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中 国 に お け る 幹 部 の

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(1)稔. 中国における幹部の 集団的生産労働へ の参加制度. 一︑幹部の集団的生産労働への参加の歴史. はじめに. め. に. 二︑幹部の集団的生産労働への参加の意義と形態 三︑論点と分析. じ. むすびに代えて. は. 田. 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 二八五. マルク. なければならない︒国家機関はすべて精鋭・簡素化の原則を実行しなければならず︑その指導機構はみな老年︑中. し︑大衆と密接に結びつき︑誠心誠意人民に奉仕しなければならない︒各級の幹部はすべて集団的生産労働に参加し. ス主義・レーニン主義・毛沢東思想を真剣に学び︑プロレタリア階級の政治による統率を堅持し︑官僚主義に反対. 一九七五年一月十七日︑採択された中国新憲法第十一条は次のように規定する︒﹁国家機関と工作要員は︑. 吉.

(2) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 二八六. 年︑青年の三結合を実行しなければならない﹂︒とりわけ注目をひくのは︑各級幹部の集団的生産労働への参加を規. 定している点である︒この種の規定は社会主義憲法史上例をみないものであり︑また中国の五十四年憲法においても. みられなかった︒この規定の意味するものは︑またその方向は何んであろうか︒またこの規定は突然文革を経て︑憲. 法に明記されたものであろうか︒現実の中国においてどのように具体化されているのか︒それは社会主義社会に普遍. 性をもつものであろうか︒このような問題意識をもちつつ︑本稿では七五年憲法第十一条︑とりわけ各級幹部の集団 的生産労働への参加について検討していきたい︒. 分析を次の手順で進める︒第一に︑この制度を歴史的に概観する︒一般的に歴史分析が必要であるというだけでな. く︑中国においてこの制度は︑解放区以来長期にわたっておこなわれてきており︑その過程でさまざまな問題が提起. されてきているからである︒第二に︑この制度が提起されるようになった原因︑意義についてまとめ︑そして幹部の. 労働参加の具体的形態について検討する︒第三に︑この制度が提起するであろういくつかの論点について整理し︑検 討してみたいと思う︒. 一︑幹部の集団的生産労働への参加の歴史. 解放前において︑党の幹部︑労農紅軍の指揮官︑戦闘員の多くの人々は一部の時間をさいて生産労働に参加してい ︵1︶. た︒特に大衆的生産運動のなかでは︑多くの主要幹部も農業労働︑手工業労働に参加していったのである︒毛沢東は. 一九四五年︑軍隊が極度の物質的困難な条件の下での生産自給を呼びかけ︑この生産自給が︑生活を改善し︑人民の.

(3) ︵2︶ 負担を軽減し︑軍隊を拡大したばかりでなく︑たくさんの副産物をもたらしたとして六点をあげた︒ここでは次の二 点に注意しておく︒①将兵関係が改善された︒②労働観念が強化された︒. 一九四九年中国人民政治協商会議共同綱領は︑人民解放戦争期のこの経験を総括し︑第二十四条に次のように規定. した︒﹁中華人民共和国の軍隊は︑平和な時期においては軍事的任務を妨げない条件のもとで計画的に農業と工業の ︵3︶ 生産に参加し︑国家の建設工作を援助しなければならない﹂︒この時期においてはこのように労働参加は特に軍隊の. 生産運動の中で︑主に生産増大の目的として提出されてきたのであり︑実践主体も軍隊を中心としていた︒しかし︑. この解放区の伝統というものは︑革命の原型として現在の中国に大きな影響を及ぼすことになったのである︒. 新中国成立︑国民経済回復期︑社会主義改造期を経て一九五七年二月︑毛沢東は最高国務会議第十一回拡大会議を. 開き﹁人民内部の矛盾を正しく処理する問題について﹂という講話をし︑三月には﹁中国共産党全国宣伝工作会議に. ︵4︶. おける講話﹂をおこなった︒これにもとづき整風運動を開始することとなり︑四月中共中央は﹁整風運動に関する指. 示﹂を発した︒ここでは整風運動を行なう原因として①党の新たな任務︵偉大な社会主義国の建設と自己改造︶を理. 解していないこと︑②単純な行政命令の方法で問題を処理する同志がいること︑③旧社会の国民党の残津にそまっ. て︑一種の特権思想を形成していること︑④打撃︑圧迫の方法で大衆に対していること︑⑤党では大衆から遊離し︑. 実際から遊離した官僚主義︑セクト主義︑主観主義が新たに成長してきていること等をあげる︒そこで整風運動をお. こなう方法として︑二つの方法を︑一つは整風運動︵思想運動︶の学習の方法︑もう一つは幹部が肉体労働に参加す. 二八七. る方法をとるのである︒この後者の方法こそ幹部の集団的生産労働への参加制度の現在的意味での出発点となるもの 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(4) 二八八. ︵54 一九五七年五月十日﹁各級指導幹部の生産労働参加に関する中共中央の指示﹂︑. 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度 であった︒. 運動をさらに進めるために︑. 一九. 五八年二月二十八日﹁下放幹部が労働鍛練をおこなうことに関する中共中央の指示﹂が出される︒この二つの指示を ︵6︶ うけつぎ︑これを制度化したのが同年九月二十五日の﹁幹部の肉体労働参加に関する中共中央・国務院の決定﹂であ. る︒これはこの間題についての基本的な法令であり︑最も重要な文書であるので若干引用しておく︒﹁決定﹂は二つ の﹁指示﹂以後の経験を述べたあと次のようにいう︒. ﹁いまや国家の幹部の隊列は数百万人を数え︑しかも彼らの家族は数千万人にのぼっている︒彼らの思想︑生活作. 風は国家生活の各方面に影響を及ぼしており︑この隊列を完全に勤労大衆とうって一丸とさせることは非常に重大な. 政治的意義をもっている︒よって中共中央および国務院は︑すでに農村および鉱山企業に下放して労働鍛練を行なっ. ている一部のほかに︑今後は主して全現職幹部を毎年一定時間をさいて工・農業労働生産に参加せしめるべきである と認め︑ここにつぎのように決定した︒. 一︑各機関︑部隊および各企業事業単位の全工作要員は︑老年︑疾病のため肉体労働に参加できなかったり︑軽微. な肉体労働にしか参加できない者を除き︑各人は毎年少なくとも一ヵ月肉体労働に参加しなければならない︒. 二︑各単位は所属工作人員がどのように肉体労働に参加するかということ︑および少なくとも一ヵ月間以上の労働. 参加をどのように保証するかということについて︑各単位の具体的状況にもとづいて計画を作成し︑手順を整え︑工. 作に影響を及ぼさないという条件のもとで迅速に上述の決定を実行するようにしなければならない︒.

