島崎藤村における大地と歴史
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自然主義試論ⅡT h e fi ct io n o f S H IM A Z A K I T os on : E ar th a n d H is to ry
葛 綿 正 一
KUZUWATA Masakazu
田山花袋において歴史は透明な表象として淡泊に過ぎ去る。それに対して、島崎藤村の歴史は混濁したまま粘着的に大地に滞留するように思われる。執拗な藤村の作品は心理的にのみ解明できるものではなく、神話的にも解きほぐすべきものではないだろうか。藤村はいわば神話制作者である。以下、そうした観点から藤村の作品を分析してみたい。ただし、ここで試みられるのはもっぱらテクストに密着したリテラルな分析である。引用は『藤村全集』全一七巻(筑摩書房、一九七三・四年)による〔1〕。
一 大地の主体化
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『破戒』一九〇六年長篇『破戒』(一九〇六年)は小学校教師瀬川丑松が被差別部落の出身であることを告白し、スキャンダルを恐れ日本を去っていく物語である。その冒頭はよく知られている。「蓮花寺では下宿を兼ねた。瀬川丑松が急に転宿を思ひ立つて、借りることにした部屋といふのは、其蔵裏つづきにある二階の角のところ」。なぜ転居するのか。なぜ移住するのかが本作品のテーマになっているが、主人公が頻繁に転居するのは出自を隠すためであった。『懺悔録』を書いて「我は穢多なり」と宣言した猪子蓮太郎に憧れつつも、新平民の大日向が下宿から追放されたことを知り丑松は動揺する。興味深いのは第四節冒頭の主人公の身振りである。あをのけさまに畳の上へ倒れて、暫時丑松は身動きもせずに考へて居たが、軈て疲労が出て眠て了た。不図目が
覚めて、部屋の内を見廻した時は、点けて置かなかつた筈の洋 らんぷ燈が寂しさうに照して、夕飯の膳も片隅に置いてある。自分は未だ洋服の儘。丑松の心地には一時間余も眠つたらしい。戸の外には時雨の降りそそぐ音もする。(第壱章四)
畳の上に倒れること、これは大地への密着というべきものであろう。この間に主人公は過去を回想し、出自を「隠せ」という父親の戒めを想起している。したがって、大地に身を投げ出すことは、過去への移動を意味している。
校長こそ制度を体現した存在である。「斯校長に言はせると、教育は則ち規則であるのだ。郡視学の命令は上官の命令であるのだ」(第二章一)。おそらく、この規則が混沌とした大地に条里を押しつけるのである。病気のため敬之進は学校を退職することになるが、規則のせいで恩給は受けられないという。娘のお志保は蓮華寺の下宿で働いており、丑松は恋心を抱く。
同僚の土屋銀之助は丑松のことを心配している。「あの憂鬱
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丑松が以前の快活な性質を失つた証拠は、眼付で解る、歩き方で解る、談 はなし話をする声でも解る。一体、何が原 も因 とで、あんなに深く沈んで行くのだらう」(第三章一)。丑松の姿は大地の憂鬱というべきものではないだろうか。大地に隠された秘密を守ろうとしているからである。歩き方でわかるというが、主人公は大地に「深く沈んで行く」かのようだ。第四章冒頭は、そうした大地の豊かさを示す。郊外は収穫の為に忙しい時節であつた。農夫の群はいづれも小屋を出て、午後の労働に従事して居た。田の面の稲は最早悉皆刈り乾して、すでに麦さへ蒔付けたところもあつた。一年の骨折の報酬を収めるのは今である。雪の来ない内に早く。斯うして千曲川の下流に添ふ一面の平野は、宛然、戦場の光景であつた。(中略)積上げた「藁によ」の片蔭に倚凭つて、霜枯れた雑草の上に足を投出し乍ら、肺の底までも深く野の空気を吸入れた時は、僅に蘇生つたやうな心持になつた。(第四章一)
