Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 『
真
州
長
蘆
了
禅
師
劫
外
録
抄
』の
研
究
(上
) は じ め に 中 世 以 来 の 相伝
の 伝 統 と 、 膨 大 な 分 量 の 伝 本資
料 が 現 存 し て い な が ら、 宗 派 内 の 宗 旨 参 究 の 祖 録 と し て の 扱 い は 別 と し て、 国 語 学 関 係 の資
料 発 掘 や 文 献 整 理 に お け る 研 究 の め ざ ま し い進
展 を よ そ に 、 仏 教 史 研究
・ 禅 宗 史 研 究 の た め の 史 ( 資 ) 料 と し て は ほ と ん ど 顧 み ら れ る こ と の な か っ た 資 料群
と し て 「 禅籍
抄 物 」 が あ る 。筆
老 が こ の 「 禅籍
抄 物 」 の検
討
を 日 本 禅 宗 史 研究
の 一 つ の 課 題 と し 、資
料 調 査 を 進 め な が ら 折 々 に 気 が つ い た こ と を 発 表 し 出 し て か ら す で に 十 余年
に な る 。 こ の 間 、 禅籍
抄 物 に 対 す る 関 心 も よ う や く 高 ま り 、 駒 沢 大 学 図 書館
や 松 ケ 岡 文庫
等 に 所 蔵 さ れ る 関 係 資 料 の 影 印 出 版 等 に よ る 資 料 の 整 備 提 供 も 進 ん だ 。 筆 者 の 抄 物 研究
も 、「 切 紙 」 と 通 称 さ れ る 、
禅
宗 の 中 で は 曹 洞 宗 に 特 有 の 、禅
僧達
の 室内
に代
々 秘 密 伝 授 さ れ て き た 一 群 の 相 伝 資 料 に つ い て は、 こ れ ま 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 二 十 五 號 平 成 六 年 十 月禅
籍
抄
物
研
究
会
代
表
石
川
力
山
で に そ の 全 貌 の お お よ そ を 把 握 す る こ と が 出 来 、 分 類 作 業 と 同 時 に 、若
干 の コ メ ソ ト を 付 し な が ら 、資
料 紹 介 の 稿 も ほ ぼ ( 1 )終
え る こ と が 出 来 た 。 曹 洞 宗 関 係 の 禅 籍 抄物
資
料 は 、 大 別 す れ ば 、 祖 師 の祖
録
や 語 録 の 講 義 録 で あ る 「語
録 抄 」 と 、 公 案 ・ 看 話 の 禅 の 参禅
記
録 と し て の 代 語 や 下 語 ・著
語 等 を集
め た 「 門参
資 料 ( 臨 済 宗 で は 密 参 録 ・ 密 参 覚 帳 等 と い う ) 」 に分
け ら れ、 「 切 紙 」 資 料 も 広義
の 門参
資 料 の 一 部 と い う こ と に な る 。 し か し 、 切 紙 を 別 個 の 一 群 の 資 料 と 見 な し扱
っ た の は 、 こ れ が 曹 洞 宗 特 有 の 相 伝 資 料 で あ り 、 ま た 中 に は 厳 密 に は 門 参 と は 言 い難
い 、 禅 宗儀
礼 ・ 儀 軌 の 指 南 書 そ の も の と い う 性 格 を 有 す る 部 分 も あ っ た こ と に よ る 。 加 え て 、 文 書 の 形態
上 か ら 見 て も 、 神 道 や 修 験 道 ・真
言 宗 、 さ ら に は 歌 道 な ど に も 同 様 の 形 態 の 文 書 の 授 受 が あ り、 文 化史
的 な 比較
資
料 と い う 点 か ら も、 個 別 の 資 料 群 と し て 扱 っ た 。 こ こ で 残 さ れ た 課 題 は 、「 門 参
資
料 」 の 本 六 五Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 )
