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横須賀から見る「地酒」の今

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Academic year: 2021

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著者 伊藤 茜

雑誌名 掛川市・大須賀地区. ‑ (フィールドワーク実習調 査報告書 ; 平成28年度)

ページ 95‑103

発行年 2016‑12

出版者 静岡大学人文社会科学部社会学科文化人類学コース

URL http://hdl.handle.net/10297/9965

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横須賀から見る「地酒」の今

伊藤茜

1 はじめに

2 山中酒造の「作る」地酒 2.1 山中酒造の葵天下

2.2 一途な酒造りへのこだわり 2.3 地域と山中酒造の関係 3 横須賀における「飲み」事情

3.1 年齢による違い 3.2 時代による変化

3.3 地元を意識する祭りと酒 4 「贈り物」としての葵天下

4.1 土産としての酒 4.2 おもてなしの酒 4.3 内と外を繋ぐ酒 5 考察

6 おわりに

1 はじめに

篠田次郎によると、昭和40年代以降、日本酒の主産地であった灘や伏見の大手メーカー の単一化した味に抵抗感を持った愛飲家が、品質の多様化を求めてそれまで目をつけられ ていなかった灘・伏見以外の地方の酒を飲み始めたことが、地酒の始まりである。以降、

醸造技術の向上と共に消費者の嗜好は多様化し、「地酒ブーム」と言われる現象が起きた(篠 田 1981)。

最近では「地酒」という言葉は日常的によく耳にするようになったが、そもそもどのよ うな酒が地酒なのだろうか。ある地域で作られている酒だろうか。それとも、その地域で 飲まれている酒だろうか。調査に行く前の私は、その地域で作られそこで消費されている 酒が、いわゆる地酒と呼ばれるものであると考えていた。しかし、横須賀でいろんな人に 話を聞いていくうちに、地酒というものには「作る」「飲む」「贈る」という 3 つの要素が あり、それらが連動して地酒を構成しているのではないか、ということに気付いた。

私たちが調査をした横須賀には、葵天下という地酒を造る、山中酒造がある。本章では、

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横須賀の地酒といわれている山中酒造の葵天下を軸に、横須賀の地酒とはなんだろうか、

ということについて考えていきたい。

2 山中酒造の「作る」地酒

本節では、地酒の一つ目の要素である「作る」について見ていく。ここでは、聞き取り 調査に加えて山中酒造合資会社のホームページに依拠して記述する。

2.1 山中酒造の葵天下

山中酒造は、滋賀の近江商人である山中正吉氏が、文政年間に現・富士宮市ではじめた 酒造業がルーツとなる。1929(昭和 4)年に山中正吉商店から分家し、横須賀の一蔵を山 中酒造として独立した。

山中酒造の特徴は、1999(平成11)年から始められた、杜氏や蔵人を雇わない自家醸造 である。もともと出稼ぎの杜氏を雇っていたそうだが、その杜氏が他の酒蔵と兼務するこ とになり、質の劣化を危惧した現社長・山中隆氏が国税局の鑑定官の経験を活かし、自家 醸造へとシフトした。そのような努力と技術によって作られた葵天下は、全国新酒鑑評会 において2001(平成13)年より9年連続で入賞以上の成績を収め、品質の良い安定した酒 として認められている。

2.2 一途な酒造りへのこだわり

現在、父である山中隆氏の手法を受け継ぎ、ほとんど一人で酒造りをしているという山 中久典氏(男性、44歳)に話を聞いた。

久典氏はもともとは酒造りを継ぐつもりではなかったという。しかし、大学を卒業する と同時に隆氏から声をかけられ、酒造りの道へ進むこととなった。いったん酒造りの世界 に入ると、手間のかかる作業に難しさを感じつつも、やり始めるとわかる楽しさがあり、

それが久典氏を魅了し、のめり込んでいったという。

調査する中で、山中酒造の酒蔵に何度か訪問し、久典氏から酒造りの説明を聞いた。酒 造りに関しては失礼ながら知識不足であった私に対し、丁寧ではあるがとても情熱的に語 ってくれた。

