資産除去債務の会計と環境負債
朴 恩 芝
!
.は じ め に日本企業の環境関連活動が環境報告書という媒体をとおして本格的に開示さ れて,すでに10年の歳月が経つ"。日本の環境省によって2000年から公表・改 訂された「環境会計ガイドライン」に即して,企業は環境への取り組みに関す る物量情報はもちろん貨幣情報をも報告してきている。環境会計ガイドライン では,環境改善や浄化などのために費やした支出を環境投資と費用に区分した 環境コストと認識し,そこから測定された環境保全効果を物量情報と貨幣情報 にまとめて,環境会計情報というかたちを作り上げている。
その計算過程はいまだ裁量の余地が多く,必ずしも明瞭ではないが,環境会 計ガイドラインにより,企業の開示する環境情報がもつ不確実性,比較可能性 や理解可能性の問題が一定水準で緩和されたと評価できる。
しかしながら,こうした環境会計情報はあくまでも環境報告書の領域にとど まり,財務報告書をとおされるものではないこともあって,財務情報としての 認識は薄い。そのため,企業の主なステークホルダーである投資家には注目さ れにくく,投資に有用な情報としての位置づけが困難であった。
その一方で,アメリカでは1980年代のスーパーファンド法実施を機に,環 境情報,なかでも環境負債に対する関心が高まり,財務情報としての投資家の 注目度も高いとされる
#
。
(1) もちろん,それ以前にも電力や化学など一部の産業においては自主的な環境関連情報 の報告書が発行されていた。
(2) アメリカにおける環境負債と 資 本 市 場 と の 分 析 に 関 し て は,Barth and McNichols
(1994), Campbell et al.(1998,2003), Cormier and Magnan(1997)などを参照されたい。
香 川 大 学 経 済 論 叢 第83巻 第3号 2010年12月 93−104
日本でも,資産除去債務に関する会計基準が新しく施行されることで,環境 負債への投資家の関心が期待されている。後述するが,資産を除去処理する際 に,汚染物質を浄化,除去することが予想されるからである。
ここでは,環境情報の計上可能性の側面でも注目されている資産除去債務の 会計について検討したうえで,なかでも環境負債と関連して,資産除去債務の 開示が企業の環境行動にどのような影響を与えるのかを考える。
本稿は次のような構成である。まず,第Ⅱ章において,環境会計情報と資本 市場との関係に関する動向をとおして,環境会計情報が投資家に注目されつつ あることを確かめる。次の第Ⅲ章では,環境情報,なかでも環境負債情報の一 部が財務情報として規制される資産除去債務を取り上げ,基準導入の背景や資 産除去債務の会計処理,その問題点を検討する。最後に,資産除去債務の会計 基準を切り口として,今後財務諸表における環境情報の開示についての展望を 述べる。
Ⅱ.環境会計情報と資本市場
上述のように日本における環境会計情報の位置づけは難しいが,それでも近 年環境会計情報の開示と企業価値評価に関する研究が試みられつつある。研究 の初期形態では,企業が環境(会計)情報を開示する動機に着目点がおかれた が,徐々に環境情報,とりわけ環境会計情報そのものが企業にいかなる経済的 帰結をもたらすか,なかでも資本市場との関連に注目した分析がおこなわれて いる。
石川・小菅(2005)は,情報の受け手として投資家を想定し,証券市場にお いて,環境会計が投資意思決定に有用な情報としての機能を遂行しているのか を分析している。また,朴(2009)は,投資家が企業の環境コスト情報を利用 していくつかの投資意思決定をおこない,さらに企業評価において,環境会計 情報が企業の環境行動と経済上の収益性との両立を実質的に促す役割をしてい ることを確かめている。
このように,近年資本市場においてみられる環境会計情報との関連性は,投
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資家の環境リスクへの関心が以前より高まっていることを物語っているのかも しれない。なぜなら,企業が環境行動,なかでも環境投資としての環境コスト を支出する行動は,将来起こるかもしれない環境関連の訴訟問題やその費用を 減らす意味で,潜在的な環境リスクの減少につながるからである。
