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(1)

リスク社会において「働く意味」を問う ─アクテ ィブラーニング、インターンシップ、フィールド教 育の実践からの考察─

著者 齋藤 百合子

雑誌名 明治学院大学国際学研究 = Meiji Gakuin review

International & regional studies

巻 52

ページ 39‑47

発行年 2018‑03‑31

その他のタイトル Seeking the Significance of Working in the Risk Society Perspectives from the Practices of Active Learning, Internship, Field

Education

URL http://hdl.handle.net/10723/00003336

(2)

【研究メモ】

リスク社会において「働く意味」を問う 

――アクティブラーニング,インターンシップ,フィールド教育の実践からの考察――

齋 藤 百合子

はじめに

現代は,産業社会の発展に伴い,「近代社会」と は異なる「ポスト近代社会」としていくつもの特 徴が表れている(本田 2005:17)。そのひとつがリ スク社会である。現代はテロ行為や国家間の突発 的紛争といった予測の難しいリスクに重層的に取 り囲まれ,しかも科学技術の進歩とともにリスク は肥大化しつつある。いざ事故や公害が発生すれ ば,その被害は従来の階級や階層や国境の違いを 超えて拡散することは,チェルノブイリや福島の 原子力発電所事故や水俣病などの公害の事例を見 れば明らかだ。

しかし現代のリスクは,こうした科学や産業の 発展による事故や公害だけでなく新たなリスクも ある。例えば,今後社会を大きく変える可能性が あると言われるAI(Artificial Intelligence)など人 工知能やシェアリングエコノミー( 1),また IoT

(Internet of Things)(2)などの発達によって,平 時であっても働き方の改革が迫られ,従来の労働 者の失業や倒産のリスクは高まると指摘されてい る(加谷 2017:3)。

さらに近年は先進国の豊かな生活の裏に,サプ ライチェーンの末端の途上国でリスクに満ちた奴 隷的な労働があることがマスコミや市民団体に よって告発されている(3)。英国では,2015年3月 に英国で事業を行う大企業に対し,自社のサプラ イチェーンにおいて奴隷労働を生じさせていない との透明性を求める英国現代奴隷法(4)が発効され た。こうしたサプライチェーンにおける労働搾取

を克服するためのビジネスと人権に対する配慮を 理解し,対応していくことがグローバルに展開す る大企業は求められている。

現代社会は,こうした情報科学技術や産業の発 展により変容しつつあり,そして先進国の豊かさ がサプライチェーンの末端にいる労働者のリスク と搾取の上に成り立ち,他者のリスクを内包して いる。このような社会の社会人に移行する大学生 に対して,大学における教育はどのような能力や スキルを提供し得るのだろうか。

学生時代に「働くことを考える」ことを,溝上 は「学校(高校・大学)から仕事へのトランジショ ン」,つまりフルタイムの学生からフルタイムの社 会人としての移行としてとらえ,後期近代である 現代は大きく変容していることを指摘している

(溝上 2013)。社会の変容,そして学生の能力や 気質の変容から,この移行時期の困難を乗り越え て,企業社会に適応できる能力を身に付けるため に,文部科学省や経済産業省などは,生きる力,

リテラシー,社会人基礎力,学士力,エンプロイ ヤビリティ(5)などさまざまな能力を提唱してき た。松下は,社会人基礎力など,ポスト近代社会 の教育界で次々と提案されてきたこうした能力を まとめて<新しい能力>と総称する。そして,<新 しい能力>の中でもとくにエンプロイヤビリティ という能力は,「エンプロイヤビリティのある者が 雇用を獲得・維持できるのではなく,雇用を獲得・

維持できた者が,エンプロイヤビリティがあった と判断される」(松下 2014:104)と,エンプロイ ヤリビリティに代表される<新しい能力>が個人 の能力形成に対する期待のみで,雇用する側の態

(3)

リスク社会において「働く意味」を問う

度は問われないため,トランジションの能力とし ては限定的であると考察している(松下 2014:91, 113)。つまり,学生が,リスクを内包しながら変 容している社会へ移行するとき,<新しい能力>

はリスク社会に対応しきれない。

本稿は,学生から社会人への移行(トランジショ ン)時期にリスク社会における「働く意味」を問 う。その際に必要なのは,学生が現状の社会に適 応する能力開発ではなく,「大きな社会」(公共圏)

と「小さな社会」(親密圏)を架橋する契機として リスクをとらえ,リスク社会の課題を,市民社会 もしくは産業界の一員として解決していく能力で はないかとの仮説をもつ。その仮説を検証するた めに,まずベックのリスク社会論の3つの特徴を 述べる。その上で,大学教育におけるインターン シップを含むキャリア教育を批判的に検討する。

そして,高等教育の座学におけるアクティブラー ニングや体験型学習のフィールド教育において,

学生から社会人への移行を円滑に促す能力開発の 可能性と課題について考察する。

1.

