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金融危機下のロシア経済と  ビジネス環境 

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(1)

 

平成 20 年度 

金融危機下のロシア経済と  ビジネス環境 

報告書 

     

平成 21 年 3 月 

     

この事業は、競輪の補助金を受けて  実施したものです。 

http://ringring-keirin.jp 

(2)

は し が き

米国のサブプライム・ローン問題に端を発した世界的な金融危機は、2008年半ばにロ シアにも波及した。原油価格が大幅な下落に転じる中で、株価は

80%、為替(ルーブルの

対ドル相場)は

57%の大幅な下落となるなど、ロシア経済は極めて厳しい状況に追い込ま

れた。過去

10

年間高い経済成長を続けてきたロシア経済は、金融危機の影響で大きく減

速し、

08

年通年の

GDP

成長率は

3%にとどまり、 09

年についてはマイナス成長も取り沙

汰されている。こうした最近のロシア経済の混乱は、自動車を中心とする日本の進出企業 にも大きな影響を与えており、各進出メーカーは軒並み生産・販売計画の縮小や先送りの 検討を余儀なくされている。また、日本の進出企業の動きは、シベリア横断鉄道(TSR)

による輸送など物流にも打撃を与えており、

08

年の日本発着のコンテナー取扱量が当初予 想を下回ったほか、

09

年についても取扱量の減少が懸念されている。ロシア極東において は、08年に連邦政府によって承認された「極東ザバイカル地域発展連邦目的プログラム」

が進行中であるが、金融危機の影響で極東連邦管区内の各行政府の予算収支がすべて赤字 となっていることから、プログラムの期限内達成に対する懸念も出てきている。

一方、ロシアでは、

08

5

月の大統領選挙によって、メドベージェフ大統領とプーチン 首相によるいわゆる

2

頭政権体制が成立した。これまでのところ両指導者の間に敵対的な 関係は観察されないが、スモーリヌイ(ペテルブルグ市政府)閥内の「シロビキ寄り」「リ ベラル寄り」のグループ間のバランスが今後どのように変化するのかが注目される。また、

金融危機によって有力企業家のロビー活動が激化しており、これが

2

人の指導者の対立要 素を生む可能性も指摘されている。

  以上のような背景から、平成

20

年度の「金融危機下のロシア経済とビジネス環境」調 査研究においては、最近のロシアにおける金融危機の影響を含む政治・経済環境の変化を さまざまな角度から取り上げ、今後のロシア経済への影響や、貿易・投資等日ロ経済関係 に与える影響等について分析した。本報告書が対ロビジネスを行う日本企業をはじめ関係 各位に何らかの参考になれば幸いである。

平成

21

3

(財)国際貿易投資研究所

(3)

目    次

1

章    「

2

頭政権体制」の考察 

··· 1

現代ロシア情報分析会  幹事 特定非営利活動法人 ユーラシア

21

研究所  客員研究員 月出  皎司

2

章   

2008

年以降のロシア金融危機と今後の課題 

···16

三菱東京

UFJ

銀行  国際企画部 ロシア・東欧・

NIS

部長  深井  昌克

3

章    最近のロシアのエネルギー問題 

···35

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構(

JOGMEC

石油開発支援本部  調査部  主席研究員  本村  真澄

4

章 最近のロシアにおけるビジネス関連法の整備状況 

···52

オリック・ヘリントン・アンド・サトクリフ外国法事務弁護士事務所

弁護士  アレクセイ・ロセフ

5

章    最近のシベリア横断鉄道(

TSR

)輸送ルート 

···58

株式会社 日新 国際営業部門顧問  長澤  登

6

章 ロシアにおける廃棄物処理問題 

···69

社団法人

ロシア

NIS

貿易会 ロシア

NIS

経済研究所次長  岡田  邦生

7

章 日露極東経済協力の現状と課題 

···80

三菱商事株式会社 業務部 顧問

社団法人 ロシア

NIS

貿易会 顧問

(

)

国際貿易投資研究所 客員研究員

遠藤  寿一

8

章 ロシア極東の地域開発の動向と中ロ地域間交流の展開 

···93

財団法人 環日本海経済研究所(

ERINA

調査研究部部長代理  新井  洋史 第

9

章 対ロビジネスの現状と展望・課題−北陸地域を中心に− 

··· 110

環日本海経済交流センター貿易投資アドバイザー  野村  允

(4)

<付属資料Ⅰ>

ロシアの経済動向と金融危機への対応 

··· 129

<付属資料Ⅱ>

ロシアの貿易・投資関連統計 

··· 151

(5)

要  約 

1.調査研究の目的

  米国のサブプライム・ローン問題に端を発した世界的な金融危機は、

2008

年半ばにロシ アにも波及した。原油価格が大幅な下落に転じるという情勢の中で、株価は

80%、為替(ル

ーブルの対ドル相場)は

57%の大幅な下落となるなど、ロシア経済は極めて厳しい状況に

追い込まれた。過去

10

年間高い経済成長を続けてきたロシア経済は、金融危機の影響で、

特に

08

年の第

4

四半期に大きく減速、08年通年の

GDP

成長率は

3%にとどまり、09

年 についてはマイナス成長も取り沙汰されている。ロシアが金融危機の影響を大きく受けた 背景には、①経済および輸出における過度の天然資源への依存(逆に言えば、天然資源以 外の産業基盤の脆弱性)、②脆弱な金融市場、といった点が指摘されている。

こうした最近のロシア経済の混乱は、自動車を中心とする日本の進出企業にも大きな影 響を与えており、各進出メーカーは軒並み生産・販売計画の縮小や先送りの検討を余儀な くされている。また、日本の進出企業の動きは、シベリア横断鉄道(TSR)による輸送に も打撃を与えており、

08

年の日本発着のコンテナー取扱量が当初予想を下回ったほか、

09

年についても取扱量の減少が懸念されている。ロシア極東においては、

08

年に連邦政府に よって承認された「極東ザバイカル地域発展連邦目的プログラム」が進行中であるが、金 融危機の影響で極東連邦管区内の各行政府の予算収支がすべてマイナスとなっていること から、プログラムの期限内達成に対する懸念も出てきている。

一方、ロシアでは、

08

5

月の大統領選挙によって、メドベージェフ大統領とプーチン 首相によるいわゆる

2

頭政権体制に移行した。これまでのところ両指導者の間に敵対的な 関係は観察されないが、スモーリヌイ(ペテルブルグ市政府)閥内の「シロビキ寄り」「リ ベラル寄り」のグループ間のバランスが今後どのように変化するのかが注目される。また、

金融危機によって有力企業家のロビー活動が激化しており、これが

2

人の指導者の対立要 素を生む可能性も指摘されている

  以上のような背景から、平成

20

年度の「金融危機下のロシア経済とビジネス環境」調 査研究においては、最近のロシアにおける金融危機の影響を含む政治・経済環境の変化を さまざまな角度から取り上げ、今後のロシア経済への影響や、貿易・投資等日ロ経済関係 に与える影響等について分析した。

i

(6)

2.調査結果の概要

  本報告書は、本調査研究のために立ち上げた「ロシア・極東地域研究会」において研究 会を構成する各委員が全体のテーマに沿ってそれぞれの専門分野から報告した内容を中心 にとりまとめたものである。また、一部のテーマ「最近のロシアのエネルギー問題」につ いては外部の専門家に研究会での報告を依頼するとともに、報告内容についての原稿執筆 をお願いした。各章で取り上げたテーマと報告の概要は以下のとおりである。

