ティブ
その他のタイトル A Dynamic Prespective on International Marketing Study
著者 馬場 一
雑誌名 關西大學商學論集
巻 56
号 4
ページ 45‑60
発行年 2012‑03‑10
URL http://hdl.handle.net/10112/6489
国際マーケティング研究における 動態的パースペクティブ
馬 場 一
1 国際経営環境の変化と国際マーケティング研究の進化
過去 10 年間においてもっとも注目されてきた国際経営のトレンドは新興市場の台頭である
(Czinkota and Ronkainen 1997 )。膨大な人口,とりわけ多国籍企業がターゲットとしうる中 間層を抱えるブラジル,ロシア,インド,中国といった国々がグローバル市場に連結されると,
多国籍企業の機会が増大するとともに,グローバル競争は激化の一途を辿っている(Kotabe and Jiang 2008 )。多国籍企業が発展途上国を生産拠点から市場へと認識を変えるのに伴って,
現地におけるマーケティングの重要性はますます増大してきた。しかし,新興市場は先進国と 消費や競争や制度などの諸要因が大きく異なる。当然ながら,新興市場間でもこれらの要因は 大きく異なるし,新興国内でも地域間の差異は大きい。先進国と経営環境の大きく異なる複数 の新興市場において同時に活動する上で,多国籍企業は確立された伝統的な戦略の変更を必要 としている(Arnold and Quelch 1998 ,Douglas and Craig 2011 )。
他方で,Czinkota and Ronkainen(2008)はデルファイ法を用いて国際経営の意思決定者か ら「テロリズム」「グローバル化」「汚職」「文化適応」「情報」といった国際経営のトレンドを 引き出している
1)。もっともインパクトの大きかったテロリズムは国際経営に対して,需要の 減少,取引費用の増大,国際サプライチェーンの遮断,政府による各種規制,海外直接投資の 減少といった多大なる負の影響をもたらす(Czinkota . 2010)。これらのトレンドはすべ て国際経営環境の「変化」を表している。その変化は決して安定的な変化ではなく,きわめて 急激な変化である。多国籍企業にとって,いかにこうした変化に対応するかは急務である。
では,学問領域としての国際マーケティングはいかなる課題に直面しているのであろうか。
Czinkota and Ronkainen(2003)は「国際マーケティングのマニフェスト」として次の7つの 研究上の提案を行っている。①この分野のルーツと目的を思い出せ。②過剰な専門化の誘惑に 1
) この調査は,今後10
年間に変化する国際ビジネスの次元を識別することを目的としている。被験者は,国際ビジネス・コミュニティにおいて現役でリーダーの役割を果たす合計
34
名の企業勤務者,政策決定者,リサーチャーである。
抗せよ。③新しいパラダイムと新しい手法。④世界を見よ。⑤対話を行え。⑥勝者以外とも協 働せよ。⑦専門知識を公言せよ。曰く,国際マーケティング研究は実務的な学問分野である。
しかしながら,アメリカのアカデミック・ジャーナルでは狭い問題を定量的に洗練されたやり 方で投稿する過度の専門化が生じている。そこで,学際的かつ国際的に知識を連結する必要が ある。また,消費者や実業界や政策決定者との対話,競争に打ち勝った企業のみに限らない協 働体制の構築,そして,さらなる知見の発信が求められている。
また近年では,国際経営環境の変化に応じた理論修正が行われている。例えば,Douglas and Craig( 2011 )は「セミグローバル」マーケティング戦略の開発を提唱している。彼らは 国際マーケティングの進化段階(Douglas and Craig 1989 )におけるグローバル合理化段階の 次にセミグローバル・マーケティング戦略を位置づけている。それは,①先進国市場,②グロ ーバル・地域セグメント,③国家中心要素,④地方市場・都市貧困層,⑤国家クラスターとい う 5 つの領域(sphere)
2)に市場を切り分け,それぞれに応じたマーケティング戦略を実行す るというアイデアである。すなわち,先進国市場,新興市場,BOPにおける差異性に基づいて,
グローバル統合よりもローカル対応の重要性を強調しているのである。
