古フランス語の態に関する若干の考察 : 代名動詞 の用法を中心に
著者 川口 裕司
雑誌名 人文論集
巻 44
号 2
ページ A53‑A83
発行年 1994‑01‑31
出版者 静岡大学人文学部
URL http://doi.org/10.14945/00008910
古フランス語の態 に関する若干の考察
(代名動詞の用法 を中心 に
)
態 の選 択 と代名動詞
態に関す る基本的な立場 は既 に他の論文の中で述べた ことがある (川口裕司 (1993)特に 31‑38を 参照)。 本論 の中で これをもう1度改 めて検討す ることは しない。 ここでは「態」の選択 という言語現象 について、先の論文で触れ られ なかった点 を少 し詳 しく考 えてみたい。
言語使用者が言語 を用いて1回限 りの現実 を伝達す るとき、 その現実 はその ままではな く、記号素(mOnёme)を通 して言語現実 に切 りとられ る。 この行為 を言語的選択 (cho破 linguistique)と 呼ぶ
(1)。
「態」の選択 はおそらくこの言語 的選択 に関わ る現象である。 その場合 に「態」が選択 されて も、述辞が表す事 態 に参加す る項の論理的な関係 は「態」が選択 されなかった場合 と変わ ること がない。た とえば「我々がそのフイ ンを飲 んだ」という状況があるとして、「態」を選択 した発話 としなかった発話 は以下のようになろう。
司
口
Nous avons bu le vin.
Le vin a 6t6 bu.
態 を選択 しない (態ゼロ
)
態 を選択 した (受動態)
いずれの発話 において も、 ワインが「〜 を飲む」 という事態に対 して、常にそ れ を受 ける要素である点が重要なのである。すなわち「 そのフイン (le宙
n)」
は両方の発話 においていずれ も「飲 む」 とい う事態 に対 して論理的にみて受動 的要素である。つまり「態」が選択 されて もこの論理的関係 は手つかずのまま 残 るのである。同様 にしてCe宙n se boit bien frais。「 このフイ ンはよ く冷や して飲 みます」 とい う発話で も、主辞 のce宙n「 このフイ ン」 は「飲 む」 とい う事態 に対 して受動的要素である。 しか しこの場合、述部 se bbitで は主辞 ce
‑53‑
vinと 同 じ人称 を指示す る代名詞seが現れてお り、再帰が起 きている。フラン ス語ではこの再帰表現 を代名動詞 と呼んでいるが、 これによって も受動表現が 可能であることがわかる。 それ に対 して次の代名動詞の発話1l se ltte。「彼 は 身 を起 こす (=起きる
)」
。IIs se bOivent le宙n。「彼 らはそのフインを飲み合 う」では、主辞 に立つH「彼」 とns「 彼 ら」 はそれぞれ「起 こす」 (lever)と「飲む」 (boire)と い う事態 に対 して受動的関係ではな く、逆 に能動的関係 に 立 っている。従 って この例 にあ らわれる再帰用法 (se lever)と 相互用法 (se boire)の代名動詞では、主辞 に立つ要素 は事態 に対 して論理的関係 において能 動的に働 きかけを行なう要素であ り、 この点か ら両者 は能動態の変異であると 考 えられ る。
このように現代 フランス語では、少な くともOtre+過去分詞 と代名動詞の 一部が「態」の選択 に関わっていることがわかる。 しか しこの説明には不十分 な点が多 く残 されている。
問題提起
Le vin a ё
tё bu。
とCe宙n se boit bien frais。 とい う発話のそれぞれの存在意 義 は何なのか。なぜ「態」 は2つの現れ方 をするのか。 その点が上の説明では なん ら明 らかにされていない。た とえばすでに以下の2つの解釈が多 くの研究 者 により提示 されてきた。1つの解釈 は、前者のOtre+過去分詞型の受動文では能動態 (=態ゼロ
)
の主辞 (Nous avons bu le宙n。 の nous「 我々」)が言語記号 として発話の中に 現れていないが、そうした行為者がいることを言外 に予想 させ る構文である と 考 えられ るのに対 して、代名動詞 による受動文では行為者が暗示 されない とい う解釈である。確かに前者の構文 には行為者 を明確 に表すpar+行為者 を添
えることが可能だが、代名動詞の構文では不可能である(*Ce宙n se boit bien
frais par nous。 とは言わない
)。
しか し発話の中に実際 に現れていない言語要素をいつ も簡単 に復元で きるのか どうか、 この解釈 に無理がないわけではない。
また別の解釈では、Otre十 過去分詞型の受動文では Ce livre a 6t6 vendu
her soir。「その本 は昨 日の夕方に売れた」)と いうふ うに、過去の1時点 を表す
ことが可能であるのに、代名動詞 による受動文ではそれがで きない
(・
Ce livre s'est vendu her soir)とい う解釈である。 この解釈 によれば完了のアスペ ク トはOtre十 過去分詞型 と、未完了は代名動詞型 とお互いに住み分 けをしている
と考 えられ る。確かに例文 を集 め、 これを数量的に解釈するな らば、 この住み 分 けに納得することがで きるか もしれない。 しか し代名動詞 により「態」が表 現 されるには、前 もって「事態」が未完了でなければな らない とす るこの考 え 方 に筆者 はまった く賛同で きない。
その考 えを異 口同音 に反復 しつづ ける分析者 は、代名動詞の1部にs'en aller