(5) 三︑中共各級党委員会および各級人民委員会は︑毎年六月と十二月の二回︑それぞれその級の幹部の肉体労働参加. の状況を全面的に点検して︑この決定の完全実施を保証するようにしなければならない﹂︒ ︵7︶ 同年九月二十八日︑郡少平は中共第八期第三回拡大全体会議で﹁整風運動に関する報告﹂をおこなった︒ここで整. 風運動について一定の総括をおこなって労働者階級︑農業合作社︑党および共青団等の幹部は必ず生産労働に参加す. るように呼びかけた︒そして作風を整頓し︑工作を改善するために第一にセクト主義および幹部が特殊化する傾向を 克服することをあげ次のようにいう︒. ﹁幹部は大衆の生活とあまりへだたってはならず︑幹部が特殊化する規定と制度を廃止し︑銀苦素朴な気風を提唱. しなければならない︒指導幹部は下層に接近し︑大衆に接近しなければならず︑幹部は肉体労働に参加しなければな らない﹂︒. ︵9︶. 一方この時期︑中共八全大会第二回会議︵一九五八年五月︶が開かれ︑社会主義建設の総路線︑大躍進の方針の下で ︵8︶ 人民公社化運動は急速な勢いで全国の農村で普及していった︒共産主義社会への移行の楽観的展望が出され︑九月三. ○日の人民日報はこれと結びつけて︑幹部の労働参加を論じる︒社説は︑役人風にそまってしまった幹部およびプ・. レタリア化していないインテリ幹部と勤労人民との間の矛盾を︑人民内部の矛盾の一つとしてとらえ幹部の肉体労働. 参加の意義を彼らの意想を改造させ︑プ・レタリア化させると同時に︑共産主義社会への移行の条件︵肉体労働と頭 脳労働の差別の消滅︶づくりであるとし︑次のようにいう︒. 二八九. ﹁頭脳労働と肉体労働の差別をなくすには︑ぜひとも双方がともに努力しなければならず︑肉体労働者には頭脳労 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(6) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 働をせよと要求すると同時に︑頭脳労働者にも肉体労働をやれと要求しなければならない﹂︒. 二九〇. 一九五九年第六期﹃紅旗﹄社説は一年来の経験からその意義として①労働者︑農民の生産の積極性を激励するこ. と︑②官僚主義の除去︑③指導幹部が普通の労働者の姿で活動することを保証すること︑④精神労働と肉体労働の結 ︵10︶ 合をあげた︒そしてこの制度を今後長期にわたって堅持すべきこととした︒一九六〇年の趙漢論文では︑さらに進ん ︵n︶ で幹部の労働参加の諸形態について論ずる︒この点については後述する︒ ︵12︶ ︵13︶. 一九六一年六月﹁農村人民公社工作条例︵修正草案︶﹂が出される︒ここでは人民公社の幹部について第八章でふ. れており︑前述の﹁決定﹂を第四十七条の三大紀律︑八項注意および第四十九条でひきつぎ︑具体化してる︒第四十 九条は次の通りである︒. ﹁四十九︑人民公社の各級幹部はすべて社員といっしょに労働に参加しなくてはならない︒公社級の幹部は︑活動. 事情のちがいによって︑それぞれきめられた日数労働に参加しなければならない︒最少でも一年間に六十日より少な くてはならない︒. 生産大隊と生産隊の幹部は︑すべて普通社員の身分で労働に参加すべきであり︑社員と同様に労働点数を評定し記. 入すべきである︒生産大隊の幹部は︑一般に一つの生産隊に固定して労働に参加すべきである︒. 生産大隊と生産隊の幹部が公務のために労働に参加できず︑そのため収入が減少することのないように︑各人が負. 担している活動の軽重の程度にもとづき︑それぞれ定額の手当もしくは労働に参加できなかった分への手当を支給す. べきである︒生産大隊と生産隊の幹部の手当の工分は︑合計して一般に大隊の工分総額の二%前後におさえるべきで.

(7) ある︒以下略﹂. この間︑一九五九年から六一年にかけて三年連続の自然災害が起こり︑対立を強めたソ連は対中国経済技術援助を. 打ち切り︑中国は国民経済調整期に入る︒当時農村においては︑旧地主︑富農等は旧権力の復活を企て︑あらゆる手. 段を通じて人民公社の幹部を腐敗させ︑その指導権を奪う状況が現われ︑階級闘争は一段と激化していく︒このと. ︵14︶. き︑毛沢東の提起により︑一九六二年中共第八期十中全会では過渡期階級闘争の理論が定式化された︒こうして一九 六三年から新たな社会主義教育運動が展開していく︒. 一九六三年五月二〇日﹁当面している農村工作のなかの若干の問題についての中共中央の決定﹂が出される︒ここ. で当面農村のなかに存在している十の問題をあげ︑そのなかで﹁欠陥をもつ幹部に対しては︑その欠陥に重いか︑軽い. か︑多いか︑少ないかの違いはあってもみな手を洗い体を清めさせ︑ふろしき包みをすてさせ︑大衆に直接顔を向け. させ︑多くの幹部と大衆のあいだに多年存在していた不正常な関係の問題を解決すること﹂を述べ︑不四清︵帳簿︑. 倉庫︑財産物質︑賃金点数があきらかでない︶は主に幹部と大衆間の矛盾であるとする︒そして︑農村のなかの党支. 部書記は︑政治上︑先進分子であるべきであるが︑労働においても︑もっとも積極分子で生産の熟練者になり労働模. 範になることに努力しなければならないとし︑そうしてこそ︑大衆との密接な連繋ができ適時に階級の関係︑大衆の. 間題や生活の状況を理解でき︑大衆路線を通じて問題を解決できるとする︒そして︑もし集団的生産労働に参加しな ければ︑幹部は大衆から離れ修正主義に逸脱すると指摘する︒. 二九一. 同年﹃紅旗﹄十三・十四合併号は幹部の集団的労働参加について特集を編集した︒その社説は︑この問題を︑この 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(8) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. ︵15︶. 二九二. 時期の階級闘争の状況と関連させてとらえているのが一つの特徴であり︑旧観念︑旧思想︑旧習慣との闘争の意義につ づき次のようにいう︒. ﹁労働をいとうか︑誠実におこなうか︑労働を軽視するか︑熱愛するかは社会主義時期の政治戦線︑経済戦線︑思 想戦線上の階級闘争の重要な内容の一つである﹂︒. ﹁反革命搾取階級︑地主︑富農︑反革命分子と悪質分子は︑ある幹部が労働から離れ︑大衆から離れたスキを利用. して︑さまざまな手段で幹部を腐蝕︑侵蝕し︑分化瓦解させ︑結びつき︑侵入し︑堕落変質した幹部を彼らの代理人 に変え⁝⁝﹂︒. 社説のもう一つの特徴は︑生産部門と非生産部門への労働力分配の問題としてとらえている点である︒すなわち︑. 社会主義資金の蓄積のために︑生産労働者を増加し︑非生産部門の人員を減少させていくという方向である︒当時提. 起された三大革命運動︵階級闘争︑生産闘争︑科学実験︶を展開し︑二〇年後に科学技術は世界の水準に追いつき︑. 現代工業︑現代農業︑現代国防と現代科学技術をもった強大な社会主義国家を建設するという目標にそって述べられ た︒. ︵16︶. 社会主義教育運動が進展していく中で︑一九六五年一月十四日﹁農村の社会主義教育運動の中で当面提起されてい. る若干の間題﹂︵中共中央政治局召集の全国工作会議討論紀要︶出される︒ここでは運動をりっぱにおこなう基準の. 一つとして︑幹部が労働に参加しているかどうかをあげ︑さらに鱒点︵指導的幹部が末端組織の生産に参加し︑共同. に生活し︑この経験を生かして全般の仕事を指導する︶を呼びかける︒踵点は大衆路線の貰徹方法の一つで︑一九五.