国際マーケティング研究の究極的な目標は,既存のフレームワークを新しい状況に応用する ことではなく,異質かつ多様な環境下での研究から得られたインサイトから新しいフレームワ ークを開発することである(Czinkota and Ronkainen 2003 )。それも,理論的なロバストネス と実務的なレリバンスを両立せねばならない(Cavusgil, Deligonul and Yaprak 2005)。した がって,新興市場,テロリズム,情報化といった今日的な国際経営環境の変化要因を起点とし て,国際マーケティング理論を再構築する方策を探らねばならない。本稿では今日の国際経営 環境の変化を所与として,「動態性」という視点から国際マーケティング研究の理論的展開を 検討することを目的とする。以下ではまず,国際マーケティング研究がどのようにパラダイム を形成してきたかを概観する。これによって国際マーケティング研究の根底にある基本的想定 を明らかにし,その限界を指摘する。次に,近年の動態的な経営研究プログラムのレビューを 通じて,今後の国際マーケティング研究の理論基盤を探る。特に,ダイナミック・ケイパビリ ティ論,実践としての戦略論,双面型組織を検討する。最後に,将来的な国際マーケティング 理論の再構築の方向性を示す。
2
)ここで,国家中心要素は巨大な新興国市場(BRIC)を,地方市場・都市貧困層は中国やインドの地方居 住者やブラジルやメキシコの都市貧困層を意味する。また,国家クラスターには韓国(先進国),メキシコ,フィリピン,トルコ(新興工業国),エジプト,インドネシア,イラン,ナイジェリア,パキスタン,ベト ナム(発展途上国),そして,バングラディシュ(低開発国)が含まれる。
2 国際マーケティング理論のパラダイム形成
国際マーケティングは 1960 年代に学問領域として認知された(Bartels 1988 )。約半世紀の歴 史のなかで国際マーケティング研究は常にその時々の現象的な変化に応じて,概念や理論を進 化させてきた。本稿では 1980 年代以降の国際マーケティング研究の進化を先行研究におけるレ ビュー文献およびビブリオグラフィー
3)から概観する。こうした作業を通じて,今日の国際マ ーケティング研究が形成してきたパラダイムの特徴を識別する。
2-1 1980年代における国際マーケティング研究パラダイムの形成
表 1 に見られるように 1980 年代の国際マーケティング研究は 5 つのカテゴリーに大別され る。第1は国際マーケティング環境である。環境はマクロ環境とミクロ環境に分けられる 3
)1970
年までの国際マーケティング研究のレビュー文献はCavusgil and Nevin(1981
)やAlbaum andPeterson(
1984
)がある。この時期の国際マーケティング研究は体系化にはほど遠く,規範的ないし分析 的というよりはむしろ,記述的ないしは探索的で,研究間の関係が分断しており,しっかりとした概念的・理論的基礎を有していなかった(Albaum and Peterson
1984
)。本稿が80
年代からのレビューに焦点を当 てるのは90
年代に入ってはじめて国際マーケティング研究の懐古的研究が比較可能なかたちで登場したか らである。なお,第二次世界大戦直後から今日までの国際マーケティングの年代記に関してはCzinkota and Samli(2007
)を参照のこと。図表
1
国際マーケティング研究の類型パターン Douglas and Craig(
1992
)Cavusgil and Li
(
1992
)Li and Cavusgil
(
1995
)Aulakh and Kotabe
(
1993
) 国際マーケティング環境
マクロ環境 国際マーケティング
の環境側面 地域志向の比較研究
国際マーケティング の環境研究 市場システムの比較 研究
環境
ミクロ環境 地域志向の比較研究 市場システムの比較
研究
消費者行動
国際マーケティン グ・リサーチ
分析手法 国際マーケティング
の意思決定ツール
国際マーケティン グ・リサーチ
国際化プロセス 市場参入意思決定 国際化プロセス 国際化プロセス 国際化プロセス 国際マーケティング
管理
現地市場拡大:マー ケティング・ミック ス意思決定
国際マーケティング 管理
国際マーケティング 管理
マーケティング管理
グローバル戦略 グローバル戦略合理 化
国際マーケティング におけるグローバル 化問題
市場グローバル化パ ースペクティブ
市場グローバル化プ ロセス
その他 レビュー論文と国際
マーケティングへの 概念的貢献
相互作用アプローチ 協働的ビジネス・ア レンジメント
(Douglas and Craig 1992)。ある国における一般的経営環境としてのマクロ環境には社会にお ける消費,制度的インフラストラクチャー,地域研究といったサブ・カテゴリーが設けられて いる。ある社会内での消費パターンや購買プロセスを意味するミクロ環境には産業・組織行動,
