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文学教 育 の 問 題 点 人文科学教育第一研究室 塚 本 勝 義

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51;

文学教 育 の 問 題 点

人文科学教育第一研究室 塚    本    勝    義

は し が き

文学教育の領域は,文学活動の面から考えれば,作品の読解と創作の二に分けられる。

作品の読解において,作品に着目すれば,時代的には古典文学の指導と近代文学の指導と に分けられ,形態的には詩文学の指導・小説文学の指導。戯曲文学の指導・随筆文学の指 導・批評文学の指導等に分けられ,読解の方法によって分ければ,作品探求の指導と作品 鑑賞の指導の二に分けられる。

本稿においては,初めに,文学教育そのものについて,位置・性格等を考え,次に作品 読解の領域を主となし,近代日本文学(小説文学に限定して)の探求的指導における問題 点を考察することとした。なお,小学校・中学校・高等学校を,すべて視野に収めて考え 、

を進めたつもりである。

@      1

@文学教育に関する方法論や実験報告が最近活澄に発表されるようになって来た。しかし 発表者たちの文学教育そのものについての位置や性格に関する考え方は,必ずしも一致す るまでには到っていない。今日までのさまざまな見解をとりまとめて大別すると,

1.国語教育の一領域としての文学教育を考えているもの。

2. 国語教育から切り離して,独自の文学教育を考えようとするもの。

の二つとなるようである。1の考え方をする者は圧倒的に多く,文部省の指導要領がこ の考え方に従っていることは周知の通りで,又,その伝統も古い。明治二十三年,上田万 年が中学校国語教科書として編集した「国文学」の緒言において主張したのが初めで,つ いで芳賀矢一・坪内適遥等がこの主張を裏づけるような教科書を編集した。この主張を,

やや理論的に強調したのが保科孝一で,彼は大正五,六年頃から主としてドイツにおける 言語教育の例を採り,国語教材として文学作品が最も効果的である理由をくりかえしくり かえし説明している。この前後から昭和十年頃まで,文学教材が重視せられ,文学副読本 の類も続々出版されたので,国語教育史上,文学教育期と呼ばれている。しかもこの時期

(i)    ②

においては鈴木三重吉の「赤い鳥」に拠る児童文学・児童芸術の運動が全国的に波及して

(2)

52      茨城大学教育学部紀要 第八号

創作の分野にも大きな展開のもたらされた歴史的意義は注目に価する。「赤い鳥」の運動 は,国語教育の中の文学教育を促進すると同時に,独自の文学教育の主張をも多分に含ん でいる点において複雑であり,意義も深い。現在の立場から,あれは甘い童心主義の運動 に過ぎなかったと非難する人もなくはないが,とにかく児童の創作活動を揺り動かして育 成した価値を否定することはできない。

      冠 級 (3)2の主張の繭芽は「書くこと」の領域に現われた。大正二年に刊行された芦田恵之助の

「綴り方教授」がそれである。綴り方は自己を綴るものである。自己を綴るのが本道であ るから教師が文題を与えるぺきでない。自由題で自由に自己を綴らせるべきである,とい う主張であった。著者自身は国語教育の一分野としての綴り方教授革新を主張する以上の 自覚は持っていなかったらしいが,本質約には,国語科の範囲を破った創作指導の主張で あるといえる。芦田恵之助と同じ考え方で綴り方指導に乗りだしたのがさきに言及した鈴 木三重吉で,

多くの人々は,徒らに,綴り方の作品が伸びにくいのをこぼしぬいてゐる。しかし,

或人々の場合には,作品が伸びないといふのには,まつ第一には,児童には到底かけ ないことをかかせようとかかってゐるやうな,根本の無哩が手つだってゐる。まつそ の点を反省しなければならない。つまりわれわれにしても,物をかくといへば,所詮 じぶん自身が実際に見,聞き,感じ,考へたことしかかけるわけがない。要杓すれば われわれ自身が経験した事実でなければ叙出できない。(中略)最も忌むべきことは 教師が,個々の児童の経験の有無をも見究めないで,或子供には経験があり得ても,

他の多くのものには,全然無経験で,後者には,どうしても,上の空でつくらねばな らないやうな課題をだすことである。特殊の作家の技能は別として,子供たちには空 想でもって実感的なものをかくことはできうるものではない。それを強ひて求めよう

とすれば作として空疎なもの,いかにもうそらしいものができ上るのは当然である。

と説く言葉は,このまま芦田恵之助の主張の解説となる。三重吉は更に,

私は,綴方において,以上の無意味な空想,概念,知識,抽象的な倫理批判の取扱ひ を排除するために,私の綴方改革の出立において,はじめて綴方は「主活の冠録であ る」といふ言葉を使って強調したものである。つまり児童のいきた実際生活の上の,