質
的 な部
分 と 「 語 録 抄 」 と い う こ と に な る 。 こ の中
で 、 語 録 抄 関 係 の 資 料 に つ い て も 、 こ れ ま で に い く つ か 検討
を 加 え た も の が あ る が 、 数 年 前 か ら、 駒 沢 大 学 禅 研 究 所 主宰
の 研 究会
と い う 位置
付
け を も っ て、毎
週 一 回 、 語 録 抄 の 輪 読 会 を 続 け て き た 。 そ し て、 「 峨 山 誦 抄 」 と い う 伝 承 を 有 す る、 中 国 曹 洞 宗 宏 智派
の 自得
慧 暉 の 語 録 の 抄 の 幾 巻 か を 読 む こ と が で き た が、 本 年 四 月 よ り、 中 世 末 の 曹 洞 禅 僧 貫 之 梵 鶴 ( 一 五 〇 五 〜 九 〇 ) が 、『 真 歇 和 尚 劫 外 録 』 に 注 し た 『 劫
外
録 抄 』 を テ キ ス ト に 輪読
を 開 始 し た 。 本 稿 は こ の 輪 読 会 の中
間 報 告 で、 解 題 と と も に 『 劫 外 録抄
』 の ほ ぼ 三 分 の 一 を 翻 刻 し て 今 後 の 抄 物 研 究 に 供 し、 同 時 に 語 録 の 本 文 を 、寛
永 七年
( 一 六 一 二 〇 ) 刊 本 ( 寛 本 ) ・ 明 和 四 年 ( 一 七 六 七 ) 面 山 校 訂 本 ( 面 本 ) 、 お よ び 万 安 英 種 ( 一 五 九 一 〜 一 六 五 四 ) の 抄 と 伝 え ら れ る 明 暦 三年
( 一 六 五 七 ) 刊 本 ( 万 本 ) 等 の 、 江 戸 期 の 諸 版 本 を も っ て異
本 校 合 を 行 い 、 ま た 若 干 の 出 血 ハ も 明 記 し て 『 劫 外 録 』 そ の も の の 原 本 研 究 に も 供 し よ う と す る も の で あ る 。 ま た 、 従 来 そ の書
名 と 抄 の 一 部 が 知 ら れ る に 過 ぎ な か っ た、 『 劫 外 録 大 乗 開 山 徹 通 和 尚 之 註 』 と い う 大 乗 寺 開 山 徹 通 義 介 ( 一 二 一 九 〜 一 三 〇 九 ) の 『劫
外 録 』 に 対 す る 注 も 今 回 発 見 さ れ た の で 、併
せ て 掲 げ る 。 な お 、 本 研 究 会 の 参 加 者 は、 曹 洞 宗 宗 学 研 究 所 所 員 熊 本 英 人 ・ 同 尾 崎 正 善 ・ 同 中 野 優 子 ・ 大 学 院 博 士 課 程 飯 塚 大 展 ・ 同 六 六 千 葉 正 ・ 同 橋 本 英樹
・ 同 修 士 課 程 水 野 覚禅
・飯
島
恵 道 ・ 道 津 綾 乃 の 諸 氏 で あ り 、 今 回 の 翻 刻 部 分 の 原 稿 作 成 は 、 飯 塚 ・熊
本 ・ 尾 崎 の 三 氏 の 手 に な る も の で あ る 。 初 期 曹 洞 宗 教 団 の 依 用 語 録 中 世 社 会 に お け る禅
宗 の 本 格 的 受 容 は 、叡
山 に 伝 承 さ れ る 禅 籍 に よ っ て 無 師 独悟
し、 唐 代 禅 を 範 と し た 独 自 の 見 性 禅 を 挙 揚 し た 大 日 房能
忍
( 〜三
九 四 頃 ) の 、 憧 れ に 似 た 中 国 禅 へ の 傾 倒 に は じ ま り 、 栄 西 ( 一 一 四 一 〜 九 五 ) ・ 道. 兀 ( 一 二 〇 〇 〜 五 三 ) ・ 円 爾 ( 一 二 〇 二 〜 八 〇 ) な ど の 入 宋 求 法 の 諸 師 や 、 陸 続 と し て 渡 来 す る 蘭 渓 道 隆 ( 一 二 一 三 〜 七 八 ) ・無
学 祖 元 ( = 一 二 六 〜 八 六 ) を は じ め と す る 宋 ・ 元 の 僧達