「出てい く」やse prendre a inf.「 急 に〜 し始める」のように、語彙的なアス ペ ク ト(Aktionsart)ではあるが、明 らかに起動アスペ ク トを有する表現が存 在す る事実 をいったい どうやって人 に納得 させ ようと言 うのであろうか。か り に受動用法の代名動詞 に限って こうした未完了のアスペ ク トが現れ るのだ と善 意 に解釈す るとして も、受動用法だけでな く再帰用法の代名動詞se mOunr「死 に瀕 している」 も未完了ではないか と反論 した くなる。そ こで苦肉の策 として 動詞 に完了動詞 と未完了動詞 なるカテゴ リーを区別す ることになる。 しか しそ の ような下位分類 をす るのであれば、最初か らその語彙的アスペクト(Aktions‐
art)は動詞 の意味内容 (signifi6)の 一部 に属す る言語要素であ り、「態」の選 択 とはもともと無関係であった と言 うべ きではなかったのか。
Otre十 過去分詞型 の受動文が完了 アスペ ク トを表 す ことが比較 的多 いの は、筆者の考 えでは、全 くの歴史的偶然である。 ラテン語の統合的受動態が新 しいest+過去分詞型 の分析的受動態 に移行 してい く過程で、 この新 しい分 析的受動態 は、アスペ ク トに関 してかな り揺れていた事実がずっ と以前か ら文 献学的に証明 されている。 この意味内容の揺れは、 まちがいな く新 しい受動態 の形式 に起 因す る。 もともとラテ ン語 の受動相直説法完了形 であったest十 過去分詞の構文ではしばしば過去分詞が形容詞補語 と混同される危険性があっ た。 こうしてest+過去分詞型の意味内容 は状態 を表す未完了アスペ ク トあ るいは本来の完了アスペ ク トの間 を揺れ動 いていたのである。その結果、受動 態の完了アスペ ク トを表す、fuit十 過去分詞形が後 に必要 になったのである
(2)。
しか しそれに もまして受動態 の問題 を考 える際 に大 きな障害 となるのは、
「態」の選択 とい う現象 を単なる統辞的関係 に還元 しようとする見方その もの なのである。確かに「態」の選択 によって主辞 に受動的要素が選 ばれ、態ゼロ 文の統辞的関係が組 み替 えられ る、 もっ と簡単 に言 えば、態ゼロ (=能動態)
の目的辞が受動態の主辞 になる。 しか しこれは「態」の選択が行 なわれた後 に 現れる統辞構造 を説明 しただけであって、「態」の選択 自身の意義 をいささか も 考 えることにはならない。その意義 を理解す るには、同一の現実 に対 して態ゼ
一‑55‑―
口 と受動態がいか に して選択 し分 け られ るか を観察 しなけれ ばな らない。
TSURUGA(1991)は「(受動態の)主要な問題 はその場合、(能動態 と受動態 の)問題の基盤 を構築で きるような形式的かつ機能的ではない、かな り操作的 な 1つ あるいは複数の基準 を見つけることであろう。 その基準 とは勢い関係の 体系 を成 さない意味内容 (signi■6)の分野 に属す る もの になろう。」 (TSU‐
RUGA(1991),53を 参照)と 述べているが、 まさにその通 りである。「態」の選 択 の本質 は言語使用者が事態 に対 してそれ を受 ける立場 にある要素 の視点 に 立 って現実 を記号素 に切 りとる作業なのである。そうした視点 を設定す るには、
主辞 に立つべ き要素が述辞 に対 して受動的な論理関係 をもっていると判断す る ことが必要であるが、その論理関係 は必然的に主辞 と述辞 の意味内容 によって しか与 えられない筈だか らである。
本論 の 目的
問題提起 の中で述べた前提 に立 ち、 ここで は古 フランス語の態 について、 と りわ け態が どのように選択 されるかについて考 えてみたい。ある研究者たちは 古 フランス語では一般 に代名動詞の受動用法の例が少な く、それは一般 に中期 フランス語の時代 を通 じて発達 した と説明す るが 13)、筆者 はこの説明 に大 いに 疑間 を抱いている。そもそ もラテン語 において再帰代名詞 を用いた受動表現が 文献的に証明 されているか らである。
curn se coxerit「 それが料理 されるであろう時 に」 (Apicius)
(BONNARD et REGNIER(1989),179か らの弓1用
)
Myrina,quae Sebastopolinl se vocat(C.Pli亜 us Secundus Maior) .
「Sebastopolisと 呼 ばれ るMyrinaの町」
(WOLF et HUPKA(1981),129か らの引用。原文Myrimaは誤植)
この説明 自体 についてさらに議論 したい と考 えているので、以下では特 に代名 動詞の用法 を中心 に考 え、Otre+過去分詞型の受動構文や態ゼロ文 との相違
を勘案 しなが ら、態の選択 とい う現象その ものについて考 えてみたい。
従来の分析では古 フランス語の全般 あるいは特定の文学作品を資料体 とす る 研究が行 なわれて きたが、 ここではその ような分析 を行 なわない。古 フランス
―‑56‑―
語期の全般 に渡 って態の選択の実例 を考察することは、1つ 1つの発話の背景 にある現実があまりに複雑であ り、その分析 をかな り大雑把な ものにして しま う恐れがある。 また古 フランス語期 なるものが本当に内部的一貫性 をもち、少 な くとも均質 な言語状態 として1つの共時態 を形成 していると見なす ことがで きるのか どうか、 これは大 きく意見が分かれ るところである。
他方、文学作品 を資料体 とす る分析が困難 な理由 もい くつかあげられ る。文 学作品で使用 され る文体がかな り多様であること、態ゼロと受動構文のペアが 見つか りに くいこと、 さらに作者 自身の言語 と写字生の言語が交錯 しているこ と、等が「態」の選択 され る背景 にある現実の分析 を困難 な ものにしている。