丑松は大地の豊かさに触れて蘇ろうとしているのである。「野の空気」は大地の収穫に寄りかかり足を投げ出して味わうべきものにほかならない。この後にも「濃く青い空気を呼吸した」と続く(第四章二)。
まさに収穫の時期に天長節を迎える。「とある町の曲り角で、外套の袖袋に手を入れて見ると、古い皺だらけにな
つた手袋が其内から出て来た」(第五章一)。隠されていた皺だらけの物体は大地の等価物ではないだろうか。「其手袋を鼻の先へ押当てて、紛とした湿気くさい臭気を嗅いで見ると、急に過去つた天長節のことが丑松の胸の中に浮んで来る。去年
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一昨年─
一昨昨年」。湿気臭い物体は過去を想起させる。そして、人の心の移り変わりと対比される(「手袋は旧の儘、色は褪めたが変らずにある。それから見ると人の精神の内部の光景の移り変ることは」)。天長節の夜の宿直で、丑松は自らの出自を隠して銀之助は語り合うが(第六章一)、差別が天皇制の問題と深くかかわることが示唆されている(平岡敏夫「『破戒』私論」『東洋文化』二三、一九七〇年を参照)。大地の実りにおいて差別はありえないが、実りを収奪する制度において差別が生み出されてしまうのである。「私は暗い土の中に隠れて居る石でも掘り起こす様な気持で、あの作に取掛つたのだつた」と後に藤村は『破戒』を振り返っている(『融和問題と文芸』一九二八年)。
電報で父の死を知った丑松は帰省することになる。「飯山を離れて行けば行く程、次第に丑松は自由な天地へ出て来たやうな心持がした」というが(第七章一)、丑松は自由な大地へと帰還する。そして、父の葬儀は無事に終わる。兎も角も葬式は無事に済んだ。後の事は牧場の持主に頼み、番小屋は手伝ひの男に預けて、一同姫子沢へ引取ることになつた。斯の小屋に飼養はれて居る一匹の黒猫、それも父の形見であるからと、しきりに丑松は連帰らうとして見たが、住慣れた場処に就く家畜の習ひとして、離れて行くことを好まない。(第七章六)
住み馴れた場所を離れようとしない黒猫ははなはだ粘着的だが、大地の象徴であろう〔2〕。種牛に傷つけられて死んだ父親は自らの分身のせいで亡くなったともいえる。ともに大地に属するものだからである。
葬儀の翌日、猪子蓮太郎が訪れる。「瀬川さんの御宅は」と尋ねる蓮太郎は丑松の身元確認に来たのではない。むしろ、それは連帯の呼びかけであろう。新しい自然は別に彼の眼前に展けて来た。蒸し煙る傾斜の気 い息 き、遠く深く潜む谷の声、活きもし枯れもする杜の呼吸、其間にはまた暗影と光と熱とを帯びた雲の群の出没するのも目に注いて、『平野は自然の静息、山獄は自然の活動』といふ言葉の意味も今更のやうに思ひあたる。一概に平凡と擯斥けた信州の風景は、『山気』を通して反つて深く面白く眺められるやうになつた。/斯ういふ蓮太郎の観察は、山を愛する丑松の心を悦ばせた。其
日は西の空が開けて、飛騨の山脈を望むことも出来たのである。見れば斯の大渓谷のかなたに当つて、畳み重なる山と山との上に、更に遠く連なる一列の白壁。今年の雪も早や幾度か降り添ふたのであらう。その山々は午後の日をうけて、青空に映り輝いて、殆んど人の気 たま魄 しひを奪ふばかりの勢であつた。活々とした力のある山塊の輪郭と、深い鉛紫の色を帯びた谷々の影とは、一層その眺望に崇高な趣を添へる。(第八章三)
こうしてみると、大地の活動に関する蓮太郎の言葉は「人の気魄を奪ふばかり」の自然の崇高に触れている。その出自ともかかわるが、蓮太郎は表象の限界に位置づけられるのである。藤村は大地の崇高に触れた作家といえる。
掛ける筈になつて居たので。(第十章一) 行の約束をした。それは父を傷つけた種牛が上田の屠牛場へ送られる朝のこと。叔父も、丑松も其立合として出 いよいよ苦痛の重荷を下す時が来た。/丁度蓮太郎は弁護士と一緒に、上田を指して帰るといふので、丑松も同 くるしみ るが、それは大地の崇高に触れたことと関連している。 居たのである」、これは大地が見せてくれた夢であろう(第九章四)。丑松は蓮太郎に自らの出自を告白しようと考え 為に蒼ざめた蓮太郎の顔であるかと思ふと、お妻のやうでもあつた(中略)何時の間にか丑松はお志保の俤を描いて 「不思議な夢は来て、眼前を通る。其人は見納めの時の父の死顔であるかと思ふと、蓮太郎のやうでもあり、病の
