1
.はじめに複雑に蛇行を繰り返す自然河川を、地形図や空 中写真、あるいは航空機から直接見下ろしたこと のある人は多いだろう。自然河川を地上から川岸 に沿って眺めると、一見複雑に見えた瀬と淵が、 よく見ると規則的に、ある一定の間隔で繰り返さ れていることに気づくはずだ。そして川の中を瀬 から淵へ向かって間近に観察すれば、水深、流 速、河床礫の堆積構造が連続的に変化しながら、 次の瀬まで来るとまたもとの状態に戻っては、同 じパターンが繰り返されることを認識するはずで ある。このように自然河川の地形や景観には、ス ケールの変化に応じてさまざまな「多様性」が内在 する1)。しかしそれと同時に、規則性という相反 する性質を持ち合わせていることも大きな特徴で ある。
多様な河川環境は、淡水魚類や水生昆虫などの 生息環境でもあり、進化的時間スケールで流域の 生物多様性を豊かにし、また維持する役目を負っ てきた2)−4)。近年、日本をはじめ世界各地で多く
の河川が直線化され、また何らかの人為改変を加 えられ、かつての多様な河川地形は著しく損なわ れてきている5)。河川地形の均質化は、間違いな く生物多様性の低下をもたらす一因となってきた はずである。そのことが徐々に河川管理者、河川 工学者の間で共通認識となりつつあるのは確かで あるが6)、生態学者との間で理解の溝がなかなか 埋まらないのが現状のようでもある。
本論文では、まず河川地形の多様性と水生生物 の多様性との関係について、サケ科魚類の産卵環 境に焦点を当てながら、これまで明らかとなって きた知見を整理した。そして後半では、河川地形 の多様性が人間活動による直線化により、これま でどの程度低下してきたのかを定量化する手法を 紹介する。そして、その手法に基づいて北海道全 域の
1
級・2
級水系の過去約50
年間における均質 化の状況を解析した。北海道における河川・流域環境の変遷
−直線化による河川環境の均質化について−
Changes in the Fluvial Morphology of Hokkaido Rivers
−Loss of Geodiversity due to Channelization−
福島 路生1・岩舘 知寛2・金子 正美3・矢吹 哲夫3・亀山 哲1
Michio F
UKUSHIMA・ Tomohiro I
WADATE・ Masami K
ANEKO・
Tetsuo Y
ABUKI・ Satoshi k
AMEYAMA(1独立行政法人 国立環境研究所・2北海道大学 大学院環境科学院・
3酪農学園大学 環境システム学部)
摘 要
河川地形の多様度を定量的に測る指標として従来から用いられている屈曲率、ま た新たに開発した多様度指標YSを用いて、北海道の
1950
年代以降の地形変化(主に直 線化)の実態を、旧版地図などの地形図からベクトル化した河川データをもとに把握 した。屈曲率の時代変化からは、北海道の1
級・2
級水系のほとんどの河川において 直線化された区間が検出された。一般化エントロピーを用いた多様度指標YSは、河 川形状の複雑性が増すと増加し、規則性が増すと低下する性質を持つ。河川は本質 的にこの2
つの性質を持ち合わせているため、YS 指標は河川多様度の定量化に適し ている。1950
年代以降、YS 指標の著しい低下が認められた河川として、標津川、浜 益川、当縁川、沙留川、鷲別川、胆振幌別川などがある。全道的には1950
年代から2000
年代にかけて、河川地形の多様度は平均して73
%程度低下してきたことが示さ れた。キーワード:一般化エントロピーYS、河川地形の多様性、屈曲率、直線化、GIS
2
.河川地形と水生生物2
.1
河川地形の多様性(geodiversity)について 河川の平面形状は大きく分けて直線流路、網状 流路、蛇行流路(または屈曲流路)などに分類され る7),8)。蛇行した流路は一見複雑だが、個々の河 道を局所的に見れば、屈曲の間隔(波長)や振幅 はほぼ均一であり、正弦波に近似できる地形が 繰り返されていることが多い。事実、河川地形 学では、蛇行波長が河道幅の単純な増加関数と なることが指摘されている9)。因みに、河川屈曲 率(sinuosity)は河道沿いに測定した距離を谷間に 沿って測定した距離で除した値として定義され、 通常その値が1