さらに,いま環境コストを負担することで,たとえば予想される資産除去債 務の支出を減らすこともできる。現に,2010年4月会計年度より資産除去債 務の会計が適用されている。資産除去債務は将来支出すべき資産の除去にかか る処理費用を,取得時点で認識することが求められている。資産除去債務の会 計はその新しい会計処理に注目が集まっているが,この会計基準を契機とし て,財務諸表において環境負債をはじめとする環境情報の開示が今後加速する という意味で,重要な意義をもつ。とすれば,企業の環境行動が経済的帰結を もたらすかたちとなりうる。
阪(2009a)は,環境負債情報と資本市場との関係に関する海外の研究につ いて検討している。そこでは,諸研究をとおして,汚染に基づく潜在的環境負 債情報が,株価,資本コスト,格付けなどにおいて有意な関係があることを明 らかにし,資本市場における環境負債情報の有用性を確かめている。
今後環境負債は,日本でも資産除去債務の会計基準導入によって財務諸表上 に開示されることになるが,それに現在企業が担うはずであろう環境負債がす べて含まれるわけではない。すなわち,あくまでも環境負債の一部が資産除去 債務の項目として取り上げられることに注意を要する。しかし,たとえ環境事 象の一部であっても,企業の財務諸表にその開示が規制されることは大きな意 味をもつ。
いま,企業が営利活動に環境というテーマを組み込むことは,ステークホル ダー,とりわけ株主などの投資家に向けた経営戦略の一環としておこなわれる 環境行動が,投資意思決定にますます強い影響力をもつことを予見することに ほかならない(朴,2009)。今後こうした企業の環境行動が投資意思決定にど のような影響を与えるかを,資本市場をとおして直接的に確認することが期待 される。
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Ⅲ.資産除去債務の会計
1.資産除去債務会計の導入
2008年3月日本の企業会計基準委員会(ASBJ)から,「資産除去債務に関 する会計基準」(企業会計基準第18号;以下会計基準)と「資産除去債務に関 する会計基準の適用指針」(企業会計基準適用指針第21号)が公表され,2010 年4月からの事業年度会社に適用されている(早期適用可能)。
「資産除去債務」とは,有形固定資産の取得,建設,開発または通常の使用 によって生じ,法令または契約で要求される法律上の義務およびそれに準ずる もので,その「除去」には売却,廃棄,リサイクルその他の方法による処分な どが含まれる(会計基準3項)。また,有形固定資産そのものの除去義務はな いとしても,資産除去の際にその資産に使われている有害物質の除去が法律な どによって要求される場合も含まれる。
ただし,不適切な操業などの異常な原因により発生した場合は引当金や減損 処理で対応し,使用期間中におこなう環境修復や修繕,自発的な計画のみによ る資産除去は対象としない(会計基準24項,28項)。
資産除去債務の会計では,資産負債両建て計上という新しい会計処理が求め られている。それは,資産除去債務を負債として計上するとともに,これに対 応する除去費用を前もって有形固定資産に計上する方法である。ここで検討さ れたのは,有形固定資産の除去に関する将来の負担を財務諸表に反映させるこ とで,投資情報として役立たせるということである。
こうした新しい概念が導入された背景には,日本の会計基準と国際財務報告 基準(IFRS)との差異を縮小することを目的としたASBJと国際会計基準審議 会(IASB)のコンバージェンスという動きが影響する。そもそも,当時資産 除去債務は日本に存在しなかったため,検討すべき項目の1つとして2006年 の共同プロジェクトの第3会合において「短期プロジェクト項目」として追加 されていた。
この会計基準の導入により,一部ではあるが,環境負債への企業リスクが公
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になることが予想される。なぜなら,資産除去債務の会計では,資産除去の際 に有害物質を処理することが前提となるため,その環境対策からの環境負債が 資産除去債務として計上されるからである。