(1)「2頭政権」体制の考察

 

2008

5

月、ロシアはメドベージェフ大統領とプーチン首相による、いわゆる

2

頭政 権体制に移行した。新旧体制の間には、政権を構成するコアメンバー、大衆民主主義の否 定など継承された要素もあるが、スモーリヌイ(ペテルブルグ市政府)閥内の「シロビキ 寄り」「リベラル寄り」のグループ間のバランス、ロビー活動の動線など変化した要素もあ り、今後さらなる変化も予想される。ただし、これまでのところ、両指導者の間に敵対的 な関係は観察されない。

08

年末の憲法の一部改正については、国外では一部でプーチン首 相の大統領への早期復帰の環境整備という見方もあったが、憲法改正案に掲げられた民主 主義的、自由主義的、人権尊重的な政治理念と実践課題が課せられるのにふさわしい人物 はプーチンではなくメドベージェフと考えるのが論理的であろう。

 

08

年秋から顕在化した金融・経済危機は、これまでの繁栄のビジョンを根底から打ち砕 いた。このような状況が、有力企業家の激しいロビー活動などによって

2

人の指導者の対 立要素を生むなど、今後のロシアの政治権力のあり方に影響を与える可能性がある。

(2)2008年以降のロシア金融危機と今後の課題

ロシアにおいては、

2008

年央より、世界的な金融危機の影響が顕在化し始めた。国際的 な金融逼迫や原油価格の下落等外部要因に、グルジア紛争等内部的要因も加わり、過去に 例を見ない

1,300

億ドルに上る資本収支のネット流出が生じ、株価は

80%、ルーブルも対

ドルで

50%以上の下落に見舞われた。政府は、10

月の段階で

2,000

億ドルを超える金融

安定化策を策定、さらに、景気浮揚策も発表、危機克服に強い決意を示した。しかし、世 界的な不況感が強まる中、回復の目処は立たず、厳しい状況がしばらく続くものと予想さ れる。今回の危機で浮き彫りになった、資金フローの歪を正し、国内の資本蓄積と海外直 接投資を促進させるため、ロシア政府には、国内の金融機能強化と民間の経済合理的な活

ii

(7)

動を尊重する制度的枠組みと、それを遵守する姿勢の確立を望みたい。

(3)最近のロシアのエネルギー問題

  現在のロシア経済には、①ロシア企業の株価の下落、②油価の下落、③ルーブルの下落、

3

つの危険因子がある。

08

年後半の株価の下落は即、担保価値の下落となりマージンコ ールを受けることになったことから、政府は

VEB

を通じて

500

億ドルの緊急融資を実施 した。油価の下落に対しては、原油輸出税の軽減措置が実施された。油価の下落に伴いロ シアと

OPEC

の協調が目立つようになった。しかし、技術的な理由からロシアの

OPEC

への加盟はないと見られる。また、ガス分野でもロシアを中心とした「ガス

OPEC」の憶

測が流れたが、天然ガスについても専門家の間では、カルテルはありえないと考えられて いる。ロシアの石油生産は、00年以降続いてきた増産ベースが

05

年以降は漸増基調へ移 り、最近は生産抑制策の結果、減退基調で推移している。また、

08

年の天然ガスの生産は、

暖冬で需要が落ち込んだため、前年比

1.6%増にとどまった。ロシアから CIS

諸国への天 然ガスの輸出価格は非常に低く抑えられていたが、

06

年以降は、こうした補助金的な低価 格政策を改め、徐々に欧州並みの市場価格へ移行しつつある。ウクライナはこれに激しく 抵抗したため

06

年にウクライナ・ガス係争が発生した。係争は

09

年に再燃し、今回はロ シアが供給を停止したことから大きな問題となった。この紛争で

EU

関係国から

Nabucco

パイプラインの計画に関する議論が走り出し、一方、ロシアがかねて主張していたウクラ イナ迂回ルートの

Nord Stream

South Stream

計画についても推進機運が強まっている。

(4)最近のロシアにおけるビジネス関連法の整備状況

 

2008

年、世界を襲った金融危機はロシアにも到来した。08 年度に成立したビジネス関 連の法律は、以前から準備されていたものと、経済危機への対応策である救済措置として 成立したものに大別される。前者を代表するものとして外国投資の規制に関して明確なル ールを設定した法律、有限会社法を大幅に修正した法律があり、後者を代表するものとし ては、ロシア銀行法、「ロシア連邦金融システムへの支援の追加措置」に関する法律がある。

  前者の「国防および国家安全保障に関する戦略的に重要な事業体への外国投資の実施手 続き」に関する法律は、

42

業種/分野について外国企業が支配を取得しようとする場合に 事前承認の取得義務を定めたものである。特に、

42

業種/分野のうち、連邦管轄の地下資 源関連の事業で外国企業が支配を獲得する場合は、特に厳しい支配要件(対象企業の総議

iii

(8)

決権の

10%以上を取得など)を定め、それに該当する場合は承認手続きが必要としている。

また、有限会社法の改正は、これまで最も問題視されていた会社退会権に対する制限を加 えるなど、有限会社制度のさらなる安定化を図ることを狙いとしたものである。

(5)最近のシベリア横断鉄道(TSR)輸送ルート

 

2008

年の日本の発着の

TSR

貨物取扱量は、10月以降の金融危機の影響を受けて、

1

380TUE

と当初予測の

1

1,274TUE

を下回った。TSR一貫輸送の料金を海上(DEEP

SEA)運賃を比較すると、07

10

月以降、TSRルートの料金が大幅にアップしているの

に対して、

DEEP SEA

の運賃はむしろ安くなっており、2つのルートの実質運賃は大きく 乖離してきている。日露間貿易の拡大基調の下で、ロシアに進出している日本の自動車メ ーカーの現地生産に必要な部品を

TSR

で輸送できれば、TSR貨物増量の大きなチャンス になるとの期待が膨らんだが、金融危機の影響で、進出した自動車メーカーが現地生産・

販売計画の縮小・先送りを真剣に検討する事態になるなど、09年前半から

09

年いっぱい くらいはロシア市場での自動車関連の貨物輸送に期待することはかなり無理があるのでは ないかとの懸念が高まっている。しかし、一貫輸送料金問題が改善された場合には、ユー ラシア大陸をカバーする基幹ルートとしての

TSR

の重要性には変わりはなく、市場回復 までの間を利用して、将来に備えた

TSR

の一貫輸送料金の競争力改善に取り組むことが 重要である。その際、ロシア鉄道のリーダー的役割が期待される。

(6)ロシアにおける廃棄物処理問題

 

2008

年は新生ロシアにとり、画期の一年であった。政治的には、メドベージェフ新大統 領とプーチン首相による双頭政治体制が生まれた。経済的には、

08

年秋以降の原油価格の 大暴落がロシア経済全体に大きなダメージを与えることになり、株式市場、実体経済を直 撃し、景気は一気に冷え込んだ。日ロ貿易は、03 年からの5年間に急激に拡大し、08 年 は輸出入合計で

