意味理解を大切にした中学校数学科の実践研究 − 概念や手続きの振り返りを取り入れた指導−
著者 古谷 悠貴
雑誌名 奈良教育大学教職大学院研究紀要「学校教育実践研
究」
巻 7
ページ 11‑20
発行年 2015‑03‑31
その他のタイトル A practical study on mathematics at the junior high school that valued relational
understanding ‑ The instruction of reflection
about the mathematical concept and procedure ‑
URL http://hdl.handle.net/10105/9964
意味理解を大切にした中学校数学科の実践研究
-概念や手続きの振り返りを取り入れた指導-
古谷 悠貴
奈良教育大学大学院教育学研究科教職開発専攻
A Practical Study on Mathematics at the Junior High School that Valued Relational Understanding
- The Instruction of Reflection about the Mathematical Concept and Procedure -
Yuki Furutani
School of Professional Development in Education 、 Nara University of Education
<あらまし> 本研究は、生徒の意味理解の深まりに向けて、数学的な概念や手続きを生徒 自身が振り返り、その根拠を数学的な表現を用いて説明できるようになるための支援の有効 性を実践から検証したものである。全国学力・学習状況調査で課題として挙げられている
「理由を説明する活動」について考察し、3つの「知る」( Knowing-That 、 Knowing-How 、
Knowing-Why )を通して生徒が理由を説明できるようになることをねらいとした。これら
を支援するものとして付箋や課題を実践に取り入れた結果、生徒の意識の変容から数学的な 概念や手続きを振り返るための支援として、付箋を用いることが有効であることがわかっ た。そして、授業後の感想で「付箋を用いることでなぜ答えがそうなるのかがわかりました」
という生徒の記述があったことから、本取り組みを継続して行うことで意味理解の深まりが 期待できることがわかった。
<キーワード> 概念的知識 手続き的知識 説明
1. 研究の背景および目的
1. 1. 求められる「理由を説明する活動」
平成 19 ~ 22 年度の全国学力・学習状況調査の結 果では、記述問題において「事柄が成り立つ理由を 説明すること」が課題となっている。平成 26 年度調 査結果でも課題が残っていることは否めないことか ら、 「事柄が成り立つ理由を説明する活動」が求めら れていることがわかる。また、 「言語活動に関する指 導事例集 ~思考力、判断力、表現力等の育成に向 けて~」(文部科学省 2001 )に示されている、言語 活動の充実に向けた優れた指導事例をみても、「概 念・法則・意図などを解釈し、説明したり活用した りする」活動が求められており、さまざまな言語活 動の中でも「理由を説明する活動」に着目し、授業 の中で生徒が数学的に表現できるようになるための
支援を考えることは、日本の教育の動向からも重要 である。
1. 2. 「理由を説明する活動」の良さ
以上のように「理由を説明する活動」が求められ ているが、その活動を取り入れることで生徒にとっ てどんな良さがあるのだろうか。
市川( 2000 )は、実際に行われた認知カウンセリ ングの事例から、概念、意味、性質、手続きなどに ついて言語的に説明・記述することを促すことを提 案しており、その教育的意味として「理解の診断や 深化に役立つ( p.362 )」ことを挙げている。
また、言語的に説明することは教科の目標にか
なっていないという意見に対して、市川は「いわゆ
る問題演習の意義は当然認めるものの、ややもする
とそれは手続き的な技能に習熟するだけに終わって しまい、必ずしも概念理解が深められない( p.369 )」
と述べている。
このことから、学習すべき概念や手続きを生徒が 言語的に説明・記述することで、生徒にとっては手 続き的な技能の習熟だけでなく理解も深まるという 良さがあることが明らかになった。
1. 3. 意味理解を大切にした指導