.5
を越えるものを蛇行あるいは蛇 行河川と呼んでいる10)。地表斜面を流れる水は本来最大傾斜方向に流れ るはずであるが、勾配が緩やかな平野部を流れる 河川は、自然状態では網状流路または屈曲流路と なり直線には流れない。高山7)は、直線流路が網 状流路や蛇行流路に比べて水理学的に不安定であ る、あるいは流れの乱れがラセン流を発生すると しているが、河川がなぜ屈曲あるいは蛇行するか という物理学的、または数学的な納得のゆく説明 はなされていない10),11)。
複雑で規則的な平面形状は、同時に複雑で規則 的な縦断形状を河川に形成する。河川が蛇行する ことで縦断形状に生じる、そのような地形のひと つが瀬淵構造である。瀬淵の配置が規則的である ことは、その間隔(ひとつの淵から次の淵までの 距離)が、やはり河道幅の倍数(
5
倍から7
倍)とな る傾向のあることからも理解できる11),12)。しかし 実際は、河畔から河道に取り込まれた倒流木やそ の他の障害物が河床の局所洗掘を引き起こすた め、瀬と淵の間隔はもう少し狭く、かつランダム に配置されるようになる13)。瀬淵構造などによって河床面に起伏が生じる ことにより、河川表層水が河床間隙に浸透し、 いわゆるハイポレイックゾーン(河床間隙水域) が形成される。ハイポレイックゾーンの存在は 実は古くから知られており14)−16)、ピトー管を用 いて河床間隙の水圧を測定することで、瀬から 淵に移行する付近でほぼ河床鉛直方向に浸透す る水流の存在が確認されたのは、今から半世紀 も前のことである14)。ハイポレイックゾーンで は、河川水、氾濫原間隙水との間で常に水の交 換が行われている。それと同時に、有機物・栄 養塩類も移動するため、物質のソース・シンク 両面の機能を併せ持つ、流域環境の重要な構成 要素であると言えよう17)。さらに近年、このハ
イポレイックゾーンの空間的規模が、従来考えら れていたものとは桁違いに大きい(〜数km)こと や、そこに固有の生物種が生息していることなど が明らかになり注目を集めている18),19)。
2
.2
河川地形と水生生物の多様性河川地形の多様性、言い換えると河川地形の不 均一性(heterogeneity)が水生生物の多様性を維持 していることが、河川生態学者の間で次第に認識 されつつある2),3),20),21)。実は、そのことを水生昆 虫の研究を通して、はじめて明らかにしたのは日 本人の可児藤吉22)であった。可児は、複雑かつ 規則的に変化する河川の地形(「微棲息場所」)に 応じて、出現する水生昆虫の組成が連続的に変化 し、多様な生物種を限られた空間の中に育んでい ることを明らかにした。さらに、このような微細 な生物の生息環境の観察を通して、河川地形をそ の平面及び縦断形状に基づいて、より大きな空間 スケールで分類している。まさに多重空間スケー ルでの生態学を
1940
年代に世界に先駆けて実践 していたのである。河川地形の構造と河床間隙水に関する研究は、 古くから太平洋サケの資源保護に関心の高い北米 やロシアで盛んであった15),23)。太平洋サケをはじ めサケ科魚類は、河床礫に産卵し、その後数ヶ月 を卵と仔魚として礫の中で過ごす。その間の溶存 酸素の供給と老廃物の排出の役割を果している河 床間隙水の動態とそれを支配する地形構造に関す る理解は、サケ資源の保護には欠かせないからで ある。
Fukushima24)、Fukushima and Smoker25)、また Fukushima et al.26)は、サケ科イトウ属イトウ(Hucho perryi)、サケ科サケ属ベニザケ(Oncorhynchus nerka)、カラフトマス(O. gorbuscha)、サクラマス
(O. masou)の産卵環境を調査し、彼らの産卵床
