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密教研究 Vol. 1933 No. 51 003金山 穆韶「三部書を中心として観たる大師の思想 P62-88」

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 六 二

弘 法 大 師 の 教 義 の 中 心 觀 念 、 即 ち 眞 言 密 教 の 根 本 觀 念 は 法 身 大 日 如 來 の 自 證 大 覺 の 果 體 で あ る 。 大 師 は 佛 教 を 顯 密 の 二 教 に 分 ち 給 ひ し が 、 そ の 顯 密 二 教 の 教 義 の 相 異 鮎 を 畢 ぐ れ は 、 種 多 あ る べ き も 、 そ の 根 本 的 の 教 體 に つ い て い へ ば 、 因 縁 生 無 自 性 無 我 の 理 趣 を 教 體 と な す も の は 顯 教 に し て 、 法 身 大 我 の 本 有 の 果 體 を 開 顯 す る を 宗 極 と な す も の は 眞 言 密 教 で あ る 。 即 ち 因 縁 生 無 自 性 無 我 の 理 を 觀 じ て 、 分 別 の 妄 執 を 絶 し 、 無 相 般 若 の 眞 智 を 得 て 、 無 上 菩 提 を 成 す る 道 を 明 す は 顯 教 に し て 、 眞 言 密 教 は 無 上 菩 提 を 成 じ た る 如 來 大 覺 の 果 體 に 直 入 直 證 す る 教 で あ る 。 即 ち 眞 言 密 教 は 入 佛 道 の 最 初 よ り 、 佛 地 の 三 昧 道 に 住 し 、 現 生 に 無 上 覺 を 成 就 す る 即 身 成 佛 の 妙 門 を 開 く も の で あ る 。 蓋 し 顯 密 の 兩 教 は 同 じ く 法 身 如 來 を 究 竟 の 教 體 と な す も の な る も 、 そ の 法 身 如 來 を 因 人 の 方 面 よ り 見 ん と す る と 、 ま た 果 分 よ り 見 る の 相 違 に ょ り て 、 二 教 そ の 所 説 を 異 に す る に 至 れ る も の で あ る 。 即 ち 能 所 主 客 の 細 念 を 絶 し 得 ざ る 因 人 よ り い へ は . 周 遍 法 界 、 無 限 廣 大 の 法 身 を は 如 實 に 見 る こ と を 得 ざ る よ り 、 た " 遮 詮 的 に 法 身 は 無 相 な り 、 無 我 な り 、 不 可 得 な り 、 諸 法 無 自 性 の 室 理 な り 等 と 説 く も 、 こ の 法 身 の 自 體 を 現 證

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せ る 果 人 よ り い へ は 、 法 身 は 空 な ら す 、 本 有 の 中 の 本 有 、 無 我 の 中 の 眞 我 、 實 在 中 の 眞 實 在 で あ る 。 顯 密 の 二 教 同 じ く 法 身 如 來 を 究 竟 の 教 體 と し な が ら 、 一 は 因 縁 生 無 自 性 無 我 の 法 を 法 身 な り と し 、 密 教 に て は そ の 法 を 現 證 せ る 毘 廬 遮 那 如 來 の 自 證 大 覺 の 眞 我 の 果 體 を 教 體 と な す と 説 け は 、 顯 密 二 教 の 教 義 は そ の 根 底 に 於 て 無 我 と 大 我 、 室 と 有 、 法 と 人 と の 相 蓮 の 存 す る が 如 く 思 惟 せ ら る る も こ は 先 に 述 べ し が 如 く 、 共 に 同 一 法 身 を 究 竟 の 教 體 と し な が ら 、 そ の 法 身 を 因 分 よ り 見 る と 果 分 よ り 見 る の 相 違 に 基 く も の で あ る 。 こ の 義 を 明 か に 説 か れ た る も の は 、 弘 法 大 師 の 吽 字 義 で あ る 。 吽 字 義 に 摩 字 吾 我 不 可 得 の 義 を 遮 情 、 表 徳 等 の 諸 義 に 約 し て 釋 し 、 十 信 、 三 賢 、 九 地 、 因 満 の 因 人 よ り い へ ば 法 身 は 剛 相 一 味 無 相 不 可 得 、 言 縁 の 相 を 絶 し 、 心 慮 の 路 絶 え た る 寂 滅 絶 言 の 體 で あ る 。 し か も 法 身 の 體 性 を 如 實 に 現 證 せ る 大 日 如 來 の 大 覺 の 果 體 は 、 無 我 の 中 の 大 我 な り 、 心 王 の 大 日 如 來 自 然 覺 を 成 じ 給 ひ し と き 無 歎 の 心 所 悉 く 大 覺 の 果 體 を 得 す る こ と を 明 し て 日 く 四 種 法 身 雖 其 數 無 量 。 而 體 則 一 相 一 味 無 此 無 彼 既 無 彼 此 寧 有 吾 我 。 是 則 遮 情 實 義 。 此 慮 則 金 剛 已 還 四 種 行 人 等 希 分 夷 分 。 如 聾 如 盲 絶 之 又 絶 。 遠 之 又 遠 。 四 句 不 及 六 通 亦 極 。 是 名 絶 言 之 實 義 。 經 云 摩 字 者 大 日 之 種 子 。 一 切 世 間 雖 計 我 我 而 未 證 實 義 唯 有 大 日 如 來 於 無 我 中 得 天 我 也 。 心 王 如 來 既 至 如 是 地 。 塵 數 難 思 心 所 眷 屬 誰 不 得 此 大 我 之 身 是 則 表 徳 之 實 義 。 蓋 し 遮 情 表 徳 そ の 説 重 々 な る も 、 密 教 は 遮 表 並 べ 明 し 、 顯 教 は 密 教 に 對 せ は 遮 情 の 一 邊 を 説 く も の な 三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 六 三

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 六 四 り と い ふ べ し 。 即 ち 顯 教 は 無 明 我 執 を 帯 す る 因 人 が 我 執 を 断 破 し て 無 相 般 若 の 眞 智 を 得 し 、 無 上 菩 提 を 成 す る 敢 な る ゆ ゑ 、 無 我 無 相 を 教 の 中 心 觀 念 と な し 、 密 教 は 無 上 覺 を 現 證 せ る 果 體 を 開 顯 す る 教 な る が ゆ ゑ 、 如 來 大 我 の 實 在 を 明 す 。 即 ち 一 は 因 分 の 教 、 一 は 果 分 の 教 、 因 果 二 分 そ の 見 地 の 相 違 に ょ り 、 無 我 と 大 我 、 法 と 人 、 室 と 有 そ の 所 説 を 異 に す 、 二 教 論 に 此 の 義 を 釋 し て 並 約 因 位 談 、 非 謂 果 人 也 。 と い へ り 。 こ れ 佛 教 の 究 竟 の 教 體 た る 法 身 如 來 を 無 相 不 可 得 の 理 體 な り と し 、 法 身 に 色 形 も な く 説 法 も 溶 く 、 衆 生 振 取 の 靈 用 も な き 無 相 不 可 得 の 理 體 な り と 説 く は 、 並 に 因 分 の 教 な る も 、 密 教 は そ の 法 身 如 來 の 究 竟 大 覺 の 實 體 を 開 顯 し 、 法 身 は 本 有 常 住 の 靈 的 實 在 に し て 、 無 限 の 徳 相 を 具 し 、 衆 生 攝 取 の 妙 用 あ り 、 三 世 常 恒 に そ の 自 内 證 の 法 を 開 説 す る 果 分 の 教 な る こ と を 釋 述 せ ら れ た る も の で あ る 。 か く の 如 く 顯 教 は 無 相 無 我 の 法 を 教 の 根 本 義 と し 、 密 教 は 法 身 大 我 の 實 在 を 明 す も の な る こ と は 二 教 論 、 十 住 心 論 等 何 れ も そ の 旨 を 闡 明 せ ら れ ざ る は な し 。 二 教 論 に は 法 身 佛 の 説 法 を 明 す は 密 数 に し て 、 法 身 佛 を は 非 人 格 的 眞 如 の 法 な り 、 無 相 の 理 な り と し 、 法 身 佛 の 説 法 を 明 さ ざ る は 顯 教 な り 、 ま た 法 身 果 界 の 實 相 を 開 演 す る も の は 密 数 に し て 、 法 身 果 界 の 體 性 は 、 無 相 な り 、 不 可 説 な り 、 一 味 一 相 の 理 體 な り と し て 、 そ の 實 相 を 開 説 せ ざ る は 、 顯 教 な る こ と を 述 べ 、 法 相 、 三 論 、 天 台 、 華 嚴 の 四 家 大 乗 の 根 本 義 と 、 密 教 の 宗 極 と を 對 明 し 、 無 所 得 中 道 、 眞 諦 空 の 理 趣 を 宗 極 と な す 三 論 宗 は 、 こ れ 因