(9) 七年整風運動以来述べられていたが︑ここで再び強調された︒また幹部の間題のところでは①幹部に対しては︑一が. 分れて二になるという方法を用いること︑②幹部を四種類に分け︵よいもの︑比較的よいもの︑問題の多いもの︑問. 題の性質の重大なもの︶︑③〜⑨で幹部の処理方法について具体的に述べる︒ ︵17︶ 一九六六年春プ・レタリァ文化大革命が始まり︑五月一六日に中共中央の通知︵五・一六通知︶が︑つづいて八月 ︵18︶ 八日中共第八期十一中全会で﹁プ・レタリア文化大革命についての決定﹂が出される︒ここでは幹部の区別と闘争に. ついて簡単にふれている︒一九六七年二月二〇日﹁全国の農村人民公社の貧農︑下層中農と各級幹部にあてた中国共. ︵19︶. 産党の手紙﹂では︑四清運動でその地位を追われた幹部が︑積極的に労働に参加し自己を改造することを要求してい. る︒一九六九年四月一日プ・レタリア文化大革命を総括する中共九全大会が開かれ︑林彪が﹁政治報告﹂をする︒こ の問題について は 次 の よ う に い う ︒. ﹁各級の国家権力機関とその他の組織は︑いずれも毛主席の指示にもとづいて︑大衆と密接に結びつかなければな. らず︑なによりもまず︑労働者階級と貧農・下層中農などの基本的大衆と密接に結びつかなければならない︒新旧の. 幹部はみな︑つねに官僚主義のほこりをはらいおとさなければならず﹃役人風やだんな風を吹かす﹄悪習に染まって. はならない︒節約して革命をおこない︑勤倹をむねとしてすべての社会主義事業を運営することを堅持し︑派手ごの. みや浪費に反対し︑ブルジョア階級の糖衣弾による襲撃を警戒しなければならない︒幹部の集団的生産労働への参加 ︵20︶ の制度を堅持しなければならない﹂︒. 二九三. ここに上述の新憲法第十一条につながる基本的な思想を見い出すことができる︒さらに同年十一月二〇日人民日報 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(10) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 二九四. 社説では︑この制度を文化大革命の闘争︑批判︑改革の新しい一篇とし︑その意義を資本主義復活防止のための根本 ︵21︶ 的措置と位置づける︒そして劉少奇の﹁労働懲罰論﹂﹁労働メッキ論﹂は搾取思想の反映であると批判する︒ ︵22︶. その後林彪事件が発覚し︑林彪批判︑整風運動が推進されていく︑一九七三年八月中共十全大会が開かれ周恩来が. 報告をおこなう︒幹部の間題では︑マルクス︑エンゲルス︑レーニン︑スターリン︑毛沢東の著作をまじめに学習する. ことが説かれ︑幹部の労働参加については︑一般的には述べず︑知識青年の下放と五・七幹部学校を特に強調した︒. 一九七五年一月十七日︑十年ぶりに全国人民代表大会が開催され︑中国の新憲法が採択されたのである︒そして幹. 部の集団的生産労働への参加をここに明記したのである︒それは︑これまで述べてきた中国の実践の正に総括である. と同時︑今後憲法規範として幹部のおこなうべき義務を全人民の前に明らかにしたものであった︒周恩来は﹁政府活 動報告﹂の中で次のようにいう︒. ﹁われわれは党の指導のもとに︑各級革命委員会を強化しなければならない︒各級の指導グループは毛主席の革命. 路線を実行する自覚を高め︑大衆とのつながりをいっそう密接にしなければならない︒青年︑婦人の幹部と少数民族. の幹部を積極的に育成し︑労働者・貧農・下層中農に重点をおいて︑その優秀なものを指導的ポストに抜てきしなけ. ればならない︒人員の精鋭化︑行政の簡素化を実行し︑行政機構の段階を減らさなければならない︒新旧幹部は互い. に学びあい︑団結を強めなければならず︑地位が上がろうと下がろうと変わりなくつとめ︑集団的生産労働への参加 ︵23︶ を堅持し︑誠心誠意人民に奉仕しなければならない﹂︒. 以上幹部の労働参加について歴史的に概観してみたが︑ここでいくつかの特徴的な点を指摘したい︒第一に︑この.