特に印象的だったのは、作り始めの日や終わる日、時間ごとの温度やアルコール度数な どを細かく記入した記帳である。酒税の関係で国からのチェックが厳しく入るからという 理由もあるそうだが、最高のお酒を作るためにベストなタイミングで作業をしたいという 久典氏の酒造りに対する熱い想いを窺うことができた。「葵天下」という名前の由来となっ ている「この酒で天下をとる」という名付け親の隆氏の想いが、久典氏にも受け継がれて いることが伝わってきた。

また、私が事業を拡大して葵天下をもっと全国へ広げていきたいという気持ちはないの

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か、と聞くと、それをするといろんなところに手が回らなくなり、質が落ちてしまうから その気はない、という答えが返ってきた。同じ理由で、流通関係は問屋に任せて、ほとん ど関与しないようにしているそうだ。このように酒造りだけに集中し、毎年開催される品 評会に出品することで、自分の腕試しをしているのだという。話を聞けば聞くほど、酒造 りへのプライドとその真っ直ぐなこだわりが感じられた。

写真1 山中酒造の酒蔵と山中久典氏(中村撮影)

2.3 地域と山中酒造の関係

このような久典氏の酒造りのこだわりは、いったい誰に向けてのものなのか。それを尋 ねてみると、久典氏には、地元で長く葵天下を好んでくれる人や、味を評価して選んでく れる人のために作りたいという想いがあることがわかった。

酒造りに対する久典氏の想いは、周りの人びとにどう捉えられているのだろうか。山中 酒造の近所に住み、葵天下が好きで普段の晩酌でもよく飲んでいるというW氏(男性、79 歳)に話を聞いた。葵天下を選んでいる理由を聞くと、地元のものだからというよりは、

単純に美味しいから飲んでいるとW氏は答えた。葵天下が品評会で入賞したときのことを 聞くと、「賞をとったからといって何か変化があるわけではない。山中氏は、飲む人のこと を良く考えて酒を作っていて、それが実際旨いから、賞をとれるのは当たり前のことだ」

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と語っていた。また、横須賀に長く住んでいるS氏(男性、68歳)も、「あそこの酒造りは 本当に丁寧にやっている。絞るのも上質なとこだけ絞っているから、他の酒蔵が山中酒造 の酒粕を買っていくこともあるくらいだ」と言っていた。

このように、地元の人びとは、久典氏の飲み手に対する想いをよく理解しており、それ が品質への信頼に繋がっている。これは、横須賀という地域の中で、山中酒造が地域に溶 け込み、近い距離でやりとりがなされていることが大前提となっている。こういった地域 と酒蔵の信頼関係が築き上げられているということは、山中酒造の酒は横須賀という地で の「作る地酒」になっているといえるのではないだろうかと考えた。

3 横須賀における「飲み」事情

本節では、地酒の2つ目の要素である「飲む」について見ていく。

3.1 年齢による違い

山中酒造の酒が、横須賀で信頼を得ていることはわかったが、実際に普段の晩酌ではど んな種類の酒が飲まれているのだろうか。いろいろ話を聞くうちに、飲む酒には年齢によ って異なった傾向が見られることがわかった。横須賀で魚屋を営み、店の奥の座敷では料 理や酒を提供しているW氏(女性、41歳)は、自分のお店では、年配の人はよく熱燗を飲 んでいるが、若い人たちはほとんどがビールを飲むことが多い、と言っていた。実際に、

年齢別に話を聞くと、N氏(男性、30代)は、「日本酒はあまり飲む機会がないから飲まな い。同世代の仲間と飲むときはもっぱらビールか焼酎ばかりだ」と話し、H 氏(男性、27 歳)からは、「一番飲むのはビールだ。地元での成人式の二次会のときも、みんなビールば かり飲んでいた。友人の中でも日本酒を好きで飲んでいる人はいない」という意見が聞け た。また、N氏(男性、66歳)は、「日本酒が好きで、普段は自分の好みの静岡の日本酒を 飲んでいる。静岡のものは質がいいから近辺の友人に紹介することもある」と語り、T氏(男 性、79歳)は、「葵天下が好きだが、高いのでたまにしか飲めない。普段は近くのディスカ ウントストアで購入した安い日本酒を飲んでいる」と言っていた。

