1 『センス・オブ・ワンダー』は、1956年に雑誌『ウーマンズ・ホームコンパニオン』に掲載した「子どもたちに不思議さへの目を開かせよう」
をカーソンの死後、1965年に友人たちによって出版された。「センス・オブ・ワンダー」のメッセージには、カーソンの信条ともいえ る自然観(自然に対する認識・意味付け)が表現されている。翻訳者の上遠恵子は「不思議さや神秘さに目を見はる感性」とし訳して いる。
環境未来型の創造空間の実践
− 「思いを寄せて」机と椅子を作る−
村 上 紗 央 里
概要
本研究の目的は、持続可能な社会の実現のた め、レイチェル・カーソンの思想を手がかりと して、「環境」をテーマとした創造空間を創出 する試みから、自然と人、人と人、人と社会の『つ ながり、関係性の再構築』の可能性を示すこと である。
具体的には、実践主体として、自ら「ハレ うさぎ自然美術社−art space for community−」
を立ち上げ、自然への理解を深めることを目的 として、みること、つくること、感じることな どの表現活動を通じた異なる世代が交流できる 空間と機会の創出を試み、企画展示や創作ワー クショップなどの事業を展開している。
本稿では、その事前準備として、専門家の指 導のもと、参加者とともに「思いを寄せて」作 り上げた机と椅子に関する活動を報告する。こ の取り組みでは机と椅子を参加者同士が協力し て作り上げたことで、異年齢の交流と場所への 愛着が生まれた。そしてこの会場を訪れる方か らは親しみやすさを感じてもらえる存在となっ ている。また「古材」を使用したことで、環境 への配慮と自然を大切にしたいという本事業の 趣旨を象徴しているのである。
1.はじめに
レイチェル・カーソンの著書「沈黙の春」が
出版されてから50年が経とうとしている。環 境問題の古典とされている本書でカーソンは
「私たちは、いまや分れ道にいる。だが、ロバー ト・フロストの有名な詩とは違って、どちらの 道を選ぶべきか、いまさら迷うまでもない。長 い間旅をしてきた道は、すばらしい高速道路で、
すごいスピードに酔うこともできるが、私たち はだまされているのだ。その行きつく先は、禍 いであり破滅だ。もう一つの道は、あまり《人 も行かない》が、この分れ道を行くときにこそ、
私たちの住んでいるこの地球の安全を守れる、
最後の唯一のチャンスがあるといえよう」とい う言葉を残している。
カーソンが予言したように近年、オゾン層の 破壊、地球温暖化、酸性雨、熱帯雨林の減少、
野生生物種の減少など、地球規模で様々な環境 問題が起きている。さらには東日本大震災とそ れに伴う東京電力福島第一原発の事故以降、そ れまで環境問題に関心の低かった人々にとって も、くらしや身体に危険が及ぶ事態に環境問題 への関心が高まっている。
筆者は大学在学中にカーソンの『センス・オ ブ・ワンダー1』という一冊の本に出会った。
本書によって示された「不思議さや神秘さに目 を見はる感性」の大切さは現在の日本社会の抱 える諸問題、とりわけ人と人、人と自然、人と 社会のつながりに由来する問題を解決する手段 を考える上で、多くの示唆が与えられていると 考え、いつかこの「センス・オブ・ワンダー」
を自らの活動を通して伝えたいという思いをも
2 「ハレうさぎ自然美術社」は、ハレ(非日常)の表現活動(みること、つくること、感じること)を通じて、自然と人、人と人、人と 社会がつながることを目的とした活動を行う。ミッションを「日常生活で自信をもてなくても、非日常空間での表現活動を通じて、ひ とりひとりがちいさな自信をもち、お互いの心やからだの痛みを知り、助け合う社会の実現」としている。
この実践のための空間(拠点)については京都市中京区にある和紙店「和詩倶楽部3」の一階店舗部分を使用させていただけることになっ たのである。
3 「和詩倶楽部」ウェブサイト:http://www.macnet.or.jp/pa/washi/
4 栃木県益子町在住の作家いわむらかずおによる絵本シリーズ。「14ひきのひっこし」、「14ひきのあさごはん」(いずれも童心社,1983年)
のほか全部で12冊が出版されている。里山の自然環境のなかで14匹のねずみの大家族が仲良く暮らす日常を描いたロングセラーである。
5 総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーション研究コース博士課程(後期課程)在籍(当時)。「京町家 さいりん館 室町二条」を経営。
