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Microsoft Word - 李恩珠博論審査要旨(622).docx

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博士論文審査要旨

申請者:李 恩珠 (早稲田大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得満期退学、 韓国・明知短期大学非常勤講師) 論文題目:マイノリティ女性の社会的包摂に関する教育学的研究 ―韓国における北朝鮮移住民への教育支援策を中心に― 申請学位:博士(教育学) 主査 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授 博士(教育学)早稲田大学 小林敦子 副査 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授 岩﨑正吾 副査 早稲田大学 教育・総合科学学術院 教授 博士(教育学) 早稲田大学 矢口徹也 副査 新潟県立大学 国際地域学部 准教授 博士(学術) 一橋大学 権 寧俊 1. 本論文の目的 本論文は、マイノリティ女性の社会的包摂への道筋を、韓国における北朝鮮移住民とい う視点から教育学的に考察したものである。 韓国における代表的なマイノリティとしては女性がいる。韓国女性は歴史的に見れば朝 鮮時代の身分制度から社会的な差別を受けてきた。また、近年では、外国人移住労働者、 外国人結婚移住女性などが社会的排除の対象となってきた。彼ら彼女らマイノリティは、 韓国社会において単一民族思想に基づいた教育により「同化」せざるを得ず、差別が顕在 化されないまま韓国社会の底辺層を構成してきた。 こうした中で1990 年代後半からは、朝鮮半島の情勢により北朝鮮からの脱北者が加わっ た。北朝鮮移住民の場合、同じ朝鮮民族という同一文化圏からの移住と思われていたこと から、韓国社会にソフトランディングできることが期待されていた。しかし韓国社会は、 単一民族史観が強いことに加えて、出身地域による差別も根強い。そのため「南北統一」 が叫ばれながらも、北朝鮮移住民に対する差別が日常化している。その上、北朝鮮移住民 の場合同じ民族として扱われることが差別を不可視化し、却って彼らに対する社会的排除 を生んでいるのである。 とりわけ北朝鮮移住民の中には多くの女性が含まれているが、北朝鮮移住民女性は、北 朝鮮からの移住者であること、そして女性であることから、韓国社会において二重の抑圧 を受ける対象となっている。

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そこで本論は、近年女性を中心として増加している北朝鮮移住民を、韓国社会における 社会的包摂の課題を投げかける存在として注目し、その生活実態や教育支援策について検 証を行う。そしてそれに基づき韓国におけるマイノリティ女性の社会的包摂への、ひいて は多文化共生社会への道筋を探っていくことを課題として設定する。 従来の北朝鮮移住民に関する研究に関しては、南北統一の過程や統一後の対策を検討す る見地から出発しているため政治学・法学的な政策研究が多くを占めていた。2000 年代以 降、社会学、心理学、社会福祉学、ジェンダー論の分野からの研究が始まったものの、北 朝鮮移住民に対して「同じ民族」や「韓国人」という位置づけからアプローチしており、 多文化主義からの視点が不十分であったことも課題であった。本研究においては、先行研 究の土台の上に、多文化主義の視点から、北朝鮮移住民への教育支援策を考察していく。 北朝鮮移住民に対する研究は資料的な限界がある領域であるが、本研究は 2006 年から 2013 年にかけて、信頼関係の構築の上に、参与観察、インタビュー、アンケートなどの調 査、及び手記を収集した上で実証的に論じている。 19 世紀末から 20 世紀にかけての歴史を振り返ってみれば、韓国社会は多数の難民を国外 に送り出してきた。しかしながら、近年、経済発展の中で韓国はむしろ海外からの移住民 を受け入れるようになった。韓国社会は現在、いわば歴史の転換期にあり、それこそが新 たなマイノリティ問題を生み出していると言えよう。 本論文では、日韓併合による植民地化、朝鮮戦争、南北分断という20 世紀における激動 の韓国史を背景に展開されてきた韓国教育を、北朝鮮移住民を中心とするマイノリティと いう視点から考察し、排除型社会とも言える韓国社会がどのようにすればマイノリティ女 性の社会的包摂を実現し、多文化共生社会に変貌を遂げることができるのかを検討してい くものとする。 2. 本論文の構成 本論文の構成は以下のとおりである。 序 論 1. 本研究の課題 2. 本研究の視角・方法 3. 先行文献と本研究の意義 4. 本研究の構成 本 論 第一章 韓国社会におけるマイノリティ問題 第一節 マイノリティという存在