直接の経験,直接に見たこと聞いたこと事実について感じたことをかかせるのでなけ れば教課として効果が上らず,ぴちぴちした具体の事象を扱はなければ牽引のある,

真実な作品は得られない上に,制作の快味もないことを指摘したのである。〔綴方読 本。503頁〕

という。この綴り方観を学校教育に採り入れて,いよいよ徹底させて行ったところに生

(3)

まれたのが生活綴り方運動である。それは国語科の中における綴り方ではなくして,児竜 の全生活を対象とする,人間形成を狙った表現指導の綴り方であった。正に独自の創作指 導,すなわち文学教育であった。そうして,豊田正子の作品を誕生させ,終戦後にはこの 系譜から「山びこ学校」が現われている。なお,この運動の展開について,思想形成の立

(4)

場から「現代日本の思想」の著者は, 「生活綴り方運動の場合,その創造的折衷性は,思 想の捉え方の力点が,問題状況そのものにかかっていたことからくる。その思想はいつ誰 がどの本で言い出したかというような,思想の出典に力点をおくことになると,それぞれ の出典の高貴さ,純粋さを言いたてて角つきあわせることとなり,いくつもの異った出典 から出て来た思想を合わせることは難かしいし,むりに合わせるとしても,ただ背中あわ せにならべておくだけのこととなる。だが,どこの出典から得た着想であるにしろ,それ はあまり問題にせず,目前の問題をとくことに少しでも足しになるかどうかに力点をおく ならば,足しになる考えならいくらでも追加してゆくことになる。(中略)この運動があ ちこちにゆれていたのでなく,かえって,それらの影響はつみかさなって独特の性格をこ の運動にあたえている。〔102〜3頁〕」というように,児童生徒の切実な問題を解くた めに,常に問題そのものに力点を求め,問題解決方法を基準として,自由な気持で採るぺ き思想を吸収し,独自の指導方法を樹立して行った性格を,わが国における思想形成の好 ましい一典型として高く評価している。これは,生活綴り方指導という文学教育の方法を

(5)

単なる技術的方法と観ないでその根底に思想的基盤のある事実を指摘した批判といえる。

しかし,生活綴り方指導にも欠陥がないわけではない。それは,同じ現代の,同じ基盤 の,同じ現実に生きる親子であるとしても,大人である親の実感する現実と,幼い子の実 感する現実とは,同一色ではない。両者のそれに「ずれ」がある。親のそれは,より現実 的であり,子のそれには浪漫性が含まれている。この「ずれ」を軽視して,大人の現実感 に子供のそれを無理に引き寄せようとしたきらいがないではなかった。現われた多くの作 品に暗い色調の濃すぎた原因はこの無理な行き方にあったと考えられる。子供独自の現実 感ないし現実解釈を,もっと重視しなければならないと思う。

(1)鈴木三重吉(明治15〜昭和11)は夏目漱石に師事し,初め浪漫的な小説を書いていたが,自分 の子に与える読物の貧困を感じて,大正5年,童話のペンを執り,それが契機となって児童文学 運動に身を投じ,大きな功績を残した。

(2)児童文芸雑誌。大正7年6月創刊,昭和4年3月休刊,6年1月再刊,11年終刊。三重吉が綴 り方を,北原白秋が児童自由詩を,山本鼎が児童自由画を:選した。又,森鴎外・島崎藤村・小川 未明・芥川竜之介等が童話を書いた。

(3ノ芦田恵之助(明治6〜昭和26)は「綴り方教授」についで「読方教授」(大正5年刊)も書き

「読み方は自己を読むものであり,綴り方は自己を書くものであり,話し方は自己を語るもので

ある」と主張し,読み方・語し方の面にも革新の気運をまき起した。彼のかかる主張に,理論的

(4)

54      茨城大学教育学部紀要第八号

支柱を与えた垣内松三のあることも忘れられない。

㈲久野収・鶴見俊輔

⑤久野・鶴見両氏はプラグマティズムの角度から捉えているが,デモクラシイの角度からも検討 すべき性格を持っていると考えられる。

      2

糟鼡ウ育の領域内て文学教育を考える人々の意見は,小学校から高等学校に到るまで,

言葉の教育と文学教育とを並立ないし混合させて実施する考え方と,ある程度まで言葉の 教育に専念し,次に文学教育に切りかえようとする考え方とがある。前者の一例として,

西尾実氏の意見を示す。

これまでの慣習からいうと,言語文化のうちでは,文芸だけが国語教育の領域とされ てきた。それどころではない,過去においては,文芸が国語教育の全領域であるよう にさえ考えられた時代があった。しかし,それは言語生活の現状からいっても適切で        、 ネければ,言語生活の本来から考えても妥当ではない。うえにいってきたよりに,や はり,談話形態や文章形態をとっている日常の言語生活を基盤領域とし,その完成的 領域として,この文芸部門が認められるべきであろう。それでは,何ゆえに言語文化

