児童虐待加害親の心理
一初期介入と予防のための理解に向けて一
後藤秀tsx 1
1.問題意識
(1)児童虐待相談の急増
平成2年度には全国で1,100件と報告されていた児童相談所での虐待相談件数は,平成12年度に は18,000件に,平成13年度には25,000件へと,急激な上昇カーブを描いて増加している。これに対 応する児童福祉司の数は,平成13年度当時,全国で1,480人である。その後,相談対応の人員を増 やした自治体もあるが,経費削減のあおりをも受けて,相談態勢の構築は遅々として進まないまま である。いまや児童相談所のみならず,保健所も,虐待問題にかかわるNPOも,慢性的に人員不 足であり,そうした子どもを保護する各種福祉施設もシェルターも絶対数が不足している。
平成12年には「児童虐待の防止等に関する法律」(虐待防止法)が制定されたものの,具体的な 施策に反映されるまでにはいたっておらず,その実効性の担保されていないことが問題となってい る。それでも,連日のマスコミによる事件報道もあって,虐待が深刻な社会問題であるとの認識は 拡がってきた。その発見と通報が義務化されていることも知られてきたが,それで問題が解決を見 るわけではない。例えば,近隣の住人が通報して児童相談所の知るところとなり,危機介入が行な われたとしても,そこに待っているのは加害者であることを疑われて過剰に防衛的になった親との,
果てしない悶着の連続である。そこで虐待事実が客観的に確認され,半ば強制的に子どもを施設収 容したとしても,それでその虐待問題が終わるわけではない。虐待を受けて心に傷を受けた子ども と,昔の古傷を抱えて加害者となった親の双方を癒し,新たな親子関係の再構築に向かわせるとい う,困難な課題は,そこから始まるのである。
しかし,我が国では,こうした親と子の心をっなぎなおすケアが必要であるという認識が乏しく,
システムそのものが準備されていない。あまりに増加のペースが速すぎて,誰も予測できなかった 事態に,今はまだ目先の対応策に追われているという段階なのである。
かって,CAPNA(子どもの虐待防止ネットワークあいち)の初代理事長である故・祖父江文宏 が「虐待は人間の持っ宿命ともいえる」と,語っていたことが私には忘れられない。人間が子ども の親になるという過程の中で抱える,避けることのできないリスクである。ある意味で,時を越え て続く人類普遍の課題でもある。決して特別な時代の一部の人間だけが抱えた特殊な心の課題では ない。虐待されて傷っいた子どもも,自分の傷の痛みを埋めるために虐待する親も,ともに,私た ちみんなの心の中に棲んでいる。この点への自覚無しに,虐待問題に関与する危険性を,祖父江は 伝えたかったように思う。虐待する親を敵視して攻撃的になることも,虐待された子どもに過剰な 同一化をして哀れむことも,本質的な解決を導かない。
※1 コミュニケーション心理学科
また,虐待は子どもと家族と社会との関係性障害であるという側面を持っ。特に「乳児期の母子 システムは,乳児の特性,母親の性格,家族状況,社会状況など,内外の諸要因に敏感に影響を受 ける」と,渡辺(2003)は指摘する。言い換えれば,現代社会の特性を色濃く反映した現象,つま り 時代の病理 のひとっであるともいえる。
そうであるならば,親になる,あるいは親であることの影の部分が増幅されやすい時代に私たち は生きているのであり,虐待の加害親たちは「親になり切れない痛みや苦痛」を表出していると捉 えられてよい。「わが子をも巻き込むこの自己破壊により,外からは見えない自分の心の破壊性を 世に訴えSOSを発している」(渡辺,2003)との理解が,解決への糸口である。今を生きるすべて
の人の心の中の闇に向き合うことが本質的な課題である,という視点が,心理臨床の基本スタンス である。
(2)加害親への理解の視点
虐待問題に取り組む時に直面する特徴的な困難を,村瀬(2001)が次の5点に集約している。
①本人や家族が自ら治療を求めて来談することは少なく,治療意欲が乏しい。
②虐待を行なっている家族は,子どもの治療にも非協力的なことが多い。
③転居や施設からの引取りなどによる突然の中断が生じやすい。
④司法,福祉,医療,教育などの関係機関の間の連携,機関内の様々なチームワークを適切に取 る必要がある。
⑤子どもに対する治療やケアのみでは充分ではなく,親への援助が必要である。
っまり,問題への直面化を回避し,過剰に被害感を募らせて攻撃的になることも多く,気まぐれ で枠に入りにくい親と向き合い,温度差と認識に食い違いを残していることもよくある多職種の関 係者の間に入って調整することにも心を砕きながら,親が親自身の生き方と子どもとの関係を見直 すための援助をする,という,通常の臨床ケースとは比べものにならないほどのストレスを抱える 作業が求められる,と,ここで指摘されているのである。
この困難な作業をやりとおすためには,半端な正義感や,被害者への同情などは,阻害要因とな る。最後まで諦めないという覚悟と責任感,他人の子どもでも守ろうとする母性性や父性性も必要 であるが,それで充分ではない。自分自身の中にも潜んでいる加害親に対する,自己理解の深さが 問われることになる。加害親が,虐待行為に対する責任を実際に取ることは不可避であるが,その ことと自己回復のための心の課題に取り組む作業とを区別する冷静さが,関係者には求められる。