6 光本瓦店有限会社代表取締役。総合政策科学研究科ソーシャル・イノベーション研究コース(前期課程)修了。古材文化の会のほか、
京町家の改修に取り組む「京町家作事組」でも理事をつとめている。
7 提供してくださった古材は、京都府南丹市八木町の製材工場を閉鎖する際の長期在庫であった。古材文化の会が情報を入手し、製材し てくださった。一般には、出回ることがない大きなサイズである。
ち、ソーシャル・イノベーション実践研究を進 めるうえでの理念的視座としたのである。そこ で実践主体として、自ら「ハレうさぎ自然美術 社−art space for community−2」を立ち上げ、
自然への理解を深めることを目的として、みる こと、つくること、感じることなどの表現活動 を通じた異なる世代が交流できる空間と機会の 創出を試みることとした3。ここでの作品の制 作や鑑賞を通じて自然との関わりを感じ、その 感じ方から日常生活への変化を導き、さらには ソーシャル・イノベーションが生まれることを 期待しているのである。
本稿では「ハレうさぎ自然美術社」の開設に あたって開催した「思いを寄せて机と椅子を作 るワークショップ」に関する報告を行いたい。
2.ワークショップに至るまで
筆者は、絵本作家いわむらかずおの「14ひ きシリーズ4」にイメージされるような「家族 みんなで食卓を囲んでいるような創造空間を作 りたい」と考えていた。そこで「ハレうさぎ自 然美術社」の中心に置く大きな机と椅子を求め、
家具店やアンティーク店等を訪ね、大きさや価 格等を調査したところ、そのような条件にあう ものと、実際に用意できる予算には大きな隔た りがあったのである。また家具量販店で並んで いるものも検討してみたが、どこでも買えるも のではない、みんなに愛着をもってもらえるも のにしたいという思いはますます強くなったの である。
そんな中、京町家を改修して民設公共空間と して運営している西村和代氏5に、事業の立ち 上げや館内の什器備品の調達方法について相談
したところ、客間にある一枚板の机は家具製造 者から商品見本として展示の扱いとしているこ と、そして他にも木材をテーマにして活動して いる市民団体として「NPO法人古材文化の会」
(以下、古材文化の会)を紹介されたのである。
早速コンタクトを取り、「予算も乏しいなか、
大きな机になる古材の情報提供をお願いしま す」と相談させていただき、厚かましくも正直 に「2つの机をつなげると10人から14人くら いで囲める大きな机が作りたいです」と伝えた のである。後日訪問した古材文化の会事務所で は事務局長の白石秀知氏、理事の光本大助氏6、 筆者の事業趣旨や目的、企画内容、運営等を説 明した。緊張して辿々しい説明であったが、笑 み交え温かく聞いてくださった。そして白石氏 から「ちょうど最近古い古材の柱が手に入るこ とになったからそれを使ってみましょう。寄せ 木で机を作りましょう。」との言葉を頂き、また 一週間後の企画(研究)構想発表会に白石氏と 光本氏が来てくださることとなったのである。
発表会の当日、古材7をトラックで運んでく ださり見せていただいた。古材は予想していた より大きく黒ずんでいた。そして企画構想を発 表する中で、空間のイメージとして友人に依頼 した絵を提示したことで、白石氏より「これだ け人が集まっているのだからみんなで協力して 机、椅子を作るワークショップを開きましょう」
というアイデアを頂いたのである。
3.ワークショップの開催
古材文化の会の協力、指導のもと、2011年 7月9日と8月4日の2日間ワークショップを 行った。7月9日、古材文化の会から白石氏、
光本氏と大工の宮本翔平氏が指導に来てくださ り、参加者を合わせて総勢10名で行われた。
トラックから次々に運び出される大きな古材と 用意されていく電動式ドリルや鉋(かんな)等 に興味津々の様子であった。黒みがかっていた 古材は、製材され見違えるように白くなってい た。そうして宮本氏が丁寧に道具の使い方を披 露すると「こんな風にできるのだね、やっぱり プロは違うね。」と職人の腕に目を見はった。
そして、互いに押さえてもらいながらのこぎり で木を切ったり、木と木を揃えてドリルで釘を 打ち込み大きな板を作ったり、大人も子どもも 関係なく、皆で力を合わせて取り組んだ。宮本 氏の指導は、大変熱のこもったものだった。大 人にとっても初めての体験に「できるかな。失 敗しそう。」と少し不安になりながらも、「思い が詰まった机になりそうだね。」と声をかけ合 い、ワクワクして取り組んでいることが伝わっ てきた。また小学1年生の女の子Yちゃんは、