としての哲学や科学をさしおいて,文芸だけを国語教育の領域に加えるか,それは慣 習だからではない。哲学や科学における言語は,そういう学問の性質上,きわめて抽 象度の高い知性的側面だけが発達を示しているにすぎないが,文芸においては,言語 の有する知性も情性も感性も相伴なって発展している。いトかえれば,言語の機能の 全体が,あるがま〜に発達をとげている。したがって,言語生活の全面的指導は,や がて言語芸術としての文芸に一もっと精しくいえば,文芸を中軸とした言語文化に およばざるを得ない関連に立つはずである。〔言語教育と文学教育・197−8頁〕

これは,言葉の機能に着目した文学教育の考え方で,文学作品には言語機能の全体があ るがままに発達しているから言語指導に適当しているというのである。しかし,この考え 方は,言語生活の全面的指導をするために文学作品を教材として使用するのが効果的であ るというのであるから,指導の重点は言語指導にあって,文学作品の文学性を指導するこ とにあるのではないから,文学教育とはいえまい。もしも,文学作品を教材とすることだ けで文学教育といいうるなら,史論を扱えば歴史教育であり,科学論文を指導するなら科 学教育ということになろう。だから,それはどこまでも言葉の教育であって,文学教育で はない。けれども,西尾氏の文学教育観は,ここにとどまっているわけではない。

文芸教育の目標は,人間の生き方の一つとしての芸術活動の一分野である,文芸活動

(5)

を経験させて,その人間形成に資し,社会生活の充実と発展に参与させることである 言語生活における書く働きと読む働きが,文芸活動においては,創作と鑑賞という表 裏一体の活動一創作活動が鑑賞活動を規走し,また,鑑賞活動が創作活動を規定す

るという意味で一とせられているが,創作活動をいとなむことによって文芸盾動に 参加するものは比較的少数であり,鑑賞活動によって文芸舌動に参加するものが多数 である。わけても,近代文化の一翼としての近代芸術の待色は,鑑賞の独立を目ざす ところにある。(中略)鑑賞という一般的方法を通じて,芸術活動に参加する多数者 を養うことは,さらに一般的な教育目標の一つである。〔同書・95−6頁〕

と,論じている。これは明らかに鑑賞を主とする文学致育の主張である。文学作品にお ける文学性そのものに重みをかけた主張である。ここの考え方で問題となる点は,現代人 は鑑賞に終始する場合が多いから鑑賞指導を主とすぺきであるという見解である。たしか に現代人は作品を読むことを主とし,作品を書く人は甚だ少い。がり西尾氏自身が指摘し ている通り「創作活動が鑑賞活動を規定」するのであるから,少くとも学校教育において は,創作指導にも力を注ぐのが本当だと考えられる。とにかく西尾氏は,文学そのものの 面からも文学教育を考えていることは否定できない。それにしても,どこまでも国語教育 の分野における文学教育であることに変わりはないと推走せられる。

(1)

セ葉の教育から文学教育へと段階約に考えている一人が国分一太郎氏である。氏は,言 葉の学習が小学四年ぐらいで一応の標準に達するとしたら,五年あたりから文学教育に主 力を注ぎ,科学約な文,学問内な文,実用内な文は,社会や理科や算数や職業といった科 目で実際的に学習することができるだろう。しかし,実際にはとうていそのようにはいか ないというのが日本の言葉や文字や文章の実状である一と判断し,その意見を理想論と

し゜て,強く押しだすことをさし控え,そして,よい文学を読ませるために,国語・文字に

〈2)

ついての基礎的な指導,部分的な個々の言葉の形象性の意義をわからせるような指導,よ い文学の本質について,理解させ,これを,もっと積極灼に,創造するものの立場から判

らせてゆくためには,児童生徒たちに,質のよい文章を書かせる指導が必要である,とき わめて地道な意見を提出している。

(1)岩波講座・文学の創造と鑑賞・第5巻・24〜5頁。

②文章を深く理解させるために創作をさせなければならない,という理論は,氏が,生活綴り方

指導の体験に基づく発言と考えら性るが,この考え方の伝統は古く,既に近世において,本居宣

長が「宇比山踏」の中で,「二典の次には,万葉集をよく学ぶべし。みつからも古風の嵜をまな

びてよむべし。すぺて人は,かならず嵜をよむべきものなる内にも・学問をするものは・なほさ

らよまではかなはぬわざなり。寄をよまでは,古の世のくはしき意,風雅のおもむきはしりがた

し。」 〔岩波書店刊・本居直長全集・第1冊・9頁〕と説いている。終戦後の作文教育においては

(6)

