは、損害保険会社であるYとの間で、平成二三年四 月 二 六 日、 自 家 用 普 通 乗 用 自 動 車 に 関 し、 被 保 険 者 を X、 保険期間を平成二三年五月一日午後四時から平成二四年五 月一日午後四時まで、人身傷害保険金額を五〇〇〇万円と する自動車保険契約(以下、 「本件保険契約」という。 )を 締 結 し た。 本 件 保 険 契 約 の 約 款( 以 下「 本 件 約 款 」 と い う。 ) で は、 第 一 条( 1) で、 Y は、 被 保 険 者 が 契 約 自 動

交通事故の被害者が、

示談による損害賠償金を受領後、

人身傷害補償保険金を請求した事例

〔商法

 

五七二〕

東京高等裁判所平成二六年八月六日判決 平成二六年ネ第一三三二号保険金等請求控訴事件 判例タイムズ一四二七号一二七頁

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法学研究 90 巻 2 号(2017:2) 車の運行に起因する 、 急激かつ偶然な外来の事故によって その身体に傷害を被った場合は、その直接の結果として被 保険者又はその父母、配偶者もしくは子が被る損害に対し て、この人身傷害条項及び基本条項に従い、損害保険金等 を支払う旨定められていたほか、以下のような定めがあっ た。   第 六 条( 1)   損 害 額 は、 被 保 険 者 が ① 傷 害、 ② 後 遺 障 害、③死亡のいずれかに該当した場合に、その区分ごとに、 それぞれ人身傷害条項損害額算定基準(以下「人身傷害基 準 」 と い う。 ) に 従 い 算 出 し た 金 額 の 合 計 額 と す る。 た だ し、賠償義務者がある場合は、①から③までの区分ごとの、 それぞれ人身傷害基準に従い算出した金額と自賠責保険等 ……によって支払われる金額のいずれか高い金額の合計額 とする。   (2)から(4) (略)   (5)   賠償義務者があり、かつ、賠償義務者が負担すべ き法律上の損害賠償責任の額を決定するにあたって、判決 又は裁判上の和解において(1)から(4)までの規定に より決定される損害額を超える損害額が認められた場合に 限り、賠償義務者が負担すべき法律上の損害賠償責任の額 を決定するにあたって認められた損害額をこの人身傷害条 項における損害額とみなす。ただし、その損害額が社会通 念上妥当であると認められる場合に限る。   第七条(損害の一部とみなす費用)    (略)   第八条(損害保険金の計算)   ( 1) 一 回 の 事 故 に つ き Y の 支 払 う 損 害 保 険 金 の 額 は、 被保険者一名につき、次の算式により算出された額とする。 この場合において、一回の事故につきYの支払う損害保険 金 の 額 は、 被 保 険 者 一 名 に つ き、 保 険 金 額 を 限 度 と す る。 (中略) ( 計 算 式 ) 第 六 条 の 規 定 に よ り 決 定 さ れ る 損 害 額 + 前 条 の 費 用 -次の①から⑥までの合計額=損害保険金 ①自賠責保険等又は自動車損害賠償保障法に基づく自動車 損害賠償保障事業によって既に給付が決定し又は支払わ れた金額 ②対人賠償保険等によって賠償義務者が第一条(1)①の 損害について損害賠償責任を負担することによって被る 損害に対して既に給付が決定し又は支払われた保険金若 しくは共済金の額 ③保険金請求権者が賠償義務者から既に取得した損害賠償 金の額

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判 例 研 究 ④労働者災害補償制度によって既に給付が決定し又は支払 われた金額   (⑤及び⑥は略)   ( 2)   ( 1) の 規 定 に か か わ ら ず、 第 六 条( 5) の 規 定 を適用する場合は、一回の事故につきYの支払う損害保険 金の額は、被保険者一名につき、次の①又は②のいずれか 低い金額を限度とする。 ①(1)に定める限度額 ②第六条(1)から(4)までの規定により決定される損 害額及び前条の費用の合計額   第二五条(代位)   (1)   損害が生じたことにより被保険者又は保険金を受 け取るべき者が損害賠償請求権その他の債権を取得した場 合において、Yがその損害に対して保険金を支払ったとき は、その債権は次の額を限度としてYに移転する。 ①Yが損害額及び費用の全額を保険金として支払った場合   次のいずれか低い額 ア   Yが支払った保険金の額 イ   被保険者又は保険金を受け取るべき者が取得した債権 の全額 ②Yが損害額及び費用の一部を保険金として支払った場合   次のいずれか低い額 ア   Yが支払った保険金の額 イ   次の算式により算出された額 被保険者又は保険金を受け取るべき者が取得した債権の額 -損害額及び費用のうち保険金が支払われていない額   (2) (略)   ( 3)   ( 1) の 場 合 に お い て、 保 険 金 を 受 け 取 る べ き 者 が取得した債権が人身傷害保険にかかる損害に関するもの であるときは、次の①から③までに定めるところにより取 り扱う。 ①(略) ②( 1) の 損 害 額 は、 人 身 傷 害 条 項 第 六 条( 損 害 額 の 決 定)の規定により決定される損害額とする。 ③(略)   (4) (略)   平 成 二 三 年 五 月 一 四 日 午 前 七 時 二 五 分 頃、   X は 被 害 車 両 を運転走行中、A運転の加害車両が左方の路外駐車場から 上記道路に進出し、被害車両に衝突した(以下、この事故 を「本件事故」という。 )。その結果、Xは頚椎捻挫等の傷 害を負った上に後遺障害が残った。本件事故は両者に過失 があり、その割合はAが九割、Xが一割であった。

