弘前大学教育学部教育保健講座
Department of School Health Sciences, Faculty of Education, Hirosaki University はじめに
アメリカの保健学習は教科「保健体育」や「保健」
として独立した教科の中で指導されており、日本と同 様の教科形態をとっている。これは教科横断的な形式 で保健学習を行うヨーロッパ諸国と大きく異なる点で ある。日本の学習指導要領に近いアメリカの「全国 保健教育スタンダード(以下、全国を米国とする);
NHES」は、 1995年に初版(全80頁)が米国癌協会か
ら出版された
1)。その後、2007年に改訂され、第2版 が発行された(全122頁)
2)。CDC(米国疾病対策予 防センター)は、HECAT(保健教育課程分析ツール)
を2007年に公開し、発行した(2008年12月から CDC のホームページからダウンロードできるようになった が、9構成要素になったのは2009年に入ってからであ る。また10要素目はまだ作成中である。)。本研究の目 的は、この2つの文献について紹介し、日本の学習指 導要領改訂の方針と比較し、今後の保健学習の課題を 検討することである。
方 法
それぞれの冊子を翻訳し、日本の学習指導要領と比 較検討を行った。検討した文献は以下の通りである。
1)The Joint Committee on National Health Education Standards (AAHE, ASHA, APHA, SSDHPER) . National Health Education Standards: Achieving
Health Literacy. American Cancer Society. 1995 2)The Joint Committee on National Health Education
Standards (AAHE, ASHA, APHA, SSDHPER) . National Health Education Standards; second edition : Achieving Excellence. American Cancer Society. 2007 3) CDC (U.S.Department of Health and Human Services,
Centers for Disease Control and Promotion) . HECAT
(Health Education Curriculum Analysis Tool) . 2007
結果及び考察
1.米国保健教育スタンダード (NHES. National Health Education Standards) (注1)
⑴ 教育の変化:アメリカでは、1990年代はじめか ら、全国の児童生徒の学力向上のために、一連の教育 改革を行ってきた。1989年に、ブッシュ大統領と全米 州知事連合が第1回教育サミットを開催し、「全国共 通教育目標」を形成するという合意が得られた。1994 年には、連邦の教育改革法である「2000年目標:アメ リカ教育法」(クリントン大統領)が制定され、米国
アメリカの保健学習の動向と日本(1)
-全国保健教育スタンダード(第2版)と HECAT -
Recent Trends in School Health Education in America and Japan(1)
― National Health Education Standards (Second Edition) and HECAT ― 面 澤 和 子 *
Kazuko MENZAWA
*要旨
2007年以降に大きな変化が見られたアメリカの保健教育の動向をとらえるために、第2版全国保健教育スタン ダード(2007)と HECAT(保健教育カリキュラム分析ツール)(2007)を翻訳し、最近のアメリカの変化の状況を とらえることを試みた。また日本の学習指導要領もアメリカとほぼ同時期に改訂されていることから(2008)、2 つの国の改訂の違いについて比較検討を行った。その結果、カリキュラム構成上の系統性、及び到達目標について の考え方の違いが明らかとなった。
Key Words:America, National Health Education standards, second edition, HECAT
文部省は芸術、公民と政治、経済、外国語、地理、歴 史、科学のモデル・スタンダードの創設に予算をつけ た。2002年には、1965年の初等中等教育改革法の改正法 である「落ちこぼれを作らないこと」を理念とした
“No Child Left Behind Act ”を成立させた
2)。本来、ア メリカでは教育についての権限は各州にあり、全国的 に統一されていない。しかし、最近はスタンダードの 作成に見られるように、全国的な基準を設けるように なってきた。このような動向の中、保健教育において も、1993年に全国保健教育団体と専門家が招集され、
1995年に初版「全国保健教育スタンダード(NHES)」
1)
が出版された。
⑵ 保 健 教 育: 保 健 教 育 は 包 括 的 学 校 保 健 教 育
(Comprehensive School Health Education (K-12)) と 言 われるが、CDC/DASH (Centers for Disease Control and Prevention/ Division of Adolescent and School Health:米 国疾病対策予防センター・青少年学校保健部)の調整 的学校保健プログラム(注2)を構成する重要な8要 素の1つになっている。それから10年後、ほとんどの 州や多くの学区が NHES を導入、または適用するよ うになった。2004年に NHES の再検討・改訂委員会 が招集され、2007年に第2版
2)が発行された。第2
版はカリキュラム、授業、評価を一体とした構成に なっている(図1)。
初版 NHES(1995年)では、「ヘルスリテラシー」