この重荷は大地の重荷にほかならない。「隠せ」というのは父親の命令であり、大地の掟である。それを破ることは「無法」になる。
なぜ屠牛場で丑松が蓮太郎と合流しなければならないのか検討してみよう。父親を傷つけた種牛が殺される屠牛場は崇高の瞬間を生み出す。父親が殺されるに等しい場面であり、丑松が自らを殺すに等しい場面だからである。「三人の屠手は互に庖丁を入れて、骨に添うて肉を切開くのであつた。/烈しい追懐は、復た復た丑松の胸中を往来し始めた。「忘れるな」
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ああ、その熱い臨終の呼吸は、どんなに深い響となつて、生残る丑松の骨の髄まで貫徹るだらう。其を考へる度に、亡くなつた父が丑松の胸中に復活るのである」(四)。父親は現れてはならない亡霊のはずだが、現れようとする。「貴様は親を捨てる気か」と責める声が聞こえるのは、丑松が父親を抑圧しようとするからである。「隠せ」という父の命令は表象化できない何かであろう。「先づまあ、是で御関所は通り越した」と叔父は口にするが(第十一章一)
、屠牛場は一種の閾であり、通過すべき限界であったことになる。
丑松は世話をしてくれた叔父夫婦のもとから出発する。「丑松は冷たい空気を呼吸し乍ら、岩石の多い坂路を下りて行つた」(第十二章一)。藤村は空気の表象よりも大地への下降を選択しているのである。
蓮華寺の下宿に戻った丑松はお志保の夢を見るが、「顕 はつ然 きりと其人を思ひ浮べることが出来なかつた」という。驚くべきことに、その直後に丑松の身元確認がなされる。「一寸伺ひますが、」と紳士は至極丁寧な口調で、「瀬川さんの御宿は是方様でせうか
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小学校へ御出なさる瀬川さんの御宿は」。(第十三章一)丁寧な口調ではあるけれども、これは出自を暴き確定しようとする国家の言葉にほかならない。主体を呼び出し主体の自己同一性を強制する言葉といってもよい。泉鏡花『婦系図』(一九〇七年)でいえば、系図調べである。ドストエフスキー『罪と罰』の探偵小説的な面白さにも近いが、蓮太郎の本を隠そうとする主人公はほとんど犯人であるかのようだ。
郡視学の甥で正教員の勝野文平による丑松の身元調べは校長に報告される。その場所となるのは「応接間の側の一間」だが、官僚機関のようにノックされている(花袋が『東京の三十年』に記していた西洋式ノックである)。「学校にも居られなくなる、社会から放逐される、と言へば君、非常なことだ。それでは宛 まるで然死刑を宣告されるも同じだ」と校長は口にする(第十四章一)。
丑松は再び大地に救いを求めるかのように倒れ込む。「酷 は烈 げしい、犯し難い運命の威 ちから力は、次第に、丑松の身に迫つて来るやうに思はれた。学校から帰つて、蓮華寺の二階へ上つた時も、風呂敷包をそこへ投出す、羽織袴を脱捨てる、直に丑松は畳の上に倒れて、放恣な絶望に埋没れるの外は無かつた。眠るでも無く、考へるでも無く、丁度無感覚な人のやうに成つて、長いこと身動きも為ずに居た…」(第十五章一)。藁でできた畳は大地の収穫に連なるものであろう。逆に空気は主人公の夢想を掻き立てる。「冷い空気に交る香の煙のにほひは、この夕暮に一層のあはれを添へて、哀しいとも、堪えがたいとも、名のつけようがない」(二)。これが蓮花寺の二元性ということになる。
丑松は規則の世界から脱落していくほかない。「次第に丑松は学校へ出勤するのが苦しく成つて来た。ある日、あまりの堪へがたさに、欠席の届を差出した。其朝は遅くまで寝て居た。八時打ち、九時打ち、軈て十時打つても、まだ丑松は寝て居た」(第十六章一)。数字は容赦のない時間を示すのである。
丑松は貧しい敬之進の一家を心配するが、敬之進のほうが死に傾斜している。「雪の中、結構