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法学研究 90 巻 2 号(2017:2)   本件事故の人身傷害保険に関するY担当者であったBは、 平成二四年三月一六日、 本件約款に基づく人身傷害の損害 算 定 基 準( 以 下「 人 身 傷 害 基 準 」 と い う。 ) に よ り 算 出 さ れ た 損 害 額( 以 下「 人 身 傷 害 基 準 損 害 額 」 と い う。 ) は 二 一一万九三五四円 (後遺障害は含まれていない。 ) であり、 対人賠償からの既払分一九九万三二一四円を差し引くと給 付額は一二万六一四〇円になるとの計算書をXに送付した。   Xは、後遺障害が保険金額に反映されていなかったこと から、ひとまず加害者からの賠償金の受領を先行させるこ とにし、X代理人弁護士を選任した上で、Aが加入してい た任意保険の保険会社であるYとの賠償交渉を始めた。な お、上記賠償交渉に関するY担当者も、人身傷害保険の担 当者と同じく、Bであった。   Xは、代理人弁護士を通じて、Aが加入していた保険会 社であるYとの間で、本件事故によるXの損害額を五〇一 万八〇二八円とし、Yが、Xに対し、Aの支払うべき賠償 金 と し て、 上 記 損 害 額 の 九 割 で あ る 四 五 一 万 六 二 二 五 円 (以下「本件賠償金」という。 )から既払金二一〇万四二四 一円を控除した二四一万一九八四円を支払うことを合意し、 Xは、同金員の支払を受けた。   その後、Xは、Yに対し、本件事故による人身傷害保険 金として、上記損害額五〇一万八〇二八円のうちXの過失 割合一割に相当する五〇万一八〇三円を請求したが、Yは、 改めて人身傷害基準損害額を三四七万一六〇八円(後遺障 害分一〇一万三三三四円、傷害分二四五万八二七四円の合 計額)と算定した上で、Xが受領済みの本件賠償金を控除 すると残高がないとして、人身傷害保険金の支払を拒絶し た。 二   本件約款の適用関係は以下の通りである。   本件事故について、仮に、Xが先にYから人身傷害保険 金三四七万一六〇八円の支払を受け、その後、Aに対する 損害賠償請求の訴えを提起して、Xに五〇一万八〇二八円 の 損 害 及 び 一 割 の 過 失 が 認 定 さ れ た 場 合、 ( 本 件 約 款 第 二 五 条( 1) ②、 同 条( 3) ②、 六 条( 5) に よ り )、 二 九 六万九八〇五円についてYによる代位が生じ、一五四万六 四二〇円の限度で請求が認容される。この結果、Xは、人 身傷害保険金と合わせて五〇一万八〇二八円の支払を受け ることになる。   また、本件事故について、仮に、XがAに対する損害賠 償請求の訴えを提起して、Xに五〇一万八〇二八円の損害 及び一割の過失が認定され、判決又は和解により過失相殺

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判 例 研 究 後の四五一万六二二五円の支払を受けた後、Xに対し、人 身 傷 害 保 険 金 の 支 払 を 請 求 し た 場 合( 本 件 約 款 第 六 条 ( 5) に よ り、 上 記 五 〇 一 万 八 〇 二 八 円 が 人 身 傷 害 保 険 金 支 払 の 基 礎 と な る 損 害 額 と み な さ れ )、 X は、 合 計 五 〇 一 万八〇二八円の支払を受けることになる。   これに対し、本件事故について、人身傷害保険金の支払 を受けるに先立ち、訴訟外の示談による賠償金四五一万六 二二五円を受領した場合は、本件約款条項を字義どおり適 用すると、訴訟外の示談は「判決又は裁判上の和解」に該 当せず、Xが受領した本件賠償金四五一万六二二 四 ママ 円が人 身傷害基準損害額三四七万一六〇八円を超過しているため、 Yが支払うべき人身傷害保険金はないことになる。この結 果、Xが受ける賠償総額は四五一万六二二四円となる。   一方、本件事故について、仮に、人身傷害保険金三四七 万 一 六 〇 八 円 の 支 払 を 受 け た 後 に、 ( 上 記 事 実 と ) 同 一 の 内容の訴訟外の示談をして賠償金を受領する場合、本件約 款第二章第八条(1) (以下「本件条項」という。 )を字義 ど お り 適 用 す る と、 ( 約 款 二 五 条( 1) ①、 六 条( 1) 、 ( 5) に よ り ) 上 記 人 身 傷 害 保 険 金 額 に 相 当 す る 三 四 七 万 一六〇八円についてYによる代位が生じ、Xが上記示談に おいて受領することができる賠償金は一〇四万四六一七円 となり、Xが受ける賠償総額は四五一万六二二四円にとど まる。   もっとも、保険法二五条、二六条及び最高裁判所平成二 四年二月二〇日第一小法廷判決の趣旨に照らせば、上記示 談金の算出の前提となった損害額五〇一万八〇二八円が民 法 上 認 め ら れ る べ き 過 失 相 殺 前 の 損 害 額( 以 下、 「 訴 訟 基 準 損 害 額 」 と す る。 ) と 一 致 す る 限 り に お い て は、 Y が 保 険代位により取得するXのAに対する損害賠償請求権の範 囲は、人身傷害保険金の額とXのAに対する過失相殺後の 損害賠償請求権の額との合計額が訴訟基準損害額を上回る 場合における当該上回る部分に相当する範囲に限られるも のと解される余地がある。この結果、Xは、人身傷害保険 金と合わせて五〇一万八〇二八円の支払を受けることにな る。   このように、訴訟外の示談の内容が訴訟基準損害額を前 提とするものである場合は、訴訟外の示談金と人身傷害保 険金の受領の前後によって、支給を受ける総額が一致しな い可能性がある。 三   本件判決における争点は、本件約款上、YがXに対し 人 身 傷 害 保 険 金 の 支 払 義 務 を 負 う か( 以 下、 「 争 点 一 」 と