56       茨城大学教育学部紀要 第八号

「必要に応じて書かせる」点にのみ力を注いで,文章を読みとるカを持たせるために文章を作ら せる,という用意を忘れ果てたきらいがある。

      3

糟鼡ウ育の領域内で文学教育をも行うという案は,現に行われており,研究もつづけら れている〔文学教育を研究批判する著作や論文の大部分はこの見解のもとに執筆されてい るのが現状である。〕が,理想的な案とはいえない。国分氏が指摘した国語の文字語句文 章の難しさが所期の目的達成を甚しく妨げている。文字語句文章を収得させることに力を 注げば,作品内容の探求がぞんざいになるし,作品内容探求に専念しようとすれば,文字 語句文章が障害となって,いわゆる優秀児だけに限定される学習となりかねない。だから 文学教育期と呼ばれる時期にしても,作品読解の面においては,内実にふさわしい称呼と はいえまい。文学教材重視期というのが,いちばんぴったりしているだろう。

しかし,創作指導の分野は,この案でも可能が多いと考えられる。生活綴り方の指導成 果が,それを証明してくれる。けれども,はばの広すぎる指導要領の線で行くなら,不徹 底をまぬかれまい。文章を書く現象而に拘泥しすぎて,あらゆる形の文章を書かせようと

しているから,あらゆる文章を書きうる根元的な力を育成することが至難となっている。

とにかく,文学教育を徹底させるにあたって,その入口で問題となるのが文字である。

それでも漢字制限が徹底して来たので,幾分救われては来ているものの,まだまだ不十分 である。漢字制限と並行して,制限された漢字を思い切って略体化する工夫をする必要が ある。漢字略体化の能力を,われわれ日本人は十分有しているはずである。われわれの先 人たちは,既に漢字を材料として案じた片仮名・平仮名を残してくれた。本居宣長のよう な古典主義者でさえも既にその著作に「歌」を「寄」と書いている。寄は略字ではないが 歌と同義であるから,より簡単な寄を用いたのであろう。彼にも簡単な文字に赴こうとす

る意識が流れていたといえよう。仮名統一も実現しなければならない。平仮名一本でゆく か,片仮名専用にするか,平仮名・片仮名両方から書き易い文字を選びだして新しい仮名 体系を作るか,いずれにせよ一種類使用にしぼる必要がある。

次に小中学校における文学教育で問題となるのが,文学教育を実施するに適当した作品

(1)

が甚だ少いという事実である。「発達の途上にある児童・生徒に与えるのにふさわしいよ

うな内容をもった,リアリズムとロマンティシズムを統一した作品がわが国にはひじょう

に少いという事実がある。」という見解には遺憾ながら,いささかの誇張も含まれていな

い。終戦後の教科書に外国文学作品の多過ぎる非難が,あちこちで発せられた。それを

塒流便乗とのみ解するのは,偏見でなければ浅慮といえよう。恰好の作品を探しあぐねた

(7)

結果のみじめな現象と解釈すべきだζ人間あるいは人間性に着目して童話や少年少女文学 を選んで行くとき,頭の痛くなちない方がどうかしている。次に一実際指導者の立案した 作品配当一覧を掲げる。〔小学校の場合〕

人間の善意に対1古典童話(一寸法師・カチカチ山・桃太郎など)神話寓話(イソップ 季

する信頼を培う1)トルスト憧話(七つの星など)      1

子 近代的人間とし

ロビンソン・クルーソー イワンの馬鹿 クオレ物語 アンデルセン童

ての自主性に目

ざめさせる 話 ウィリアム。テル 十五少年漂流記 フランダースの犬 五 社会及び人閥性 キリスト物語 アンクル・トム レ・ミゼラブル蜘蛛の糸社子春

への認識を深め 最後の授業 恩讐の彼方に 高遠なる徳義 ドン・キホーテ すこし昔

の話

三四年割当のものは,すべて外国の作品で占められている。全国学校図書館協議会選定 読物の中にも外国の作品が多い。そして,やはり三四年向の読物に多い。注目に価する傾 向である。

翻訳した以上,それは翻訳文学という一種の日本文学であると判断する人もある。この 見解は学問的に認められている。二葉亭四迷の「あひびき」や森鴎外の「即興詩人」等は 単なる翻訳と言い切れぬものを持つ。特に後者は原作以上の出来栄えと評価されているρ

しかし原典が外国に存するのであるから,「浮雲」や「雁」とは系譜を異にする。自国の 土壌に芽生えた,自国の作品になりきっていないところがある。日本の子供を育むのであ るから日本の生んだ心の糧を与えるのが本当である。しっかとした民族でなければ,しっ かとした国際人とはなれまい。中国の初等教育においても自国の文学作品に適当のものが 少くて悩んでいるらしい。ある教師が,「なぜ僕たちに外国の作品ばかり読ませるのです か」と生徒に質問されて,返答に困ったという話が伝えられている。

ここで考えられるのが,伝承童話や説話文学の改作である。近代の作家も既に手をつけ ている。坪内遣遙の「新曲浦島」森鴎外の「玉筐両浦喚」幸田露伴の「新浦島」等は「浦 島太郎」の改作例である。芥川龍之介にも「猿蟹合戦」「桃太郎」等がある。目下活動中 の作家について挙げれば,伊藤整氏の「瓜姫」(これは詩)梅崎春生氏の「Sの背中」等 がある。梅崎氏の作品は「猿蟹合戦」の現代版ともいうべきもので,なかなかの秀作であ