さらに,IFRSとの調整のなかで,負債の適用範囲がより拡大することで,
今後企業のさまざまな環境情報が,何らかのかたちで財務諸表上に開示される ことも期待されている。いままでは,環境負債が財務諸表上で扱われない重要 な理由の一つに見積可能性の問題があったからである。たとえ発生可能性が高 くても,合理的な見積額が算出できないと負債として認識されなかったが,今 後は環境負債の見積額の許容範囲が広くなる可能性がある。
2.資産除去債務の会計処理と問題点
! 資産除去債務の認識
この新しい会計基準で注目されるところは,資産負債の両建て計上という会 計処理である。なかでも議論されている部分は負債計上の方法である。いまま では将来支出が予想されていたとしても,事前に負債の全額を計上することは なかった。それに対し,資産除去債務の会計基準では,将来の支出を有形固定 資産の取得時点で負債として計上することを求めている。
一般に有形固定資産に関しては,当該資産の耐用年数が到来した時に,解体 や撤去,処分に必要な費用が,その残存価額に反映されていた。しかし,有形 固定資産の減価償却はあくまでも取得原価の範囲内でおこなわれるものであ り,残存価額がマイナス(負の値)になるような処理は想定されないため,事 実上適用はなかったと考えられている。一方,有形固定資産取得後,当該資産 の除去に関する費用が引当金設定条件を満たす場合
"
は,その負担額を当期の費 用または損失として引当金繰入処理するとした。しかし,新たな費用・損失処
(3) 企業会計原則注解注18においては,引当金設定に関して次のように規定している。
将来の特定の費用または損失であって,その発生が当期以前の事象に起因し,発生の 可能性が高く,かつその金額を合理的に見積ることができる場合には,当期の負担に属 する金額を当期の費用または損失として引当金に繰入れ,当該引当金の残高を貸借対照 表の負債の部または資産の部に計上するものとする。
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理については,計上の必要性や将来発生する金額の見積り方法が不明確である ため,一般的に用いられることは困難であった(会計基準31項)。
これについては,「資産除去債務の会計処理に関する論点の整理」において も,その処理を引当金計上とするか,負債と資産の両建て計上とするかが,検 討されている。
有形固定資産の耐用年数が到来した時に,解体,撤去,処分に費用を要する 場合,その除去にかかる用役(除去サービス)の費消を,当該資産の使用に応 じて各期間に費用配分し,それに対応する金額を負債として認識する引当金処 理の意見が出されていた(会計基準32項)。このような引当金処理の意見で問 題になったのは,将来支払われる債務が当初の時点で把握されないということ である。つまり,将来負担するはずの負債の全額を,現時点でつかめないとい うことは,リスクに対する投資家の投資判断に不利な影響を与える。
日本での資産除去債務は原則法律上の義務であるため,将来の支出が不可避 的なものである。つまり,将来確実に負うべき負債を認識した場合,たとえ将 来の支払いであっても,負担すべき金額が合理的に見積られる場合は,当初の 時点で資産除去債務の全額を現在価値に直した金額を負債として計上するとと もに,同じ額を有形固定資産の取得原価に反映させる資産負債両建て処理を推 進すべきとする意見が提示された。この方法では,当初負債の全額が把握され ない引当金とは違い,初期段階で負債の全体像がつかめられる。
後者の会計処理は,結果として,除去債務を負債として計上するとともに,
対応する除去費用をその取得原価に含めることで,当該有形固定資産への投資 について回収すべき額を引き上げることになる。有形固定資産に対応する除去 費用は通常の減価償却をとおして,当該有形固定資産の使用に応じて,各期間 に費用配分される!。
(4) 資産除去債務の会計基準では,この両者をまったく別のものとしてはみず,資産負債 両建て処理に引当金処理が含まれるものと位置づけている(会計基準34項)。