(11) 制度は新中国成立以前︑人民解放戦争中に軍隊内でおこなわれていた時にその原型をもつが︑新中国成立後︑一九五. 七年整風運動がはじめられるまでは︑この問題は正面きって論じられもせず︑実行もされなかった︒その後は現在ま. で一貫して強調され実践されていることを考えれば︑この一九四九年〜五七年の空白をどのように理解するかは重要. な問題である︒当時の基本的な考え方を示すものとして五十四年憲法があるわけだが︑国家機関の活動上の指導原則. となっていたのは︑大衆路線︑民主集中制︑集団指導制および人民民主法制︵法制は適法性の意︶であった︒そして. ﹁いくつかの国家機関の活動の中には︑まだ官僚主義が存在しており︑大衆から遊離し︑実際から遊離し︑そのため. ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑. ︵%︶. 活動が深まらず︑具体化せず︑問題の解決にも時期を失する⁝⁝﹂としつつも︑その解決方法を人民大衆を大衆組織. を通じて国家活動にひき入れる点を一面的に重視していた︒また軍隊の生産活動への従事については︑共同綱領二十. 四条の規定は五十四年憲法には継承されず︑新憲法第十五条において再び規定された︒これは当時ソ連の理論が国家. の全活動分野で支配的であり︑五十四年憲法自体かなりソ連の影響をうけている点を考えれば一定程度理解できる︒. 第二に︑この間題の提起がその時期の任務と密接に結びついてなされ︑したがってそれらの意義の重点も異なるこ. とである︒解放前︑整風運動期︑社会主義教育運動期︑文革期と時期を区切れば次のようにいえる︒解放前には生産. 向上のため︑整風運動期には反官僚主義︑社会主義教育運動期には階級闘争の一環として︑文革期には修正主義反対︑ 資本主義復活防止として主に強調された︒. 第三に︑この制度の実現にあたってはつねに対立者の存在があった︒まとまった見解をみることはできないが諸論. 二九五. 文の中にうかがい知ることができる︒それは党内外あるいはどのグループかはっきりしないが︑しかし一応形式的に 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(12) ヤ. ち. 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度 ヤ. ち. ヤ. ち. ち. 二九六. は中共中央によりこの制度は強力に推進されてきたといえる︒ 対立者の主張するところについては後にふれる︒. 二︑幹部の集団的生産労働への参加の意義および形態. 今まで若干ふれてはきたが︑あらためて幹部の労働参加の意義および形態について述べてみたい︒ ︵25︶. その意義については︑次の七点に集約できるであろう︒第一に官僚主義に反対し︑セクト主義に反対し︑主観主義. に反対し幹部の思想︑作風を改善すること︑同時に大衆観点︑労働観点を強化することである︒第二に大衆と連繋. し︑刻苦奮闘する伝統を発揚し︑誠心誠意人民に奉仕する︒三同︵大衆と共に食べ︑住み︑労働する︶を行ない︑大 ︵26︶. 衆の監督をうけることである︒第三に調査研究のよい機会であり︑よい方法である︒これを通じて現地の階級関係︑. 大衆のかかえている間題︑生産の状況などを正しく把握することができる︒第四に大衆との密接なつながりをもち︑ ︵27︶. プ・レタリア革命路線と政策を大衆の中へ浸透させる︒同時に労働者︑農民の積極性︑創造性を十分に発揮させ︑大衆. の力を引き出すことができる︒第五に修正主義に反対し︑修正主義を防止するための政治戦線︑思想戦線上の社会主. 義革命の重要な構成部分であり︑資本主義復活防止のための根本的措置である︒第六に生産部門と非生産部門への労. 働力分配の問題としてとらえ︑非生産部門の人員をできるだけ減少させて︑すべての動員できる力を動員し社会主義. 建設をおこなうことである︒第七に将来の共産主義社会に向って三大差異を消減する︵特に頭脳労働と肉体労働の結. 合︶ための方法であり︑また知識分子の改造と﹁又紅又専的幹部﹂すなわち思想的にもその専門性においてもすぐれ た後継者を養成するためである︒.

(13) これらの意義は前述したごとく︑それぞれの時期の状況を反映して述べられたわけであるが︑筆者はとくに第一 点︑すなわち反官僚主義のなかに基本的なその意義を認めるものである︒. ところでこのようなことが強調される背景には次のような事情がある︒全国解放前後に大量の知識分子が革命に参. 加し︑共産党に入ってきた︒中央国家機関・所属企業・事業単位の統計および北京市の市レベルの機関・所属企業・. ︵28︶. 事業単位の統計によれば︑一九四九年の全国解放後活動に参加した青年分子は︑幹部全体の七〇パーセント以上を占. めていた︒三門︵めぐまれた家の門を出て︑名門校の門を出て︑機関の門に入った︶幹部は︑大衆運動や集団労働の. 経験に欠け︑ほとんど労農大衆に近づいていなかった︒彼らはブルジョア的︑小ブルジョア的思想を身につけてお. り︑生産から離れることを希望し︑生産から離れると再び生産に戻ることを望まなくなった︒また単純な行政命令で. 問題を処理したり︑打撃︑圧迫の方法で大衆に対する者も出てきた︒六〇年代に入り︑農村において階級闘争が激化. するなかで︑幹部は腐敗し︑不四清の状況が普遍的に存在するようになり︑生産隊の指導権が地主︑富農に奪われる. 人民公社もあった︒文革期には︑幹部の中には批判されたことにより︑仕事を放棄し﹁逃避派﹂になった者もいた︒ ︵29︶. このような歴史的背景の他に︑旧社会の搾取者階級の思想的影響が残存していた︒特に中国の伝統的な肉体労働卑下. 思想は︑儒教倫理として長く中国を支配していた︒この肉体労働卑下思想を克服し︑勤労人民を歴史の主人公として 登場させることは︑正に革命政権に課せられた困難な任務の一つであった︒. 次に幹部の労働参加の形態についてみてみると︑これも時期により変化︑発展してきている︒一九五七年五月十日. 二九七. の指示によれば︑県級以上の主要幹部が肉体労働に参加する方法は多種多様であるとしつつも︑主に四つの方法をあ 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(14) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 二九八. げる︒①特定の生産単位または建設単位と連絡をもち︑そこの指導の下で主として補助的な単純労働︑たとえば草刈. り︑刈り入れ︑糞拾いや肥かつぎ︑水かつぎや土かつぎ︑清潔・衛生作業︑材料の運搬︑物資の整理などに参加す. る︒②下部へいって︑工作の視察調査に当っている党の幹部は︑できるかぎり︑その他の特定の生産単位において肉. 体労働に参加すべきである︒③現地の党および政府機関の指導のもとに︑大衆といっしょになって︑何らかの公益事. 業の労働奉仕︑たとえば街路の清掃︑植樹・造林・森林保護︑堤防や堰の修築︑道路工事︑みぞ掘り︑廃撞のかたづ. けなどに参加する︒④その機関のなかで︑野菜づくり︑養豚およびその他従事することが可能な生産労働あるいはサ. ービス労働に参加する︒機関の一般幹部︑軍隊の幹部と兵士︑学校の教職員と学生については︑研究して経験をつん でから自発性にもとづいてそれを継続し一歩一歩ひろめていかなければならない︒. 一定の実践経験をつんだ後に書かれた一九六〇年の趙漢論文は︑幹部の活動分野別にかなり詳細に述べる︒①革命. 戦争ときびしい革命闘争を経ず︑生産労働にたずさわったことのない青年知識分子︒時期を分け交代で生産に下放す. る︵主に人民公社︶︒期間一年前後︒二年余りで一三〇万近くの幹部が実践した︒②党と国家機関︑人民団体の指導幹. 部︑在職の一般幹部︒毎年一ヵ月以上人民公社の社員あるいは工場の労働者となる︒③農村工作幹部︒方法はいっそ. う広範で融通性がある︒一般的におこなわれている方法は︑生産に参加しつつ︑生産を指導することである︒また農. 業技術者と結びつき試験田に種をまくといった科学技術と労働を結びつける方法や短期間生産隊にいき社員となる方. 法もある︒④工場︑鉱山︑交通運輸︑商業幹部︒労働者とともにグループ労働をおこなう︒技術が複雑なので熟練労. 働者の弟子あるいは助手になる︒⑤科学文化活動家︒工業︑農業の技術者は一定の時間を使い︑工場あるいは人民公.