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人 の 我 執 を 斷 絶 す る を 本 と せ る 教 に し て 遮 情 教 な り 、 入 佛 道 の 初 門 な り と 斷 じ 、 同 じ く 三 論 の 教 理 を 本 と し て 開 説 せ ら れ た る 天 台 の 三 諦 圓 融 、 一 念 三 千 の 理 も 、 究 竟 は 無 相 不 可 得 の 理 に 歸 す る 遮 情 教 な り 、 因 心 の 本 具 を 本 と し 、 法 身 の 果 體 を 開 顯 せ ざ る も の な る こ と を 喩 釋 せ ら れ 、 法 相 宗 に は 眞 諦 有 の 妙 趣 を 説 く も 、 し か も そ の 勝 義 勝 義 の 眞 諦 究 竟 の 體 は 、因 人 の 思 慮 を 超 絶 せ ろ 不 可 得 不 可 説 の 體 な り と な す も の な る が 、 こ の 不 可 説 の 眞 諦 果 界 の 實 相 を 開 顯 す る も の は 眞 言 密 教 な る こ と を 顯 示 し 、 華 嚴 に て 事 々 無 碍 、 重 重 無 盡 圓 融 の 妙 理 を 明 す も 、 こ れ な ほ 普 賢 因 人 の 所 了 の 境 な り 、即 ち 天 台 の 一 念 三 千 も 、 華 嚴 の 事 事 無 碍 も 皆 こ れ 無 自 性 無 我 の 理 を 本 と し て 説 か れ た る 因 人 爲 本 の 教 な り 、 し か し て 華 嚴 宗 に は 、 か か る 普 賢 因 人 所 了 の 境 界 の 外 に 法 身 果 界 の 實 在 を 暗 示 す 、 即 ち 法 相 宗 に 眞 諦 は 眞 有 な り と 説 き な が ら 、 而 も 因 人 の 所 了 に あ ら す 、 廢 詮 斷 旨 の 境 な り と い ひ 、 華 嚴 に 果 界 の 實 在 を 明 す も 、 こ れ 普 賢 因 人 の 境 に あ ら ざ れ は 、 不 可 説 に 屬 す 。 し か る に そ の 不 可 得 不 可 説 の 果 體 を は 如 實 に 現 證 せ る 法 身 大 覺 の 自 體 に は 、 目 ら を 開 顯 す る 妙 用 あ り 、 こ の 法 身 大 覺 の 自 内 證 の 境 を 、 法 身 自 ら 開 顯 せ る も の は 眞 言 密 教 な る こ と を 顯 示 せ ら る 。 か く 四 家 大 乗 と 眞 言 密 教 と の 宗 極 に つ い て 對 明 を な し 、 更 に こ れ ら 四 家 大 乗 の 所 明 と 眞 言 密 教 の 宗 極 と を 総 合 し て 釋 し 、 四 家 大 乗 の 所 明 一 様 な ら ざ る も 而 も 因 縁 生 の 俗 諦 に 於 て 十 界 の 差 相 を 明 し 、 佛 あ り 、 衆 生 あ り と な す も 、 眞 諦 は 生 佛 の 假 相 を 絶 せ る 一 味 の 法 な り 、 不 可 得 の 理 體 な り と 説 く に 至 つ て は そ の 歸 趣 を 一 に せ る も の な る こ と を 述 べ 、 こ の 因 縁 生 の 俗 諦 の 差 相 三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た ろ 大 師 の 思 想 六 五

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 六 六

、曼

。塵

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 六 七

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 六 八 大 日 經 疏 に 法 身 大 覺 の 體 を 釋 し 、 自 證 成 佛 の 體 は 、 如 實 智 を 以 て 一 切 の 諸 法 を 了 々 に 知 見 す る こ と な り ﹂ 諸 法 の 體 と 相 、 不 生 滅 と 生 滅 、 平 等 と 差 別 を 如 實 に 見 て 此 等 の 諸 法 を 超 越 し 、 此 等 諸 法 を 大 覺 の 内 容 と し 、 此 等 諸 法 に 自 在 を 得 た る 體 な る こ と を 釋 し 、 成 佛 者 具 足 梵 音 應 云 成 三 菩 提 。 是 正 覺 正 知 義 。 謂 以 如 實 智 知 過 去 未 來 現 在 衆 生 數 非 衆 生 數 有 常 無 常 等 一 切 諸 法 。 皆 了 了 覺 知 故 名 爲 覺 。 而 佛 即 是 覺 者 。 云 ま た 曰 く 此 宗 中 佛 陀 名 覺 。 是 開 敷 義 。 謂 由 自 然 智 慧 遍 覺 一 切 法 。 如 盛 開 數 蓮 華 無 有 點 汚 。 亦 能 開 敷 一 切 衆 生 。 故 名 佛 。 ま た 日 く 佛 智 慧 清 浮 故 出 諸 觀 上 。 (中 略 ) 是 故 佛 智 無 礙 (中 略 ) 以 下如 是 淨 菩 提 心 出 過 諸 觀 離 衆 相 故 於 一 切 法 得 無 異 礙 。 譬 如 虚 空 之 相 亦 無 相 故 萬 像 皆 悉 依 空 空 無 所 依 。 如 是 萬 法 皆 依 淨 心 淨 心 適 無 所 依 。 ま た 如 實 智 を 以 て 一 切 を 知 る と は 、 こ れ 無 上 の 眞 智 を 以 て 法 界 の 性 を 證 す る こ と な り 、 自 心 性 の 法 然 本 有 の 自 覺 體 を 直 觀 自 證 す る こ と な り 、 こ の 自 證 大 覺 の 體 は 、 一 切 因 人 の 主 客 能 所 の 分 別 智 の 認 識 の 境 に あ ら す 、 此 等 諸 見 を 出 過 し 、 超 越 せ る が 故 に 不 可 得 な り 無 相 な り 、 空 な り と 云 ふ も 、 し か も こ の 自 證 の 大 覺 の 體 は 本 有 金 剛 の 眞 實 在 體 な り 、 所 謂 無 我 の 中 の 大 我 な る こ と を 釋 し 、