それでは拙論の目的に適 った資料体 とはどのような ものなのであろうか?フ ランスの文献学者Dominique Coqは 13世紀 にパ リ近郊 で作成 された様々な 古文書の解読 と校訂 を行 ない、最近 これ を出版 した。 この「Aube, Seine―et 一Mame,Yomeの諸県に保存 される1271年以前のフランス語で書かれた古文 書 (Chartes en langue fran"ise antё rieures a 1271 conservees dans les d6partements de l'Aube,de la Seine―
et一
Marne et de l'Yonne)」 は本稿 の目的に最 も適 った文献 の1つであると思われ る。
この書で扱われている103の古文書の大半 は不動産・ 動産の売買 と譲渡 に関 するものであ り、その公文書 としての文体 はかな り均質であると言 える。 また それぞれの地域の者が他の者 に不動産・ 動産 を売買あるいは譲渡 した ことを証 明す る証書のた ぐいであるため、作成年代 と中で述べ られている地域 を容易 に 明確 にすることがで きる。
とりわけ以下の3点は本論の目的に合致 している。
古文書の年代 は1つの共時態 として見なされ うる (1230年‑71年
)。
この期間に大 きな言語変化が起 きた とは思 えない。
古文書が地理的に限定 されているため、ある地域や社会の特有言語形態 (formes idiomatiques)が 現れて も、その地域 を容易 に特定化で きる。
内容 は不動産・ 動産 の売買や譲渡 に関するものがほ とん どで均質性が高 い、 しか しその一方で103の文書の作成者が同一人物であることが少な いため、様々な言語使用者が同一の現実 をどの ように言語現実 として切
りとっているのかを観察することがで きる。
Do Coqの校訂 した古文書 は全てオ リジナルであ り、コピーではない。従 って、
―‑57‑―
文書 はそこに記 されている作成者 自身の言語であるか、その地域 の書記の言語 であることは疑 いを入れない。 しか し若干の例外 としてオ リジナルの証書 を後 に別の証書で確認 した ものがある
(4)。
興味深い ことにその場合 に証書の作成者 がオ リジナルの言語 を若干書 き直 している例が見つかる。またD.Coqは古文書 に現れ る固有名詞 と言語形態 を詳細 に検討 し、巻末 に 語彙集 を添 えている。注記のない限 り、以下の論考 での本文の解釈 はDo Coqの 語彙集 に従 つている。本文の表記 と区切 り方 は全てDo Coqの書 に従 う。ただ し 証書番号 に関 しては若干の変更 を加 えた
(5)。
代 名動 詞 の形態 での み使 用 され る場 合 :se desvesur
se desvestirで構成 され る文 (8例)には、estre desvestuという受動文が存 在 しない。Tobler―Lommatzschの古 フランス語辞典 (18 Lieferung,1817,47 ff.)で は、く〈auf einen Besitz verzichten「 ある財産 を放棄する」〉〉の意 とあ
り、以下の例文がみつかる。Devant le pueple qui la fu,S'est dessaisis et desvestu De quanques il avoit el monde「 そ こにいた人々の前で、彼 はこの世
に所有 していた全ての財産 を断念 し放棄 した」。
以下 に我々の資料体 に現れた8つの例 を全てあげる。文頭の数字 は証書番号 を表 し、[]内の数字 は行番号 を表す。
34[11](...)et〈く
s―
est desvetuz〉〉li diz Viarz de la dite maisurn an notre main et an a[12]πυιtt le dit Jehan et Jacote,sa famme, par devant nos.「そして上記のWiartは上記の館 を我々の手 に放棄 し、上記のJeanと その妻 Jacoteに 我々の前でそれ を所有 させた」
67[7](.̲)e〈〈me suis devestuz〉 〉outreement de diz troi―ceFIZ
arpewz de bois e eml― ai zυω物 1‑abbO e lou couvant de[8]
Ponteigni(...)
「 そ して予 は上 記 の300アル パ ンの森 林 を完 全 に放 棄 し、 それ を Pontigny修道院に所有 させた」
75[5](.…)E〈〈me suis devestuiz〉 〉outreemant[6] diz sis
‑58‑
cenz arpenz de bois e enn― ai%ιυιs劾1‑abO e lou couvant de]Pontegni
(… 。)
「そ して予 は上 記 の600アル パ ンの森 林 を完 全 に放 棄 し、それ を Pontigny修道院 に所有 させた」
77[9](.… )Etくくme sui desvestuz〉 〉outreement des diz quatre cerlz et dix arpenz de bois et le fonz de la terre avec,et en ai夕 ηυ
as″
勿 1‑abbO et lou covent de Ponteigm (. . 。)「 そ して予 は上記 の410アルバ ンの森林 をその地所 も含 め完全 に放棄 し、それをPontigny修道院 に所有 させた」
94 [9] (. . 。)Et fais a savoir que dou devant dit bois vendu je〈 〈 me
sui devestuz 〉〉dou tout et les en hai zυ asJttz (. . .)