村瀬は,「激しい虐待行為をする親でも,ほとんどの場合といっても過言ではないくらい,その 傷だらけの侍むものもない内心の底に,かすかなうしろめたさ,そのようにしか振る舞えぬ,真の 意味で自信の持てない自分に心許なさを抱いている」として,「一見,非人間的に思われる行動を する親のその深い淋しさ,悲しさ,怒りをどこまで身をそわせて汲み取れるか,われわれ援助者は,
自分の器の質を常に問われている」ことに目を向けるよう求めている。
具体的には,親自身の抱える心理的外傷体験や,求めても援助者の得られなかった体験などの,
現在の親自身の心の状態を形成するにいたった様々な要因への目配りが,加害親への理解と共感の
道をひらくことになる。
棚瀬(1996)は,虐待再発防止の観点から虐待の発生機序の検討を行なっている。そこで,
Kempe&Kempe(1978)とSteele(1987)の指摘した虐待発生の4条件を紹介して,これらの条 件がそろったときに虐待が発生することを示唆した。
①母親自身の乳幼児期における被虐待体験あるいは被剥奪体験
②子どもに対する母親の認知的歪曲
③限界を超えた危機状況の存在
④社会的援助の欠如
棚瀬はこの分析を通して,虐待は母親自身の人生最早期の対人関係に深く根ざした「特定の適応 反応」であるとしている。この観点に立っと,母親自身の抱えた乳幼児期からの心の課題の集積 が,様々な社会的要因によって触発され,家族内人間関係が葛藤的に発展して虐待のプロセスが進 行し,母子の相互作用の中で抜けられない関係パターンが定着してゆく,という大まかな流れが見 えてくる。
では,このプロセスを展開させ固定させる鍵となる葛藤は,なにになるのか。加害親が心の底で 求めていたものは,なになのか。この小論の検討課題も,この点に集約される。
(3)児童虐待概念と類型化について
ところで,「児童虐待」の語は,「チャイルド・アビュース(child abuse)」の訳語として定着し たものである。「ab」と「use」の組み合わせであることから,「不適切な取り扱い」を意味するこ の語は,英語圏では,日本語でいう「虐待」よりも幅広い概念を含んでいる。欧米では,子どもを 車に待たせて親が買い物をするといった行為すら,ここに含まれ処罰の対象となる。それだけ,よ その家のことであっても子育てについての社会的関心は強く,ひとりの子どもは社会の財産であり 関係するコミュニティ全体で育てるもの,という感覚が広く定着していることの反映ともいえよ う。それに対して,特に現代の日本社会では,他人の子育てについて口出しすることを避ける気分 が広く浸透しており,不適切な子育てを軽く見ようとする傾向が生まれている。同じことが行なわ れていても,「これは不適切である可能性がある」として周囲が介入しようとする姿勢でいる場合 と,「この家のやり方もあるし,虐待とまではいえないのではないか」と考えて関与を避ける場合 とでは,社会全体の共有する常識的判断としての「虐待」概念もおのずから変ってくる。
ちなみに,先の「虐待防止法」では児童虐待を,「親または親に代わる保護者などによる子ども の心身を傷っけ,子どもの健全な成長・発達の妨げになる行為」と定義付け,次の4種類に類型化
して概念を整理している。
①身体的虐待:児童の身体に外傷が生じ,または生じるおそれのある暴行を加えること。
②性的虐待:児童にわいせっな行為をすること,または児童をしてわいせっな行為をさせること。
③ネグレクト(育児放棄):児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食または長時間の 放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
④心理的虐待:児童に著しい心理的外傷を与える言動を行なうこと。
多くの実態報告書がこの分類に基づいて統計数値を出しているのだが,例えば,西澤(2005)は,
この分類に「DV(配偶者間暴力)の目撃」の項目を加えて検討した結果,80%の虐待に2種類以
せっかん ネグレクト 発作的殺人
男
女 計 男 女 不明 計 男
女 計 総計 新生児 1 2 3 22 21 18 61 6 7 13 77 乳 児 4 6 10 11 6 1 18 13 8 21 49
1歳 9 6 15 9 5 0 14 5 3 8 37 2歳 7 13 20 3 2 0 5 2 2 4 29
3 歳 10 14 24 0 0 0 0 1 0 1 25
4歳 8 6 14 0 1 0 1 2 0 2 17
5 歳 9 3 12 0 1 0 1 0 1 1 14
6歳 5 7 12 1 0 0 1 1 0 1 14
7歳以上 3 6 9 0 1 0 1 10 6 16 26 不 明 0 0 0 0 0 7 7 1 0 1 8
計 56 63 119 46 37 26 109 41 27 68 296
上の重複が見られることを報告しており,虐待概念の整理には有効であったこの分類が,虐待のタ イプを考えるうえでは適当ではないことを示している。
加えて,近年特に蔓延してきたとの印象の持たれる②の性的虐待であるが,臨床相談の現場で は,被害者自身が秘密の共有を条件に出して語ることも多く,その事実が隠蔽されやすい特質を持っ ている。④の心理的虐待についても,客観的事実として明確に把握することが極めて困難である