03

年実績の5倍の

300

億ドル規模になったが、日本からの輸出の7割超 を占める自動車輸出が失速し、今後の進展は楽観を許さない。

  ロシアにおける廃棄物処理の問題は、分別、再生、焼却が行われていないため廃棄物の 量が多く、街中にある最終処分場の容量が限界を超え、環境汚染の温床になっていること である。近年、ロシア全体で、廃棄物処理問題に対する注目が高まっているが、その理由 は、環境保全意識の高まりとともに、資源の有効活用の経済性である。しかし、廃棄物処

iv

(9)

理を巡るさまざまな問題の解決は、決して容易な課題ではない。それ故に、日本がロシア において廃棄物処理問題において協力をすることの意義は大きく、分別工場、リサイクル 工場、焼却工場、最終処分場など、さまざまな分野でソフトとハードの両面で技術の輸出 が可能となるであろう。ロシアの潜在的な需要は高く、注目すべき分野である。

(7)日露極東経済協力の現状と課題

 

2007

年のロシア極東連邦管区の対外貿易は、輸入は前年比

10.9%増であったが、輸出

は同

50%増と過去最高を記録した。これはサハリン 1

並びに

2

からの原油輸出が日本向け

に定着してきたことによる。

09

年からはサハリン

2

からの

LNG

の日本向け輸出も開始さ れることから、今後の日露貿易は、原油とガスを主力商品として大きく拡大するものと期 待される。極東連邦管区への直接投資も、サハリン・プロジェクトが動き出した

03

年以 降急増し、06 年の連邦の直接投資受け入れに占める極東のシェアは

29.4%に達した。し

かし、07 年はプロジェクトも完成時期に近づいたことから、投資額も減って同比率は

14.6%に減少した。一方、世界同時不況は、ロシア極東地域にも影響を及ぼしつつあり、

09

年初の極東連邦管区の失業者数は

10

万人を超え、

08

9

月以降、19.1%増加した。ま た、管区内の各行政府予算はすべて収支がマイナスになっており、

08

年に連邦政府より承 認されている「極東ザバイカル地域発展連邦目的プログラム」の期限内達成には再び注意 信号が灯りだした。2012年にウラジオストックで開催予定の

APEC

首脳会議は、ロシア の威信をかけても実現するであろうが、そのしわ寄せが他のプロジェクトの実現に影響を 与えるのではないかと危惧されている。

(8)ロシア極東の地域開発の動向と中ロ地域間交流の展開

  ロシアでは、バイカル湖以東を対象に総投資額

7,005

億ルーブル(約

1.7

兆円)を投じ る「2013年までに極東ザバイカル社会経済発展プログラム」が進行中である。特に、

2012

年に

APEC

首脳会合の開催を控えるウラジオストク市では、集中的にインフラ整備を進め ようとしている。

  中ロ両国とも両国の国境地域における経済交流を強化することを政策課題としている。

現実に国境通過貨物は増加しているが、より一層の協力深化のためには解決すべき課題も 多い。

v

(10)

(9)対ロビジネスの現状と展望・課題−北陸地域を中心に

 

2007

年の北陸地域の対岸貿易の総額は

4,551

円(前年比

13.9%増)と着実な伸びを示

した。対岸貿易の貿易総額に占める構成比は

47.7%と高く、国別ではロシアがトップの座

を占めた。輸出品は輸送機器(中古自動車・同部品)、輸入品はアルミインゴット、木材・

同製品、石炭が中心である。中古車の輸出は、08年秋以降、世界的金融危機と円高・ルー ブル安に加え、ロシア政府による中古車の輸入規制強化(関税の大幅引き上げ)、ロシア銀 行の貸し渋りによる中古車取扱い業者の資金難などの要因が重なり、

09

1

月以降厳しい 局面に立たされている。今後中古車輸出の減少が懸念されるが、これを契機に長年の懸案 である中古車輸出依存からの脱出を目指し、新輸出入品(日常生活品、食品の輸出等)の 開拓に努めることが肝要になろう。ロシアへの企業展開では、

08

年秋の経済悪化の影響を 受けて、模様眺めの企業が多いが、建設機械メーカーが

08

年にモスクワ郊外に生産工場 を建設するなど新しい動きも見られた。今後の北陸地域の対ロビジネスへの対応としては、

①多面的交流の推進、②地元商社機能の充実、③他地域との連携・協力の強化が重要であ り、北陸企業の対応としては、①情報・人的ネットワークの活用、②現地視察の実施、③ 良き現地パートナーの確保、④人材の育成などが重要となろう。

vi

(11)

第 1 章  「2 頭政権体制」の考察 

現 代 ロ シ ア 情 報 分 析 会    幹 事

特定非営利活動法人 ユーラシア21研究所  客員研究員

月出 皎司

 

はじめに 

 

2000

年から

8

年間続いたプーチン大統領を頂点とする権力体制は、2008年

5

月にメド ベージェフ大統領とプーチン首相による、いわゆる

2

頭政権の体制に移行した。新旧政権 において権力体制の本質的諸要素には基本的な変化は生じていないと考えられるが、変化 した要素もあり、今後さらなる変化も予想される。広く関心を集めているのは、両指導者 間の関係であり、プーチン首相の実権が圧倒的に大きいという見方が優勢だが、筆者はそ れとは異なる見方をもっている。本稿では、具体的な諸事実の分析に基づいて、2 頭体制 の実態を検討する。

第 1 節  大統領交代と権力構造の変化 

 

2008

5

月に成立したメドベージェフ大統領下の新体制では、プーチン前大統領が首 相に就任した。また、旧政権下で大統領府および内閣の幹部ポストを占めていた人物の多 くが、ポストの異動はあったが、政権内に残留した(一部の要人はより政治的影響力の薄 いポストに移された)。このことは、新旧政権の間に大きな変化、差異がない可能性を示唆 するが、以下にその詳細を検討する。

1.新旧体制の権力特質の比較(その 1)=継承された要素 

1)政権を構成するコアメンバー 

  旧体制は、プーチン前大統領のペテルブルグ市政府(「スモーリヌイ」)勤務時代に遡る 私的な人脈を中核とし、KGB 対外諜報部門勤務時代の人脈を若干数加えた、比較的閉ざ された構造をもっていた(便宜的に「スモーリヌイ閥」と記す)。(注

1)

  新体制も基本的にはスモーリヌイ人脈を引き継いだ。治安部門責任者以外のポストを占 める旧

KGB

関係者の数はやや減ったものの、全体として前体制がもっていた閉ざされた 構造、すなわち「閥」政権的色彩は残った。

1

(12)

2)大衆民主主義の否定 

  民主主義的ルールのもとで、野党勢力との公正な政治闘争を通じて政権を維持するので はなく、野党との政権交替の可能性そのものを封じ込めてしまう方針が引き継がれた。こ の点は、大統領交代の内部的決定が行われた際の基本的了解事項の一つだったと推測でき る。(注

2)

3)国家主義路線 

  対外的国家主義、すなわちナショナリズムを政治の基本的価値の一つとする点も新旧政 権で変わりがない。

2.新旧体制の権力特質の比較(その 2)=変化した要素 

1)グループ間のバランス 

  スモーリヌイ閥の中核部分に主要政治家、官僚群を加え、さらに有力な企業家らを含め た政治エリート層は、大まかに、「シロビキ官僚」、「旧エリツィン系企業家」、「新興企業家」