さて、ここでいう “ 理解 ” とは、どういう意味で あろうか。 R.R. スケンプ( 1992 )は、 “ 理解 ” とい う言葉を、関係的理解と道具的理解という2つの意 味で捉えている。関係的理解とは、 「やっていること も、その理由も、どちらもわかっている( pp.3-4 )」
ことで、道具的理解とは、「『理由なき規則』を身に つけてそれを用いる( p.4 )」こととし、道具的理解 よりも関係的理解の重要性を主張している。
そこで、市川の提案とスケンプの主張をもとに、
本研究では “ 理解 ” を関係的理解と捉えることとす る。また、中学校学習指導要領数学編(文部科学省 2008 )で示されている数学科の各学年の内容では、
特に新しい知識・技能を習得する場面と考える箇所 に「~の意味を理解すること」といった表現が多用 されている。このような背景から、本研究ではその 場面の実践を取り扱うことを示すため、関係的理解 を “ 意味理解 ” という言葉で示すこととする。
以上のことから、本研究で目指す生徒の姿を、 「手 続き的な技能だけでなく成り立つ理由も分かってい る状態」、つまり「意味理解ができている状態」とし、
その姿に向けた取り組みとして、学習すべき概念や 手続きを生徒に言語的に説明させる指導を行う。こ のような、目指す生徒の姿に向けた指導を「意味理 解を大切にした指導」と捉えることとする。
1. 4. 本研究の目的
以上のことを踏まえ、本研究の目的を、生徒の意 味理解の深まりに向けて、数学的な概念や手続きを 生徒自身が振り返り、その根拠を数学的な表現を用 いて説明できるようになるための支援方法を見いだ すこととする。
2. 研究の方向性
2. 1. 概念的知識と手続き的知識とは
礒田・原田( 1999 )は「概念的知識」を意味と 呼び、「意味とは『~は…である』と表せる内容で あり、定義や性質、そして根拠を基にした推論など が該当する。( p.9 )」と述べ、「手続き的知識」を手 続きと呼び、「手続きとは何かと言えば、『~ならば
…しなさい』と表せる内容であり、やり方や書き方、
形式、そして無意識に進む計算、暗算などが該当す
る。( p.10 )」と述べている。
筆者が捉えている意味と、礒田・原田が示す意味 が類似していることから、本研究では礒田・原田が 示す意味をもとに「概念的知識・手続き的知識」を 捉えることとする。
2. 2. 数学教育における意味理解を大切にした授業
-3つの「知る」-
清水( 1988 )は数学学習の過程を捉える枠組みと して、「 Knowing-That 」「 Knowing-How 」という 2つの概念を導入し、さらにこれら両者を協応させ る機能として「 Knowing-Why 」を加えている。そ れぞれの言葉の定義は次の通りである。
【 Knowing-That 】
学習を……であることを知る(概念的知識)
【 Knowing-How 】
学習をいかに……するかを知る(手続き的知識)
【 Knowing-Why 】
「何故、この手続きが有効なのかそうでないのか」
「何故、この結果になるのか」など、手続きや概念の 根拠を振り返ってみる
これらの考察のもとに構成された学習モデルであ り、それを図式化すると図1のようになる。
図1 Knowing-Whyを媒介としたKnowing-That とKnowing-Howの協応モデル(清水 1988 p.47)
「 Knowing-Why 」、つまり手続きや概念の根拠を
振り返ることを通して方法・認識が発展し、数学的
知識や方法の深まりが期待できると清水は図1の協
応モデルで示した。このことは、市川の提案と類似
していることから、筆者が捉えている「意味理解を
大切にした指導」の具体的な姿として位置付けるこ
とにした。そこで、今後は清水が示す枠組みを用い
て、その媒介となっている「 Knowing-Why 」を生
徒自身が行い説明できるような支援方法を見いだす
こととした。
2. 3. 数学教育での学習内容をカードにした実践と 関わって
生徒自身による「 Knowing-Why 」を支援する方 法に関わって、根岸( 2012 )は、既習事項をまと めた「算数手がかりカード」を取り入れた伝え合う 活動を小学校算数科で実践している。算数手がかり カードとは、 「自分の力で解決方法の見通しを立てた り、自分や友達の考えの根拠を明らかにするために、
既習事項をカードにかいてリングに綴じこんだもの
( p.2 )」であり、「カードは、1単位時間のまとめの 場で作成し、授業で身に付けた知識及び数学的な考 え方をかくようにする( p.2 )」ものである(図2)。
図2 算数手がかりカードの例(根岸 2012 p.8)
