はじめに
本プロジェクトは当初、文部科学省科学技術振 興調整費「先端融合領域イノベーション創出拠点 の形成」プログラムとして平成18年度に採択さ れた10年プロジェクトであり、来年度の平成27 年度をもって終了する。イノベーションの創出の ために特に重要と考えられる先端的な融合領域に おいて、企業とのマッチングにより、新産業の創 出等の大きな社会・経済的インパクトのある成果
(イノベーション)を創出する拠点の形成を支援 することを目的としたプログラムであり、当初の 3年間は拠点の本格化に向けた絞り込みのため の期間として位置づけ、3 年目に再審査を行い、
全課題を三分の一程度に絞り込みが行われた(実 際には 9 課題中 4 課題が継続)。私共東京女子医 科大学以外の 8 課題は国内屈指の国立総合大学
(北大 1,東大 2、名大 1、京大 1、阪大 1、岡大 1、
広大 1)からの課題であり、不安の募る中での小 林純先生・糸賀和義先生を中心とした当時の事 務局での深夜に及ぶ書類作成、千駄ヶ谷の津田 ホールで行われた岡野光夫先生の 15 分の熱いプ レゼンとその後のポスター展示では聴衆があふ れたことなど、今思い返しても胸の熱くなるよ うな再審査にトップで通過し、更には 7 年目の 中間評価でも唯一の総合評価 S を頂く(http:
//www.jst.go.jp/shincho/ sentanyugo/program/
interim.html)など、本課題は外部からも高く評 価され現在に至っている。10年間で総額50億円 以上の研究費が国から大学に投じられてきただけ でなく、協働企業が積極的に事業にコミットする ことにより、10〜15年先を見通した新産業の創 出等の大きな社会・経済的インパクトのあるイノ ベーションを創出するための研究開発を強力に推 進してきている。
【CSTEC】
最終年度に向けてCSTECの研究進捗状況 イノベーションシステム事業
先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム
「再生医療本格化のための最先端技術融合拠点」
東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 特任教授・拠点リーダー
岡野 光夫
Teruo Okano
准教授
岩田 隆紀
Takanori Iwata
所長・教授
大和 雅之
Masayuki Yamato
本学における取り組み
東京女子医大における本プロジェクトのテーマ は「細胞シート再生医療の本格化に向けた基盤的 かつ拠点形成的研究」である。大日本印刷(株)、
(株)セルシード、オリンパス(株)、(株)日立 製作所の4社と協働して様々なプロジェクトを推 進している。具体的な内容は1)細胞シート工学 を基盤とした再生医療研究の拠点の形成。先端融 合的な人材の育成、2)種々の組織・臓器を対象 とした基礎研究とセルプロセッシングセンター
(CPC)における手作業による臨床研究を推進(細 胞シート3‑4層までの積層化による組織再生)、3)
温度応答性培養皿表面の改良、4)細胞シート輸 送技術の構築、5)細胞シート再生治療の臨床へ の応用(デバイス含む)と評価、6)細胞シート 治療の国際ネットワーク化と臨床連携の推進、の 6つに大別することが出来る。
現在の組織運営体制は図 1に示すとおりであり、
テーマや再生組織によって9つのクラスターが形 成されている。初年度に設置した下記の4つの委 員会を事務局が運営しプロジェクトの推進を図っ ている。
1)プロジェクト運営委員会
年に5回程度開催される委員会であり、大 学・協働企業それぞれが最新の研究トピックに
図 1 組織運営体制
総括責任者 学長代行 吉岡 俊正
拠点リーダー 岡野 光夫
プロジェクト運営委員会
(研究進捗、問題共有)
アドバイザリーボード
(学内支援体制 議長 吉岡)
外部有識者諮問委員会
(イノベーション評価)
アドバイス・評価 情報提供
進捗報告 大学内の関係部教授
との協議調整、支援決定 学内支援、新規体制の打診
研究進捗・課題の報告 プロジェクトコアメンバーでの協議と解決
研究グループ 拠点形成 WG
知財、利益相反、広報、
予算管理、企画、連携戦略
事務局(大和、岩田)
日程・調整・各種報告
(全体リーダー:大和)
(サブリーダー:清水)
*各幹事はテーマディス カッション会議の設定と 議事録作成を担当 協働体制推進会議
(コーディネーター:江上)
大木高木
食道
清水関根
心筋
岩田鷲尾
歯根膜
神崎大和
肺
長谷川清水
新規技術
鵜頭清水
肝臓
梅本大和
幹細胞
秋山小林
新規基材大量生産