ベックの「リスク社会」論とリスク・コ ミュニケーション

(1) ベックの「リスク社会」論の3つの特徴

まずリスク社会の特徴と可能性をベックのリス ク論から述べる。

欧州ドイツ(旧西ドイツ)では1960年代末期か ら住民運動が活性化しており,1972年の石油危機,

1970年代半ばには環境問題,とくに原子力発電所 建設問題が注目され,反原発運動やエコロジー文 化(サブカルチャー)が展開していた。その後1980 年前後には政党「緑の党」結成と国会進出がなさ れた。そこで1986426日にチェルノブイリ 原子力発電所事故が発生した。このような流れの 中でウルリヒ・ベックによる

Risikogesellscharft

(リ スク社会)というドイツ語の書籍が出版されたの は,チェルノブイリ原発事故が発生した 1986 年 だった。社会科学の学術書でありながら出版後5 年間に6万部という例外的な売り上げを記録し,

ドイツのエコロジー政治運動や社会学界に大きな

影響を与えた(東 1998:461)(6)

ベックのリスク社会論は,次の3つの特徴を持 つ。まずリスクは分配される。科学技術の発展に 伴って生産され,放射能や大気汚染,水質汚染,

食品汚染など目に見えるものではないが社会に広 く分配されており,いったん発生すれば人間だけ で な く 動 植 物 に も 深 刻 な 影 響 を 与 え る (Beck 1992:22-23)。次に,リスクは個人化する。産業社 会によって核家族化や個人化された労働における 失業,教育格差,離婚によるひとり親家庭など個 人的なレベルで発生することもある(Beck 1992:

104-105)。ベックの

Risikogesellscharft

の原著が最 初に『危険社会』として邦訳されたのは1988年だ が,初版には第二部「社会的不平等の個人化―

産業社会の生活形態の脱伝統化」は訳出されてい なかった。第二部を含めた邦訳完訳版『危険社会

―新しい近代への道』が出版されたのは最初の邦 訳から10年経った1998年だった。藤原は,初版 の翻訳で第二部が訳出されなかったことについ て,「第二部はリスク社会(ポスト産業社会)にお ける階級社会の消滅,雇用形態の変化,家庭,婚 姻,ジェンダーの変化,個人化など総じて第二次 産業から第三次産業へとシフトチェンジした社会 状況が取り上げられていたのだが,西欧(西ドイ ツ)の事情とは異なり,日本では当時,「バブル経 済」の真っ最中で,雇用状況も良好でパーソナル な領域(「小さな社会」)に属する第二部は異質で あったため訳出されなかった」と推測している(藤 原 2013:82)。

ベックのリスク社会論の3つ目の特徴は,リス クは公共圏と親密圏を架橋し,シティズンシップ の醸成に寄与する。ベックのリスク社会論は,旧 西ドイツの住民運動や環境運動など民主主義的な 公共圏における議論や運動が土台となっている。

そのためベックはリスクを政治課題として,現代 の グ ロ ー バ ル な リ ス ク に 対 抗 す る サ ブ ・ ポ リ ティックスの可能性,民主主義や公共圏における 市民活動の可能性を指摘した(7)。つまりベックの リスク論はリスクを政治課題とし,公共圏と親密 圏を「再帰的近代化」のリスクという課題で架橋 し,民主主義を土台としたシティズンシップを醸

(4)

成する志向をもっていた(ベック 2014:63-64)。

(2) リスク・コミュニケーションの可能性

ベックのリスク社会論の特徴である「再帰的近 代化」のリスクという課題で架橋し,民主主義を 土台としたシティズンシップを醸成するアプロー チは,近年提唱されるようになったリスク・コミュ ニケーションという概念を使って説明することが できる。

もともとリスク・コミュニケーションという考 え方は,公害など化学物質や放射能の健康被害(8)

や,食品や飲料水の添加物が健康に及ぼす影響,

HIVエイズなど感染症に関する情報をめぐる不信 感などの社会的背景が根底にあった米国において 1970年代から広まった。米国のNational Research Council(NRC)は1989年にリスク・コミュニケー ションの定義を「リスクについての,個人,機関,

