ボカウイルス検査マニュアル
目次 1 ヒトボカウイルスの概説 ・・・・・3 2 ヒトボカウイルス検査に関する一般的注意 ・・・・・3 3 遺伝子学的検査 ・・・・・4 参考文献 検査依頼先 緊急時(実験室内暴露)の応急対応と事故対応基準 執筆者一覧
1 ヒトボカウイルスの概説
ヒトボカウイルス (Human bocavirus; HBoV)は,2005 年スウェーデンにおいて呼吸器 感染症患者の鼻咽頭ぬぐい液から発見されたウイルスである。このウイルスは,パルボ ウイルス科パルボウイルス亜科ボカウイルス属に分類される。今のところ,HBoV の細 胞培養での増殖・分離はできないが,他のパルボウイルスと同様に非エンベロープ直 鎖一本鎖 DNA ウイルス(ゲノム長;約 5.3kb)と推定されている。今まで,ヒトに病原性を 示すパルボウイルスは,パルボウイルス亜科エリスロウイルス属に分類されるパルボウ イルス B19(伝染性紅斑の原因ウイルス)のみと考えられていたが,HBoV はヒトに疾患 を引き起こす新たなパルボウイルスと考えられている。 パルボウイルス亜科のウイルスの遺伝子構造は,NS1(nonstructural protein)と VP1/ VP2(viral capsid protein)の ORF(open reading frame)を共通に有すると考えられる。 HBoV はさらにもう一つの ORF(NP-1, nonstructural protein with unknown function)を 有する。主要抗原の VP1/VP2 遺伝子の塩基配列は,他のウイルスと同様に遺伝学的 多様性を有し,大きく 3 つのグループに分類されると考えられている。HBoV は,主に上 気道炎,下気道炎等の呼吸器疾患患者から世界各地で検出されているが,気管支炎 や肺炎患者からも検出されている。今までのところ,多くの検出例は乳幼児である。 HBoV の検出頻度は,急性呼吸器感染(ARI)患者の数%と推定されている。さらに,消 化器症状を呈する患者糞便からの検出報告もある。一方,血清中の抗 HBoV 抗体保 有調査から,5 歳までにはほとんど HBoV の感染を受けることが示唆されている。 なお,本検査マニュアルにおいては,上述のようなウイルス学的背景から,遺伝子検 出及び解析法を主体とした検査法を示す。 2 ボカウイルス検査に関する一般的注意 検査に際し,感染性ウイルスの取り扱いは,バイオセーフティレベル(BSL)2 施設およ び安全キャビネット (クラス IIA/IIB)内で適切な操作を行うとともに,使用済みの器具等 は高圧蒸気滅菌処理などにより感染性を排除後,実験区域から搬出しなければならな い。また,臨床材料を取り扱うため,universal precaution に留意した操作を行うことが重 要である。 2-1 検査材料の採取・保存 HBoV の実験室内診断は,ウイルス特異遺伝子断片の増幅・検出を行うことが基本 となる。このため,鼻腔吸引液 (Nps),咽頭ぬぐい液 (Ts),などの検査材料が用いられる。 採取・保存方法はそれぞれの項を参照されたい。 2-2 検査材料の輸送
検査材料は採取容器から内容物が漏出しないような適切な包装をした後,温度管 理下 (一般に-80 oC以下,凍結状態の保持が困難な場合は非凍結状態で 4℃に保持 が望ましい)で検査依頼機関へ送付される。 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則(平成 10 年 厚生労働省令第 99 号)第 31 条の 36 第 1 項第打 2 号ホおよび第 4 号の規定に基づ き,特定病原体等の運搬に係る容器等に関する基準が定められ,平成 19 年 6 月 1 日 から適用されている(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/ kekkaku-kansenshou17/03.html)。 検査材料には必要事項 (個体識別等)を明記するとともに,送付リストを添付する。 2-3 検査の進め方 検査材料を受理した後,直ちに検査が実施されることが望ましい。検査実施までに空 白期間が生じる場合は,あらかじめ検査材料を適切に処理した後,温度管理下 (-80 oC 以下が望ましい)で保存する。遺伝子学的検査が実施され,実験室内診断基準に準拠 して診断がなされる。 3 遺伝子検査 HBoV の分離培養はこれまで成功していないことから,遺伝子検査(特異的遺伝子 の増幅・検出)が実施される。現在,HBoV の遺伝子診断には,種々の方法が用いられ ており,これらの各々について比較検討することは困難であるため,本マニュアルでは, 以下の方法について示す。 3-1 材料及び試薬 共通:滅菌マイクロピペット(10, 20, 1000μl)滅菌微量遠心チューブ(0.2, 0.5, 1.5mL)マイクロ遠心機,RNase-free 滅菌蒸留水(ニッポンジーン, Cat.No.312-90103)
