茨城大学教育学部教育研究所紀要第23号(1991)43−48 43
共通一次試験導入に伴う
茨城大学教育学部入学者の変容
中 川 浩 一*
茨城大学教育学部の入学試験は,平成3年度からAH程に移行して実施される。この措置によって,
複数受験制度適用以後,うなぎ昇りの増加を示してきた入学辞退者が,激減するのに加えて,減少の一 途をたどり続ける県内出身者入学率の急増が予想されている。こうした節目の時点をとらえて,共通一 次試験導入以後にひきおこされた入学試験の状況を概観するのは,それなりの意義を持つかと考えられ る。とりわけ筆者は,共通一次試験導入を前提にしての試行テスト実施の段階から,茨城大学入学者選 抜方法研究委員会に参画し,入学試験の企画,調査に長くかかわり続けてきた。全学入選研委員を昭和 62年4.月に辞任した後も,教育学部入学者選抜方法研究委員会のメンバーであった。ついで,昭和63年 度,平成元年度には,教育学部入学試験実施委員会に属し,副委員長,委員長を歴任した。
こうして,昭和51年度以来,およそ14年間にわたり,教育学部の入学試験にかかわり続けてきたこと になる。そうした実績からも,共通一次試験導入以来の状況を概観する責を感じている。
入学試験に関しては,ことの性質上,機密に属する事項が数多く存在するが,この稿で取り扱う事項 は,全て茨城大学学生部が, r入学試験調査報告』に収めて公表した資料にもとつくものである。
竃
入学定員が4ユ5人と定って以来,茨城大学教育学部では,入学試験の合格者を15人前後(入学定員の 約4%)入学定員にうわのせして発表し続けてきた。合格したが入学しない辞退者が,15人前後存在す るのが通例のゆえである。
ところで,共通一次試験が発足した昭和54年度入学試験では,前年度まで行われてきた一期,二期の 入学試験制度が廃止されたのにかんがみ,受験者は茨城大学を第一志望にする筈と考えて合格者を前年 度までに比べてやや少な目に発表したところ,予想を上まわる19名もの入学辞退者を出し,入学定員に 対して10名不足という事態が発生した。そのため,急拠補充の対策をとり,不合格者のうちから得点順 に繰り上げ合格させる措置をとったのである(第1表,第2図)。
昭和55年度以降61年度までは,昭和54年度の状況を勘案して,合格者を入学定員より20人程度ふやし て発表する措置をとってきた。そのため,昭和61年度に入学者数が入学定員と合致した以外は,入学者 が入学定員を5〜10人超過し,繰り上げ合格を実施する必要は存在しなかった。
複数受験制度発足(昭和62年度)に際しては,いわゆるかけもち受験が増加して,相当多数の入学辞 退者がでるのではないかと予想されたため,入学定員を153人うわまわる合格者発表を行っている。け れども辞退者数は予想を大巾にうわまわる198人に達し,入学定員に対し45人の不足を生じるに到った。
この年度の繰り上げ合格者は68人(うち3人入学辞退)に達したため,入学者は435人となり,入学
*茨城大学教育学部
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第1表 入学者総数e男女比・県内入学者数の推移 奪 度 入学者告 男 子
?学者 女 子
?学者 男子比率 県内入 w者数 県内率 昭和51年度 417 (129) (302) 30,0)彩 365 87.5%
52 420 (ユ42) (291) 32.8) 368 87.6
53 415 (177) (252) 33.1) 330 79.5
54 417 183 234 43.9 33◎ 79.1
55 420 エ98 222 47.1 3◎8 73.3 56 422 176 246 41.7 323 76.5
57 419 196 223 46.8 294 70.2
58 423 171 252 40.4 345 81.6
59 418 重75 243 4L9 312 74.6 60 425 168 257 39.5 333 78.3
61 415 162 253 39.0 326 78.6
62 435 169 266 39.3 274 63.0
63 423 154 269 33.0 246 58.2
平成元年度 418 165 253 39.4 196 46.9 2 409i牽ユ2 155