集団間での意見のやりとりの相互作用的過程。相 互作用的過程とは,リスクの性質やほかのメッ セージ,たとえば,厳格なリスク情報だけでなく,

リスクに関する意見や対応などの表現も含み,ま た法的な対応や行政等の対応などリスクマネジメ ン ト に つ な が る も の で あ る 」 と し た (National Research Council 1989:21)。しかし,NRCのリス ク・コミュニケーションには,原子力など科学技 術に対する人々の不安感や態度を変容させること までは目的としていないとの批判もある。木下は NRC の定義を発展させてリスク・コミュニケー ションの定義を「対象の持つ情報,ことにリスク に関する情報を,当該リスクに関係する人々に対 して可能な限り開示し,たがいに共考することに よって,問題解決に導く道筋の社会的技術」とし ている。そしてこの定義の主要なポイントを3点 挙げている。第1に開示する情報はポジティブな ものだけでなくネガティブな情報も可能な限り提 示し,リスクという情報開示の透明性を確保する こと,第2にリスク・コミュニケーションは問題 解決に向けて対等に議論を進める「双方向のコ ミュニケーション」であること,そして第3に,

「関係者の信頼をもとに(ないしは信頼を高めな がら)行う,リスク問題解決に向けての共考の技

術」とした(木下 2009:9-10)。

木下は民主主義やシティズンシップなどの言葉 を使わないが,立場の違う者同士の対等な議論や 問題解決に向けて信頼を醸成しながら共に考える 姿勢は,ベックの政治課題解決に重なるものであ るといえよう。

次に,このようなリスク社会において「働く意 味」を大学教育ではどのようにとらえているのか,

キャリア教育を批判的に見ていく。

2.

大学教育におけるキャリア教育の批判的 検討

(1) キャリア教育の意味

「学校(高校・大学)から仕事(職業)へのト ランジション(移行)」ではキャリア教育が果たす 役割が大きいとみられている。しかし,キャリア 教育のキャリアという定義やその取り組みは国に よって様相が異なっている。たとえば,米国では 職業選択を個人の働き方(ワークキャリア)と生 き方(ライフキャリア)の観点からとらえ,職業 を担いつつも個人の主体的な発達の構築を促して いる(溝上 2014a:15)。一方,日本では中央教育 審議会キャリア教育・職業教育特別部会(2011)

が,キャリアの意味を「人が生涯の中で様々な役 割を果たす過程で,自らの役割の価値や自分と役 割との関係を見いだしていく連なりや積み重ね」

と表現し,次のように説明している。

「人は,他者や社会とのかかわりの中で,職業 人,家庭人,地域社会の一員等,様々な役割を担 いながら生きている。これらの役割は,生涯とい う時間的な流れの中で変化しつつ積み重なり,つ ながっていくものである。また,このような役割 の中には,所属する集団や組織から与えられたも のや日常生活の中で特に意識せず習慣的に行って いるものもあるが,人はこれを含めた様々な役割 の関係や価値観を自ら判断し,取捨選択の創造を 重ねながら取り組んでいる」(中央教育審議会キャ リア教育・職業教育特別部会 2011:17)。その上で,

キャリア教育の内容を次のように記している。「一 人一人の社会的・職業的自立に向け,必要な基盤

(5)

リスク社会において「働く意味」を問う

となる能力や態度を育てることを通して,キャリ ア発達を促す教育が「キャリア教育」である。そ れは,特定の活動や指導方法に限定されるもので はなく,様々な教育活動を通して実践される。キャ リア教育は,一人一人の発達や社会人・職業人と しての自立を促す視点から,変化する社会と学校 教育との関係性を特に意識しつつ,学校教育を構 成していくための理念と方向性を示すものであ る」(中央教育審議会キャリア教育・職業教育特別 部会 2011:17)。上記の表現に見る限り,キャリア 教育とは決して職業人育成だけではなく,勤労観 や職業観を強化するものでもなく,他者との関わ り,社会とのつながりを考え,その能力や態度を 醸成するもの,つまり市民教育と職業教育の重要 な2本柱で構成されているのである。

(2) 「勤労観,職業観の育成」側面が強い日本の キャリア教育

し か し , 日 本 で は20世 紀 初 め にVocational

Guidanceが「職業指導」と訳されて使用され(溝

上 2014a:16)てから,1999年に職業指導からキャ リア教育への転換が図られるまで,就職のための 進路指導とみられることが多かった。児美川は,

学校現場をはじめとする教育学界では,キャリア 教育が「勤労観,職業観の育成」との理解が蔓延 していることを指摘した上で,職業人インタビュ ーなどの職業を考える学習活動などを「焦点化さ れた取り組み」と呼び,これらの取り組みが他の 教科教育と重なりにくく,ほとんどの場合は教科 外活動として展開されていると指摘している(児 美川 2014:126-127)。さらに,心理学者の榎本は 著書『「やりたい仕事」病』において,大学のキャ リア教育の中で実施されているキャリア自律を促 すキャリアデザインを行った若者の離職が高いこ とから,現在のキャリアデザインに対して4つの 側面から疑義を表している。①社会の流動性とい う要因に配慮しない,②自身の可能性を限定して しまう,③実現可能性についてあいまいなデザイ ンをしてしまう,④10年後には変化しているだろ う社会を見据えないキャリアデザインの無意味 さ,である(榎本 2012:42-46)。