うえ,子どもの側にも親自身の側にも,それが虐待であるという自覚が生まれにくい。っまり,そ れらの問題が単独で相談に持ち込まれることが極めてまれであるし,統計上の数値は得られたとし ても,実態を反映するものではない。
その中で,CAPNAが1995年から1999年の5年間にわたる新聞の死亡記事から抽出した実態調査 の数値は,虐待にいくっかの典型的パターンを想定させるものとなっており興味深い(子どもの虐 待防止ネットワーク・愛知 2000)。
表1・表2は,そのデータの 表1 被害児童の年齢と受けた虐待の種類
一部を改めて抜き出してまとめ たものである。この2っの表の 数値から,おおむね次のような 特徴を示唆することができる。
①死亡に到る虐待の多くが
『防げなかった死一虐待データブック2001−』に拠る 表2 加害者の続柄
せっかん ネグレクト 発作的殺人 計
母 親 46 50 52 148
父 親 55 15 12 82
祖 母 3 0 1 4
祖 父 1 0 0 1
母親の同居人 34 2 3
1 39父親の同居人 2 0 0 2
その他 5 1 1 7
不 明 0 35 0 35
計 146 103 69 318
『防げなかった死一虐待データブック2001−』に拠る
両親もしくは母親の同居人によ るせっかんによるものである。
虐待を受ける子どもの年齢層 は,2〜3歳にピークがあり,
0〜6歳に集中している。資料
として示されている事例を見て
いくと,母親が中心になる虐待
に父親が加担するか,もしくは
見てみぬ振りをするというケー
スと,父親や母親の同居人が中
心となりそれを母親が止めきれ
なかったケースとが,特徴的に
見出される。臨床経験から整理
しなおすと,母親主導の場合に
は,おおむね身体的虐待にネグ
レクトが共存している。父親主
導の場合には,母親の目の前で
の身体的虐待が中心であるこ
とが多い。この両者は,虐待の
生じる心理的な構造に違いがあ
ると考えられる。
②ネグレクトは新生児と乳児に集中しているが,新生児へのそれはいわゆるコインロッカーベ イピーに代表されるように,養育能力のない親が出産直後に養育責任を放棄した,いわゆる「生み 捨て」によるものである。「親になることを拒否した」あるいは「親になった事実を否認した」と いう点にポイントがあるものと言える。一方,乳児へのネグレクトでは,親がパチンコなどの遊興 中の車中放置による熱中症での死亡事故が目に付く。親の無神経・無配慮とも思えるこの行為の背 後には,しばしば抑圧されたり否認されたりした,子どもへの攻撃性が想定されることも多いが,
多くのケースでは虐待事件として取り扱われることなく「事故」として処理されることになる。
③突発的殺人は,おおむね2歳程度までの乳幼児に対して母親が加害者となるケースが多く見 られる。いわゆる育児ノイローゼの果ての発作的行動化と見られるものであるが,それが子どもの 死に結びっきやすいという事実には,注目する必要がある。
このように見てくると,虐待にもいくつかの典型的パターンがあるように思われる。親の側の心 の課題と,子どもの発達過程における特徴とが,相互作用的に影響し合い,発展して虐待に到るも のと考えてよいであろう。ここでは次に,いくつかの典型例と思われる虐待事例を検討することに より,加害親に対する理解と対応の道を探る。課題内容は相互に重なり合っているが,とりあえず 次の3類型を抽出できるものと考えられる。
①0歳台の乳児に対する,主に母親による発作的暴力
②2〜3歳からの幼児に対する,両親共同の身体暴力とネグレクト ③乳幼児全般に起こりうる,男親による身体暴力
以下に,事例をあげてこれらの虐待が生じる人間関係の構造と,心の課題を検討する。ただし,
問題の性質上,実際の相談事例を提示することはできないため,マスコミ報道された事例を軸にし て検討を進めることにしたい。
2.赤ちゃん部屋のゴーストー0歳児に対する発作的暴カー
(1)事例Aの概要
2003年の秋,愛知県内のH市において,25歳の父親が生後4か月の長男を殺害する事件が起きた。
その時の新聞報道(10月26日付け中日新聞朝刊)によると,その日,仕事が休みであった父親が長 男の世話をしていたのだが,夜の8時半ごろ,自宅の居間で長男の両脇を持って床に頭を叩きっけ て殺害した。母親は,まだ仕事中で帰宅は遅くなる予定であったという。父親自身の言葉として,
「妻がパートで外出中,長男が泣きやまず,なぜ自分がひとりで面倒を見なければならないのかと 思い,いらいらしてやった」との警察での供述が報道されている。
その 犯行 の後,父親は長男を抱いて「おばちゃん,助けて」と,隣家に駆け込んだ。その事 件以前には子どもの泣き声が特に大きかったこともなく,虐待の形跡は認められていない。母親も
「夫が育児に協力してくれる」と実家で話をしている。父親は,病院でも「自分の子どもに手を出
すわけが無い」と,虐待の可能性を否定する発言をし,集中治療室に子どもがいる間は24時間付きっ
切りで病院に詰めた。子どもの葬儀の折には,泣き崩れていた。
切 密室での孤立した育児
この事例は,親による発作的暴力と呼んでよいものであるが,父親によるこのような形の虐待は 珍しい。ほとんどが,母親が乳児と2人で孤立した密室状況において生じるタイプの虐待である。
母親が抑うっ状態であることもあるが,多くの場合は前兆に気づかれないまま虐待が発生し,・周囲 の目には予想外の事件として映る。