の 、 彼 此 の 人的
交 流 に よ っ て 促 進 さ れ た 。 ま た、 栄 西 や 円 爾 の こ ろ は 、 天 台 や 密 教 を も 併 せ 修 す る 兼 修 禅 が 主 流 を 占 め て い た が 、 日 本 禅 宗 界 も 次 第 に 中 国 の 五 家 七 宗 の禅
の 伝 統 を 受 け て、 臨 済 宗 や 曹洞
宗
、 あ る い は臨
済
宗 の 中 の 黄 龍 派 や 楊 岐 派 と い っ た 宗 派 分 派 の 意 識 も 次 第 に 顕 著 に な っ た 。 依 用 の 祖 録 ・ 語 録 類 に つ い て も 、 臨 済 ・曹
洞 の 間 で は、 互 い に 共 通 し て 用 い る 例 も 多 く 見 出 さ れ る が 、 特 に 道 元 下 の 曹 洞 宗 で は 、 明 ら か に 自 派 の 祖 師 の 系 譜 に 連 な る 諸 師 の 語 録 ・ 祖 録 と い う 意 識 が 顕 著 で 、 自 ず と 特 色 を 帯 び る よ う に な っ た 。 ま ず、 洞済
共 通 の 禅籍
と し て は 、『 雪 竇 頌 古 』 を も と に 楊
Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 岐 派 の 園 悟 克 勤 ( 一 〇 六 三 〜 一 = 二 五 ) に よ っ て 著 わ さ れ た 百 則 か ら な る 公 案 集 『 碧 巌 録 』 が あ る 。 こ の 書 は 、 宋
代
禅
界 で 全 盛 を 誇 っ た 看 話 ・ 公 案 の禅
の テ キ ス ト と し て 絶 大 な 信 頼 が 寄 せ ら れ 、 こ の 風 潮 は 日 本禅
界 に も 波 及 し 「宗
門 ( 禅 宗 )第
一 の 書 」 と し て 洞 済 を 問 わ ず 用 い ら れ、 ま た 同 様 に 上梓
出 版 も 行 わ れ て い る 。曹
洞 宗 の 法 を 継 承 し た道
元 は 、 中 国禅
宗
の 宗 風 の 上 か ら 言 え ば 、 看 話 に 対 す る 「 黙 照 」 の 禅 の 伝統
に 連 な る が 、 伝 承 に よ れ ぽ、 入 宋 留学
中 に 『碧
巌
録 』 を 書 写 し た と さ れ 、今
日 、 道 元 親 筆 と し て コ 夜 本 」 と 通 称 さ れ る、 金 沢 大 乗 寺 所 蔵 の 『 碧 巌 破 関撃
節録
』 が 該書
と さ れ、 テ キ ス ト 的 ( 2 ) に も貴
重 な 異 本 と さ れ て い る 。 他 に も 、 公案
・ 看 話参
究 の テ キ ス ト と し て、 話 頭 四 十 八 則 を 体 系 的 に 編集
し た 『 無 門 関 』 や 『 禅 林 類 聚 』 、 燈 史 の 基 本 と な る 『 景 徳 伝 燈 録 』 ・ 『 五燈
会 元 』 な ど も 洞 済 に 等 し く 依 用 さ れ た 。 こ れ ら に 対 し、 中 世 に お い て は 曹 洞 宗 で も 行 わ れ た 公 案 ・ 看 話 の 禅 に お い て 、最
も 大 量 に 引 用 さ れ 依 拠 さ れ た の が 、 曹洞
宗 宏 智 派 の 祖 宏 智 正 覚 ( 一 〇 九 一 〜 一 一 五 七 ) の 語 録 『宏
智録
』 で あ る 。 宏 智 の 語 の 引 用 は 、 道 元 の 『 眼 蔵 』 や、 特 に 『 永 平 広 録 』 に お い て著
し く、 宏 智 の 禅 と は 微 妙 に そ の 思 想 ( 3 ) の 差 異 を 意 識 し な が ら も 道 元 は 、 宏 智 の 「 坐 禅 箴 」 を 称賛
し ( 『 眼 蔵 』 「 坐 禅 箴 」 )、 「 王 索 仙 陀 婆 」 の 挙 揚 を 『 宏 智 録 』 か ら 引 用 し て 「宏