「勤労観,職業観の育成」側面が強い日本のキャ リア教育は,現代社会のリスクや流動化する社会 に対応したキャリア形成を促さない。現代のリス ク社会を考慮せず,将来の労働者となる学生にの み勤労観や職業観および職業を得るためのスキル や能力向上を求めている。つまり,リスク・コミュ ニケーションを活用した現代のリスク社会に対応 するキャリア教育の視点はほとんど見られないの である。

(3) キャリア教育におけるインターンシップの可 能性

ではインターンシッププログラムを実施するこ とで,キャリア教育を職業的自立と社会的自立に 向けた2つの能力や態度を醸成することはできる のだろうか。

本稿では,2年次に1か月の香港インターンシッ プ(9)に参加したN君の事例を紹介したい。大学か ら社会人になる移行時期におけるインターンシッ プは,プログラム内容によってはリスク社会に対 応する視点を醸成することができる。N君は,香 港ではビジネスについて考えるだけでなく,香港 における日常生活の中で,生活面において都市の ごみ問題など環境リスクについて考えるきっかけ を得た。香港インターンシップが終了して帰国し た後,環境に対する学術的な関心を強め,関心を 深める授業を履修し米国の大学へのダブルディグ リー留学を決意した。それだけでなく,長期イン ターンシップを斡旋する NPO 法人 ETIC の紹介 で,環境リスクを軽減する環境保全ビジネスを担 う企業で,大学に通いながら空いている時間を活 用して留学前に6か月の長期インターンを実施し た。1か月の香港でのインターンに加え,テーマを 明確にした日本での6か月のインターンシップを 実施することによって,環境問題というリスクを どのようにマネジメントしていくのかという学び の視点が明確になった。

N君の事例のように,インターンシップを異文 化の中で実施し,気づきを大事にする,自分が関 心をもてるテーマを明確にする,アカデミックな 関心に結び付けるなどの経験を関連づけることが

(6)

できれば,インターンシップは,現代社会がかか えるリスクにどのように対処していけるのかを考 える能動的な深い学びへのひとつの契機となる。

しかし,ビジネスマナーを知る,コミュニケー ション能力を伸ばす,与えられた仕事をこなす,

という受動的な経験が中心のインターンシップで は,リスク社会における働き方を考える学びは浅 くなりがちである。

3.

キャリア教育においてリスク・コミュニ ケーションを活用したアクティブラーニ ングから「働くこと」を考えた事例

本節ではキャリア教育においてリスク・コミュ ニケーションを活用したアクティブラーニングを 通して働くことを考えた一事例をとりあげる。

キャリア教育を実施したのは,明治学院大学国際 学部国際キャリア学科での2年生から履修できる 必修科目「Life and Career Development 2」である。

アクティブラーニングの定義は,溝上の『アクティ ブラーニングと教授学習パラダイムの転換』にお いて定義された「一方向的な知識伝達型講義を聴 くという(受動的)学習を乗り越える意味での,

あらゆる能動的な学習のこと。能動的な学習には,

書く・話す・発表するなどの活動への関与と,そ こで生じる認知プロセスの外化を伴う」を援用し ている(溝上 2014b:7)。

この科目では文科省が提唱する学士力の4つの

柱(表1)におけるスキルや能力を伸ばすことを目

的としている。また,リスクの理解(知識・理解),

リスクに対する問題解決能力(汎用的技能),リス クに対する倫理感や社会的責任などを通して,統

合的な学習経験と創造的思考力を発揮することが 学習目標である。

「モノができるまで―サプライチェーンと価格」

というタイトルで,CSR コンサルタントを 2016 年 度 春 学 期 お よ び 秋 学 期 の 「Life and Career Development 2」の外部講師として招いた。そして,