金井大脇
移植デバイス
協働機関責任者
大日本印刷(株)
(株)セルシード
(株)日立製作所
産業化戦略委員会
(知財・量産化・事業開発)
(協働機関役員・大学)
関して発表・議論を行っている。
2)イノベーション委員会(外部有識者諮問委員会)
年度末に1回開催される委員会であり、外部 有識者を交えて年度毎の進捗状況の報告・議論 を行っている。
3)アドバイザリーボード
年度末に1回開催される委員会であり、学内 の基礎系および臨床系の主任教授にて構成され ている。主に臨床普及に向けた問題点と課題を 抽出するとともに、新規アプリケーションの探 索をおこなう。
4)産業化戦略委員会
大学と各協働機関および関係者との間で知財 戦略・産業化戦略が不定期におこなわれている。
本プロジェクトによる成果
(図2、図3)① 新規基材グループ「微細加工技術を利用した新 規培養基材の開発」
東京女子医科大学が開発した温度応答性培養皿 の作製技術をもとに、株式会社セルシードが平成 20年9月から商品名「UpCell 」のグローバル販 売を開始した。また、大日本印刷株式会社と共同 して、印刷方法の一種であるグラビア印刷手法を 用いた温度応答性培養基材の中量試作を実施して おり、大量生産基本技術を既に確立した。この第 1世代型温度応答性培養皿を利用して角膜上皮、
心筋、食道、歯根膜などの細胞シート再生治療を 開始しているが、より高度な再生医療を実現すべ く、次世代型温度応答性培養皿の開発に取り組ん でいる。
図 2 細胞シート医療支援技術開発のロードマップ
2006 2009(3 年目) 2013(7 年目) 2016(10 年目)
温度応答性 開発研究
培養皿 商品化 世界普及・産業化 30 百万ドル
開発研究 第 2 世代温度
応答性培養皿
(多孔膜表面、パターン化表面) 商品化 世界普及・産業化 300 百万ドル
開発研究 細胞シート
自動培養装置 商品化 216 百万ドル
細胞シート移植デバイス 開発研究
(管腔内:食道) 前臨床研究 確認申請・治験
275 百万ドル 承認
開発研究
(体腔内:肺) 前臨床研究 確認申請・治験
支援技術 世界市場規模
達成
多孔膜表面でセルインサートを開発 角膜:食道・軟骨のヒト臨床に使用
達成
進行中 達成
心臓や腎臓、肝臓などの非常に多くの血流を必 要とする組織・臓器を再構築するには、毛細血管 網をいかに再現するかがきわめて重要である。そ こで、毛細血管網をともなう三次元組織構築のた めの基礎技術確立を目的として、マイクロパター ン化温度応答性培養基材の開発に取り組んでいる。
フォトリソグラフィーによりパターン状細胞接着 阻害層を形成させた温度応答性基材を利用して、
温度低下のみでストライプ状血管内皮細胞を回収 し、線維芽細胞シート間に積層化することに成功 した。今後、大きく厚い組織構築を実現する新手 法としてその発展が期待される。
その他、大日本印刷株式会社の超微細加工技術 を利用して、細胞シート剥離の加速化や配向性を 有した細胞シートの研究も行っている。さらに、
精密重合技術である可逆的付加−開裂連鎖移動重 合(RAFT)法を利用した新規温度応答性培養皿 の開発にも着手している。
② 幹細胞グループ「細胞ソースとして再生医療に 必須の幹細胞の基礎研究と分化誘導法の開発」
<幹細胞の基礎研究>
再生医療において、幹細胞は細胞ソースとして、
大きな注目を集めている。幹細胞は全能性を持つ ES細胞、iPS細胞と、ある程度分化の方向が決定 している組織幹細胞とに大別される。組織幹細胞 は、成体の組織に存在する幹細胞であり、生理的 な代謝や損傷等で失った分化した細胞を供給し、
その組織を維持するために重要な役割を果たして おり、これまでに骨髄、筋肉、角膜、皮膚、小腸 図 3 トランスレーショナル・リサーチのロードマップ
2006 2009(3 年目) 2013(7 年目) 2016(10 年目)
(細胞シート種類)対象臓器 世界市場規模
45 百万ドル 臨床研究 確認申請・治験 承認 世界普及・産業化
フランスでの治験 承認 欧州普及 達成
(口腔粘膜細胞シート)角膜
20,250 百万ドル
前臨床研究 臨床研究 確認申請・治験 承認
達成:テルモ治験開始
(筋芽細胞シート)心筋
173 百万ドル
前臨床研究 臨床研究 確認申請・治験 承認
歯周 達成
(歯根膜細胞シート)
76.8 百万ドル
開発研究 前臨床研究 臨床研究 確認申請・治験
来年度開始に向けて準備中
(線維芽細胞シート)肺
22 百万ドル
開発研究 前臨床研究 臨床研究
肝臓 達成
(肝細胞シート)
604 百万ドル 前臨床研究 臨床研究 確認申請・治験 承認