(注3)が“包括的な保健教育”の主要な成果と見な された。「ヘルスリテラシー」の定義は、「人々が、基 本的な保健情報やサービスを獲得し、説明し、理解す る知的能力であり、健康を高めるためにそれらの情報 やサ-ビスを使うことができる能力である」(1990年 専門用語委員会)と解説されている
1)。第2版 NHES においても、「ヘルスリテラシーは重要である」と述 べられてはいるが、それよりも、第2版の保健教育の 目標は、“健康的な行動を身につけて、持続すること”
が、より重視されてきた点が特徴である。この目標を 達成するための教師の役割は、次のような4つの支援 をすることであると記述されている
2)。
①有効な保健情報を教えること(不可欠な概念)、
②児童生徒が健康的な行動を支える個人の価値を見出 すこと、③児童生徒に健康的なライフスタイルを重視 する集団規範を育てること、④児童生徒が健康を高め る行動を身につけ、営み、維持するのに不可欠なスキ ルを身につけること。
「知識」は最も重要で長い間支持されている保健教
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図1 米国保健教育スタンダードの実行図 (NHES 第2版,17,2007)
( National Health Education Standards, second edition, Achieving Excellence. 17. 2007)
育の理念や概念を含んだものである。不可欠な「スキ ル」には、健康を高める行動を実践したり、取り入れ たりできるように、分析とコミュニケーションが含ま れている。もし保健教育の目標が、児童生徒が健康的 な行動を身につけて持続することなら、教師にはその 行動に焦点を当てた行動の成果についての情報が重要 となる。しかし NHES は特定の行動に焦点を当てて いるわけではなく、教師やカリキュラム専門家が、彼 らの児童生徒の特有のニーズに応じて健康的な行動成 果に焦点を当てられるように枠組みを提供している。
⑶ 第2版NHES:第2版NHESには8つのスタ ンダード(基準)が示されている(注3)。初版NH ESでは基準は7つであった。基準が1つ増えた理 由は、初版NHESの第6基準に「意志決定スキル」
と「目標設定スキル」の2つが含まれていたのを、そ
れぞれ独立させて示したためである(図2参照。文献2)
11頁)。
各基準は次のように構成されている。1.基準(the standard)、2.論理的根拠(a rationale statement)、3.到 達 目 標( 学 年 段 階 ご と に まと め て 示 さ れ て い る performance indicators)。学年区分が初版より細かくなっ た。第2版では、就学前(Pre)、幼稚園(K)から第12学年
(高校3年)までの学年は次の4つに区分されている。
①就学前(Pre)-幼稚園(K)-2学年、②3-5学年、
③6-8学年、④9-12学年である。
表1に、日本の小学校の保健学習のスタートとなる 小学校3・4年生と対比させるために、アメリカの
「3-5学年」の場合の、8つの基準と到達目標を示 した。また表2には基準1の4学年区分ごとの到達目 標と、表示例を示した。
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図2 米国保健教育スタンダード(NHES,第2版)と保健内容領域,危険行動との関係
表1 米国保健教育スタンダード(第2版), (Natinal Health Education Standards, second edition,40-42,2007)
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表2 保健教育の到達目標の例
(National Health Education Standards, second edition, Achieving Excellence. 12. 2007)
(注1)本論文では、NHESの冊子全体を指す場 合はスタンダード、1~7、又は8の各スタンダー ドを指す場合は「基準」とする。
(注2) 調整的学校保健プログラム (Coordinated School Health Programs):CDC/DASH が、先に作成 した「包括的学校保健プログラム 」(Comprehensive School Health Program, 1987) を変更して、1998年に 公表したプログラム。「包括的…」は、8要素から 構成された学校保健を全体として行うという考え方 のプログラムで、導入を決めた州には予算をつけて 実行を促して来たが、8要素を一括して同時に実施 することが困難で予算がかかるものであった。そこ で、1998年に8要素のいくつかを組み合わせて実施 するという「調整的学校保健プログラム」に変更さ れた。
(注3) ヘルスリテラシー:「ヘルスリテラシーと は、人々が基本的な保健情報やサービスを獲得し、
説明し、理解する知的能力であり、健康を高めるた めにそれらの情報やサ-ビスを使うことができる能 力のことである」(1990年専門用語委員会)
1)2.米国保健教育カリキュラム分析ツール(HECAT;
Health Education Curriculum Analysis Tool)
3)⑴ HECAT の成立:HECAT は2007年発行とされて いるが、2010年1月現在も項目が追加されており、完 成はしていない。作成の目的は、次の通りである。
「保健学習の成否はカリキュラムによって大きな影響 を受けるので、その選択や開発は、極めて重要であ る。しかし、そのプロセスは構成や焦点が定まってい ないために、カリキュラムが不十分で、効果のないこ とがある。HECAT は、カリキュラムの選択や開発の 過程及び方法を提供するものである。」
3)。
HECAT は次の4つの文献他を参考にして作成され た。
①「CDC 学校保健プログラム指針」の成果(主要保 健トピック領域(喫煙、栄養、運動、障害と暴力)に おける有効なプログラムの一般的特色を示したもの)、
