︿論説﹀
中国行政訴訟法の特色と問題点について
中国 行 政訴 訟法 の特 色 と問 題 点 にっ いて 61
はじめに 龍澤
一九八九年四月四日に公布され︑翌九〇年一〇月一日から施行されている中国の行政訴訟法(中華人民共和国行政訴
訟法)は︑比較法の観点から見て興味深いものがある︒それは︑第一に︑同じ東アジアに位置する韓国が八四年一ニ
ハ 月一五日に大幅な行政訴訟法の改正を断行して︑翌一〇月一日から施行しているという点であり︑第二は同じ共産圏
に属していた旧ソ連が一九八七年六月三〇日に行政訴訟法(弓冨¢.OQ◎○︒・菊・ピ9≦8夢①勺お8α舞︒鴨o﹃﹀薯8一ぎσq
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民の権利を侵害する公務員の違法行為についての裁判所への提訴手続に関するソ連の法律)を制定し︑八八年一月一日から施
行したという点である︒
これらは︑一見何らの関係もないようであるが︑実は︑そこには﹁民主化﹂を度外視することができなくなった結
果として誕生したという共通項が存するように思える︒すなわち︑韓国においては︑高度経済成長を国是とした朴正
煕大統領の時代にあっては︑﹁開発独裁﹂を必要悪と認めて︑まずはパイを大きくすることに全力を傾けたために︑
正直︑行政訴訟は能率を阻害するものと映った面を否定できなかったのである︒そこで︑一九五一年に制定された行
政訴訟法の改正の必要性が叫ばれつつも︑三〇年もの間放置されてきた︒しかし︑経済の高度成長は︑同時に国民の
意識をも変化させ︑民主的行政訴訟制度への一里塚として八四年には行政訴訟法の大幅な改正がなされることになっ
たのである︒
また︑共産主義理論の下にあっては︑共産党による権力の掌握それ自体がプロレタリアートの権利に対する適切な
保障であるとされたのみならず︑個人の権利観念にはプロレタリアートの権利とそれ以外の者の権利との区分はあり
ハヨ 得ないので︑行政訴訟制度という観念自体がブルジュア的なものであるという認識が支配的であった︒したがって︑
そこでは行政訴訟制度は階級対立を隠蔽するための偽善的なものと理解されてきたのである︒もっとも︑一九五六年
に起こったスターリン批判は︑行政権の乱用に対する歯止めの必要を痛感させることになり︑一九七七年のソ連憲法
ハる では行政作用に対する司法審査が規定されたが︑行政訴訟法は制定されなかったので︑それは憲法の理念に止まった︒
つひ また︑中国の一九八二年憲法も︑行政訴訟制度の理念を謳いはしたが︑その実現化には至らなかった︒しかし︑中国
にあっては︑七〇年代の後半から始まった﹁開放政策﹂がもはや逆戻りを許さない程度にまで進められるに伴い︑法
制の変革も不可避なものとなったし︑また︑旧ソ連にあってもゴルバチョフが推進したグラスノスチとペレストロイ
カは︑経済体制のみならず法制面における共産主義的理念についても大胆な修正を迫ることになった︒かくて︑共産
主義国のソ連と中国にも︑民主的行政を保障する制度としての行政訴訟法が登場することになったのである︒
ところで︑本年三月をもって︑二〇余年にわたって教鞭を執ってこられた創価大学を定年退職された伊藤満先生は︑
ここ一〇余年の間︑主に西欧における﹁自由・人権﹂の獲得の歴史に焦点を絞って研究されてこられた︒しかし︑先
生のご研究で忘れてはならないものの一つに︑中華人民共和国の成立後間もないときに発表されたその憲法構造につ
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フ いての一連の業績がある︒
本稿は︑西欧での長い闘争の末に獲得された﹁自由・人権﹂が︑その憲法理念を異にする共産主義国の中華人民共
和国でも︑人類の普遍的価値として認められつつある過程を︑行政訴訟法を通じて見ることを企図している︒けだし︑
ヴェルナー(勾憎帥けけN〜〜NΦ﹃5Φ目)がいうごとく行政法が具体化された憲法であるならば︑行政法を見ることは︑その国
の憲法の実際を見ることであり︑まして共産主義イデオロギーによって覆われている国にあっては権利救済の制度で
ある行政訴訟制度にこそ︑﹁自由・人権﹂という憲法理念がどの程度反映されているかを知り得るのに最も適切な素