(口腔粘膜細胞シート)食道
達成:カロリンスカで臨床試験開始
などの多くの組織で発見され、最近では神経、心 筋、膵臓、肝臓などにおいてもその存在が確認さ れている。本研究では、現在最も研究の進んでい る組織幹細胞である造血幹細胞と、我々が世界で 最初に発見した角膜輪部上皮side population細胞
(角膜上皮幹細胞)との比較により、組織幹細胞 共通の機構を解明し、再生医療のための幹細胞の 操作の開発を目指す。
<幹細胞の分化誘導>
心臓移植に代替する心筋再生医療の実現を目指 し、ES細胞またはiPS細胞を分化誘導すること により得られる心筋細胞を用い、細胞シート工学 技術により移植用心筋組織を作製するという戦略 のもと研究を進めている。ES 細胞は凝集体を形 成させることにより心筋細胞への分化が誘導され る。ES 細胞凝集体を形成するための従来法とし ては、手技が煩雑で大量調製に向かないHanging drop 法と、凝集体の大きさが制御できないため 分化誘導効率が低い浮遊培養法がある。そこで本 研究では、培養基材表面の微細加工技術を応用し、
大きさの制御されたES 細胞凝集体を培養基材上 に簡便に大量調製して心筋細胞への分化を高い効 率で誘導する新規培養法(細胞パターン化法)の 開発をおこなっている。
③ 心筋グループ「補助ポンプ型再生心筋組織の創 生」
不全心筋への細胞浮遊液の注入に次ぐ第二世代 の心筋再生医療として組織工学技術を用いて作製 した心筋グラフトの心臓への移植が追究されてい る。本研究ではさらに効果的と考えられる第三世 代の心筋再生医療として補助ポンプとなり得るよ うなチューブ状の心筋組織、すなわち臓器を開発 することを着想し小動物を用いた基礎検討を行い
その可能性を追究した。
マウスES細胞由来心筋細胞およびマウス新生 仔心筋細胞を用いた管状心筋組織の構築およびバ イオリアクターによる還流培養技術を発展させ、
ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用いた管状心筋組織 の構築と灌流培養法の確立に取り組んだ。作製し た管状心筋組織の組織学的評価および活動電位測 定による電気生理学的評価により、より機能的な 組織を構築するための条件検討をおこなった。そ の結果、ポンプのように自立拍動するヒトiPS細 胞由来管状心筋組織を作製することに成功した。
以上の結果は日本再生医療学会総会で発表され、
NHKニュース等でも取り上げられた。
④ 歯根膜グループ「歯根膜シートによる歯周組織 再生治療」
歯根膜組織には多分化能を有する幹細胞が存在 することが示されてきた。我々は歯根膜由来細胞 を培養して温度応答性培養皿を用いて歯根膜シー トを作製することに成功し、動物実験においてそ の有効性を確認してきた。そこで我々はセルプロ セッシングセンター(CPC)にて作製されたヒト 歯根膜シートの有効性と安全性を確認し、「ヒト 幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」に準拠し た臨床研究を2011年より開始し、全10例におい て安全性と有効性を確認している。現在は間葉系 幹細胞全般を用いて歯周病のみならず顎骨壊死や 糖尿病足壊疽における創傷治癒を促進するための 細胞シート技術の応用を展開している。
⑤ 食道グループ「培養口腔粘膜上皮細胞シート移 植による再生医療治療」
表在食道癌に対する内視鏡的粘膜下層剥離術
(endoscopic submucosal dissection, ESD)は、
大きな病変でも一括切除可能であり、外科的アプ ローチに比べ圧倒的に低侵襲であるため、適応拡 大が期待されている。しかしながら広範囲な ESDでは施術後に生じる人工潰瘢痕による狭窄 のため、患者は予防的なバルーン拡張術を頻回受 けなければならない。そこで我々は、食道ESD 後の人工潰瘍の創傷治癒促進と瘢痕狭窄の抑制を 目的として、温度応答性培養皿を用いた細胞シー ト工学技術を応用し、自己口腔粘膜組織から作製 した培養口腔粘膜上皮細胞シートを経内視鏡的に 人工潰瘍面に移植するという再生医療的治療法を 開発した。前臨床的な大動物実験において、培養 自己口腔粘膜上皮細胞シートの経内視鏡的移植術 に成功し、平成20年より本学にて大木岳志先生 を中心に10例の移植が完了し、患者のQOLを劇 的に改善させた。平成24年度よりスウェーデン カロリンスカ大学病院との間で国際連携を展開し、