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第二節 韓国社会とマイノリティへの差別 第三節 韓国社会におけるマイノリティ類型 第二章 韓国におけるマイノリティとしての女性―歴史的に見た女性と教育 第一節 韓国史における女性問題 第二節 韓国女性教育の歴史 第三章 都市部及び農村部における女性と教育 第一節 母親と私教育問題―1990 年代の都市部の動向 第二節 非識字者としての農村高齢女性 第四章 移動の中のコリアン女性と教育―在日コリアン女性と中国朝鮮族女性をめぐって 第一節 国外におけるマイノリティとしてのコリアン―日本を中心として 第二節 日本社会における在日コリアン・ディアスポラ 第三節 韓国における朝鮮族女性 第四節 歓迎されない同胞の帰国 第五章 在外脱北者及び韓国内の北朝鮮移住民に対する教育支援 第一節 脱北者問題の発生と脱出経路 第二節 韓国における支援策 第六章 韓国社会における北朝鮮移住民の生活実態 第一節 社会的な背景 第二節 北朝鮮移住青少年の生活実態 第三節 北朝鮮移住女性の生活実態 第七章 韓国、日本、ドイツにおける難民政策及び支援状況 第一節 韓国における難民政策 第二節 日本における難民政策 第三節 ドイツにおける難民政策 第四節 今後の課題 第八章 日本社会における「中国帰国子女」に対する教育支援策との比較研究 第一節 同一民族内の移動としての「中国帰国子女」の事例 第二節 教育支援策への今後の課題 結論 3. 各章の概要 第一章では、韓国社会における「マイノリティ」を定義し、韓国社会の差別構造や偏見 を、外国人労働者、華僑、多文化家庭子女に分けて分析している。そして、こうしたマイ ノリティに対する差別構造の上に、新たなマイノリティとして北朝鮮移住民が登場したと している。 ソウルオリンピックを契機として韓国では外国人労働者が増加しているが、彼らは「外