{4
254
E+8 37.9 i33%)
186 轤S
45.5 k33%〕
()は合溢者・合絡者比率
平成2年度の数儘は通常受験と推薦受験の合計である。
409(通常)+12(推薦)〔〕は推薦入学者を示す。
ユ。騨
90 80 70 6e 50
共通一次試験 騰始
第1図
40 30
20
IO o
鍛内入学霜
複数受験制度発足
ベ
ノ㌶ヘー\ハ
x
籍 〃 〃〃 〃〃 〃
?1:1 53 55 57 59 61 63
度
第2図 入学辞退者・
単成2年度
繰り上げ合格者の推移 第2表 入学辞退者数の推移
合格者 辞退者 辞退率 繰り上げ
㈱i者数
昭和51年度 431 14 ・3% 0
52 433 13 3 0
53 429 14 3 0
54 424 19 4 12
55 437 17 4 0
56 439 17 4 0
57 437 18 4 0
58 440 17 4 0
59 438 20 5 0
60 438 13 3 0
61 438 23 5 0
62 568
撃§
35 68
63 535
戦
34 74
平成元年度 654 270 41 34
2 604 300 50 117
辞退者らんの+は追加合格者辞退者を示す。
人300
280 260
240 220 200 180 160
140 120 ieo
80 60
4e 20
o 昭和扇年度
〃 〃〃〃 〃〃護
s3 ss s7 s9 61 63 ,lll 度
折線グラフが入学辞退者を示す。
中川:共通一次試験導入に伴う茨城大学教育学部入学者の変容 45
定員に対する超過が20人(4.8%)となったのである。
昭和63年度以降の入学試験においても,入学辞退者数は常に合格者水まし数をうわまわり,毎年度に わたる繰り上げ合格を実施せざるを得なかった。とくに平成2年度入学試験では,300人に達する入学 辞退者を出すに到り,辞退率50%を記録している。そのため,117人にもなる繰り上げ合格を行った。
300人の辞退者は,茨城大学における入学辞退者697人に対して,43%に相当する。
平成2年度入学試験(推薦入学を除く)にもとつく入学定員不足は99人であった。茨城大学全体での 入学定員に対する不足は336人(毎日1990・3・29)で全国立大学で1位(2位は山形大学334人,
3位が三重大学247人)を記録したから,教育学部での不足数が全学の29%をしめたわけである。
平成2年度における異常な数値は,他大学の多くがA日程もしくは前期重点分離分割の入学試験を実 施した中で,B日程にもとつく入学試験を行った影響と考えられる。
複数受験制度発足以来,隣接諸県の国立大学では福島大学,宇都宮大学がA日程のゆえか,福島,栃 木両県出身の受験者がめだち,加えてこの両県出身者による入学辞退が多かったが,平成2年度では千 葉大学がA日程に変更した事情が影響し,千葉県出身者の受験も多数にのぼったと判断される。
福島,栃木,千葉3県出身者の平成2年度入学試験に際しての辞退率は,それぞれ60%,62%,57%
であった。前年度には,千葉県出身者の辞退率は12%にすぎなかったから,平成2年度に辞退率が著し く増加したのは,千葉大学とのかけ持ち受験に伴う結果と考えられる。平成元年度における千葉県出身 合格者は8人(内辞退者エ人)であったのに,平成2年度には49人合格・28人辞退という結果になって いる。志願者は,86人から186人へと変化したから,2.16倍の増加である。
平成3年度入学試験を,A日程に変更したのは,近県出身者によるかけ持ち受験を阻止し,大:量の入 学辞退発生を防止しようとの判断にもとつく措置である。ちなみに,平成2年度における入学志願者は
2,992人で前年に比べて682人の増加であった。このため受験場とする教室が大巾に不足し,県立水戸 第二高等学校の校舎を借用せざるを得ず,加えて試験監督員も不足し,大学本部の事務官による応援を 受ける事態となった。このような事情が,平成3年度入学試験日程を変更した背景として存在する。
2
都道府県内にそれぞれ教員養成大学e学部が存在するためか,教員養成大学・学部では,大学所在地 の県(都道府)出身の学生が入学定員中の多数を占めるのが通例と称される。茨城大学教育学部の場合 にも,昭和40年代後半の時点では,県内入学者が全入学者に占める比率は,80〜90%に達していた由で ある。今回の調査は,昭和51年度以降を対象にしたが,昭和51年度では87.5%,昭和52年度は87.6・%