(その政治的体質は一様ではなく、「シロビキ寄り」、「リベラル寄り」の二グループを想定 しうる)、「リベラル官僚」に大別される構造を有しているが、前政権下でそれらは要の位 置にいた大統領プーチンを巡って互いに競いつつバランスを保ってきた。その大枠のなか で、2004年以後、「シロビキ」勢力が比較的に優勢を強めていた。

  後継大統領メドベージェフ自身は、上記のグループ分けにおいては「リベラル派」に属 していた。そのため、この人物が「閥」の後継リーダーになることによって、力のバラン スにかなりの変化が生じた。しかし、この変化が極端なものになることを許せば、閥その ものの不安定化を招くことはあきらかであり、この点への配慮が大統領交代に際してのも う一つの重要な了解事項だったと考えられる。

2)ロビー活動の動線 

  プーチン政権の特徴の一つは、エリートによる活発な利権獲得行動であり、この点は新 政権下においても変わらないが、利権獲得のためのロビー活動の態様にやや変化が生じた。

前政権においては、ロビー活動は最終的には、すべてプーチン個人に向けて集中していた。

最終経由点としてプーチンの首席秘書官的な役割を果たしていたセーチン大統領府副長官

(現副首相)の存在が大きかったことも顕著な特徴だった。

  メドベージェフ政権下では、首相職にあるプーチンに向かうものと、大統領に向かうも

2

(13)

のとの二つの有力な動線が認められる。プーチンに向かう働きかけの一部はさらに大統領 へと経由していく。

  このような形態は、メドベージェフとプーチンがそれぞれ利権のセンターと化し、相互 に対立する状況を生む潜在的な危険をはらむ。その一方で、大統領在任中にロビー活動の 強い圧力に一人で耐えなければならず、時には意に添わない意思決定に追い込まれるケー スも経験したプーチンにとって、自分自身が必ずしも最終決定権者でないという立場が、

圧力をかわす助けになるという側面を考えることもできる。筆者のように、プーチンにつ いて、自ら積極的に利権を創造し、それを配分することで強力な権力を保持するという支 配志向をもたない人物として理解する場合には、上記のポイントは、現在の

2

頭政権を考 察する上で、とくに重要である。

3)政治的レトリック 

  新大統領のほうが言語が知的であり、多くの問題において論理的に明晰である。前大統 領が西側を非難する際に見られた口汚い表現や旧時代的なトーンも少ない。この表面的な 特性の差は、政治スタイルの全般的な変化を促す方向に作用するであろうが、といってそ れが迅速かつ円滑に進むと期待すべき根拠は薄い。しかし、

IT

を重視するメドベージェフ を中高齢者層が「軽い」と感じることが少なくない一方で、若い世代は「スマート」と受 け止めているという世代差の問題を含めて(注

3)、軽視できない要素である。

4)治安機関による非合法行動にとって、より抑制的な環境 

  過去にみられた治安機関(とくに連邦保安庁の関与が疑われることが多かった)もしく はその職員によるいくつかの陰謀的な行動について、当時のプーチン大統領が逐一明示的 に承認を与えていたという証拠はないものの、間接的な承認あるいは容認姿勢が疑われる 余地はあった。現体制のもとでも、首相プーチンによる暗黙の支持を頼って同様の違法行 動が敢えて試みられる可能性がないとは言えないが、その条件は前政権下にくらべてかな り窮屈になったであろうことが想像できる。

第 2 節    「2 頭政権」の若干の特徴 

  前節で触れなかった現体制の特徴のうち、両指導者間の関係に関わる部分について検討 する。「2 頭政権」とは政治的ジャーゴンであり、現在の権力のあり方をかならずしも適切

3

(14)

に表現しているわけではなく、より具体的な考察が不可欠である。

1.首相の地位と権限の回復 

  ロシア憲法は、副首相以下の閣僚人事は政府議長(以下首相)の選択した候補者を大統 領が任命する仕組みを定める。大統領の裁量権について規定はなく、立法趣旨からは大統 領の直接的人事権限は首相の任免権に限定されると解するのが妥当であろう。ただし、閣 僚中、外交、司法、情報、国防の各部門の長については大統領に直接的人事権が帰属する と考える余地がある。なお、首相および閣僚の解任に関しては、憲法の規定は大統領の優 位を明確に示している。(注

4)

  プーチン大統領の任期中には、首相は閣僚人事権を事実上大統領に奪われていた(ただ し首相が争わなかったのであるから、このやり方が憲法違反であると断定することは出来 ない。ただ民主制度の趣旨に外れていると指摘できるのみである)。しかし、プーチン政権 発足時に首相となったカシヤノフの地位は比較的強固であり、主として経済政策の分野で はかなり強い裁量権をもち、指導力を発揮していた。その後同氏がプーチン政権と「閥」

に対する激しい敵対者になったことを考えると、プーチン大統領は自分の意に添わない首 相を

4

年間解任できなかったわけである。

  一方、カシヤノフ首相の後をついだフラトコフ、ズプコフの二人は首相としての独自の 権力を大統領に対していささかも主張することはなかった。

  プーチン大統領の任期中は、重要な問題に関して閣内で調整がつかない場合に首相の頭 越しに大統領に調整を求めるケースが見られ、とくにカシヤノフ首相更迭後はそのような やり方がむしろ通例となった。

 

2008

5

月以後の体制では、当然ながら、首相本来の権限が回復されている。これは 大統領交代に際しての了解次項に含まれていたと考えることができる。

07

年までに比べて 首相の行政指導者としての存在感が高まっており、それを権力内部でのプーチンの支配的 地位を示す根拠として主張する見解も見られるが、首相権限正常化の反映という要素を割 りびいて考える必要がある。

  なお、憲法の規定は、国防と外交をのぞく一般行政の執行権限が大統領にではなく、も っぱら内閣とその長である首相に属すると定めているわけではない。憲法は、大統領に直 接閣議を主宰する権限を認めており、実施例も多い。(注

5)

4

(15)

2.これまでのところ、両指導者間に敵対的な関係は観察されない 

  新体制発足以来

2009

2

月までのほぼ

10

カ月の間に、メドベージェフ、プーチンの両 指導者間に対立的な状況が生じたり、著しい見解の差が認められた事例は知られていない が、時として微妙なニュアンスを感じさせる状況が見られないわけではない。それらにつ いては別項で触れる。

3.首相による大統領権限事項の代行は観察されていない

  新体制が経験した、「グルジア戦争」、「ガス戦争」という二つの危機における両指導者の 行動や、その他の外交活動に関する分析は、プーチン首相がメドベージェフ大統領の専権 事項への介入を、少なくとも表立った形では行わなかったことを示している。体制発足前 後の時期に、ロシア内外(とくにわが国も含む西側諸国)のロシア問題専門家の多くは、

まさにそのような介入、あるいはさらに進んで、とりわけ外交分野での首相による大統領 業務の代行が行われることを確実視する見解が多く見られたことを想起すべきである。

  なお、メドベージェフ大統領が閣議を自ら主宰するケースがしばしば見られる。その場 合にプーチン首相が欠席した例もあり、出席して筆頭閣僚の位置に着席したケースもある。

全般に、大統領が一人ないし少数の閣僚を招いて報告を求めたり、特定問題について閣僚 の一部を参加させて会議を行う例は頻繁にみられる。首相が大統領府スタッフと個々に意 見交換することはたまにあるが、スタッフに対して大統領が首相への報告を命じたり公式 に指示を与える場面は観察されていない。