1枚のTシャツができるまでの過程や関与者,国 際的な潮流や枠組みについての講義が提供され た。内容は,Tシャツができるまでのプロセス(デ ザイン,アパレル,紡績,縫製,販売の流れ),繊 維製品主要生産国(新興国,中国,アセアン諸国 が多い)と輸入の推移,中国とアセアン諸国のサ プライチェーンにおいて発生している労働現場で の人権問題,労働問題の類型化,国連が提唱して いる「ビジネスと人権」分野の国際的な潮流(国 際協定,社会的責任としての CSRの説明),2015 年に制定された英国現代奴隷法に対応し,英国と ビジネスを行う大企業の反応など,現場でのたく さんの事例を交えての講義が展開された。そして 講師は学生に,「みなさんが経営者だと仮定し,サ プライチェーンで人権侵害がないように工夫する と 1 枚の T シャツの価格をいくらに設定します か?生産地の労賃等,できるだけ根拠を示して2 週間後に発表してください」との課題を出した。

経営学的な基礎知識がほとんどないままでの学 生たちのグループ研究であったが,学生たちは ファストファッションであるZARA,H&M,GU,

ユニクロなどのファッションブランドやアディダ スなどスポーツシューズブランドにおける生産地 と販売地をむすぶサプライチェーンと,サプライ チェーンが行われている国の最低賃金や,労働法,

綿花の原価などを調べた。その結果,1枚のTシャ

1 学士力で求められるスキルや能力

1. 知識・理解(文化,社会,自然など)

2. 汎用的技能(コミュニケーションスキル,数量的スキル,問題解決能力等)

3. 態度・志向性(自己管理力,チームワーク,倫理観,社会的責任等)

4. 統合的な学習経験と創造的思考力

出典 文科省 2008「学士課程教育の構築に向けて」中央教育審議会答申の概要 http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu4/siryo/attach/1247211.htm

(7)

リスク社会において「働く意味」を問う

ツの販売価格を500円から2500円に設定し,その 根拠となるデータからの推測を発表した。受講生 は,安いファストファッションの裏側のサプライ チェーンにおける労働問題や,欧米における消費 者運動,そしてそうした市民運動が契機となって 実現した2015年の英国現代奴隷法,国連の「ビジ ネスと人権」への取り組みなど,途上国の労働者 の人権侵害(リスク)に関する市民としての責務

(市民教育)と将来企業で働くときに必要とされ る国際的な潮流の知識(職業教育)を通して,リ スク社会で「働くこと」を能動的に考えることが できた。

なお,後で知ったのだが,1枚のTシャツなど からサプライチェーンを追跡する教育手法は,米 国ジョージタウン大学のピエトロ・リボリ教授(金 融,国際経済学専門)も実践していた。この授業 のプロセスは,『あなたの T シャツはどこから来 たのか』(2007)(原題

The Travels of a T-Shirt in the Global Economy : An Economist Examines the Markets

,

Power

,

and Politics of World Trade

, 2005)

に記されている。

4.

タ イ と カ ンボ ジ ア で のフ ィ ー ル ドス タ ディにおけるリスク・コミュニケーショ ンから「働くこと」を考える

次は,カンボジアとタイで201785日から 14 日まで実施した明治学院大学国際学部の選択 科目「フィールドスタディ」におけるリスク・コ

ミュニケーションを通して働くことを考えた事例 を取り上げる。

海外における教育プログラムを実施する際のリ スク・コミュニケーションは大きくふたつの方向 がある。ひとつは,プログラム参加者が海外で遭 遇する可能性のリスクである,つまりリスクを被 る当事者としての可能性と,その対処を話し合う リスク・コミュニケーションだ。ふたつめは,タ イやカンボジアに居住,滞在している現地の人々 や移民たちの就労や生活という他者のリスクを考 えるリスク・コミュニケーションである。

(1) プログラム参加者が当事者となるリスク・コ ミュニケーション

フィールドスタディ実施前の事前授業では海外 で行われるフィールドスタディ中に想定されるリ スクについて話し合った。学生たちがリスクと考 える事項は,健康に関すること,治安や社会情勢 に関すること,事件や軽犯罪に関すること,事故 に関することに分類された(表2)。

次のステップは,それらリスク(不安)はどの ようなものであるかについて情報を収集し,把握 し,リスク対応について話し合った。リスク対応 のために,参加者は自らの行動をどの点で注意喚 起し,行動を変容したらよいのかを話し合い,そ の対応策を練った。