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下手な畳の上よりも、結句是方が気楽だからね」(第十七章一)。雪に埋もれようとするのが貧しい敬之進であり、結末で雪の上を滑るのが丑松である。「毎年降る大雪が到頭やつて来た。町々の人家も往来もすべて白く埋没して了つた」(第十八章一)。すべてが埋没する季節に、逆に秘密が露呈されるのが本作のアイロニーである。志保は丑松にとって、この地に留まる最後の理由である。 十九章一)。「ああ、お志保さんは死ぬかも知れない」と考える丑松はその夢を見る。大地の夢のごとき存在だが、お 「丑松は絶えず不安の状態
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暇さへあれば宿直室の畳の上に倒れて、独りで考へたり悶へたりした」という(第 ありさま丑松は蓮太郎に自らの出自を告白しようとする。誰かに捕縛されるのではないか、「煙るやうな夜の空気を浴び乍ら」思い悩む(第二十章一)。「噫、それが最後の別離だ」というが、あたかも蓮太郎の死を予期していたかのようだ。演説会で蓮太郎は他者の秘密を暴露して殺されるが、直接に描かれることはない。父親の死、種牛の死、蓮太郎の死は一連のものであろう。種牛の死だけが直接に描かれるが、すべて表象の限界にあるといってよい。
「朝の空気」は一時、丑松を高揚させるが、すぐさま重い言葉に捕らわれる。
冷く心地の好い朝の空気を呼吸し乍ら、ややしばらく眺め入つて居たが、不図胸に浮んだのは蓮太郎の『懺悔録』、開巻第一章、「我は穢多なり」と書起してあつたのを今更のやうに新しく感じて、丁度この町の人々に告白するやうに、其文句を窓のところで繰返した。/「我は穢多なり」/ともう一度繰返して、それから丑松は学校へ行く準備にとりかかつた。(第二十一章一)
この認定は制度による強制そのものといえる。大地から切り離された主体になるよう強制されているからである。「告白」とは、そうした主体として服従することにほかならない。主体であることを強制された結果、丑松は「破戒」の恐ろしさ、官憲による捕縛の恐ろしさに直面させられる。「我は穢多なり」、この言葉は蓮太郎にとって社会に対す
る陽気な主張であったが、丑松にとっては他者からの強制でしかない。一人一人に国民としてふさわしいかを問いかける国家の企みが本作品には見て取れる。しかし、あえて「我は穢多なり」と書いた蓮太郎の本は自己同一性の攪乱を宣言していたのではなかったか。丑松は近代的主体の自己同一性を攪乱させる方向で蓮太郎の本を使用するべきだったのである。他者の自己同一性を批判して殺された蓮太郎の死はそのことを告げているように思われる〔3〕。
ていく。 るとは、誰もが自らの出自を否定することだからである。そうした近代の世界で敬之進の一家は貧苦のために離散し めようとしているかにみえる(第二十二章一)。しかし、丑松こそ典型的な近代人というべきであろう。近代人にな 「一寸伺ひますが、瀬川君は是方へ参りませんでしたらうか」と尋ねて廻る銀之助は、丑松を近代の世界に引き留
「いよいよ出発の日が来た」
とはじまるのが第二十三章である。丑松の乗った橇は雪の上を滑っていく〔4〕。だが、丑松は大地から離陸するわけではない、大地の上を生き続けるのである。実は秘密など何一つ意味をもたず、ほとんど無意味であったことが判明する。探偵小説的だが、誰かが殺されたわけではない。藤村の作品はいつも殺人なき殺人事件といえる。罪を押しつけて反省を強要するが、大地の視点からみれば罪などどこにもないからである。丑松は根拠のない差別に怯えるユダヤ人のようだ。