消費者行動,原産国効果が含まれる。Cavusgil and Li( 1992 )とLi and Cavusgil( 1995 )は 比較研究をひとつの研究のカテゴリーとしているが,比較はリサーチのひとつの方法論として 各カテゴリーに内包されると考えた方が妥当であろう(Aulakh and Kotabe 1993 )。第 2 は国 際マーケティング・リサーチである。 (Douglas and Craig 1983 )の出版は国際マーケティング研究における調査方法論の礎となった(馬場 2001 )。 80 年 代における実証分析の蓄積は手法の高度化に特徴付けられるものの,等価性やサンプリングな どの方法論的問題もはらんでいる(Aulakh and Kotabe 1993 )。
Douglas and Craig( 1992 )は初期参入,現地市場拡大,グローバル合理化という 3 段階の 進化プロセスに基づいて国際マーケティング研究を類型化している。そのため,図表 1 では他 の 3 研究を包括するために,国際化プロセス,国際マーケティング管理,グローバル戦略とい うラベリングを行っている。国際化プロセス研究は,参入形態(Douglas and Craig 1992 , Aulakh and Kotabe 1993 )や国際化に伴う態度・行動変容とその段階論(Li and Cavusgil Li 1995 )が含まれる。国際マーケティング管理はマーケティング・ミックスの意思決定に関わる。
標準化・適応化研究(詳しくは,馬場 2004 参照)もこのカテゴリーに含まれる。グローバル 戦略は,市場のグローバル化といった市場の認識論から戦略と成果の関係にわたる。最後に,
その他として相互作用アプローチ(Li and Cavusgil Li 1995 )と協働的ビジネス・アレンジメ ント(Aulakh and Kotabe 1993)について言及しておく。こうした国境を越えた関係性に関 しては,組織観関係研究や関係性マーケティング研究の進展に伴って, 90 年代以降に数多くの 研究が蓄積されることとなる。ただし,国境を越えた顧客ないし組織関係性というトピックは 先述の 5 カテゴリーのいずれにも含まれうるであろう。
80年代の研究の特徴は次の2点である。第1に,約50%がマーケティング管理研究である
(Aulakh and Kotabe 1993 )。参入戦略,投資意思決定,市場細分化といった初期参入意思決 定に多くの研究が見られるものの,次第に標準化・適応化やグローバル・マーケティング戦略 策定へと関心がシフトしていった(Douglas and Craig 1992 )。また,マーケティング・ミッ クスでは製品戦略にもっとも多くの研究が見られる。第2の特徴は新しい研究の潮流の登場で ある(Aulakh and Kotabe 1993 )。ひとつは協働的ビジネス・アレンジメントで,もうひとつ はグローバル化である。前者は国境を越えたジョイントベンチャーや戦略提携がこの時代に多 く形成されていたことを反映している。後者はTheodore Levittの「市場のグローバル化」の 影響を挙げるまでもなく,80年代の国際ビジネスにおける問題意識を反映している。
1980 年代は今日に続く国際マーケティング研究のパラダイムが形成された期間であるといえ
よう。敷衍すると,国際マーケティング環境,国際マーケティング戦略・管理,国際マーケテ
ィング・リサーチ方法論,グローバル戦略,そして,国境を越えたマーケティング・リレーシ ョンシップといった研究のトピックスは今日に至るまでその研究蓄積を続けているのである。
2-2 1990年代以降の国際マーケティング研究
国際マーケティング研究は1980年代のパラダイム確立期を経て,1990年代には成熟期を迎え る(Cavusgil, Deligonul and Yaprak 2005 )。Kotabe( 2001 )によると 90 年代の国際マーケテ ィング研究の焦点はマクロ環境から国際マーケティング管理・戦略へと移っていった。マクロ 環境に関する研究は 2 文献を数えるのみで,小売の標準化・適応化問題に関するものであった。
ミクロ環境に関する研究が大半を占めるなかで,とりわけ,組織・消費者行動,参入形態と成 果,マーケティング・ミックス戦略,そして,グローバル戦略と戦略提携といったトピックが 関心を集めていた。
90 年代の国際マーケティング研究に対しては次の点が批判的に検討されている(Kotabe 2001 )。第 1 に,国際マーケティングにおける戦略問題やグローバル戦略における国際マーケ ティングの役割が看過されている(Douglas and Craig 1992 )。国際マーケティングと競争優