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当初 期間中計上 最終決算*
(B/S)負債計上 0 毎期一定金額ずつ引当金 全額表示
(P/L)費用計上 毎期一定金額ずつ引当金繰入 表1 引当金計上の会計処理
*資産除去時は消去される。
! 引当金処理と資産負債両建て処理
周知のとおり,引当金は,将来支出の発生可能性および見積可能性の条件が 満たされることで計上される。こうした引当金処理は,将来の支出に備えて一 定期間にわたり引当金を積むかたちをとる。しかしながら,この方法で予想さ れる将来支出の全額が明らかになるのは,あくまでも将来支出が完了した時点 である。そのため,当初時点では負担の全体像がつかめられず,投資情報とし て十分でないと判断されるのである(表1)。
その一方,資産負債両建て計上の会計処理を考えてみよう。この場合は,ま ず将来の支出額を見積り,当初の時点で資産除去債務という負債を計上し,そ れと同時に同じ金額を有形固定資産の取得原価に加算する。その後は,除去ま での期間,通常の有形固定資産としての減価償却がおこなわれる。将来支出額 を当初計上するときは,時間価値を勘案し現在価値に直す"。そして,将来の支 出額と現在価値との差額は,毎期首の資産除去債務の累計額に見合う利息を もって負債に加算するとともに,利息費用を毎期計上する(表2)。
(5) 資産除去債務の算定における割引前将来キャッシュ・フローについては,原状回復に おける過去の実績や有害物質などに汚染された有形固定資産の処理作業の標準的な料金 の見積りなどを基礎とする自己の支出見積りによる考え方を採択している。また,割引 率については,無リスクの割引率を用いる(会計基準36−37項)。
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当 初 期間中計上 最終決算*
(B/S)資産計上 将来支出の現在価値
(有形固定資産加算)
そのまま そのまま
(B/S)負債計上 将来支出の現在価値 毎期利息費用分資産除去債務 全額表示
(P/L)費用計上 毎期利息費用
(B/S)負債計上 毎期減価償却累計額 全額表示
(P/L)費用計上 毎期減価償却
表2 資産負債両建て計上の会計処理
*資産除去時は消去される。
資産負債両建て計上では,貸借対照表において,最初の時点で資産除去支出 の現在価値,最終決算時には資産除去支出全額が資産除去債務として明らかに なる。また,損益計算書では,資産除去支出の現在価値が毎年減価償却を通じ て費用計上されるとともに,利息費用も計上される。資産の除去に伴う支出が なされたときには,負債の資産除去債務が消去される。すなわち,資産負債両 建て計上では,資産除去債務を当初から財務諸表に全額表示することで将来の 支出に関する情報を提供するため,投資情報としての企業の経済実態を適正に 表していると評価される(会計基準22項;阪,2009b,12頁)。
アメリカでは,2001年8月SFAS143「資産除去債務の会計処理(Accounting for Asset Retirement Obligations)」が公表され,資産除去債務の両建て処理が認 められた。そこでは,資産除去債務を公正価値で負債計上すると同時に,同じ 額を資産除去費用として計上し,資産の耐用年数にわたって費用処理してい る。IFRSでも,IAS16「有形固定資産(Property, Plant and Equipment)」にお いて,資産の解体,撤去,原状回復費用の当初見積額を有形固定資産の取得原 価に含めるなど,両基準ともに,資産除去債務を当該資産の取得時に資産と負 債を両建て計上する会計処理をおこなう!。
資産除去債務の資産負債両建て処理の注目すべき点は,現在価値に置き換え た将来の予想支出額を,当初の時点で計上するところにある。そこでは,たと
(6) しかしながら,割引率算定など詳細なところにおいては,日本を含むそれぞれの基準 にズレがある。