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今 謂 二 一 切 智 智 顧即 是 智 中 之 智 也 。 非 但 以 二 一 切 種 一遍 知 二 切 法 あ。 亦 知 .是 法 究 竟 實 際 常 不 壊 相 不 増 不 減 猶 如 ゆ金 剛 ㌔ 又 曰 く 又 如 下虚 空 遠 昌離 戯 論 分 別 幅故 無 二和 解 相 一無 申開 曉 相 畠。 諸 佛 自 證 三 菩 提 當 レ知 亦 爾 。 唯 是 心 自 證 レ心 心 自 覺 レ心 云 々 又 曰 く 本 不 生 理 自 有 二理 智 一自 覺 呂本 不 生 一。 十 住 心 論 に 第 十 住 心 即 ち 眞 言 密 教 の 體 性 は 、 衆 生 本 有 の 自 然 覺 體 を 如 實 に 現 證 せ る 覺 體 な る こ と を 開 説 し 秘 密 荘 嚴 住 心 者 。 即 是 究 竟 覺 工知 自 心 之 源 底 一。 如 レ實 證 悟 自 身 之 數 量 。 所 ノ謂 胎 藏 海 會 曼 茶 羅 。 金 剛 界 會 曼 茶 羅 。 金 剛 頂 十 八 會 曼 茶 羅 是 也 云 々 二 教 論 に は 眞 言 密 教 の 體 性 は 法 身 大 日 如 來 の 究 竟 大 覺 の 體 な る こ と を 明 し 今 謂 秘 密 一者 。 究 竟 最 極 法 身 自 境 以 爲 二秘 藏 一り 云 々 十 住 心 論 に 衆 生 本 有 の 色 心 、 本 有 の 自 然 覺 體 を 自 覺 現 證 せ る 體 が 、 こ れ 眞 言 密 教 の 體 な る こ と を 開 演 し 、 二 教 論 に は 果 に 約 し て 法 身 大 日 如 來 の 大 覺 の 體 性 、 こ れ 秘 密 眞 言 の 體 性 な り と い へ ば 、 秘 密 眞 言 三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 六 九

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 七 〇 の 體 性 を 明 す に 因 果 説 を 異 に す る 如 く な る も 、 こ は た や 釋 相 の 異 に し て そ の 所 詮 一 に 歸 す る も の で あ る 、 即 ち 二 教 論 は 法 身 大 日 如 來 の 大 覺 の 果 體 の 實 在 を 明 し 、 法 身 の 説 法 を 高 唱 す る も の な る が 故 に 、 秘 密 眞 言 の 體 性 は 毘 盧 遮 那 如 來 の 大 覺 の 體 な り と い ひ 、 十 住 心 論 は 大 日 經 の 如 實 知 自 心 即 ち 因 心 本 有 の 自 然 覺 體 を 如 實 に 開 覺 す る 、 始 覺 上 轉 の 相 を 十 種 に 開 説 せ ら れ た る も の な る が 故 に 、 本 有 の 因 心 を 如 實 に 證 悟 せ る 自 覺 證 智 の 體 性 こ れ 眞 言 秘 密 の 體 な り と 説 か れ た る も の に し て 、 因 果 一 應 説 を 異 に せ る が 如 く な る も 、 し か も そ の 秘 密 の 體 性 は 本 有 の 自 然 覺 體 を 如 實 に 現 證 せ る 自 證 大 覺 の 體 性 な り と 説 く に 至 つ て は そ の 宗 致 一 に 歸 す る も の で あ る 。 な ほ 大 師 は 六 大 本 有 の 法 界 體 こ れ 秘 密 眞 言 の 體 性 な る こ と を 開 説 せ ら れ だ る は 、 即 身 成 佛 義 な る が 、 こ は 後 に 釋 す る が 如 く 、 三 密 加 持 、 入 我 々 入 の 秘 觀 に 住 し 、 現 生 に 如 來 の 果 徳 を 體 得 せ ら る る は 、 こ れ 衆 生 と 如 來 と は 共 に 本 來 色 心 一 如 の 體 性 に 住 し 、 そ の 體 性 本 來 無 碍 融 即 せ る が 故 に 、 三 密 加 持 の 速 疾 顯 の 大 秘 義 を 成 ぜ ら る る 理 趣 を 開 示 せ ら れ た る も の に し て 、 加 持 瑜 伽 を 成 す る 原 理 と し て 、 六 大 法 界 體 性 の 理 を 明 か さ れ た る も の で あ る 。 上 述 の 如 く 佛 教 に 諸 法 因 縁 生 無 我 無 自 性 の 義 を 説 き 、 あ ら ゆ る 神 我 、 あ ら ゆ る 實 在 觀 を 打 破 す る は 、 因 人 の 分 別 思 惟 の 上 に 立 せ ん と す る 實 在 觀 な り 我 觀 で あ る 、 し か も 無 我 を 觀 じ 、 一 切 の 分 別 妄 念 を 絶 せ る 無 上 大 覺 の 果 體 如 來 大 我 の 實 在 を 明 す も の で あ る 。 し か し て 弘 法 大 師 の 眞 言 密 教 は 因 分 の 境 を 絶

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せ る 如 來 大 我 の 果 體 を 六 大 法 界 の 體 な り 、 色 心 本 有 の 體 性 な り と 説 く よ り 先 徳 の う ち に は 顯 教 の 無 相 眞 如 の 本 源 に 六 大 四 曼 三 密 の 三 大 圓 融 の 實 義 を 明 す は 密 教 な り 、 顯 教 に 説 く 絶 對 無 相 の 一 心 の 自 體 を は 、 六 大 一 實 、 色 心 本 二 の 體 性 な る 旨 を 説 く も の は 、 密 教 な り 等 と 釋 せ る を 見 る 。 し か も 單 に 無 相 の 一 心 を 六 大 無 碍 の 體 あ り と 説 く も の は 密 教 な り と 釋 す る の み に て は 、 な ほ そ の 眞 意 を 得 た る も の に あ ら ざ る べ し 。 大 日 經 疏 に は 心 自 證 心 、 心 自 覺 心 と い ひ 、 或 は 本 不 生 理 自 有 理 智 自 覺 本 不 生 と い へ り 。 即 ち 一 切 の 分 別 戯 論 を 絶 せ る 本 不 生 の 理 體 に た い 理 智 あ り と 云 ふ の み に あ ら す し て 、 そ の 理 智 は 自 ら の 自 體 を 現 證 せ る 覺 體 な る こ と を 明 す 、 こ れ ら は 無 相 一 心 の 本 源 に 六 大 不 二 、 物 心 一 如 の 實 在 體 を 開 説 す る を 密 教 と な す に あ ら す 、 色 心 不 二 の 自 體 が 自 ら を 現 證 せ る 自 證 大 覺 の 體 、 こ れ 秘 密 教 の 體 性 な る こ と を 顯 示 せ ら れ た る も の で あ る 。 上 來 は 弘 法 大 師 の 教 義 の 根 本 觀 念 は 、 法 身 大 覺 の 果 體 の 實 在 を 明 し 、 こ の 果 體 に 直 入 直 證 す る 道 を 開 説 せ る も の な る こ と を 闡 明 せ ん と て 、 暫 ら く 二 教 論 等 の 所 釋 に 依 つ て 、 そ の 義 趣 の 一 端 を 述 べ し も の な る が 、 な ほ 十 住 心 の 法 門 に 依 て そ の 義 を 釋 せ ん に 、 大 師 は 一 代 佛 教 を は 、 そ の 所 明 の 理 の 淺 深 に よ つ て 十 種 に 分 た れ た る も 、 そ の う ち 顯 教 の 所 明 の 出 世 間 の 教 旨 を は 第 四 の 住 心 よ り 、 第 九 極 無 自 性 の 六 ヶ の 住 心 に 攝 盡 せ ら る 。 し か し て 第 四 の 住 心 を は 唯 蘊 無 我 心 と い ひ 、 第 九 住 心 を は 極 無 自 性 心 と 云 ふ よ り 見 る も 顯 教 は 無 我 無 自 性 の 理 を 明 し 、空 を 觀 じ て 我 執 無 明 を 滅 盡 し 、廓 然 無 生 の 境 に 住 す る を 宗 極 三 部 書 を 中 心 と し て 魏 た る 大 師 の 思 想 七 一