この父親の場合がそうであったように,加害者本人が内に抱え込んだ葛藤や不安は誰にも気づか れない,という構造を持っている。周りの目がその点に関して無関心であったり,本人がうまく自 己表現できなかったりすると,他人の目からは幸せであるはずの育児であるため,親の不安や葛藤 は気づかれないし,適切に対応されることも無い。しかし,ほとんどすべての母親にとって,特に 第1子の育児は葛藤的なものである。
大日向(2001)は,母親たちに孤独を強いるものとして「母性愛神話」を指摘する。それは「母 親であるならば子どもが可愛くないはずは無い」という,当の母親自身をも縛る価値規範である。
しかし生身の母親は,その神話を完壁に生きることなどできない存在である。我が子であっても可 愛く思えるときも,そう思えないときもある。笑顔や寝顔には癒されていても,泣き声には怒りが 生じて消し去りたいと思ってしまう。時には子どもが,自分を責めさいなむ悪魔のようにも見える 瞬間も体験する。子どもに対する否定的な感情に染まるとき,母親は,母親失格であるとして自分 を責め,罪障感を増幅させる。本音を語ってしまえば楽になるかも知れないが,周囲からの非難を 覚悟しなければならないし,それ以前に自己嫌悪に陥る。結果として誰にも語ることができない状 況が母親を追い詰めていく。大日向は,「はき違えた母性愛神話からの解放」と「親自身の子ども 時代の回復」の2点が,基本的な課題であると指摘し,子育て中の親を支え,親として育っための 支援のあり方を提唱している。
また,早期の母子関係に積極的な介入をする視点と手法を確立したフライバーグら(1983)は,
こうした密室の育児をめぐる葛藤を「赤ちゃん部屋のおばけgohst in nursery」と呼んだ。
「問題は,親自身および親と赤ん坊とのあいだにある容易ならない葛藤であると私たちは見てい る。その中では,赤ん坊が,親の過去の中の人物の代理人になったり,拒絶されたり否定されたり した親自身のある側面をあらわすものになったりする」という理解の視点を持っことで,乳児のい る家庭に入り込んで介入的に支援する道を拓くことになった。
(3}母親の孤立感を癒す言葉
「ひとりで抱え込まず,周りの人たちとつながり,助け合って生きていく関係性の構築」と「自 分の弱さや未熟さを受け入れ,子どもに育てられている自分を認める柔軟性の獲得」の2点が,母 子に介入するときの大きな目標である。
渡辺(2000)は,親一乳幼児心理治療を説明する中で,抑うつ状態であった母親への支援を例に あげている。渡辺はその母親に対しては次のように言って支えようとする。
「ご主人にできるかぎりありのまま今の気持ちを伝えてごらんなさい。それで伝わらない気がす
るなら,赤ちゃんとだんなさんと一緒に,いっでも私のところへ話しにいらっしゃい。ご主人が聞
いてくれなかったり,来てくれないようなら,まず私がいくらでもお話を聞きましょう。我慢して
いると,一番可愛いはずの赤ちゃんが可愛くもなんとも感じられなくなったり,しまいには,憎く 邪魔みたいに感じられてきて,あなたがひとりで苦しみますよ。」
この介入をきっかけにして「誰かが私を暖かく見守ってくれている。私はひとりではない。私の 怒りや苦しみには意味がある」と,母親が感じられるようになっていく過程を示している。
また,一般的に親の支えになる言い回しとして次のような表現の仕方を例示している。
「はっきりとサインを出してくれない赤ちゃんだとさぞかしやりにくいでしょうね。」
「私の知っているお母さんたちは赤ちゃんにそういうことをされると腹が立っといっていました
よ。」
「今お話を聴いて,お母さんが赤ちゃんのことでずいぶん悩まれ,ご自分を責めてこられたこと が分かりましたよ。」
まず,目の前の人に受け止められ理解されたと実感できることが前提である。その関係を起点と して周りの人たちとっなぐ作業が,ポイントである。フライバーグらの先駆的実践は,こうした介 入を訪問先の家庭内で行なおうとするものである。
私たちが日々行なっている心理面接においても,母親がクライエントになる場合は多い。そのと きにも,「よい母親」の役割を知らないうちに期待して,目の前のクライエントを受け入れていな い自分に気づくことがある。橋本(2000)は,「子どもへの愛と憎しみが同居するという母性のア ンビバレンスは,あらゆる母親の共通の体験である」というパーカー(1995)の言葉を引用しなが ら,母親面接における「子どもへの否定的感情がほとばしり出てくると子どもへの愛着も出てくる という逆説」にっいて言及している。それは,母親という役割以外の自分を生きようとする母親の 自己実現への思いを背景にしている。このように,役割だけでは生きられない生身の人間である母 親の全体像に視点を定めて向き合うことができたときに,子どもへの否定的な思いも,肯定的な意 味を見出しながら聞きとり,受け止めることへとっながっていく。
このような意味において,母親の話しを充分に聞いて気持ちを受け止める人間関係が,育児中の 不安な母親の周辺には求められることになる。できれば,妊娠中から得られることが望まれる。母 親自身が,より大きな母性に包まれることによって安心することの意味は大きい。
3.葛藤の世代間伝達一両親の共同作業による身体暴力とネグレクトー
(1}事例Bの概要
2002年10月30日に,名古屋地方裁判所においていわゆる「Yちゃん餓死事件」の判決が出され,