解決方法の見通しを立て、その見通しを基に個別 追求した後、集団追求する中で、自分や友達の考え の根拠を「算数手がかりカード」の言葉を使って明 らかにして伝え合う活動を行うことで得られた研究 の成果の一つとして、「多様な考えのそれぞれの根 拠を『算数手がかりカード』から見付け、伝え合う ことで、相手に分かりやすく伝えたり、相手の説明 を理解したりすることができるようになり数学的な 思考力・表現力を高めることができた( p.10 )」と ある。
このようにカードを取り入れたことで、 1. 1. で示 した「概念・法則・意図などを解釈し、説明したり 活用したりする」学習活動が促されていることがわ かる。中学校数学科においても説明することの支援 になり得ると考えられるため、本研究で参考にする。
3. 概念や手続きの振り返りを取り入れた中学校 数学科の授業実践
平成 26 年 10 月6日から 10 月 31 日までの4週間、
概念や手続きの振り返りを取り入れた実践を A 中 学校にて行った。本報告では学校実践で行った内容 を示し、考察を行う。
3. 1. 授業実践をする生徒についての実態把握 実践を行う対象の中学校第2学年計3学級の生徒 に、事前アンケート調査を実施した。実践する単元 とのつながりから、小学校第5学年で学習した内容
に関する説明問題を提示した。 A 中学校の生徒が小 学校5年生の時に学習した教科書の問題を参考に作 成し(図3)、既習事項が身についているか、説明す る際にどんな言葉を用いて説明するかを分析した。
筆者と院生1名でカテゴリー(表1)への振り分 けを行い、その一致率は 97.1 %である(一致率は、
(2人で一致した単位の合計/2人の単位の合計)
× 100 で算出した)。
図3 作成した説明問題 表1 カテゴリー一覧
順序三角形の内角の和が180°である 三角形が3つある
頂点につけた記号を用いる 180°を引く
(180°を引くというのは)Eの部分であること Eの部分を示す根拠
既習事項である「三角形の3つの角の大きさの和 は 180 °である」について言及することができてい るのは3学級 100 名中 59 名で、そのうち正しく表 現できているのは 45 名であった。「三角形は 180 °」
といった表現が多く、曖昧な知識になってしまって いることが分かった(図4)。また、 180 °を引く意味 を考えることができた生徒は 100 名中 46 名で、約 半数の生徒が「 540 - 180 」の操作そのものの説明 をしている、もしくは意味を考えることができてい ないことがわかった。そして、無回答もしくは「わ からない」という生徒は 100 名中 18 名で、説明の手 立てがわからない、また「シャーペンうごかすのが めんどい」といった生徒の記述から説明する意欲が ないといった姿が見られた。
以上の結果から、実践に向けて説明するための支 援を行うとともに、意味理解の定着を図る必要があ ることが判明した。
意味理解を大切にした中学校数学科の実践研究
図4 知識が曖昧になっている例 (下線部は筆者によるもの)
図5 すべてのカテゴリーに分類できた説明 3. 2. 実践計画(単元計画)
中学校第2学年の計3学級で単元「平行と合同」
(東京書籍)の授業を行った。全 15 時間の単元計画 で、筆者が担当したのは2年1組、2年3組は3時 間ずつ、2年2組は4時間、計 10 時間である。研 究に関わる授業の進め方について担当教員と相談し、
2年2組における第1時~第4時の単元計画を表2 のように設定した。そのため、教科書の流れとは 違っていることに注意されたい。
表2 単元計画
時 学習内容
1 対頂角の意味とその性質を知る 同位角、錯角の意味を知る
2 平行線の性質と平行線になるための条件を知る 平行線の性質を利用して、角の大きさを求める
3
三角形の内角、外角の性質を知る
三角形の内角、外角の性質を利用して、三角形の角 の大きさを求める
4
補助線が引かれた図から角の大きさの求め方を読 み解く
角の大きさの求め方を根拠を明らかにして説明する
学 習 内 容 と 関 わ っ て、「~ を 知 る」段 階 は Knowing-That 、「~を求める」段階は Knowing- How 、そして第4時の「読み解く」「説明する」段 階は Knowing-Why の意味合いが強い活動とし て設定した。もちろん各時間には必要な場面で Knowing-That 、 Knowing-How 、 Knowing-Why を設定することとした。
また、言語活動との関連も考えなければならない。
なぜなら、研究に関わった授業を行ううえで、説明 したり発表したりする活動が重要となるからである。