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国人」という異質な存在、または「不法滞在者」として認識されている。華僑の場合は、 韓国社会において定着していく中で、マイノリティとして制度的・社会的な差別を受けて おり、現在に到るまで韓国社会における「不可視的存在」となっている。 また近年、韓国における多文化共生社会への潮流の中で、結婚移住女性に対する言語教 育支援や育児手当などの支援は増加している。しかしながら、多文化家庭子女に対する差 別や学校現場における支援の不在は、新たな社会問題を孕んでいることが論じられている。 とりわけ、教科書の分析から、単一民族思想に基づき女性、外国人、他人種への差別や偏 見がいかに助長されてきたのかについての検証を行っている。 その中で、北朝鮮移住民が新たなマイノリティとして登場した。彼らの場合、「韓国人」 としての国籍を付与されるものの、そのことでかえって彼らへの社会的な差別が顕在化さ れず、韓国社会に複雑な問題を投げかけていることが指摘されている。 第二章では、韓国の伝統的マイノリティとしての女性の問題を取り上げ、韓国社会が抱 える女性差別の歴史的な背景を探り、社会構造との関連を文献・資料に基づきながら考察 している。 朝鮮時代の身分制度の中で、女性には教育の機会が与えられず社会進出の道も閉ざされ ていた。そのため、子女の出世のみが、母親にとって唯一の「官」へつながる道であり、 子女教育に拍車を掛け、全てを犠牲にしてきたのである。ていた。 さらに朝鮮戦争を経験している韓国女性にとって、戦争による夫(家長)の不在は、「母 子」関係をさらに強固にするものであった。その中で女性は、男性を「いてくれるだけで ありがたい存在」として受け入れ、女性差別を正当化してきたのである。 本章ではさらに、韓国における「学歴主義」や「格差社会」問題は、こうした朝鮮時代 からの男尊女卑思想や身分制度に起因していることを検証した。つまり、韓国社会におい て長く歴史上に根を下ろしてきた身分制度や男女差別問題が、現代社会における差別や排 除の問題を招来していることを、文献に基づきながら実証的に論じた点は、評価できる。 第三章では、マイノリティとしての女性問題を都市・農村女性に分けて分析している。 まず本章では、1990 年代以降の経済危機に伴い労働の現場から閉め出され、社会的に排 除されてきた都市部の女性に焦点を当て、彼らの教育観が社会的な差別構造の再生産に及 ぼす影響を分析している。 経済危機の結果、拝金主義価値観が社会的に蔓延しており、子女の教育については早期 教育ブームが起こり、母子による海外への移住現象さえもたらしている。 韓国においては女性の高等教育就学率が高いことは周知の事実である。そのことが必ず しも韓国における女性の地位向上につながらず、むしろ経済危機の後、学歴競争が過熱化 し、より早期教育の段階から出現し社会の各階層に拡大していることを、著者は調査の結 果から明らかにしている。そして韓国女性は現在においても社会的なマイノリティとして

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全階層において競争社会を助長しており、社会的格差や差別を再生産してきたことを論じ ている。 また、本章においては、農村女性の非識字問題を検証している。学びから排除されてき た韓国の農村女性の場合、貧しい文化状況のままに置かれていることが調査の結果から明 らかにされた。 本章は、実証的なアンケート調査、インタビュー調査によって得られたデータによって 論じており、興味深い論考となっている。 第四章では、20 世紀の激動の韓国社会において外国へと移動していったコリアン女性の 存在を、在日女性(朝鮮半島から日本)および中国朝鮮族女性(朝鮮半島から中国)の二者にわ け、それぞれの生活上の変化や教育状況から検討している。また在日女性及び朝鮮族女性 との対比の中で、北朝鮮移住女性を論じることで、20 世紀の朝鮮半島の歴史といったパー スペクティブの中に位置づけて北朝鮮移住女性を考察することが可能となった。 19 世紀末から、韓国は経済的危機、日韓併合、といった歴史的経緯から多くの難民を輩 出し、その中には日本に来日し定着した多くの在日一世の朝鮮人女性がいた。また、韓国 人の結婚移住女性は、近年の経済危機に伴い日本社会に移住した人々である。こうしたコ リアン女性は日本社会において周縁化されていることを本論では、論じている。それとと もに、在日女性に対する夜間中学での識字教育による自己の回復は、韓国内におけるマイ ノリティへの教育支援活動の上で、示唆を与えるとした。 一方、日韓併合の中で朝鮮半島から中国へとコリアンが流出し、中国の朝鮮族として定 住してきた。こうした中国朝鮮族は、現在、韓国の経済発展、中韓の国交樹立といった背 景の中で、再び、中国から韓国への移動を始めている。また、中国朝鮮族は、韓国におい て労動者や結婚移住女性として流入おり、「いつか韓国人になるか帰国する人々」として受 け入れられてきた。しかしながら同じ言語や文化を持つ朝鮮族の存在が、韓国においてい かに差別されて来たのかを、本論文ではインタビューから明らかにした。 第五章では、北朝鮮内の脱北者増加の背景や脱北者の状況、教育支援の状況を概観した 上で、韓国における北朝鮮移住民に対する教育支援策について、その現状や課題を、北朝 鮮移住民の受け入れ施設である「ハナ院」における参与観察やアンケート、インタビュー に基づいて検討した。 韓国に入国している北朝鮮移住民の中では、脱北及び送還における人権蹂躙、あるいは 第三国における抑圧的生活によるトラウマから苦しんでいる人が多いが、その実態を、彼 らの「声」に基づきながら明らかにした。 北朝鮮移住民の存在は、韓国における差別構造や教育・社会福祉問題など、韓国社会が 抱える矛盾を集約的に表す存在でもあり、支援策においては韓国の社会福祉制度の改善が 伴うべきであること、彼らの生い立ちや脱北過程を踏まえた上で、生涯学習の面から支援