難しい作業も真剣な眼差しで精一杯挑戦し、木 屑が会場に散乱しだすと、積極的に掃除を行っ てくれた。Yちゃんの何事にも前向きな姿勢に 大人たちは感心し、さらに力を合わせた。
2回目の8月4日は幼稚園児の男の子から 60代後半の女性Tさんと幅広い年齢の方が集 まり総勢11名で行われた。また宮本氏は前回 の様子をみて、参加者自身で多くの作業ができ るようにと、様々な下準備8をしていただいて いた。作業は、前回ほぼ完成していた机に電動 式やすりをかけ、磨いて仕上げることからはじ まった。そしてノミを使って椅子を作る作業に とりかかった。
前回同様にYちゃんは、のこぎりで切った り熱心に取り組んでいた。初参加のTさんは、
そんなYちゃんの姿に大変感心し「こんなに がんばってえらいね。立派ね〜。」と声をかけ、
古材文化の会の方々や参加者にも陽気に明るく 声をかけてくれた。「もう少しだね。がんばろ う。」と励まし合いながら作業は進められ、会 場全体は和気あいあいと一層盛り上がった。
このようにして完成した机と椅子に参加者は 満面の笑みを浮かべた。筆者もこの机と椅子を 中心として、これから起こる様々な出来事に思 いを馳せ、胸が高鳴った。
4.おわりに
専門家の指導のもとでの本格的な大工道具を 使った体験は、子どもだけでなく、大人にとっ ても日常ではかなえられないものであった。そ して参加者同士が協力して、一つのものを作り 上げたことで、異年齢の交流と場所への愛着が 生まれている。多くの人の手によって作り上げ られた机と椅子は、思い出とともに存在し、訪 れた方からは「手作り感がいいね。」と言葉を 頂けるように、今回の参加者ではない方からも、
親しみやすさを感じてもらえる存在となってい る。また「古材」を使用したことで、環境への 配慮と自然を大切にしたいという本事業の趣旨 を象徴したものとなっている。
その後、「ハレうさぎ自然美術社」では、こ の空間を会場として、活動のコンセプトに共感 してくださった土、木、和紙、ドライフラワー 等の自然の素材を使った8名の作家の協力のも と企画展「ハレうさぎ−うさぎでつながるご 縁−9」、続いて「センス・オブ・ワンダーのち いさな世界展−子どもたちの描くいのちのつ ながり−10」という2つの事業を展開すること ができた。これらについては機会を改めて詳し く報告させていただくこととするが、机と椅子 の製作に関わった方々も会場に足を運んでくだ さり、展示作品とともに思いの詰まった机、椅 子の感触を確かめられていた。製作に参加した 20代女性からは「のこぎりを使うことはなかっ たけど、作るのはとても楽しかった。リアルな 体験ができてよかった。はじめて会う人と話し たり、みんなで作れたことが良かった。新しい 空間を自分たちで作り上げていく感じが良かっ た。こうしてみんなに使われていることに驚い
8 前回Yちゃんが「ノミを使ってみたい」と話していたようで、Yちゃんにもできるノミを使う仕事を準備してきてくれた。また釘を打 つポイントにドリルで穴をあけておく等の作業を予め済ませていただいていたのである。
9 2011年8月10日(水)〜19日(金)開催。
10 2011年9月20日(火)〜23日(金)開催。レイチェル・カーソン日本協会関西フォーラム、総合地球環境学研究所の協力のもと、世
界中の子どもたちから寄せられた「国連子供環境ポスター」の展示と『センス・オブ・ワンダー』の翻訳者の上遠恵子氏のトークイベント、
自然の素材を用いた造形ワークショップを実施した。
たし、自分が関わったことで愛着が湧く。」と いう感想を頂けた。
このように人々の思いや感動を共有するなか で、この空間を作り上げてきたことは、筆者の 考える創造空間をつくりあげる上で重要な役割 を果たしている。引き続きここでの様々な実践 に取り組んでいきたい。
参考文献
いわむらかずお『14ひきのあさごはん』童心社,1983年 レイチェル・カーソン『沈黙の春』青樹築一訳,新潮社,2001年(原
題:Silent Spring, 1962)
レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』上遠恵子訳,
新潮社,1996年(原題:The Sense of Wonder, 1965)
図 1 いわむらかずお『14 ひきのあさごはん』より
図 2 「ハレうさぎ自然美術社」制作スペースのイメージ(伊中杏里制作)
図 3 椅子制作の様子その 1(筆者撮影)
図 4 椅子制作の様子 その2(筆者撮影)
図 5 机と椅子完成時の集合写真(H 氏撮影)