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 七 二 と な す こ と を 釋 明 せ る も の で あ る 、即 ち 小 乗 佛 教 は 個 人 格 の 永 劫 に 空 無 の 境 に 歸 す る 涅 槃 を 理 想 と し し そ の 大 乗 教 は 個 體 を し て 一 味 平 等 の 眞 如 一 心 に 歸 没 す る 理 趣 を 説 き 、 個 體 各 々 法 身 常 住 の 生 を 得 、 我 即 法 身 、 當 慮 即 法 界 、 現 身 に 佛 徳 を 成 じ 、 此 の 土 に 淨 土 を 現 成 す る 即 身 成 佛 の 秘 趣 を 開 説 せ ざ る 遮 情 教 な り 、 損 減 の 教 な り と せ り 。 大 師 の 吽 字 義 に 此 の 義 を 釋 し て 曰 く 所 謂 損 減 者 苦 空 無 常 無 我 故 。 四 相 遷 變 故 。 不 得 自 在 故 。 不 住 自 性 故 。 因 縁 所 生 故 。 相 觀 待 故 。 以 是 六 義 故 名 諸 法 損 減 。 今 所 謂 汗 字 實 義 者 不 如 是 也 。 經 云 。 汗 字 報 身 義 。 此 報 者 非 因 縁 酬 答 之 報 果 。 相 應 相 對 故 名 曰 報 也 。 此 則 理 智 相 應 故 曰 報 。 心 境 相 對 故 曰 報 也 。 法 身 智 身 相 應 無 二 故 名 報 。 性 相 無 碍 渉 入 故 曰 報 。 體 用 無 二 相 應 故 曰 報 也 。 是 故 常 樂 我 淨 汗 字 實 義 無 損 減 故 云 々 こ れ 顯 教 は 萬 法 の 因 縁 生 の 義 を 説 き 、 諸 法 は 因 縁 生 な る が 故 に 無 常 な り 無 我 な り 、 苦 な り 空 な り 、 畢 竟 は 室 寂 滅 相 の 理 に 歸 す る 旨 を 宗 要 と す る 教 な る も 、 密 教 は こ の 寂 滅 一 味 の 法 身 眞 如 の 理 體 の 本 源 に 於 て 、 法 界 本 有 如 來 常 住 の 妙 體 を 開 顯 す る も の な る こ と を 報 身 佛 に よ せ て 明 す 。 即 ち 顯 教 に て 報 身 佛 と は 三 大 無 數 劫 に 六 度 萬 行 を 修 し て 成 就 せ る 因 縁 酬 答 の 佛 果 な る も 、 密 数 の 報 身 佛 は 因 縁 所 成 の 始 覺 佛 に あ ら す 、 法 然 本 有 の 大 覺 體 な る こ と を 開 明 せ ん と し て 、 報 と は 相 對 相 應 の 義 な る も 、 そ の 相 應 相 對 と は 理 智 相 應 、 心 境 相 應 、 性 相 相 應 、 法 身 智 身 不 二 一 體 の 大 覺 體 な る こ と を 明 す 。 即 ち 法 性 は 性 相 一 體 、 體 相 用 無 碍、 色 心 不 二 の 自 然 覺 體 な る こ と を 釋 す 。 し か も 、異 相 遷 變 な き 一 如 不 動 、 十 自 在 、

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.

(中

)

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 七 四 夫 道 之 本 無 始 無 終 也 。 教 源 無 造 無 作 也 。 亘 三 世 而 不 變 。 遍 六 塵 而 常 恒 。 然 猶 無 示 者 則 目 前 不 見 。 無 説 者 則 心 中 不 知 。 泊 乎 雙 圓 性 海 常 談 四 曼 自 性 。 重 如 月 殿 恒 説 三 密 自 樂 。 人 法 法 爾 興 廢 何 時 云 云 此 等 の 文 は 人 法 本 有 の 理 趣 を 明 か さ れ た る も の で あ る 。 し か し て 大 師 の 本 有 觀 の 由 來 す る と こ ろ を 尋 ぬ る に 、 こ れ 大 日 經 、 金 剛 頂 經 の 經 旨 に 依 れ る も の で あ る 。 即 ち 金 剛 頂 經 に は 、 五 智 を 現 證 せ る 法 身 如 來 の 三 世 常 住 、 本 有 金 剛 の 實 義 を 開 説 せ ら れ 、 大 日 經 に は 初 地 淨 菩 提 心 の 本 有 常 住 の 實 在 を 明 す 。 即 ち 兩 部 大 經 に 因 果 本 有 の 實 義 を 開 説 せ ら る 。 か く 兩 部 共 に 本 有 の 實 義 を 開 説 す る も の な れ ど も 、 大 師 の 本 有 觀 は 寧 ろ 金 剛 頂 經 に 依 れ る 乎 。 即 ち 善 無 畏 三 藏 所 傳 の 大 日 經 に も 本 有 と 無 生 、 表 徳 と 遮 情 の 不 二 一 如 を 明 か し 、 東 因 登 心 中 因 登 心 を 並 べ 傳 ふ る も 、 し か し も 無 畏 所 傳 の 大 日 經 疏 は 遮 情 無 相 の 一 法 界 を 表 と し 、 東 因 發 心 を 主 と す 。 し か る に 大 師 の 教 義 は 無 相 一 法 界 、 東 因 發 心 の 義 よ る も 、 本 有 多 法 界 中 因 發 心 を 明 す 不 察 三 藏 所 傳 の 教 旨 を 本 と な す も の で あ る 。 し か し て 兩 部 大 經 を 印 度 の 大 乗 佛 教 た る 中 觀 、唯 識 の 教 旨 に 比 す る に 、 無 相 一 法 界 を 明 す 大 日 經 は 、 眞 諦 無 相 空 の 義 を 明 す 中 觀 佛 教 の 所 明 に 近 き も の あ り 、 五 智 の 本 有 を 明 す 金 剛 頂 經 は 四 智 心 品 を 明 し 眞 諦 の 有 を 説 く 唯 識 の 所 明 に 一 應 同 す る も の が あ る 。 唯 識 宗 に て 俗 諦 た る 遍 計 所 執 性 は 因 人 所 見 の 實 我 實 法 に し て 、 體 用 都 無 の 境 な る も 、 依 他 起 性 は こ れ 如 來 後 得 智 の 所 了 に し て 假 有 な り 、 圓 成 實 性 は 如 來 の 正 體 智 所 了 の 眞 如 實 性 に し て 、 こ れ 眞 有 な り と な す 。 即 ち 後 得 智 所 了 の 依 他 の 相 と 正 體 智 所 了