智 の あ ぐ る と こ ろ、 真箇
の 立志
あ り 」 と 讃 え 、 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 如浄
の 例 に な ら っ て 「 古 仏 」 と 呼 ぶ ( 『 眼 蔵 』 「 王 索 仙 陀 婆 」 ) 。 こ う し た 『 宏 智録
』 重 視 の 傾 向 は 、 道 元 か ら 三 代 日 の 義 雲 ( 4 ) ( 一 二 五 三 〜 二 二 三 一 二 ) に も 見 ら れ 、 ま た 同 時 期 の 大 智 ( 一 二 九Q
〜 一 三 六 六 ) の 手 に な っ た と さ れ る 、 禅 門 の 機 関 を 集 め た 『 古 今集
』 や 『 無 尽集
』 に も 、 や は り 宏 智 の 語 の引
用 が多
( 5 ) く 、 『 宏 智 録 』 の 小 参 ( 宋 版 六 巻 本 で は 巻 四 所 収 ) に 注 釈 を 加 え た 『 天 童 小 参 抄 』 も や は り 大 智 の も の と 伝 え ら れ、 室 町 期 の ( 6 ) 写 本 も 現 に 存 す る 。 曹 洞 宗 宏 智 派 の 系統
は 、 東 明 慧 口 ( 一 二 七 二 〜 一 三 四 〇 ) や 東 陵 永 興 ( 〜 コ ニ 六 五 ) 等 に よ っ て 日 本 に 伝 え ら れ、 こ の 派 は 一 時 は 五 山寺
院 に 進 出 し た が、 曹 洞 宗 と い う意
識 は 根 強 く保
( 7 ) ( 8 )持
し て お り 、 道 元 下 と の 交 流 も 若 干存
し た 。 こ う し た 事情
も あ っ て か 、道
元 下 の 曹 洞 宗 で は そ の後
も 宏 智 の 語 録 は 重要
視
さ れ る と と も に、 宏 智 派 の 禅 者 の 語 録 も 依 用 さ れ よ う で 、 た ( 9 ) と え ば 如 浄 が禅
に 転 じ 雪竇
山 で 最 初 に 参 学 し た と さ れ る 、 宏 智 の 弟 子 自 得慧
暉 の 語 録 も 日 本 に 伝 え ら れ 、 曹 洞 宗 の 禅 者 に ( 10 ) よ っ て 抄 ( 注 釈 書 ) が 作 ら れ 、 広 く 伝 え ら れ た 形跡
が あ る 。 以 上 は い つ れ も 、 曹 洞 宗 宏 智 派 の 語 録 の 依 用 を 示 す も の で あ る が 、 こ れ 以 外 の 道 元 に 連 な る 中 国 曹 洞 宗 の 禅 者 の 語 録 と し て は 、 師如
浄
の 語 録 が 道 元 に よ っ て 大 量 に 引 用 さ れ る こ と ( 11 ) は 論 を俟
た な い が 、 道 元 三 世 の 孫 義雲
な ど に も こ の 立 場 は継
( 12 ) 承 さ れ る 。 ま た 、 中 世 を 通 じ て 曹 洞 禅 の 特 色 と さ れ た 「 五位
六 七Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 説 」 な ど の
機
関 の 説 の 根 拠 と し て、 洞 山良
介 ( 八 〇 七 〜 八 六 九 ) や 曹 山 本 寂 ( 八 四 〇 〜 九 〇 一 ) の 語 、 あ る い は 大 陽警
玄 ( 九 四 二 〜 一 〇 二 七 ) の も の と 伝 え ら れ る 『 明 安 大師
十 八 般 妙 語 』、 さ ら に は 曹 洞 宗 の 機 関 な ど も 多 く 含 ま れ る晦
巌智
紹 の 『 人 天 眼 目 』 な ど が 用 い ら れ た 。 一 方 、 中 世 に お い て抄
が 残 さ れ た 祖録
と し て は、 『 人 天 眼 目 』 の ほ か に 、 投 子義
青 ( 一 〇 三 二 〜 八 三 ) の 語録