  総じて、両指導者間の公式な場面での関係はこれまでのところ正常であり、職務上の権 限分担は尊重されているように思われる。

第 3 節  両指導者の相互関係についての個別事例の検討 

1.ロシア・グルジア戦争 

 

2008

8

8

日未明、グルジア領南オセチア地区で戦闘が起り、グルジア、ロシア両 国正規軍同士の本格的な戦争に発展した。ロシアではこれを「グルジア戦争」あるいは「五 日間戦争」と呼ぶ。

5

(16)

1)開戦時点の政権の態勢と対応 

  ロシアは不意をつかれた(グルジア軍の攻撃という事態は一般的な想定には入っていた が、この時点での本格攻撃は予想していなかった)。この時点でメドベージェフ大統領は休 暇を兼ねた地方視察に出ており、プーチン首相は北京オリンピック開会式に出かけていた。

外交面の対処に責任をもつ外務省では高級幹部多数が休暇などのため不在だった。

  軍事作戦計画はあらかじめ軍によって準備されていたので、大統領(=国軍最高司令官)

は、現地での戦闘が偶発的なものではないことの確認を行ったのち、ただちに戦闘開始命 令を出した(注

6)。その後アブハジア地区を巡る戦闘も発生した。

  戦争開始後、大統領は軍の全般指揮と並行して、外交戦線で活発に活動した。この状況 は戦争の全期間をつうじてみられた。大統領以外でもっとも大きな役割を果たした文民政 治家(官僚)は外相であった。

2)軍の対応 

  軍の対応は政治的には誠実なものだった。ただし、シビリアン側はリアルタイムで現地 の戦闘動静を掌握する技術的手段をもたず(この点では参謀本部の能力も限定的だったと 言われる)、戦闘行動を外交上の目的に合わせて巧みに調整することは出来なかった。

3)戦闘の推移と決着 

  両自治区をグルジア領土にとどめたままで事実上の独立地域として国際的に承認し、ロ シアと

EU

でその軍事的な安全保障をするというのがロシアの狙いであり、

8

12

日のメ ドベージェフ大統領とサルコジ仏大統領の間で合意された

6

項目調停案はその趣旨を反映 していた。しかし、ドイツなどの強い反発を受けて、所期の外交目標は達成できず、追い 込まれたロシアは、2 地域の独立承認に踏み切らざるを得なかった。この困難な決定の中 心にいたのはメドベージェフだった。この戦争の指揮をとったことと、2 地域の独立承認 に踏み切った(客観的には強いられた決断だったが)こと、とくに後者は大統領の英断と され、メドベージェフの国内的な権威は若干高まった。

4)グルジア戦争におけるプーチン首相 

  当初、プーチン首相が戦争初期(翌日)にコーカサス入りしたことが報じられて、実質 的な戦争指揮は首相がとったのではないかとの観測が外国の一部メディアで報じられたが、

当時の事実関係からしてそのような判断をする根拠は薄い。参謀本部と向き合った文民機

6

(17)

関はクレムリンと外務省であった。

2.憲法改正 

 

2008

年末に憲法の一部改正が行われた(注

7)。広く報道されたとおり、大統領と下院

議員の任期延長および内閣の下院に対する報告義務規定の新設がその内容である。

  改正の考えがメドベージェフ大統領によって公にされた時点で、国外では、それが

2

頭 体制の内部関係に関連づけて論評された。一部には、プーチン首相がきわめて早期に大統 領として再登場するための環境整備だとする見解も見られた。以下に示す事実関係の分析 は、そのような見方を支持しない。

1)憲法改正の目的論 

  憲法改正は、

2008

11

5

日に発表された大統領教書の中で提起された(注

8)。憲法

改正提案の直前に置かれている数パラグラフの中で、任期延長提案の根拠づけがなされて いる。

引用

A

:「これから大きな仕事と難しいステップが待っている。それは国家権力の集中緩和、

社会制度・機構と政治制度のヒューマン化である」。

引用

B:

「ロシアの政治文化とわが国の世論は、その役割を大統領と連邦議会に割り振って いる。この二つの機関はともに全国民によって選出され、国民の名において行動 するという点で他と異なっている」。

  ここでメドベージェフは、大統領が主役であり、ついで重要なのは議会だと明 言している。

  続いてメドベージェフは、ロシアが目指す価値(上記引用

A

の詳細。後述)や 目標を実現する条件として足りないものがある、と言う。

引用

C:

「自由と民主主義に向かう我々の動きが成功するためには大統領と国家院の権威が 十分に高いことが必要だ。また選挙公約を実現するには十分な時間も必要だ」

      一般的な理解に従えば、ロシア大統領には十分すぎるほどの権限と権威がある。

したがって、ここで言われているのは大統領職についている特定の個人について のことと理解する他ない。その場合、対象者はプーチンではありえない。同氏は 高い支持率を保ち、国民的指導者として言及されることもしばしばであり、これ 以上の権威拡大を必要しているとは考えられない。任期の延長で権威が上がるか

7

(18)

もしれないのは、複雑な課題と取り組んでいるが、そのための権威が不足してる

(今のところ)人物のことと考えるのが論理的解釈となる。

  なお、大統領任期の延長は第

2

期プーチン政権発足当時から言われ続けてきた テーマであり、おおむね

07

9

月頃まで、いつ実現しても不思議はないと考え られていたが、結局断行されなかった経緯がある(任期中に実施すると後継大統 領を利する結果になり、3 選を避けるプーチンにとっては復帰の障害になるとい う論拠は一応なりたつ)。今回の憲法改正による任期延長の適用は次回選挙で当選 した大統領からである。(注

9)

引用

D:「国家院に行政に対する監察権限を与える必要がある(憲法 103

条の改正)。内閣

が国家院に対して毎年活動報告をすることを義務づける必要がある」

  このパラグラフは実際には任期延長の提案の前に置かれている。下院の権威を 高めるための提案である。年に

1

回の報告など形式的なものに終わるだろうから、

重要な意味はもたないとみる専門家もいる。だが、提案の基本思想が、下院に内 閣に対する憲法上の監察権を与える点にあることに注目するなら、この改正が将 来重要な意味を獲得する可能性を包含している事実は軽視できない。細目は、将 来必要に応じて法律や大統領令などで容易に変えることが可能である。この改正 は、政府を下院よりもやや下に位置づける意味合いももつ。

2)憲法改正の根拠としての価値論 

  上述のように、大統領任期(および下院議員任期)の延長は、引用

A

の目的を果たすた めと説明された。その目的に関するより詳しい議論が、同じ大統領教書の別のパラグラフ で行われている。

引用

E:

「揺るがすことの出来ない基本的価値というものがある。その価値を抜きにしてわ が国のありようを考えることはできない」

      この後に続けて、かなり広闊な価値論が述べられている。9 つのパラグラフが 並んでおりそれぞれに、正義、平等、公正な裁判、指導者の責任感、個人の自由、

私権の不可侵などについて書かれている。この思想は憲法論の形でも展開されて いる。

引用

F:

「ロシア民主主義確立において憲法は決定的な役割をもっている。憲法が保障する 個人の自由、民主的諸制度の成熟への道筋、これがわが国の今後の向上の源泉だ。」

8

(19)

引用

G:

