韓 国 に お け る行 政 審 判法 の特 質 と問 題 点 につ いて 69
︿研究ノートv
韓 国 に お け る 行 政 審 判 法 の
特 質 と 問 題 点 に つ い て
目次
一はじめに
二行政審判法制定の経緯
三行政審判法の主要内容
四行政審判法の問題点
五おわりに
付﹁行政審判法﹂(訳)
サ 龍 澤
一はじめに
( 1 )
韓国は︑一九八〇年の第五共和国憲法の制定を契機として︑﹁先進祖国の創造﹂の合い言葉の下︑種々の面でめざましい変貌をとげつつある︒かつては﹁漢江の奇跡﹂と謳われ︑近時は
﹁ライジング・ドラゴン﹂と恐れられさえしている高度経済成
長が︑また昨年は︑中国の参加を得て盛大に開催された﹁第一
〇回アジア大会﹂の成功が︑世界の耳目を集めた︒しかし︑そ れらの光の部分が強く照らし出されればされるほど︑影の部分
もより一層黒く浮び上がるのは当然の理でもある︒例えば︑高
度経済成長については︑いまや韓国にあっては﹁パイ﹂の大き
さと同時に︑その﹁パイ﹂の配分の仕方が論じられる段階に至っ
たことが︑最近の労働運動の激化の一要因をなしていると思わ
れるし︑また︑来年に控えたソウル・オリンピックも︑一歩間
違えれば︑国際社会における地位の向上どころか︑南北の対立
をより熾烈化させかねないであろう︒
昨年︑フィリピンでマルコス政権が崩壊したとき︑アメリカ
のある新聞が︑﹁ソウルは東京に向うのか?それともマニラ
に向うのか?﹂と疑問を投げかけたとのことであるが︑いまま
さに韓国は︑近代の激動の渦に巻きこまれて植民地となってし
まった国が︑先進国になり得るのかとの歴史的大実験の成否の
岐路に立っていると言える︒前述した光と影は︑かつて日本に
より植民地にされた苦い経験を持つ韓国の﹁近代化﹂を目指し
( 2 )
ての試行錯誤の結果であり︑途中経過の採点表である︒しかしながら︑いまや︑国内的にも︑国際的にも︑また政治的にも︑
経済的にも︑いつまでも韓国を﹁発展途上国﹂の段階にとどめ
おくことはできなくなってきている︒韓国に今日求められてい
ることは︑﹁先進国﹂となる最後の階段に足を掛けることであ
り︑それは︑これまでの﹁民主﹂を犠牲として﹁能率﹂のみを
追及してきた政策から︑﹁民主﹂と﹁能率﹂の調和を求ある政
策へと転換することであると思われる︒かくしてこそ︑﹁先進
祖国の創造﹂も現実味を帯びるのではなかろうか︒けだし︑﹁先
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進﹂という語が如何に多義的であっても︑﹁民主﹂という要素
は不可欠なものに違いないからである︒
このような政策への転換は︑幸いにも︑公法の分野において
は︑徐々にではあるが︑その歩を進あているように思われる︒
その実例としては︑一九八〇年の第五共和国憲法の制定︑一九
( 3 )
八三年の立法量口制喫雄本年度中に制定が予定されている﹁行政節次(手続)法﹂︑同じく本年度中に実施される予定の( 5 )
﹁地方議会の構成﹂︑そして︑本稿で取り扱う﹁行政審判法﹂の実施があげられる︒
本稿は︑法制の近代化の過程で︑最も強く日本の影響を受け
た韓国が︑如何にその影響を止揚しようとしているのかを見る
たあの素材を提供すべく︑一九八五年一〇月一日に施行された
韓国の﹁行政審判法﹂の主要内容と︑その間題点を指摘するの
に目的がある︒従って︑よりその実をあげるために︑本稿末に︑﹁行政審判法﹂を訳出して収録した︒
注(1)第五共和国憲法については︑拙稿﹁韓国第五共和国憲法研究序説﹂(伊藤満編著﹃憲法をじっくり考えよう馳(九月書房︑一九八〇年))
所収を参照されたい︒
(2)﹃ZΦ≦ω≦Φ①ご(口本語版)第一九号(一九八六年)は︑﹁学生パ
ワーに燃える韓国﹂という特集を組んでいるが︑その特集記事の最
後を︑﹁この決定的な数年を無事に乗り切れるかどうかの見極めが
ついて初めて︑韓国が本当に奇跡を成し遂げたかどうかがはっきり
するだろう︒﹂という言葉で締め括っている︒
(3)この制度は︑大統領令である﹁法令案立法予告に関する規程﹂(一
九八三・五・一大統領令第一一=二三号)によって定められた一般 的な行政立法手続であり︑行政手続法が制定されるまでの暫定的な
制度であるといえる︒その内容は︑(i)立法予告制は︑国民の日
常生活と直接関連する法案の内容を立法に先立ち国民に予告するこ
とで︑国民の立法参与の機会を拡大して︑立法の民主化を期し︑法
令の実効性を高め︑国家政策遂行の効率化を図ることを目的とする(同規程一条)︒("u)立法予告は︑すべての法令案に対してなされ
るのではなく︑国民の日常生活と直接関連する法令案から段階的に
実施され︑漸進的に拡大実施されるようにしているが︑まず︑①学
事制度︑②公衆衛生︑③環境保全︑④農地その他の土地制度︑⑤国
土計画および都市計画︑⑥建築︑⑦道路交通︑⑧行政審判︑⑨国家