DNA 抽出:99%エタノール,QIAamp Vial RNA Mini Kit(QIAGEN,Cat.No.52904) PCR 反応:ExTaq(TaKaRa Code RR001)プライマー,サーマルサイクラー,
電気泳動装置,UV 照射写真撮影装置,電気泳動用アガロース,分子 量マーカー,ローディングバッファー,1×TAE バッファー,エチジ
ウムブロマイド
PCR 産物の精製:QIAquick PCR purification kit(QIAGEN,Cat.No.28104), 99%エタノール
シークエンス:ABI PRISM BigDye Terminator Ver 1.1 Cycle sequencing kit(Applied Biosystems, Cat.No.4337450),BigDye® XTerminator™精製
キット (Applied Biosystems Cat.No. 4376486),ボルテックス ミキサー
3-2 DNA 抽出
ウイルス DNA 抽出は,それぞれの施設で一般に用いる方法でよいが,ここでは QIAamp Vial RNA Mini Kit(QIAGEN)を用いた方法を示す。DNA 抽出 DNA と RNA を同時に抽出出来るものを用いると他のウイルス検索にも用いることができる。
使用前に行う以下の試薬の調整を行う。 (1) 臨床検体を室温(15~20 oC)に戻す。
(2) Buffer AW1 Kit(Cat.No.51104)に 96-100%エタノールを 25mL 加える。 (3) Buffer AW2 Kit(Cat.No.51104)に 96-100%エタノールを 30mL 加える。 (4) Buffer AVL/Carrier RNA をサンプル数にあわせて調整する。
以下の操作は全て室温で行う。
(1) 1.5mL チューブに Buffer AVL/Carrier RNA560μl を加える。
(2) 検体 140μl と Buffer を充分に混合するため 15 秒間ボルテックスミキサーに て振盪 混和後,室温(15~20 oC)に 10 分間静置する。チューブをスピンダウンする。 (3) エタノール(96-100%)560μl をチューブに加え,ボルテックスミキサーにて震盪混和 後,チューブをスピンダウンする。液が混濁した時は再度 9,000g (10,000rpm)で 5 分間遠心する。 (4) (3) の 液 630μl を QIAamp ス ピ ン カ ラ ム ( キ ッ ト に 添 付 ) に 注 入 し , 蓋 を 閉 め , 6,000×g(8,000rpm)で 1 分間遠心する。QIAamp スピンカラムを新しい 2mL のチュ ーブに移し,残りの(3)の液 630μl を入れ,同様に遠心し,すべての液がなくなるまで 行う。
(5) QIAamp スピンカラムを開け,Buffer AW1 を 500μl 入れる。 (6) 蓋を閉め,6,000×g(8,000rpm)で 1 分間遠心する。
(7) QIAamp スピンカラムに Buffer AW2 を 500μl 加え,20,000×g(14,000rpm)で 3 分間 遠心する。
(8) QIAamp スピンカラムを新しい蓋付き 1.5mL チューブに移し,ろ液の入っているチュ
ーブは捨てる。QIAamp スピンカラムの蓋を開け,室温に戻した Buffer AVE 60μl を 加え,蓋を閉めて 1 分間おいた後,6,000×g(8,000rpm)で 1 分間遠心する。
(9) このろ液が抽出 DNA であり,RNA も含まれている。抽出 RNA は-80℃での保存が
望ましいが,-20 oC以下で約 1 年間安定である。
ここでは T.Allander らが報告した HBoV の NP1 領域の 354bp を標的として PCR 反応を行う。 PCR プライマー 188F:5’-GAGCTCTGTAAGTACTATTAC-3’ (nt position2351-2371) 542R:5’-CTCTGTGTTGACTGAATACAG-3’ (nt position2704-2684) 反応液 反応条件 94℃ 10min 94℃ 1min 54℃ 1min 35cycle 72℃ 2min 72℃ 5min 3-3-2 PCR 産物のアガロースゲル電気泳動による確認 (1) 2.0%アガロースゲルを作成する。 (2) アガロースゲルのウェルに PCR 産物 5μl を入れる。 (3) 1×TAE バッファーで 100V,40-50 分間電気泳動する。 (4) エチジウムブロマイド溶液(終濃度 100ng/mL)で 10 分間染色する。 (5) UV ライト上でバンドを確認する。 (6) ポライドカメラなどで記録する。 試薬 50μl 系 Distilled Water 33.75 μl
10×Ex TaqTM buffer 5 μl
2.5mMdNTP 4 μl 188F primer(25μM) 1 μl 542R primer(25μM) 1 μl EX Taq (5unit/μ l) 0.25 μl DNA 抽出液 5 μl 計 50 μl
