(C)2002 The Japanese Society for AIDS Research The Journal of AIDS Research 研 究 ノ ー ト
シ ミ ュ レー シ ョン によ り検 討 した
日本 に お け る最 適 なHIV母
子感 染 予 防対 策
稲 葉 淳 一1),4),永 松 あ か り1),箕 浦 茂 樹1),宮 澤 広 文2) 安 岡 彰3),岡 慎 一3),帖 佐 徹4) 1)国立 国 際 医療 セ ン ター 産 婦 人 科,2)国 立 国 際 医療 セ ン タ ー小 児 科,3)国 立 国 際 医療 セ ン タ ー エ イ ズ治 療 ・研 究 開 発 セ ンタ ー,4)国 立 国 際 医 療 セ ンタ ー国 際 医 療 協 力 局 目的:現 在 と近未 来 に お け る 日本 に最 適 なHIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ムを 比 較 検 討 す る。 対 象 お よ び 方 法:「ACTGO76」,「ACTGO76+選 択 的 帝 王 切 開 」,「選 択 的 帝 王 切 開 の み 」, 「HIVNET012」 と,HIV母 子 感 染 予 防 を行 わ な い 「未 対 策 」 の5シ ス テ ム を検 討 の対 象 と した。 費 用 と して は,次 世 代 を生 み 出 す総 費 用 と して計 算 し,妊 婦 検 診,母 体HIV抗 体 検 査,妊 娠 中 お よ び 分 娩 中 の抗HIV治 療,帝 王 切 開 等 の 分 娩 費 用,粉 ミル ク(9か 月 間),新 生 児 のPCR検 査,そ して HIV感 染 児 の治 療 費 用 の総 額 と した。 各 費 用 に つ い て は健 康 保 険 点 数 に準 拠 して 計 算 した 。効 果 と して は,非 感 染 新 生 児 総 数 と,各 予 防 シ ス テ ム に よ り増 加 した非 感 染 新 生 児 数 を用 い た。 各 予 防 シ ス テ ム に お け る垂 直 感 染 率 は 文 献 上 の デ ー タを利 用 した。 日本 の現 状 で のHIV陽 性 妊 娠 の頻 度 は 0.01%か ら0.02%程 度 と推 定 され るの で,シ ミュ レー シ ョ ンは0.005%か ら1%の 範 囲 と して 比 較 検 討 を行 っ た。 結 果:HIV感 染 児 の総 治 療 費 が7,500万 円 の場 合,HIV感 染 妊婦 の 割合 が0.02%以 下 で は,「 未 対 策 」 とHIV予 防 シス テ ム の費 用 対 効 果 比 は ほ ぼ同 じで あ り,そ れ を 超 え る とHIV予 防 シス テ ム を稼 動 させ た場 合 の費 用 対 効 果 比 の方 が 良 好 と な っ た。中 で も 「ACTG076+選 択 的帝 王 切 開」 シス テ ムが 最 良 の効 果 と最 良 の費 用 対 効 果 比 を示 した。 結 論:ACTG076に 選 択 的 帝 王 切 開 を加 え た 母 子 感 染 予 防 シス テ ム は,倫 理 的 の み な らず 経 済 的 に も現 在 の 日本 に お け るHIV母 子 感 染 予 防手 法 と して適 切 で あ る。 キ ー ワ ー ド:HIV/AIDS,母 子 感 染 予 防,費 用 対 効 果 比,ACTG076,elective C/S 日 本 エ イ ズ 学 会誌4:27-36,2002 緒 言 世 界 的 なHIV感 染 者 の 増 大 に伴 い,HIV母 子 感 染 予 防 はHIVに 対 す る主 要 な 対 策 の 一つ とな っ て きて い る。 現 在 の と こ ろ,日 本 に お け るHIV陽 性 妊 娠 の頻 度 は0.01% 以 下 と推 定 さ れ,先 進 国 の 中で は低 いHIV感 染 率 で あ る。 そ の た めHIV感 染 妊 娠 の ケ ー ス は 少 数 で あ る が,今 後 HIV感 染 者 の 頻 度 は増 加 し,そ れ に比 例 してHIV感 染 妊 娠 の ケ ー ス も増 加 して い く と考 え られ て い る。 日本 に お け るHIV母 子 感 染 予 防 は,厚 生 省HIV感 染 症 の 疫 学 研 究 班 ・母 子 感 染 に 関 す る 疫 学 グ ル ー プ に よ る平 成11年 度 HIV母 子 感 染 予 防 マ ニ ュ ア ル に あ る よ う に,AZTを 主 剤 と したACTG076プ ロ トコル に陣 痛 発 来 前 の選 択 的帝 王 切 開術 を加 え て,で き るだ け母 子 垂 直感 染 率 を低 減 さ せ る こ とが標 準 的 な対 策 とな って い る(「ACTG076+選 択 的帝 王 切 開 」,以 下 「日本 標準 方 式 」 と記 載 す る)1)。しか し,将 来 日本 に お い てHIV感 染 率 が 増 大 して い って そ の 治 療 コス トが 増 大 した 時 に,ど の よ うなHIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム が有 効 か につ い て の予 測 は ほ とん ど な さ れ て い な い。 