「上記の売却 された森林の全てを予 は放棄 し、これ を彼 ら(=Pontigny 修道院)に所有 させた ことを予 は知 らせ る」
95 [11] (. . 。)Et ha requeneu par devant nos qu―il〈〈
s―
est deves‐tuz 〉〉dou tout dou [12]devant dit bois vendu et en a πυ
as′
勿1‑ab6 e lou covent devant diz (. . .)「彼 は上記の売却 された森林 の全てを放棄 し、それを上記の修道院に所 有 させた ことを我々の前で認 めた」
96 [11]Et ha requeneu par devant nos que il〈 〈
s―
eSt devestuz 〉〉doutout dou devant dit bois vendu et en ha,lθυθs′%1‑abё et lou covent devant diz (. . .) 「(同
̲L)」
98 [6]Douquel prez icil Jaquinez devant― diz et celle Babelous sa [7]faFne et Felisez,freres a―ce Jaquinet devant dit,〈 〈
se―
sllnt desvestu〉〉an ma main et m― ont requis que je an″ υωttsι
[8]1‑abё de Valluisant(..。
)
「 その野 原 につ いて、その上記 のJacquinetと その妻Babelousとその Jacquinetの兄 弟 の
Fё
lisetは 、予 の手 にそれ を放棄 し、私 にそれ を Vauluisant修道 院 に所有 させ るよ う要求 した」‑59‑
帥¨∞
p︒ints
このse desvestir構文の現れる証書の地理的分布 を示す と図 1の ようになる。
図中の棒グラフは頻度を表す。線分の上は頻度数、下は地点番号である。
[i:0∝
・
24 25 26 27
28両 303132
図1 代名動詞 se desveslrの 分布
図1の地名
図 1は 証書の作成者の出身地を考慮に入れた上での分類であり、証書が現在保 存されている場所だけに基づいた分類ではない。 このような分類の意義に関し ては、COQ(1988)INTRODUCTION XXVⅡ
I―
XLを参照されたい。Marne県 Meuse県
Seine―
et一
Mameり書Yolme県 Aube県
1. Clairmarais, 2. Esternay, 3. Vitry-en-Perthois 4 . Bar-le-Duc
S.Provins,6.Nemours
7 . Vallery, 8 . Saint-Val6rien, 9 . Popelin, 10. Sens,
11. Joieny, 12. Pontigny, 13. Tonnerre, 14. R6Sny
15. Jaillac, 16. Trainel, 17. Troyes, 18. Bar-sur
-Aube, 19. Belroy,20. Clairvaux
Haute一Marne県 Champagne伯 Nevers伯 Bourgogne文献
その他
21. Vignory, 22. Chaumont, 23. Lafertl-sur-Aube 24. Thrbaut IV, 25. Chancellerie-Thibaut V, 26. Thibaut V, 27. Thibaut IV, V ou Henri III
28. Eudes et Mahaut,29. Eudes
30. Duc de Bourgogne, 31. sire de Mirabeau 32. autres
地理的にはPontigny(証書
67、 75、 77、 94、 95、
96:地点 12),Trainel(証 書 98:地点16),Lafertё―sur―
Aube(証書34、
地点23)に分布 し、ほ とん どがYome県中部 に集中 している。従 ってse desvestirはその地域 の共同体 の特有 言語的 (idiomatique)特徴である とも考 えられ る。
また上記の全ての例文か らわかるようにse desvestirは下線 を付 した
reves‐
tirとペアになって現れ、前者が不動産等を「放棄する」の意であ り、後者がそ の放棄 した不動産等 を相手 に「所有 させ る (mettre en possession)」 の意であ ることがわかる。
8つの証書で権利 を放棄 された不動産 は、森林 (6例)、 館(1例)、 野原 (1 例)である。他の証書では様々な不動産お よび動産 を放棄あるいは譲渡する場 合 にquiterとい う述辞が用い られている。い くつか例 をあげてお く。
10[7](.…)de la quele somme de deniers je ai[8]receu min paamant et en 〈〈 quit 〉〉1'abbe et le couvant.
「その金額 について、予 は支払 いを受 け、そしてそれ(=43アルパ ンの 森林 とその土地)を修道院 に譲渡 した」
28[2]chevalier,et ma dame Rique,faime dor dit Andrier,a requeneu de sa prOpe volant6 et de son gr6 qu'il〈 〈 quite 〉〉et a 〈く quit6 〉〉
en bone foi a Gauter9te et a Margueron, qui sunt serors au dit JaquinOt,toute [3]la remenance quilor est demoree de pere et de rnere,
「・・・ 騎士 と上記のAndrё の妻Rique夫人 は父 と母か ら彼 らに残 さ れた遺産 の全て を上記 Jaquinotの 姉妹 Gauteroteと Margueronに 自らの意志 と善意 とをもって譲渡 し、譲渡 した ことを良心 に誓 つて認 めた」
‑61‑
70[2](。 …)Lanbelins,de Chaurnont,(.… )[3](.…)et Marヽ
guerite,sa feme,ont vendu et く〈 quit6 〉〉a touzjors a l'abeasse et [4]au covent dou Wal des Vignes delez Bar sor Aube llne piece de
terre(.…)
「ChaurnOntの Lambelinと そ の 妻 Margueriteは Bar―
sur―
Aube近 郊の Va卜des―Vignes女子修道院に1区画の土地を売却 し、永久に放 棄 した」(証書71、
72も同様の形式である)80 [2] (. . .)Herarz,[3]sires de JauCOurt,a recogneu par devant nous que il a vendu et〈〈 quitt6 〉〉a touz jourz quanque il avoit et povoit avoir [4]a Fonvenne (. . .)
「Jaucourtの領主Erartは我々の前で、彼がFontvamesに今 まで所 有 しかつ所有で きた財産の全 てを、永久 に売却 し放棄 した ことを認 め た」
た とえば今、「人が不動産・動産 に対 してその権利 を放棄する」 とい う現実 を 考 えてみ よう。その場合 にse desvestirと quiterを言語的選択の レベルでその まま置 き換 え可能な範列単位(unit6s paradi311latiques)を 構成 している とそれ ほ ど強 く主張で きないように思われ る。
se desvestirは権利 を放棄 した上で、次 に譲渡 される者 に所有権 を明確 にす る場合 に使用 される。だか らこそrevestirと ペアになった表現が成立す る。 こ れに対 してquiterは、いわば一方的な権利放棄の宣言であると言 えよう。
se desvestirは最終的に譲渡相手 に所有権 を認 めるために、その前段 階 とし て「 自らが権利 を放棄す る」 と言つてい るような ものである。 この表現 には
quiterにない主体的で積極的な権利放棄の態度があると言 つてよか ろう。
いずれにせ よse desvestirの構文 において主辞 に立つのは「不動産 を放棄す る者」であ り、述辞が表 している事態 を受 ける要素ではない。 この意味で「態」
が選択 された発話 とは考 えられない。
代 名動詞 と非代 名動詞 の併 用 :reconndstre
「認 める」の意味では非代名動詞形が53例あるが、以下 に2例のみrecomois‐
tre soi形が見 られ る。
―‑62‑―
30[2](.… )Nous faisons[3]a savoir a touz que Robert de Vaus, acuiers, atabliz par devant nous,〈 〈 requenut 〉〉soi avoir lo6 et quit6
「我 々 は全 ての者 に侍 臣Robert de Vauxがヾ我 々 の前 に出頭 し、許 可 し、権利 を放棄 した こ とを彼 自身認 めた こ とを知 らせ る」
32[3](...)Nous faison a― savoir a touz que Jahanz de Girolles, acuiers,[4]atabliz par devant nous,〈 〈 requenut 〉〉soi avoir donё et lo6 et quitё (. . .)