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法学研究 90 巻 2 号(2017:2) す る。 ) と、 Y が X に 対 し 人 身 傷 害 保 険 金 の 支 払 を 拒 絶 す ることが信義則に反するか(以下、 「争点二」とする。 )で ある。   これら争点につき、Xは、人身傷害補償保険が、過失割 合にかかわらず実損害の補償を目的とし、速やかな保険金 支払を特徴とすること、また、消費者契約の典型であるこ と等から、①人身傷害保険金と賠償金の請求の先後によっ て 被 害 者 が 受 け 取 れ る 金 額 に 大 き な 違 い が 生 じ る こ と は、 被害者保護の観点からすれば極めて不合理であり、保険金 受領の先後にかかわらず、受取金額が同じになるよう、約 款の文言解釈を行う必要がある。Yの支払うべき保険金は、 訴訟における損害の算定基準により算出された過失相殺前 の損害額(民法上認められるべき過失相殺前の損害額であ り、 訴 訟 基 準 損 害 額 ) か ら 既 払 賠 償 金 額 を 控 除 し た 上 で、 その残額を保険金額及び人身傷害基準損害額の範囲内で支 払うべきものと解すべきである、②Yには、Xに対し、先 に人身傷害保険金を受け取ってから賠償金を受け取る、又 は訴訟提起をしないまま、任意交渉により賠償金受領を先 行した場合、総受領額が減ることを説明・告知すべき義務 があった。それにもかかわらず、上記説明・告知を行わず、 訴外で和解を成立させた後、約款の文言を盾に人身傷害保 険金の支払を拒絶することは信義則に反して許されず、控 除される金額は二九六万九八〇五円を限度とすべきである、 と主張した。   これに対してYは、①本件条項によれば、 (被保険者が) 賠償金を先行受領した場合は、受領した賠償金は人身傷害 基準損害額から差し引かれる旨明記されている、②人身傷 害基準では、一般的な訴訟における損害賠償基準よりも低 額とする代わり、損害額の認定を定型化して争いの余地を 少なくしている上、被保険者の過失の有無にかかわらず人 身傷害保険金を支払うものとしているので、過失割合に関 する見解の相違にかかわらず、簡易迅速に損害額を算定す ることができ、保険事故発生後すみやかに保険給付がされ るような仕組みになっている。しかるに、人身傷害保険に おいて填補すべき損害額を訴訟基準損害額とすると(その 額、 過 失 割 合 を 確 定 し な け れ ば な ら ず )、 保 険 会 社 が 裁 判 外で任意に保険金額を算定して支払うことが著しく困難に なり、すべからく裁判による決着を余儀なくされ、上記人 身傷害保険の性格に悖る、③本件では、Yの担当者が、X に対する人身傷害保険金の支払を故意に遅らせてXに賠償 請求を先行せざるを得なくさせたなどの信義則に反する事 情は皆無であり、また、そもそも、人身傷害保険金と賠償

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判 例 研 究 金のどちらを先に受領するか、損害賠償請求訴訟を提起す るかなどは、被害者(被保険者)の選択に委ねられる、と 主張した。   原審(東京地判平成二六年一月二八日判タ一四二〇号三 八 六 頁 ) は、 ( 人 身 傷 害 保 険 の 趣 旨・ 目 的 や 保 険 契 約 者 の 期待に鑑みると、 )「……本件条項は人身傷害保険金の支払 が先行した場合と整合性を保ち被保険者が訴訟基準損害額 に相当する額を確保することができるよう合理的に解釈す べきであり、加害者からの賠償金が人身傷害保険金よりも 先行して支払われた場合における人身損害保険金から控除 さ れ る べ き『 既 に 給 付 が 決 定 し 又 は 支 払 わ れ た 金 額 』( 本 件約款第2章第八条(1)①②)又は『既に取得した損害 賠 償 金 の 額 』( 同 条( 1) ③ ) は、 人 身 傷 害 基 準 に よ っ て 決定された人身傷害保険金の額と被害者の加害者に対する 過失相殺後の賠償金の額との合計額が過失相殺前の損害額 を上回る場合における当該上回る部分に相当する額を指す も の と 解 す る の が 相 当 で あ る。 」 と し て、 X の 請 求 を 認 容 した。   Yは控訴し、①訴訟外の示談金の算出の前提となった過 失相殺前の損害額が五〇一万八〇二八円であることは認め るが、同額が訴訟基準損害額であることは争う、②争点二 について、仮に、一般論として、Yにおいて、人身傷害保 険に加入した被保険者が、人身傷害保険金の支払を受ける 前に、訴訟提起をせず任意交渉により加害者から賠償金の 支払を受けると、訴訟を提起した場合や先に人身傷害保険 金の支払を受けた場合と比して、総受領額が減ることがあ る旨を説明すべき信義則上の義務があることを肯定し得る 場合があるとしても、本件の具体的事情においては、Yに か か る 説 明 義 務 が あ っ た と い う こ と は で き な い、 と 追 加、 敷衍して主張した。 〔判   旨〕   争点一(約款上、YがXに対し人身傷害保険金の支払義 務を負うか)について   (本件条項によれば……) 「Yが支払うべき人身傷害保険 金は、人身傷害基準損害額に……費用(権利保全行使費用 等)を加えた額から、保険金請求権者が賠償義務者から既 に 取 得 し た 損 害 賠 償 金 の 額 等 を 控 除 し た 額 で あ る と こ ろ、 Xが受領した本件賠償金四五一万六二二四円が人身傷害基 準損害額三四七万一六〇八円を超過している以上、Yが支 払うべき人身傷害保険金はないことになる。 」 「 …… 確 か に、 保 険 契 約 者 が 人 身 傷 害 保 険 に 加 入 す る こ と

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法学研究 90 巻 2 号(2017:2) の動機として、被保険者の過失の有無にかかわらず実損害 の補償を受けることを期待していることがうかがわれると し て も、 保 険 契 約 に 基 づ き 保 険 者 が 支 払 う べ き 保 険 金 は、 当該保険契約の内容である約款に基づき算定すべきもので あり、Xの上記主張における本件約款の解釈は、本件条項 の文理に明らかに反するものである。このように、一定の 場合について受領できる保険額が保険約款上に明記されて いる以上、保険契約者において、これに反する保険金を受 領することができる合理的な期待があるとはいえない。の みならず、実際上も、Xの上記主張を前提とすると、人身 傷害損害金を算定するに当たって、訴訟基準損害額を認定 する必要があるところ、訴訟外の示談は裁判所の関与なし に行われるものであり、事案によっては(事故当事者間で 正確な訴訟基準損害額を算定しないまま客観性を欠く示談 が な さ れ、 そ の 後、 加 害 者 側 の 協 力 が 得 ら れ な い 場 合 な ど )、 こ れ ら の 認 定 に 困 難 を 来 す こ と も 想 定 さ れ る。 X 主 張の解釈は、保険実務に混乱を来すことにもなりかねない。   したがって、Xの上記主張を採用することはできない。   また、Xは、本件においては、示談交渉に弁護士である X代理人が関与しているなど、示談において合意された損 害 額 に 客 観 性 が 認 め ら れ る か ら、 本 件 約 款 第 二 章 第 六 条 ( 5) を 適 用 又 は 類 推 適 用 し て、 同 損 害 額 を 人 身 傷 害 保 険 金算出の基礎となる損害額とみなすべきである旨を主張す る。   しかし、Xの上記主張における本件約款の解釈も、本件 約款第二章第六条(5)の文理……に反するものである上、 上記条項の類推適用をすべき示談の範囲が明確でなく(弁 護士が関与した訴訟外の示談において合意された損害額が 当然に訴訟基準損害額と一致するものではないことは明ら か で あ る。 )、 約 款 解 釈 の 不 安 定 を も た ら す も の で あ っ て、 Xの上記主張も採用することはできない。   以上によれば、……本件約款上、YがXに対し人身傷害 保険金の支払義務を負うとはいえない。 」   争点二(YがXに対し人身傷害保険金の支払を拒絶する ことが信義則に反するか)   「 …… 人 身 傷 害 保 険 金 と 賠 償 金 の い ず れ の 支 払 を 先 に 受 けるか、加害者に対する損害賠償請求訴訟を提起するか否 か は、 本 来、 被 害 者 の 選 択 に 委 ね ら れ る べ き も の で あ り、 YがXの上記選択を積極的に妨げたといった事情が認めら れなければ、本件訴訟においてYが上記主張をすることが 信義則に反するということはできない。   そして、Yは、人身傷害保険の加入者が判決又は裁判上