      (2)る。しかしこれらの改作作品は,いずれも大人向きで小学生の読める内容ではない。だか

ら,作家や詩人に伝承童話や説話を児童・生徒向に書き直してもらいたいのである。わが

国の文学者には,こうした方面の仕事に本腰すえてかかる者が甚だ少い。成人向の作品を

書くばかりが文学者の本当の仕事だというような通念があるのであろうか。

(8)

58      茨城大学教育学部紀要 第八号

教材としての適当な作品を見出し得ないという問題は,現段階においては,まことに困 った問題であるが,それはどこまでも現段階における問題であって,すぐれた作品が出現

すれば,その途端に解決してしもう問題で漉る。いわば単純な問題だといえよう。ところ が文学教育の領域には,もっと複雑な本質的の問題がころがっている。それは作品内容と

教育との対立である。その作品が近代文学である場合,いよいよ対立は簡単でなくなる。      θ

   8 i1)小川太郎・学校教育と文学教育(文学の創造と鑑葺・、5i巻・9〜10頁)

②説話文学作品を改作することについては,疑義をさしはさむ人もあろうかと思われるが,この 種の民族文学は成長するものであることを想起してほしい。生活様式の変化や時代思潮の展開を 微妙に反映して,絶えず伸展をづづけるところに,その本質が認められる。強靱な民族性の骨賂 を持つこれらの文学は,次から次へと新しい解釈を加えられ,又,その時代の思潮に批判されて 成長して行く。この現象はわが国の説話文学に限られる現象ではない。シェクスピアのハムレッ トも中世の伝説に基づいて誰かが劇化したものを,彼が改作した作であり,中世の魔術師ファウ ストの伝説を改作したのがゲェテのファウストである。

なお,改作のペンを執るものは専門の作家であってほしい。器用な素人がこれを敢てすると,文 学性の稀薄な作品となり易い。終戦後の教科書を低俗ならしめているのが,・この種の器用者の書  いたスキだらけの文章であるdこんな愚を再びくりかえしたくない。

@      4

見ると,主人公坊っちゃんの生一本な性格,坊っちゃんと女中清との間に交流する素朴な 純情,歯切れのすばらしくいい表現,こんな点に読解の重点が求められてある。大抵が初 めの方の抄出であるから,掲載されてある領域の読解要求としては,これ以上にでること はできまい。しかし,「坊っちゃん」の指導をここで打ち切ったのでは中途半端である。

学級文庫・学校図書館等の蔵書によって,作品全体に触れさせる要がある。この作品の文 章なら二三年になれば必ず読み通せるはずである。ここまで発展させなければ,読書圭活 と関連させる指導は単なるお題目となってしもう。全体を読み通したあとで話し合いをす れば,次のような問題の浮かび上がってくることが予想されよ立。

1. 陰険きわまる策謀家「赤シャツ」や,おべっか専門の油虫みたいな「野だいこ」等

が悠々として、・て,

2. なぜ,「坊っちゃん」や「山嵐」のような正義派が,学校をやめなければならない であろうか。

3.君子の典型のような「うらなり」をなぜ先生たちは虐待するのであろうか。

4. いまの教育界には,こんな動きはないだろうか。

これらの問題は,みんな「坊っちゃん」の本質に触れている。なんとなれば,当時の教

(9)

鰍判にこの物獅あ薪らであう轟ぼ論や醜批半聯とし

ても P、)とにか1!獅は批判朗って鞭し・そ吻 が繍で見事に実現されている・

撒雛賞願づ捌騨の至に礁候山即如きは畔嬰なうず欝学校にも大

学にも居らぬ事と存候然しノダの如きは累々然としてコロがり居候。小生も中学にて この類型を二三目撃致候。サスガ高等学校には是程馴}き奴}ヰ無之(尤も同類は沢山

 r ・       覧【       、

有之)候。要するに高等学校は校長杯に無暗にとり入る挙要なき故と存候。山嵐や坊       6

チちゃんの如きものが居らぬのは,人間として存在せざるにあらず,居れば免職にな      へ「㌃

驍ゥら居らぬ訳に候。貴意如何。      1

lは教育者として適任と見微さる〜狸や赤シャツよりも不適任なる山嵐や坊つちゃん        、 愛し候。大兄も御同感と存候。右御礼かたがた卑見迄如斯に候。

これは大谷正信に送った書簡(明治三十九年四月四日附)だが,「坊っちゃん」に登場      }

する人物を造型するにあたっての漱石の心構を率直に開陳した言葉といえる。この手厳し い批判意識を読みとらせないことには読解指導とはならぬ。

作品読解は,作品から得たものによる自己批判となり,自己の可能性の自覚,発展を促 し始める。すると,当然,この中学校の先生たちの動きはどうか,という問題がきわめて      唱