図表2 1990年代および2000年代の国際マーケティング研究のトピックス マクロ環境
ミクロ環境
1
.組織・消費者行動1
.1
組織購買行動1
.2
国際交渉1
.3
消費者行動1
.4
原産国2
.市場参入意思決定2
.1
初期参入形態2
.2
特定の参入形態輸出,合弁,フランチャイジング*
3
.現地市場拡大3
.1
グローバル標準化対現地対応3
.2
マーケティング・ミックス 製品政策,広告,価格設定,流通4
.グローバル戦略4
.1
競争戦略概念開発,競争優位対競争ポジショニング,競争優位の源泉と成果
4
.2
戦略提携学習と信頼,提携成功の処方箋,さまざまなタイプの提携成果
4
.3
グローバル調達サービスの文脈でのグローバル調達,グローバル調達の利益,グローバル調達 における原産国問題
4
.4
複数国での成果 成果の決定因,成果の解釈5
.新しい問題*5
.1
グローバル・マーケティングにおけるインターネット5
.2
グローバル・マーケティングにおける倫理5
.3
新興国市場に対するマーケティング戦略6
.交差文化的リサーチにおける分析手法
6
.1
測定問題6
.2
信頼性・妥当性問題出所:Kotabe(
2001
),Kotabe and Jiang(2008
)を一部修正。位の関係や国境を越えたマーケティングと他機能(特に,生産やR&D)との連結の重要性は Takeuchi and Porter( 1986 )によっていち早く指摘されている。しかしながら,経営学や戦 略論から概念・理論や借用し,それらを市場成果に結びつけようとする研究が多く見られた。
第 2 に,市場細分化やターゲティングといったマーケティングの独自領域に関する研究が少な い。第3に,消費者行動(原産国),参入形態(輸出),チャネル成果を行動科学的に検討した 研究が多い。第 4 に,マーケティング・ミックスに関する研究は標準化・適応化問題に集中し ている。その他にも,地域化や電子商取引といった新しいテーマが登場した。
図表 2 はKotabe( 2001 )とKotabe and Jiang( 2008 )をもとに国際マーケティング研究の トピックスをまとめたものである。図表中のアスタリスクがついているトピックは 2000 年代に 新たに付け加えられたものである。なかでも 5 の新しい問題として,インターネット,倫理,
新興市場といったトピックスが検討され始めたことは特筆に値する。これらの問題はまさに国 際経営環境の変化に対応する急務を表している。しかしながら,新しい現象を列挙するに止ま っており,理論的に体系化されているわけではない。
2000 年代の国際マーケティング研究に対する批判的検討は次の通りである(Kotabe and Jiang 2008 )。第 1 に, 90 年代までの未解決であった経営学や戦略論からの概念借用とそれら 概念の成果との結び付けの問題が 2000 年代には見られなくなってきた。第 2 に,細分化やター ゲティングの文献は少ないままである。第 3 に,新興市場が 21 世紀の重要な問題として浮上し てきた。特に,多国籍企業の行動と成果の関係を考える上で新興国と先進国間の制度的な差異 という視点が重要となる。最後に,地域,定性的研究,中小企業の国際化,インターネットと いった問題が国際マーケティング研究において今後検討されるべき課題として存在する
4)。
2-3 国際マーケティング研究の既存パラダイムの基本想定
1980 年代から 2000 年代までの先行研究のレビューを通じて国際マーケティング研究の射程が 明らかとなった。それは,80年代に確立した国際マーケティング環境,国際化プロセス,国際 マーケティング管理,グローバル戦略,国際マーケティング・リサーチの 5 領域である。これ をふまえて,ここでは通時的なパラダイム形成プロセスを検討することで,国際マーケティン グ研究の根底にあるいくつかの特徴を識別していく。
Cavusgil, Deligonul and Yaprak(2005)は初期の研究から近年の研究までを存在論的パー スペクティブ,主題別パースペクティブ,方法論的パースペクティブからレビューしている。
存在論的パースペクティブは当該領域のエッセンスを意味する。彼らは方法論的パースペクテ 4
)なお,Hyman and Yang(2001
)は1985
年から1998
年までの国際マーケティング定期刊行物の内容分析を 行い,次の様な傾向を導き出している。著者のプロファイルはマーケティング学部に所属,シニア・プロ フェッサー,男性,共著者1
名というものである。トピックスは輸出入,プロモーション,消費者行動,原産国が多い。実証分析は単一国の便宜尺度代表的なリサーチ・サイトはアメリカ,イギリス,日本,韓国,