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判 例 研 究 の和解によらないで加害者から損害賠償金を受領した場合 は、その額が人身傷害保険金の支払額から控除される旨を 本件条項により明示している上、Xから人身傷害保険金の 請求を受けた際、Xが受領済みの賠償金を控除した計算書 を送付しており……、Yにおいて、本件条項について上記 と 異 な る 解 釈 を 示 し た こ と を 認 め る に 足 り る 証 拠 は な い。 また、……Yが殊更にXの後遺障害に係る人身傷害保険金 の支払を遅延させたものとは認められず、……Yが、Xに 対し、人身傷害保険金より先に加害者から損害賠償金の支 払を受けるよう推奨したものとも認められない。   以上に加え、Xの加害者に対する賠償金の請求は、代理 人弁護士が交渉に当たっていたことを併せ考えると、Yに X主張の説明義務があるということはできない。 」   「 さ ら に 付 言 す る に、 B は X 代 理 人 と の 交 渉 の 過 程 で、 示談による早期解決を前提に、示談交渉限りの賠償額とし て、Xの実際の収入を超えた休業損害額を提示し、示談に 至ったのであり……、このような経過に照らせば、Yは前 記示談金の算出の前提となった過失相殺前の損害額五〇一 万八〇二八円について、これが訴訟基準損害額には当たら ないとの立場をとっていたことは明らかであり、そのよう な状況の下で、Yに前記五〇一万八〇二八円が訴訟基準損 害額であることを前提とした説明をする期待可能性がない ということもできる……。   したがって、Yが本件訴訟において人身傷害保険金の支 払 を 拒 絶 す る こ と が 信 義 則 に 反 す る と い う こ と は で き ず、 Xの上記主張を採用することはできない。 」 〔研   究〕   判旨に賛成 。   本件において問題となった自動車保険における人身傷 害補償保険(自動車保険の人身傷害補償条項。以下、先行 研究での例にならい、 「人傷保険」と略称する。 )は、自動 車保険の自由化を受けて平成一〇年から新たに導入された 保険であり、被保険者が交通事故で負ったケガなどによる 損害を過失割合にかかわらずまとめて補償し、相手方との 交渉は不要、迅速に支払を受けられるとの説明で販売され ているものである。そして、被害者側で契約している自動 車保険から保険金額を限度として、約款で定められた基準 に 従 い、 積 算 さ れ た 人 的 損 害 額 等 の 保 険 金 が 支 払 わ れ る ( 松 葉 佐 隆 之「 判 批 」 別 冊 判 タ 二 九 号( 二 〇 一 〇 年 ) 一 二 四頁) 。このとき、被保険者(被害者)から保険者に対し、 人傷保険より生じた保険金請求と、賠償義務者(加害第三

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法学研究 90 巻 2 号(2017:2) 者)への損害賠償請求(または加害者の加入する対人賠償 責任保険からの支払)とが並立した場合に、人傷保険金を 支払った保険者が加害者に対して有する権利をどのような 割合で代位するかが問題となってきた(学説の概要につい ては、桃崎剛「人身傷害補償保険をめぐる諸問題 ―― 東京 地判平成一九年二月二二日(判タ一二三二号一二八頁)を 契 機 と し て ―― 」 判 タ 一 二 三 六 号( 二 〇 〇 七 年 ) 七 一 頁、 同「人身傷害補償保険をめぐる諸問題」日弁連交通事故相 談センター東京支部編『民事交通事故訴訟   損害賠償額算 定 基 準 二 〇 〇 七 年 版( 下 )』 一 三 一 頁 他 参 照。 )。 こ れ に つ いては、従来より、絶対説(東京地判平成一七年八月三一 日交民集三八巻四号一一八八頁等、石田満「判批」保険毎 日 新 聞 二 〇 〇 八 年 四 月 二 三 日 五 面 )、 比 例 配 分 説( 神 戸 地 判平成一六年七月七日交民集三七巻四号八九五頁等、肥塚 肇雄「人身傷害補償保険と過失割合」財団法人日弁連交通 事 故 相 談 セ ン タ ー 編『 交 通 事 故 賠 償 論 の 新 次 元 』( 二 〇 〇 七年)三三一頁。なお、肥塚教授は、保険法制定後に人傷 基準差額説に改説している。 )などがあったが、現在では、 学説・判例共にいわゆる「差額説」が支持され、保険法二 五条一項でも差額説が採用されている。そしてその差額説 はさらに二つに分かれる。一つは、支払った人傷保険金と 被害者が加害者から受領する損害賠償の合計金額が人身傷 害基準(以下、 「人傷基準」とする。 )により算定された損 害額を上回った場合に、その上回った額について被害者の 有する損害賠償請求権を代位取得する、という見解(人傷 基準差額説。大阪地判平成一八年六月二一日判タ一二二八 号二九二頁、植田智彦「人身傷害補償保険による損害填補 および代位の範囲についての考察」判タ一二四三頁(二〇 〇七年)一八頁、岡田豊基「判批」私法判例リマークス三 九( 二 〇 〇 九〈 下 〉) 九 七 頁 等 ) で あ り、 他 方、 人 傷 保 険 金が、被害者の加害者に対する損害額(民法上認められる べき損害額)のうち、被害者の過失割合に対応する金額を 上回った場合に初めて、その上回る額についてのみ、被害 者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得できるとす る見解(訴訟(裁判)基準差額説。地裁では、東京地判平 成一九年二月二二日判タ一二三二号一二八頁、名古屋地判 平成一九年一〇月一六日判タ一二八三号一九〇頁等、村田 敏一「判批」私法判例リマークス三六(二〇〇八年)一〇 九頁等)との対立があった。   これまで多く争いとなってきた人傷保険金先払事案では、 近年相次いで訴訟基準差額説が採用されている。東京高判 平成二〇年三月一三日判時二〇〇四号一四三頁では、人傷