(卵を埋める場所)の空間配置が瀬淵構造のそれと 密接に対応していることを定量的な解析を通して 明らかにした。すなわち種によって微妙な違いは あるものの、決まって淵から瀬への移行帯である 瀬頭と呼ばれる部分を中心に、彼らは産卵床を設 けるのである(図
1
)。瀬淵構造は河川が屈曲することが原動力となっ て形成される。またサケ科魚類の多くが瀬淵構造 を基本ユニットとして産卵場所の選択をしている ことから、「河川の屈曲の激しい部分にサケ科魚 類の産卵床がつくられる」のではないかとも考え られる。実際に、GPSで正確に測量したイトウ産 卵床と河道形状の位置データとを解析した結果、 この仮説の正しいことが明らかにされている27)
(図
2
A)。地形図あるいは空中写真から読み取れるきわめて大きなスケールの地形情報からでも、 イトウの産卵場所がある程度特定できる可能性 もあり、絶滅危惧種に指定された本種の保全への 応用に期待が持てる。
もうひとつ、サケ科魚類の産卵場所が瀬淵構造 という地形条件に規定されていることを裏付ける 状況証拠がある(図
2
B)。この図は直線距離にして
1
kmほどの河川区間につくられたイトウ産卵 床の位置をGPSで、1998
年と3
年後の2001
年とに 記録したものである。この3
年間に蛇行のループ が1
箇所切断されるなど平面形状は若干変化して いるが、瀬淵構造の配置は基本的に変化が無く、 その結果、イトウ産卵床の分布にもほとんど変わ りがない。まったく同一の地点につくられた産卵 床も5
つ存在している。可児が水生昆虫で明らかにしたように、淡水魚 類の生息環境も、河川地形の多様性と規則性、あ るいはそれらの生み出す複雑な水理条件と密接な 関係を持っている。さらに言えば、水生生物の多 様性を維持するメカニズムとして、河川地形の多 様性が重要な機能を果たしているのではないだろ うか。
2
.3
直線化された河川の生態系
20
世紀に入り、農業用水や排水を目的とした明 渠化・暗渠化、また水害の防除を目的とした河川 改修などを通して世界各地の自然河川がことごと く直線化され、人工的な水路と化した5),6),10),28)−30)。 英国イングランドとウェールズでは、1930
年か ら1980
年までの間に総延長約8
,500
kmの河川区 間が直線化され、また米国ではほぼ同時期に約26
,500
kmが直線化されている。またデンマーク では延べ880
kmの河道しか自然河川が残されて おらず、全体の98
%の河道でかつて直線化工事 が行われてきた5)。日本にはおそらく全国的な統 計はないが、例えば北海道の石狩川では1917
年 以降、洪水対策を主な目的とする改修工事によっ て河道が次々とショートカットされ、現在では100
km以上も短い総延長262
kmに短縮されてい る31)。河川の直線化は河床勾配と平均流速を増大さ せ、掃流力を高めることによって河床の低下を 引き起こす。河床低下はまた河岸の崩壊をまね き、それによって河川への土砂供給量が増加す る32)−34)。また河川直線化は侵食・土砂移動プロ セスを変化させるだけでなく、栄養塩の流出機構 などにも影響を及ぼす35)−37)。さらに直線化に伴 う瀬淵構造の消失、河畔林の消失、河川への太 陽光の入射量増大、水温上昇、淡水魚類への餌 資源供給量の減少(陸生昆虫など)、淡水魚類相 の変化などを通して、流域生態系は大きく改変 される38)−41)。
3
.多様度指標による河川地形変化の定量化河川の直線化が、いつどこでどの程度の規模で 行われたかを、資料や文献などから把握すること 図 1 北海道及びアラスカ州での調査結果から,サケ
科魚類 4 種の産卵床の配置を模式的に表したも の.(写真提供:阿部幹雄氏)
図 2 A)北海道に生息するイトウは河川を平面的に 見れば,屈曲の激しい区間に選択的に産卵する
(赤丸が産卵床のつくられた地点).
B)イトウが産卵床をつくる地点は年毎に一部 重複する(黄色の丸印は同一の地点につくられ た産卵床).それは瀬淵構造の空間的配置が大 きく変動しないためである.