永田( 2009 )が、「授業の目標との関係では、どの ような話し合いや発表が必要なのか、また実際に行 われた活動はそれに見合うものだったのかが問われ なければならない。 ( p.4 )」と述べているように、筆 者の実践においても授業の目標と言語活動との関係 を明らかにする必要がある。そこで、永田が示す言 語活動の留意点に沿って、次の点を意識した。
①何のための言語活動かを明らかにする
「角の大きさを求めることができる」という目標 の実現に向けて、角の大きさを求める手続きだけで はなく、その背景にある根拠がわかっているかを評 価し、生徒の学びを学級全体に広げるための言語活 動を設定する。
②表現と解釈の双方を重視する
表現する内容(本単元では根拠となる図形の性 質)を明確につかめていない生徒も活動に参加でき るよう、根拠カードとして付箋に図形の性質をまと めさせる(写真1)。
写真1 根拠カードの一例
③言語活動の対象を明確にする
本単元でいう言語活動の対象は、求めた方法を説 明すること、求めることができた根拠を説明するこ とにする。
④数学的な表現方法を身に付けられるようにする まずは生徒自身の言葉で説明するように促し、数 学的な表現になおすことを意識する。
⑤言語活動の意義を理解できるようにする
自分の考えを他者に伝えることで、他者の方法を
理解したり自らの理解を深めたり広げたりすること
ができるということを、アンケート実施時に伝え毎
授業黒板に掲示する(写真2)。
3. 3. 授業実践
本項目では、学校実践期間中に継続的に観察を 行い、授業も担当した2年2組での実践を一部まと める。担当した授業での筆者と生徒のやり取りをエ ピソードとして具体的に示すことで、筆者によるど のような手立てが生徒への支援になっているかを考 察し、概念や手続きの振り返りと関わった成果と課 題を述べる。下線部はすべて筆者によるものである。
( T :筆者、 S :生徒、 Ss :複数の生徒)
3. 3. 1. 研究に関わった成果
担当した授業で、研究に関わった成果として判断 したエピソードを3つ示す。
【エピソード1:生徒が発表する場面(第1時)】
普段授業中に発表する機会が少ないこともあり、
発表する際に戸惑う生徒が見られた。しかし、下線 部に示すように自分の言葉で発言してみようと促す ことで、生徒が発表に対して意欲的になった様子が 見られる。このような機会を繰り返すことで、根拠 を振り返る Knowing-Why を生徒に意識づけるこ とが期待できる。
42 : 00
T :ただ、なんで 105 °ってわかりましたか?
S :えっと…直線と
T :直線とーいいよ、今自分の言葉で言ってみ。
S : ∠ a と 30 °の間の直線を…そう、 a と 30 °の間 の直線.そこの直線が 180 °で、 30 °と 45 °を 180 °から引けば、∠ b の大きさになる。
T :なるほど。それを式で表すとどうなるかな?
S :えー…
T :今言葉で言ってくれたことを式に表して S : 180 -( 30 + 45 )、 =105
T : お、お、えっとな、 180 “ °(度) ” ってなっ ているからここも…
S :あ、 30 °+ 45 °
【エピソード2:根拠を全体で確認する場面(第4 時)】
第4時の前半で、筆者が説明する場面の根拠カー ドをまとめ終えたため、全体で根拠を確認する場面 を設定し、根拠を示すように促したところ、付箋を はがして示したり、ノートを掲げて示したりする様 子が見られた(写真3)。特に、ノートを掲げている 生徒は、普段あまり授業に集中できない生徒であり、
この場面で授業に参加する姿勢が見られた。
19 : 33
T : 今ここまで私は説明を進めました。いきなり 出てきましたね、∠ a=60 °、∠ b=50 °、なん です。さぁ、それはなぜでしょうか?みなさ んが今日今まで作ってきた根拠カードあり ますよね?これです。(スケッチブックをも つ)この中に私がこうやって説明した根拠が あります。さて、それはどれでしょう?今皆 さんの手元には5つ付箋がありますね。どれ かっていうのを今からみなさんに尋ねます。
これや!っていう、思うものをパッと付箋を あげてください。
S :はがすのめんどくせぇ。
T :わすれた?
S :え?はがすのめんどくさいなぁと思って。
T :あーそのために付箋にしたんやけどな。
Ss :(付箋を上に掲げる生徒が何名かいた)
T :まだまだ。フライングなし。フライングなし。
T : なんで私はこの、∠ a=60 °、∠ b=50 °ってで きたんでしょうねぇ。フライングなし、フラ イングなし、フライングなし、フライングな し。いきますよー?いきます!なぜ私はこの ように説明することができたのでしょうか。
根拠はなんですか?せーの!