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していくことの必要性を論じた。 第六章では、韓国内の新たなマイノリティとも言える北朝鮮移住民の「脱北」から「韓 国定着」までの過程を、参与観察やアンケート調査に基づき、生活実態、教育支援策、さ らにアイデンティティに焦点をあてて検証している。 その結果、未だに圧倒的に多くの人が貧困や飢餓といった理由から北朝鮮より逃避して いることが明らかにされた。つまり彼らにとって「食べていくこと」が最優先であり、そ のための実生活に関わる教育支援が早急な課題であることを論じている。 本章では、特に成人女性を中心に分析を行い、成人女性に対する支援が青少年に比べて 不十分であり、孤立状況に置かれていることを検証している。ただし、様々な教育支援を 受けている移住青少年と比べて、成人女性の場合、教育や社会において劣悪な境遇に置か れているにもかかわらず、「感謝」「幸せ」「希望」の言葉を多く証言しており、韓国への定 着に対する動機付けが強いことがわかった。ただし、大きな障害として、①健康問題、② 社会的偏見、③残留家族問題などがある。また就職問題に直面し、身体・精神的な疾病に より失敗や挫折を繰り返していることが明らかにされた。 こうした移住民女性への差別問題は、韓国における伝統的な女性の地位の低さと不可分 である。実際、多数の北朝鮮移住女性とのインタビューを通じて、彼らの置かれた状況が 教育を受ける機会から排除されてきた韓国の農村女性のそれと類似していることが確認さ れた。韓国社会において社会的に排除されてきた女性やマイノリティの問題が、北朝鮮移 住民に拡大されていることを、本論文では指摘している。 また移住民女性への社会的偏見は、人々の意識の反映でもあることを本章では論じてい る。韓国人は、北朝鮮移住民を「見知らぬ人々」「怠け者」「危険な人々」と考え、北朝鮮 移住民女性は、韓国社会において「性的蹂躙の被害者」のようなスティグマ付与をされて いる。その結果、北朝鮮移住民は、自ら「朝鮮族より差別される三等国民」と認識してい る。そのため、本研究では、教育現場において多文化主義に基づいた教育実践の必要性を 提言している。 第七章では、脱北者を「難民」の視角から取り上げ、世界各国における難民受け入れ政 策の観点から論じた。また、ドイツ統合過程における東ドイツ人への支援策を検証し、そ れとの比較検討から、韓国の北朝鮮移住民に対する支援策の問題点を考察した。 また今後の朝鮮半島の情勢からすると、北朝鮮、韓国以外に在住している在外北朝鮮難 民への支援も欠かせない課題としている。とりわけ、日本社会における脱北者問題への当 事者性を強調し、在日コリアン問題の延長として、北送事業に参加した在日脱北者の問題 への取り組みは、今後の重要な課題であると著者は指摘している。 このように本章では海外における難民を取り上げることにより、その定着過程や各国の 教育支援を比較し、韓国内のマイノリティ政策に対する課題を提示している。

