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巻頭言 保育は育児か

著者 田澤 薫

雑誌名 聖学院大学総合研究所Newsletter

Vol.24

No.3

ページ 3‑3

発行年 2015‑03

URL http://id.nii.ac.jp/1477/00002795/

(2)

Title

巻頭言 保育は育児か

Author(s)

田澤, 薫

Citation

聖学院大学総合研究所

Newsletter

, Vol.24No.3, 2015.3 :3-3

URL

http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/detail.php?item_i d=5274

Rights

聖学院学術情報発信システム : SERVE

SEigakuin Repository and academic archiVE

(3)

巻頭言

保育は育児か

 保育を別の言葉に置き換えれば育児になる、というと違和感があるだろうか。

 育児が、対象となる子どもに焦点を据えた私的関係性を想定した言葉であるのに対し、保育は、養護的 に関わる保護と私たちがもつ文化を伝える教育が合わさった語で、保護し教育するという行為自体を指す。

 児童福祉法(1947年制定)によって児童福祉施設の一つに位置づけられた保育所は、「保育に欠ける」

乳幼児のための施設である。「保育に欠ける」という発想からは、保育とは本来は家庭でなされるもの―

まさに育児!―という国の認識が透かし見える。その裏付けとして、まだ幼稚園の教育要領も保育所の保 育指針もなかった1948年に、文部省(当時)が刊行した「保育要領」が、幼稚園のみならず保育所や家庭 をも対象に編まれたことがあげられる。この保育要領は、その後1963年に、文部省と厚生省(当時)が合 同で「両者は明らかに機能を異にする」(昭和38文初発第400号、児発第1046号局長通知)と幼稚園・保育 所の袂を分かち幼保二元論を決定付けたことと対照させて、幼保一元論の典拠として使われることもある。

ただし改めて見直してみると、単に保育と育児の境界線が曖昧で、幼稚園は家庭の保育を発展拡大する場 であり、家庭と幼稚園の「保育」に欠ける際の補いとして保育所が想定されているに過ぎない。つまり 1948年時点の理解では、家庭も幼稚園も保育所も育児の類型の範囲で保育に取り組んでいた、と整理する こともできる。当然ながら、保育所の保育に独自性は期待されていない。

 現在、児童福祉の場で働く保育専門職を保育士と呼び、私たちの児童学科では憧れの資格であるが、専 門性が高く資格取得は決して容易ではない。児童福祉法は施行規則で保母を規定し、随分後になって、男 女共同参画社会基本法を機とした1999年児童福祉法施行令改正で保育士に換えた。保母から保育士への制 度変更はジェンダー論で説明されることが多いが、無論それだけではない。保育士となって仕業の一つに 位置を得たことで、何と、保育はもはや専門的業務である。

 同じころ、「保育に欠ける」という文言のネガティブな言葉選びが働きながら子育てをする保護者に対 する侮蔑であると批判を浴び、経済社会を支えるために子どもをもつ男女を問わず労働力と考えたい国の 思惑もあって、保育所の利用用件は「保育を必要とする」と書き換えられるようになった。「保育を必要 とする」ことを施設利用の起点とした構図において、保育は専門職によって提供される福祉サービスに他 ならない。

 それでは、今日の保育所における保育は、育児からすっかり切り離されたのだろうか。乳幼児に保障さ れる養護的な関わりは、母や父の腕かいなにいだかれる安心感を到達点としなくてよいのだろうか。専門性の高 さの前に、本来、子どもが育つ原初的な環境として必要なもの―育児の感覚―が保育士養成課程から失わ れそうな現状に迷う。

聖学院大学 人間福祉学部 児童学科副学科長兼学科長代行 田澤 薫

参照

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