は通常きわめて困難である29)。過去から現在まで の河川形状の変化を再現する手段として、過去に 撮影された空中写真を現在のものと比較するとい う方法がある42)−46)。また、より低コストで広域 的スケールな河川平面形状の時代変化を把握する ためには、地形図や旧版地図などを利用する方法 もある47)。
一方、このような画像から判読した河川形状に ついて、その多様度を定量化する手法もいくつか 考案されている。河川地形学で古くから使われて いる代表的な指標に、河川の屈曲率がある。また 河川地形に限らず、物体の形状の自己相似性を定 量化する指標にフラクタル次元(fractal dimension)
がある48)。しかし、自然地形はあくまで統計的 に自己相似性を持つだけであり、厳密にはスケー ルに依存して多様度は変化する。そこでAndrle49) は、スケールごとに変化する屈曲の度合いを角度 で表現する指標を用いて、自然地形の多様度を定 量化している。
このように、自然地形の多様度指標は決してひと つではないが、形状の「多様度」あるいは「複雑度」の 絶対的な定義というものが存在しない以上50)、こ れらの指標の優劣を議論することの意味は乏し い。本研究では、一般化エントロピーに基づいた 多様度指標を用いて、北海道の主要な河川の過去 半世紀にわたる形状変化を定量的に評価した。
3
.1
調査地及びデータ処理北海道には国が指定した
1
級水系が13
、道が 指定した2
級水系が213
存在する51)。本研究で は、これら1
級・2
級水系を合わせた計226
水系 の河川本流を対象とした。これら河川本流の平面 形状は、1950
年代に国土地理院より発行された1
/50
,000
旧版地図及び、現在発行されている同縮 尺の地形図(2000
年代の地形図と呼ぶ)から把握 した。上記の地形図及び旧版地図は、スキャナによっ て画像ファイルとして取り込んだ後、ERDAS IMAGINE
8
.5
52)によって投影法をUTMゾーン54
に 幾何補正し、Easy Trace ver.7
53)を用いて河川流路 に対応する画素を自動抽出し、河川のベクトル データ化を行った。さらに、この河川データ(ラ イン)はArcGIS9
.0
54)を用いて、流程に沿った10
m 間隔の連続するポイントデータに変換した。 このようにして得られた1950
年代と2000
年代 の河川データセットに対して、各ポイントを中心 として上下流に500
mの距離を隔てた区間の河川 屈曲率を、S-PLUS6
55)を用いてすべての点に対し て求めた。その屈曲率の局所的な時代変化を検 出するために、ArcGISを用いて2000
年代の河川データの各ポイントに対して、空間的に最も近隣 に存在する
1950
年代の河川データのポイントを 検索し、2
つのポイントに与えられた屈曲率の差 を計算した。3
.2
河川多様度指標YS
本研究では一般化エントロピーを応用した河川 多様度指標YSを用いて、河川本流の平面形状の 多様度を定量化することにした。YS 指標は以下 のように定義される。
まず一般化エントロピーSとして
の式を用いる(対数は常用対数)。
ここでpiは全部でn個ある構成要素のそれぞれが 全体に占める比率を示す。このときS は
の条件を満たし、その値が最大値log nとなるの は、すべての構成要素が等しく となるとき である。矢吹56)はこの式を変形した以下の式を考 案し、それを完全均等、平等な状態からの隔たり を示す指数として提唱した。
このYS 指標は、Theil Entropy57)を次式のように標 準化した形になっている(Appendix)。