ハ 材となるであろうからである︒
注(1)韓国の行政訴訟制度の改善の経過およびその内容については︑西尾昭﹁韓国における行政争訟二法の制定と改正﹂﹃同志
社法学﹄三九巻一・二合併号二九八七年)が詳しい︒
(2)ソ連邦の行政訴訟法については︑杉浦一孝隔ソ連における﹃社会主義的法治国家﹄論とその現実態裁判手続による
市民の権利保障を素材として﹂﹃法律時報﹄六二巻一二号(一九九〇年)︑=マoの甑○量}ミミ9ミ沁ミ§ミ
ム織§ミい︑ミ賦§ミ︑ミq︒の.堕肉こ雪げ}ざピ⇔≦ω℃二品一㊤︒︒望を参照されたい︒なお︑ソ連のこの行政訴訟法は︑制定過程
からすでに多くの欠陥が指摘されていて︑いまだ施行前であった一九八七年一〇月に改正されるという異例の措置がとられ︑
更に八九年=月二日にはこれを廃止して(改正ではない)︑新しい行政訴訟法(市民の権利を侵害する行政機関および公
務員の違法行為についての裁判所への提訴手続に関するソ連の法律)を制定して九〇年七月一日から施行した︒
(3)○岳Lα・讐二い
(4)一九七七年のソ連邦憲法五八条は︑﹁①ソ連邦の市民は︑公務員︑国家機関および社会的機関の行為について不服申立て
を行う権利を有する︒不服申立ては︑法律の定める手続により︑その定める期間内に審理されなければならない︒②市民の
権利を侵害する︑違法もしくは権限を越えた公務員の行為は︑法律の定める手続により︑裁判所に提訴することができる︒
③ソ連邦の市民は︑国家組織および社会団体︑公務員がその職務遂行に際して犯した違法行為によって生じた損害の賠償を
求める権利を有する﹂と定めていた︒
(5)一九八二年の中国憲法四一条は︑﹁①中華人民共和国公民は︑いかなる国家機関またはその職員に対しても︑批判および提
案を行う権利を有し︑いかなる国家機関またはその職員の違法行為および職務怠慢に対しても︑関係の国家機関に訴願︑告
訴または告発する権利を有する︒ただし︑事実を捏造または歪曲して謳告陥害をしてはならない︒②公民の訴願︑告訴︑ま
たは告発に対しては︑関係の国家機関は事実を調査し︑責任をもって処理しなければならない︒何人も︑それを抑圧しまた
は報復を加えてはならない︒③国家機関またはその職員によって公民の権利を侵害され︑そのために損失を受けた者は︑法
律の定めるところにより︑賠償を受ける権利を有する﹂と規定している︒
(6)本年三月二五日に出版された伊藤満先生の﹃自由・人権確立への道﹄(一九九二年︑信山社)は︑伊藤先生のこのような
研究の成果の一部であり︑この研究の続編として︑本年中に﹃近代憲法の源流を訪ねて﹄(仮題)が︑同じ出版社から出さ
れる予定であると伺っている︒
(7)伊藤満﹁中華人民共和国憲法研究序説﹂﹃政経論叢﹄四巻三号(一九五四年)︑同﹁憲法体制原理としての民主集中制
‑中国憲法の}断面その一1﹂﹃政経論叢﹄五巻三・四合併号(一九五五年)︑同﹁中国憲法おける﹃人民﹄と﹃公民﹄中国憲法の一断面その二﹂﹃政経論叢﹄六巻一号二九五六年)︑同﹁少数民族の憲法的処遇i中国憲法の一
断面その三i﹂﹃政経論叢﹄六巻三・四合併号(一九五七年)が︑それである︒
(8)このような観点から︑本稿では︑中国の行政訴訟法そのものを考察することよりも︑日本の行政訴訟法の体系を西欧型の
一つのモデルと見なして︑その体系に沿って中国のそれを考察するという方法をとった︒本稿は︑南博方教授の一連の研究
(これらについては︑該当の箇所でそれぞれ明記した)に刺激されて執筆したものでもあり︑正直︑南教授の研究の不鮮明
な焼き直しの感もある︒しかし︑外国法の研究に際して︑その整理の仕方の多様性が求められるとすれば︑本稿の存在も少
しは意味があるのではなかろうかと思い︑中国で最近に発表された論文などもできるだけ参照して︑ここに執筆した次第で
ある︒
(1)中国における行政訴訟法の制定経過
新中国における行政訴訟制度の萌芽は︑すでに一九四九年一二月に中央人民政府委員会が批准した︽中央人民政府
最高人民法院試行組織条例︾で︑最⊥口同人民法院に行政審判廷の設立を規定したことに始まるが︑当時は建国まもない
時期であったために︑刑事審判の任務が重く︑また審判人員の不足などにより︑行政審判廷は設立されないままになっ