Ss :(付箋を掲げる、ノートを掲げる)
写真3 生徒が付箋を掲げている様子
【エピソード3:補助線の引き方の例を示す場面
(第4時)】
第4時で扱う問題は、補助線を引いて答えを求め るという従来の問題から、答えが 110 °である理由 を振り返る問題へと変更した。第4時の問題(図6)
に取り組む前に、筆者が補助線の引き方を示した
(写真4)。なぜ補助線を引くのか、補助線を引くと 良い点を示すことができたと考えられる。
写真2 考えを伝えるときのポイント
意味理解を大切にした中学校数学科の実践研究
15 : 25
T : 今から私はこの図に補助線を引きます。で、
この補助線っていうのをなんで引くかって いうと、このままでは角度 x を求めにくい なぁと思って、なんとか今まで知っている根 拠を使ってこの問題を解くことができない かなと思って、今から私は線を引きます。で、
どんな補助線を引くかっていうと、まんな か、説明の手立てっていうところを見てくだ さい。そこに書いてあるとおりのことを今か ら図に私と一緒にかきこんでいきましょう。
写真4 補助線を引く様子
図6 第4時前半の課題 3. 3. 2. 研究に関わった課題
担当した授業で、研究に関わった課題として判断 したエピソードを3つ示す。
【エピソード4:生徒のつぶやきに答えられなかっ た場面(第1時)】
Knowing-How を振り返る Knowing-Why の機 会をたしかめ1で設定したが、「(根拠を)明らかに しなくても」という生徒の思いに対して十分に答え ることができなかったといえる。
40 : 48
T : このあと、答え合わせをしますが、まさかね、
私が∠ b= はい、何度。∠ c= はい、何度。∠ d=
はい、何度終わりっていうわけはないですよ ね?だって根拠を明らかにしていくことを 大切にしたいって言っているから
S :えー
S :明らかにしなくても
T :いやいやいや、大切にしよ?
【エピソード5:表現する手立てを伝えていなかっ た場面(第3時)】
Knowing-Why を表現する手立てをあらかじめ 伝えることができておらず、「表現できるものであ る」と思っていた。そのため、授業が止まってしま う場面があった。授業終了後、担当教員からのご指 摘で、生徒がアルファベットを用いて角を示すこと には慣れていないことが判明した。
17 : 06
T :∠ a= 、つまり∠ a の大きさと等しくなる 角はどこでしょうか?… S くん。
S :…
T : 角 a と同じ大きさのものを見つけたい、角 a と同じものはどこの角度でしょうか。
S :…
T : この大きなアルファベットを使って角を表し てみようか。どこが一緒になるかな。
S :…
T : ちょっと難しい?…じゃぁ一つ目は私で…
えー今、 AB と CE は平行ですよね?さぁこ の平行ときて、この∠ a はどこと一緒かって いうと…(黒板をなぞる)今指さしました、 S 君。角…?
S :… ACE
T : ∠ ACE です。ここをじゃあ、同じというこ となので角 a ́ってしたいと思います。
【エピソード6:生徒から言葉を引き出すことがで きなかった場面(第3時)】
根拠カードを用いて成り立つ理由を答えさせる場 面では、 「平行線の錯角は等しい」という言葉を生徒 から引き出すことができておらず、概念の振り返り が不十分であったといえる。
18 : 38
T :このつぎ、えー、あ、この a は等しいですが この後ろにかっこありますよね?なぜ、角 a と角 a ́は等しいのでしょうか。根拠カードでいうと何 番ですかね?
S :んー…?
T :根拠カードでいうと何番ですかね?
S :2番?
T :2番ってなんでしたっけ?
S :同位角?
T :同位角、でしたっけ?
S :え?…じゃあ錯角?
T :錯角、でしたっけ?さあー、どっちだ?
S :錯角、錯角!