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判 例 研 究 保険の約款の代位規定が「保険代位の範囲として保険金請 求権者(被保険者)の権利を害さない範囲内との限定を加 えたのは、商法六六二条一項を修正して、保険金請求権者 (被保険者)が保険金と損害賠償金(第三者に対する権利) とを合わせてその損害の全部の填補を受けることができる よ う に 」 す る た め で あ り、 し た が っ て、 「 被 保 険 者 が …… ( 人 傷 保 険 金 の = 筆 者 注 ) …… 支 払 を 受 け た 後 に …… 損 害 賠償請求訴訟を提起した場合において、被保険者にも過失 があるとされたときは、同訴訟において認容された加害者 に対する損害賠償請求権の額と支払を受けた保険金の額と の合計額が同訴訟において認定された被保険者の損害額を 上回る場合に限り、その上回る限度において……保険会社 は 被 保 険 者 の 加 害 者 に 対 す る 損 害 賠 償 請 求 権 を 代 位 取 得 」 すると判示した。この後、最判平成二四年二月二〇日民集 六六巻二号七四二頁や最判平成二四年五月二九日判時二一 五五号一〇九頁もこの立場を踏襲し、学説も、おおむね肯 定的である。   ところが、この訴訟基準差額説による場合、先に加害者 に対して損害賠償請求が行われ、賠償金を取得した後に人 傷 保 険 金 の 請 求 が 行 わ れ た 場 合( 損 害 賠 償 金 先 払 の ケ ー ス ) に は、 人 傷 保 険 金 を 先 に 受 け た 場 合 と で 比 較 す る と、 最終的に被保険者の取得できる総額が異なる場合が出てく る、という問題が生じてくる。すなわち、損害賠償金を先 に取得し、人傷保険金を請求する場合、約款により、人傷 基準損害額をベースとして、そこから受領済みの損害賠償 金等を差し引くという計算方法によると、たいていの場合 は、人傷保険金先払、訴訟基準差額説によって保険者の代 位分を算出した(そして残額が被保険者に残る)ケースよ りも総取得額が少なくなってしまうということになる(こ の点、人傷基準差額説によれば、どちらを先に受けた場合 でも、被保険者の受け取れる総額が変わってくることはな い。 )。   そこで、このような問題を解決すべく、様々な見解が出 された。たとえば上記判決では、約款の人身傷害条項を字 義 通 り 解 釈 す る と、 ( 先 に 賠 償 金 を 取 得 し た 場 合 は ) 先 に 保険金を取得した場合と比較すると、被保険者にとって不 利という事態は明らかに不合理であるので、約款文言を限 定解釈し、差し引くことができる金額は訴訟基準損害額を 確 保 す る と い う「 保 険 金 請 求 権 者 の 権 利 を 害 さ な い 範 囲 」 のものとすべきである(最判平成二四年二月二〇日での宮 川光治裁判官の補足意見)とか、同一の約款の下で、保険 金の支払と加害者からの損害賠償金の支払との先後によっ

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法学研究 90 巻 2 号(2017:2) て、被害者が受領できる金額が異なることは決して好まし いことではないことから、現行の保険約款の見直しが速や かになされることを期待する(最判平成二四年五月二九日 での田原睦夫裁判官の補足意見)といった補足意見が付さ れていた。   また学説でも、 「人傷基準」による損害額を「訴訟基準」 による損害額に読み替えるという、約款の修正解釈によっ て解決を図るべきとする見解(山下友信「人身傷害補償保 険の保険給付と請求権代位」保険学雑誌六〇〇号(二〇〇 八年)一三三頁、潘阿憲「人身傷害保険における請求権代 位の範囲について」都法四九巻二号(二〇〇九年)一八六 頁。これに沿った下級審判決として、京都地判平成二三年 六月三日交民集四四巻三号七五一頁(後掲大阪高裁判決の 原 審 判 決 ) が あ る。 ) や、 約 款 の 計 算 規 定 に お い て も、 保 険金の計算にあたり、控除できる額を保険金請求権者の権 利 を 害 し な い 限 度 に 限 定 す る と い う 見 解( 山 野 嘉 朗「 判 批」民商一四〇号三号(二〇〇九年)三七一頁、甘利公人 「 判 批 」 判 例 評 論 六 〇 〇 号( 二 〇 〇 九 年 ) 三 三 頁。 本 件 原 審 判 決 も こ れ に 属 す る か。 ) が あ っ た。 こ れ に 対 し て、 被 害者(被保険者)に人傷保険金の支払や加害者からの損害 賠償の支払がなされる時点で第三者からの給付がなされて いない場合、将来それがなされるかどうか、およびその金 額は不明であり、したがって、被保険者が保険者、加害者、 第三者からどのような順番で給付を受けたかにより、受領 しうる総額が常に同一になるとは限らないことから、人傷 保険金支払が先行した場合と、加害者からの損害賠償金の 支払が先行した場合とで両者から受領する額が同一になる 考え方を採用しなければならない理由はない、という見解 ( 桃 崎・ 前 掲 判 タ 一 二 三 六 号 七 三 頁 以 下 ) が あ る。 本 件 事 例は、損害賠償金先払の事例であるが、原審では、被保険 者 が「 訴 訟 基 準 損 害 額 」( 正 し く は 裁 判 外 の 示 談 に よ り 確 定した損害額全額)まで取れるよう、判示されたのに対し、 控訴審では一転して約款解釈通り、人傷基準損害額を保険 金算定の基準として採用した点で、立場を異にしている。   本 件 判 決 に 先 立 ち、 加 害 者 か ら の 損 害 賠 償 金 先 払 の ケースにつき判示されたのが、大阪高判平成二四年六月七 日 判 時 二 一 五 六 号 一 二 六 頁( 以 下、 「 大 阪 高 裁 判 決 」 と す る。 ) で あ る。 こ の 事 例 は、 ま ず、 被 害 者( の 遺 族 ) と 加 害者との間で裁判上の和解が成立し、加害者の加入する任 意保険会社から和解金が支払われた後、被害者が加入して いた人身傷害補償特約に基づいて請求された事例であるが、