(15) 社にいき肉体労働に参加する︒社会科学活動家は︑労働を通じ︑大衆に深く入り︑調査研究をおこなう︒学校の教員︑. 職員は教育と生産労働の結合の方針のもとに︑学生とともに勤工検学の活動を展開し︑附属の各種小型農場と工場を. ひらくかあるいは集団的に人民公社︑工場︑鉱山企業の生産労働に参加する︒文芸活動家は︑現実生活を︑特に勤労 ︵30︶. ︵31︶. 人民の思想︑情緒を反映する作品をつくると同時に︑順次に下郷︑下場し大衆のための演出方法を採り︑彼らの業務. を防害しない肉体労働に参加する︒⑥軍隊の将校︒毎年一ヵ月︑中隊にいき兵士になる制度を実行する︒その他各級. の幹部は農繁期に農民を援助し︑あるいは国家建設工事のために短期関の義務労働をおこなうことや︑機関部隊︑部 隊︑学校が家畜︑家禽等の自給性の生産労働を組織することをあげている︒. 文革を経た一九六九年十一月二〇日の人民日報は︑一年余来の幹部を組織し集団的生産労働に参加する偉大な実践. の中で各地で多くのすぐれた方法を創造したとしていくつかを例示する︒①五・七幹部学校︒②生産隊に入り住みつ ︵32︶ く︒幹部︑教師︑医療人員︑知識青年等を組織し︑集団で生産隊に入る︒③指導機関は﹁三・三制﹂を実行する︒三. 分の一は下放労働し︑三分の一は調査研究をし︑三分の一は日常工作をし︑定期的に交代する︒④二班交代制︒一部. は労働し︑一部は日常工作に従事する︒⑤半月労働制︒⑥工場単位︑農村の基層幹部は︑グループ労働に従事し︑生. 産から離れない︒⑦革命委員会に参加した大衆代表も単位に戻り労働に参加し︑生産から離れない︒. 以上述べてきたように︑幹部の労働参加の方法というものは当初より一定の確定した形態をもっておらず︑時期に. より活動分野により異った形態をとり発展してきている︒一九五八年九月二十五日の﹁決定﹂も述べているように︑. 二九九. どのような方法で肉体労働に参加するかということは二義的なことであり︑方法については試行錯誤をへて作りあげ 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(16) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 三〇〇. ていけばよいというのが基本的な考え方である︒このような考え方からすれば︑今後現在おこなわれている方法をと りやめて︑新しい方法を採用していくことは当然ありうるわけである︒. ここで更に現在重要であると思われるいくつかの形態についてふれておく︒ ︵33︶. e五・七幹部学校︒その由来は延安の抗日軍政大学にまでさかのぼるといわれているがプロレタリア文化大革命の ︵34︶. 最中に出現した新生の事物であり︑新しい型の幹部学校であるとされる︒黒竜江省革命委員会が一九六八年五月七日. に︑党・政府機関の精兵簡政による革命化と幹部の思想の革命化など︑社会主義の経済的土台にそぐわない上部構造. を改革するために︑同省慶安県柳下の農村に開設したのがはじまりである︒これは機関︑幹部の革命化に大きな貢献. をし︑毛沢東が柳河五・七幹部学校の五ヵ月の経験を総括して指示を出してから︑各地の革命委員会は指示の精神を. 学習し︑黒竜江省の経験を総括して五・七幹部学校を開設した︒幹部はもとの所属機関に籍をおき給与もそのままで. 学校に入学し︑未墾の荒廃地を開墾し︑稲作りをおこなう︒また同時に毛沢東の著作の学習が重視される︒こうして ︵35︶. 革命化した幹部は︑一部は農村や工場に下放し永住し︑一部は所属革命委員会に復帰する︒また革命委員会の現職の 幹部も定期的に交替して入学して鍛練をうける︒. ⇔両参一改三結合︒この制度ははじめ﹁両参一改﹂として︑整風運動の展開中︑黒竜江省の慶華工具工場において. 大衆的な行動としておこった︒﹁両参﹂とは︑幹部が生産労働に参加し︑また労働者は初級の企業管理に参加するこ. とであり︑﹁一改﹂とは不合理な規則や制度を改廃することである︒これが全国各地に﹁華慶に学べ︑華慶においつ. け﹂という運動として展開され︑工業︑建築業から交通運輸業さらに商業におよんだ︒そして﹁三結合﹂が重要な要.

(17) ︵36︶. 素として入ってきた︒﹁三結合﹂とは︑指導的幹部︑技術者︑労働者が密接に協力しあうことである︒ここでは﹁両. 参﹂特に幹部の労働参加について典型例として﹁四二二制﹂︑﹁一労三三制﹂をあげる︒﹁四二二制﹂とは︑牡丹江橡. 肢廠の例で八時間労働のうち︑四時間を本来の業務処理にあて︑二時間を現場での生産労働にあて︑さらに二時間を. 三結合の学習にあてる︒﹁一労三三制﹂とは︑慶華工具廠の例であって︑科長以上の幹部は毎年定期に一ヵ月間︑一. 般の科室幹部は毎週きまった一日を現場の生産労働に従事し︑その他の勤務時間は︑本来の業務処理︑現場指導︑学 ︵37︶ 習の三項目がそれぞれ三分の一づつ占めるようわりふられる制度である︒ ︵38︶. ㊧政法幹部︒この問題は政法学界ではどのように受けとめられ実践されたであろうか︒社会主義建設の総路線を貫. 徹するために︑必ず大衆路線を歩まねばならず︑工業戦線︑農業戦線もそうであり︑政法工作もそうであるとされた︒ ︵39︶. この制度は︑幹部の革命化︑大衆化上の大問題であり︑党の指導と大衆路線を貫徹し﹁全党︑全人民が政法をおこな. う﹂を実施する上での鍵となる問題でもあるとされた︒そして中央の﹁政法工作と生産労働を結びつけ︑仕事があれ. ば政法を︑仕事がない時には生産を︵有事辮政法︑無事辮生産︶﹂の指示の下に︑全国人民とともに生産に参加した︒. 一九五九年︑老人︑病弱者を除いて全省で司法幹部の九七︑八%が参加したといわれる︒方法として①党の中心工作. を主とし︑農村︑工場︑鉱山に行き︑大衆とともに食べ︑住み︑働き︑生産に参加し生産を守る︒②裁判工作と生産. 労働を結びつける方法で︑労働をしながら︑調査もし︑休憩時間を利用し事件の処理もする︒③定期的に順次幹部を. 下放させ︑全面的に鍛練する︒④党委員会の指導の下に︑農工業生産とその他の基本建設を支援する︒⑤農業試験田. 三〇一. を耕作し養猪等の仕事をおこなうをあげた︒一九六四年十二月の第三期全国人民代表大会第一回会議で周恩来が﹁躇 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(18) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 三〇二. 点﹂の実行を強調したのをうけて︑謝覚哉最高人民法院長︑張鼎丞最高人民検察院長も︑政法幹部が﹁踵点﹂の制度を. 堅持し︑また集団的生産労働に参加する制度を堅持することを要求した︒一九六五年には政法幹部の革命化の問題に ︵40︶. ついて座談会が開かれ︑社会主義教育運動への参加と同時に積極的に集団労働に参加し︑大衆から学び︑階級的作風 を保持することが述べられた︒. 三︑論点と分析. 筆者はこれまで幹部の労働参加の歴史︑その意義および形態について︑中国の現状にそくして述べてきたわけだ. が︑ここではこの制度が提起するであろういくつかの問題について検討したい︒ところで︑これまで﹁幹部﹂という. 言葉をその意味内容を明確にしないまま使用してきたが︑中国では幹部とは狭義の意味では︑機関︑企業において中 ︵41︶. 心的な働きをする分子をさし︑広義の意味では︑役職者をふくめて︑多少とも管理的な事務にたずさわる人をすなわ. ち職員とそれほど差のないものをさす場合がある︒幹部の労働参加という場合は広義の意味をさしていることに注意. する必要がある︒さて︑検討の課題であるが︑第一に中国の幹部政策について︑第二に社会主義における官僚主義の 問題︑第三にこの制度をめぐる意見の対立についてである︒. まず中国における幹部政策についてである︒それは毛沢東の﹁抗日民族統一戦線に何百何千万の大衆の参加をかち. とるためにたたかおう﹂︑﹁民族戦争における中国共産党の地位﹂︑﹁党の作風を整えよう﹂︑﹁指導方法の若干の問題に ︵姐︶ ついて﹂︑﹁学習と時局﹂の諸論文にあらわれているが︑スターリンの幹部論をふまえつつ︑幹部の問題を多面的に理.