②初版の NHES、③米国文部省(安全と薬物のない学
校担当室)と DHHS(国立薬物乱用研究所)の手引 き、④保健教育研究者・研修所の専門的知識・技能。
対象者は次の4つである:①州・地方教育庁、②学 区・学校・地域の教育課程委員会や教育者、③ NGO 䇭㆐⋡ᮡ㩷㩿ዞቇ೨㪄ᐜ⒩㪄䋲ᐕ↢䋩
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やカリキュラム開発の会社、④大学の教員養成機関。
⑵ HECAT の概要:表3に HECAT の概要を紹介す るために、目次を示した。少し説明を加えると以下の とおりである。序文には、HECAT の概要が示されて いる。第1章には、使い方の全体的説明や手順、第2 章は、一般的なカリキュラム情報として、使い方の説 明とチェックシートが示されている(次のような項目 について、一覧表にチェック又は点数を記入する。一 般的なカリキュラム情報シート:内容、学年等)。第 3章には、全体要約用紙(予備的カリキュラムの配慮
(正確さ、重要性、実行可能性、経済性)、保健教育カ リキュラムの要素、授業目標、教材、カリキュラムデ ザイン、教授方法・教材、積極的保健行動の基準や価 値を高めること、特定の Module(構成要素)ごとに、
基準1~8についてのスコアを記入する。)が示され ている。第4章は予備的カリキュラムの配慮、第5章 はカリキュラムの要素、第6章はカリキュラム分析の モジュール(構成要素)が10示されている。2009年2 月には9つになったが、2008年9月は7つで、でき次 第追加されるというまだ作成の途上にある(2010年1 月)。現在は、AOD(アルコールと薬物)、HE(健康 的な食事)、MEH(精神的・情緒的健康)、PHW(個 人の健康と状態)、PA(身体的運動)、S(安全)、SH
(性と健康)、T(たばこフリー)、V(暴力)の9モ ジュール。残る1つのモジュール CHE(包括的保健 教育)は、今後、でき次第追加される。
表4に、第6章モジュール PHW「個人の健康と健 康な状態」について、「基準1」の「就学前から2年 生段階」の分析項目を示した。同様に表5には「3-
5年生段階」の同じ内容の分析項目を示した。
3.日本の学習指導要領との比較
日本の学習指導要領では、〔小学校第3学年及び4 学年〕の場合、目標と内容は、表6のように示されて いる。
日本では学習指導要領で全国一律に保健学習の目標 と内容が定められている。教科書会社(執筆者)の工 夫で、示される資料や本文以外の記載内容(資料、課 題など)に限られたスペースで特色を持たせているも のの、本文の内容には拘束性がある。また米国と異な り、内容に選択の自由はなく全国一律である。目標は 教科目標であり、児童生徒に身につけさせたい到達目 標として示されていない。学習指導要領に示された領 域・分野の学年目標や内容と評価とは必ずしも対応し ていない。教科目標は、小・中学校ともに「思考力・
判断力などの資質や能力を育成すること」と方向目標 として示され、内容についての記述の最初に「…につ いて理解できるようにする」と示されている。米国の ように目標を保健行動に重点を置くことについては議 論しつつ、日本でも合理的な教育課程と到達目標の設 定を検討すべき時期が来ているのではないかと考えて いる。
日米の大きな違いは、以下の2点である。
1)系統性についての考え方:系統性をどのように 図ってカリキュラム構成するかと言う点に大きな 違いがある。これは授業時間の配分や保健学習を 始める学年についての考え方の違いによる。アメ リカでは発達段階毎に内容の系統性を重視して、
理解度を深めていく。つまり、同じ内容(トピッ ク)を就学前から高校3年生まで、一貫して様々 な視点やレベルで扱い、理解度を深めて行く構成 になっている。日本では大きな枠組みでは同様の 扱いになっているのだが、1つの学年で1~2の 領域しか扱えないために、小学校の内容を忘れた 頃に、中学校で同様の領域を扱うと言う具合であ る。また、日本ではまだ低学年(1・2年生)で 保健学習は行われていない。
2)目標についての考え方:日本の学年別教科目標 は圧倒的に「~について理解できるようにする」
が多い。小学校5年生の「けがの防止」は「ケガ などの簡単な手当ができるようにする」となって いる。一方、アメリカでは、これまでの表で示 したように、「理解する」「述べることができる」
「分析できる」「明示する」「予測する」等、到達 させるべき目標は明確に示されている。曖昧さ は、授業の意図を不明確にすると考えられる。
おわりに
アメリカの保健教育スタンダードの初版(1995)は 知られていたが、時代の変化により改訂が行われた。
第2版(2007)では、より行動(behavior)の変化を 重視する方向へとシフトした。しかし日本でいう生活 習慣が変わるというような大きな行動の変化を意味す るものではなく、具体的な学習による成果としての行 動の変化が示されている。
全国保健教育スタンダード(第2版)は改訂された
ばかりであり、HECAT はまだ完成していない。冊子
は膨大なために、一部分しか翻訳、紹介できなかっ
た。今後は、特定の領域について比較検討を行う予定
である。
表3 HECAT(Health Education Curriculum Analysis Tool) の目次 CDC(米国保健福祉省・疾病対策予防センター)
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表4 HECAT の分析表「個人の健康と健康な状態」領域 (Module PHW)…就学前~2年生の例
表6 教科「体育」 〔第3学年及び第4学年〕 の保健領域 (2008年3月告示)
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表5 HECAT の分析表「個人の健康と健康な状態」領域 (Module PHW)…5年生の例(3- 5年生)
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【引用文献】