(それぞれ合格率)で,県内出身学生の占める割合は,非常に高率であった。
これに対して,共通一次試験導入の昭和54年度から複数受験制実施の前年度(昭和61年度)までは,
県内出身者の占める割合が10〜15%程度低下している。例外的に昭和58年度が81.6%の県内率を示すけ れども,全体的な傾向は,他県出身者の増加を示すとみるべきだろう。
共通一次試験導入以前の段階では,他県出身者でめだつ存在は,福島県,千葉県,栃木県の出身者で あった。他県出身者の場合には,出身高校ごとの集計をil入学試験調査報告』が掲載しないため,数量 的把握はできないが,大半は福島県立磐城高等学校,福島県立磐城女子高等学校であった事実が,履修 科目申告票に起載する出身高校名を介して判っている。
福島県出身者が前記のこ高校に偏在したのは,福島大学が「申通り」と俗称される東北本線沿いの地
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第3表 近県出身入学者数の推移 第3図 近県出身入学者の推移 年 度 福島 群馬 栃木 千葉
昭和51年度 16 1 3 14
52 8 1 7 6
53 9 1 12 24
54 13 2 8 14
55 12 12 15 13
56 5 9 13 14
57 9 12 18 18
58 5 11 9 9
59 10 15 11 13
60 15 4 7 13
61 8 4 16 9
62 19 16 32 8
63 30 12 42 8
平成元年度 47 15 53 7
2 +2P 13 +4P 21
第4表 近県出身合格者数の推移
人 50
4e
30
20
10
o
Xl)LY.si,tv
/
メ IN /N l AN /膿 1 栃木 ノ ノ
i / l i
l 福島
sstiifN,i//ilLss,,/ x r(], lil
ノ隔…刈
年 度 福島 群馬 栃木 千葉
平成元年度
@ 2
75
i63%)
U2+1 i40%)
30i50%)
@39i33%)
114
i46%)
P12+2 i38%)
8
i88%)
@49i43%)
()は入学率 第3表・第4表とも+は 推薦合格者
第5表 合格者総数・男女比。
県内合格者数の推移
年 度 香@数合格者
男 子
㈱i者
女 子
㈱i者
男 子 艨@率
平成元年度
@2
620 V21
254 Q69
367 S52
,41.0%
R7.3
〃
3 6
〃
61
〃
59
〃
7 5
〃
5 5
〃
3 5
昭和51年度
人
700
600
soe
400
第4図 合格者の推移
成2年度
年 度 県内合格者 県 内 率 36.9 90
33.7
平成元年度 2
229 243
〃
3 6
〃
61
〃
9 5
〃
7 5
〃
55
〃
3 5
昭和51年度 平成2年度
中川:共通一一次試験導入に伴う茨城大学教育学部入学者の変容 47
域北部に存在するのに対し,位置が不利であった事情と深くかかわった様にみてとれる。前記の二高校 は,太平洋岸に展開する「浜通り」でも南部に位置し,位置的には茨城県北部と隣り合っている。茨城 県庁のある水戸へは列車が直通するけれども,福島県庁のある福島へは郡山での乗り換えを必要とする 交通事情が,茨城大学指向の一因とみるべきだろう。千葉県出身者の場合には,一期校としての千葉大 学受験に失敗し,やむなく二期校の茨城大学に入学する者が,かなり存在した事情を,面接や聞きとり で筆者は確認している。
栃木県出身者の場合には,出身高校はおおむね栃木県立真岡高等学校,栃木県立真岡女子高等学校,
栃木県立茂木高等学校であった様に,履習科目申告票を介して読みとれる。これら三高校は,いずれも 栃木県内では茨城県との隣接地に位置している。
共通一次試験導入によって生じた異変は,群馬県出身者がめだって増加したことである(第3図)。
原因は,茨城大学教育学部の実施する入学試験(二次試験)が,群馬大学教育学部によって課せられる ものに比べて負担が軽いと受験生に受けとられたところに存在する様に,面接や聞きとりを介して感じ られる。茨城大学教育学部では,共通一次試験制度導入以来,実技三学科(音楽,美術,体育)以外は 小論文或は一教科を二次試験に課してきた。加えて共通一次試験得点に対する二次試験得点の比率が低