「我々は全ての者 に侍臣Jean de Girollesが、我々の前 に出頭 し、譲渡 し、許可 し、権利 を放棄 した ことを彼 自身が認 めた ことを知 らせ る」
証書30の中で、侍臣 (acuiers)Robert de Vauxは Angё s de Paleyに保有 させ て い たMaisoncelles―
en一
Gatinaisの 封 地 を力にタコこChateau―LandonのRerlard le SOchierとその後継者 に「第3位領主の資格で (come tierz sires)」
譲渡 し、それ をRobert de Vaux自 身が認 めた ことが述べ られている。 この証 書 はChateau―Landonのプレヴォー
(prё
vOt)Robert de Lorrezと 同地のプレ ヴォーテの印章保持者 Renaut Saffierと Pierre Harpinに よって1260年3月 に作成 された。証書32では、侍臣(acuiers)Jean de Girollesが、同 じ く侍臣 Robert de Vaux に保有 させていた Maisoncellesの 封地 を、永久 にChateau―Landonの Renart le S6chierと その後継者 に譲渡 した ことをJean自身が認 めた ことが述べ られ ている。証書 30と 同 じ く、これ もやは りChateau―LandonのプレヴォーRobert de Lorrezと プ ンヴォーテの印章保持者 Renaut Saffierと Pierre Harpinに
よって1260年 5月に作成 された。
証書30の中に現れ る「第3位領主の資格で」(come tierz sires)と いう表現 の意味 を理解するには、2つの証書 における複雑 な不動産の所有関係 を把握 し ておかねばな らない。 それ を図式化す るならば次頁のようになる。
地益権関係 は具体的には以下のように表現 されている。証書30[5](.…
)
lou quelfi6 ma dame Ag16s de Paley[6]tenoit do dit Robert(...)「 そ の封地 についてA卸磁de Paley婦人 は上記Robertよ り地益権 を得ていた」。
証書32[6](.…)lou quel fiё Roberz de Vaus,acuiers,tenoit[7]do dit
―‑63‑―
証書32
Jean de Girolle Robert de Vaux AgnEs de Paley
証書30(第1位) (第 2位)
│
Renard le scchier (第 3位)
― 地益権関係 一→ 譲渡関係
Jahan.「その封地 について侍臣Robert de Vauxは上記Jeanょ り地益権 を得て いた」。
2つの証書か らMaisoncelles―
en―
Gatinaisの 封地 はもともとJean de Gi‐rollesが所有 していた土地であることがわかる。 その土地 を第1位領主の封地 として所有 していたのはRobert de Vaux、 第2位はAgnёs de Paley、 従 って 証書30でこの封地 を譲渡 された Renard le S6chierは 第3位領 主 の地位 で あった。
ところが証書32で本来の土地所有者 であるJean de Girolles自 身が その土 地 をRenard le S6chierに 譲渡 した ことにより、 この土地 はRenard le Sechier だけの封地 になった と思われ る。これを証明するのが証書38である。その証書 ではAgnёs de Paley自 身が、Robert de Vauxか ら地益権 を有 していた当該 の土地 を、彼女 自身か ら地益権 を得ていたRenard le SCchierに 正式 に譲渡 し、
権利 を放棄す る由が述べ られている。
この証書38はAgnёs de Paley自 身 により1261年に作成 され、彼女 自身が 証書の中で第1人称 (=わた し)となって現れるため、「〜であること認 めた」
とい う問題の箇所 は、証書30や 32と は異なっている:[2]Saichaint tuit que (. . .),[4]que nous l―avons au dit lRenart donO et lo6 et quitё...
「みな知 るべ し(。¨
)、
わた くしは上記のRenardにその土地 を譲渡 し、同意 し、権利 を放棄 した 。・・・ 」。
結局の ところ証書 30と 32に述べ られている現実 には次の3つの特徴がある と考 えられる。
1.chateau―Landonのプレヴォーテにより作成 された
2.譲渡 を行 なう者 自身が証書上 の第1人称ではな く、第3人称である
3.封地 に関する権利 を譲渡 された領主 に順位付 けがある
Coqが校訂 した古文書の うちNemours施療院の証書 は
30、 32、
38の 3つだけ であるか ら、 これだけをもとに代名動詞が選択 され る発話状況 を十全 に解明で きるとは思 っていないが、仮説 を立てること自体が無意味であるとも思 えない。第1の特徴 は代名動詞 requentlt soiの 選択 と切 り離 しては考 えられない。
chateau―Landonのプレヴォー以外 で代名動詞 を用 いた者 は誰 もいないか ら である。代名動詞 にその地域共同体の特有言語機能(fonction idiomatique)を 読 み取 つた として もあながち誤 りではあるまい。
第1の特徴が選択 の質的側面 を表 しているとすれば、第2の特徴 はその量的 側 面 を表 してい る と言 えるか もしれ ない。53例の非代名動 詞形 (requenut, recorlurent,ontrecomu,etc.)の うち、1人称単数 は2例だけであ り、他の51 例 は全て3人称である。従 って3人称 の主辞 と代名動詞の選択 は全 く関係がな
さそうである。3人称が多いのは、証書の類が主 にプレヴォー、 コ ミューヌの 長 (maire)、 修道院長、伯爵、領主、等の手 により作成 されることが一般的で あった とい う言語外的要因 に起因す る。不動産の売買・移動 を行な う当事者 は、
従 って証書の発行人 とは異なるため、必然的 に第3人称 で表 された に過 ぎない。
第3人称 の非代名動詞形が優勢な中で、2例のみ代名動詞形が選択 された こ とは、第3の基準 と関わ りがあると言 えよう。3人称単数の非代名動詞形が使 われる全ての証書では、封地や不動産 の所有関係が単純であ り、証書30や 32の ような所有者の階層化が見受 けられない。
証書の作成者 は、封地 を譲渡する者がその複雑 な所有関係 を承知の上で、「 し か と認 めた」 とで も言わんばか りに、代名動詞形requenut soi(=「 自身 これ を認 めた」)を選択 したのだ と仮定で きる。
証書の作成者 は代名動詞形 requenut soiの代名詞 soiが もっている「 自身0 自体」 とい う意味内容 (signifi6)を この場合十三分 に活用 した と言 えよう。