ゥ然に誘起されてくる。万一,坊っちゃんの学校と相似た事実があったら,どう捌くか,      「

ネいとしても片端から教師を批判して行ったらどうか。教育もプランいじくりをしている うちは無風的営為だが,生きている現実に触れれば,どこからでも血が滴る。ここに文学 教育についての厚い壁が存ずる。ここを甘い鑑賞で通過すれば教育は一片の技術と化し去

      9↑

閨C壁を突き抜こうとすれば学校そのものがぐらつくことにもなりかねない。

志賀直哉の「清兵衛と瓢箪」も多くの教科書に採用せられている。短篇だから全文が出 ②

ている。瓢箪の鑑別と仕上げに卓越した能力を有する小学生清兵衛の本質的な動きを,受       L

搴ウ師は自己の有する教育プランとそれが背馳するが故に,父親もやはり自分の身につけ       ㌦

トいる生き方の枠からそれがはみ出すが故に,自己本来の道に生きる清兵衛に対して滅茶 苦茶に圧力を加える,というのが作晶内容である。だから,この作品は明かに子供の独自 性を踏みにじろうとする教師と父兄に対する反撃を狙っている。

一これに似た話を尾の道から四国へ渡る汽船の中で人がしてゐるのを聴き,書く気

になった。材料はさうだが,書く動機は自分が小説を書く事に甚が不満であった父へ

の私の不服で,中に馬琴の瓢箪といふのが出て来るが,事実では山陽の瓢箪なのを何

故さう変へたかといふと,尾の道へ来る前,父が「小説などを書いてゐて,全体どう

いふ人間になるつもりだ」といった時,「馬琴でも小説家です。然しあんなのは極く

下らない小説家です」こんな事を私は云った。父が馬琴好きでよく「八犬伝」を読ん

(10)

60      茨城大学教育学部紀要 第八号

でゐるのを知ってゐたからで一〔創作余談〕

という作者自身の創作意図も,作品内容とぴったり一致する。生徒は敏感である。いっ たいこの学校の先生はどうか,家の父はどうか,を忽ち想起して分析的批判のメスを加え ようとする。彼等の奔放無碍の批判の鋒先にひっかからぬ教師父兄が河人存在するだろ う。なるほど妥協的説明によって言いくるめることは可能かも知れぬ。しかし,心底から 納得させることは至難だろう。いまさらの如く戦いなしの「新しい人間形成」の期待され ぬ事実を痛感させられる。志賀文学の本質に徹するとき,生徒たちの純真な眼光に鋭い批 判が加わることをわれわれは覚悟しなければならない。

高等学校の教科書に採られる作品に太宰治の「走れメロス」がある。一教科書の「学習 の手引」に次の如き設問が並ぺてある。

1. この作品を読んで何を感じたか,書いてみよう。

2. それをもとにして話し合ってみよう。

3. メロスは,次の場合に,どんな気持で行動しているか。

④最初,王に抗議する時。

@ 妹の結婚式がすんで王のところへ走り帰って来る時。

◎ やっと間にあって,セリヌンティウスに合った時。

4. 「信実とは,決して空虚な妄想ではなかった。」と最後に王は言ったが,あなたは どう思うか。

5. この作品についての最初の感じと,学習の終わりになっての今の気持と,一貰して 同じ点はどんな点か。初めと見方が変わってきた点があるか。あれば,それはどんな

点か。

設問の中心が3と4にあることが一見してわかる。即ち,メロスとセリヌンティウスと の信実に満ち溢れた友情,その友情に動かされて暴虐無道のディオニス王が改唆する一 という部分を読みとらせようとしている⑤この1乍品の表面内な筋だけを読みとらせて足れ りとするなら,要領を得た設問と評しうる。「走れメロス」にこれだけの内容しかないと いうなら,なるほど完全な指尊といえようが,この年品には,かかる現象面の陛に,もっ

と問題がひそんでいる。先ずディオニス王の暴虐の原因が間題となる。彼は,すぺての人

間が信じられぬ。それでいて,信じたくてたまらぬ。なんとかして人間の信実がつかみた

い。暴虐に抗して一人ぐらいは信実を示さないかと次ぎ次ぎに暴虐を重ねて行くのだ。孤

独地獄から半歩でも脱け出たいあがきが暴虐の形をとっているのだ。菊池寛の「忠直卿行

状記」における忠直卿の残虐と軌を同じうしている。この人間的苦悩をぞんざいにしては

メロスの信実によみがえる展開に必然性と内面的関連とを発見することができない。そし

(11)

て,この作品を低級なお説教的作品にしてしもうこととなる。孤独にもがくディオニス王 は高校生と無縁ではない。これから孤独に突っ込んで行こうとしているのが高校生である から。迫り来る孤独にもがきつづけ,これを克服するところに高校生の成長もある。いよ        b