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第八章では、「同一民族内の移動」という観点から、日本社会における「中国帰国者」に 対する教育支援策との比較研究を行いながら、両国の社会の問題点を明らかにし、社会的 包摂への課題を示している。 日韓の両社会とも単一民族史観の根強い社会として同化政策のもとに移住者やマイノリ ティを受け入れてきた。しかしながら、日本においては、様々な課題はありながらも、第 二次大戦後の知識人や市民運動により市民意識の改善が図られているとする。また日本社 会は韓国社会よりも、地方に対する公平な経済的分配や教育投資が行われる中で、共生社 会へと発展しており、こうした日本社会の歩みは、韓国社会に大きな示唆を与えていると 論じている。 しかしながら韓国社会は自力での独立や近代化に必ずしも成功したわけではなく、社会 的な正義を後回しにしてきたのである。ただし、韓国側においても、近年、諸外国からの 移住者をはじめ、同じ民族である中国朝鮮族や北朝鮮移住民、在外同胞などの流入が増加 し、そうした時代変化の中で韓国政府は積極的な経済支援を行ってきた。結婚移住女性や 北朝鮮移住民が国会議員として選抜されるなど画期的な変化も産まれてきている。韓国政 府における制度改善の取り組みは、外国人受け入れに消極的な日本政府に大きな示唆を与 えるのではないかと、本論では論じている。 結論 結論では、各章ごとに要旨を述べ総括している。 まず、韓国社会における「マイノリティ」を定義した上で、外国人労働者、華僑、多文 化家庭子女に分けて、韓国社会の差別構造を分析している。そして、新たなマイノリティ として北朝鮮移住民が登場したこと、彼らの場合、「韓国人」としての国籍を付与されるも のの、そのことでかえって彼らへの社会的な差別が顕在化されず、韓国社会に新たな問題 を投げかけていることを指摘した。 その上で、韓国の伝統的マイノリティとしての女性を取り上げ、①女性差別の歴史、② 都市及び農村部における女性問題、③20 世紀の朝鮮半島の歴史とコリアン女性の移動、以 上の3つに分けて論じている。まず、韓国社会が抱える女性差別の歴史的な背景を探り、 身分制度が現代社会における差別や排除の問題を招来していることを、文献に基づきなが ら実証的に論じた。また、女性問題を都市・農村女性に分けて分析し、マイノリティとし ての韓国女性は社会的格差や差別を積極的に再生産してきたことを論じている。さらに、 学びから排除されてきた農村女性の場合、そのままの状況に置かれていることが調査の結 果から明らかにされた。 一方、19 世紀末から 20 世紀の激動の韓国社会において外国へと移動していったコリアン 女性の存在を、在日朝鮮女性および中国朝鮮族女性の二者にわけ、北朝鮮移住女性との対 比の中で、それぞれの生活上の変化や教育状況を検討している。そのことで、北朝鮮移住