以上 をまとめてお こう。証書 30と 32の作成者 はrequenut soiと い う代名動 詞 を選択 したわ けだが、それは以下の2つの伝達欲求 によるものであろう。
1
―‑65‑―
つは recomoistre soiが もっている特有言語的機能 を利用 したかったか らであ り、 もう1つは、述辞が表す事態 (=譲渡の承認)に主辞 (=譲渡 を承認す る 者)が積極的に参加 していることを示 したかったか らであろう。
先 ほど分析 したse desvestirと 同様 に、この場合 にも態 は選択 されていない。
主辞 に立つのはいずれ も譲渡 を承認す る者、すなわち事態 に働 きかけを行 なう 要素だか らである。代名詞 soiは再帰的な用法の目的辞であるが、上 に述べた主 辞 の積極的参加 を強調す るという発話機能 を担 っていると考 えられ る。
再帰代名詞の意味内容 に関す る我々の この ような解釈 を他の分析 を紹介 して 補強 してお くことにしよう。磯野 (1989)は再帰用法の代名動詞 における代名 詞が文学作品の中で どのような表現手段 として用い られ る可能性があるのかを 分析 してお り、 この点 で非常 に興 味深 い論文 で あ る。彼 は古 フラ ンス語 の escrier「声 をあげる」が代名動詞s'escrierと併用 され る例 を『ローランの歌 (Chanson de Roland)』 (Ed.de Moignet,1969)を資料体 として詳細 に分析 し た。一般的な意味特徴 として磯野が発見 したescrierと s'escrierの相違 をまと めると以下のようになる。
1.s'escrierは 主人公や重要人物の声で mult halt「 非常 に大 きな声で」 と 共起す る例が多い (10例 の うち8例)
2.escrierは Munioie「園の声」 と共起す る例が多い (19例 中に6例)
3.escrierは主人公や重要人物以外 の声 に用い られ る例が多い (19例 中6 例)
この意味内容が さらに信頼 のおけるものになるには、他の同様 の作品 を数多 く 分析することが必要であ り、 この意味内容だ けでは解決のつかない例が あるこ とを磯野 自身 も認 めてはいるのだが、『ローランの歌』の作者 あるいは写字生が escrierと s'escrierをある文体的効果 を醸 し出す手段 として利用 した可能性が 高い ことはこの論文 をみる限 り疑 いを入れないように思 える。
両者の意味内容か らわかるようにs'escrierは escrierと異な り、主辞が事態 により積極的な態度 を取 っているように読み取 ることがで きる。
受動 用法 の 可能性 :s'engvre l例のみであるが重要である。
‑66‑
90[3](Ⅲ … )veismes nous les letres nostre amei et nostre feal mon
―seingnour[4]Renaut de Bar,chevalier,seellees de son seel en la fourme et en la meniere qui〈 〈
s―
ensieut〉〉ci apr6s:「予 は以下 に従 われ るご とき形 式 と様 式 を もつ、予 の親 愛 で忠実 な る騎 士Renaut de Bar殿自身 が 印章 を押 した公 式 書状 の内容 を確 認 し た」
証 書90は騎 士 Renaut de Bar―
le―
DucがTroyesの伯 爵施 療 院 に寄 進 を行 なった ことをシャンパーニ ュ伯 チボー5世 (Thibaut v)が確認 した ものであ る。 この証書の5行日か ら23行日まで は証書89aがその まま入 る (註 (4)参 照)。
この3‑4行日はその導入部分である。s'ensieutと いうのはDominique Coqの 読みである
(6)。
写本ではsen sieutと区切られている。sieutは間違いなく動詞sivre「従う」の直説法現在3人称単
数形 で あ るが、senは少 な くともシャンパーニ上方言で は中性指示代名詞 の
cen、
あるいは名詞senの可能性がある。しか しcenも senも 意味的に適切では ないため、代名動詞s'ensivre「従われ る。続 く」であると解釈 したのであろう。代名動詞が この場合 に3人称単数形で あるのは もっ とも近 い要素 la meゴere に一致 したためであろう。
Tobler―Lommatzschの 辞典 が代名動詞s'ensivreと してあげる例 は現代語 に極 めて近 い用法であ り、「結果 として起 きる」とで も訳すべ き例文で、証書90 の例 とは異なる :il ne s'ensuit mie Que cil mainent mauvese宙 e,(21 Lie‐
ferung,532,38‑39)。
現代 フランス語 において代名動詞形s'ensuivre以外 で は用 い られな くなっ た この動詞 は古 フランス語では他動詞の用法が一般的であ り、事物が主辞 にも 目的辞 にもなる。Tobler―Lommatzschに は、Ainsi doit on ensievir le voir (同上,531,36)1'uevre ensuit l'ome etla fame(同 上,532,20)の例がある。
上のs'ensivreが選択 され る際の現実 を想定す るな らば、「書状が しか じかの 様式 に従 っている」 とい う事態であろう。その現実 を「従 う」 とい う事態 を受 ける要素である「様式」の視点か ら記号素 に切 りとったのがen la meniere qui s'ensieutであろう。
もし古 フランス語でla letre ensieut la meniere「書状 はその様式 に従 う」
なる構文が文献的に立証 され るな らば (筆者 はその可能性が大 きい と考 えてい るが)、 この代名動詞 は態が選択 された受動用法の代名動詞であると言える。
―‑67‑―
態の中和 :se idndre他
Se iOindreは 1例のみ現れる。
77[2](...)c―est a savoir lou bois seur[3]terre et 10u forlz avec, al―arpent de Champalgne,qui sieent aiolgnant d― urle part a trois cenz arperlz que je lor vendi or ha trois arlz,et joignant a[4]
destre si comme il se一 comporte aioignant de la forest l― abb6 de Saint Pere lou Vif de Senz et tent ver les usaiges aus horrmes d
―Arces,et a senestre[5]〈 くse joint〉〉au bois Saint Pere(...)