全10例の臨床試験を成功させた。平成25年度か ら長崎大学で採取した口腔粘膜組織を東京女子医 大に輸送して細胞シート化し、再度長崎大学へ返 送して早期食道癌の細胞シート臨床研究を行う臨 床研究を開始した。また、上部消化管内腔面への 経内視鏡的細胞シート移植デバイス開発が進んで おり、カロリンスカ大学病院と長崎大学での臨床 研究で、実証試験を始めている。
⑥ 肺グループ「皮膚線維芽細胞シートによる肺漏 閉鎖法」
呼吸器外科手術特有の合併症である気漏の対応 は、いまだ不完全であり新規技術の導入などの検 討の余地を多く有している。さらに、近年広く施 術されている胸腔鏡下手術では従来の開胸手術と 異なり、術後胸壁との癒着がきわめて軽微なため 気漏が遷延したり、肺切除線近傍での新たな肺嚢
胞を原因とする気胸術後再発例が生じるなど、胸 膜を補強する処置の開発が急務となっている。
我々のグループは、温度応答性培養皿を用いて作 製した細胞シートを用いて、気胸や術中肺気漏を 閉鎖する新たな手技の開発している。これまで、
健常ボランティアより提供された皮膚および口腔 粘膜組織より線維芽細胞を単離して細胞シートを 作製し、実験動物を用いた異種的移植に供して、
その効果を確認した。また、実際のヒト臨床応用 を想定して、凍結保存した線維芽細胞から作製し た細胞シートおよび、凍結保存した細胞シートの 解析を行った。さらに、細胞シートを肺の表面患 部に腹腔鏡手術により低侵襲的に移植するための デバイスを開発している。
⑦ 肝臓・膵臓グループ「細胞シート工学を用いた 肝臓・膵臓再生治療」
生体肝組織を模倣した高機能な肝組織体をin vitroで作製することを目的に、改良型ゼラチ ン・フィブリンスタンプを用いて肝細胞、内皮細 胞シートの積層化培養を行った。肝細胞シートを 内皮細胞シートでサンドイッチすることにより、
アルブミン、薬物代謝酵素等の肝機能を長期維持 することのできる高機能な肝組織体の作製に成功 した。また、糖尿病治療の臨床研究に向けた技術 基盤確立のため、カナダ・アルバータ大学よりヒ ト膵島の提供を受け、ヒト膵島細胞シートを作製 し、免疫不全マウスの皮下に移植を行った。その 結果、ヒト膵島細胞シートはマウス皮下に生着し、
インスリンの分泌が長期観察されたことから、細 胞シートの技術は、ヒト膵島でも応用可能である ことが証明された。
臓器移植に替わる未来型の肝疾患・膵疾患治療 を開発する一環として、細胞レベルでの治療法の
開発を目指している。具体的には、治療用細胞の 効率的な生着を目指した組織工学・細胞シート工 学に取り組んでいる。また、組織ドナーを必要と せず、免疫抑制剤も必要としない自己細胞を用い た再生治療も試みている。細胞増殖に関わる細胞 生物学、遺伝子治療学、組織工学、医学等の多分 野融合的開発で夢の治療ループの完成へむけ邁進 している。
おわりに
TWIns設立とほぼ同時期より始まった「再生 医療本格化のための最先端技術融合拠点」プログ ラムは本年最終年度を迎える。10年にわたり多 額の予算が投じられた本プロジェクトは上記のよ うに様々な領域において細胞シート技術を発展さ せ、臨床応用としては上記以外にも東海大学にお ける軟骨細胞シートによる変形性膝関節症、東京 慈恵会医科大学における鼻粘膜シートによる中耳 再建にも利用されている。高分子科学を基礎とし た細胞生物学が発展し、臨床家によって患者まで 本技術を届けるところまでやり抜くのが本プロ ジ ェ ク ト の 研 究 信 条 で あ り、 ク レ ド で あ る
Passion for Innovation and Duty to the Patients of Tomorrow ,という文章そのものであること を実感している。様々な技術は本研究期間に熟成 され、これからは普及を目指した戦略が必要であ る。細胞シートを用いた治療法が現状の標準治療 を凌駕することが確認できたあかつきには、他家 細胞や大量生産技術を用いた低コスト化を目指し、
多くの患者を救うための手段を検討しなければな らない。
また、本プロジェクトを運営するにあたり他分 野の研究者・様々な企業と共同研究することの大 切さと同時に難しさを感じたのも事実である。
100名以上に及ぶ研究者と企業関係者がそれぞれ の役割分担を担い、結果としていろいろなアウト プットが産み出されたが、頻繁にディスカッショ ンしなければ意思の疎通が図れないのもまた事実 である。様々な交流会を設定しつつも、異分野で あればなおさらである。
国民の幹細胞治療への期待は熱く、昨年成立し た再生医療関連三法を含め行政の対応も迅速であ る本領域の更なる発展のために研究・臨床に邁進 するとともに、着実な成果をもとに本融合領域の 推進を引き続き進めていきたいと考えている。