熊本大学学術リポジトリ
Kumamoto University Repository System
Title
手および足における身体意識の変容
Author(s)
坂本, 将基; 井福, 裕俊; 齋藤, 和也; 中山, 貴文
Citation
熊本大学教育学部紀要, 63: 327-330
Issue date
2014-12-12
Type
Departmental Bulletin Paper
URL
http://hdl.handle.net/2298/31651
Right
1. 緒言 「身体意識」とは,自身の身体について主観的に 自覚される内容のことである.ヒトは,身体意識を 保有することで閉眼時であっても自分の肘がどの程 度曲がっているかを把握できる.通常,身体意識は 四肢を切断することでもない限り,劇的に変容する ことはないと考えられる.しかし,特殊な状況にお いては身体意識が大きく変容すると考えられてい る.例えば,野球やテニスなどの道具を使用する一 流スポーツ選手は,向かってくるボールをバットや ラケットで打ち返すために,ボールを芯で捉えたか どうかに注意を向けることがある.この時,バット やラケットを自身の腕の延長物として感じるという (樋口と森岡 2008).また,神経性無食欲症(いわ ゆる拒食症)も,身体意識の変容が関係していると 考えられている.拒食症の原因の一つは,自身の身 体が実際のものより大きいと思い込んでしまうこと にある(Guardia et al. 2010).
身体意識の変容は,Rubber Hand Illusion という実 験手法 によって容易に引き起こすことができる
(Botvinick and Cohen 1998).この実験では,被験者 の手を衝立で隠し,被験者の目の前にゴムでできた 偽の手を置く.実験者は,被験者の手と偽の手の対 応する部位を同時に繰り返し触る.すると,被験者 は隠されている自分の本当の手ではなく,偽の手の 触れられた部分に触覚を感じるようになる.
我々はこれまで,Rubber Hand Illusion を用いて, 身体意識の変容の程度と模倣能力との間に相関関係 があることを明らかにした(未発表データ).この ことは,身体意識の変容が運動パフォーマンスを予 測する一つの指標となり得る可能性を示している. しかしながら,身体意識の変容が部位特異的に生じ るのか,それとも身体部位に関わらず普遍的に生じ るのかについては明らかにされていない.そこで本 研究では,Rubber Hand Illusion および Rubber Foot Illusion を用いて,左右の手および足における身体 意識の変容の程度を比較した.
* 九州中央リハビリテーション学院理学療法学科
手および足における身体意識の変容
坂 本 将 基・井 福 裕 俊・齋 藤 和 也・中 山 貴 文
*Changes in the feeling of ownership of the hand and foot
Masanori S
AKAMOTO, Hirotoshi I
FUKU, Kazuya S
AITOH, Takafumi N
AKAYAMA(Received October 1, 2014)
The Rubber Hand Illusion is an experimental paradigm that allows the controlled manipulation of the experi-ence of body ownership, which is the knowledge that parts of our body belong to us. Watching a rubber hand being stroked synchronously with one’s own unseen hand causes the rubber hand to be attributed to one’s own body or to “feel like it’s my hand.” In the present study, we investigated the correlations of the strength of the Rubber Hand or Foot Illusion among the right hand, the left hand, the right foot, and the left foot. The strength of the illusion was measured quantitatively as the drift of the perceived position of one’s own hand or foot toward the rubber hand or foot (proprioceptive drift). The degree of the proprioceptive drift of the right (left)hand was significantly correlated with that of the right (left)foot. In contrast, there were no significant correlations between the degree of propriocep-tive drift of the right hand (foot)and the left hand (foot). These results suggested that the degree of changes in the feeling of ownership depended on the body part.
328 坂 本 将 基・井 福 裕 俊・齋 藤 和 也・中 山 貴 文 2. 方法 2. 1. 被験者 被験者は,20~22 歳の健常な男性 4 名,女性 9 名 であった.被験者には事前に実験内容についての説 明を詳細に行い,実験参加の同意を得た.
2. 2. Rubber Hand Illusion
Rubber Hand Illusion を 誘 発 さ せ る た め に, Botvinick and Cohen(1998)の方法を用いた.左手 の身体意識の変容を測定する際,まず,被験者の左 手とゴム製の手の模型(rubber hand)に水色の医療 用ゴム手袋を着用させた.次に,被験者にはテーブ ルの上に左手を置いてもらい,左手から 19.5 cm 正 中側に rubber hand を置いた.被験者の手と rubber hand の間に衝立を置き,肩から腕にかけて黒い布で 覆うことで,被験者から自身の左手が見えないよう にした(図 1).右手で Rubber Hand Illusion を誘発 させるときにも,同様の方法を用いた. 実験に先立ち,被験者にはゴム手袋を 3 分間着用 してもらった.その後,実験者は被験者の手と rubber hand の対応する部位を筆で 3 分間繰り返し 触った.その間,被験者には rubber hand を注視さ せた.この試行を 3 回繰り返した.