「質的に新しい法治システムと独立した裁判システムを形成する上で憲法は重要だ。

汚職と法的ニヒリズムの克服も。法的ニヒリズムの歴史はロシアでは長い。だが、

我々が系統的かつ深くその克服と取り組んで来なかった事実を述べなければ正直 ではない」

  この引用個所で述べられていることは、メドベージェフが大統領候補だった時点で熱心 に語っていたことと一致している。なお、この引用個所の最後の一文は、前大統領の政権 がしたこと、もしくはしなかったことへの批判と反省の意味をもつ。

3)プーチン復帰への準備と解釈する根拠は薄い 

  以上の引用から自明であるが、ここに掲げられた理念および実践課題は誰に課せられる のが相応しいかと問えば、プーチンであるよりは、はるかに大きな論理性をもって、メド ベージェフという答えになる。掲げられた民主主義的、自由主義的、人権尊重的な政治目 標と基本姿勢は、プーチン政権下のロシアにもっとも欠けていたものであり、その体質に なじまないと見なされているものである。

  もちろん、これらは実践される保証のない宣伝文句にすぎないと論じることは可能であ るが、それに対しては

2

つの点を指摘できる。

(1)宣伝文句に過ぎないのであれば、ここまで踏み込んだ表現を用いる必要はないし、

それはむしろ政治的なマイナスを伴う。

(2)プーチン復帰のためであれば、グルジア戦争の背後に米国の策略を見て取り、国際 金融危機の原因を米国の一部勢力の国際的陰謀に結びつけるナショナリズム的な風潮 に添って「強いロシアの実現」を訴えるレトリックを用いることが容易だったはずで あり、その場合にこそ、その具現者としてのプーチンがおのずと想定されたはずであ る。

3.ウクライナとのガス戦争 

  ガス供給価格改定とガス代金債務決済の問題をめぐってロシアとウクライナの間に紛争 が生じ、EU向けのガス輸送が

2

週間近くにわたって途絶する事態が発生した。政府の担 当閣僚はセーチン副首相になるのだが、紛争のほとんどの局面でプーチン首相が直接交渉 にあたった。この状況が、外国の一部観測者の間に、政権内でのプーチン首相の役割拡大 という文脈での論評を生んだ。

9

(20)

  交渉が難航した背景にはウクライナ国内での首相対大統領の政治対立があった。交渉の 重要ポイントの一つは仲介商社であるロシア・ウクライナ合弁会社を取引スキームから外 す問題であり、これにウクライナ大統領が強く反対して、交渉にしばしば横槍を入れた。

ロシアはグルジア戦争でグルジア側を強く支援したウクライナ大統領への反発もあって、

仲介商社外しを強く求めていたウクライナ首相の立場に同調した。

  ロシア側には、ウクライナの反ロシア勢力に報復する以外に、もうひとつの狙いがあっ た。EU をこの問題に巻き込むことによって、ウクライナへの従来からの接近政策に水を 差すこと(ウクライナ

NATO

加盟のコストの高さを実感させること)、およびウクライナ 経由以外のルートでのロシアから

EU

向けガスパイプライン建設計画への消極姿勢を改め させることである。

  これらロシアの狙いはあまり成功せず、むしろエネルギー供給者としてのロシアへの信 頼度を引き下げるだけの結果に終わった。事態最終段階でドイツを訪問したプーチン首相 はドイツをウクライナ非難に同調させようと試みたが、失敗した。総じてこの事件ではロ シアがやりすぎたと見るのが妥当である。

  この出来事におけるプーチン首相の「活躍」は、一つには問題が本来首相の職務範囲に 属するものだったこと、もう一つは、排除されることとなった商社が、大統領当時のプー チンの肩入れで取引仲介者になった経緯があったためである。自ら蒔いた種から生えた雑 草を刈り取る羽目になったという側面がある。

  メドベージェフ大統領も本件ではほとんど活躍しなかったが、自分が交渉不調の責任や 西側からの非難の的にならないよう、うまく立ち回ったようにも見受けられた。

4.人材プールの公開 

  大統領は、将来連邦の主要ポストに登用すべき人材を広く求めるとして、多数の識者の 推薦にもとづいて作成した「大統領人材予備」と呼ばれるリストを作成し、公表した。リ ストには最終的に

1,000

人が入るものとされるが、

2009

2

17

日に最初の

100

人の名 前が発表された。

  資格試験を実施するわけでもなく、推薦基準や推薦人の名前も秘されているのに、結果 だけが示されるというこのやり方には、若干不自然なものが感じられる。ロシアのメディ ア等の調べによれば、100 人の経歴等に何らかの特徴的な偏りは見られないようである。

そのことから考えると、メドベージェフが、ペテルブルグ時代の友人・知己と

KGB

の同

10

(21)

僚というプーチンの人脈構造を将来的に克服しようとしている可能性がある。このような プーチン的人事には、閉鎖性の他に、広く優れた国家的人材を求め難いという欠点があっ た。

  問題は、プーチン首相がこの新機軸に対してどのような態度をとっているかであるが、

それに関して直接の情報はない。しかし、現段階でメドベージェフがことさらプーチンと の対立を求めていると考えることには大きな無理があるから(メドベージェフ傀儡説をと る場合はなおのこと)、基本的な同意は得ていると仮定すべきであろう。過去においては、

プーチン大統領が、しばしば側近からの強い影響下で重要な人事を行ってきた事実がある が、もしプーチン自身にそのような状況を改善したい意向があると仮定するならば、人材 プール方式導入の意図は理解しやすいものとなる。

5.2 頭間の微妙なニュアンスを感じさせる若干の事例 

 

2009

年初に至って、かすかながら、両指導者の関係に若干の食い違い、摩擦があるので はないか、と思わせる事例が

2、3

観察された。

1)反体制派新聞幹部と大統領の面談 

  「ノーバヤ・ガゼータ」紙はチェチェン問題などの人権問題、とくに治安機関による違 法行為を独自に調査して厳しく糾弾することで知られる新聞である(チェチェン問題を執 拗に追ってきた同紙のポリトコフスカヤ女史が暗殺された事件はいまだ捜査中)。2009年

1

月に同紙の契約記者で環境問題を追っている女性と、人権擁護派弁護士として著名な人 物が同時に射殺される事件が起ったが、その

10

日後に大統領は同紙の編集長をクレムリ ンに招いて悔やみを述べるとともに、政治的殺人(と推測される)への怒りを表明した(注

10)。プーチン大統領が同紙に対して露骨に敵意を示してきたことが知られているだけに、

大統領のこの行動は驚きをもって受け止められた。面談の日、プーチン首相がダヴォス会 議出席のためロシアを離れていたことがいっそうの憶測を呼んだ。メドベージェフがプー チンの目を盗んでリベラル派向けのジェスチャーをしたのではないか、との見方も出たが、

同紙編集長は、会談内容はそのとおり公表してよいむね、とくに大統領側から伝えられた と言明した。プーチン首相から格別のコメントはなく、両指導者の間に溝を作る性格の出 来事であったとみるべき確実な根拠はない。

  大統領がプーチン時代に時としてみられた治安警察の陰謀的な行為を強く懸念している

11

(22)

ことは確かであり、この事件を機に警告の意味で強い不快感を発したものと解釈できる。

2)内閣提出の刑法改正案の下院審議に大統領が差し止め要請 

 

2009

2

月に下院審議が始まった刑法改正案は内閣提出法案であり、改正のポイント はスパイ罪、国家反逆罪の構成要件を広げる内容だった。人権活動家など広い層から懸念 が表明されていたが、メドベージェフはそれを受けて法案への不同意をあらかじめ示した