確かに『破戒』は生真面目なアイロニーに満ちており、性急な自己同一性を求めて読者もまた丑松や藤村を告発するかのように振る舞いがちである。しかし、本作はヒューモアとともに読むべきものではないだろうか。その意味ではユダヤ人フランツ・カフカの傍らに藤村を引き寄せることができるように思われる。ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ『カフカ』(法政大学出版局)によれば、メジャー文学と闘争しつつ逃走するマイナー文学を実践したのがカフカである。ここでの文脈において近代的主体性を強制された文学をメジャー文学、近代的主体から逃走する文学をマイナー文学と呼ぶとすれば、藤村作品にも後者の要素がみられるだろう。しかし、藤村はマイナー文学の可能性を抑圧し、近代的主体を強制するメジャー文学の覇権に与し、文豪になってしまったのである。廃棄するべきは近代的主体の覇権である。
花田清輝は平野謙『島崎藤村』(新潮文庫、一九六〇年)の解説において、三人の犠牲者を生み出した藤村殺人事
件を指摘しているが、花田の批評は藤村作品にイギリス的なヒューモアを見出そうとしたのではないだろうか。『破戒』はあまりに生真面目に自らの起源と向き合ってしまったのであり、それを解きほぐすヒューモアが必要なのである。「童話には理解し得る教訓よりも、感知し得るユウモアが欲しい」(『飯倉だより』一九二二年)、「天の岩戸は他の力では決して開かれなかつた。滑稽の力によつてそれが開かれた」(『春を待ちつつ』一九二四年)と後に藤村は述べている。
二 大地の放浪
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『春』一九〇八年長篇『春』(一九〇八年)は明治二〇年代の「文学界」を中心に描いた藤村の自伝小説である。憧れていた青木は自殺し、思いを寄せた教え子の勝子は函館の許婚に嫁ぎ病死する。ここには大地の友情があり、大地の放浪がある。そして、大地の無言がある。西京、盛岡、伝馬町など土地の名が人物の符丁になっている点も興味深い。
冒頭、男たちは富士山の見える場所に集まるが、これは大地の友情と呼ぶべきものであろう。「会合の場所は街道筋によくある普通の旅 はたご人宿 やである。二階建の離 はなれ座敷があつて富士は好く見えた。三人が占領したのは其二階の一室で、離座敷の方には他の泊客も無い様子。時々顔を出す四十恰好の家 かみ婦 さんより外に放 ほしいまま恣な雑談を妨げるものが無かつた。結句気楽な宿である。汚れた畳の上に寝転び乍ら、三人は岸本の来るのを待つて居た」(一)。
畳に転がるというのは『破戒』から受け継がれた身振りである。ただし、ここでは仰向けに倒れるのではなく、寝転んでいるのであって、機動性がみられる。青木は蜜柑畠で草の上に「死んだ人のやうに」横たわる(二十五)。「蟻は驚きて穴索め、/蛇はうなづきて洞に入る」と歌っているが(二十六)、後に青木の夢に蛇が現れる。「新鮮な屋外の空気は幾分か青木に蘇生るやうな心地を与へた」というのは、青木がいつも閉じ籠もっているからであろう(二十八)。「驚きて起つ蝶ふたつ。/こたびは別れて西東、/振りかへりつつ去りにけり」という歌の通り、地を這っていた青木と岸本は別れることになる(三十三)。ここで想起すべきは次の一節であろう。「人を葬るの墓と、墓を葬る夏草との間には、夢と名のついたる蝶ありて、昼となく夜となく飛び迷ふなり」(『山家ものがたり』一八九四年)。
これによれば、蝶とは大地の墓から飛び迷うものにほかならない。
『破戒』と同じように天長節が祝われるが、それは旅の途中である。
「…旅で暮す商人などと一緒に、岸本は二十二歳の天長節を祝つた。/前途は非常に暗かつた。勝子は死ぬかも知れない、といふやうな悲哀に震へ乍ら、其日の午後、彼は東京へ向けて発つた」(三十四)。
教え子との恋愛に悩む主人公は、大地の上を放浪するばかりである。『破戒』では山の崇高が体験されていたが、『春』では海の崇高が訪れる。国府津近くで「万事休す」の一句とともに死の誘惑に導かれるところである。海はただ彼の墳 は墓 かである
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冷い、無意味な墳墓である。不幸な旅人は、今、自分で自分の希 のぞみ望、自分の恋、自分の若い生命を葬らうとして、その墳墓の方へ歩いて行くのである。到頭、彼はその墳墓の前に面と向つて立つた。暗い波は可 おそろ怖しい勢で彼の方へ押し寄せて来た。(四十一)『此世の中には自分の知らないことが沢山ある─