このように、若い人はビールや焼酎、お年寄りは日本酒を好む傾向があるようだ。さら に、葵天下に関していうと、普段から飲む人もいることはいるが、金銭面の理由や味の好 みの違いで、他の日本酒が飲まれることが多いようである。またM氏(男性、67歳)によ ると、葵天下が普段から飲まれることが少ないもう一つの理由として、葵天下はすぐに手 に入るためプレミア感がないことが挙げられるという。近くの飲み屋では、葵天下よりも 手に入りづらい他の地域の酒を置いているところが多いそうである。地元で作られている という事実は一見プラスに思えるが、実際は避けられてしまうというような逆転現象が起 きているようだ。

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3.2 時代による変化

さらに話を聞いていくと、年齢による違いだけでなく、時代の変化も酒事情として表れ ているようである。秋山裕一によると、日本酒は1975(昭和50)年まで順調であったが、

オイルショックによる不景気や食生活の洋風化によって、その消費にかげりがでてきた(秋 山 1994)。国税庁によると、昭和50 年には165万キロリットルだった日本酒の消費量は 平成26年には55.7万キロリットルにまで減少しており、一方でビールが急激に増加して いる(国税庁 酒のしおり 平成283月)。この傾向は当然のことながら横須賀におい てもあらわれている。

現在は横須賀で個人経営の酒屋を営むM氏(男性、67歳)によると、最近の日本酒離れ は目に見えて深刻化していると実感しているらしい。昔は人が集まれば当たり前のように 日本酒が飲まれていたが、ビールに変わってしまって、ほとんど飲まれることはないそう である。M 氏は昔消防団に所属していたそうで、消防団の歓迎会では町からお祝いとして 日本酒が出されていたが、今は若者が喜ばないので、ギフト券などに変わってきているよ うである。また、祭りのときも、寒い時にはビールだと身体が冷えてしまうので、日本酒 を熱燗にして飲んでいたそうだが、今はポットでお湯を沸かして焼酎をお湯割りで飲むほ うが多いという。

その理由をM氏に聞いたところ、時代の流れとしかいえない、と言っていた。日本酒は 酔いやすい、次の日に酒が残りやすいなどといった特徴があり、酒に対する制約(一気飲 みの禁止など)が厳しくなっている今は、祭りのときなどでも昔のように酔いつぶれて寝 てしまっている人は、年配の人でも減っているように感じるそうである。

また、静岡県内で営業展開している酒屋チェーンの店長のH氏(男性、25歳)によると、

日本酒の売り上げは確実に減少中で、それに代わって缶酎ハイやリキュールが伸びている そうだ。それは、日本酒から缶酎ハイやリキュールに流れているのではなく、日本酒を飲 んでいた高齢者が酒を飲まなくなり、新しく酒を飲むようになった若い人が日本酒ではな くビールや焼酎、ウイスキー、カクテルなどを飲むので、日本酒の需要が減少し、その他 の酒が多様化しているようだ。

石毛直道によると、半世紀ほど前までの日本では、酒が飲める年齢に達した若者に年長 者がお神酒をいただく直合で杯の受け方を教えたり、長年酒に親しんだ年長者が若者と酒 を飲む際にさりげなく酒の飲み方や教養を教えたりすることがあったという(石毛 2009)。

横須賀においては、後述するように地域全体で催す祭りが存在し、若者と年長者の交流が 希薄になっているというわけではない。しかし、普段の晩酌において、若者と年長者が一 緒に飲む機会はあまり多くなく、それぞれの家庭や、同世代の人と飲むことがほとんどで あるようだ。その結果、年長者が日本酒を若者に勧めるようなことがなくなり、各々の世 代で好まれる酒を嗜み、それで宴会が成り立っているのがこの地域の特徴であると私は考 える。