そ こで,HIV感 染 率 が 変 化 した と き にHIV母 子 感 染 予 防 に か か る費 用 対 効 果 比 が どの よ うに変 化 す る か を,世 界 的 に 行 わ れ て い る幾つ か のHIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム につ い て,シ ミュ レー シ ョンを行 い検 討 した の で報 告 す る。 方 法 検 討 を 行 うHIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム と して は,HIV 母 子 感 染 予 防 シス テ ム と して実 際 に施 行 さ れ て い て,そ の HIV母 子 感 染 抑 制 効 果 が 判 明 し て い る 「ACTG076」2), 「ACTG076+選 択 的 帝 王 切 開 」(日 本 標 準 方 式)3,4),「選 択 的帝 王 切 開 の み」5),「HIVNET012」6,7)を 選 択 した。 これ に 比 較 の 基 準 と して,HIV母 子 感 染 予 防 を 行 わ な い 「未 対 策 」 を加 え て合 計5シ ス テ ム を検 討 した。 これ らの5シ ス 著 者 連 絡 先:梢 葉 厚 一(〒162-8655東 京 都 新 宿 区戸 山1-21-1 国 立 国 際 医 療 セ ン タ ー 産 婦 人 科 ・国 際 医 療 協 力 局) Fax:03-3207-1038,E-mail:[email protected] 2001年4月20日 受 付;2001年11月6日 受 理表1各HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム の概 要 テ ム の概 要 を表1に 示 す 。 HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム を 施 行 した と きの 費 用 と し て は,通 常 の 平 均 分 娩 費 用 の概 念 を拡 張 して,妊 娠 ・分 娩 にか か る費 用 にHIV陽 性 新 生 児 の 治 療 コ ス トも加 え て, 次 の 世 代 を 生 み 出 す た めの 総 費 用 と して 定 義 した。 す な わ ち,妊 婦 検 診,HIV抗 体 ス ク リー ニ ン グ検 査,HIV確 定 検 査,妊 娠 中 お よ び分 娩 中 の抗HIV治 療,帝 王 切 開 等 の分 娩 費 用,粉 ミル ク(9か 月 間),新 生 児 のPCR検 査,そ して HIV感 染 児 の治 療 費 用 の総 和 で あ る。 これ らの費 用 の計 算 にあ た り,採 用 した価 格 を 表2に 示 した。 原 則 的 に国 立 国 際 医 療 セ ンタ ー にお け る価 格 を 参 考 に したが,こ れ らの価 格 は主 と し て健 康 保 険 点 数 に 準 拠 して い る。 ま た,そ れ ぞ れ の 項 目 に関 して,今 回 の シ ミュ レー シ ョ ンを 行 うた め に 仮 定 す る必 要 の あ った デ ー タを 表3に 示 した。 仮 定 した 数 値 は国 立 国 際 医 療 セ ンタ ー にお け る近 年 の 産 科 デ ー タを 参 考 と して 設 定 した 。 HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム の効 果 と して は,主 と して 未 感 染 新生 児総 数 と,HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム に よ り増 加 す る未感 染 新 生 児 数 を 指 標 と して 用 い た 。 未 感 染 新 生 児 数 の 推 計 に使 用 した 各HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム に お け る 垂 直感 染 率 を 表1に 示 す が,こ れ らは文 献 的 に報 告 され て い る もの で あ る。 各HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム の 費 用 対 効 果 比 は,上 述 の総 費 用 を未 感 染 新 生 児 総 数 で 除 して計 算 した。 す な わ ち HIVに 感 染 して い な い 次 世 代 一 人 を 得 る た め に必 要 な , HIVの 予 防 対 策,HIV陽 性 児 の治 療 費 を 含 め た 平 均 妊 娠 分 娩 費 用 と して 定 義 した。 これ はHIVに 感 染 して い な い 表2シ ミ ュ レ ー シ ョ ン に 使 用 し た 各 種 検 査,薬 剤, 処 置 等 の 価 格 体 系