その判決文の全文が新聞紙面にも公開された。
事件の概要は,被告である母親が,脳の外傷による知的障害を持っ4歳の長女に,適切な食事を 与えず,父親と共謀して両手両足を縛って段ボール箱に入れたまま放置し,「死んでも構わない」
と考えて飢餓死させた,というものであった。この放置の状態は死にいたるまでの1か月近くにお よび,長女が泣くと蹴って静かにさせようとしたり,死の直前には「よう,もっね」と,なかなか 死なないことを話題にするなどしており,両親の心の荒廃が印象に残る事件であった。
事件までの経緯を,判決文で追うと次のようになる。
母親は17歳で同年齢の父親と知り合い,高校在学中に未婚のままこの長女を出産した。出産後ま
もなく父親も就職し,2人は婚姻した。住居は社宅であったが,母親は,生まれてきた子どもの写 真を数え切れないほど撮り,詳細な育児日記をっけ,家を可愛らしく飾ったという。そうするうち に,生後10か月の時,長女は突然痙攣発作を起こし,病院で慢性硬膜下血腫と診断され手術を受け たが,発達上の障害が残った。そのため,言語や歩行などが遅れ,保健所の1歳半検診では,その ことを指摘されて恥をかかされたと,母親は感じた。その直後に長男が誕生した。父親も母親も,
この長男ばかりを可愛がり,長女には拒否的になっていく。やることのすべてが苛立ちをかきたて るものとなり,しっけのためと称して怒鳴ったり叩いたりすることが増えていった。母親は,家で はテレビゲームばかりに熱中する父親に対する不満を溜めており,はけ口を求めて高価な買い物を
して消費者金融からの借金を繰り返すようになった。
死亡する4か月前には,極度にやせてしまった長女をみせに病院を受診するが,虐待を疑った医 師からの入院の勧めを断っている。その後まもなくして,保健センターから連絡を受けた父親方の 祖母がしばらく引き取って養育している。その間に,いたずらが子どもの正常な行動であることを 知って養育について反省もして家庭に引き取ったが,母親は,祖母になっいて自分を拒絶する長女
にかえって怒りを感じ,じきに満足な食事を与えなくなった。かえって,いたずらの収まらない長 女に対するしっけのため,手足を縛って段ポール箱に入れ,父親もそれに同調した。そして,その
まま1か月近く放置されて長女は段ボール箱の中で餓死した。
② 幻想の赤ん坊が喚起する葛藤
スティール(1983)は,「虐待の研究では,特に虐待する者が虐待された子どもの同一化のモデ ルとなるために,必然的に虐待する者の超自我機能の質およびその起源と発達が極めて重要になる」
として,虐待が世代間伝達されることを指摘した。
ここで取り上げた事例の母親も,詳細は不明であるが幼少時に母親の度重なる家出によって充分 な食事さえ得られない状況下で育ち,いじめにも逢ってきた,いわゆるネグレクトを主とする虐待 サバイバーである。そのため,早く自分の家庭が欲しいと強く願い,その実現のために夫と子ども を高校の卒業を待たずに手に入れようとしたものであろう。思い描いていたのは,夢にしか見たこ とのない理想化された家族の姿であったことだろう。幸せな家庭を築くはずであったが,結果とし ては,意に反して虐待する親と虐待される子どものいる家庭を作り出してしまった。10か月時の長 女の脳外傷も,母親の関与した疑いが否定しきれない。
こうした親との同一化の心理機制をレボビシ(1986,1995)は,母親の無意識における乳児イメー ジによって説明している。彼によれば,母親の中には3っの乳児イメージが生きているとされる。
原論文では明確な区別が読み取りにくいが,先の渡辺(2000)の解説を参考にしてまとめなおすと,
次のようなイメージとなる。
①現実の乳児real baby:目の前にいる実際の赤ん坊の作り出す現実的なイメージ。
②想像の乳児imaginary baby:母親力ざ心の中で育ててきた主に前意識の中に生じた赤ん坊のイ メージ。理想化されていたり,不安が象徴化されていたりする。
③幻想の乳児fantasmatic baby:無意識の深いところにある幼い頃の自分のイメージ。だれか
の子どもである母親自身のインナーチャイルドといってもよい。
この事例の場合,現実の乳児と出会うことによって,それまで心に温めてきた想像の乳児イメー ジが崩されたものと考えられる。実際の赤ん坊は,想像していたような天使ではなく,自分の思う ようになってくれないばかりか,自分を支配しようとして自分の生活のペースまでを乱す暴君にす ら思える存在である。すべての赤ん坊は,本質的に,母親の自我をいったんは破壊する存在なので ある。この子が約束してくれるはずだった幸せな家庭も,子どもの父親である夫の無関心により実 現されそうにない。こうして想像の乳児イメージが崩れたとき,幻想の乳児イメージが内なる葛藤 を喚起する。この母親もまた,「良い母親」になりたくてそうなれなかった自分に失望して傷っい た。そのときに喚起されることになった,親に捨てられて傷っいたインナーチャイルドが,同じよ うに傷っいた子どもを実際に作り出すのである。結果的に見れば,深く傷っいた長女の姿は,育ち ゆく気力さえも失うほどに傷っきなおした母親自身の姿である。誰も救ってくれないという思いと 孤立感の中で,絶望に打ちひしがれた小さな子どもが,この母親の中の自己像のひとっであると言っ てもよい。
救わねばならなかったものは,長女の命であると同時に,そこに象徴化された母親自身の傷つい た内なる幻想の子どもである。