エントロピーSが大きいほどYS指標は小さくな り、S=log n、つまり (i=
1
,2
, ..., n)のときに最 小値0
となる。各構成要素の比率 piは、河川のラインを流程に 沿って等間隔にn分割したときの各セグメントの 両端間の直線距離をliととり、以下のように定義 した(図
3
)。ただし、 である。
このYS 指標は、各セグメントが等しい直線距 離をもつとき、すなわち同じ形を繰り返すとき に
0
となる。例えば、完全に直線な河川ではも ちろんのこと、セグメント長と同調した完全に 規則的な蛇行を繰り返す河川でもYS=0
となる。 つまりYS 指標は河川の屈曲の度合を表現する指 標ではなく、「平面形状の多様性」を抽出する指 標になっている。またこのYS 指標は、他の指標 にない、いくつかの実用的な利点を有しており(Appendix)、河川地形への応用にふさわしいと
考える。
本研究では、空間スケール(セグメント長)と YS 指標との関係をみるため、河川を分割するn の 値、言い換えるとセグメント長を変化させたと きのYS 指標の変動を調べた(これをスケールプロ ファイルと呼ぶ)。セグメント長は基本的に
500
m から5
,000
mまでの間で変化させたが、n が常に5
以上となることを優先させるため、河川によって はセグメント長の上限を短く設定した(いずれに せよ、500
mから上限値までの間をログスケール で100
等分し、各々にYSを求めた)。なお本解析 で対象とした河川は、上記226
河川のうち流路長 が10
km以上の159
河川に限定した。3
.3
結果と考察全道に
226
ある1
級・2
級水系について、地形図からベクトルデータ化した河川本流のラインを 図
4
に示す。ほとんどすべての河川で、局所的に 屈曲率がこの50
年間に低下した区間が認められ る。それらの区間は一般に河川中流から下流にか けて分布する。中でも、十勝地方から根釧原野に かけての太平洋沿岸で、屈曲率の低下が著しい河 川が目立つ。石狩川や釧路川の最下流部など、直 線化されたことの明らかな区間で屈曲率の低下が 認められないのは、これらの直線化工事がともに 大正時代に着手されており、1950
年代の旧版地 図ではすでに直線化された後の河道となっている からである58)。屈曲率の低下が顕著な河川をいくつか拡大し て、
1950
年代と2000
年代の2
つの河道を重ね合わ せてみると、直線化の実態がよく分かる(図5
)。標津川、直別川、当縁川など、かつて河川上流か ら下流にかけて全体的に蛇行を繰り返していた 河川が
2000
年代までにほとんど直線化されてし まったことは、これらの河川で屈曲率の低下がほ ぼ全流程にわたって観察されること(図4
)とも一 致する。それに対し、浜益川や胆振幌別川などで は、著しい直線化は中下流部に集中している。 次に、これらの7
河川を含め、合計10
河川の YS 指標のスケールプロファイルを求めた(図6
)。一般にYS 指標はわずかなスケールの変化に対し て大きく変動する性質がある。またスケールの変 化に対し、YS 指標の変化に一定の傾向は認めら れない。このようなことから、YS 指標のスケー
図 4 全道の 1 級・2 級水系の河川本流の過去 50 年あ まりの屈曲率低下状況.
上下流に 500 mのスケールで河川沿いに屈曲率を 10 m 間隔で求め,1950 年代と 2000 年代とでその値を比較 した結果.主な河川と屈曲率が顕著に低下した河川に は河川名を記した.
図 3 一般化エントロピーに基づく多様度指標YS の 計算方法.
図 5 屈曲率(及び多様度)が著しく低下した河川本流.