「すなわちそれはシャンパーニュのアルパ ンで (測られた
)、
地上の森 林 とその地所のことである。それは一方で3年前に予が彼 らに売却 し た 300ア ルパ ン(の森林)に接 し、右側でもまた接 してお り、SensのSaint―Pierre le Vif大 修道院の森に接 して広が り、Arcesの臣民が用 益権を有する土地の方にも広がる、また左側 はSaint―Pierreの森林 に接する」
証書 77で はse jointがそれより前に現れるaioignant,ioignantと同様の意味 内容で用いられている。古フランス語では代名動詞は分詞 として使用される場 合に、代名詞は一般に省略される、aioignant,joignantはそれに類する。
我々の資 料 体 で は「〜に接 して い る」 とい う現 実 は多 くの場 合seOir aiOignant a,seoir delez等 の表現で表される。 1つ だけ例をあげておこう。
67[3](.… )qui seent[4]〈くaioignant〉 〉
d―
une part a la Petite Raigeuse e delez lou bois de lBiau C「 e (. . .)「 それ (=300アルバ ンの森林)は一 方が Petites RaieuseSに 接 し、 ま たBeauciardの森林 に も接 してい る」
この証書67では aioignant aは 前置詞 delezと 同等 に捉 え られてい る。 こうし た位置関係 を状態 的 に表現 す る形式 に対 して、se joindreな る代名動詞 は疑似 運動 的効果 を持 ってい る と言 える。 しか し証書77と 67の両者 の例 を見 る とわ か るように、se joindre aは seoir delezと い う自動詞表現 と同 じ意味 内容 を も
つ記号素 として選択 された ことがわか る。
ところでいま「AがBを Cに接す るようにする」 とい う現実 を考 えてみる。
この場合、「接す るようにす る」という事態 を受 けとめるBの視点 に立 って現実 を切 りとると証書67や 77の表現「Bは Cに接す る」が現れる。 しか しなが ら そ こで想定 された現実 には疑間が生 じうる。
証書 67と 77に現れ る森林 をある所 に接す るようにしたのは何であるか?こ れは考 えて も結論が出ないであろう。 このように事態 を受 ける要素だけの視点 か らしか現実 を切 りとることがで きない場合がある。態ゼロの文が想定できな いのである。 これを渡瀬 は「態の中和」と呼んでいる(渡瀬 (1991b)(1991c) を参照
)。
また証書77では
se―
comporte aiOignant deが tent ver(=tendre vers) と類似の意味内容を持つ記号素 として選択 されているが、この場合 もやはりse comporter aioignantは 態 に関 して中和 している。以下の証書66のse compor‐terも 同 じである。
66[8](.̲)si com― il apentiz〈〈se comportent〉 〉,(Ⅲ …
)
「同様 にそれ(=修道院長 とその後継者の所有物)は付属建築物 にまで 広が る」
次のs'estandreの 3つの例 も態の中和であると言えよう。
12 [5] (。 . .)Et a―ceste auFnOne paier a touz jourz oblige [6]je moi et mes oirs et le devant― dit paage, tant conl la― devant―dite aurnone〈く
s―
estant 〉〉.(. . .)「 そ して予 は上記 の施 しが続 く限 り、その施 しと上記 の通行税 を、永久 に予 とその後継 者 が支払 うよ うにさせ る義務 を負 うものであ る。」
44[31] (. . .)et Outre l―aigue tant cum [32]li porpris〈 く s
―estent〉〉;(. . .)
「 そ して その囲 い地 が広が る限 り、川 の向 こう側 も」
46[13](.…)et outre卜aive tant con ilく 〈
s―
estent〉 〉;(.…)
「(同上
)」
―…69‑―
受 動 的意 味 内容 を持 つ代 名 動 詞 :se tenir
se tenirは「 自 ら支払 われた こ とを認 め る」とい う慣用表現 の中 に現 れ る。 い ま慣 用表現 とい う用語 で呼 んだが、実 は これ は厳密 な意味 での慣 用 に至 ってい ない。 この表現 には2つの変異体 が存在 す るか らで あ る。
se tenir por pai6型
9[4](.… )des quex deniers li diz Odoz[5]et sa farrme〈 くse tienent por pa五6 〉〉;(. . .)
「そのお金について、上記のOdotと その妻は支払われたことを自ら認 める」
11[8](.̲)desqu6s la ditte[9]Heiluit〈 〈se tient por paiee〉 〉 en deniers cwlstans。
(. . .)