*AZTシ ロ ッ プ ・AZT(静 注 用)・Nevirapine(懸 濁 液)は , 現 在 日本 にお いて 販 売 され て い な い た め,米 国 にお け る価 格 か ら そ れ ら の 価 格 を 推 定 せ ざ る を え な い。 し か しAZT, Nevirapineの 錠 剤 の 日本 と米 国 で の 価 格 に は2か ら3倍 の 乖 離 が あ る。 この た め,米 国 で の 価 格 にそ れ ぞ れ の 薬 剤 の 倍 率 をか けて 日本 にお け る各 薬 剤 の 価 格 と推 定 した。 な お1ド ル は107 円 で 計 算 した。
The Journal of AIDS Research Vol. 4 No. 1 2002 新 生 児 一 人 を得 るの に平 均 して幾 ら必 要 か とい う こ とで あ り,こ の 方 法 に よ り,HIVの 母 子 感 染 予 防 を行 わ な い場 合 を 含 め て,各HIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム の費 用 対 効 果 比 の比 較 が可 能 とな る。 以 上 に対 し,HIV感 染 妊 婦 の頻 度,HIV感 染 児 の平 均 治 療 費 を変 化 さ せ た 時 に,そ れ ぞ れ の予 防 シス テ ムの費 用 対 効 果 比 が ど の よ うに 変 化 す る か コ ン ピ ュ ー タ シ ミュ レ ー シ ョ ンに よ り検 討 した 。使 用 した ソ フ トウ ェ ア はExcel 2000(ウ ィ ン ドウ ズ版)で あ る。HIV陽 性 妊 娠 の頻 度 は 0.005%か ら1%ま で の 範 囲 で 検 討 を 行 った。 児 の 治 療 コ ス トと して は,国 立 国 際 医 療 セ ン ター で 治 療 中 のHIV感 染 児 にお け る実 際 の 治 療 コス トを参 考 と した が,1日 あ た り2,000円 の薬 剤 費 と年 間30万 円 の 検 査 費 等 が か か る と して,年 間750万 円 を 推計 の 中心 値 と して 設 定 した 。10年 の 平 均 余 命 を 仮 定 す る と,HIV陽 性 児 の総 治 療 費 は7,500 万 円 と な る。今 回 の シ ミュ レ ー シ ョ ンで は,そ の 上 下 の 2,500万 円 か ら1億 円 まで の 間 で 児 の総 治 療 費 を設 定 して 検 討 を 行 っ た。 結 果 日本 の 年 間 分 娩 数 に近 い100万 件 の 単 胎 分 娩 を 考 え た 表3シ ミュ レ ー シ ョ ン に 使 用 し た 仮 定 デ ー タ 表4各 予 防 シ ス テ ム に お け る シ ミ ュ レ ー シ ョ ン結 果(単 胎 分 娩100万 件 あ た り)
時,HIVに 対 す る対 策 を 行 わ な か っ た 場 合 の 妊 娠 分 娩 に 関 わ る費 用 は,総 額5,011.5億 円 と 推 計 さ れ る 。HIV陽 性 妊 娠 の 確 率 を0.01%と し,未 対 策 時 の 垂 直 感 染 率 を25%と し た 場 合,25人 のHIV陽 性 新 生 児 が 出 生 す る 。 そ れ ら の 児 が 平 均10年 生 存 し,年 間 の 治 療 に750万 円 か か る と す る と,そ の 治 療 額 は18.8億 円 に な る。 こ の 場 合,HIVに 感 染 し て い な い 児 は999,975人 得 ら れ る の で,こ れ を 次 世 代 と す る と,次 世 代 一 人 の 再 生 産 に か か っ た 費 用,す な わ ち 今 回 の 評 価 指 標 と し た 費 用 対 効 果 比 は503,038円/人 と な る 。 そ の 中 でHIV感 染 児 の 治 療 費 は1,875円/人(総 費 用 の0.04%に 相 当)と 算 出 さ れ た(表4)。 ACTG076プ ロ ト コ ル に よ るHIV母 子 感 染 予 防 を 同 じ 条 件 で 行 っ た 場 合,母 子 感 染 予 防 の た め に 必 要 な コ ス トは 32.7億 円 で あ り,そ れ に よ りHIV非 感 染 新 生 児 が17人 増 加 す る。 そ の 場 合 の 費 用 対 効 果 比 は505,027円/人 と な っ た。 他 のHIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム に関 して も同 様 の 計 算 を行 った(表4)。 HIV陽 性 妊 娠 の頻 度 を,0.005%か ら1%ま で 変 化 させ た と きの シ ミュ レー シ ョ ンの 結 果 を表5・ 表6に 示 した。 HIV陽 性 妊 娠 の頻 度 が 上 昇 す る ほ ど母 子 感 染 予 防 シス テ ム に よ り感 染 が予 防 され る児 が増 加 し,そ の 中 で も 「日本 標 準 方 式 」 の効 果 が 最 良 で あ る(表5)。HIVが 世 の 中 に存 在 しな か った と仮 定 した と きの妊 娠 分 娩 費 用 は表4よ り, 501,150円 と推 定 さ れ るが,表6に 示 され る よ う にHIV妊 娠 の 頻 度 が 上 昇 す る につ れ てHIV母 子 感 染 予 防 お よ び 治 療 の た め の費 用 が増 加 す る。