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判 例 研 究 判決は、最判平成二四年二月二〇日および五月二九日を引 用して、人傷保険金先払の場合における保険会社の代位の 範囲については訴訟基準損害額を基礎として計算するとし つつ、損害賠償金先払の場合には、人傷保険金の支払額と し て、 人 傷 損 害 額 算 定 基 準 に 従 い 算 出 さ れ た 損 害 額 か ら、 受 領 し た 損 害 賠 償 金 等 を 差 し 引 い た 額 と す る 約 款 規 定 の 「読み替え」 、修正解釈をせず、そのまま適用すべきである、 と判示した(なお、この大阪高裁判決の事例では、被害者 ― 加害者間では裁判上の和解がなされたが、このときの約 款では、本件約款六条(5)のような、損害額の読み替え 規定がなかった。 )。   同判決に対しては、定額化して速やかな支払を進める目 的からすれば、人傷基準で行うことにつき、一定の合理性 が あ る こ と( 伴 城 宏「 判 批 」 自 保 ジ ャ ー ナ ル 一 八 七 五 号 (二〇一二年)五頁) 、 人傷基準が常に訴訟基準より低いと は 限 ら な い こ と、 ま た、 消 費 者 保 護 と い う 大 義 名 分 の 下、 大衆迎合的な行動をとることは将来に遺恨を残すのではな いか、とし、判旨に賛成する見解(山下典孝「人身傷害補 償保険をめぐる新たな問題」阪大法学六二巻三・四号(二 〇一二年)六八二頁)があるが、一方で以下のような理由 を挙げてこれに反対する見解もある。すなわち、①(人傷 基準を用いる理由である)簡易迅速な支払額算定という傷 害保険の性格は、訴訟基準差額説に立ったとしても、すで に支払済みの賠償金の計算根拠を調査することにより、賠 償金元本及び過失割合も判明するから、簡易迅速な支払に とってそれほどの妨害とならない、②「保険料体系にみあ わず、保険業界が混乱に陥る」との指摘も、もともと人傷 保険金額が契約上設定されていることや、人傷基準により 算定された査定額が上限となることから、混乱に陥るほど の問題とは思われない、③各社共に、自分の過失部分の損 害額も保険金で賄えますというのが宣伝文句の商品である ところ、自分の過失部分の損害額が、賠償金受領との先後 に よ り 算 定 基 準 が 異 な る と は、 契 約 者 は 想 定 し て い な い、 等々の理由(出口みどり「判批」交通事故判例速報四七巻 九号(二〇一二年)一〇頁以下)である。   以上をふまえ、争点一について検討する。人傷保険金 の支払額を定める約款条項の文言上は、損害額の基準を訴 訟基準損害額ではなく、原則として人傷基準損害額を基礎 としている(もっとも、保険会社各社の約款の計算規定は、 人傷基準損害額から受領済みの損害賠償金、自賠責保険給 付金、労災給付金等を控除するものとされており、かかる

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法学研究 90 巻 2 号(2017:2) 規定に最も合致するのは、 「(人傷基準)絶対説」であると される(伴城・前掲三頁) )。そして約款の文言上、これを 訴 訟 基 準 の 損 害 額 に 読 み 替 え る の は「 か な り 無 理 筋 」( 山 下友信「自動車事故に関する損害賠償と保険の課題」財団 法人日弁連交通事故相談センター専門委員会『交通事故損 害額算定基準』二一訂版(二〇〇八年)三三五頁)との指 摘もある。そもそも、人傷保険に基づく保険金請求と不法 行為に基づく損害賠償請求とはその原因、法律関係を異に し、人傷保険金先払の際に、訴訟基準損害額をベースとし て、保険者代位の範囲を定めるのは自然であるし、本件の ようにその逆のパターンにおいては、人傷保険金の請求に あ た り、 ( 人 傷 基 準 が、 加 害 者 が な い 場 合 も 含 め、 迅 速 な 支 払 に 備 え る べ く 設 け ら れ て い る な ら ば、 ) 人 傷 基 準 損 害 額 に 従 っ て 支 払 保 険 金 の 額 を 決 定 す る の も 道 理 で あ ろ う。 よって、判例の動向も踏まえつつ、約款解釈を重んずるな らば、人傷保険金先払の場合は訴訟基準差額説で、損害賠 償 金 先 払 の 場 合 は、 人 傷 基 準 絶 対 説 に 基 づ い て 処 理 す る ( 桃 崎・ 前 掲 判 タ 一 二 三 六 号 七 四 頁 ) ほ か は な い も の と 思 われる。   この点、本件保険約款六条(5)では、判決又は裁判上 の和解において(人傷基準損害額を超える)損害額が認め られた場合に限り、賠償義務者が負担すべき法律上の損害 賠償責任の額を決定するにあたって認められた損害額をこ の人身傷害条項における損害額とみなす(ただし、その損 害 額 が 社 会 通 念 上 妥 当 で あ る と 認 め ら れ る 場 合 に 限 る。 ) とする。判決によって算出された損害額はもちろん、裁判 所・当事者による訴訟行為により確定した「民法上認めら れるべき損害額」と評価することができるし、訴訟上の和 解も、和解調書の成立により、確定判決と同一の効力が生 じ( 民 訴 二 六 七 条 )、 そ の 性 質 に つ い て も、 判 例 に よ れ ば 訴訟行為と私法行為の両方の性質を有する(笠井正俊・越 山 和 弘 編「 新・ コ ン メ ン タ ー ル 民 事 訴 訟 法 第 二 版 」( 二 〇 一 三 年 ) 三 三 五 頁 以 下( 笠 井 筆 )) と さ れ る。 裁 判 所 の 関 与を得て、ある程度社会的妥当性があると考えられる損害 額については、それを人傷基準損害額に代えることを許容 している点で、保険契約者・被保険者にも一定の配慮をし、 バランスをとっているものと評価できる。本件事例の場合、 XとAとの間で決定した損害賠償額は、裁判外の示談によ るものであるが、この点、Xは、X代理人として弁護士が 和 解 交 渉 に 介 入 し て い る こ と、 A 加 入 の 保 険 会 社 は Y   ( か つYの人身傷害保険金算定の担当者と賠償交渉の担当者が 同 一 人 物 で あ っ た。 ) で あ っ た こ と か ら、 X と の 和 解 内 容