いために,共通r次試験自己採点によって合否の予測をつけやすい(二次試験による逆立合格の可能性 が少ない)ので,リスクの多い群馬大学教育学部受験を取りやめた結果であるように思われる。
こうした事情は,茨城大学教育学部が二次試験に課す小論文または教科を2科目どし,二次試験の配 点を引き上げると,群馬県出身入学者が激減(昭和60・・61年度)した事実からもうかがい知れよう。
複数受験制度採用に伴って,福島,栃木両県出身入学者が激増した状況が,第3図から明瞭に読みと れる。千葉県出身入学者が平成2年度に急増したのは,前述の様に千葉大学が平成2年度入学試験を,
A日程で実施した影響と解される。
平成2年度入学者に占める他県出身者の割合は,54.5%(223人)であるけれども,最も数が多いの は栃木県出身者で他県出身者の18。8%(42人)を占めている。栃木県出身者が入学者全体に占める割合 は,10.O%である。ついで福島県出身者の11.2%(25人)となる。栃木,福島,千葉,群馬の4県出身 者で他県出身者の45.2%(101人)にもなり,入学者全体の24.7%を記録する事実に注意したい。しか
し,平成3年度入学試験では,他県出身者の占める割合は,大巾に韓衣するかと思われる。
栃木,福島両県出身入学者でめだつ現象は,複数受験制度導入以来,従来は入学者のほとんどいなか った地区の高校出身者が急増したことである。公表資料である「合格者名簿」の出身高校らんを検索す ると,栃木県では宇都宮市内の高等学校,那須地区の高等学校出身者を数多くみいだせる。福島県の場 合には, 「中通り」の福島市,郡山市に位置する高等学校出身者が数多く混っている。これらの入学者
の多くは,宇都宮大学,福島大学が不合格ゆえに,不本意ながら茨城大学に入学したのではないかと考 えられる。
3
共通一次試験導入以後,入学者にみられるめだつ変化のひとつに,入学者に占める女子学生の比率が かなり減少した事実がある。共通一次試験実施前年の昭和53年度には,女子学生は合格者の66.9%を占 めていた。これに対して昭和54年度以降は,年度によって相違はあるけれども,女子学生の占める比率 が50%台であった事例が6回(最低が52.9%一昭和56年度)を数えている。昭和60年代に入ると,再び
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女子学生の占める割合が高くなる傾向が認められる。
女子学生の割合がなぜ変動するのか,理由は明らかでない。五教科七科目の共通一次試験は,女子高 校生に不適合ゆえ,科目数,できれば教科数を削減し,女子が受験しやすい体制を作ってほしいとの要 望が,複数の進路指導担当者によって表明された事実を入学試験懇談会に出席して筆者は聞きとってい る。事の適否を判断する材料を持たないが,共通一次試験が五教科五科目になった昭和60年代になって から,女子学生入学率は60%台になっている。
先に言及した様に,複数受験制度導入以来,合格者と入学者の間にみられる格差は増大し続けてきた。
複数受験元年に相当する昭和62年度には,合格者568人に対し,辞退者198人(入学率65.3%)であっ たのに対し,昭和63年度入学率は65.9%,平成元年度入学率は58.7%,ついで平成2年度には50.4%と なってしまった。こうした現象が大量の繰りあげ合格者を生ずる原因のひとつである。平成元年度にお いて,270人もの入学辞退者をだしたにもかかわらず,繰り上げ合格者が34人にとどまったのは,合格 者が入学定員を139人もうわまわっていたのによっている。しかし,入学定員を大巾にうわまわる合格 者を発表すると,辞退者が少ない場合には過剰入学となって,学生の教育に困難するのに加えて施設設 備の不足をきたすため,容易にふみきれない事情がある。平成2年度に大量の繰り上げ合格者をだした 背景には,過剰合格に対する懸念があったといえるだろう。
前述した様に,都道府県別にみた辞退率には,大きな相違があるため,合格発表に際しては,受験者 の出身県を充分に検索する必要が存在する。
平成2年度における茨城県出身の合格者は243人であったが,入学者は190人であった。辞退率は,
22%であった。