(19) 解し発展させたものである︒そして社会主義中国になり︑幹部とりわけ幹部と大衆の関係をどのようにとらえるかに. ついての基本的命題こそ︑毛沢東の﹁人民内部の矛盾を正しく処理する間題について﹂にあらわれている︒論文は次 のようにいう︒. ﹁われわれの人民政府は︑ほんとうに人民の利益を代表する政府であり︑人民に奉仕するが︑この政府と人民大衆. のあいだにも一定の矛盾がある︒こうした矛盾には︑国家の利益︑集団の利益︑個人の利益のあいだの矛盾︑民主と ︵43︶. 集中との矛盾︑指導と被指導とのあいだの矛盾︑国家機関の一部要員の官僚主義的作風と大衆とのあいだの矛盾がふ. くまれる︒こうした矛盾も︑人民内部の矛盾である﹂︒このように国家機関要員をはじめとするなんらかの指導的地. ︵4 4︶. 位にいる幹部と大衆の間には矛盾が存在することを認めるのである︒その代表的なものが幹部の官僚主義なのであ. る︒この制度が前述のようにさまざまな意義をもつものとして提起されてきたわけであるが︑基本的には社会主義に ︵45︶. おける官僚主義克服の最も重要な手段として一貰して主張されてきたのはこの由にである︒それは新しい幹部と大衆. の関係の創造手段の一つでもあるわけである︒ ︵46︶ こうして社会主義における官僚主義の問題がクローズアップされてきたわけだが︑古典ではどのようにとらえられ. ていただろうか︒ブルジョア社会は中央集権的国家権力にとって特徴的な制度として官僚制と常備軍を有するのであ. るが︑社会主義社会は革命を通じてこの旧官僚機関を解体する︒そしてあらゆる官吏を徐々になくしていくことを目. 的とする︒マルクスはパリコミューンの経験から従来の国家の特徴的な性質として﹁社会は自分の共同の利益の処理. 三〇三. にあたらせるために︑はじめは簡単な分業によって自分の諸機関をつくりだした︒だが国家権力をその頂点とするこ 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(20) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 三〇四. れらの機関は︑時がたつにつれて︑自分自身の特殊利益に奉仕し︑社会の従僕から社会の主人にかわってしまった﹂. とした︒この転化を防止するために︑第一に行政・司法・教育上のいっさいの地位への任命は関係者の普通選挙にょ ︵47︶. りおこない︑しかもいつでも解任できること︑第二にその地位が高いと低いとにかかわりなくあらゆる職務に対して. 労働者なみの賃金を支払うこととした︒レーニンは加えて︑すべての人が統制と監督の職務を遂行し︑すべての人 ︵48︶ がある期間﹁官僚﹂となり︑したがってだれも﹁官僚﹂になれない状態へただちに移行することをあげている︒. しかし現実の中国においては︑思想面においては︑古い搾取思想︑特権思想︑労働をいやしむ思想が残存してお. り︑また分配面における﹁労働に応じた分配﹂の原則といえども﹁ブルジョア的権利﹂の枠を出ないし︑現に賃金に ︵49︶ も格差がある︒さらに人民の文化水準は十分でなく︑すべての人が統制と監督の職務を遂行する状態にない︒このこ. ヤ. ヤ. ヤ. とは︑マルクスやレーニンの想定した条件が現実の中国には十分存在していないことを意味する︒それゆえそこでは. やはり官僚主義発生の社会的な根があるといわざるを得ない︒このような状況下で幹部の官僚主義を克服する現実的 ヤ. な方法の一つとして︑この制度の提出した意味は大きい︒ソ連においては︑国家機関における官僚主義の存在を認め. ︵50︶. るが︑克服の方法を主に組織改善︑思想教育活動の重視︑国家と社会による監督の強化︑勤労者の社会統治への参加 等に求める︒. 最後に︑この制度をめぐる意見の対立についてである︒これまで述べてきたような推進派の他に︑反対派が存在し. ていたことは事実である︒詳細な資料はないが次のことをうかがい知ることができる︒彼らは全国解放後︑革命の隊. 列には重大な欠点が︑すなわち﹁農村的作風﹂︑﹁ゲリラ的習癖﹂があると主張し︑いわゆる﹁正規化﹂を提唱した︒.