「Yちゃんもお母さんも傷だらけになってしまいましたねえ」という共感に始まり,「どんなに ボロボロになっても命は幸せを求めて生きようとする強さがあるんだよってことを,Yちゃんが教 えてくれてますよ」という癒しへ導く姿勢が,この母親に向けられるとよかった。こうした視点を もっこと自体が,心理臨床の場では有効であると,筆者らはこれまでにも指摘してきたが(清滝ら,
2005),自分自身の心の中にもいる傷ついた小さな子どもを自覚すること無しには,私自身,これ らの言葉を口に出すことが出来ない。
(3)親と子の双方をつなぐ言葉
記事だけを読あば,この事例の両親は,冷酷で人間の心を失った母親と,その心の闇に巻き込ま れた主体性の無い父親,という組み合わせである。それでも,母親は,1歳半検診で保健所に行っ ているし,やせ衰えた子どもを連れて病院にも訪れている。外部に対して発信された数少ないSOS サインであったのだと思う。
こうした形で,事前に救助信号を発信する例は多い。虐待する親たちも,自分の中で増幅する心 の闇に呑み込まれる不安と恐怖を,どこかで感じ取っている。言い換えると,加害者としてではな く,被害者の1人として受け止められたいと,思っている。そんな微かな期待を無自覚のまま心に 秘めて,相談・医療機関を訪れる。通例,この1回なし2回のチャンスが子どもと親の運命を分け
る。
フライバーグら(1983)の提唱する,乳幼児一親心理療法では,何らかの形で親子同席の面接を 行なう。その場では,面接者を交えて,親子間の葛藤が様々に重なり合い,過去と現在が錯綜しっ つ展開する。面接者はそれを細かに観察しながら読み解き,親と子の双方に共有できる言葉に集約 する作業を行なう。それは,まず親の側に「心の安全基地」を提供し,「内省的自己」を育む方向 に道を拓く。(渡辺,2000)
虐待する親たちは共通して,「子どもが自分の怒りや苛立ちを引き出す」と訴える。面接場面で,
子どものそうした行動を一方的にまくし立てる親の傍らで,遊びに打ち込むこともできずにそれを 耳にしていた幼い子どもが,とうとうこらえ切れなくなってかんしゃくを起こしたとき,間髪をい れず「ダメでしょ」と厳しく叱り,「先生,いつもこうなんです」と面接者に訴える母親がいる。
このような例を渡辺(2000)は紹介して,ここで起こっている感情転移の錯綜した関係を解き明か そうとする。
子どもの立場に近すぎる面接者はよく,母親に対して「叱らないで,子どもの気持ちになって考 えてあげましょう」と説得を試みる。このとき面接者の中には,母親を非難し,子どもに同情する 気持ちが強くなっている。それが,この母子の間に展開された交流によってひき起された面接者の 逆転移である。目の前の母子関係のパターンが,面接者と母親との関係性に引き写されていること に注意したい。また,この関係性が,母親自身の母親との間でも体験されてきたものと相似形となっ ていることにも,理解の目を向けておきたい。
「この子のかんしゃくで何かを思い出しましたか」という程度の問いかけをする余裕は,とりあ えず保っことが大切である。このとき渡辺は,母子の双方に向かって,「長いこと分かってもらえ なくて辛かったね。あなたはどんなに我慢したことでしょう」と,言葉をかけている。子どもの中 で生じたその場の思いは,母親が心に秘めてきた過去の思いとも重なる。「寂しかったでしょうね」
と言われて,母親の目からは涙があふれ出し,ひとしきり泣いた後に自分から子どもを抱き寄せ た。面接者が,母親のイメージの中で「理解してくれる良い母親」になったとき,「その母の素直 な子ども」になることができたのであろう。母親の中で支配的であった自己イメージとしての「ひ ねくれたインナーチャイルド」は,その瞬間に癒される予感を抱き素直になれた。母親のインナー チャイルドを投影されていた子どもの姿が,このときには「親の愛を求める寂しい子ども」として 母親の目には映る。それは抱きしめてもらいたかった自分自身の姿に重なる。母子双方の「心の底 にあるねがい」を,言葉にして提示することができたとき,はじめてこの関係性の病である虐待問 題に,解決に向けての転機が作られることになる。
4.母と子に向ける前エディプス葛藤一母親の同居男性による幼児への身体暴カー
(1)事例Cの概要
2003年秋,4歳の男児を虐待死させたとして,28歳の母親と,その交際相手である18歳の男子高 校生が逮捕された。仲良く平和に暮らしていた母子2人の家庭に,高校生が父親代わりになって入 り込み,しっけと称する暴力の末に,母親の目の前で死に至らしめた,という事件であった。母親 は子どもを守ろうとした形跡もあり,子どもへの愛情も充分に持っていたと思われていたが,愛人 である母親に対しても暴力を振るっていたとみられるこの高校生の暴力から,我が子を守りきるこ とができなかった。その後も,担ぎ込んだ病院で,死亡原因を椅子からの転落事故に偽装しようと するなど,高校生をかばう姿勢を見せている。
この母親は,前夫と離婚した後,事件の3年前から長男を保育園に預けてアルバイト店員として
働くようになった。いっも親子で手をっなぎ仲睦まじく歩く姿が,近隣住民の口から語られてい
る。母親はアルバイトながら真面目でよく働くことが評価されて,その飲食店の店長を任されるま
でになっていた。
