︑
56
轟
カ ナ ダ に お け る 片 親 家 族 の 問 題
西村洋子
目次
はじめに,
一︑片親家族の特性
二︑片親家族の発生とその要因
はじめに 三︑離婚・別居の増加と制度ー離婚法の改正
四︑片親家族の問題性おわりに︑
のか?家族とは︑家庭とは一体何なのか?形骸化した家族
に真の家庭︑個人の幸福は存在しているのだろうか?とい
家族は人類共通の︑旧くから社会のもっとも基本的な生
活単位集団であり︑制度の一つであるとされる︒その構造
は︑婚姻と血縁からなる異質な成員構成を持つゆえに潜在
的矛盾をはらみつつ︑それゆえにかえって強固な感情融合
と福祉追求を生みうる生命生産の場とされてきた︒しか
し︑その構造と機能は︑社会的・文化的背景によってあり
方を変え︑歴史的推移と共にその意味をも変えるといえる︒
今日の急激な社会変動︑都市化や産業主義の高まりは︑
家族の存在に脅威を与え︑家庭の生き残れるチャンスを奪
うかにみえる︒家族は本来人間の生存と繁栄に絶対必要な った疑問が突きつけられるようになった︒あまりにも慣習
上︑制度上︑当然であり必然であるとほとんどの人々が信
じてきた家庭が︑さまざまな危機にさらされ︑当為に安住
していられなくなっている︒家族生活はまさにその内外か
ら解体と崩壊の危険にさらされているといえよう︒
強い家族志向︑家族主義が社会の基底部にあり︑社会を
支え︑個人を支えているとみられるわが国だが︑旧家族制
度の解体︑家意識の衰退︑価値観の変容は︑家族の構造や
機能に変容を迫り︑産業主義の高まりと共に︑家庭生活に
さまざまな遅れ︑ひずみ︑ゆがみを現出し︑家庭を過渡的
喝{㌻爵
}Od
57カ ナ ダにお け る片親 家族 の問 題
な不安と混沌の渦中におとしめている︒︑
一方︑わが国よりはるかに以前から長い歴史の中で個人
主義志向を培ってきた欧米の先進諸国でも近年の家族生活
の危機は著るしいという︒産業主義の強まり︑高度な文明
化がかえ?て家族の構造・機能を弛緩させ︑解体させ弱め
ているかのように見える︒高度な社会福祉を誇る国々で︑
また社会主義の国でも︑そのプロセスは異っても︑同じよ
うな現象は見うけられるという︒
自由主義社会で︑個人の自由と尊厳の追求の名のもとに
押し進められる様々の発見や施策︑しかしその結果として
の家族の解体や家庭の崩壊がある一方︑個人の幸福と繁栄
のための基盤とされる家庭生活強化の方途も︑また蒔いた
種は自らの手で刈り取るために種々検討されているのも事
実であろう︒
たとえば︑西欧先進国では︑家族の福祉追求的機能の負
担を軽減するための様々な社会保障や個人生活の充足のた
めの保護を推進しているという︒また︑家族という枠が個
人の拘束を強めないために法や慣習の改変をしつづける︒
それがひいては皮肉にもぽらばらな個人の集まりだけの愛
情や欲望を充すだけの家庭になってしまうこともあろう︒
そのため︑一方では宗教団体や世俗団体や多様な団体や個
人が︑社会の精神的支援を頼りに︑弱体化しつつある家庭 や個人を懸命に補強もようとしている︒ボラソティア活動
やコミュニティ活動の発達は目ざましいものがあるとい
う︒こうした状況は︑二律背反であり︑ジレンマであろ
う︒しかし︑いずれにしても社会の動きと人間の生活があ
るかぎり︑その対策も動きをとめるわけにはいかないので
ある︒
家族は︑通文化的な性質をもつとともに︑多かれ少なか
れその背景に特有の社会文化的な風土︑慣習等を反映させ
ている︒あるいは国家のしくみや政策に強く影響される
し︑またそれらも家族のあり方や人々の価値観や態度を反
映してもいる︒今日︑わが国では︑離婚の増加︑夫や妻の
蒸発︑親子関係の断絶︑孤独老人︑尊属殺人︑心中など家
族内の病理的現象が顕在化している︒こうした現象は︑個
人の病理︑家族の病理であると同時に︑それらを発現させ
る社会の病理でもあろう︒
本稿の主題であるカナダにおける片親家族の問題は︑カ
ナダという国の独特の風土や社会制度︑丈化的背景からな
る社会の家族のあり方と関係する︒また︑近年増大する産
業主義のもとで︑さまざまな問題を現出させている先進資
本主義諸国共通の家族問題の一モデルでもあろう︒
ちなみに︑家庭崩壊の最たる現象とみられている離婚
(1)は︑わが国では昭和五二年には︑前年より五千件増加し︑
ρ
!