「 そ れ につ い て 、上 記 のHelolsは現 金 で支 払 わ れ た こ とを 自 ら認 め る」
se tenir a paiё 型
8[9](.… )des queis de亜ers ilく〈 se tienent a pai6〉 〉(。 …
)
「 そ の お金 につ い て、 彼 らは支 払 わ れ た こ とを 自 ら認 め る」
80[5](.… )des quex deniers lidiz Herart par devant nousく 〈 se tient a paiez〉 〉 [6]en deniers contarlz。 (.…)
「そのお金 について、上記のErartは現金 で支払われた ことを我々の 前で自ら認める」
上の4つの例か らわかるように、se tenir porと se tenir aとい う2つの相対 す る表現が存在 していた ことがわかる。 これ らの地理的分布 を示す と図2のよ
うになる
(こ
の図には後 に述べ るse tenir por/aの第1人称形 も含 まれ る)。
地図上の左側の棒 グラフはse tenir porを 、右側 はse tenir aの頻度 を表す。
また線分の下 にある数字 は地点番号 を、上の数字 は頻度数 を表す。頻度が極 め
‑70‑
て低いので確実な ことは言 えないが、それで も2つの表現の地域的分布 にはっ き りとした対立があるようには思 えない。
L6gende occurenoes points
[::0∝
・
Points 2 Provins rvreuse ][ I[ffi.,,,
26 Thibaut V
1 2
24 f f 27 282930雨 1
32
se tenir porは ブ リー地方のSeine―
et一
Mame県、地点5 Provins(2例 )とYome県、地点7 Vallery(1例)から東のシャンパーニュ地方、Aube県の地 点17 Troyes(5」lJ)、 地点18 Bar―
str―
Aube(1例)、 地点20 Clairvaux(3 例)、
さ ら に 東 のHaute一Marne県 (地点21 Vignory、 地 点23 Lafertё―sur―Aube全て1例
)、
等 に広 く分布す る。これに対 して、se tenir aは全体で7例現れるが、 その うちの2例は地点17 のTroyesで観察 され る。さらに地点12 Pontigny、地点 16 Trainelで それぞれ 1例ずつみつか る。従 って、Aube県西部 とYome県沿 いに見 られ ると言 えな い こともない。残 りの3回はいずれ もシャンパーニュ伯 チボー5世 (Thibaut
V)の証書 (地点
25、
26)に見 られ る。従 って地点17のTroyesではse tenir por形とse tenir a形が併用 されてい た ことになる。
証書 54 (se tindrent par devant moi por bien pai6) と証星肇44 (se tint
―‑71‑―
図 2 se tenir por pai6と se tenir pai6の 分 布
plainnement a pai6)は 、いずれ も トロワのプンヴォーにより作成 されてお り、
前者が1265年、後者が1256年と年代的 に も近 い点で注 目され る。証書80は 1269年あるいは70年にチボー5世の名で発行 されたのだが、証書の作成地 は Troyesであった。[9](。 ̲)qui furent feites a Troies[10]par nOus
(...)「
(こ
の書状 は)予によって トロワで作成 された」。以上 を考慮す るな ら ば、13世紀半 ばの トロワではse tenir porと se tenir aが併用 されていた事実 は疑 う余地がない。ここではporと aの機能的混 同が どの ような地理 的 あ るいは言語 内的原因 に起因 しているのかを問題 にしない。変異体が存在するという客観的事実のみ を述べるに留める。
ところで不動産売買の証書 において、「売 り手がその代金 を支払われる」とい う事態は、常 にこの se tenir por/aで 記載 されたわけではない。受動態estre pai6も もちろん現れる。
1.主辞が「受領者」
20[3](.…)desquex[4]i VⅡ 。lb.et dimee je〈 くsui paie〉〉en pecune nunbree,(. . .)
「その7.5リ ーヴルについて、私は現金で支払われた」
44[28](Ⅲ … )tant que cil Girausく 〈soit paiOs〉 〉[29]plairlnement des quatre livTes devant dites,(. . .)
「 そのGirautに上記 の 4リ ー ヴルが全額支払 われ るまで」
44 [33] (. . .)se il〈 〈 n―estoient paiё 〉〉au terrnine devant devis6;
「 もし彼 らが先に定められた期 日に支払われなければ」
2.主辞が「お金」
1 [20] (. . .)et cil d.〈 〈 seront paie 〉〉chascun an a la feste saint Andriu.
「 そ して その金 は聖 ア ン ドレ祭 の 日に毎年支払 われ るで あ ろ う」
‑72‑
3[31](..。)cil.XLo s.ne〈〈fussent[32]pai6〉 〉en auctme des foires ou que la maison par aucune aventure fust destruite,(. . .)
「その40スーが定期市の 1つ で支払われなかった り、あるいはたまた まその館が破壊されるようなこと」
84[4](.… )ou ferons rendre la chartre et les lettres de la doite de Reins mes que la doite〈 〈 soit paiee 〉〉dou tout,(. . .)
「予 は借金がすべて支払われた とい う条件で ランスの借金証書 を返却 させ るであろう」
87[12](.…)et cil denier〈 〈seront paiё 〉〉chasctln an a― la feste saint Andriau.
「 そしてその金 は聖アン ドン祭の 日に毎年支払われ るであろう」
い ま仮 に「人1が人2にお金 を支払 う」 とい う現実 を設定 してみよう。 その現 実の中において、受領者である「人
2」
を中心 にして現実 を言語現実 として切 り取 ると、主辞が受領者である例1が生 まれ る。 この場合 にお金 に言及するか どうかは使用者の自由裁量 に任 されている。ところで先に分析 したse te」r por/aは主辞が「受領者」になる例 1の estre pai6型 の受動態を選択 したの と極めて近い現実を切 りとっていることは明白 である。「支払われたことを認める」のであるから、se tenir por/aの構文で主 辞に立つのは「受領者」である。異なる点は述辞 として代名動詞形se tenirが 選択された点だけである。
同一の現実を言語使用者が記号素に切 りとるという観点から発話を分析する ことによって、一見するとなん ら関連性がない と思われ るestre pai6と se tenir por/a pai6が、実は「態」の選択において極めて近い意味内容を有する 範列的単位(mit paradiglllatiques)を 構成する事実に我々は初めて気づ くの である。
se tenir por/aは 3人称だけでな く1人称でも文例が見つかる。
56[3](..。)des quex je〈 〈me tain por paiez〉 〉anterinnemant,
(… 。)
‑73‑