「よディオニス王は他人ではなくなる。ここまヤ読み込まなければ生命の糧とはならぬ。

更に,作者はメロスをして王城めがけて章駄天の如く走らせる。途中ヂ幾度か障碍を与 えて走ることを切実ならしめる。作者が最も力を入れているのが,このひたすらに走りつ づける描写である。王との杓束を果すためにというのは単なる手がかりにしか過ぎぬ。信 実を実現すべく丸裸でつっぱしる一これがメロスの生きる姿勢であり,作者太宰治の生

きる姿勢でもある。恥や外聞をかなぐり捨てて,ただ人間の信実目がけて走りつづけたの が太宰の四十年の人生だった。メロスの丸裸の疾駆に作者の「生」の象徴をはっきり認め 得る。無視できぬ問題点である。

辛うじて定刻ぎりぎりに刑場にころがり込んだメロスが,十字架につり上げられていた セリヌンティウスにかじりつき,互に声を放って泣き叫ぶ。それにつづいた描写が次の通

りである。

群衆の中からも戯漱の声が聞こえた。暴君ディオニスは,群衆の背後からふたりのさ まをまじま℃と見つめてゐたが,やがて静かにふたりに近づき,顔を赤らめて,かう セったo

_,

「おまへらの望みはかなったぞ。おまへらは,わしの心に勝ったのだ。信実とは決し て空虚な妄想ではなかった。どうか,わしも仲間に入れてくれまいか。どうかわしの 願ひを聞き入れて,おまへらの仲間のひとりにしてほしい。」

どっと群衆の間に歓声が起こった。

「ばんざい,王様ばんざい。」

ひとりの少女が,緋のマントをメロスにささげた。メロスはまごついた。よき友は,

気をきかせて教へてやった。

「メロス,きみは,まっぱだかちゃないか。早くそのマントを着るがいい。このかは いい娘さんは,メロスの裸体をみんなに見られるのが,たまらなくくやしいのだ。」

勇者は,ひどく赤面した。

これが結語である。生か死かを扱った劇しい描写の結びとしては,調子がちがい過ぎる

ようにも感じられる。いったい本気で書いているのか,と抗議したくもなる。しかし,こ

うした皮肉な鵬をしないではおられなかった儲の輯_禦のメ。スの俄それカミ

いったい何だというんだ,信実ばかりじゃない,そもそも人間の生,そいつに何があるん

だ,という自廟,虚無につきあたると,ふざけた表現ではなくして,虚無をもてあまして

(12)

62      茨城大学教育学部紀要第八号

いる作者の悲鳴とも解せられよう。

ここで想い出されるのが芥川龍之介の「往生絵巻」における「五位の入道」の最期であ る。どのような破戒の罪人でも,阿弥陀仏に知遇し奉れば浄土に往かれると聞いた五位は 妻子も家も捨てて,阿弥陀仏のおられるという西方に向かって走り出す・とうとう海岸に 来てしもう。ちょっとでも阿弥陀仏に近づこうと松の木に登り,「阿弥陀仏よや,おおい おおい」と叫びつづけて,ついに往生してしもう。通りがかりの老いたる法師が入道の死 骸を見たところが,口にまっ白な蓮華が開いて異香が漂うていた・という筋である。メロ スの求めた信実と入道の求めた阿弥陀仏は同じ人間の真実である。メロスも入道も・ただ もう走りつづけて求めた。走りつづける入道は即ち芥川龍之介にほかならぬ。やはり同じ 姿勢の生き方だ。しかるに太宰は,メロスの実現した信実をも信じ切れないで・冷かして しまった。ところが芥川は,とにもかくにも入道の口に白蓮華を開かせて結んだ。勿論 芥川も阿弥陀仏を信じはしない。信じはしないが花を咲かせないではおられなかった。こ

こに芥川の「あはれ」がある。太宰は,いささかの未練もなくきれいに否定し去ってしま った.同じく卑降型の作家であるが,瀦1・これだけの差がある.

読了後の話し合いでは,かくの如き芥川龍之介との比較も持ち出さなければなるまい。      L

「走れメ・ス」を読む以上は,その底を流れる孤独哨嚇虚無にまで及ばな}ナれば・本 当に読んだことにならない。そうした底流をまともに読まなければならぬところに問題が

ある。

(1) 「坊っちゃん」を指す。

② 拙稿「清兵衛と瓢箪の問題」(小学館発行・幼児と保育・33年11月号)参照。

(3)この発想は「トカトントン」(群像・22年1月号に発表)の発想と同じである。「走れメロ ス」をもっと短くして,この種のものを積み重ねて出来たのが「トカトントン」だといえる。

④ 伊藤整著「小説の方法」参照。

      5

セ宰治は「人間失格⊥の主人公に「人間の心には・もっとわけのわからない・おそろし いものがある。慾,と言っても,言ひたりない,ヴァニティ,と言っても,言ひたりない 色と慾,とかう二つ並ぺても,言ひたりない,何だか自分にもわからぬが・人間の世の底 に,経済だけでない,へんに怪談じみたものがあるやうな気がして一」とつぶやかせて いるが,この主人公の燗角轍のような行き方で「燗とは何か」「どう生きるのが真実