HIV陽 性 妊 娠 の頻 度 が変 化 し た と きの費 用 対 効 果 比 を検 討 して み る と,HIV陽 性 妊 娠 の 頻 度 が0.02%の 点 で,未 対 策 の 場 合 とHIV母 子 感 染 予 防 を行 った場 合 の費 用 対 効 果 比 が 同 じ とな った。HIV陽 性 妊 娠 の頻 度 が これ 以 上 の 場 合,検 討 した全 て のHIV母 子 感 表5HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム に よ り得 られ る非 感 染 新 生 児 数 表 は100万 件 の分 娩 が あ った と した場 合 に お け る推 定 値 で,上 段 は 非感 染 新 生 児 の総 数,下 段 は各HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム に よ り増 加 した 非感 染 新 生 児 数 。(単 位 人)
The Journal of AIDS Research Vol. 4 No. 1 2002 染 予 防 シス テ ムが,未 対 策 の場 合 に比 べ て 良 い費 用 対 効 果 比 を示 したが,「 日本 標 準 方 式 」が 最 良 の 費 用 対 効 果 比 を 示 した。 HIV感 染 児 の治 療 に要 す る コス トは,生 存 年 数 と年 間 の 治 療 コ ス トの 積 で あ る。この治 療 コス トを,年 間250万 円, 500万 円,750万 円,1,000万 円 と した 時 の シ ミュ レー シ ョ ンの結 果 を表6お よ び表7-1か ら表7-3に 示 す。HIV感 染 児 の総 治 療 コス トが増 大 す る と,HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム の 費 用 対 効 果 比 は,よ り低 いHIV感 染 陽 性 率 か ら優 れ て い る結 果 と な った 。 検 討 した4種 のHIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム の 中 で は,日 本 標 準 方 式 が最 良 の費 用 対 効 果 比 を 示 した。表 に は示 して い な い が,HIV陽 性 児 の治 療 コス ト が 年 間2,850万 円 を超 え た場 合,検 討 した最 も低 いHIV感 染 率 で あ る0.005%で も,日 本 標 準 方 式 が 費 用 対 効 果 比 で 「未 対 策 」 シス テ ム よ り良 い結 果 とな った。 考 察 a)検 討 した母 子 感 染 予 防 シス テ ム に つ い て 今 回 検 討 を 行 った4種 のHIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム は そ れ ぞ れ に特 徴 の あ る代 表 的 な予 防 シス テ ム と考 え られ る もの で あ る。 「ACTG076」 は1994年 にE.M.Connorら に よ って報 告 さ れ た もの で,そ の 医療 コス トに耐 え られ る経 済 的 に豊 か な 国 々 で は標 準 的 なHIV予 防 シ ス テ ム と な っ て い る。 「ACTG076」 に陣 痛 発 来 以 前 の選 択 的 帝 王 切 開 術 を組 み合 わせ た 日本 標 準 方 式 は,高 価 で は あ るが 効 果 的 な 表6HIV陽 性 妊 娠 の頻 度 と各HIV感 染 予 防 シス テ ム の シ ミュ レー シ ョ ン計 算 結 果 (HIVに 感 染 した児 は10年 生 存 し750万 円/年 の 医療 費 が か か る と仮 定 した場 合) 上 段 は非 感 染 新 生 児 一 人 あ た りの 費 用(単 位 は 円),下 段 は未 対 策 の場 合 を100%と した と きの,各HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ムの 費 用 対 効 果 比 の 相 対 評 価 を 示 す 。 網 掛 け は そ れ ぞ れ のHIV陽 性 頻 度 で 最 良 の 費 用 対 効 果 比 が 得 られ た シス テ ム を 示 す 。
表7-1新 生 児 の 治 療 費 が 変 化 した場 合 の 各HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ムの 費 用対 効 果 比(そ の1) (HIVに 感 染 した 児 は10年 牛 存 し250万 円/年 の医療費 が か か る と仮 宗 した場 合) 上 段 は 非感 染 新 生 児一 人 あ た りの費 用(単 位 は円),下 段 は未 対 策 の場 合 を100%と した と きの,各HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム の費 用対 効 果比 の 相対 評 価 を示 す 。 網 掛 け は そ れ ぞ れ のHIV陽 性 頻 度 で 最 良 の 費 用 対 効 果 比 が 得 られ たHIV対 策 シ ス テ ム を示 す 。 