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の 眞 如 の 性 の 有 を 明 す は 宛 も 密 教 に て 大 日 如 來 の 自 證 大 覺 の 果 體 の 本 有 常 住 を 明 し 、 こ の 如 來 の 三 摩 地 の 體 よ り 見 れ は 性 相 は 常 住 な り 、 性 の 處 の 性 相 は 本 有 な る 理 趣 を 明 す に 相 同 す る も の が あ る 。 無 相 一 法 界 の 義 を 明 す 大 日 經 は 眞 諦 無 相 を 宣 説 す る 中 觀 の 所 明 に 同 じ 、 五 智 本 有 の 一 心 を 明 す 金 剛 頂 經 は 、 眞 諦 の 有 を 談 す る 唯 識 の 談 に 相 似 す る も の あ り と い ふ も 、 こ は た じ 一 應 相 似 の 義 あ り と 云 ふ の み に し て 、 そ の 所 詮 の 義 趣 に も と よ り 顯 密 二 教 の 教 格 の 異 な り あ る は 云 ふ ま で も な き こ と で あ る 。 即 ち 大 日 經 金 剛 頂 經 は こ れ 如 來 果 地 の 境 界 を 明 す も の で あ る 。 し か し て 本 有 常 住 の 眞 實 體 は 、 た や 如 來 大 覺 の 果 體 の み で あ る 、即 ち 本 有 の 説 は こ れ 如 來 果 地 の 境 地 に て 初 め て 説 き 得 ら る べ き 教 旨 で あ る 。 大 日 經 は 無 相 一 法 界 の 義 を 明 す と 云 ふ も 無 生 と 本 有 、 遮 情 と 表 徳 を 並 説 せ ら れ あ る が 、 經 の 正 宗 は 一 切 衆 生 を し て 、 初 地 本 初 不 生 の 淨 菩 提 心 に 契 證 せ し め ん と す る に あ り 、 し か も 因 人 は 一 念 に 本 初 不 生 の 心 地 に 契 證 す る こ と 容 易 な ら ざ る が 故 に 、 初 地 の 以 前 に 三 劫 六 無 畏 の 法 門 を 建 立 せ ら る 。 そ の 三 劫 に 人 空 、 法 空 、 中 道 觀 を 明 し 、 人 執 、法 執 、 無 明 の 惑 品 を 斷 破 す る こ と を 説 く 、 し か し て こ の 三 劫 の 惑 障 を 斷 す る 地 前 の 法 門 に は 本 有 の 説 な く 、 た い 無 自 性 無 我 の 義 を 明 す 。 こ の 地 前 の 無 相 觀 に よ つ て 一 切 の 惑 障 斷 盡 す る と き 初 地 本 有 の 菩 提 心 開 顯 せ ら る 。 か く 三 劫 の 無 相 觀 に 依 つ て 顯 は る る 初 地 本 有 の 菩 提 心 を 大 日 經 の 正 宗 と な す も の で あ る 。 こ ゝ に 於 て 大 日 經 の 本 有 の 淨 菩 提 心 體 は 無 明 の 惑 を 斷 除 せ る と こ ろ に 現 證 せ ら れ た る 心 體 な る こ と 、 及 び 地 前 三 劫 の 法 門 は 凡 て 無 相 觀 を 根 基 と し て 説 か れ 地 前 因 分 三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 七 五

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玄 底 に 色 心 不 二 の 自 然 覺 體 の 實 在 を 明 す も の は 眞 言 密 教 な り 、 し か し て こ の 色 ,心 不 二 の 自 覺 體 は 無 量 無 數 に し て 各 々 そ の 自 性 を 任 持 し 、 そ の 本 性 を 動 せ す 、 し か も 無 量 無 數 の 自 然 覺 體 は 各 々 法 界 に 遍 じ 冥 然 と し て 靈 的 融 合 を な せ る こ と 、 あ た か も 千 燈 の 燈 體 そ の 自 體 各 別 な る も そ の 燈 光 冥 然 と し て 同 體 な る が 如 く 、 兩 足 多 し と い へ ど も 同 一 水 な る が 如 く 、 多 に し て 一 、 一 に し て 多 、 所 謂 而 二 に し て 不 二 、 不 二 即 而 二 の 妙 體 な る こ と を 吽 字 義 に 述 べ て 曰 く 同 一 多 如 。 多 故 如 如 。 理 理 無 數 。 智 智 無 邊 。 恒 沙 非 喩 。 刹 塵 猶 少 。 兩 足 雖 多 。 並 是 一 水 。 燈 光 非 一 。 冥 然 同 體 。 色 心 無 量 。 實 相 無 邊、 心 王 心 數 。 主 伴 無 盡 。 互 相 渉 入 。 帝 珠 錠 光 。 重 重 難 思 。 各 具 五 智 。 多 而 不 異 。 不 異 而 多 。 故 名 一 如 。 一 非 一 一 。 無 數 爲 一 。 如 非 如 常 。 同 同 相 似 。 云 云 諸 佛 は そ の 自 性 を 體 得 し 、 萬 徳 を 開 見 し て 遍 法 界 無 碍 自 在 の 廣 大 の 果 相 を 成 じ 、 衆 生 は 自 ら の 本 性 を 覺 知 せ す 、 法 界 を 攝 し て 一 塵 の う ち に 入 り 、 虚 空 無 碍 の う ち に 在 て 自 ら 石 壁 の 牢 獄 を 道 り 三 毒 の 曠 野 に 迷 ふ 。 さ れ は 一 切 衆 生 を し て 、 そ の 自 心 性 を 如 實 に 開 顯 せ し め ん と し て 、 衆 生 本 有 の 淨 菩 提 心 を 如 來 大 果 の う ち に 住 せ し め 、 生 佛 一 體 の 秘 義 を 體 し , 凡 身 に 即 し て 如 來 の 妙 業 を 成 す る 深 眞 趣 を 吽 字 義 等 に 開 説 せ ら る 。 一 切 衆 生 は 色 心 不 二 の 自 然 覺 體 に 住 す る 金 剛 薩 捶 に し て 、 そ の 自 心 の 本 性 を 如 實 に 體 得 せ ん と の 必 然 性 が あ る 、衆 生 に こ の 本 然 の 菩 提 心 の カ あ る と 共 に 、如 來 自 證 の 加 持 力 あ る か 故 に 、 こ ゝ に 歸 佛 の 菩 提 心 を 生 す る に 至 る 。 か く 菩 提 心 を 發 起 し 、 如 來 に 歸 命 す る と き 、 感 應 加 持 の 力 に 依 三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 七 七

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 七 八 り 、 現 身 に 佛 徳 を 成 就 す る こ と を 得 、 即 ち 眞 言 密 教 な る も の は 、 感 應 加 持 の カ に 依 り 佛 徳 を 現 證 す る 秘 旨 を 開 説 す る も の で あ る 。 蓋 し 如 來 の 智 悲 は 普 く 法 界 の 衆 生 を 攝 取 す る が 故 に 、 生 佛 互 に 感 應 あ る 理 趣 は 一 切 佛 教 の 等 し く 説 く と こ ろ な る も 、 し か も そ の 至 頤 を 尋 ぬ れ は 、 生 佛 感 應 の 義 は こ れ 生 佛 の 差 相 歴 然 た る 因 縁 生 の 俗 諦 の 方 面 の 誦 に し て 、 生 佛 の 差 相 を 絶 せ る 眞 諦 眞 如 の 體 に 於 て は 、 感 も な く 應 も な く た じ こ れ 一 味 の 法 な り と 説 く も の で あ る 。 随 っ て 感 應 の 極 致 つ ひ に 生 佛 感 應 の 境 を も 越 え た る 一 如 の 法 に 歸 す る を 教 の 極 致 と な す も の な る も 、 弘 法 大 師 は こ の 感 も な く 應 も な き 眞 諦 界 中 に 生 佛 の 自 然 覺 體 の 實 在 を 明 し 、 生 佛 の 六 大 體 性 の 無 碍 即 ち 本 有 の 加 持 の 理 趣 に 安 住 し 、 修 生 の 三 密 に 依 つ て 此 の 本 有 の 加 持 の 秘 趣 を 體 得 す る 即 身 成 佛 の 義 を 闡 揚 せ り 。 蓋 し 眞 言 密 教 の 特 質 は 三 密 加 持 に あ り 、 三 密 の 法 門 を 修 し て 有 相 無 相 の 悉 地 を 成 す る 道 を 説 く も の は 密 教 で あ る 。 即 ち 三 密 加 持 速 疾 顯 の 一 句 は 印 度 、 支 那 、 日 本 の 三 國 の 密 教 に 一 貫 せ る 密 教 の 特 質 で あ る 。 弘 法 大 師 の 即 身 成 佛 義 の 最 初 に 金 剛 頂 經 、 大 日 經 、 菩 提 心 論 の 二 經 一 論 八 ケ の 文 を 引 證 せ ら れ た る が 、 此 等 は 菩 提 心 を 起 し 、 佛 果 を 求 め 、 如 實 に 三 密 を 修 す れ は 現 身 に 如 來 の 果 徳 を 成 せ ら る る こ と を 明 か す も の に し て 、 何 故 に 感 應 あ り 、 現 生 に 成 佛 せ ら る る や の 理 趣 を 説 か れ た る も の で は な い 。