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判 例 研 究 の妥当性につき検証は容易であり、損害計算に関し、少な くとも裁判上の和解に際してされる損害計算程度の妥当性 は担保されていた、したがって、XとAとの間で決定した 損害賠償額には本件約款六条(5)の適用又は類推適用を すべきである、と主張している。しかし、Xの代理人が弁 護士だったといっても、この者はXの利益のために交渉に 臨むのであるから、公正性が担保されているとは限らない。 確かに本件は、Yが損害賠償の交渉にも人傷保険金の算定 に も 関 与 し て い る( し か も、 交 渉 担 当 者 も 同 じ )、 と い う 珍しい事例であって、自ら損害賠償額につき合意しておき ながら、その(A過失分も含めた)全額の支払については、 結 果 的 に 人 傷 保 険 の 約 款 規 定 を 盾 に 支 払 を 拒 む の は 少 々 「 都 合 の 良 い 」 よ う に も 思 わ れ る が、 た だ、 本 件 約 款 六 条 ( 5) で 特 則 を 置 い た 意 味 が、 損 害 額 の 決 定 の 過 程 に 裁 判 所の関与があることに重きを置くものであるならば、それ がなく、あくまでも裁判外での当事者の合意にとどまる本 件損害賠償額に対しては、X主張のような理由だけでは直 ちに訴訟基準損害額に比肩しうる妥当性を見出すことはで きないであろう。よって、本件損害賠償額を人傷保険金算 定の基準額として読み替える、あるいは訴訟基準損害額に 類推することはできない。   次に、争点二について検討する。原審判決では、争点 二についても判示し、以下のような理由でYの信義則違反 を肯定している。すなわち、①人傷保険金と賠償金の支払 の先後により、Xの最終的な受領額に差異が生ずる可能性 があるということは、Xにとって重要な問題であり、一般 に、人傷保険においては、過失相殺事由となる過失の有無 及び割合を考慮することなく所定の保険金を支払うべきこ ととされているから、Xは、自己の過失割合部分を含む損 害についても填補を受けることができると期待しているの が通常である、②Yは、Aの賠償責任保険の保険会社でも あったから、Xが本件条項の内容を正確に認識しないまま、 賠償金の受領を先行させることを求めている可能性がある こ と は 容 易 に 認 識 す る こ と が で き た は ず で あ る、 ③ Y は、 加害者側(A)の賠償責任保険の保険者として賠償金の給 付を決定して支払を行う前に、Xが加入した人傷保険の保 険会社として、Xが人傷保険金の受領よりも先に賠償金を 受領した場合には不利益を受けるおそれがあるといった点 について、本件条項の解釈を説明し、Xの注意を喚起すべ き信義則上の義務を負っていたところ、YはXに対しその ような説明をしなかった、といった理由である。   これに対し、本件判決(控訴審)では、  ア)人傷保険金と

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法学研究 90 巻 2 号(2017:2) 賠償金のいずれの支払を先に受けるか、損害賠償訴訟を提 起するか否かは、本来、被害者の選択に委ねられるべきで あり、  イ)YがXの上記選択を積極的に妨げたわけではなく、 Yが殊更にXの後遺障害に係る人傷保険金の支払を遅延さ せたものとも、人傷保険金より先に加害者から賠償金の支 払を受けるよう推奨したものとも認められない、  ウ)Xの加 害 者 に 対 す る 賠 償 金 の 請 求 は、 代 理 人 弁 護 士 が 交 渉 に あ たっていたことを併せ考えると、YにX主張の説明義務が あるということはできない、  エ)Yは、人傷保険の加入者が 判決又は裁判上の和解によらないで加害者から損害賠償金 を受領した場合は、その額が人傷保険金の支払額から控除 される旨を本件条項により明示している。  オ)Bは(X代理 人との交渉の過程で、示談による早期解決を前提に、示談 交 渉 限 り の 賠 償 額 と し て )、 X の 実 際 の 収 入 を 超 え た 休 業 損害額を提示し、示談に至ったのであり、Yは前記示談金 の算出の前提となった過失相殺前の損害額五〇一万八〇二 八円について、これが訴訟基準損害額にはあたらないとの 立場をとっていたことは明らかである、といった理由を挙 げ、信義則違反はないとしている。   両者を比較すると、原審判決が、人傷保険により、訴訟 基準損害額いっぱいの損害填補を受けられる期待があるこ と、及び(賠償金支払を先に受けると)不利になることに つき、説明を受けない限りXにはわからないことを前提と しているのに対し、本件判決はそれらは約款を読めばわか ること、どちらの支払を先に受けるかは被保険者の任意の 選択によるものであるとしており、真っ向から対立してい る。   一般論としてではあるが、このような場合の保険者の説 明義務については、事故があった場合、被害者は、相手方 との交渉等において、自身加入の自動車保険の代理店に相 談 す る こ と が 多 く、 そ う い っ た 場 合 に、 ( 人 傷 保 険 の 保 険 者たる)保険会社は先に人傷保険金を取得しないと不利だ と 告 知 す べ き 義 務 が 肯 定 さ れ や す い、 と い う 見 解( 出 口・ 前掲一二頁)がある。しかし、そもそも、加害者との示談 成立前でも、相手方の過失分も含めて速やかに補償を受け られる、というのが人傷保険のメリットであるとされる中、 人傷保険の支払が損害賠償額の支払よりも後になるという 事態を念頭に置いて、上記のような告知をする義務が常に 肯定されるかは疑問である。また、加害者との間の損害額 算定につき、訴訟に移行した方が人傷保険金の額が多くな ることが通例である旨を、人傷保険引受の保険者は保険契 約者に説明する義務を負うとも考えられるが、同時に、こ