今ここで死んでもツマラない。』/斯う岸本は思ひ直した。彼は波打際で踏み止まつて、そこからもう一度人里の方ヘ引返した。(四十二)主人公は海に飲み込まれようとするが、しかし危うく引き返す。そこにいたのが青木であり、青木が岸本を助けてくれたといってもよい。この後に死を遂げる青木はいわば岸本の身代わりになるのである。舟旅で酷く揺られたものは、陸 おかへ上つた後でも未だ身 からだ体がフラフラする
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丁度、青木の住 すまゐ居で眼を覚ました岸本が其様な盬梅であつた。(四十四)主人公は大地の上で場所を定めることができずに揺れている〔5〕。だから、大地に触れようとする。「庭は可成広かつた。往 むかし時からの習慣で、跣 はだし足に尻端折で、よく岸本は斯の庭を掃いたものである。其日も、物置の方から箒 ははきと塵 ごみ
箕 とりとを持つて来て、先づ茶の間の前にある楓の下から始めた。庭の隅には古い楠もあつて、湿つた土の上へ実がこぼれて居た」(五十四)。
岸本はかつて裸足になって大地に触れていたのである。だが、大地に閉じ込められることがあるだろう、それが「黄昏時の空気と煙」から別れた青木の場合にほかならない(五十七)。草稿の上に「這倒るやうな風をして、額を畳に押宛て」たとき、不思議な夢を見る。
『青木君、何 な故 ぜ君は斯様なところへ来て居るんだい。』と言ふ人があつた。/『何故ツて、ここは僕の家 うちぢやないか。』斯う青木は答へた。/不思議にも、部屋の窓には鉄の格子が塡めてある。書棚のあるべきところには書棚がなくて、そのかはりに天然の巌石がある。その巌の鼻には今にも倒れて来さうな石が危く懸つて居る。部屋の入口の開いたところから、虎の檻が見えて、しかもその檻は是 こ方 ちらへ向けて戸を開けてある。横の方の窓から何か覘いて居るものがあつたが、よく見ると可怖しい毒 まむし蝮であつた。(六十二)
書棚のあるべきところには岩石があるというのは、書物と大地の等価性を暗示するものであろう。蛇は大地の生き物である。『ここは何処だね。』と青木は知らない人に聞いて見た。/『解りさうなものだなあ
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牢 ろうや獄サ。』とその知らない人が言つた。/左様言はれるて見ると、部屋は堅固な鉄の塀で囲んである。青木自身は鋼 はがね鉄の鎖で繋がれて居る。鎖の長さだけより外に歩くことも奈何することも出来ない。(中略)『別に僕は法に触れるやうなことを為た覚が無いよ。見給へ、僕は憶病者だ。強盗をしたり殺 ひとごろし人をしたりするやうな、其様な勇気のある男ぢやない。僕は昆 む虫 しを殺しても気が咎める─
それほど意気地の無い人間なんだからネ。』/斯う青木は言つたものの、現在牢獄の中に居るといふことは事実だ。何の罪があつてここへ来て居るのか、誰に縛られて斯様な処へ押込められて居るのか、それは青木にも答へられない。自分の家だ、家だ、と思つて居るうちに、何時の間にか斯様な牢獄の中に入つて居たのである。(六十二)窓の方へ逃げつつ、窓の外の人を「牢獄へ引き入れやうとして」目が覚める。モデルである北村透谷が『楚囚之詩』(一八八九年)を書いたことを暗示しているが、青木は大地の牢獄に囚われてしまったのである〔6〕。青木はこの後、縊死してしまう。「彼 あの時 とき、助けられた自分が生きて、助けた友達の方が死んだ」と主人公は考えている(九十三)。異様な煙の臭 にほひ気は吉原堤に近い屠殺場の方から風に送られて来た。その煙は、水溜のある草地や、畠や、田圃なぞを越して、遠慮なく侵入して来る。風が持つて来る煙のことで、それを防ぐことも奈 ど何 うすることも出来なかつた。(九十六)
『破戒』に屠牛場の場面があったように、
『春』にも屠殺場が出てくる。この屠殺場が青木の死を暗示していること