58
結婚が三九秒に一組誕生するとの勘定になるとすれば︑離
婚は四分四秒に一件が成立したという︒死亡率︑婚姻率共
に史上最低となり︑平均寿命もはるかに伸びたのに︑逆に
離婚率(人口千人当たり)のみは一・↓四人で昭和年代の
最高となった︒外国では︑アメリカの四・六二︑スウェー
デンの三・三三︑イギリスの二・一四で︑それらには未だ
およぼないがわが国の今後一層の増加は予想される︒ま
た︑全婚姻数に対する離婚割合では︑一九七五年には︑日
本で九件中一件︑アメリカで三件中一件︑カナダでは四件
(2)中一件の離婚があったという︒家族はもはや少なくとも強
固な婚姻関係から成り立つものとはいえなくなっている︒
どころで︑片親家族は形態としては婚姻関係の欠落し
た︑親子という血縁関係のみからなる家族である︒それ
は︑形成されるまでに多様な原因︑葛藤︑崩壊へのプロセ
スが予想され︑形成以後にもまたさまざまな問題を内包す
ると考えられる︒片親家族という現象は︑今日の増加傾向
の背後に︑家族観︑結婚観︑親子関係のあり方を反映させ
ているといえる︒
カナダの片親家族の問題身通じて︑今日の家族の方向性
を探る一助にしようどいう意図で本稿をまとめてみる︒本
稿は昨一九七七年夏︑カナダの中心的都市となりつつある
トロント市の都市病理に関する共同研究調査の一環として 実地調査した結果による︒この調査のうち︑筆者は主とし
て︑家族問題に焦点をおき︑家族観︑結婚観︑離婚観や離
婚の現状︑単身者や片親家族の問題︑児童福祉関係の問題
等を検討しようとした︒そのため︑既存の丈献資料の収
集︑関係機関や施設などの訪問見学︑関係者との面接など
を中心に︑通常の広範な人々との接触も試みた,のである
が︑言葉のハソディという最大の難関︑ただしたとえそれ
を無視しえたとしても︑望ましい統計︑資料︑丈献は此方
の能力もさることながら︑乏しさや遅れも見られて思うよ
うに得られなかった︒本稿での片親家族の問題は︑調査の
一端として︑また筆者の研究の端緒として一応の中間報告
としてまとめられたものである︒'
■︑片親家族の特性
片親家族(o昌Φら9︒器曇貯日鵠団)は︑今日別に新しい現
象であり︑存在であるとはいえない︒恐らく家族という集
団や制度の存在と同じに旧いであろう︒それだけに︑片親
家族は両親の揃った家族に比して︑生活上の諸側面でより
多くの困難さを経験してきたともいえよう︒殊に今日産業
化︑都市化の進転の中で核家族の顕在化と増大は︑片親家
族を容易に出現させる︒ために︑片親家族はいっそうの困
難にさらされる傾向が強くなったといえよう︒とはいえ︑
唖覗,鼻
bム
/
59カ ナ ダ に お け る 片 親 家 族 の 問 題
すべての片親家族が重大な生活障害や問題を現出させた
り︑不幸であったとか︑あるいは片親家族という形態自体
が問題であるとか︑奇態で逸脱した家庭生活がみられると
して特殊視され︑軽蔑される必然性はないのである︒
一般に︑片親家族は父子家庭︑母子家庭などと称される
が︑その潜在的問題点としては︑子どもの養育保護と家政
の維持管理があげられる︒元来︑家族は夫と妻︑子にとっ
て父と母が共に存在して︑さまざまな役割分担により各種
機能を果していくものとされる︒しかるに片親家族では︑
それらすべてが片親に負担されねばならなくなる︒殊に父
子家庭では︑仕事を外に持つ父親にとって家政の維持管理
が︑母子家庭では生計維持のための経済に困難さがある︒
しかしこれは︑夫婦家族を基本とする考え方であり︑拡大
家族のように他の親族同居者がいる場合︑あるいは広範で
強固な親族網がそれらの家族を包容する場合には︑また異
った状況も生じて来よう︒
片親家族という現象が目新しいものでなくとも︑その現
象のはらむ問題性の顕在化︑さらに片親家族の出現自体が
顕著になったのは︑ごく近年といえよう︒つまり︑拡大家
族の衰退と減少が︑片親家族に対して︑両親家族に対す
るよりももっと多くの損失をさせるようになったからで
(3)ある︒拡大家族であれぽ︑多くの支援や援助が︑特に死別 家族に対しては︑他の親族によって果され︑補充機能が果
されやすいからである︒しかし︑近年では︑家族は創り形
成するもの︑子どもは生み育てるものとして個人の主体的
な意図が中心的なものとされるようになってから︑片親家
族もまた形成されるものととられるようになった︒離婚の
増加︑未婚の母の増加は︑必然的に片親家族を形成する要
因となり︑その責任もまた家族の成員個人に担われねばな
らなくなった︒
ところで︑片親家族という現象を明確に定義づける用
(4)語はまだ無いといえる︒カナダのJ・スプレイは︑片親家
族は︑一般に﹁破綻家庭(び弓o犀Φ亭げo目Φ)﹂とか﹁不完全
家族(官oo日覧Φ8賦目出団)﹂といったものと相互互換的
に用いられるとする︒しかし︑実際にはこれらを正確にあ
てはめるとすると︑'それぞれ多少異った状態にある︒つまり︑﹁破綻家庭﹂では漸増している未婚の母家族は除外さ
れ︑一方﹁不完全家族﹂というには︑正しくは生物学的父
'が不明という意味で未婚の母家族のみが該当するにすぎな
くなるからであるとみる︒すなわち︑﹁不完全家族﹂とみ
なすには︑離別家族や死別家族はいなくなった片親が︑遺
された家族に重大な形跡を未だとどめていることがあると
いう事実から︑社会学的にみて不完全家族とはいい難いか
らである︒