(法案可決後に署名拒否するのではなく)。警察国家的志向をプーチンのものとし、自由主 義的傾向をメドベージェフのものとみて、両者の間の確執を示すのではないかとの観測を 生んだ。その後、プーチン首相が、経済危機下の街頭行動を政府は妨害すべきではない、

などとややソフトな発言したこともあって、必ずしも意見対立を示すものではないとの見 方もある。

第 4 節  経済危機と 2 頭体制 

1.2008

年秋から顕在化した金融・経済危機は、スモーリヌイ閥政権が経験したことがな

い重大な経済状況、社会状況である。政治の観点から見れば、これは

2000

年以来のプ ーチン政権の安定・強化の基盤となり、政治指導者に対する国民およびエリートの支持 を確保してきた前提条件の著しい変化を意味する。

    エリツィン時代の特徴であった国家の法治機能の極度な低下を、警察国家的手法によ って克服したことを除くと、プーチン体制の成功の最大の要因は、原油・原料価格の高 騰がもたらした豊富な財政資金、個人所得の増加、消費の急激な高度化であり、それが 一般国民とエリート層の双方を満足させてきた。大統領プーチンの政治スタイルは、社 会に不満の気配が見られれば公務員給与と年金を増額し、エリート間に対立が起れば双 方に応分の資産を配分することによって解決することが中心だった。

    このような政治路線の頂点とも言えるのが、

07

年末、大統領交代準備期に打ち出され た

20

年までの高度成長計画であった(注

11)。この計画は、国の豊かな財源を投入する

ことで、生産、消費、社会福祉、国防のすべてにわたって近代化と充足を確保するもの とされていた。2 頭政権は、別名「プーチンプラン」とも呼ばれていたこの計画の順調 な実現を進めるはずだった。

2.2009

2

20

日開かれた国家評議会(知事ら地方指導者と一部の連邦閣僚、有力企

業家らが参加した)(注

12)で、メドベージェフ大統領は、内閣の経済危機対策に対し

12

(23)

てかなり厳しい批判を行った。批判は連邦閣僚、とくに経済閣僚相互間に見られる支援 策に関する意見の食い違いに介入する内容のものだった。名指しはなかったが、首相の 調整能力を間接的に批判したものと受け取れなくもなかった。

  当初、政権は、経済危機が短期的な現象であって回復が早いという期待に執着してる 感じが強かったが、後には、事態の悪化に追い立てられる形で、危機が長期化するとい う、より現実的と思われる視点に移っている。この状況下では、より若い指導者である メドベージェフの方が、旧世代に属するプーチンよりもバランスのとれた考え方をとり やすいとも言える。「利権調整型のプーチン」と、「改革志向のメドベージェフ」という 図式化も可能である。ロシア内政の分析にあたっては、この要素が今後の

2

頭体制の展 開になんらかの影響を及ぼしうるという点を念頭におく必要がある

3.ロシアにおける今回の経済危機の一つの特徴は、エネルギー・資源以外の部門を牽引

力とする回復の見通しが立て難い点にある。第二期プーチン政権が製造業立て直しと近 代化の努力を怠ってきたために、

1998

年危機後に国内の商品生産が急回復したような内 需中心の成長を導くことはできないと考えられる。当時は、輸入品に押されて沈滞して いた国内の生産能力がルーブル下落によってただちに回復に向かった。現在もルーブル 安が急速に進んでいるが、国内製造業の多くの部門は生産基盤(設備、技術、技能者)

を回復不能に近いほどにまで失っている。

  遅ればせながら

97

年にスタートした製造業近代化政策(ロシア政府はこれをイノベ ーション政策と呼んでいた)は、潤沢な財政資金に頼って多数の民営企業の立て直しを 図るものだったが、その後の危機によって、対象企業のほとんどすべてが近代化どころ か企業存続か倒産かの選択に直面している。国がもし仮に資金支援を倍加できたと仮定 したところで近代化の展望はひらけない。8 年間におよぶプーチンの経済政策の失敗が 露呈したのである。

4.経済危機は繁栄のビジョンを根底から打ち砕いた。これまでのようなプーチン型の政

治スタイルはもはや通用しない。このような状況がロシアの政治権力のあり方に次のよ うな影響を与える可能性が考えられる。

1)個々の有力企業家(政商)、とくにシロビキ系企業家やエリツィン時代からの政商ら

が事業の生存を賭けて国の資金獲得を争う状況が起き、政治指導者に対するロビー活 動が激化する。この状況はすでに起き始めている。

2007

年まで資産分配の最終裁定者 だったプーチンへの働きかけがとりわけ激化すると考えられるが、一方、リベラル系

13

(24)

の企業家らはメドベージェフ大統領への期待がより大きいと考えられ、ここに両指導 者の個人的関係を超えた対立要素が入り込む可能性がある。(注

13)

      プーチン首相が大統領当時のように周囲からの圧力に流される事態が起これば、ス モーリヌイ閥としての一体性が崩壊していく危険も考えられる。それを避けようとす る努力がメドベージェフ、プーチン双方によって払われる可能性も少なくない。

2)第 1

1.1)項で指摘したように、ロシアの政治体制はスモーリヌイ閥が支えてお

り、他のグループ(たとえばモスクワ閥など)への権力移転は、一時的にせよ大きな 混乱を招きかねない。少なくとも両指導者の主体的な認識はそのようなものであろう。

閥支配を保全する上で、閥の中核的人物であるプーチンの政治的影響力を保全するこ とが必要と判断される状況も想定しうる。その場合、同氏を激しいロビー攻撃の矢面 から外すとともに、経済困難の責任を負わされる危険の高いポジションから外す必要 が生る。首相ポストから他の、権威はあるがより政治的安全性の高いポストに移す発 想が具体化する可能性がある(その場合、首相には容易に取り替えが可能な人物を任 命する)。最適なポストと考えられる与党党首兼下院議長の地位は、2007年末の段階 ですでにプーチンのために予約されている。

3)前項の場合とは逆に、もっとも極端な状況下では、一部のグループが閥の分裂を顧

みずに、2 頭のうちの一方を担いでより均質な権力体制の確保を目指す可能性も完全 には排除できず、その場合の混乱は予測しがたいものがある。ただし、その可能性は かなり低いと思われる。

14

(25)

(注

1

「閥」に属する政権幹部の全員がプーチンによって取り立てられた立場にあるわけではない。ク ドリン財務相、チュバイス氏など、かつてプーチンを庇護し、引き立てた人物も若干だが含まれ ている。

(注

2)例として、2008

7

3

日発表の

G8

参加国記者との会見で、メドベージェフは、ロシア的な 大統領制民主主義は今後数十年続く、と語った。

(注

3)就中、世代の異なるロシアの友人らとの私的対話の印象に基づく。

(注

4

)ロシア連邦憲法第

83

条。

(注

5)ロシア連邦憲法第 83

条。

(注

6

)南オセチア地区での小競り合いは頻繁に起きており、ロシアはグルジア軍による大規模攻撃の危 険を認識していた。

7

月末から

8

月初にかけて北コーカサス駐屯のロシア軍は大規模な演習を実 施したばかりだった。

(注

7)任期延長は、ロシア連邦憲法第 81

条第

1

項および第

96

条第

1

項の修正による(2008

12

30

日、連邦憲法法

No.6-FKZ

。政府の報告義務新設は、ロシア憲法第

103

条第

1

項および同第

114

条第

1

項の修正(2008

12

30

日、連邦憲法法

No.7-FKZ)