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女性を20 世紀の朝鮮半島の歴史とコリアン女性の移動といったパースペクティブの中に位 置づけて考察することが可能となった。 こうした議論を踏まえながら、本論では、韓国内の新たなマイノリティとも言える北朝 鮮移住民の「脱北」から「韓国定着」までの過程を彼らの「声」に基づきながら検証し、 韓国における北朝鮮移住民に対する教育支援策の実態を検討した。その結果、未だに圧倒 的に多くの人が貧困や飢餓の理由から北朝鮮より逃避していることを明らかにし、彼らに とって「食べていく」ための実生活に関る教育支援が早急な課題であることを論じている。 また成人女性の分析からは、成人女性に対する支援が青少年に比べて不十分であり孤立 状態に置かれていることを明確にした。しかしながら劣悪な境遇に置かれているにもかか わらず、「感謝」「幸せ」「希望」の言葉を多く証言しており、韓国への定着に対する動機付 けが強いことがわかった。ただし、大きな障害として、①健康問題、②社会的偏見、③残 留家族問題があり、その中で身体・精神的な疾病により失敗や挫折を繰り返していること が明らかにされた。 こうした移住民女性への差別は、韓国における伝統的な女性の地位の低さと不可分であ ると著者は論じる。そして北朝鮮移住民の存在は、韓国における差別構造や教育・社会福 祉問題など、韓国社会が抱える矛盾を集約的に表す存在であることを指摘している。 最後に、脱北者を「難民」の視角から取り上げ、ドイツ統合過程における東ドイツ人へ の支援策や、日本における中国帰国者に対する教育支援策との比較検討を行いながら、韓 国における社会的包摂への課題を呈示している。 以上の論考を踏まえた上で、社会的な差別構造により排除されてきたマイノリティに対 する新たなアイデンティティ確立、多文化共生を重視した教育施策が社会的包摂のために 早急な課題であるとしている。北朝鮮移住民女性は、女性ということ、さらに北朝鮮から の移住ということで二重の抑圧を受けている存在である。彼女たちをどのように受け入れ るかは、韓国が多文化共生社会に変貌を遂げることができるかどうかの試金石である。そ して、移住民の一生涯を見据えた教育支援策を、韓国市民を対象とした生涯教育事業と連 携し実践するなど、すべての社会構成員が共生できるような教育支援策及び社会福祉制度 の整備から始める必要があると著者は結んでいる。 4.総評 本論文の目的は、韓国併合、朝鮮戦争、南北分断という20 世紀における激動の韓国史を 背景に展開されてきた韓国教育を、脱北女性というマイノリティを中心とする視点から考 察し、どのようにすれば排除型社会と言われる韓国社会が多文化社会となることができる のか、マイノリティ女性の社会的包摂の可能性の検討を目的にしたものである。本論のデ ータ分析及び検証を通じて、充分にその目的を果たしていると考えることができる。 本論文の成果を具体的に挙げていきたい。

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(1) 北朝鮮移住民に関してこれほど包括的、かつ大きなパースペクティブから扱った研 究は数少ない。その意味で本研究は学問的に大きな意義がある。 本論文は、韓国における差別問題を構造的に明らかにしている。そして韓国内の外国人 労働者、華僑、多文化家庭子女や国外の在日コリアン、中国朝鮮族等を比較しながら北朝 鮮移住民の問題を明らかにした点は、これまであまりとりあげられてこなかった研究成果 であり、高く評価しうるものである。 一方、北朝鮮移住女性を、19 世紀末から 20 世紀の激動の韓国社会において外国へと移動 していったコリアン女性との対比の中で検討している。そのことで、北朝鮮移住女性を朝 鮮半島の歴史とコリアン女性の移動といった歴史的潮流の中に位置づけて考察することが 可能となった。その結果、北朝鮮移住民女性を中心としながらも、それだけに留まらない 厚みのある研究となった。 (2)多文化主義教育の視点に立った研究であり、マイノリティの視点から韓国における北 朝鮮移住民の社会的包摂のあり方を検討していること。 韓国における北朝鮮移住民に関する先行研究の多くは、南北統一の過程や統一後の対策 を検討する見地から出発している。そのため政治学・法学的な政策研究が主流を占めてき た。近年では、次第に社会学、心理学、社会福祉学の分野からの研究が始まった。しかし ながらこうした先行研究には、移住民政策の問題点を指摘した研究が多い上、北朝鮮移住 民に対して「同じ民族」や「韓国人」という位置づけからアプローチしており、多文化主 義の面から取り上げていない。 それに対して、本研究は多文化主義の立場から北朝鮮移住民に対していかなる教育支援 策が必要かについて検討しており、高く評価すべきであろう。 韓国社会において「多文化共生社会」をめぐる議論が盛んになったのは2005 年度以降と、 ごく最近のことである。しかしながら、韓国社会にはすでに 150 万人の外国人・移住者が 居住している。また、北朝鮮移住民は、今後の朝鮮半島の情勢から、さらなる増加が予測 されている。したがって、北朝鮮移住民をはじめとする外国人・移住者といったマイノリ ティをどのように社会に包摂していけばいいのかを明らかにすることは、喫緊の課題であ る。この点に本論文の意義があるもの考える。 (3) 北朝鮮移住民の研究は資料的な制限がある研究領域であり、そのため北朝鮮移住民 の生活実態が把握されてこなかった。しかし本研究では、その制約を調査、分析を通して 乗り越え、問題点を明らかにしたことは高く評価できる。 北朝鮮移住民に対する調査には彼らが抱える様々な困難から大きな限界がある。例えば 脱北過程における人権蹂躙に伴う精神的トラウマ、さらに身分の露出を恐れるという事情 がある。そのため、長期間にわたる参与観察や信頼関係が必要となる。著者は、北朝鮮移 住民との信頼関係を構築し、2006 年から 2013 年にかけて、北朝鮮移住民を対象とした継