学生が提起したリスクに対して,資料調査およ び担当教員の知見からの情報提供を含め,健康管 理,事件や軽犯罪から身を守る,参加者が可能な

2 「フィールドスタディ」事前授業のリスク・コミュニケーションで認識されたリスク(不安)とその対応

リスク 内容 対応

健康 病気(下痢),感染症(デング熱,ジカ熱など) 外務省安全HPや厚労省HP,海外の新聞を含 むメディアの記事から調べる。

治安や社会情勢 ①テロ,治安状況

②タイ国王ラーマ9世の喪中のふるまい

外務省安全HPや海外の新聞を含むメディアの 記事から調べる。

事件や軽犯罪 窃盗,強盗 外務省安全HPや担当教員のこれまでの知見か ら実例を提示。

事故 交通事故(自動車,航空機等) 外務省安全HPや担当教員のこれまでの知見か ら実例を提示。

出典 2017年度春学期Field Study Seminar(事前学習)授業での話し合いをもとに筆者作成

(8)

交通事故予防について理解が促進され,表3に示 す行動を話し合った。その結果,期待される行動 とは,リスクに関して教員(引率者)が一方的に 情報を与えて行動を促すのではなく,当事者であ るプログラム参加学生が主体的にリスクを認識 し,情報収集の上で分析し,自覚したうえでの行 動の変容を促した。リスク・コミュニケーション のプロセスを経た上での行動は,一方的に与えら れるリスク情報や安全管理情報よりも,当事者と してリスクを管理する実現可能性が高いと考えら れる。これはベックが提唱する,リスクに対して 反省的(リフレクティブ)な行動といえよう。

(2) 訪問地でリスク・コミュニケーションを通し て「働くこと」を考える

次に,フィールドスタディの訪問地の住民たち のリスクについて考える機会を得た。

① カンボジア

2017 年度のフィールドスタディで訪れたカン ボジアでは,カンボジアYMCAのアレンジで,世 界遺産アンコール遺跡があるシェムリアップ近郊 の未組織のスラムのチャイルドケアセンターを訪 問した。このチャイルドケアセンターは,この地

域の働く母親らが安全に子どもを預ける場所がほ しい,との要望で2015年に設立された。フィール ドスタディで学生たちは3歳から5歳までの子ど もたちと交流するだけでなく,部分的にサービス ラーニングプログラムを取り入れた。学生たちは 労働サービス(奉仕)を提供し,ダイニングキッ チンのコンクリートの床の建設を行った。また,

放課後にはセンターの子どもたちの家庭訪問を実 施した。比較的タイの国境に近いカンボジアの シェムリアップでは,隣国タイへの幼児や子ども の誘拐や人身取引のニュースが後を絶たない。深 夜まで働く親の帰宅まで6歳以下の3人の子ども が暮らす生活に,子どもの安全,親からの保護や 世話の不足,教育機会の不安,出生届など政治的 かつ社会的な脆弱性など潜在的なリスクがあるこ とを目の当たりにした。その夜,学生たちと振り 返りの時間に情報を共有し,働くことや子を育て ることなどを議論した。

② タイ

カンボジア滞在の後,タイに移動した。タイでは,

バンコク西部サムットサーコン県に存在するNGO 団体のLabour Rights Promotion Network Foundation

(LPN)を訪問した。LPNはサムットサーコン県

3 リスク・コミュニケーションによるリスク分析と期待される行動

リスク リスク分析 期待される行動

健康管理 ① 下痢には旅行者下痢症と感染による下痢が ある。衛生管理は日本を基準に考えない。

② デング熱,ジカ熱などは蚊が媒介する感染症 である。デング熱感染はタイ,カンボジアで 留意すべきだが,ジカ熱の感染は少ない。

③ 体調不良は疲労が要因になることが多い。

① 旅行者下痢症は発生可能性が高いが,手 洗いの励行,生水や氷,生野菜を食べな い な ど 留 意 す る 。 発 熱 や 下 痢 の 状 態 に よっては医療機関で受診する。

② 朝シャワーを浴びる,長袖,長ズボンを 着るなど肌を清潔に保つ。

③ 睡眠,食事,排便に留意する。無理をし ない。

事件や軽犯罪 ① 日本人が海外で窃盗などの被害に遭う背景 には,日本には若者が気軽に海外旅行できる 強い経済力があると見られている。

② 日本人とみて日本語で話しかける詐欺が発 生している。

① 東南アジアの人からの日本人に対する眼 差しを意識する。外出時,内輪で大きな 声の日本語で話すことなどは控える。

② 見 知 ら ぬ 人 か ら の ア プ ロ ー チ に 留 意 す る。

事故 ① 交通事故が多発している。日本の交通安全規 則は東南アジアのスタンダードではない。

① 青信号や横断歩道の横断だけでなく,車 やバイクの横行に十分留意すべき。

筆者作成

(9)