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え将来支出時期や金額が不確実であっても,ひとまず当初時点での負債計上が 要求されている。これは既存の負債認識からその認識範囲が広がることを意味 するものである。その一方で,途中で支出予想金額が変わるとそれにあわせて 調整する必要があるなど,複雑な会計処理となる。
両建て計上については,負債とともに資産の計上額も増加するため,資産の 価値が膨張する一方で自己資本比率(ROE,自己資本÷利益)や総資本利益率
(ROA,総資本÷利益)などの財務比率の悪化も懸念される。また,取得時点 で認識する有形固定資産本来のものと除去処理時点の除去費用は過去と将来支 出額の混合による費用であるため,同じ期間に同じ価値をもって対応する適正 な期間利益の算定ができないとの指摘もある(菊谷,2007,38頁)。
このように,資産除去債務の両建て処理は理論かつ実践の面で欠陥があるた め,法律上の義務で資産除去が強制される場合や環境負債のリスクが懸念され る場合は両建て処理をおこなうとしても,一般の有形固定資産(事業用)の場 合は,引当金処理が妥当であるとの意見が出されている(菊谷,2007,39頁)。
このような懸念にもかかわらず,新しい会計基準では最終的に資産負債両建 て計上が支持,採択されている。それは,両建て計上こそが企業の経済的実態 に即した投資意思決定の有用性に重点をおいていると判断されたからである。
資産除去債務は将来の支出義務で,事業活動に不可欠な投資の一部として資 産計上され,その一方負債として貸借対照表に計上される。また,減価償却と 利息費用のかたちで,損益計算書上の利益に影響をあたえる。
当初の時点で将来負担すべき環境負債の全額を算出し計上する資産除去債務 の会計処理は,環境リスクを鮮明に引き出す効果をもつ。従来の財務会計にお いて,一般に投資家が企業の出す利益を判断材料として,投資のための企業価 値を評価していたのはいうまでもない。しかし,今後はそのような利益だけで なく,それ以外の幅広い企業活動とそこから得られる成果またはリスクまでも が企業価値の評価に加わることになる。
不確実な情報への抵抗や財務比率の問題はあるものの,リスク負担が予想さ れる情報の提供は今後企業のリスクマネジメントの一環とみなされ,その開示
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の重要性が増すであろう。資産除去債務における新しい会計処理によって,財 務諸表上で当該部分における企業の経済的実態がより適切に表され,投資家の 投資意思決定に有用な情報としての役割が期待される。
Ⅳ.制度としての環境負債
こうした資産除去債務の会計基準は,当基準の適用そのものの影響はもちろ ん,それを機にいままで明らかにされなかった環境負債や関連情報の開示が広 がる意味でも注目されている。さらに,日本では引当金の改訂作業が進められ ており,環境修復引当金の導入も表面化するなど,環境負債は多様なかたちで 開示が期待される(光成,2010)。
前述のとおり,環境会計ガイドラインの公表により,日本企業の環境行動が 環境コストとベネフィットのかたちで報告されるようになっている。こうした 動きが,企業とステークホルダー各々の環境情報への意識を強める一要因と なったのは確かであろう。ただし,これらの動きはあくまでも環境報告書をと おした環境情報の一環として提供されたものであり,そこから投資意思決定へ の影響力を直接測ることは困難であった。
今後財務諸表に規制された環境情報が含まれることで,企業の環境行動と資 本市場との関係を直接的に分析できる。これによって,環境負債に対する市場 の反応を把握し,企業の環境リスクへの対応とその評価を読み取ることができ るだろう。
そもそも環境情報が財務諸表上の開示対象にならなかったのは,その情報が もついくつかの制約のためである。環境意識が低かった時代には,環境負債を 意識すること自体少なかった。時代が変化し,環境意識が社会的に高まり,環 境負債の発生可能性を考慮しても,いつ発生するのか,さらにその支出はいく らになるのかを予測するのは困難で,負債としての計上は難しかったのであ る。このように環境事象については,不確実性が大きく左右し,引当金設定に も至ることができず,財務諸表上で対応することができなかったのである
!