2. 3. Rubber Foot Illusion
Rubber Foot Illusion を 誘 発 さ せ る た め に, Botvinick and Cohen(1998)の方法を参考にした. 左足の身体意識の変容を測定する際,まず,被験者 の左足とゴム製の足の模型(rubber foot)に黒色の 膝下ストッキングを着用させた.被験者の左足の 19.5 cm 正中側に rubber foot を置いた.次に,被験 者の足と rubber foot の間に衝立を置き,腹部から足 首にかけて黒い布で覆うことで,被験者から自身の 左足が見えないようにした.右足で Rubber Foot Illusion を誘発するときにも,同様の方法を用いた. 実験に先立ち,被験者には膝下ストッキングを 3 分間着用してもらった.実験者は被験者の足と rubber foot の対応する部位を筆で 3 分間繰り返し 触った.その間,被験者には rubber foot を注視させ た.この試行を 3 回繰り返した. 2. 4. 身体意識の変容の評価方法(proprioceptive drift) 手および足への 3 分間の触刺激前後に,黒い板で rubber hand(foot)と被験者の手(足)を覆った. 実験者は,板上の目盛りの上でマーカーを動かした. 被験者にはそれを見て,自身の示指(第 1 趾)があ ると感じる位置を答えてもらった.この試行を左右 の手足とも 3 回ずつ繰り返した. 触刺激前後における示指(第 1 趾)を感じた位置 の変化量(proprioceptive drift)を測定した.この値が, 被験者から見て rubber hand(foot)側に移動するほど, 身体意識の変容が大きいと評価した. 2. 5. 統計処理 身体各部位における proprioceptive drift の関係性 の検定には,Pearson の積率相関係数を用いた.有 意水準は 5%未満とした. 3. 結果 全被験者において,Rubber Hand(Foot)Illusion 前後で自身の右左の示指(第 1 趾)があると感じた 位置は,rubber hand(foot)側に移動した.右手, 左手,右足および左足における proprioceptive drift の平均値については,有意な違いは認められなかっ た(p > 0.05,図なし). 図 2A に右手と左手における proprioceptive drift の 関係を示す.両指標の間には有意な相関関係は認め ら れ な か っ た(p > 0.05). ま た, 右 足 と 左 足 の proprioceptive drift の関係においても同様の結果が得 られた(図 2B, p > 0.05). 図 3A に右手と右足における proprioceptive drift の 関係を示す.両指標の間には有意な相関関係が認め ら れ た(p < 0.05). さ ら に, 左 手 と 左 足 の proprioceptive drift の関係においても同様の結果が得 られた(図 3B,p < 0.05). 4. 考察 本研究では,全被験者において Rubber Hand(Foot) Illusion 前後で,自分の右(左)手示指および右(左) 足第 1 趾があると感じた位置は,rubber hand(foot) 側に移動した.これは,被験者が rubber hand(foot)
図 1 Rubber Hand Lllusion の実験状況.被験者からは, Rubber Hand のみが見える状況であった.
を自分の手(足)のように感じていたことを意味す る(Botvinick and Cohen 1998, Tsakiris and Haggard 2005).これらのことから,本実験において用いた 方法は,手や足の身体意識の変容を引き起こすのに 妥当なものであったと考えられる.
Rubber Hand Illusion 後に自身の右(左)示指があ ると感じた位置が rubber hand 側に移動した人ほど, Rubber Foot Illusion 後に自身の右(左)第 1 趾があ ると感じた位置が rubber foot 側に移動した(図 3). 一方,右手(足)と左手(足)の間では,このよう な関係は認められなかった(図 2).これらのこと から,右(左)手の身体意識が変容しやすい人ほど 右(左)足のそれも変容しやすいことが示唆される. 身体意識の変容の評価方法には,本研究で用いた proprioceptive drift の他に,rubber hand がどの程度自 分の手のように感じたのかを主観的に判断する質問 調査がある(Tsakiris et al 2010).Rohde et al.(2011) は,これらの指標を詳細に比較したところ,用いる 指標によって身体意識の評価が異なることを報告し た.彼女らは roprioceptive drift は身体意識の中でも, 空間の中で自分の身体がどこにあるのかという「空 間における身体」を,質問調査はどれだけ目の前に あるものが自分の手足のように感じるのかという 「身体そのもの」についての意識を反映すると主張 している.本研究においても,被験者は Rubber Hand(Foot)Illusion により,空間における身体の 位置についての意識が変容していたものと考えられ る.しかしながら,身体の左右それぞれの空間で, 手と足の身体意識の変容の程度の関係性が強い理由 については,本研究では明らかにできなかった.今 後の詳細な検討が必要である. 5. 結論
本研究では, Rubber Hand Illusion および Rubber Foot Illusion を用いて,左右の手および足における 身体意識の変容の程度を比較した.その結果,右(左) 手と右(左)足の身体意識の変容の程度には有意な 相関関係が認められるが,右手(足)と左手(足) の身体意識の変容においては,相関関係が見られな いことが明らかになった.このことから,身体意識 の変容は身体に普遍的に生じるわけではなく,部位 特異的に生じることが示唆された. 図 2 右手と左手(A)および右足と左足(B)におけ る proprioceptive drift の関係.縦軸と横軸は,触刺激後 に自身の身体を感じた位置が,刺激前のそれに比して どの程度模型のほうへ移動したかを示す. 図 3 右手と右手(A)および左足と左足(B)におけ る proprioceptive drift の関係.縦軸と横軸は,触刺激後 に自身の身体を感じた位置が,刺激前のそれに比して どの程度模型のほうへ移動したかを示す.