表7-2新 生 児 の治 療 費 が 変 化 した場 合 の各HIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ムの 費 用 対 効 果 比 (HIVに 感 染 した児 は10年 生 存 し500万 円/年 の医 療 費 が か か る と仮 定 した場 合) 上 段 は非 感染 新 生 児 一 人 あ た りの 費 用(単 位 は円),下 段 は未 対 策 の場 合 を10096と した と きの,各HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ムの 費 用 対 効 果 比 の 相 対 評 価 を 示 す 。 網 掛 け は そ れ ぞ れ のHIV陽 性 頻 度 で 最 良 の 費 用 対 効 果 比 が 得 られ たHIV対 策 シ ス テ ム を示 す 。 母 子 感 染 予 防 法 と して現 在 の 日本 で標 準 的 に行 わ れ て い る 予 防 シス テ ム と考 え られ る。「選 択 的 帝 王 切 開 の み 」の予 防 シス テ ム は 妊 娠 中 の 抗HIV治 療 が で き なか った 場 合 の 別 の選 択 肢 と して重 要 で あ る。 「HIVNET012」 はそ の低 コス トと比 較 的良 好 な予 防効 果 に よ り,経 済 的 な余 裕 の 少 な い 国 々 で非 常 に注 目 され て い る シス テ ムで あ る。
The Journal of AIDS Research Vol. 4 No. 1 2002 表7-3新 生 児 の治 療 費 が 変 化 した場 合 の各HIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ムの 費 用 対 効 果 比 (HIVに 感 染 した児 は10年 生 存 し1,000万 円/年 の医 療 費 が か か る と仮 定 した場 合) 上 段 は非感 染新 生 児一 人 あ た りの 費 用(単 位 は円),下 段 は未 対 策 の場 合 を100%と した と きの,各HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム の 費 用 対 効 果 比 の 相 対 評 価 を 示 す 。 網 掛 け は そ れ ぞ れ のHIV陽 性 頻 度 で 最 良 の 費 用 対 効 果 比 が 得 られ たHIV対 策 シ ス テ ム を示 す 。 最 近 で は 母 体 へ の 抗HIV剤 の 多 剤 併 用 投 与 を 行 う HAARTが 研 究 さ れ て い る8,9)。母 体 へ のHAARTは,母 子 感 染 予 防 だ け で な く,母 体 のHIV感 染 の治 療 に もな り,よ り優 れ た効 果 が 期 待 で き るが,薬 剤 の組 み合 わせ 方,胎 児 へ の影 響 の評 価 等,確 認 しな け れ ば な らな い点 も多 く残 っ て い る。 そ の た め 今 回 のHIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム の検 討 で はHAARTを 含 め な か っ た が,近 い 将 来 にHAART の予 防 効 果 と胎 児 へ の影 響 が 少 な い ことが 確 認 さ れ れ ば, 当然HIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム と して費 用 対 効 果 比 を検 討 す る必 要 が あ る。 HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム問 で の検 討 だ けで な く,予 防 を行 わ な い 「未 対 策 」 シス テ ム も含 め てHIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム の費 用 対 効 果 比 を検 討 した理 由 は,HIV母 子 感 染 に お いて は,「未 対 策 」で あ って も70%か ら80%の 新 生 児 は感 染 せ ず,HIV感 染 児 の生 後 治 療 コ ス トが安 価 で あ れ ば,費 用 の点 か らのみ 見 れ ば母 子 感 染 予 防 を行 う経 済 的 合 理 性 が な くな る可 能 性 が あ る た めで あ る。 た だ し母 子 感 染 予 防 は経 済 的 観 点 の み で 行 わ れ る もの で は な く,先 天 的 HIV感 染 児 に 対 す る倫 理 的 ・福 祉 的 意 味 合 い も重 要 で あ る ので,最 終 的 な母 子 感 染 予 防 手 法 の選 択 に は総 合 的 な判 断 が 必 要 で あ る。 b)費 用 対 効 果 比 の計 算 手 法 につ い て HIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム の費 用 対 効 果 比 につ い て の 論 文 は多 い が,そ の 多 く は発 展 途 上 国 に お け る検 討 で あ り,そ の 評 価 尺 度 と してC.J.Murrayら に よ るDisability-adjusted life-years(DAHs)を 採 用 した研 究 が多 い10-13)。 