中国,カナダ,香港である。統計分析は単変量ないし
2
変量分析が多い。ィブを延長パースペクティブと内生パースペクティブの2段階に分けている。初期の研究は延 長パースペクティブで,国内でのマーケティング現象や実践を海外の文脈にあてはめて考える 研究の立場である。その依拠する理論基盤は主に経済学や社会学や人類学で,環境分析や国際 化プロセスといったトピックスが含まれる。それに対して,近年の内生パースペクティブは国 際マーケティングに固有の問題(例えば,知識経済,グローバル化,市場の収斂と拡散など)を,
マーケティングや組織行動や国際経営といった学問領域に依拠しながら,新しい視点で,かつ 独自の構成概念で捉えようとするものである。これもまた,関係性(長期的な売り手・買い手 関係)と資産(ブランド,チャネル,革新性)に区分される。存在論的パースペクティブの発 展段階論は国際マーケティング研究が概念借用から独自の学問領域の形成へと進化した様態を 表しているといえよう。
主題別パースペクティブにおいて初期の研究の発展は「交差文化的なインターフェイス」と して捉えられ,近年の研究の発展は「複数市場への挑戦」と捉えられる。前者は「いかに国境 を越えるか」という問題認識である。それに対して,後者はグローバル化に代表されるように,
「いかに複数国で並行的に活動するか」ことを意味する。すなわち,「国際マーケティング研究 はあまり洗練されていない比較研究に始まり,実験やインサイトや説明の成熟期を迎え,より 洗練された手法や方法論を用いて新しい問題を説明できるようになった」(Cavusgil, Deligonul and Yaprak 2005 ,p. 10 )のである。
最後の方法論的パースペクティブは国際マーケティング・リサーチの方法論的な厳密化のプ ロセスを表している。初期の研究は強固な理論的基盤やしっかりと定義された構成概念を有し ていなかった。90年代から近年にかけてはより適切な手法を用いた研究が蓄積され,より信頼 性の高い構成概念が用いられるようになってきた。しかしながら,等価性を中心として解決す べきリサーチ方法論の問題は今なお多い。
国際マーケティング研究はおよそ半世紀の知的探求を通じて,独自領域の獲得,複数国での 活動や標準化・適応化の同時達成問題の認識,リサーチ方法論の精緻化といった3つの大きな 進歩を遂げてきた。しかしながら,今日のきわめて変動の激しい国際経営環境において既存の パラダイムは十分な説明力を持っているのであろうか。
そこで,既存パラダイムにおける国際マーケティング研究の基本想定を検討する必要がある。
第1は,静態的視点である。国際マーケティング研究,とりわけ国際マーケティング戦略の実 証分析は,産業組織論的な構造 - 行動 - 成果の枠組みに依拠しているものが多い。SCPパラダイ ムは構造あるいは環境の安定性を基本想定としている。環境ないし構造の不安定性を仮定する と,多国籍企業は少なくとも理論的に意思決定の拠り所を失うことになる。また,先行研究に おいて企業行動と成果の関係は曖昧である(馬場 2004参照)。構造要因の変化が激しい場合,
SCPは限られた説明力しか持たないかもしれない。
第2は,競争優位の持続可能性の想定である。ポータリアン的な競争戦略論に依拠すると,
コスト・リーダーシップか差別化かの戦略選択,あるいは,活動の組合せを通じて競争優位が 獲得される。また,資源ベース理論に依拠するとすぐれた資源の所有が持続可能な競争優位に つながる。同時に多国籍企業論的な優位性(所有優位,立地優位,内部化優位)の存在論もま た国際マーケティング研究には色濃い。しかしながら,今日ではいくつかの産業でしばしば短 期的な競争優位の消失が観察される。
第 3 は,合理的意思決定としての戦略観である。近代経済学の合理主義,あるいは,方法論 的個人主義にしたがえば,戦略は事前に計画され,実行される。取引コスト・アプローチの限 定合理性を採用したとしても,少なくとも意思決定主体は意図としては合理的である。こうし た想定は事後的な創発戦略(Mintzberg 1978 ,藤本 2003 )や意図せざる結果(沼上 2000 ,水 越 2011 ,小林 2011 )の存在を排除する。
第 4 は,地理的・機能的組織デザインである。どこに,いかなる機能を配置(再配置)し,