(21) ︵52︶. ︵51︶ その結果︑革命のいくつかの伝統︑例えば肉体労働に参加するという伝統を排除した︒そしてある者は﹁得るものよ. りも失うものが多い﹂﹁人材の浪費である﹂とか︑またある者は︑労働生産を増大させる点だけみて︑政治的意義を ︵53︶. ︵54︶. みず﹁わりに合わない﹂といったり︑またある者は︑政法は社会科学をおこなうことであり︑自然科学とは何ら関係. がないといったり︑労働に参加すると政法工作が弱まるといったりした︒劉少奇はこれを﹁労働懲罰論﹂﹁労働メッ. ︵55︶. キ論﹂として批判したといわれているし︑林彪もまた五・七幹部学校を失業対策として批判したといわれている︒こ. れら反対者はこの制度の一面だけをとり出して批判しており︑全面的な批判となっていない︒ただこの制度のもつ非. 合理性︑非能率性を否定しているようである︒今︑われわれは︑反対者の見解を全面的に検討できる状況にないが︑ 彼らの動向に絶えず留意しておく必要があろう︒. むすびに代えて. 新憲法第十一条の各級幹部の集団的生産労働への参加の規定は︑中国の歴史的実践の中で発展してきており︑その形. 態も多種多様であることを︑そしてその推進派は毛沢東を中心とする党中央を通じて提起されてきたことをわれわれ ︑︑︑. ︵56︶. はみた︒五十四年憲法との関係でいえば︑この規定は第十七条︑第十八条の大衆路線の規定の単なる継承であるだけ. でなく具体化であった︒とりわけ︑それは社会主義社会における官僚主義を克服する有力な手段としてとらえられて. いる︒確かに現実の社会主義国において官僚主義の存在が顕在化し︑スターリン批判で深刻な問題として示された︒. 三〇五. にもかかわらず︑官僚主義克服の有効な手段がとられていない現在︑中国のこの制度が提起した意味をわれわれは十 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(22) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 分考える必要がある︒. 三〇六. しかしこれがすべての国に︑いかなる条件の下でも普遍性をもつものとみるのは早急であろう︒各国はそれぞれの. ︵57︶. 具体的歴史的条件の下で官僚主義と闘争しなければならない︒さらに社会の発展は︑科学技術の進歩により人間の労. ︵58︶. 働の形態そのものを変化させていくであろうし︑肉体労働それ自体を縮少させる方向で進むであろう︒まさに﹁何が. ではなく︑如何にして︑如何なる労働手段をもって︑作られるかということが経済的諸時代を区別する﹂のである︒. 中国のこの制度は︑経済的にたち遅れた社会において︑その伝統的根深さをもつ官僚主義を克服し︑生産力を増大さ. せていくという課題を同時に解決していく過渡的な措置なのであり︑より進んだ段階においては新たな方法が探し求. 毛沢東・軍隊の生産自給あわせて整風︑生産の二大運動の重要性について﹃毛沢東選集﹄︵新日本出版︶第三巻四〇九頁. 趙漢・関干幹部参加体力労働﹃紅旗﹄一九六〇年二月号︒. められていくであろう︒ ︵1︶. ︵4︶. ︵3︶. ﹃中華人民共和国法規彙編﹄第八巻十七頁︒. ﹃新中 国 資 料 集 成 ﹄ 第 五 巻 三 五 七 頁 ︒. 整風運動に関する中国共産党中央委員会の指示︵一九五七年四月二十七日︶﹃新中国資料集成﹄第五巻三五三頁︒. 福島正夫・宮坂宏編訳﹃中華ソビエト・中国解放区憲法・施政綱領資料﹄. 以下︒. ︵2︶. ︵6︶. 農村に人民公社を設立することについての決議︵一九五八年八月二十九日︶︑人民公社の若干の問題についての決議︵一九. ﹃新中国資料集成﹄第五巻四九二頁︒. ︵5︶. ︵8︶. ︵7︶. 五八年十二月十日︶の中共中央の両決議︑特に前者において強調される︒.

(23) ︵10︶. ︵9︶. 幹部参加体力労働一九五九年第六期﹃紅旗﹄社論︒. 投入体力労働ー共産主義的大熔櫨一九五八年九月三十日人民日報社論︒. ﹃現代中国事典﹄︵中国研究所︶四五四頁以下︒. 趙漢前掲論文︒. 三大規律・八項注意は人民解放軍が公布したものとは内容が異なるので注意︒. ︵12︶. ︵13︶. 幹部参加集体生産労働︑対干社会主義制度是帯根本性的一件大事﹃紅旗﹄社論︵一九六三年第十三・十四期合刊︶︒. ﹃現代中国事典﹄四六七頁以下︒. ︵n︶. ︵14︶. 同前四九二頁以下︒. ﹃現代中国事典﹄四八O頁以下︒. ︵15︶. ︵16︶. ︵B︶. ︵17︶. 岩村三千夫編﹃中共九全大会﹄︵青年出版社︶三六頁︒. ﹃ブ・レタリア文化大革命資料集﹄第二巻三六八頁︒. 堅持幹部参加集体生産労働一九六九年十一月二〇日人民日報社論︒. 福島正夫編﹃中国の女化大革命﹄︵御茶の水書房︶二七九頁以下︒. ︵20︶. ︵19︶. ︵1 2︶. ﹃中華人民共和国第四期全国人民代表大会第一回会議文献﹄︵外文出版社︶五一頁︒. ﹃中国共産党第十回全国代表大会文献集﹄︵外文出版社︶. 中央政法幹部学校国家法教研室編著︑高橋勇治・浅井敦訳﹃中華人民共和国憲法講義﹄二〇〇頁︒. ︵22︶. ︵24︶. 大衆観点とは①なにごとも人民大衆のためにという観点︑②なにごとも人民大衆に貴任をおうという観点︑③大衆が自分. ︵23︶. ︵25︶. 三〇七. と︒なお毛沢東の認識論を批判するものもある︒A・コージソグ編﹃マルクス主義哲学﹄下︵大月書店︶︑高田求・﹁毛沢東. このようなとらえ方は毛沢東の認識論を基礎としている︒﹁実践論﹂︑﹁人の正しい思想はどこからくるのか﹂を参照のこ. 一五頁以下︒. で自分を解放することを信ずるという観点︑④人民大衆から学ぶという観点である︒社季﹃大衆観点と大衆路線﹄︵駿台社︶. ︵26︶. 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(24) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 干冬・認真実行幹部参加労働的制度﹃紅旗﹄一九七五年第一期︒. 哲学﹂の原型について︵芝田進午編﹃現代革命とマルクス主義哲学﹄下︶など︒. 三〇八. 一九五 八 年 九 月 三 十 日 人 民 日 報 社 論 ︒. ︵27︶. ︵28︶. やしな. 仁井田陞﹃中国法制史﹄︵岩波全書︶序説︒孟子は﹁心を労する者は人を治め︑力を労する者は人に治められる︒人に治. められる者は人を食い︑人を治める者は人に養なわれる︒これ天下の通義である﹂︵勝文公上︶といった︒. 音楽の状況については︑中国中央楽団の音楽家とその作品﹃人民中国﹄一九七三年十一月号に詳しい︒. 毛沢東や周恩来のような指導者がモッコをかつぎ︑軍司令官が兵とともに銃みがきをした伝統をもち︑. 一九六五年には人. ︵29︶. ︵30︶. 労働参加の制度実行の保証として︑重複した機構をへらし︑会議・文書の簡素化することがたびたびいわれる︒これはま. 一号︒. 鄭直︑周今・再学習の絶好の機会︒苗宝泰・ブロレタリア階級の幹部を養成する重要な手段︒一九七六年﹃北京周報﹄二. 主政権﹄二一六頁以下︒. 抗日戦争中に辺区︑各級参議会が政府を組織する際にとられた三・三制とは全く内容が異なる︒福島正夫﹃中国の人民民. 民解放軍の階級制度が廃止された︒. ︵1 3︶. ︵32︶. ︵33︶. ︵4 3︶. ﹃プロレタリア文化大革命﹄別巻一五五頁︒柳河﹁五・七﹂幹部学校が機関の革命化に新たな経験を提供一九六八年十月. た新憲法第十一条二項︵国家機関の精鋭︑簡素化の実行︶との関連でさらに検討しなければならない問題である︒ ︵35︶. 一九五八年第六期︒李士英・略論政法幹部参加労働生産的意義﹃政法研究﹄一九五九年第一期︒郭盃業・堅持貫徹司法工作. 関係論文として次のものがある︒短論・政法工作必須和生産労働相結合︑王水・論政法工作与生産労働相結合﹃政法研究﹄. 小島正巳﹃中国社会主義労働の研究﹄二一六頁︒. 両参一改三結合の展開過程については福島正夫・﹁両参一改三結合﹂について﹃団結活動の法理﹄︵一九六二年︶に詳しい︒. 五日人民日報︒ ︵36︶. ︵37︶. ︵38︶. 与生産労働相結合的方針﹃政法研究﹄一九六〇年第二期︒.