移動した.これは,被験者がrubber hand (foot)を自分の 手(足)のように感じていたことを意味する(Botvinick and Cohen 1998, Tsakiris and Haggard 2005).これらのこ とから,本実験において用いた方法は,手や足の身体 意識の変容を引き起こすのに妥当なものであったと考 えられる.
Rubber Hand Illusion 後に自身の右(左)示指がある と感じた位置がrubber hand 側に移動した人ほど, rubber foot illusion 後に自身の右(左)第 1 趾があると 感じた位置がrubber foot 側に移動した(図 3).一方, 右手(足)と左手(足)の間では,このような関係は 認められなかった(図2).これらのことから,右(左) 手の身体意識が変容しやすい人ほど右(左)足のそれ も変容しやすいことが示唆される. 身体意識の変容の評価方法には,本研究で用いた proprioceptive drift の他に,rubber hand がどの程度自分 の手のように感じたのかを主観的に判断する質問調査 がある(Tsakiris et al 2010).Rohde et al. (2011)は,これ らの指標を詳細に比較したところ,用いる指標によっ て身体意識の評価が異なることを報告した.彼女らは roprioceptive drift は身体意識の中でも,空間の中で自分 の身体がどこにあるのかという「空間における身体」 を,質問調査はどれだけ目の前にあるものが自分 の手足のように感じるのかという「身体そのもの」に ついての意識を反映すると主張している.本研究にお いても,被験者はRubber Hand (Foot) Illusion により, 空間における身体の位置についての意識が変容してい たものと考えられる.しかしながら,身体の左右それ ぞれの空間で,手と足の身体意識の変容の程度の関係 性が強い理由については,本研究では明らかにできな かった.今後の詳細な検討が必要である. 5. 結論
本研究では, Rubber Hand Illusion および Rubber Foot Illusion を用いて,左右の手および足における身体 意識の変容の程度を比較した.その結果,右(左)手 と右(左)足の身体意識の変容の程度には有意な相関 関係が認められるが,右手(足)と左手(足)の身体 意識の変容においては,相関関係が見られないことが 明らかになった.このことから,身体意識の変容は身 体に普遍的に生じるわけではなく,部位特異的に生じ ることが示唆された. 謝辞 図2 右手と左手(A)および右足と左足(B)におけるproprioceptive driftの 関係.縦軸と横軸は,触刺激後に自身の身体を感じた位置が,刺激前の それに比してどの程度模型のほうへ移動したかを示す. 右手のproprioceptive drift(cm) 左手の pro pr io ce pt iv e dri ft ( cm ) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A r = 0.17 P > 0.05 0 1 2 3 4 5 6 7 8 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 右足のproprioceptive drift(cm) 左足の pro pr io ce pt iv e dri ft ( cm ) B r = 0.33 P > 0.05 図3 右手と右足(A)および左手と左足(B)におけるproprioceptive driftの 関係.縦軸と横軸は,触刺激後に自身の身体を感じた位置が,刺激前の それに比してどの程度模型のほうへ移動したかを示す. 右手のproprioceptive drift(cm) 左手の pro pr io ce pt iv e dri ft ( cm ) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A r = 0.73 P < 0.05 右足のproprioceptive drift(cm) 左足の pro pr io ce pt iv e dri ft ( cm ) 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 B r = 0.71 P < 0.05
330 坂 本 将 基・井 福 裕 俊・齋 藤 和 也・中 山 貴 文 謝辞 本研究は,平成 25 年度教育学部生涯スポーツ福 祉課程卒業論文として提出された小西由花氏の論文 を加筆修正したものである.本研究の実施にあたり, 被験者および実験者として協力していただいた方々 に感謝申し上げる. 参考文献
Botvinick M, Cohen J (1998) Rubber hands ʻfeelʼ touch that eyes see. Nature 391: 756.
Guardiaa D, Lafarguea G, Thomasa P, Dodinc V, Cottencina O, Luyata M(2010) Anticipation of body-scaled action is modified in anorexia nervosa. Neuropsychologia 48: 3961-3966.
樋口貴広 , 森岡周(2008)『身体運動学 知覚・認知か らのメッセージ』,三輪書店,
Rohde M, Di Luca M, Ernst MO (2011) The rubber hand illusion: feeling of ownership and proprioceptive drift do not go hand in hand. PLoS ONE 6: e21659.
Tsakiris M, Carpenter L, James D, Fotopoulou A (2010) Hands only illusion: multisensory integration elicits sense of ownership for body parts but not for non-corporeal objects. Exp Brain Res 204: 343-352. Tsakiris M, Haggard P (2005) The rubber hand illusion
revisited: visuotactile integration and self-attribution. J Exp Psychol. 31: 80-91.