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「寛容は不寛容と闘って勝てるのか」の背景高田明典

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Academic year: 2021

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「寛容は不寛容と闘って勝てるのか」の背景

高田明典

現代は、これまでのどの時代にもまして、人々の不寛容さが際立って いる時代であるように思われます。冬季オリンピックに出場した若者の 服装が「礼を失している」として非難の声が多数あげられたことは記憶 に新しいことでしょう。もちろんそれが、日本の代表として公式の場所 に出るのにふさわしくないものであったことは、議論を待ちません。し かし二十歳そこそこの若者の少しハメを外した言動に対して、こうまで 多くの人が怒り、非難の声をあげるというのは、いささか不思議なこと です。そればかりではありません。テレビに出ているタレントや芸能人 のちょっとした言葉じりをとらえて、バッシングのようなことが起こる のは、もはや日常茶飯事となっています。私たちは、「寛容」という言 葉を忘れてしまったかのようにも見えます。

もちろん、悪いことを悪いとし、それを指摘することは、とても重要 なことです。しかしそれは、異質なものを排除し、一つの価値観にこり かたまった狭い世界を構成することにもつながります。何が悪いことで あり、何が良いことであるのかは、私たちの価値観に基づいて判断され るわけですが、その価値観は決して絶対的に正しいものにはなりえない ということにも思いを馳せる必要があります。「赦す」もしくは「大目 に見る」ということも、同様に重要な私たちの知恵であり、この社会の 方向性を良いものにしていくためには、むしろそのような寛容さが必要 となる場面も多く見られます。私たちは、みずからの価値観を強く信奉 すると同時に、他者の価値観も尊重しなくてはなりません。本学科の基 本的な理念である「多文化・共生コミュニケーション」とは、そのよう

な価値観の問題とは密接な関係を有しています。なぜなら、多文化・共 生コミュニケーションとは、異なる価値観を持った者たちが、どのよう にして「共に生きていくことができるのか」を考えることだからです。

もしくは、「共に生きる」ことによって、私たちの意味や価値の地平が 融合していくことを目指すからです。このとき「融合」とは、単なる迎 合や受容を指す言葉ではなく、違いを深く認識しつつも、より広い論 理・倫理の空間において認識しあうということを想定している概念です。

かつて渡辺一夫は「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容に なるべきか」という論文(『渡辺一夫評論選 狂気について』,岩波新書、

1993)において、寛容の概念の持つ自己矛盾した性質を検討しました。

「不寛容」な言動に対して「寛容」を貫くということは、その不寛容を 許容することになります。しかし「不寛容」な言動を指弾し非難すると いう行為は、自ら寛容さを捨てることになってしまいます。寛容である ことは、その矛盾を背負っていくことを余儀なくされるものであると言 えます。

今回のシンポジウムのポスターに書かれたキャッチコピーである「寛 容は不寛容と闘って勝てるのか」は、そのような矛盾を表現したもので す。

はたして私たちは、そのような問題提起に対して、どのように考え、

何をできるのでしょうか。それを考えるのが、今回のシンポジウムの大 きな目的の一つです。

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