T : 錯角、えーと錯角なので、この3番です(ス ケッチブックを出す)。根拠カードの3番の
「平行線の錯角は等しい」、ということが理由 です。これが根拠です。
3. 4. 授業実践の結果の考察
3. 4. 1. 説明を大切にした道具の活用について
(1)付箋
付箋を使った支援で期待される効果として2つ 挙げられる。1つは「意志表示ができ、授業が参加 しやすくなる」ことである。例えば一斉指導の場で 答えを求めると、同じ人ばかり発言したり、数学が 得意な生徒が答えたりすることが多いことが授業観 察を通してわかった。そこで、自分の考えを意思表 示できるような支援として導入し、普段あまり授業 に集中できない生徒がノートを掲げて意思表示する 姿が見られた(【エピソード2】参照)。もう1つは
「考えの拠り所がどの根拠なのかが色でわかる」こ とである。図形の性質ごとに付箋の色を決めていた ため、離れたところからでも生徒が何の根拠(付箋)
を拠り所に考えようとしているかがわかった(【エ ピソード2】参照)。
一方、付箋を使った支援の運用の留意点として も2つ挙げられる。1つは「間違った理解につなが る可能性がある」ことである。付箋を示すだけでは、
例えば「錯角は等しい」と間違って理解をしてしま う恐れがある。あくまで「平行線の錯角は等しい」
と理解させるには、性質を書き出す・発言させると いった場面が必要だと考えられる(【エピソード6】
参照)。もう1つは「分かっていると教師が誤認する 可能性がある」ことである。例えば全体で根拠を確 認する際、周りの友達の様子を見て選択する生徒も いると考えられた。「全員が同じ内容の付箋を掲げ ていることは全員理解している」という安易な判断 はしてはいけないことに留意する必要がある(【エ ピソード2】参照)。
(2)課題設定の工夫(第4時の課題について)
従来の問題であれば、正解を求めることに目的意 識がいくと考えられる。その中で手続きの振り返り を取り入れると、 【エピソード4】で生徒がつぶやい た「(根拠を)明らかにしなくても」のような気持ち が芽生えてしまうのではという反省から、課題設定 の発想を工夫し、問題そのものを手続きの振り返り として位置付けることを考えた。
第4時の問題ではあらかじめ答えが出ているた め、生徒の目的意識を「なぜこの答えになったのか」
ということへ向ける工夫を行った。一方で、今回の 課題は自由な考えを制限してしまっているとも考え
られる。自由に補助線を引くことで生徒自らが補助 線をどのように引いたら効果的かを見いだすことも 予想される。しかし、本時は説明させることを目標 に設定している。目標を達成するための課題として、
短所をふまえつつ導入した。
意味理解を大切にした授業を考えていく際、その 展開で、従来とは違う課題設定の工夫も、ある意味 必要かつ効果を生むこともあることが、本取り組み から見いだされた。
3. 4. 2. 授業実践前後の生徒の意識の変容について 本項目では、第4時まで授業を行った2年2組の 事前・事後の変容を分析(①)し、第3時まで実践 ができた2年1組・3組の自由記述と合わせて、付 箋が根拠を示す効果的な道具となっていたか(②)
を検証する。
①の調査方法は質問紙を用いた(表3・表4)。実 践前と実践後に2年2組にて一斉調査を行った。質 問項目2から5は、平成 26 年度全国学力・学習状 況調査「中学校第3学年 生徒質問紙」を参考に 作成し、「ア そう思う」「イ ややそう思う」「ウ ややそう思わない」「エ そう思わない」の4段階 で回答を求めた。質問項目の中で、言語的表現に関 する項目を抜き出し、生徒の変化を捉える。
②の調査方法も質問紙を用いたが、授業時間の都 合上、2年2組は質問紙に、2年1組・3組は授業 で用いたワークシートに授業の感想を自由記述で求 めた。生徒の記述と①で捉えた生徒の変化を合わせ て定性的に分析する。
表3 アンケート調査項目(実践前)
1 数学の勉強が好きだ
2 自分の考えを他の人に説明することが得意だ 3 自分の考えを文章に書くことが得意だ
4 友達と話し合う活動を通じて、自分の考えを深めた り、広げたりすることができている
5 友達に伝えたいことをうまく伝えることができる 6 授業の中で分からないことがあったら、どうするこ
とが多いですか
ア.その場で先生に尋ねる
イ.授業が終わってから先生に尋ねに行く ウ.友達に尋ねる
エ.家の人に尋ねる
オ. 学習塾の先生(家庭教師の先生も含みます。)
に尋ねる カ.自分で調べる キ.そのままにしておく 意味理解を大切にした中学校数学科の実践研究
表4 アンケート調査項目(実践後)
1 根拠カードは説明をするときに役に立った 2 自分の考えを他の人に説明することが得意だ 3 自分の考えを文章に書くことが得意だ