。 資産除去債務の会計基準が導入されることで,リスクマネジメントの観点で
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これら不確実な要素への対応が表面化されることが期待される。もちろん,不 確実な情報をむやみに財務諸表上に載せることはできない。しかし,環境事象 のように,将来の重大な損失となりうるリスクへの対応は十分要求されるだろ う。とくに将来IFRS導入が避けられない現在,ますますリスクへの厳しい対 応を迫られることが予想され,早急な企業のリスクマネジメントが要求され る。
環境情報を財務諸表上に取り入れる動きは,すでにアメリカを中心に見られ ており,アメリカのFASBとのコンバージェンスを進めているIASBにおいて も,同様である。
FASBではEITF93−5「環境負債の会計処理(Accounting for Environmental
Liabilities)」とアメリカ公認会計士協会の見解書(SOP)96−1「環境修復負債
(Environmental Remediation Liabilities)」において,環境負債,環境関連情報の 会計処理や監査に関して扱っている!。
他 方,IASBのIAS37「引 当 金,偶 発 負 債 お よ び 偶 発 資 産(Provisions, Contingent Liabilities and Contingent Assets)」(2004年改訂)では,汚染土壌に ついて,その浄化責任に関する引当金計上が求められている。
さらに,財務諸表において環境情報開示を規定しているアメリカのSECで も投資家にとって重要な情報として,環境リスク・環境負債情報を位置づけて おり,このような環境関連情報が開示されなければ,投資意思決定を損なうこ とを警告している(阪,2005,80頁)。
現在,地球レベルでの環境保全活動が求められており,今後より多くの環境 情報が財務諸表上の項目として取り入れられる可能性は高くなるだろう。企業 のリスクマネジメントが注目されるなか,環境リスクはリスクの発生可能性や 負担額の規模,そして何よりも社会の関心から,より重要な位置に置かれる。
(7) 実際,環境にかかわる費用が発生した場合は,偶発債務の処理方法を用いることが多 い。
(8) 阪(2005)の図表1,2を参照されたい(76−77頁)。
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参 考 文 献
Barth, M. E., and McNichols, M. F.(1994) Estimation and Market valuation of environmental liabilities relating to superfund sites, Journal of Accounting Research, Vol.32Supplement, pp.177−209.
Campbell, K., Sefcik, S. E. and Soderstrom, N. S.(1998) Site uncertainty, allocation uncertainty and Superfund liability valuation, Journal of Accounting and Public Policy, Vol.17, pp.331−
366.
Campbell, K., Sefcik, S. E. and Soderstrom, N. S.(2003) Disclosure of private Information and reduction of uncertainty : environmental liabilities in the chemical industry, Review of Quantitative Finance and Accounting, Vol.21, No.4, pp.349−378.
Cormier, D. and Magnan, M.(1997) Investor’s assessment of implicit environmental liabilities : an empirical investigation, Managerial Finance, Vol.19, No.6, pp.53−64.
企業会計基準委員会(2007)「資産除去債務の会計処理に関する論点の整理」。
企業会計基準委員会(2008)「資産除去債務に関する会計基準」(企業会計基準第18号)。 企業会計基準委員会(2008)「資産除去債務に関する会計基準の適用指針」(企業会計基準適
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菊谷正人(2007)「有形固定資産の取得原価と資産除去債務」『税経通信』9月号,33−40頁。
黒川行治(2009)「資産除去債務を巡る会計上の論点」『企業会計』Vol.61, No.10,18−30頁。
阪智香(2005)「環境資産と環境負債の会計と開示−アメリカ・IASBにおける会計基準の動 向」『商学論究』第53巻第2号,65−83頁。
阪智香(2009a)「環境負債を巡る資本市場分析に関する諸研究−わが国における環境負債研 究への示唆−」『社会関連会計研究』第21号,39−51頁。
阪智香(2009b)「資産除去債務の会計」『環境管理』Vol.45, No.6,11−16頁。
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朴恩芝(2009)「企業の環境投資と株式リターン」『社会関連会計研究』第21号,65−75頁。
光成美樹(2010)「資産除去債務はスタートライン」『日経エコロジー』4月号,126−128頁。
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