調整するかは国際経営論において支配的な組織デザイン問題である(Porter 1986 )。また,配 置と調整の経時的な変更を繰り返すことで戦略はグローバル化ないしトランスナショナル化す る。しかし,多国籍企業のネットワークのデザインは配置と調整という方法だけには限定され ないだろう。為替や国別需要の変動という 2 変量をとっても多国籍企業のネットワーク・デザ インは多大な複雑性を伴う。ここに,テロリズムや自然災害のような予測困難な要因が加わる とき,その複雑性は意思決定者の認知限界を超えるものになるだろう。
以上のような国際マーケティング研究の基本想定は,今日の国際経営環境の変動性,不安定 性,動態性のもとでは通用しそうにない。そこで,以下では近年の経営研究における新しい研 究プログラムをレビューし,新しい国際マーケティング研究の理論的基盤を検討する。
3 経営研究における新しい研究プログラム
3-1 ダイナミック・ケイパビリティ論による動態的環境認識
動態性(dynamics)とは何を意味するのであろうか。小林( 2011 )によると経営戦略論に おける動態性には2つの含意がある。ひとつは,環境や組織の不安定性を表す。意思決定主体 の認知限界を超えて変動する国際経営環境や複雑な多国籍企業の組織ルーチンがその好例であ る。もうひとつは,戦略をプロセスとして認識することである。Porterの活動ベースの戦略論 やBarneyの資源ベースの戦略論は戦略の内容研究と呼ばれる。内容研究では戦略をある時点 のスナップショットとして捉える。これに対してプロセス研究では戦略をモーションピクチャ として捉える。すなわち,戦略が策定される過程そのものや,それを行う主体間の相互作用の 解明が目指される。
こうした動態的な視点で戦略を考えるのがダイナミック・ケイパビリティである。Teece,
Pisano and Shuen(1997)によって提唱されたダイナミック・ケイパビリティ論は,急激な技
術変化やグローバル市場の存在を前提として理論構築されてきた。ダイナミック・ケイパビリ ティとは,変化する環境に対して「組織が意図的に資源ベースを創造,拡大,修正する能力」
(Helfat . 2007)を意味する。換言すると,環境の変化への適応,変化の活用さらには,イ ノベーションを通じた変化の創出を意味する。
ダイナミック・ケイパビリティの構成要素はセンシング(感知),シージング(活用),リコ ンフィギュアリング(再配置)の 3 つである(Teece 2007 )。センシングとは,環境変化にお ける機会や脅威を精査,創造,学習,解釈する活動である。シージングとは,感知された機会 に対して,新しい製品やプロセスやサービスを通じて取り組むことである。リコンフィギュア リングとは資産や組織構造を再結合・再構成することである。これら 3 つの構成要素はまさに 環境変化に対して組織が機会の認識を行い,資源を動員してその機会を活用し,持続可能な収 益の獲得のために組織を再編するプロセスを表している。
ダイナミック・ケイパビリティ論は,環境の変動性と組織ルーチン・学習メカニズムとの関 係(Eisenhardt and Martine 2000 ),ダイナミック・ケイパビリティが進化する学習メカニズ ム(Zollo and Winter 2002 )といった代表的研究を通じて拡張および精緻化されながら
5),国 際経営研究においても明示的ないし非明示的に応用されている(Prange and Verdier 2010 参 照)。また,近年では競争優位の持続可能性の議論が展開されている。例えば,
の 2010 年 31 号では一時的競争優位(temporary advantage)の特集号が 組まれている。これもまた,環境の動態性をベースとした理論展開の1つの方向性のあり方を 示している。
こうしたダイナミック・ケイパビリティ論は,多くの国際マーケティング研究の静態的な基 本想定を理論的に克服する有用な研究プログラムである。動態的な環境に対する動態的な組織 的対応は,まさに環境と組織のインターフェイスにあるマーケティング機能が担うべき役割で ある。国際的な文脈において多国籍企業は,激しく変化する環境において,さまざまな市場か ら機会を感知し,世界各国の拠点から資源や知識を動員し,さらなる成長のために多国籍企業 のネットワークを再構築する。ここで果たす国際マーケティングの役割はきわめて大きいであ ろう。
3-2 実践としての戦略論と方法論的関係主義
実践としての戦略(SAP:Strategy as Practice)は近年,欧州を中心に注目を集めている 新しい研究プログラムである(Jarzabkowski 2004参照)。SAPにおける戦略は「状況的な社会 的に達成された活動である。同時に,戦略化は複数の行為者の行為,相互作用,交渉から成る。
また,行為者は活動を達成するためにそれらに依拠する」(Jarzabkowski and Spee 2009, p.