4 友達と話し合う活動を通じて、自分の考えを深めた り、広げたりすることができている
5 友達に伝えたいことをうまく伝えることができる 6 授業の中で分からないことがあったら、どうするこ
とが多いですか
ア.その場で先生に尋ねる
イ.授業が終わってから先生に尋ねに行く ウ.友達に尋ねる
エ.家の人に尋ねる
オ.学習塾の先生(家庭教師の先生も含みます。)
に尋ねる カ.自分で調べる キ.そのままにしておく
(1)定量的分析結果
実践後に行ったアンケート調査の質問とその回答 結果の一部を示す(表5)。
表5 実践後アンケート調査質問1の結果(人)
【質問1】
根拠カードは説明をするときに役に立った 2年2組 そう思う ややそう
思う
ややそう 思わない
そう 思わない
実践後 23 9 0 1
33 人中 32 人が役立った(そう思う、ややそう思 うの合計)と思うと回答している。第4時の活動で は、どの根拠カードが根拠になり得るかを探してい たり、根拠の書き方を根拠カードの表現に合わせて いたりしている様子が見られた(写真5・6・7)。
写真5 根拠カードを参考にしている様子
写真6 写真5左のワークシートの文章
写真7 写真5右の根拠カード
(2)定性的分析結果
自由記述の項目で書かれた記述のうち、付箋(根 拠カード)に関する物を抜粋する。生徒の誤字・脱 字もそのまま記述することにする。なお、下線部は すべて筆者によるものである。
<考えを伝えるポイントについて>
① 今日ふくめて3時間ありがとうございました。
授業内容はわかりやすくて根カードは良いと 思います。もう一度言うけど、3時間本当にあ りがとうございました。これからも頑張ってく ださい。考えを伝える時のポイントは、すごく 良かったと思う。これからも重要だと思うので、
気をつけていきたいと思います。(2年1組)
①の生徒は、筆者が担当した授業だけでなく、こ れからの授業でも考えを伝える時のポイントが重要 であると感じていることがうかがえる。
<根拠カードの良さについて>
① たのしくわかりやすい授業がよかったです。こ んきょカードがテスト前につかえるので、あり がたいです。(2年2組)
② いつも授業の進め方やまとめ方が同じでとて も分かりやすかったです。ふせんに書いて、た めていくのもふりかえりやすくていいなと思 いました。(2年1組)
③ いつも授業の進め方やまとめ方が同じでとて も分かりやすかったです。ふせんに書いて、た めていくのもふりかえりやすくていいなと思 いました。根拠カードは作るのが大変だったけ ど、けっこう問題を解くときにつかえた!ゆっ くりだけど、分かりやすい授業だったです!
(2年2組)
図形の性質等を付箋にまとめることで概念や手続 きの振り返りを支援することができたらと考えてい たが、3名の生徒たちの言葉から、学習自体の振り 返りにも効果があるのではと考えられる。
③の生徒は学力が高い生徒で、第4時の問題も 個人で考える段階で考え方まで言語化することがで きていた。根拠カードを作る意図がもしかすると伝 わっていなかったかもしれないが、問題を解く際に 使えるという発言から、この生徒なりの良さを実感 していると考えられる。
<支援としての根拠カードの機能について>
① とてもユニークな授業でおもしろかったです。
ふせんを利用することで記憶しやすかったで す。(2年2組)
② 図をかいたりしていたのでわかりやすく、根拠 カードをかいたのでなぜ答えがそうなるのか がわかりました。(2年1組)
③ 根拠カードがあることによって、少し説明する のが楽だったと思う。(2年2組)
以上の記述から、付箋が生徒たちにとって支援 になっていると考えられる。①の生徒にとっては記 憶の支援になっていることがうかがえる。②の生徒 の記述からは「なぜ答えがそうなるのか」という振 り返りを意識している言葉が見られた。言葉でまと めるだけでなく、図と言葉どちらも付箋にまとめた ことについても分かりやすいと感じているといえ る。③の生徒は、第4時の班で話し合う場面で、根 拠カードを用いて説明の拠り所を探していた様子が 見られた。特に支援は必要なかったかもしれないが、
支援があったことで説明することが少し楽に感じら れたことがうかがえる。
<新しく学習する言葉の説明について>
① こんきょカードわかりやすかった。かくのば しょが前はわかりにくかったけどジグザクで よくわかった。(2年2組)
② 授業の進め方とかアイデアとか字のきれいさ とかすごくいいなと感じました。(黒板のまと めかたなど)せーとに「わかりやすい」と思 われる先生になれると思います。古谷先生なら だいじょーぶ!(自分的にここは言葉をおぼえ るのとか(言葉の意味とか)むずかしいのに教 え方のアイデア(カード BOX )がすごくいい。