なのか」を探求するところに近代文学の基調が存する。必然的に既成の人間観・文化に対

して,なまの人間を基準として遠慮のない批判を敢行する。この批判的探求の態度は「現

(13)

代」に対して反逆的にさえ見られる。生半可に解すれば,だらしない態度とも眺められよ う。といって作家たちは否定のために否定しているのではない。人間(社会の場合におい ても)の実態を生きているままの相において捉え,その捉えたものによって,人間の内側 から,どう生きるべきかを思索するための,古くさい「既成」の否定である。

(1)

ところが学校教育は,現代の国家機構の上に立案され,実施される。だから,「近侍発 刊ノ卒書図画ヲ見ルニ或ハ読激ノ言論ヲ掲ケ或ハ厭世ノ思想ヲトキ或ハ随劣ノ情態ヲ描キ 教育上有害ニシテ断シテ取ルヘカラサルモノ勘シトセス故二学生生徒ノ閲覧スル図書ハ其 ノ内容ヲ精査シ有益ト認ムルモノハ之ヲ勧奨スルト共二筍モ不良ノ結果ヲ生スヘキ虞アル モノハ学校ノ内外ヲ問ハス厳二之ヲ禁遇スルノ方法ヲトラサルヘカラス」というような訓 令をも出さなければならぬ必然性が発圭する。かかる教育と文学との対立を「それは本質 的には,わが国の学校教育が近代を許さない教育であったところから来ている」と公式論 で割り切る人もあるが,問題はそれほど簡単であるまい。外国の例であり,教育の領域か らはみ出ているが,今度,ノーベル文学賞受賞をめぐって問題となったパステルナーク氏 に関するいざこざなどは前掲公式論の欠陥をよく指摘しているといえよう。要するに対立 の根本的原因は,現代における教育の本質と近代文学の本質との差異に発していると考え られる。本稿でわたくしはヒューマニズム系譜の近代文学のみを考察の対象として来たが 祉会主義系譜の作品を対象とするなら,わが国における現代の教育と文学との対立は,い っそうはっきりしてくる。いうまでもなく教育も,よりよき人間の形成を意図し,近代文 学もまた,よりよき人間形成を意図しており,理念的には全く一致しているのであるが,

それの実現への態度・方法・進度に,越えがたい溝があるわけである。文学教育を実践す るにあたって,明確に自覚しなければならない最も大きな問題点は,この溝であろう。両 者の本質をひがめない限度において,この溝を,ぎりぎりの線までせばめるところにわれ われの研究課題があるといえよう。

(1)明治39年の文部省訓令第1号。当時,わが国の文学界では自然主義文学運動が,ようやく主流 を占めんとしていた。

む  す  び

はしがきで触れた通り,わたくしは,文学教育め方法として,探求的方法と鑑賞的方法 との二つを考えている。作品の持つ問題をあくまで探求させることに主眼をおく指導が前 者である。人間や社会を,あるがままの相において具体的に学びとらせる学習である。こ

(1)

の学習によって,作品を解釈する力と批判力の成長が期待される。これに対して, 「宗教

(14)

84      茨城大学教育学部紀要第八号

の時間と同様に,詩の時間も亦終日の埃と労働の汗と,しなければならぬという厳格なく びきどを払い落すのではなくてはならぬ。換言すれば,詩の時間は教師や生徒にとって休 息の時間であり,至純な喜び乃至は至高の享受の時間でなければならぬ」といった「無心 で読み浸らせる」ことを目指すのが後者の鑑賞的方法である。前者が知性を主とする分析 的学習となるに対して,後者は情緒を主とする一体的学習となる。特に詩歌作品の指導に あたっては鑑賞指導が大切と考えられる。もっとも,丹羽文雄氏などは,小説は文句をつ けずにただ読み浸れば,それで十分だ,と説いている。散文文学作品にもあてはまらぬ方 法でもない。

普通,この両方法を一緒にして「鑑賞指導」と呼んでいるが,その傾向にひらきが存づ るのであるから,区別して,作品の質と内容によって,各々に重みをかけて指導するのが 効果的である。なお,鑑賞指導における問題点については稿を改めて考えることとする。

(1)リンデ

u言語教育論」(熊沢竜訳)184頁

② 飛田多喜雄氏は,鑑賞指導の方法過程として,1障害排除の段階 2文学鑑賞の段階 3問題 喚起の段階 4発展的活動の段階 5練習と評価の段階の5段階説を主張し,わたくしのいう探 求的方法と鑑賞的方法とを組み合わせている。 (明治図書講座・国語教育・7・文学教育所収「

文学教育における鑑賞指導」120〜135頁)

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