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続的な参与観察や、アンケート、インタビュー調査を行ってきた。とりわけ、成人女性に 対する継続的なインタビュー調査は数が少なく、貴重なデータを得ることができた。 また北朝鮮移住女性の50 編の手記といった第一次資料を中心に、脱北から韓国定着まで の生活、教育及びアイデンティティの変化過程を検証することに成功した。そして、北朝 鮮移住民自身の声を聞きとり、彼ら自身が語る脱北過程や韓国社会における困難、アイデ ンティティの変容などを明らかにしながら、今後の支援について考察を行っている。 従来の研究では、北朝鮮移住女性について一般論から論じられることが多かった。本研 究では、個々人のレベルから実証的に検討を行っており、韓国のマイノリティ研究におけ る意義は大きなものがある。 (4)客観的データに基づきながら議論の展開し、日本及び韓国政府に対して提言を行って いる点。 著者は、日韓の両社会とも単一民族史観の根強い社会として同化政策のもとに移住者や マイノリティを受け入れてきたことを指摘する。しかしながら、日本においては、第二次 大戦後の市民運動により市民意識の改善が図られているとする。また日本社会は地方に対 する公平な経済的分配や教育投資が行われる中で、共生社会へと発展しており、こうした 日本社会の歩みは、韓国社会に大きな示唆を与えていると論じている。 それに対して韓国社会は自力での独立や近代化に必ずしも成功したわけではなく、社会 的な正義を後回しにしてきたとする。ただし、韓国側においても、近年、多文化共生政策 が積極的に実施され、韓国政府における制度改善の取り組みは、外国人受け入れに消極的 な日本政府に大きな示唆を与えるのではないかと、論じている。 冷静な議論から、日韓双方が互いに学び合う点が多いことを指摘している点には、真摯 に耳を傾けたい。 本論文は優れた研究成果が認められる一方で、若干の課題が残されている。今後の研究 の発展を含め、希望を記したい。 第1に、北朝鮮移住民女性へのインタビュー、アンケート調査を継続的に行いつつ、分 析の枠組みをさらに整理した上での考察が必要である。また、多角的な視点から論じるこ とを重視したため、論点が拡散している所もある。難民問題、政治体制など概念を吟味し ながら議論を深めることが期待される。 第2に、華僑、外国人労働者、北朝鮮移住民などのマイノリティは共通点もあるが、異 なる点もある。時代状況によって変化も現れているため、具体的な実態に基づいて研究を 深める必要性があろう。 第3に、在日コリアン・中国朝鮮族の移住と日本の植民地政策(たとえば日韓併合、土地 調査事業、産米増殖計画、強制連行など)との関連性、またディアスポラと称される要因や その背景について、今後考察を加えることが望ましい。それが、日本における北朝鮮移住

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民問題の当時者性につながると考えることができる。 こうした課題を残しながらも、本論文は、マイノリティ研究に新たなる知見や視座を提 供しており、高く評価すべきであろう。以上の諸点から総合的に判断して、審査員全員一 致して、本論文が「博士(教育学)」の授与に値するものであるという結論に達したので、こ こに報告する。 以上

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