試験︑⑩その他多数の国民の日常生活と関連する重要分野の事項に
関する法令を制定・改正・廃止しようとするときには︑当該立法案
の提案を主管する院・部・処・庁の長が予告するようにした(同二
条︑三条一項)︒但し︑このような法令案においても︑緊急を要す
る場合︑立法の内容の性質その他の事由で予告の必要がないか︑或
は困難な場合︑上位法令の単純な執行のためのものである場合︑ま
たは予告することが公益に重大な影響を及ぼすと認あられる場合に
は︑立法予告を行なわないことができるようにした(同三条二項)︒
(⁝㎜)立法予告は︑法令案の立法趣旨・主要内容を項目別に官報ま
たは日刊新聞に記載して行ない︑必要な場合には当該法令案の草案
を一緒に記載することができ︑当該法令案の内容に関して直接的な
利害関係があると認められる団体︑その他の者には職権または申請
により予告事項を個別的に通知することができるようにした(同四
条)︒(V)立法予告期間は︑予告時に定め︑特別の事情がない限り
二〇日以上とする(同五条)︒(v)利害関係人は誰であれ︑予告さ
れた法令案に対して書面で意見を提出することができ︑提出された
意見は内容別に分析して︑重要事項に対する意見はその処理結果を
法律案または大統領令案の場合には国務会議上程案に添付し︑総理
令案または部令案の場合には法制処に提出するようにした(同七
韓 国 に お け る行 政 審 判 法 の特 質 と問 題 点 に っ い て 71
条)︒(V)立法予告手続は︑国民の日常生活と直接関連される法令
案においては立法予告と意見提出の機会を一定の例外の場合を除外
しては必ず付与するようにしたが︑公開聴聞を行なうかどうかは︑
主管機関の裁鐙に委ねて︑主管機関が必要であると認めるときにの
み行なうようにした(同八条)︒立法予告制について詳しくは︑朴
銃祈﹁行政節次‑立法予告制暑中心6一呈﹂﹃考試界﹄三ニヒ号
(一九八四年)所収︑を参照されたい︒
尚︑本稿で扱う行政審判法も立法予告の対象とされ︑立法予告の
手続がとられたが︑その結果等については︑拙稿﹁日・韓両国にお
ける行政争訟制度改配の経過についてー﹃訴願法﹄から﹃行政不
服審査法﹄と﹃行政審判法﹄へi﹂(﹃創大アジア研究﹄第八号(一
九八七年)所収︒以ド︑﹁経過﹂と略す︒)に︑簡単に述べているの
で参照されたい︒
(4)昨年(一九八六年)の一〇月四日に河中自治振興財団研修室で催
された︑徐元宇・ソウル大学教授の﹁韓国における行政手続法制定
に関する諸問題﹂と題する講演によると︑本年中に﹁行政節次法﹂
の最終的法案が確定するとのことである︒尚︑韓国の行政手続法研
究の実情を見るものとしては︑拙訳・金伊烈﹁韓国における行政手
続の実証的研究﹂﹃創価法学﹄第一四巻第二号(一九八四年)所収
がある︒
(5)もっとも︑最近の報道によると︑憲法改正問題との絡み合いで︑
本年度中の実施は必ずしも楽感を許さなくなってきたということで
ある︒韓国の地方行政については︑拙稿﹁韓国における地方行政の
変遷と現状ー最近の地方議会構成の論議を契機としてー﹂﹃創
大アジア研究﹄第五号(一九八四年)所収︑同﹁韓国地方自治法に
おける邑・面自治制から郡自治制への改正についてー地方自治団
体の区域適性化のための一考察としてー﹂﹃創大アジア研究﹄第
六号(一九八五年)所収︑を参照されたい︒
二
( 1 )
行政審判法制定の経緯韓国は︑制憲憲法第八一条一項に基づいて︑行政行為に対す
る司法審査制を確立すべく︑一九五一年八月三日に﹁訴願法﹂
を︑同年八月二四日に﹁行政訴訟法﹂を︑各々制定し︑ここに
﹁行政審判﹂は︑行政訴訟の前審手続として定着するに至った︒
以後︑この訴願法は︑一九八五年一〇月一日に﹁行政審判法﹂
の実施により廃止されるまで︑一度も改正されることなく﹁行
政審判﹂の一般法として存続してきたのである︒訴願法の内容
( 2 )
についてはすでに他の機会に論じているので︑ここでは省略するが︑一言でいえば︑﹁訴願法は︑訴願事項に関する点(韓国
の訴願法は一般概括主義を採用していた⁝⁝筆者)を除外して
見れば︑日本の旧明治訴願法と根本的に異なるところのない内(3)容のもの﹂であったと言うことができる︒もっとも︑日本の旧
明治訴願法が制定後数年を経ずして改正の声を浴びるに至った
( 4 )
主な原因が︑その列記主義の規定であったことを顧慮するとき︑韓国の訴願法は︑日本のそれよりも一歩進んだものであったと
言うこともできようが︑当時日本にあっては既に訴願法の根本
的改正が幾度も主張され︑またそれが時間の問題に過ぎなかっ
( 5 )
たことを考えれば︑これは余りにも安易な模倣であったとの感も否めない︒だが︑近代化への歩みをはじめた時期に︑不幸に
も日本の植民地となってしまった韓国にとっては︑法における
近代化の過程において︑かつての支配国である日本の法制度を
模倣したことは︑決して不自然ではなく︑むしろやむを得ない