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1 BL 2 HBoV 陽性検体 3 陰性検体 4 陰性検体 5 HBoV 陽性検体 6~9 陰性検体 10 マーカー(100bp) 3-3-3 PCR 産物の精製とシークエンス (1) 電 気 泳 動 の 結 果 に 基 づ い て PCR 産 物 を QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)などにより精製する。 (2) 精製 PCR 産物を鋳型としたシークエンス PCR を行う。
(3) 反応後,BigDye® XTerminator™精製キット 100 反応(Applied Biosystems)など を用いて未反応ダイターミネーターを除去する。この試料を DNA シークエンサーに より解析し,ウイルス遺伝子の塩基配列を決定する。 反応液 反応条件 96 oC 10sec 50 oC 5sec 25cycle 試薬 10μl 系 Distilled Water 4 μl 5×Sequencing Buffer 2 μl
Cycle Sequencing Mix 2 μl
Primer(1.6μM) 1 μl
Template 1 μl
60 oC 4min 3-3-4 解析 シークエンスデータを解析し HBoV の同定を行う。 3-4-1 HBoV 全長ゲノム解析 HBoV は DNA ウイルスであり,NP1 領域のみの解析では分子系統樹作成は困難で ある。系統樹作成のために T.Chieochansin らが報告したプライマーを用い,全領域遺 伝子(約 5.3kb)を 9 領域に分けて PCR を行い,各々の領域の増幅産物を基に全長ゲノ ム解析を行う。
全領域解析用 PCR プライマー
Name Primer sequences (5'- 3') Position PCR products
F5' F 5'- GCCGGCAGACATATTGGATT 1- 20 721
NS1R1 R 5'- GACGTGTAGCCAGAAGAGAT 721- 702
R5' R 5'- ACCACAAGCGTGGAGCTTTT 243- 224 For sequence only
NS1F1 F 5'- GACTAAGCAAGAGGAATGCTA 623- 643 838 NS1R2 R 5'- TGACCAACGGCTAGAGGATT 1460- 1441 NS1F2 F 5'- CTTTACAGCTCTCACATATCTT 1347- 1368 725 NS1R3 R 5'- GTATCCGTTTTCGTGAAGTGT 2070- 2050 NS1F3 F 5'- CGACTGTACTCTGACAGGAT 1950- 1969 807 NP1R2 R 5'- CGAGTAGAGTGCCAGTAGAA 2756- 2737 NP1F2 F 5'- TATCGTCTTGCACTGCTTCG 2591- 2610 603 NP1R3 R 5'- AGAGTAGGCGTGATCATGTAA 3193- 3173 VPF1 F 5'- GATAACTGACGAGGAAATGCT 3009- 3029 723 VPR1 R 5'- AGTATGTCCATGGAGTTGTGA 3731- 3711 VPF2 F 5'- TTCAGAATGGTCACCTCTACA 3639- 3659 648 VPR2 R 5'- CTGTGCTTCCGTTTTGTCTTA 4286- 4266 VPF3 F 5'- AACTTTGACTGTGAATGGGTTA 4172- 4193 616 VPR3 R 5'- AAATAGTGCCTGGAGGATGAT 4787- 4767 VPF4 F 5'- ACCAAGGGCTGACAAACACA 4711- 4730 589 R3' R 5'- TGTACAACAACAACACATTAAAAG 5299- 5276
F3' F 5'- AAAGTGAAGGGTGACTGTAGT 5128- 5148 For sequence only
反応液
試薬 50μl 系
Distilled Water 33.75 μl
10×Ex Taq buffer 5 μl
2.5mMdNTP 4 μl F primer(25μM) 1 μl R primer(25μM) 1 μl EX Taq (5unit/μ l) 0.25 μl DNA 抽出液 5 μl 計 50 μl
反応条件 94℃ 3min 94℃ 0.5min 55℃ 0.5min 35cycle 72℃ 1.5min 72℃ 7min 3-4-2 PCR 産物のアガロースゲル電気泳動による確認 (1) 2.0%アガロースゲルを作成する。 (2) アガロースゲルのウェルに PCR 産物 5μl を入れる。 (3) 1×TAE バッファーで 100V,40-50 分間電気泳動する。 (4) エチジウムブロマイド溶液(終濃度 100ng/mL)で 10 分間染色する。 (5) UV ライト上でバンドを確認する。 (6) ポライドカメラなどで記録する。 3-4-3 PCR 産物の精製とシークエンス (1) 電 気 泳 動 の 結 果 に 基 づ い て PCR 産 物 を QIAquick PCR Purification Kit(QIAGEN)などにより精製する。 (2) 精製 PCR 産物を鋳型としたシークエンス PCR を行う。