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た じ 三 密 加 持 速 疾 顯 の 義 を 明 か さ れ た る も の で あ る 。 し か し て 大 師 は 三 密 加 持 速 疾 顯 の 理 趣 を 明 か さ ん と し て 六 大 無 碍 常 瑜 伽 、 四 種 曼 茶 各 不 離 の 實 義 を 述 べ 給 ひ し も の で あ る 。 金 剛 頂 經 に 依 れ は 生 佛 の 曼 茶 羅 重 重 無 碍 な る が 故 に 、 一 念 如 來 に 歸 命 す れ は 、 凡 身 に 即 し て 佛 身 を 成 す る 旨 を 説 か れ 、 大 日 經 に は 加 持 感 應 す る は 、 生 佛 の 自 體 同 じ く 阿 字 の 大 空 位 に 住 し 、 自 性 平 等 な る か 故 に 、 如 來 に 歸 命 し 、 一 念 に 能 所 を 斷 す れ は 如 來 金 剛 の 身 を 成 す る 義 を 説 く も の で あ る 。 こ の 本 不 生 の 訖 哩 陀 耶 の 一 心 を 開 説 し て 地 水 火 風 室 の 五 大 と な し 、 質 多 心 を 第 六 識 と し 、 こ の 理 智 の ニ 心 の 不 二 、 即 ち 六 大 無 碍 常 瑜 伽 の 義 を 顯 示 せ る も の は 弘 法 大 師 で あ る 。 こ の 六 大 無 碍 常 瑜 伽 は こ れ 能 所 主 客 を 斷 す る 都 絶 能 所 の 一 法 界 の 本 源 に 開 顯 せ ら れ た る 法 爾 瑜 伽 の 能 所 で あ る 。 都 絶 能 所 の 上 の 法 爾 瑜 伽 の 能 所 と は 色 心 不 二 、 理 智 不 二 、 境 智 不 二 の 自 然 覺 體 は 無 盡 無 數 に し て 、 し か も 各 各 の 自 體 に 住 し 冥 然 同 一 體 を な せ る 覺 體 で あ る 。 生 佛 の 體 性 は 平 等 平 等 な る が 故 に 、 こ の 自 心 性 を 如 實 に 體 得 せ ん と の 最 高 至 深 の 要 求 を 生 す る に 至 る 、 か く し て 始 覺 の 菩 提 心 を 生 じ 、 修 生 の 三 密 を 修 し 、 つ ひ に 生 佛 一 如 の 六 大 法 界 の 本 有 加 持 の 體 性 を 體 得 す る に 至 る 。 即 ち 三 密 加 持 に 依 て 佛 徳 を 成 せ ら る る に 至 る は 、 生 佛 の 體 性 本 來 加 持 無 碍 な る に よ る 、 此 の 如 く 體 大 無 碍 な る が 故 に 相 大 不 離 な り 、 生 佛 の 體 相 無 碍 渉 入 せ る が 故 に 、 三 密 の 妙 用 を 修 す れ は 感 應 加 持 の 瑜 伽 の 秘 趣 を 體 せ ら る る の で あ る 〇 上 述 の 如 く 體 相 用 三 大 圓 融 の 妙 旨 を 開 説 し て 、 即 身 成 佛 の 實 義 を 明 す も の は 、 大 師 の 即 身 成 佛 義 で あ る 。 し か し て 三 密 加 持 速 疾 顯 の 義 は 印 度 、 支 三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 七 九

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 八 〇 那 、 日 本 の 一 切 の 密 教 に 一 貫 せ る 特 質 に し て 、 四 重 曼 茶 羅 重 重 無 盡 の 義 は 、 金 剛 頂 經 に 説 か れ た る と こ ろ な る が 、 た じ 六 大 無 碍 常 瑜 伽 の 義 ば 大 師 に 依 つ て 創 唱 せ ら れ た る と こ ろ で あ る 。 大 師 は 何 故 に 即 身 成 佛 義 を 成 せ ん と し て 六 大 無 碍 の 義 を 説 き 給 う た の で あ ら う か 、 即 ち 三 密 加 持 速 疾 顯 の 義 は 生 佛 共 に 阿 字 本 不 生 の 一 心 に 住 す る 理 趣 に 依 つ て も そ の 義 成 立 せ ら れ 、 ま た 四 種 曼 茶 羅 重 々 無 碍 の 理 趣 に 依 つ て も そ の 義 一 應 成 せ ら る 。 し か れ は 大 師 は 如 何 な る 理 趣 を 闡 明 せ ん と し て 前 來 の 祖 師 の 未 だ 説 か ざ る 六 大 無 碍 , 四 曼 不 離 、 三 密 加 持 の 三 大 圓 融 の 教 義 を 成 じ 給 う た の で あ ち う か 、 思 ふ に 三 大 圓 融 の 教 義 に 依 ら す は 、 大 師 の 所 謂 即 身 成 佛 の 實 義 が 開 顯 せ ら れ ざ る に よ る 。 蓋 し 即 身 成 佛 の 一 應 の 理 趣 は 、 實 大 乗 教 の 等 し く 説 く と こ ろ の 眞 如 縁 起 説 に 依 て も 説 示 し 得 ら る 、 し か も 大 師 は 即 身 成 佛 義 を 成 せ ん と し て 、 眞 如 緑 起 説 に 依 ら す 、 六 大 縁 起 説 を 開 演 せ ら れ た る 所 以 を 知 れ ば 、 阿 字 本 不 生 の 無 相 一 法 界 の 理 を 所 由 と し て 即 身 成 佛 義 の 成 せ ざ る 所 以 の 一 端 を 知 り 得 ら る べ き 乎 。 即 ち 顯 教 の 大 乗 佛 教 に 眞 如 縁 起 の 理 を 明 し 、 因 縁 生 の 萬 法 の 當 體 、 不 生 不 滅 の 眞 如 法 身 の 體 な る 玄 趣 を 説 き 、 生 滅 即 眞 如 、 娑 婆 即 寂 光 、 凡 身 即 佛 の 理 を 成 す る が 故 に 、 こ の 眞 如 縁 起 の 説 に 依 っ て も 即 身 成 佛 の 義 一 應 成 じ 得 ざ る に あ ら す 、 し か も 眞 如 縁 起 説 は 眞 妄 和 合 の 生 起 を 明 し 、 我 等 の 身 心 は 無 明 有 力 に 依 つ て 縁 起 せ る 假 相 な り 、 眞 如 の 妄 的 發 現 な り と し て 、 縁 起 の 差 相 を 攝 し て 眞 如 一 心 の 理 に 還