一方,この高校生は「朝,起きれない」ことを理由に学校も休みがちであったが,家族からも友 人からも粗暴な態度を指摘されたことはなく,事件後,彼の父親から,暴力行為が日頃の様子から は考えられないことであったと語られている。
この長男の体に身体的虐待の跡が見られるようになったのは,事件の3か月ほど前のことであっ た。保育園で長男に確認すると「お兄ちゃんが叩いた」と説明したとのことであったが,母親は
「転んだ」との説明をして,高校生をかばっている。その後もあざや傷が絶えないので,保育園は 児童相談所に連絡をとり,母親とも話し合う機会を持っなど対応にっとめてきた。事件の4日前に
は,「一緒にお風呂に入ったり,抱っこしたり,一緒に寝て欲しい」という長男の願いを,母親に 伝えて実行してもらっている。関係機関が連絡を取り合って,それなりの対応策を講じてきたかに 見えるのだが,加害者となった高校生とその家族に対してどのような対応がなされたのかは,情報 がなく不明である。
② 擬似家族内の人間関係
この事例の場合,加害者である男子高校生にとって,4歳の長男は母親の愛情を独占するうえで 強力なライバルであり,目障りな邪魔者である。一方,長男にとってもこの高校生は,母子2人だ けの幸せな関係を破って入り込んできた異分子であり,理不尽な閲入者でしかない。お互いが競争 相手を排除して,母親の愛情を独占したいと強く思っていたことだろう。母親はその間に立って,
どちらかを選ぶことができないでいる。できれば3人で新しい家庭を作って仲良く暮らして行きた いと思っていたのではないだろうか。こうした3者の関係性こそが,虐待を誘発することになる。
この高校生を暴力に突き動かしていたものは,前エディプス葛藤であると言ってもよいだろう。
母親への暴力はドメスティックバイオレンス(DV)である。それは通例,「こんなに求めている のに,どうしてこの思いの強さに見合うだけの愛を与えてくれないのか」という,相手の愛情を確 認する行為でもある。子どもの母親でもあり続けようとしている彼女が,自分の言うことを何でも 聞いてくれる自分だけの「母性」であることを確認する必要があったのだろう。いわば,自分の原 家族の中で求めて得られなかった,自分だけを見ていてくれる人を,この高校生が求めていたこと は,想像に難くない。
これは,学校で特に問題行動を起こすわけではないが,やる気がなく生気に乏しく,そのくせ遊 びや趣味やアルバイトには熱心になるという,アパシイシンドロームの若者が,多くの場合に求め ているものである。要するに,原家族の中で出せなかった葛藤を,新しい擬似家族を得て,表出さ せたものとも言える。
彼にとって彼女は,愛人であると同時に家庭を提供してくれる母親そのものでもあった。長男 は,彼にとって同胞葛藤を刺激するライバルでもあり,母親の愛情を奪っていく父親イメージでも あり得る。したがって,一見エディプス葛藤をひき起すかに見える3角関係ではあっても,子ども にとって乗り越えるべき存在としての父性が欠落しており,2人の子どもが母親を奪い合うという 構造にしかなり得ない。いずれにしても,この長男の父親になるほどには大人になりきれていなかっ た彼は,こうしたエディプス葛藤を誘発する3角関係に直面したとき,その関係性に耐えられずに,
邪魔者となった子どもを排除する方向で行動化することになった。
しかしながら,こうした関係性に陥る前には,この高校生も子どもにとってのよき父親代理にな ろうとしていたのではないだろうか。母子家庭に入ろうとする男性の多くがそうであるが,仲の良 い母子の姿を見て,自分もその中に入りたいと考える。ただ,実際に入ってみると最初の想像とは 違って,子どもの側の意外に強い抵抗にあい,逆転移的に子どもへの憎しみを募らせることになっ ていく。2人の間に挟まれて態度をはっきりさせない母親を暴力によって支配しようとすることは,
理想化された母性である彼女に対する甘えでもある。
虐待加害者が実父であった場合には,子どもが自己主張を始め,しっけが必要であるという口実 のできる,2〜3歳以降に虐待の始まる例が多いように思われる。自分に優先権があり,必要に応
じていつでも独占できるはずだった妻が,子どもの母親でもあることは,父性の未発達の夫には許 容できない。依存対象でもあった妻を支配するための暴力が,競争相手となった子どもを排除し,
妻の関与を引き出すための虐待へと発展していく。真の攻撃対象は,子どもではなく妻である。そ こで,妻が,自分に向かっていた激しい暴力を回避するために,夫の子どもへの暴力を容認するよ うになれば,子どもは母親からも見放される体験を重ねることになる。そうなった子どもは,相手 がだれであれ,自分から虐待を引き出す形でのかかわりパターンを身に着けていく。無関心よりは 虐待の方が耐えられるからである。それ以外のかかわり方を知らないようにも見える。結果的に,
虐待を「する一される」という関係性に固着して,その循環から抜け出せなくなっていく。この関 係性もまた世代間連鎖を作り,拡大再生産されることになる。