(青= 1950 年代,赤= 2000 年代)
ルプロファイルにおける全セグメント長(n=
100
) に対する平均値を時代ごとに求め、その値をそ の河川を代表する多様度とした。そして全河川(
159
河川)について、2
つの年代の多様度をそれ ぞれx軸とy軸にとってプロットした(図7
)。全道の河川の多様度は時代間で少なからず変化 しており、傾き
1
のライン付近に多くの河川が集中するものの、全体的にライン下方にプロットさ れるものが目立つ(そのいくつかは図
5
、図6
に示 した河川である)。この2
つの時代の多様度の一 次回帰式は2000
年代の多様度=0
.728
×1950
年度の多様度+0
.000
で示され(F=165
.2
, df=157
, p=0
.000
, R2=0
.513
)、2000
年度の河川形状の多様度が、1950
年度の多 様度の73
%にまで低下していることが示されて いる。一方、傾き
1
のライン上方にプロットされる河 川は、2000
年度の方が1950
年度よりも多様度が 高いことを意味する。しかしそれは、時代間の地 図精度の違いによってある程度説明できる。国土 地理院が作成した地形図に写真測量が本格的に採 用されるようになったのは1970
年代以降のこと であり、それ以前は精度のやや劣る平板測量に基 づいているからだ59)。さらに、単調な蛇行が繰り 返される自然河川よりも、部分的に直線化された 人工河川の方がYS 指標の大きくなる性質もあり(前述)、このことも傾き
1
のライン上方にプロッ トされる河川の説明になる。直線河川でも単純な蛇行河川でも多様度が共に ゼロ、またはゼロに近いとみなすYS 指標の特性 は、河川を住処とする生物の立場からすると生 息環境の選択肢が
1
つだけであり、その自由度が0
であるとみなすことに等しい60)。実際の河川で は、規則的な波形が繰り返される単調な蛇行流路 でも、その内部は瀬−淵−平瀬などの多様な地形 で構成されており61)−63)、決して生息環境選択の 自由度が0
となることはありえない。しかし、す でに説明した通り、瀬淵構造は河川生態系の基本 ユニットでもあり、個々のユニットの中では、あ る程度同じ生物相が繰り返されている64),65)。した がって単調な蛇行流路の生物多様性が、決して高 くならないのは確かである。また、大変興味深い 事実として、生態学の分野で使われる代表的な種 の多様度指標にシャノン・ウィーナーの指数があ るが66)、この式はYS 指標を構成する一般化エン トロピーの式に他ならない(Appendix)。4
.おわりに河川地形の多様性は、複雑性と規則性の両面を 持つことをたびたび強調してきた。河川に生息す る淡水魚類など水生生物は、この
2
つの性質をう まく利用し、それに適応して個々の種を進化させ てきたとも言えよう。なぜなら生息環境の複雑 図 6 いくつかの河川で求めたYS のスケールプロファイル.
(青= 1950 年代,赤= 2000 年代)
図 7 全 159 河川のスケールプロファイルにおいて YS の平均値を時代ごとに求め,1950 年代と 2000 年代とで比較したもの.
実線は傾き 1 の直線、また破線は一次回帰直線.
性は多種の共存を可能とし、また規則性は個々の 種の安定した繁栄に欠かせない代替生息地を保障 するからである。かつては多様な河川環境も、治 水事業が本格化した
60
年代ころから急速に均質 化の道を歩んできた。この地形変化を、平面形状 の変化として捉え、それを広域的に定量化するこ とによって、均質化が広い範囲で普遍的に進行し てきたことを示すことができた。本研究で紹介し た多様度指標YSは、地形の複雑性が増すと増加 し、規則性が増すと低下するという性質を持ち、 河川地形の多様性を測る尺度として非常に好都合 であった。はたして地形の多様性(geodiversity)は生物多様 性(biodiversity)を高めるのかどうか?少なくとも 数学的には同一の尺度で測ることが可能な
2
つの 概念は、実際にどのように関係しあうのであろう か?これについては今後の生態学と地形学の発展 を待つほかない。謝辞
本研究は国立環境研究所・重点特別研究プロ ジェクト「生物多様性の減少機構解明と保全に関 するプロジェクト」、ならびにH
15
−16
年度科学研 究費補助金による「淡水魚類生息環境のダムによ る分断と河道直線化による均質化の影響評価」の 一環として行われた。飯塚由香里氏と鈴木龍太氏 には河川データの作成に多大な協力をいただい た。また写真家の阿部幹雄氏にはイトウと蛇行河 川の写真を提供していただいた。ここに記して謝 意を表します。参考文献
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Appendix
(
1