ジグザグとか)(2年1組)
筆者が第2時で授業中に説明した言葉が記述内 容に表れている。授業の感想を書いた時間より前の 学習内容をここに書いていることから、上記の生徒
にとって印象的な説明だったことがうかがえる。① の生徒の事前アンケートと、角の学習内容がわかり にくかったという生徒の記述から、塾などで先取り 学習をしている可能性がある。しかし、筆者の錯角 の説明で「よくわかった」と発言しているため、支 援は効果的であったことが考えられる。②の生徒に とっても、新しく学習する言葉(例えば錯角)や性 質(例えば三角形の外角の性質)を理解することに、
“ ジグザグ ” という表現や付箋が役立っていたこと がうかがえる。
<やり方が合わなかったことについて>
① とてもわかりやすかった。ふせんだと、もった いないから、ノートに直で書けばいいと思う。
(2年1組)
② 教えてもらったこといかして問題をといてみ るとかんたんにできたりした。授業でもらった フセンはいらないと思った。(2年1組)
③ ふせんのやつ写すとき、回らんと前におればい いと思ったー。字がちっさいー。(2年3組)
肯定的な感想が多かった一方で、上記のような感 想を書いた生徒もいた。支援として取り入れた付箋 だったが、①の生徒にはノートに直に書くことと付 箋に書くことの違いを認識させることができなかっ たことがわかる。②の生徒は学力が高く(定期考査 では学級の上位)、塾にも通っている。実践した内容 はこの生徒がすでに学習していた内容で、レベル的 にもやり方が合っていなかったと推察される。付箋 はこの生徒に対して効果がなかったことがうかがわ れるが、別の方法で解いてみることに挑戦しており、
その良さを実感している様子が記述内容から見える。
また、③の生徒のような発言は、授業中に他の生徒 からも指摘されたことである。スケッチブックは後 ろの席の生徒にとっては字が小さかったこともあり、
筆者はその都度席を回っていたのだが結果的に見え づらかったことが考えられる。そして、字が小さい ことに関しては指導教員の字の大きさが比較的大き く、何度も黒板を消して授業をされていた。普段と の違いもあり、このような発言が出たとも予想でき る。
4. 概念や手続きを振り返る支援としての付箋の 有効性 本研究は、数学的な概念や手続きを生徒自身が振 り返り、その根拠を数学的な表現を用いて説明でき るようになるための支援方法を検討することであっ た。結果として、先行研究の理論や実践に基づいて 見いだした数学的な概念や手続きを振り返るための 支援方法として、付箋(根拠カード)を用いること
意味理解を大切にした中学校数学科の実践研究
の有効性が次のような点から明らかになった。
・ 生徒による授業の感想を分析した結果、感想を記 述している 93 人の生徒のうち 29 人が付箋(根拠 カード)について記述していた。
・ 2年2組においては選択式アンケート調査で 33 人中 32 人が根拠カードについて役立ったと思う と回答しているだけでなく、授業の感想において も9人の生徒が付箋(根拠カード)について記述 していた。
そして、授業の感想の中で「図をかいたりしてい たのでわかりやすく、根拠カードをかいたのでなぜ 答えがそうなるのかがわかりました。」といった記 述も見られたことから、数学的な概念や手続きの振 り返りを通して意味理解が深まる前兆が見られたと 判断した。深い意味理解には時間がかかり、それを 測るとなると一朝一夕にはいかない。しかし、この ような生徒の発言が見られたことで、本研究での取 り組みを継続して行うことで、意味理解の深まりが 期待できると考えられる。
付箋は生徒のノートに残したまま、本実践を終え た。1週間後、授業を行った学級に入る機会があっ たため生徒に付箋の現状を聞いたところ、ノートに 貼って振り返りに使っているという生徒もいた一方、
なくしてしまったという生徒もいた。このことから、
今後は支援の必要性についても考えなければならな いことがわかった。
5. 今後の取り組みにむけて
本研究では、実践した単元「平行と合同」におい て、新しく学習した言葉や性質等を付箋にまとめる 支援方法を検討した。他の単元においても、一元一 次方程式では等式の性質をまとめておくことで、式 変形の根拠を示す支援になることが期待できる(図 7)。
図7 一元一次方程式での適用例
5 = 6 + 4右辺から を含む項をなくすために 5 −4 = 6 + 4 −4
= 6
等式の性質②
等式の両辺から同じ数や式をひいても、等 式は成り立つ。
手続き的知識
概念的知識