5
)厳密にはダイナミック・ケイパビリティ論の代表的研究において環境と組織の動態性のとらえ方は論者に よって異なる。詳しくは小林(2011
)参照。70)。すなわち,実践家(戦略を実行する者),実践慣習(社会的,象徴的,物質的道具であり,
これらを通じて戦略が実行される),プラクシス(戦略が達成される活動フロー)の相互作用 を通じて戦略が産み出されるプロセスを考察するのがSAPである(図表3参照)。
SAPの依拠する哲学的基礎は方法論的関係主義と呼ばれる。図表4にあるように,方法論的 個人主義と方法論的関係主義とでは実践や行為,そして,それらの相互関係の捉えられ方が大 きく異なる。方法論的個人主義では行為に対してプライオリティが与えられている。そこでは,
ある行為は個人の目標や意図に基づいて合理的に遂行される。それに対して,方法論的関係主 義では実践にプライオリティが与えられ,行為を遂行した結果として位置づけられる。したが って,方法論的関係主義においては,実践がどのように組織化されるかが関心事となる。
方法論的関係主義に依拠することの理論的含意は何であろうか。それは,意図せざる結果と ミクロ-マクロ・ループの解明である(沼上 2000)。Chia and Holt(2006)はHeideggerの居
出所:Jarzabkowski and Seidl
2007
, p.11
図表3 SAPの概念的フレームワーク図表4 方法論的個人主義と方法論的関係主義の対比
方法論的個人主義 方法論的関係主義
実践
(practices)
すでに構築されている行為のコンティンジェ ントな集合
行為の空間的・時間的に拡張された多様体
(manifolds)
行為
(actions)
行為は社会現象を形成し,諸個人の属性(目 標,意図,その他の心理状態)によって統制 される。
行為は実践を形成し,「何か共通のもの」に よって統制される。
相互関係 行為と個人属性の関係
集合としての実践
実践は行為の存在論的基礎 連鎖としての実践 出所:Schatzki(
1997
)より作成住モードと建築モードの区分を通じて意図の問題を説明している。通常,家屋に居住する際に 居住者は非熟慮的である。しかし,いったん家屋内に問題が生じると,意図的に,あるいは,
熟慮してその問題を解消しようとする。これを戦略化のコンテクストに当てはめると,居住モ ードとして非熟慮的に実践が繰り返されるのが常態である。しかし,例えば指示的ルーチンと 遂行的ルーチンの間の乖離(小林 2011)が激しくなるなど,何らかの問題が発生すると建築 モードに移行し,発生した問題を解決するための戦略化が行われる。ここで研究上重要なのは,
実践を無限に記述することではなく,モードの切り替えに研究の焦点を当てることである(水 越 2011 )。方法論的個人主義的な「意図→戦略」という単純な因果関係の説明を超えた,より 豊かな戦略化プロセスの説明の可能性が方法論的関係主義にはある。
もう一つはミクロ - マクロ・ループの問題である。Giddens的な構造の二重性の議論によると,
社会的実践は再生産される(倉田 2009 )。すなわち,構造は実践が再生産されるための媒体で あるとともに,実践が再生産されることの結果である。こうしたとらえ方は,意図によって決 定されるホモ・エコミクスとしての人間観や規範によって決定されるホモ・ソシオロジカスと しての人間観のような,単純な決定論を超えようとしている。とりわけ,文化の問題を扱う国 際マーケティング研究においてはミクロ - マクロの相互規定問題を扱うための理論的用具を必 要としている。
3-3 新しい組織デザインの方策としての双面型組織
伝統的な配置 - 調整論を超えた他多国籍企業の組織デザインへの示唆を有するのが双面型組 織である(O'Reilly and Tushman 2004)。それは,「環境変化に適応的であると同時に,現在 のビジネスの要求の管理が整序し,効率的である組織能力」(Raisch and Birkinshaw 2008 , 375)である。換言すると,活用(exploitation)と探索(exploration)の同時達成問題である。
活用は既存の事業からの収穫を意味する。探索は未来に向けたイノベーションの追求を意味す る。活用と探索のバランシングないし同時達成を通じてのみ組織は長期的に繁栄することがで きる。
Birkinshaw(2010)によると双面型組織研究の射程は図表5のように表される。第1の領 域は組織双面性の先行条件である。これは,探索と活用という相反する要件を同時に達成する ための有効な組織構造のデザイン,個人が行動する文脈の創出,リーダーシップを意味する。
第 2 は,成果である。探索と活用の一方に偏った成果ではなく,双方を両立した成果として双 面型組織は評価される。第3は,環境要因である。双面型組織は環境に規定されるものではな く,環境との共進化として捉えられる。第 4 は,他の媒介変数である。これは組織双面性に影 響を与える付随要因を意味する。
伝 統 的 に, 多 国 籍 企 業 理 論 は 活 用 の 側 面 に の み 焦 点 を 当 て て き た(Hedlund and
Ridderstråle 1997)。これまでの配置-調整論は,初期参入段階の「どこに拠点を立地するか」
