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号の刊行にあたって

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Academic year: 2021

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『愛知大学史研究』第 2 号の刊行にあたって

大島隆雄

〈愛知大学名誉教授、東亜同文書院大学記念センター客員研究員〉

「愛知大学・東亜同文書院大学記念センターの情報公開と東亜同文書院をめぐる総合的研究の推進プ ロジ、エクト」(研究代表者藤田佳久教授)が、平成 18 年度の私立大学学締研究高度化推進事業(オープン・

リサーチ・センター整備事業)に選定されて、本年で 3 年度目を迎えた。

東軍同文書院大学は、愛知大学の前身校あるいはその中心として位置づけられようとしているため、

書院大学の終鷲は愛知大学の創立によって完結するという関係にある。そのため、愛知大学の創立期に 関する研究が、上記の研究プロジェクトの一環に一定の比重をもって組み入れられている。

この視点に立ちつつ、私たちは、東亜同文書院一一愛知大学の発展の歴史を自校中心的な独善的なも のにしないため、平成 19 年度は研究範囲を拡げ、その成果を公にするため、『愛知大学史研究』を、特 集号「世界と日本の大学史の流れの中での東亜同文書院と愛知大学」という形で創刊した。またこの問、

従来からあった大学史の展示室を、 2 室から 3 室に拡大し、展示設備を全面的に更新したばかりでなく、

愛知大学の歴史がわかりよく理解できるように、その資料を厳選して展示した。新たに設けられた第 3 室は、とくに愛知大学創立者のなかの中心的人物、本間喜一名誉学長の遺品のためにあてられている。

それ以後、研究も徐々に進捗したので、ここに r愛知大学史研究』第 2 号を、特集号「東亜同文書院 と愛知大学」という形でお届けしたい。

本号の狙いの一つは、同文書院大学から愛知大学への発展を理解するためには、どうしてもアジア・

太平洋戦争期における書院大学末期の変容と、その中で形成される「止揚の諸契機」を解明することで ある。そしてまた他面、愛知大学草創期がどのような状態であったかを具体的に明らかにしておくこと である。これらのことは、ここでは、大島の論文と越知氏の講演、偲氏の資料紹介、長谷川氏の書評が それを意図している。

つぎに、とはいえ東亜同文書院大学から愛知大学への発展史が、一人よがりなものにならず、他の自 からみても客観的に耐えられるようにするためには、私たちは前年度にひき続いて、日本と世界の大学 史に注意を向けておかねばならない。そのような観点から、総合科目 r大学史」に関する、佃、河野、

太田、田子、黒柳各氏の一連の報告、及び酒井名誉教授の講演が収録されている。

そして最後に、愛知大学創立者の遺族から寄贈された貴重な遺品・資料があり、それらのリストのう ち、前創刊号では、名誉学長本間喜一氏関係の一部を掲載したが、今回はその続きと、第 3 代学長小岩 井淳教授・同夫人多嘉子氏関係のそれとを収録した。

いずれにせよ、私たちは、読者がこれらの諸成果を見られ、忌偉ない批判やご意見をおよせくださる ことをお願いする次第である。

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