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3.3 地元を意識する祭りと酒

前項で示したように、普段の晩酌では、それぞれ自分の好きな酒を飲んでいることがわ かったが、祭りのときはどうだろうか。横須賀には、毎年 4 月に催される三熊野神社大祭 という祭りがあり、横須賀の人びとはこの祭りを基軸とした生活をしている。この地域で とても重要な祭りの中では何が飲まれているのか。

先ほどのM氏によると、日本酒から他の酒に変化しているという話だった。確かに、祭 りで重要な役割を担う若者たちはビールを中心に飲んでいるようであった。H 氏(男性、

27 歳)に聞くと、祭りのとき一番飲むのはやはりビールだという。日本酒は、そもそも自 分たちで買って飲むのではなく、他の地域などから送られてくるものだという認識がある ようだ。

しかし、一方でH氏からはこんな話も聞けた。「祭りが近づいてくると、稽古のあとに飲 み会をすることがあるが、その時は葵天下を選んで飲んでいる。その理由は、やはり地元 の祭りをするうえで地元の酒を飲むということ、つまり地産地消をするのは当たり前、と 思っている」。このように、確実に日本酒からその他の酒への好みの変遷が祭りにおいても 起こっている一方で、横須賀の祭りでは横須賀ならではの酒を飲むという意識が、この地 域に生まれ育った一部の若者たちの間で存在するということがわかった。

実際に飲む酒には、このような年齢や時代、またシチュエーションによる横須賀独自の 特徴が見られた。この事実を、私は横須賀の「飲む地酒」ということができると考えた。

4 「贈り物」としての葵天下

本節では、地酒の3つ目の要素である「贈る」について見ていく。

4.1 土産としての酒

ここまで、酒にはそれぞれの好みがあり、横須賀の人が必ずしも葵天下を飲んでいるわ けではないという意外な事実がみえてきた。では、葵天下が横須賀の地酒と言われる所以 は何なのか。実際に話を聞くと、普段は葵天下を飲まないという人も、何度か購入したこ とはあるという。その用途は、他所へ出向く際の土産としてだそうだ。葵天下は、全国的 な知名度はそれほど高くはないものの、先述した質の高さから横須賀だけではなく周りの 地域からも高い支持を得ている。久典氏もそれを実感しているようで、この近辺に住んで いる人が、他所の親戚に頼まれて買っていくことも多々ある、と言っていた。W氏(女性、

41歳)も、「どこかへ行くときの挨拶の品として持っていくのは葵天下、という習慣がこの 辺ではあるのではないか」と語ってくれた。葵天下は、横須賀の人びとにとって贈り物の 定番となっているようだ。

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4.2 おもてなしの酒

また、どこかへ行くときの土産だけでなく、他の地域から客人が訪ねてきたときに出す おもてなしとしても、葵天下は利用されているようである。T氏(男性、79歳)によると、

何年か前に、横須賀に東京から来客があり、町をあげておもてなしをしたそうだが、その ときに出されたのが山中酒造の葵天下だったという。山中酒造の酒の中でも最も上質なも のが提供され、客人にも地元の人にも大絶賛だったそうだ。「横須賀の地酒を宣伝するため にお出しして、そのお客さんも大変気に入ってくださったよ」と T 氏は自慢げに語ってく れた。

それから、私たちが実習中に宿泊していた旅館「八百甚」では、宿泊客のために常に仕 入れているのは葵天下だという。その理由を聞くと、八百甚の亭主(男性、69歳)は、「地 元のものだから。近くで作っているのだから仕入れるのは当たり前の流れだ」と言ってい た。