DALYsは 世 界 的 にHIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム を 検 討 し て い く場 合 に は標 準 化 さ れ て い て相 互 の比 較 が可 能 とい う 利 点 が 存 在 す るが,日 本 国 内 に お け るHIV予 防 シ ス テ ム の評 価 をす る に は単 純 化 さ れす ぎ て い る た め詳 細 な検 討 が 困 難 で あ る。 そ こで今 回 の検 討 で は妊 娠 分 娩 にか か る費 用 と,HIV母 子 感 染 の予 防 に か か る費 用,HIVに 感 染 した児 の治 療 費 用 を具 体 的 に推 定 して,費 用 対 効 果 比 を検 討 す る こと と した。 今 回 の検 討 に お け る費 用 は,妊 娠 ・分 娩 にか か る費 用 に HIV陽 性 で生 ま れ た 児 の 治 療 コ ス トも加 え て 次 の世 代 を 作 る た め の総 費 用 と して定 義 した。 効 果 のパ ラメ ー タ と し て は,非 感 染 児 総 数 と,予 防 シス テ ム に よ り増 加 す る非 感 染 児 数 を使 用 した。 日本 にお い てHIVに 感 染 せ ず に生 ま れ た 新 生 児 の ほ と ん ど は無 事 に成 長 す る と期 待 さ れ る の で,非 感 染 新 生 児 総 数 は ほ ぼ次 世 代 の人 数 を示 す こと に な り,す な わ ち今 回 の 検 討 にお け るHIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム の効 果 を示 す パ ラメ ー タ と して 適 切 と考 え た た めで あ る。 費 用 対 効 果 比 と して は,上 述 の総 費 用 を非 感 染 新 生 児 総 数 で割 った商 を評 価 尺 度 と した。 この費 用 対 効 果 比 は, 平 均 妊 娠 分 娩 費 用 の概 念 を拡 張 した もので あ る。 c)仮 定 ・推 定 デ ー タの 正 当 性 につ いて 表2に 示 した デ ー タ は 日本 に お け る健 康 保 険 点 数 や,定
価 を基 本 に設 定 した。 健 康 保 険 点 数 は本 質 的 に真 の経 費 を 反 映 して い な け れ ば な らな いが,は た して 実 際 の経 費 を正 確 に反 映 して い るか ど うか に は疑 問 の部 分 もあ る。 特 に帝 王 切 開 に お い て は実 際 に は デ ィス ポ ー ザ ブル の手 術 器 械 ・ ドレー プ等 病 院 負 担 とな って い る部 分 もあ る と思 わ れ,今 回 使 用 した経 費 は低 廉 側 の費 用 見 積 も りに な って い る と考 え られ る。 しか し 日本 に お い て は現 実 に この点 数 を基 本 に 病 院 が 経 営 さ れ て い る こ と,他 に信 頼 で きる公 開 さ れ た経 費 の デ ー タが な い こ とか ら保 険 点 数 を基 本 に利 用 した。 ま た帝 王 切 開 費 用 が分 娩 費 用 に 占 め る割 合 は,今 回 の シ ミュ レー シ ョ ン中 で 最 大 と な るHIV陽 性 率 が1%で 無 対 策 群 と帝 切 の み の 群 を比 較 して も1.5%に しか な らな い こ とか ら,こ の帝 王 切 開 費 用 の推 定 誤 差 は結 論 に大 きな影 響 を与 え な い と考 え られ る。 検 討 に使 用 した抗HIV薬 剤 で,ま だ 日本 に お い て 認 可 さ れ て お らず 保 険 点 数 が 不 明 なAZTシ ロ ップ とAZT注 射 剤,Nevirapine懸 濁 液 に つ い て は以 下 の よ うに して価 格 を推 定 した。AZT,Nevirapineは 共 に経 口剤 に つ い て は米 国,日 本 共 に薬 価 が あ る。 しか し米 国 の価 格 に対 し 日本 に お け るそ れ らの価 格 は2倍 か ら3倍 の乖 離 が あ るの で,前 述 の薬 剤 につ い て は米 国 の価 格 を基 礎 と して,経 口剤 の価 格 格 差 を乗 じた価 格 を推 定 価 格 と した。 表3に 示 した妊 娠 分 娩 関連 デ ー タ と して仮 定 した数 値 は,国 立 国 際 医療 セ ン ター産 科 に お け るデ ー タを参 考 に設 定 した もの で あ るが, 産 科 的 に は標 準 的 な推 定 値 と考 え る。 この うち,平 均 出生 体 重 につ い て はHIV感 染 症 例 で は36週 前 後 を分 娩 時期 と す る こ とが考 え られ るの で,36週 か ら37週 の平 均 値 を参 考 に体 重 を 設 定 した 。 