という問題から,グローバル化に伴って「どのように拠点間で調整するか」という問題へと進 化していった。しかしながら,配置 - 調整論の帰結は,事業×機能×地理的単位の複雑なマト リクス組織であった。変動する国際経営環境に対する,複雑な多国籍企業組織による対応の限 界が明らかになりつつある今日,より柔軟に変化に対応できる組織のデザインが求められてい る。
4 動態的な国際マーケティング理論の構築に向けて
近年の国際マーケティングではいくつかの動態的視点による研究が見られる。Craig and Douglas(2005)は文化のダイナミクスの問題を扱っている。先行研究において文化は特定の 地理的範囲に区切られてきた。しかしながら,今日ではメディアスケープ(Mediascape:映 像やコミュニケーションのフロー),エスノスケープ(Ethnoscape:旅行者,移民,留学生の フロー),イデオスケープ(Ideoscape:政治的アイデアやイデオロギーのフロー),テクノス ケープ(Technoscape:技術・ノウハウのフローや世界中での工場・オフィスのリンケージ),
フィナンスケープ(Finanscape:資本のフロー)によって現地文化がグローバルに連結され るようになっている。その結果,もはや文化は地理的範囲に限定されず,文化の相互浸透,脱 領域化,文化混成,文化多元主義,文化のハイブリッド化を引き起こしている。Blocker and Flint(2007)は,B to Bの文脈で,環境のトリガーが顧客の価値変化に与える影響の調整変
図表5 双面型組織のフレームワーク
環境要因
・環境の動態性
・競争の動態性
組織の先行条件 組織双面性
↓
成果・構造
・文脈
・リーダーシップ
→
・組織学習・技術革新・組織適応→
・会計・市場・成長・戦略経営
・組織デザイン
↓
他の媒介変数
・市場志向
・資源賦与
・企業範囲
出所:Birkinshaw(
2010
, p.381
)数としてHofstedの文化次元(個人主義-集団主義,不確実性回避,男性性-女性性,権力格差)
が影響を与えることを概念的に示している。Cannon and Yaprak( 2011 )は交差文化的な細 分化のための動態的フレームワークを提案している。そのなかで,例えば文化の複雑性が高ま ると,顧客は現地の慣習に基づいたニーズから,製品用途に基づいたニーズへと変化するとい った命題が示されている。
これらは国際マーケティングにおける動態性研究のきわめて萌芽的な性格を持つ。Craig and Douglas( 2005 )は文化がもはや特定の地理的範囲に限定されないため,これまでの交差 文化的な消費者行動研究を超えたリサーチの重要性を説いている。Blocker and Flint( 2007 ) は環境変化により顧客価値が変化し,さらに文化がその調整変数となることを示している。
Cannon and Yaprak( 2011 )も同様に文化の変容が顧客ニーズの変容を引き起こすことを論 じている。いずれの研究も,今日のグローバルな経営環境の変化を所与として,文化や顧客の 価値・ニーズが互いに影響を与えあいながら変化する様態を描き出している。しかしながら,
これらは既存パラダイムの依拠したままで,新しい現象を説明するための,新しい理論的用具 の提案には至っていない。では,国際マーケティング研究は,新しい現実を説明するために,
どのように既存パラダイムの基本想定の限界を克服したらいいのであろうか。
第 1 は,動態的視点の導入である。ダイナミック・ケイパビリティ論に依拠することで環境 と組織の動態性を前提とした理論構築への道が拓けるだろう。また,SAPにおける方法論的関 係主義は,「構造→行動」や「意図→行為」といった道具主義的な決定方式を超えた,ミクロ とマクロの相互作用問題の解明の手がかりとなる。とりわけ,グローバルな文化変容を説明す るためにSAPの方法論は有用である。
第 2 は,競争優位の持続可能性に関する議論を喚起することである。競争激化と急激な技術 変化が競争優位の持続可能性を低下させている。他方で,持続可能な競争優位が多国籍企業の 長期的繁栄につながることは言うまでもない。問題はいかなる条件で競争優位が持続あるいは 消失するかを明らかにすることである。特に,環境の動態性という条件下で,一時的な競争優 位を創出し,短期的に利益を確保する戦略的オプションの重要性を検討する必要があろう。
第3は,実践としての戦略観の採用である。SAPによると戦略は実践慣習,実践家,プラク シスから創発する。事前の計画的意思決定ではなく,行為や実践の連鎖のなかで戦略は決定さ れる。こうした,戦略化の真の姿を描き出すことは,これまでわれわれが事例研究のなかで見 いだしてきたナラティブな戦略化と異なる結果をもたらすかもしれない。また,意図せざる結 果はこれまでの国際マーケティング研究ではまったく扱われてこなかった。しかしながら,異 なる経営環境でのマーケティングである国際マーケティングは,ドメスティック・マーケティ ング以上に意図せざる結果に左右される。
第 4 は,新しい組織デザインの開発である。配置 - 調整論は調整パスの複雑化という認知限
界を超えた帰結をもたらした。双面型組織は新しい組織デザインの一例であるが,重要なのは
複雑な多国籍企業の組織のアーキテクチャーをいかに形成するかである。変動する環境に対応 しながらも,複雑性を縮減するそうした組織デザインが求められている。
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