リスク社会において「働く意味」を問う

内で働くミャンマー人やカンボジア人,ラオス人 の外国人労働者とその家族,そして子どもの教育 やコミュニティ活動の支援をしている。そしてそ の後,タイ船籍の漁船に乗せられてインドネシア のアンボン諸島沖の海域での漁業労働を,1日20 時間,休日もなく,中には10年以上も継続して漁 船で就労するという搾取的な労働を強いられてい たミャンマー人男性2人,タイ人男性1人の話を 伺った。ミャンマー人の男性は,漁網に指が巻き 込まれて,右手の4指を失っていた。彼は漁船で の虐待に耐えかねて,船を脱走して島に上陸した が,タイへの帰国方法がわからず,たどりついた インドネシアの島でバイクタクシー運転手として 働き,インドネシア人女性と所帯を築いていたと いう。インドネシアのアンボン諸島での漁船乗組 員の強制労働問題は,20153月に,LPNのメン バーが現地視察に行ったことをきっかけに国内外 のマスコミにも大きく取り上げられた。タイ船籍 の漁船に乗っていたタイ,ミャンマー,カンボジ ア,ラオスの乗組員で帰国を希望する人たちは,

国際機関や所属する国の政府機関の支援で帰国し た。中には20年間も漁船での就労を余儀なくされ ていた人もいたとタイ国内外のメディアで報道さ れた(10)

こうした搾取的な環境で水揚げされた魚介類 は,サプライチェーンを通して,先進国の消費者 の口に入るシーフードになっているか,キャット フード缶等の原料となっており,先進国の私たち の生活と関係があることがわかった。人身取引や 強制労働という「大きな社会」(公共圏)の問題と 消費者としての私たちの「小さな社会」(親密圏)

での問題が,リスクという現実によって架橋を可 能とした事例といえよう。

先進国の消費者にとってはリスクでなくとも,

サプライチェーンの末端でリスクにまみれた就労 によって成立している食料を口にし,また衣料を 享受している。私たちは自身のリスクだけでなく,

他者のリスクをどのように考えていけばいいの か。現実に圧倒されながら,学生たちとの議論は 続いた。

5.まとめ

大学生から社会人への移行(トランジション)

時期に,リスク社会における「働く意味」を問い 続けることは,とても重要である。その手法は教 室での授業でアクティブラーニングを活用するな ど工夫しだいである程度可能になると考える。ま た,大学キャンパスを離れて国内外のフィールド

(現地)で実施するインターンシップやフィール ドスタディなどの体験型の学習は,教室での学び 以上に,漁船労働者などの社会における脆弱な 人々,YMCAの職員,NGOスタッフ,運転手,コー ディネーターなど現地で出会う人々の働く姿か ら,リスク社会における「働く意味」を問い,一 緒に考えることができる。

社会に出る前の移行期の学生に必要なのは,社 会に適応するスキルや能力だけではなく,リスク を認識し,リスクを「大きな社会」(公共圏)と「小 さな社会」(親密圏)を架橋する契機としてとらえ ること,そして,リスク社会の課題を一市民,一 社会人として,市民社会もしくは企業において能 動的に解決していく能力ではないだろうか。授業 でのアクティブラーニングや,インターンシップ,

フィールドスタディなどの体験学習は,「働く意 味」を問い,主体的に考え,行動する契機を提供 するものであると考える。

(1) シェアリングエコノミーに特定される定義はない が,スントララジャンは著書『シェアリングエコノ ミー』で,次の 5 つの特徴を備えた経済システムを シェリングエコノミーとして使用している。①財の交 換が行われ新しいサービスが生まれる市場が形成さ れ,より潜在力の高い経済活動が実現する,②資本や スキル,時間,金銭などあらゆるものが最大限活用さ れる新しい機会が生まれる,③中央集権的組織や「ヒ エラルキー」よりも大衆の」「ネットワーク」が力を 持つ,④パーソナルとプロフェッショナルの線引きが 曖昧,⑤フルタイム労働と臨時労働,自営と雇用,仕 事と余暇の線引きが曖昧,である。(スンドララジャ ン 2016:51-52)。

(2) IoT(Internet of Things)とは「モノ」のインターネッ ト化のこと。

(10)

(3) 米国の通信社Associated Press (AP) 社は,2015年か ら1年半にわたって東南アジアにおける漁業セクター

(漁船乗組員やシーフード加工工場など)において奴 隷状態で働かされてきた人々を取材してきた。その功 績が評価され,2016 年ピューリッツァー賞を受賞し た 。https://www.ap.org/explore/seafood-from-slaves/

(2018年118日最終アクセス)。

(4) Modern Slavery Act 2015, Legislation Gov. UK http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2015/30/contents /enacted(最終アクセス 2017116日)