出 生 体 重 は新 生 児 へ のHIV予 防 薬 剤 の量 に 関連 す るが,そ の金 額 は小 額 で あ り この 出生 体 重 設 定 に よ る結 果 へ の影 響 は無 視 で き る と考 え られ る。 d)母 子 感 染 予 防 シス テ ム の有 効 性 につ いて HIV感 染 小 児 の治 療 は,多 剤 併 用 療 法 や,カ リニ肺 炎 に 関 す る予 防投 与 等 の治 療 法 の 進歩 によ りそ の平 均 余 命 は確 実 に延 長 して きて い る。 しか し現 在 まで の知 見 で は,HIV ウイ ル スが 宿 主 のDNAに 組 み込 ま れ た後 の根 治 は困 難 で あ る と考 え られ る。 す な わ ち倫 理 的 側 面 か ら は,で き るだ け垂 直感 染 を 予 防 す る必要 が あ る。 費 用対 効 果 比 の 観点 か らは,治 療 法 に大 変 革 が 起 こ らな い 限 り,HIV感 染 新 生 児 数 の 増 加 は,そ の 治 療 費 が 増 大 し,そ の 治 療 期 間 が 延 長 し,し か もそ の 多 くを 根 治 で き な い こ とか ら,医 療 資 源 を 消 費 す る大 きな 問 題 に な る と考 え られ る。HIV陽 性 妊 娠 の 頻 度 が 上 昇 す る ほ ど,ま たHIV に感 染 した 児 の 治 療 コ ス トが 増 大 す る ほ ど,HIVの 母 子 感 染 予 防 の 有 効 性 が 増 大 す る こ と は明 らか で あ る(表6・ 表 7)。 逆 に抗HIV薬 剤 が 劇 的 に低 価 格 に な った と仮 定 して も, 現 状 で 日本 に お い て 「ACTG076」 予 防 プ ロ トコル を行 う場 合 のAZTの コス トは 妊 娠 ・分 娩 費 用 に 対 し0.006%に 過 ぎ ず,ま たHIV陽 性 新 生 児 へ の 治 療 コス トは妊 娠 ・分 娩 総 費 用 の0.37%に 過 ぎ な い こと か ら(表4),抗HIV薬 剤 費 が減 少 して も総 費 用 は ほ とん ど変 化 しな い。 未 感 染 新 生 児 数 が増 大 す る人 道 的利 点(表5)を 考 え れ ば,HIV治 療 コス トが低 下 した場 合 で も,HIV母 子 感 染 予 防 シス テ ムを 稼 動 さ せ るべ きで あ ろ う。 特 にACTG076に 選 択 的 帝 王 切 開 術 を加 え た 「日本 標 準 」 予 防 シス テ ム は,検 討 した シ ミュ レー シ ョンの範 囲 で 最 良 の効 果 と最 良 の費 用 対 効 果 比 を示 した こ とか ら,人 道 的見 地 か らの み な らず費 用 対 効 果 比 か ら も 日本 にお け る標 準 的 なHIVe子 感 染 予 防 シス テ ム と して適 切 な 選 択 で あ る と考 え る。 お わ り に 日本 の現 状 に近 い0.01%の 非 常 に低 いHIV感 染 率 に お い て も,日 本 で 行 わ れ て い るHIV母 子 感 染 予 防 シス テ ム の 費 用 対 効 果 比 とHIV母 子 感 染 予 防 を行 わ な か った 場 合 の 費 用 対 効 果 比 は0.4%し か 違 わ ず,今 回 の シ ミュ レ ー シ ョン にお け る推 定 誤 差 の 大 き さか ら,費 用 対 効 果 比 は同 様 で あ る と考 え られ た。 す な わ ち 日本 に お け るHIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム は,現 状 の 低 いHIV感 染 率 に お い て も 経 済 的 デ ィ メ リ ッ トはな く,HIV感 染 児 数 を 低 減 で き る と い う人 道 的 見 地 か ら実 行 され るべ きで あ る。HIV感 染 率 が 上 昇 して き た場 合 に は費 用 対 効 果 比 か ら明 らか にHIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ムを 稼 動 させ る こ とが 必 要 と な る。 特 に 日本 で 行 わ れ て い るACTGO76に 選 択 的 帝 王 切 開 術 を 加 え た 母 子 感 染 予 防 シス テ ム は,非 感 染 児 数 が 最 良 と な る倫 理 的 側 面 だ けで な く,費 用 対 効 果 比 か ら も最 良 の選 択 と な る こ と か ら,日 本 に お け るHIV母 子 感 染 予 防 シ ス テ ム と して 適 切 で あ る と考 え られ た。 文 献 1) 厚 生 省 「HIV感 染 症 の疫 学 研 究 」班 「母 子 感 染 に関 す る研 究 」 グル ープ: HIV-1母 子 感 染 予 防 対 策 マ ニ ュ ア ル, 2000.