もともとは,1980年台に我が国でも話題になった,カイリーの2っの著作に示された,「ピーター パン・シンドローム」(1984)の男性と「ウェンディ・ジレンマ」(1984)を抱えた女性の関係性で あるとも見ることができる。永遠の少年でありたいと願うピーターパンは,見捨てられ不安の強い 自己中心的で気まぐれな,理想化された母親を求める男性である。一方,だれかに必要とされるこ とを必要とするウェンディは,自分でなくてはピーターパンを理解してあげられないと自分に言い 聞かせることで,気まぐれとわがままと,愛情表現に思える暴力にも時として耐えるという女性で ある。2者関係の場合には,それなりのバランスを保って安定することも多いが,3者の関係性を 維持し,発展的に解決する力は育っていない。子どもが生まれた場合に,この家族の中だけで解決 を探れば,力の論理によって子どもが排除されるしか方法がない。子どもを含めて,家族が家族の ままで生き残るためには,より広い家族の枠組みを作って包み込むことが必要となる。
(3)家族イメージの回復を軸に
この事件は,自分の居場所を用意してくれる幸せな家庭をそれぞれに求めた3者の関係から生じ たものと,捉えることができる。母親は,役割としての「母親」以外の自分にも戻れるような新し い家族関係を求めたのかもしれない。この高校生は,自己存在の意味を確認できるような理想化さ れた母親像を求めたのであろう。長男は,元のような母親と2人だけの蜜月期的一体感の回復を求 あたように見える。それぞれの2者関係は,互いに求め合って強く結びついた共依存の関係性であ
る。
もし仮に,長男の心の中に,母親との関係性だけではなく,肯定的な父性イメージがもう少し育っ
ていれば,この高校生との関係は違ったものになったことであろうし,高校生が健全な家族のイ
メージを強く心に描いていれば長男と親和的な交流に開かれたことであろう。この母親が高校生に,
「私はあなたのお母さんじゃあないのよ」と伝えていれば,結果は違ったものになってきたであろ う。そう考えてくると,必要だったことが見えてくる。より大きな父性と母性に包まれて,3人が それぞれに安心して「だれかの子ども」になれるような場を得て,それぞれがもう少しずっ内省的 に自己確立することである。共依存関係の組み合わせの一角が,分離一固体化を志向する方向で展 開すれば,虐待を生み出す関係の構図は崩れることになる。
そうならなかったのは,共通の心の課題を持っ3者の葛藤が共振れし合っていたからでもあろう。
この高校生には,原家族の中でその課題に取り組ませることが適当であったし,この母と子には,
その一体化を破ってそれぞれが自立できるような父性イメージの存在が必要であった,と考えられ てよい。より大きな問題は,彼らの生活圏内にそのような存在との出会いがなかったことにある。
この事件を,個人の未熟さの問題として片付ける限り,有効な対応策を見出すことはできない。人 と人とのっながりが稀薄化することによって子育ての機能を失った社会全体の病理だと,捉えてお く必要がある。
5.まとめと今後の課題
(1)時代の病理を癒す手がかりとして
今の時代,人とっながりながら自分を見失わずに生活していく力が,必要とされている。虐待を 受けた子どもの心理療法に取り組んでいると,治療担当者自身の問題として,そのことが実感され てくる。担当者が1人で抱えられるほど,保護枠を破壊する衝動の強い子どもの抱える課題は軽く ない。ひとっの施設だけで対応できるほど,単純ではない。調子よく展開しているかに見える治療 的関係も,計算外の要因によってたやすく中断する。
多様な専門職種が協働しあい,できるだけ広い枠組みを作って地域の中で抱えるような構造を作っ てこそ,対応ができる。例えば,児童相談所との関係が不幸にして切れてしまったとしても,保育 園が見守っている,保育園に子どもの行かない休みの日には保健所が家庭訪問する,万一の場合の シェルターとして養護施設がある,という形で,有機的なネットワークが必要である。予防対策ま でを視野に入れれば,地域の人たちの協力なしには考えられない。関連職種のみならず,地域社会 での人間関係の再構築が,隠された,しかも本質的な課題であると考えることが妥当であろう。
また,虐待する親と虐待される子どもとは,第3者から見ると不思議なこととも思えるが,心の 底から憎みあっているということでもないことが多い。施設収容された子どもたちは,親元に早く 帰りたいと切望しているし,親たちもまた,子どもを手元に取り戻すために様々な工夫を重ねる。
傷っけあいながらも,お互いがお互いを必要としている。それ故に,被害児童の心の救済には,親 の心の救済を表裏一体として捉える視点が不可欠だと言える。
この論考で見てきたように,虐待加害親たちが共通に求めるものは,自分たちの居場所としての 家庭であると言ってよい。家族という形の子育てシステムが崩れ始めたことへの反応として,虐待 が生じているという側面がある。家族を抱える器としての家庭のイメージを,親たちは求めていた。
そうした親たちの中では,薄らぐ一方の家族団らんのイメージを求める気持ちが強い。自分を幸せ
にする家族を作りたいと思いっっ失敗してしまった,その不全感と無力感が苛立ちとなって子ども
に向かう,という構造が多かれ少なかれあることが,確認できるものと思う。
虐待問題が,人と人とのっながりを強く要請する構造を持っているのも,当事者が強く求めてい ることを反映しているためであるように思われる。核家族を基盤とする家庭が,子育て機能を失い っっある今の時代において,数少なくなった子どもの育ちを社会全体が見守りながら自らも癒され ていく,という関係性を作っていくことが大きな課題である。そのため,この問題への理解者が増 え,取り組む協力者の輪が広がることは,地域の人間関係を再生させる手がかりを作るかもしれな
い。