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源 す る こ と を 説 く も の で あ る 。 か く の 如 く 身 心 の 當 體 を 迷 妄 と な し 、 一 心 の 本 源 に 歸 せ ん と す る 眞 如 縁 起 説 に 依 つ て 、 眞 の 即 身 成 佛 義 が 成 せ ざ る や 明 か で あ る 。 さ れ は 無 相 眞 如 の 理 を 觀 じ 、 無 明 を 滅 盡 し つ ひ に 證 得 せ る 一 心 眞 如 の 玄 底 に 本 有 の 理 智 、 色 心 の 實 在 を 明 し 、 こ の 理 智 不 二 の 自 然 覺 體 が 自 ら の 自 體 を 現 證 せ る 毘 盧 遽 那 如 來 の 果 體 の 眞 際 を 開 説 す る に 、 六 大 四 曼 三 密 の 三 大 圓 融 の 法 門 を 以 て せ ら る 。 此 の 如 く 六 大 縁 起 は 無 明 因 分 の 境 を 超 越 せ る 如 來 果 上 の 功 徳 の 開 顯 を 明 す も の で あ る 。 こ の 六 大 縁 起 の 法 門 に よ り 一 切 衆 生 の 色 心 の 當 體 は こ れ 如 來 果 相 の 顯 現 な り 、 大 日 如 來 の 差 別 智 印 な り 、眞 實 在 の 正 當 な る 開 發 な る 理 趣 が 闡 明 せ ら れ 、 即 身 成 佛 の 大 義 が 初 め て 開 顯 せ ら れ た る も の で あ る 。 し か し て 阿 字 本 不 生 の 一 心 縁 起 の 説 も こ れ 秘 密 果 上 の 縁 起 を 明 す も の な る も 、 そ の 淺 略 の 一 邊 眞 如 緑 超 の 義 に 同 す る も の あ る ゆ ゑ 、 大 師 は 阿 字 緑 起 の 説 に よ り 給 は す 本 不 生 の 一 心 の う ち に 理 智 あ つ て 理 智 自 ら そ の 自 體 を 自 證 せ る 大 覺 の 果 體 の 開 顯 を 明 す に 六 大 縁 起 の 説 を 以 て せ ら る 。 密 教 は 法 性 を 體 得 せ る 法 身 大 覺 の 果 體 の 實 在 を 明 し 、 如 來 自 證 の 境 よ り 一 切 を 觀 、 一 切 諸 法 に 如 來 常 住 の 相 を 見 る 曼 茶 羅 の 秘 義 を 説 く も の な る が 、 こ の 如 來 大 覺 の 三 摩 地 の 體 は 色 心 不 二 、 理 智 不 二 、 六 大 一 實 の 體 に し て 一 切 に 遍 じ 一 切 を 攝 す 、 し か し て こ の 大 覺 の 體 は た じ 理 智 不 二 の 自 然 覺 體 を 如 實 に 現 證 せ る と 云 ふ の み に あ ら す し て 、 一 切 衆 生 を し て そ の 自 性 を 自 覺 せ し め ん と す る 本 願 力 あ る 覺 體 三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 八 一

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 八 二 で あ る 。 さ れ は 大 日 如 來 そ の 自 然 覺 體 を 現 證 し 、 そ の 自 證 の 三 摩 地 を 三 世 常 恒 に 表 現 す る 自 受 法 樂 の 説 法 は 、 衆 生 邊 よ り い へ は 、如 來 自 證 の 加 持 を 以 て 衆 生 の 長 眠 を 驚 覺 し 給 ふ 御 聲 で あ る 。 し か し て こ の 如 來 三 摩 地 の 體 よ り 發 す る 説 法 は こ れ 眞 言 密 教 に し て 、 こ れ 眞 言 な り 、 陀 羅 尼 な り 、 法 身 の 説 法 な り 。 聲 字 義 に 曰 く 雖 云 眞 言 無 量 差 別 。 極 彼 根 源 不 出 大 日 尊 海 印 三 昧 王 眞 言 。 彼 眞 言 王 云 何 。 金 剛 頂 及 大 日 經 所 説 字 輪 字 母 等 是 也 。 彼 字 母 者 梵 書 阿 字 等 乃 至 呵 字 等 是 。 此 阿 字 等 則 法 身 如 來 一 一 名 字 密 號 也 。 乃 至 天 龍 鬼 等 亦 具 此 名 。 名 之 根 本 法 身 爲 根 源 。 從 彼 流 出 稍 轉 爲 世 流 布 言 而 已 。 若 知 實 義 則 名 眞 言 。 不 知 根 源 名 妄 語 。 妄 語 則 長 夜 受 苦 眞 言 則 抜 苦 與 樂 。 譬 如 藥 毒 迷 悟 損 益 不 同 一。 こ は 一 切 の 眞 言 は 凡 て 法 身 大 日 如 來 の 自 證 大 覺 の 三 摩 地 の 體 よ り 流 出 せ る も の な れ は 、 字 々 皆 法 身 自 證 大 覺 の 功 徳 を 具 せ ざ る は な く 、 聲 々 衆 生 驚 覺 の 説 法 の 音 聲 な ら ざ る な し 、 さ れ は 一 切 の 言 音 、 一 切 の 眞 言 に 即 し て 實 言 の 實 相 た る 法 身 の 體 を 得 す べ き こ と を 開 示 せ ら れ た る も の で あ る 。 蓋 し 大 日 經 疏 に 眞 言 陀 羅 尼 の 文 字 は こ れ 世 間 所 用 の 阿 字 乃 至 呵 字 等 の 文 字 な り 、 か ゝ る 世 間 の 凡 人 所 用 の 文 字 は 、 何 故 に 廣 大 無 碍 の 功 徳 を 具 し 、 如 來 の 境 界 に 歸 入 す る 出 世 間 の 法 門 と な り や の 義 を 釋 し 、 眞 言 陀 羅 尼 の 文 字 は こ れ 世 間 所 用 の 文 字 な れ ど も 、 こ れ 如 來 の 威 神 力 を 以 て 皆 加 持 せ ら れ た る も の な る が 故 に 、 一 字 一 文 皆 如 來 無 量 の 功 徳 を 具 せ る 如 來 の 加 持 身 な る こ と を 明 し 、 更 に そ の 加 持 の 實

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義 を 述 べ 、 如 來 が 三 大 無 數 劫 の 間 、 因 位 の 願 行 に 依 つ て 成 就 せ る 威 神 力 に 依 つ て 、 文 字 を 加 持 せ る ゆ ゑ 、 文 字 に 如 來 無 限 の 功 徳 力 を 具 す る も 、 も し 文 字 本 來 法 身 實 相 の 體 に あ ら す は 、 如 何 に 如 來 の 威 神 力 に 依 つ て も 加 持 し 得 ら れ ざ る な り 、 し か る に 文 字 本 來 實 相 の 體 な る が 故 に 加 持 の 義 を 成 す る 理 趣 を 開 演 し 給 ふ 。 し か し て 大 日 經 疏 に て 實 相 法 身 と は 、 一 切 諸 法 本 不 生 の 理 に 住 す る こ と で あ る 。 眞 言 の 體 は 本 不 生 の 法 體 な る が 故 に 、 こ の 眞 言 を 念 誦 し 、 字 義 を 觀 じ 眞 言 の 自 體 た る 實 相 法 身 に 契 證 す る こ と を 明 す 。 即 ち 眞 言 、 陀 羅 尼 は こ れ 如 來 の 威 神 力 を 以 て 加 持 し 給 ひ し が 故 に 、 如 來 無 量 の 功 徳 を 具 す る 如 來 の 加 持 身 で あ り 、 こ の 加 持 身 た る 眞 言 を 念 誦 す る こ と に 依 て 眞 言 の 自 體 た る 實 相 法 身 の 本 地 身 に 契 證 せ ら る 。 し か し て 本 地 法 身 の 體 は 一 切 處 に 遍 じ 、 自 心 の 本 性 こ れ 本 地 法 身 と 同 體 な る が 故 に 、 本 地 身 に 契 合 す れ は 、 こ れ 自 心 の 本 佛 を 證 す る も の で あ る 。 即 ち 密 教 の 奥 旨 は 實 の 如 く 自 心 の 本 佛 を 體 得 す る 如 實 知 自 心 に あ り 、 し か も 衆 生 は 一 心 の 本 性 を 體 得 す る こ と 易 か ら ざ る が 故 に 、 如 來 無 量 の 功 徳 を 具 現 せ る 佛 果 上 の 法 門 身 た る 眞 言 を 念 誦 し 、 つ ひ に 本 地 身 を 知 り 、 自 心 佛 を 體 得 せ し む る 道 を 開 示 し 給 ひ し も の で あ る 。 し か し て 文 字 の 體 は こ れ 實 相 な り と は 色 即 是 空 、 萬 法 の 當 體 即 眞 如 法 身 な る 理 趣 を 明 す 大 乗 佛 教 の 等 し く 説 く と こ ろ な る も 、 眞 言 陀 羅 尼 は 、 如 來 の 威 神 力 を 以 て 加 持 せ ら れ た る も の な る が 故 に 、 如 來 無 量 の 功 徳 を 具 す る 加 持 身 な る 理 趣 を 説 く は 眞 言 密 教 不 共 の 説 な る の み な ら す 、 そ の 實 相 法 身 の 體 に 聲 字 を 具 し 説 法 あ る 義 を 明 す は こ れ ま た 眞 言 不 共 の 説 で あ る 。 し か し て 大 日 三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 八 三