2) Connor EM, Sperling RS, Gelber R, Kiselev P, Scott G, O'Sullivan MJ, VanDyke R, Bey M, Shearer W, Jacobson RL: Reduction of maternal-infant transmis-sion of human immunodeficiency virus type 1 with zidovudine treatment: Pediatric AIDS Clinical Trials Group Protocol 076 Study Group. N Engl J Med, 331: 1173-1180, 1994.
The Journal of AIDS Research Vol. 4 No. 1 2002 Benifla J-L, Delfraissy J-F, Blanche S, Mayaux M-J:
Perinatal HIV-1 transmission interacton between zidovudine prophylaxis and mode of deliverry in the french perinatal cohort. JAMA, 280:55-60, 1998. 4) 厚 生 省 「HIV感 染 症 の 疫 学 研 究 」 班 「母 子 感 染 に 関 す
る 研 究 」 グ ル ー プ: 日 本 に お け るHIV-1母 子 感 染 の 現 状 と 対 策, 東 京, HIV母 子 感 染 に 関 す る 国 際 ワ ー ク
シ ョ ップ, 1999.
5) The European Mode of Delivery Collaboration: Elec-tive caesarean-section versus vaginal delivery in preven-tion of vertical HIV-1 transmission: a randomized clini-cal trial. Lancet, 353:1035-1039, 1999.
6) Guay LA, Musoke P, Fleming T, Bagenda D, Allen M, Nakabiito C, Sheman J, Bakaki P, Ducar C, Deseyve M, Emel L, Mirochnick M, Fowler MG, Mofenson L, Miotti P, Dransfield K, Bray D, Mmiro F, Jackson JB: Intrapartum and neonatal single-dose nevirapine com-pared with zidovudine for prevention of mother-to-child transmission of HIV-1 in Kampala, Uganda: HIVNET 012 randomised trial. Lancet, 354:795-802, 1999. 7) Marseille E, Kahn JG, Mmiro F, Guay L, Musoke P,
Fowler MG, Jackson JB: Cost effectiveness of
single-dose nevirapine regimen for mothers and babies to de-crease vertical HIV-1 transmission in sub-saharan Africa. Lancet 354:803-809, 1999.
8) Berger EA, Moss B, Pastan I: Reconsidering targeted toxins to eliminate HIV infection: Yo gotta have HAART. Proc Natl Acad Sci USA 95 (20):11511-11513, 1998.
9) Zorrilla CD: Mother-to-child HIV-1 transmission: state of the art and implications for public policy. P R Health Sci J 19(1):29-34, 2000.
10) Murray CJ: Quantifying the burden of disease: the technical basis for disability-adjusted life years. Bull World Health Organ 72(3):429-445, 1994.
11) Murray CJL, Lopes AD: Global mortality, disability, and the contribution of risk factors: Global Burden of Disease Study. Lancet 349:1436-1442, 1997.
12) Cost-effectiveness analysis and HIV/AIDS: UNAIDS Technical update. UNAIDS Best Practice Collection, 1998.
13) Prevention of HIV transmission from mother to child: Strategic options. UNAIDS Best Practice Collection, 1999.