(3) 反 応 後 , BigDye® XTerminator™ 精 製 キ ッ ト 100 反 応 (Applied Biosystems Cat.No. 4376486)などをもちいて未反応ダイターミネーターを除去する。この試料を 用い常法にて,ウイルス遺伝子の塩基配列を決定する。 反応液 試薬 10μl 系 Distilled Water 5 μl 5×Sequencing Buffer 1 μl
Cycle Sequencing Mix 2 μl
Primer(1.6μM) 1 μl
Template 1 μl
計 10 μl
96 oC 10sec 50 oC 5sec 25cycle 60 oC 4min 3-4-5 塩基配列・系統樹解析 アライメントは市販のソフトウエアあるいは Clustal W を用い,シークエンスデータの アライメント解析を行う。このアライメントを基に分子系統樹を作成する。ウイルス遺伝 子の分子系統樹作成には近隣結合法(N-J 法)を用いることが多い。系統樹を基に検 出されたウイルスの分類を行うことも可能である(図参照)。 HBoV の VP1/VP2 領域の分子系統樹 BJ3064(DQ988933) CRD2(DQ340570) st2(DQ000496) WH(FJ496754) Y143 HBoV CU6(EF203920) Y189 HBoV Y193 HBoV T13 HBoV F505 HBoV S171 HBoV CU49(EF203921) TW674_07(EU984244) S53 HBoV CU8N(EU262978) CU74(EF203922) 0.001 Diversity Group 1 Group 2 Group 3
検査依頼先 ・ 全国都道府県/政令市衛生研究所 ・ 国立感染症研究所ウイルス第三部 〒208-0011 東京都武蔵村山市学園 4-7-1 Tel:042-561-0771 Fax:042-565-3315 緊急時 (実験室内暴露)の応急対応と事故対応基準 病原体検出マニュアル「RS ウイルス」の項に準じる。 参考文献
1. Allander T, Tammi MT, Eriksson M, Bjerkner A, Tiveljung-Lindell A, Andersson B. Cloning of a human parvovirus by molecular screening of respiratory tract samples.
Proc Natl Acad Sci;102:12891-12896, 2005.
2. Chieochansin T, Chutinimitkul S, Payungporn S, Hiranras T, Samransamruajkit R, Theamboolers A, Poovorawan Y. Complete coding sequences and phylogenetic analysis of Human Bocavirus (HBoV). Virus Res:129, 54-57, 2007.
3. Endo R, Ishiguro N, Kikuta H, Teramoto S, Shirkoohi R, Ma X, Ebihara T, Ishiko H, and Ariga T. Seroepidemiology of Human Bocavirus in Hokkaido Prefecture, Japan. J Clin Microbiol: 45, 3218-3223, 2005.
4. Hishinuma-Igarashi I, Mizuta K, Saito Y, Ohuchi Y, Noda M, Akiyama M, Sato H, Tsukagoshi H, Okabe N, Tashiro M, and Kimura H. Phylogenetic analysis of Human Bocavirus(HBoV) Detected From Childeren with Acute Respiratory Infection in Japan. J Infect: 58, 311-313, 2009.
水田克巳(山形県衛生研究所) 五十嵐郁美(福島県衛生研究所) 塚越博之(群馬県衛生環境研究所) 平田明日美(栃木県保健環境センター) 大内好美(滋賀県衛生科学センター) 田中千香子(滋賀県衛生科学センター) 木村博一(国立感染症研究所感染症情報センター) 野田雅博(国立感染症研究所ウイルス第三部) 監修 田代眞人(国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター) 岡部信彦(国立感染症研究所感染症情報センター)