4.3 内と外を繋ぐ酒

このように、葵天下は地元の人の消費以外に、土産やおもてなしというように他の地域 の人に対しての贈り物として利用されていることが多いということがわかった。つまり、

横須賀から発信する外に対しての表現そのものが葵天下となっているのである。これは、

葵天下は横須賀に住む人びとにとって、葵天下が「横須賀のもの」であるという共通の認 識があるということなのではないだろうか。このような葵天下の利用の仕方は、葵天下が 横須賀ならではの「贈る地酒」であることをあらわしているのではないかと考えた。

5 考察

『ものの人類学』の中で床呂郁哉と河合香吏は、「もの」がどのように私たち人間と関係 しているのかは、その存在自体があまりにも当たり前にすぎるために、私たちはしばしば まったく無自覚であると述べている(床呂・河合編 2011)。地酒においても、聞き慣れた ものになりつつあり普段意識することがないため、何かしらの意味を見出すことはないだ ろう。しかし今回の調査で、視点を変えて地酒と向き合ってみると、これまでに示したよ うに横須賀の地酒といえるものには「作る」「飲む」「贈る」という 3 つの要素があるとい うことがわかった。ただ単に横須賀で作られているということや、横須賀の人によって飲 まれているということだけでは、横須賀の地酒というものをあらわすには不十分なのであ る。

調査してわかったのは、葵天下は横須賀の人びとに認められているのは確かな事実だが、

みんなが飲んでいるわけではなく、他のお酒が好まれることも多いということである。そ れぞれ好みが異なるということはごく当たり前のことだ。酒を飲むときに地元で作られて いる、作られていないというのは、普段あまり意識していないだろう。だが、だからとい

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って葵天下が横須賀の地酒ではない、ということではない。話を聞く中で共通して見られ たのは、普段意識されることはなくても、葵天下は横須賀の人びとにとって地元のもので あるという認識であった。それは、山中氏が葵天下を全国的に広めていくというよりは、

近くの人に飲んでもらいたいという想いが要因となっているのではないだろうか。横須賀 から遠く離れた地域では買えないからこそ、葵天下の横須賀においての地域性が高まり、

横須賀の人びとにとって葵天下が地元のものであるという認識を無意識的に持たせている のではないかと考えた。

酒は、普段の生活や年中行事、儀礼など、多くの場面で無くてはならないものである。

横須賀には酒蔵が近くにあり、みんなが葵天下の地元性を感じていながらも、ディスカウ ントストアや近所の酒屋で自分の飲む酒を選択し、それが年齢や場面によって多様になっ ているということが、ここの酒事情の興味深い点だ。横須賀で酒が作られていること、さ まざまな酒が飲まれていること、他の地域の人に葵天下が贈られていること。これらは独 立しているわけではなく、相互に補完し合って、今の横須賀のありのままの地酒を構成し ているのである。

6 おわりに

今回の調査によって、私の中でぼんやりとしていた「地酒とは」を自分なりに明確化す ることができ、とても満足している。今回は横須賀についての地酒がテーマであったが、

それぞれの地域でその地域なりの地酒があると思う。私が横須賀における調査で見つける ことができた地酒の要素は「作る」「飲む」「贈る」という 3 つであったが、もしかしたら 他の地域にはさらに他の要素が存在するのかもしれない。地酒を飲むのが好きな人もそう でない人も、自分の地域における地酒にはどんな要素があるのかについて考えてみてほし い。

参照文献

秋山裕一

1994 『日本酒』岩波新書。

石毛直道

2009 『酒育のすすめ』日本醸造協会誌 104 (1) : 1。

国税庁

2016 「酒のしおり(平成283月)」(2016930日取得、

Https://www.nta.gO.jp/sHirabEru/sEnMOnjOHO/saKE/sHiOri- gaiKyO/sHiOri/2016/inDEx.HtM)。

篠田次郎

(10)

1981 『日本の酒づくり』中公新書。

床呂郁哉・河合香吏編

2011 『ものの人類学』京都大学学術出版会。

山中酒造合資会社

山中酒造(資)ホームページ(2016930日取得、

Http://www5a.biglObE.nE.jp/~yaManaKa/)。

参照

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