(25) ︵39︶. 新憲法第二十五条三項﹁検察と事件審理はすべて大衆路線をとらなければならない︒重大な反革命刑事事件に対しては︑. スターリン・幹部がすべてを決定する︵一九三五年五月四日︑クレムリン宮殿における赤軍大学卒業式でおこなわれた演. 福島・前掲論文六二一頁︒小島前掲書ニニ五頁参照のこと︒. 法研究﹄一九六五年第一期︒. ﹃中華人民共和国第三期全国人民代表大会第一回会議主要文献﹄︵外文出版社︶︒関子政法幹部革命化問題座談会紀要﹃政. 大衆を動員して討議と批判をおこなわなければならない﹂と司法における大衆の役割を明確にしている︒ ︵40︶. ︵41︶. ︵42︶. 毛沢東﹃ 哲 学 論 文 四 編 ﹄ ︵ 外 文 出 版 社 ︶. 一一一頁︒. 毛沢東は官僚主義の二〇のタイプについて述べている︒竹内実編訳﹃毛沢東哲学問題について語る﹄︵現代評論社︶一〇. 説︶﹃幹部政策の基本問題﹄︵国民文庫︶二〇頁︒ ︵43︶. ︵合同出版︶︒松下輝雄﹃ソビエト法入門﹄︵東大出版会︶第四章第三節︒稲子恒夫﹃ソビエト国家組織の歴史﹄︵日本評論社︶. 社会主義社会での官僚主義の問題は独自に検討を要する重要な課題であるが次のものを参照︒レオ・コフラー﹃官僚主義﹄. 一九六八年第六号︒. 幹部には正しく対処しなければならない︒﹃紅旗﹄一九六七年第四号︒新しい型の革命的な幹部・大衆関係﹃北京周報﹄. 八頁︒. ︵必︶. ︵45︶. ︵6 4︶. ︵48︶. ︵47︶. ﹃ソ同盟共産党第二〇回大会﹄︵合同出版︶第一冊一三〇頁︒﹃ソ連共産党第二十二回大会の文献﹄︵新日本出版︶下二七三. 呉江﹃論無産階級専制﹄︵人民出版社︶一九五八年︒. レーニン﹃国家と革命﹄︵国民文庫︶一五七頁︒. マルクス﹃フラソスにおける内乱﹄︵国民文庫︶二四頁︒. 義﹄︵三一書房︶第十四章︒. 第三章︒藤田勇﹃社会主義における国家と民主主義﹄︵大月書店︶七〇頁以下︒・イ・メドヴェーデフ﹃社会主義的民主主. ︵49︶. 三〇九. 頁︒﹃ソ連共産党第二十四回大会報告・決議・指令﹄︵大月書店︶七四頁︒藤井一行氏によれば第八回党大会でソピエト機関. ︵50︶. 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度.

(26) 中国における幹部の集団的生産労働への参加制度. 三一〇. 動に従事したものは少くとも一ケ月は工場に戻る方針を出したといわれる︒藤井一行﹃社会主義と自由﹄︵青木書店︶一一. 内の党員の官僚主義の克服が重視され︑党員は二週間に一度以上選挙人に対して報告をおこなうこと︑三ケ月以上ソピト活. 李士英前掲論文︒. 趙漢前掲論文︒. 一九五八年九月三〇日人民日報社論︒. 八頁︒大林洋五氏は官僚制の克服の中ソの比較をおこなっている︒﹃現代中国法の基本構造﹄︵アジア経済研究所︶第三章︒ 1 ︵ 5︶. 中国ではあやまちを犯した幹部には﹁前のあやまちを後のいましめとし︑病をなおして人を救う﹂政策をとり︑労働改造. ︵52︶. ︵脇︶. 4︶. ︵5. わが国においても︑この制度を幹部の教育の面からとらえて批判するものもいるが中国での官僚主義克服の問題を論じて. により︑たちなおることを重視する︒確かにこの点は刑事政策と類似性をもつといえる︒. 5 ︵ 5︶. ﹃党的基礎知識﹄︵上海人民出版社︶九二頁︑﹃認真学習中国共産党章程﹄︵人民出版社︶一一二頁では党の三つの作風︵理. いないのは一面的な見方であろう︒松本昭子・幹部﹁下放﹂と﹁五・七﹂幹部学校﹃中国研究﹄︵一九七三年九月号︶ ︵肪︶. 論と実践の結合︑大衆と緊密に結びつく︑批判と自己批判︶の一つ︑すなわち大衆と密接に結びつく作風の問題として述べ︑. マルク ス ﹃ 資 本 論 ﹄ ︵ 青 木 ︶. 一巻三三三頁︒. シュハンヂソ編﹃現代科学技術革命論﹄︵大月書店︶︑山崎俊雄・中島照悦訳﹃人間−科学−技術﹄︵大月書店︶︒. ﹃輩固無産階級専制的根本大法﹄︵上海人民出版社︶では人民に奉仕する問題として述べている︒ ︵7 5︶. ︵58︶.

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