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三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 八 四 經 疏 に 、 眞 言 を 念 誦 し 眞 言 の 字 義 を 觀 じ 、 實 相 法 身 に 契 證 す る こ と を 釋 せ ら る る も 、 そ の 實 相 體 に 聲 字 を 具 す る や 否 や に 至 っ て は 淺 深 の 兩 義 あ り 、 そ の 深 秘 釋 に 依 れ は 、 實 相 法 身 の 體 に 聲 字 を 具 す る 義 を 明 す も の な れ ど も 、 そ の 淺 略 釋 に 至 つ て は 、 實 相 法 身 の 體 は 言 語 を 絶 せ る 不 可 得 無 相 の 一 心 の 體 な り と の 釋 多 し 、 か く の 如 き は 、 こ れ 文 字 の 當 體 即 眞 如 な る か 故 に 、 聲 字 即 實 相 の 義 を 一 應 開 説 す る も 、 そ の 實 相 法 身 の 體 は 言 語 を 絶 す と な す 、 顯 教 の 大 乗 教 と 旨 趣 を 同 う す る も の で あ る 。 蓋 し 聲 字 に 深 秘 力 あ り 、 究 文 を 誦 じ て 災 厄 を 脱 か れ 、 福 徳 を 招 く こ と を 得 ら る と の 思 想 は 、 印 度 に て は 今 よ り 三 千 五 百 年 以 前 即 ち 佛 教 の 興 起 よ り 一 千 年 以 前 の 古 聖 典 と 稱 す る 吠 陀 の う ち に 已 に 存 す る と こ ろ に し て 梵 書 時 代 に も 咒 文 は 除 災 招 福 の 功 徳 あ り と し て 多 く 誦 用 せ ら れ 、 更 に 奥 義 書 時 代 に 至 れ は 、 眞 言 を 念 誦 す る は 、 單 に 世 間 の 除 災 招 福 の 爲 め の み な ら す 、 眞 言 を 觀 誦 す る こ と に 依 っ て 、 自 我 が 煩 惱 を 解 脱 し で 、 梵 の 本 體 に 契 合 せ ら る と な し 、 或 は 禅 定 三 昧 に 入 る 方 便 と し て 、 眞 言 を 念 誦 せ ら る る に 至 れ り 。 佛 教 に て も 、 小 乗 に て は 、 明 咒 は 多 く 修 道 者 守 護 の 意 義 に 用 ゐ ら れ た る も 、 大 乗 に 至 れ は . 眞 言 陀 羅 尼 を 誦 す る こ と に よ つ て 、 世 間 の 災 厄 を 脱 し 福 利 を 得 ら る る と な す の み な ら す 、 陀 羅 尼 の 本 體 は 、 般 若 波 羅 蜜 多 の 大 智 な り 、 ま た 般 若 の 大 智 を 得 る 方 便 と し て 念 誦 せ ら る る に 至 り し な り 。 こ と に 眞 言 密 教 に 至 れ は 、 諸 尊 の 三 昧 を 修 す る 事 相 門 に 、 諸 佛 菩 薩 の 眞 言 陀 羅 尼 を 觀 誦 し 、 世 間 出 世 間 の 種 々 の

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功 徳 を 成 就 す る こ と を 明 し 、 ま た 深 く 眞 言 の 字 義 を 觀 じ 、 無 分 別 智 を 得 て 法 身 實 相 を 體 得 す る 義 を 説 く も の で あ る 。 此 の 如 く 眞 言 を 念 誦 す れ は 、 世 間 の 除 災 招 福 の 盆 あ り と 共 に 、 藤 定 三 昧 に 入 り 、 生 死 を 解 脱 す る 法 盆 あ り と は 波 羅 門 も 顯 教 も 密 教 も 等 し く 説 く と こ ろ な り 。 し か も 此 等 の 所 説 仔 細 に 觀 れ は 、 そ の 所 明 も と よ り 一 な ら す 、 今 そ れ ら の 委 釋 を 略 し 、 た や 眞 言 密 教 の 不 共 の 深 旨 を 顯 は す 爲 め に 、 一 應 彼 此 對 比 し て 釋 せ ん に 、 奥 義 書 に 俺 字 を 觀 じ て 梵 に 契 合 す る こ と を 明 す も 、奥 義 書 の 説 は 梵 は 宇 宙 の 本 體 に し て 、 永 劫 不 滅 の 眞 實 性 な る も 、 梵 よ り 生 起 せ し 現 象 は 無 明 に よ つ て 成 れ る 幻 夢 に 等 し き 假 相 な b と 觀 、 こ の 幻 夢 の 假 相 を 捨 て 、 梵 の 眞 實 に 歸 入 せ ん こ と を 説 く も の で あ る 。 随 て 俺 字 を 觀 じ て 梵 に 歸 入 す る と 云 ふ も 、 俺 な る 聲 字 即 梵 な る に あ ら す 、 梵 の 實 體 、 自 我 の 本 性 に 至 つ て は 、 一 切 の 聲 字 假 相 を 絶 す と な す も の な れ は 、 眞 言 密 教 の 聲 字 即 實 相 の 義 と 素 よ り そ の 理 趣 一 な ら ざ る や 明 か で あ る 。 ま た 佛 教 に は 小 乗 よ り 大 乗 に 至 つ て 眞 言 陀 羅 尼 の 説 あ る も 、 小 乗 よ り い へ は 、 聲 字 は こ れ 有 爲 無 常 の 假 法 に し て 眞 實 に あ ら す 、 ま た 大 乗 に て は 、 因 縁 生 有 爲 法 の 全 體 こ れ 眞 實 法 性 な る が 故 に 、 聲 字 こ れ 眞 如 實 相 な る 義 を 説 く 。 し か も そ の 究 竟 に 至 れ は 、 聲 字 は 有 爲 の 假 法 に し て 、 眞 如 法 性 の 體 に 契 は ざ る も の な b と な す 。 か の 起 信 論 に 眞 如 の 體 は 言 説 の 相 を 離 れ 、 名 字 の 相 を 離 れ 、 心 縁 の 相 を 離 る る 義 を 述 べ 、 華 嚴 に 理 圓 言 偏 、言 生 理 亡 等 と 云 ふ よ り 槻 る も 、 そ の 所 明 の 理 趣 看 取 せ ら る べ き で あ る 。 三 部 書 を 中 心 と し て 觀 た る 大 師 の 思 想 八 五

参照

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