) 一般化エントロピー(generalized entropy) エントロピーは熱・統計力学の分野で生まれた重 要な物理量である。エントロピーS の統計力学的定 義式はボルツマンによって… ①
で示された(ボルツマン「熱力学の第2法則と熱平 衡についての諸定理に関する確率論の計算とのあ いだの関係について」,物理学古典論文叢書6「統計 力学」東海大学出版会,1970)。ここでNは全粒子 数、nは微視状態の数、pi は i 番目の微視状態にある 粒子数比率で、kBはボルツマン定数、対数は自然 対数である。熱力学においては、孤立系(全エネル ギーが一定の系)でエントロピーが増大し(熱力学第 2法則)、平衡状態で最大となる。このときエネル ギーEi をもつ i 番目の微視状態に入る粒子数比率は
で与えられる(ボルツマン分布)。また
このときの熱の出入りQに伴うエントロピー変化は
… ②
になることが示され、これはエントロピーの熱力学 的定義式に一致する。ただし、Tは系の絶対温度で ある。
熱力学の定義式②からは、エントロピーはいつの まにか増える不思議な量という理解に留まっていた が(クラウジウス1865)、統計力学の定義式①によっ てエントロピーは微視的スケールでの「散らばり具 合」を表す指標であることが初めて理解された。 この微視的スケールでの「散らばり具合」を示すエ ントロピー概念は、その後、巨視的スケールでの
「散らばり具合」を示す指標として一般化され、様々 な分野で実用的な応用に供されている。この熱統計 力学分野を離れた一般化エントロピーの実用的応用 の嚆矢は、シャノンによる情報量の尺度としての情 報エントロピー(Shannon, C.E. 1948, A Mathematical Theory of Communications, Bell System Technical Journal 27, 379-623)であり、更に生物種の多様度 指標(MacArthur, R.H. 1955, Fluctuations of animal populations and a measure of community stability, Ecology 36, 533-536)の考案へと発展を遂げた。 エントロピーの統計力学的定義式である①式をN
で割った は、1粒子当たりのエントロピーである
が、pi を i 番目の生物種の個体数比率とみなすと、
この は生物種の個体数の「散らばり具合」を表す指 標になる。①式でkB=1とした が生態学で活用さ れているシャノン・ウィーナーの多様度指数である ことは本文で述べたとおりである66)。
更にこの一般化されたエントロピー概念は、社会 科学の分野で富の不平等指数として応用され、Theil
Entropyと呼ばれている57)。これは、piをある社会の
i番目の構成員の所得比率、nを構成員の人数として
… ③ と表される。③式は、最大エントロピーlog nから社 会の富の散らばりのエントロピー を引 いた式となっている。ここで最大エントロピーlogn は、 の均等分布、すなわち完全平等に対応す
る。つまりTheil Entropyは富の分布が完全平等の場
合からどれ位隔たっているかを表す指標、言い換え れば不平等指標を与えていることが理解される。 社会科学の分野で用いられる不平等指標は他にも あるが(世界銀行で採用されているジニ係数等)、そ の指標が社会の構成員の数や富の絶対量に依らない
指標はTheil Entropy以外にない。さらにこの指標は
③式から、社会全体を構成する個々の小社会内部の 不平等指標が分かっていれば、各小社会の富の分布 から社会全体の不平等指標を求めることができると いう他の不平等指標にない実用的な利点を保証す る。
一般化エントロピーであるシャノン・ウィーナー の多様度指数やTheil Entropyは、巨視的な「散らばり 具合」を表すという意味においてのみ、熱・統計力 学のエントロピーの一般化になっているが、熱力学 第2法則(エントロピー増大の法則)に対応する性質 は備えていない。数式的に熱・統計力学のエントロ ピーと同じ形をしていることで、上述したような利 点が保証されることが、一般化エントロピーの最大 の長所である。
(
2
) 河川多様度指標YS
についての補足本論文で用いた河川多様度指標YSは、(1)で説
明したTheil Entropyと同様の以下の利点をもってい
る。
1.YS 指標は各河川の河川長や、セグメントの直線 距離の総和Lに依存しない性質をもっている。す なわち、相似な河川形状については同じYSが与 えられる。このことが、様々な河川長をもつ河川 間の多様性比較を可能にしている(同一の河川で あってもYSはセグメント長には依存する)。
2.ただし河川の2次元形状がフラクタル構造をも つ場合、YS 指標はセグメント長に依存せず一定 となる。
3.河川全体を構成する各支流のYS 指標がすべて分 かれば、各支流の総セグメント長の分布から、河 川全体のYS 指標を求めることができる。
(受付