(注

8

)本文中の引用

A-G

2008

年度大統領教書(

2008

11

5

日)から。テキストはロシア大統領 サイトの

http://www.kremlin.ru/text/appears/2008/11/208749.shtml

による。日本語訳は筆者。

機械的な逐語訳ではないが、内容的は的確を期した。

(注

9)前出 2008

年連邦憲法法

No.6-FKZ

2

条。

(注

10

)会見の詳細は出席したムラートフ編集長が語ったところによる。

(http://www.echo.msk.ru/programs/razvorot/569183-echo.phtml)

(注

11

)中間的バージョンは、

2007

7

月経済発展省文書

Концепция Долгосрочного социально-экономического развития Российской Федерации。

最終版は

2008

11

17

日閣議承認。経済産業省文書名

kdr_171108.doc

(注

12)国家評議会拡大評議会。大統領サイト掲載の会議速記録(抜粋)参照。

(注

13

)経済・金融危機対策政府資金配分に関するロビー攻勢については、プーチン首相(

2009

2

27

日統一ロシア幹部との懇談時)、ドボルコビッチ大統領補佐官(2009

2

27

日クラスノヤ ルスク・フォーラムで)も言及している。

15

(26)

第 2 章  2008 年以降のロシア金融危機と今後の課題 

三菱東京

UFJ

銀行  国際企画部  ロシア・東欧・NIS部長

深井  昌克

はじめに 

2009

1

28

日、プーチン首相は、ダボスで開催された世界経済フォーラムのオープ ニングセレモニーでスピーチをおこなった(注

1)。当然のことながら、スピーチの多くの

部分が今回の金融危機に割かれた。彼は、今回の危機を、はじめて世界が直面した、真に グローバルな経済危機として「パーフェクト・ストーム」と呼び、すべての国が同じボー トに乗っている、と国際的な協調行動の必要性を訴えた。スピーチの後半では、ロシアへ の影響に触れざるを得ないとして、「我々は極めて深刻な影響を蒙っているが、多くの他国 とは違い、十分な額の準備金を有している」と、危機克服に自信を示した。そして、「今回 の危機によって、今まで認識していたロシアの問題点がより明確になった」と述べ、「経済 および輸出における過度の天然資源への依存」と「脆弱な金融市場」を問題点として指摘 している。

プーチン首相の指摘のとおり、今回の世界的な金融危機のロシアへの波及は、ロシア経 済が、従来から抱えている問題点を大きく浮き彫りにさせたことは事実である。本稿にお いては、08 年以降を中心に、ロシアにおける金融危機の状況と政府の対応施策を整理し、

ロシア経済の構造的な課題を確認することとしたい。

第 1 節  ロシアにおける金融危機の状況 

1.世界金融危機のロシアへの波及 

米国のサブプライムローン問題に端を発する不良債権問題が、世界的に深刻な影響を与 える金融危機との認識が広まったのは、

07

8

月の

BNP

パリバ系の投資ファンドの業務 停止、資産凍結発表や、ほぼ同時期に顕在化したドイツ産業銀行のサブプライムローン関 連投資による損失問題が生じた頃からであろう。これに前後して、国際金融市場では流動 性不足が深刻化し、欧州の中央銀行や米国の連邦準備委員会は対策に追われることとなる。

16

(27)

しかし、まだこの段階においては、先進国の金融市場の問題との認識が大半であり、

04

年 から継続していた全世界的な景気拡大のうねりに水を差す事態には至っていなかった。

07

年後半の段階では、ロシアを含む新興諸国経済にも深刻な影響は見られず、いわゆる「経 済デカップリング論(米国経済が下落に転じても新興諸国経済の好調は維持できるとの議 論)」も活発であった。実際に世界経済の変調が目立ち始めたのは、08 年に入ってからで ある。ロシアについて言えば、

08

年中頃より、経済の変調を示す動きが出てくる。具体的 には、株式・ルーブル為替の価格動向が、いずれも同年央より継続的に下落するトレンド が明確となり、国際収支上の資本収支の項目も流出が目立ち始める。

2.数字で検証するロシア金融危機 

08

年央から、変調の見え始めたロシア経済は、9月

15

日のリーマン・ショック以降の 第

4

四半期に入り、極めて厳しい状況に追い込まれた。その危機の状況、深刻さの度合に ついて、株式市場、為替市場の動向および資本収支の状況より検証する。結論を言えば、

株価は

80%、為替(ルーブルの対ドル相場)は 57%の大幅な下落を見せ、その最大の要

因である資本のネット流出は

08

年通年で

1,200

億ドルを超えた。また、時を同じくして、

原油価格も大幅な下落に転じた。これも、輸出の

6

割以上を燃料エネルギーセクターに依 存するロシアに対する、大きな先行き懸念材料となった。

(1)  市場の動向  1)株式市場 

08

5

月より、長期の下落トレンドに入った。ロシアの代表的な株価指数である

RTS

指数で見ると,最高値は

08

5

19

日の

2498.1

(日中取引ベース)、本稿執筆時の最安値 は

09

1

23

日の

492.59(日中取引ベース)であり、実に 80%の下落を見せている。

株価の世界同時安のトレンドにはあるものの、ロシアの株価下落幅は他の

BRICS

諸国と 比較しても群を抜いている。

MSCI

株価指数(現地通貨建)で過去

1

年間の変動率を他の 新興諸国間で比較しても、ロシアはパキスタンに次いで下落幅が大きい(表

1)

。9 月

16

日から

2

日間にわたる取引所の取引停止をはじめ、数次にわたる取引停止状態に陥った。

17

図 2  民間資本収支の推移  -250-200-150-100 -50050100150200250 2004 2005 2006 2007 2008 銀行対内資本流入対内直接投資対内証券投資対外借入その他対内投資銀行対外資本流出 対外直接投資、証券投資外貨現金購入非合法的資本流出単位: 10億ドル
表 4  民間対外投資額(資本流出)の推移                                      (単位:10 億米ドル)  2004 2005 2006  2007  2008    金額  シェア  金額 シェア 金額 シェア 金額 シェア  金額  シェア 民間対外投資(資本流出) 合計(誤差脱漏を含む) -47.5   100.0% -69.8 100.0% -61.5 100.0% -132.7 100.0% -229.8   100.0% 民間対外投資(資本流出) 合計(誤差
図 4  対外借入れ返済スケジュール  2008 年 9 月現在            (単位:10 億ドル) 020406080100120140160 Imme  diate 2008 Q4 2009 Q1 Q2  Q3  Q4 2010 Q1 Q2  Q3  Q4  2011-一般企業銀行政府
図 1  シベリア横断鉄道の国別貨物量の推移                    図表  1.日本・韓国・中国/ボストーチヌイ港間発着貨物量    (出所) VICS    次に、韓国発着の貨物量を見ると、韓国発の場合、少量ではあるが、日本から韓国、韓 国から日本に流れる貨物も含まれている。従って、その辺を割り引かなくてはいけないと いう問題がある。  韓国の特徴は 05〜06 年はそう増えていないが、07 年には 24 万 4,000TUE と著しく増 加した。日本と比べると 24 倍の規模である。日本
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