(5) エンプロイヤビリティは<新しい能力>のなかで も(大学から仕事への)トランジションにおいて企業 側から要請される能力の性格をもっともよく表す概 念の一つで,employ(雇用する),ability(能力)を組 合わせた造語で,90 年以降,アメリカやヨーロッパ

(とくにイギリス)で提唱されてきた(松下 2014:95)。

「雇用される能力」と訳されよう。

(6) 翻訳者の東は,本書で問題にしている危険とは,社 会の発展と無関係に外から襲う危険(Gefahr, denger)

ではなく,「近代化と文明に発展に伴う危険」であり,

人間の営み自身が不可欠なものとして造りだした危 険(Risiko, risk)であると,「危険」と「リスク」の意 味あいを分別しながら,最終的にベック自身がかなら ずしも区別して用いていないなどの理由から,「リス ク」にルビをふらずに,「危険」と訳したと述べて居 る(東 1998:463)。しかし本稿では,ベックの邦訳書 を引用する際には「リスク」と使用する。

(7) ベックは,たとえばグローバルな課題である環境リ スクにおいて,上からのグローバリゼーションを国際 的な条約や制度などの「アリーナ」と呼び,下からの グローバリゼーションとしてグリーンピースやアム ネ ス テ ィ ・ イ ン タ ー ナ シ ョ ナ ル な ど 非 政 府 組 織

(NGOs)を「アクター」と呼んだ。そして交渉や直 接行動によって,「アクター」が「アリーナ」の政治 的な影響力をもつようになり,「アクター」が強化さ れていることをグローバル・サブポリティクス,もし くはグローバル・シティズンシップの初期の姿が顕在 化していると,新たな視点を提起した。

(8) アメリカ合衆国におけるスリーマイル島原子力発 電所事故は1979328日に発生している。

(9) 明治学院大学国際学部が2010年度から香港にある Pasona Education社において4週間実施するインター ンシッププログラムである。

(10) 注(3)を参照のこと。

<参考文献>

榎本博明 2012 『「やりたい仕事」病』,日本経済新聞出 版社。

加谷珪一 2017 『AI時代に生き残る企業、淘汰される企 業』,宝島社。

木下冨雄 2008 「リスク・コミュニケーション再考―統 合的リスク・コミュニケーションの構築に向けて (1)」,

『日本リスク研究学会誌』18 (2): pp3-22,日本リスク学 会。

児美川孝一朗 2014 「<移行>としてのキャリア教育」

『高校・大学から仕事へのトランジション 変容する能 力・アイデンティティと教育』溝上慎一・松下佳代編,

ナカニシヤ書店。

スンドララジャン,アルン 2016 『シェアリングエコノ ミー』,門脇弘典訳,日経BP社。

東 簾 1998 「あとがき」,東廉/伊藤美登里訳『危険社 会 新しい近代への道』,法政大学出版局。

藤原孝章 2013 「リスク社会と社会科公民教育―社会認 識の課題と「社会に生きる」授業―」,『社会科教育研究』

No.119 日本社会科教育学会, pp80-89。

ベック,ウルリヒ 2014 山本啓訳 『世界リスク社会』,

法政大学出版局。

――――. 1998 東廉/伊藤美登里訳 『危険社会 新しい 近代への道』,法政大学出版局。

本田由紀 2005 『多元化する「能力」と日本社会 ハイ パー・メリトクラシー化のなかで』,NTT出版。

松下佳代 2014 「大学から仕事へのトランジションにお ける<新しい能力>―その意味の相対化―」『高校・大 学から仕事へのトランジション 変容する能力・アイデ ンティティと教育』溝上慎一・松下佳代編,ナカニシヤ 書店。

溝上慎一 2014a 「学校から仕事へのトランジションと は」,『高校・大学から仕事へのトランジション 変容す る能力・アイデンティティと教育』溝上慎一・松下佳代 編,ナカニシヤ書店。

――――. 2014b 『アクティブラーニングと教授学習パラ ダイムの転換』,東信堂。

リボリ,ピエトロ 2007 『あなたのTシャツはどこから 来たのか? 誰もかかなかったグローバリゼーション の真実』,雨宮寛,今井章子訳,東洋経済新報社。

(原題The Travels of a T-Shirt in the Global Economy : An Economist Examines the Markets, Power, and Politics of World Trade, 2005)

Beck, Ulrich, 1992 Risk Society Toward a New Modernity, Sage Publications.

National Research Council (NRC) 1989, Improving Risk Communication, National Academy Press, Washington D.C.

World Economic Forum 2016, The Global Risk 2016, World Economic Forum

http://www3.weforum.org/docs/Media/TheGlobalRisksRep ort2016.pdf(最終アクセス 201719日)

参照

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