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判 例 研 究 のような説明義務を認めることは、人傷保険の被害者の迅 速 な 救 済 と い う 基 本 コ ン セ プ ト に 反 す る( 肥 塚 肇 雄「 判 批」判例評論六四七号(二〇一三年)一八三頁)ともいえ るので、やはり一概に説明義務があるものと断ずることは できないであろう。   一方で、本件判決についてみると、上記の  ア)、  イ)の理由 づけに対しては(これも一般論ではあるが) 、「人傷保険算 定基準によっても、基礎収入……、必要な通院期間をどう 認定するか、既往症などの素因減額をどう行うかという問 題 」 が あ り、 「 判 断 困 難 な 事 案 や、 支 払 額 を 落 と し た い 事 案 で は、 人 傷 保 険 金 の 支 払 を 留 保 し が ち と い う 実 態 も あ 」 り、 「 そ う い っ た 事 案 で、 先 に 加 害 者 か ら 賠 償 金 を も ら う よう積極的に誘導しなくとも、保険金請求権者としては自 賠責保険への請求手続きや加害者への請求手続きを取って い か ざ る を 得 な い 心 理 に 陥 り が ち で あ る 」、 と の 指 摘( 出 口・ 前 掲 一 〇 頁 ) も あ る。 ま た、 上 記 理 由  ウ)に つ い て は、 確かにXの代理人として弁護士がついていたとしても、こ の弁護士は加害者との示談交渉について依頼を受けた者で あり、弁護士だからといって、Yから何の説明もなくして、 どちらを先に請求した方が得かにつき、的確に判断するこ とを期待できるかどうかは、やや疑問である。   過去に保険者側の説明義務が問われた事例としては、例 え ば 自 動 車 保 険 に お け る 運 転 者 の 年 齢 制 限 特 約 が 問 題 と なった事例(東京高判平成三年六月六日判タ七六七号二三 六頁)や、地震保険契約締結の際の説明義務が問題となっ た事例(最判平成一五年一二月九日民集五七巻一一号一八 八七頁)等があるが、これらと比較しても、年齢制限特約 や地震保険の付帯のように、その内容が比較的わかりやす いものとは異なり、人傷保険の場合は、人傷基準と訴訟基 準との金額の乖離、それぞれの具体的な損害額及びその計 算方法、賠償金支払と保険金支払との先後による支払総額 への影響、といった込み入った要素が多く、これらを理解 し、自身にとってベストな決断をすることをXの自己判断 の問題として全て委ねるのは、Xにとってはかなり難しい のではないかとも思われる。このように争点二に関する理 由づけについては、若干の疑問も残る。とはいえその余の 理由、とりわけ、  オ)の事実も併せ考慮するならば、個別具 体的な事案として、本件において決定的にYに信義則違反 があるとまでいえるかは、断言できないであろう。   交通事故による損害額の認定にあたって、実際に裁判 に よ っ て 損 害 額 が 定 ま る の は む し ろ レ ア ケ ー ス で あ っ て、

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法学研究 90 巻 2 号(2017:2) 大多数の事例が保険会社と被害者との示談によって解決さ れ て い る( 星 野 明 雄「 新 型 自 動 車 保 険 T A P 開 発 に つ い て」損害保険研究六一巻一号(一九九九年)一一五頁)と いわれる。そして、人傷基準は訴訟基準より低く、これは お お む ね 損 保 会 社 の 自 動 車 対 人 賠 償 責 任 保 険 の 支 払 基 準 ( い わ ゆ る 任 意 保 険 支 払 基 準 ) と 同 一 レ ベ ル の よ う で あ る ( 佐 野 誠「 人 身 傷 害 補 償 保 険 に お け る 損 害 把 握 ―― 訴 訟 基 準 と 人 傷 基 準 の 乖 離 問 題 ―― 」 損 害 保 険 研 究 七 一 巻 二 号 (二〇〇九年)一二頁、三五頁、星野・前掲一一五頁) 、と もいわれる。そのうえで、損害賠償金先払のケースと人傷 保険金先払のケースとで、被保険者の受領総額に差が出た としてもやむを得ない、と割り切るには、両債権の請求の 先後によって、最終的に被保険者が受領できる額に差が生 じることにつき合理性があるか、すなわち被保険者にとっ て 不 利 な 選 択 を し て し ま っ た と し て も、 そ れ が「 許 容 範 囲」内であるといえることが前提となろう。   「 許 容 範 囲 」 と い う た め に は、 ま ず、 人 傷 基 準 が 訴 訟 基 準に照らして「手続の迅速性」という利点を残しつつ、当 事者間での紛争解決、損害額の決定のための妥当な基準と なりうるかが問題となろう。この点、人傷基準による損害 算定を評価済保険に類推(山下友・前掲「人身傷害補償保 険の保険給付と請求権代位」一二八頁)するならば、人傷 基準が損害額の算定基準として妥当とされるのは、それが 「裁判基準の具体化と評価できるかぎりにおいてであ」り、 「 た と え ば 人 傷 基 準 算 出 損 害 額 が 裁 判 基 準 損 害 額 を 大 き く 下回ることが常態化しているとしたら、損害額の評価方法 を 定 め て い る と は い え な い 可 能 性 が 生 じ て く る 」( 鈴 木 達 次「 判 批 」 判 例 評 論 六 五 〇 号( 二 〇 一 三 年 ) 三 二 頁 )。 そ して、その場合には、 「保険者側の説明義務にとどまらず、 人傷基準の有効性や人傷保険契約の効力そのものといった 契 約 上 の 本 質 的 な 問 題 も 生 じ て く る こ と に な る 」( 鈴 木・ 前 掲 三 二 頁 )。 た だ、 本 件 事 案 に お い て は、 判 決 等 に 代 え て、訴訟外の示談によって損害賠償額を確定してしまった 以上、本件約款の人傷基準につき、もはやその妥当性の判 断は容易ではない。結局、与えられた事実認定の限りでは、 判旨のように解するほかはないものと思われる。   堀井   智明  

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