や 真 歇 清 了 ( 一 〇 八 八 〜 一 一 五 一 ) の 『 拈 古 』 ・ ( 13 ) 『 劫外
録 』 な ど が 挙 げ ら れ よ う 。 特 に 真 歇 の も の は 、早
い 時 期 か ら 相 伝 書 と し て の 性 格 も有
し て い た よ う で 、 す で に述
べ た よ う に 『 劫 外 録 』 に つ い て は 著 語 ・ 下 語 の よ う な 形 式 で 大 乗 寺 義介
の 註 と さ れ る も の も 伝 え ら れ て い た 。『 拈 古 』 に つ い て は 、
伝
本 を 確 認 で き な い が 、 面 山 の 『 大 智 禅 師 偈 頌 聞 解 』 の 跋 文 に は、 大智
の 抄 が あ っ た こ と を 伝 え て お り 、後
述 す る 面 山校
訂
、 明 和 四年
刊 行 の 『 劫 外 録 』 に は、 大 智 の 『拈
古 鈔 』 か ら の 引 用 と し て 、真
歇
の 「 自 讃 」 偈 一 首 を 付 録 と し て 追 加 さ れ て い る 。 『 劫 外 録 』 の 依 用 に つ い て 丹 霞 子淳
( 一 〇 六 四 〜 一 一 一 七 ) の 法 嗣 の 巾 で 、 大 洪 山 明 悟慶
預 (二
〇 二 頃 〜 一 一 八 〇 頃 ) ・ 天 童 山 宏智
正 覚 ( 一 〇 九 一 〜 一 一 五 七 ) と と も に 「 芙蓉
道 揩 の 三賢
孫 」 の 一 人 と さ れ た 真 歇清
了 ( 一 〇 八 八 〜=
五 一 ) の 、 中 国 禅 宗史
上 に お け る 位 置 付 六 八 け に つ い て は 、 宋 代禅
界 を 代 表 す る 大 慧 宗 呆 ( 一 〇 八 九 〜 一 一 六 三 ) の 禅 風 に 対 峙 す る 明 確 な 主 張 を 持 っ て い た こ と は 確 認 ( 14 ) さ れ て い る 。 そ の 前 半 生 の 語 録 『劫
外 録 』 は 、 生 前 ( 紹 興 二 年 以 前 ) す で に 刊 行 さ れ 、 そ の後
の 雪 峰 山 住 持 時 代 の 語 録 『 一 掌 録 』 も 、 現存
は し な い が 紹 興 四年
( 一 = 二 二 ) に は 刊 行 さ れ て お り 、 宏 智 が 撰 し た 真 歇 の 「塔
銘 」 の 序 や 『南
宋 元 明 禅 林 僧 宝 伝 』 ( 巻 二、 真 歇 伝 ) は 、 こ れ ら 二 書 が 広 く 世 に 流 布 し て ( 15 ) い た こ と を 伝 え て い る 。 さ て 、 日 本 の 曹 洞 宗 下 で、 真 歇 の 語 録 『 劫 外 録 』 の 名 が は じ め て 見 出 せ る の は 、 既 述 の よ う に 大 乗 寺 開 山 徹 通 義 介 に 注 釈 が あ っ た と い う 伝 承 で 、 こ れ に つ い て は す で に 、 岸 沢 惟 安 師 が 『 信 心 銘 葛 藤 集 』 ( 一 九 四 七 年 九 月、 要晝
房 刊 ) の 中 で 、 真 歇 禅 師 に は 劫 外 録 と い う 語 録 が 一 冊 あ り て 、 面 山 老 人 の 考 訂 さ れ た も の も あ る 。 こ の 劫 外 録 に は 大 乗 開 山 徹 通 義 介 禅 師 が 太 祖 常 済 大 師 の た め に 簡 単 な 箸 語 を 下 さ れ た。 し か る に 劫 外 録 そ の も の あ る こ と す ら 知 っ て ゐ る も の が 少 い の だ か ら、 徹 通 禅 師 の 著 語 あ る こ と は、 あ ま ね く 宗 門 人 に し れ わ た っ て を ら ぬ よ う だ 。 惜 し い こ と で す 。 わ し は 桐 生 の 鳳 仙 寺 開 山 貫 之 梵 鶴 和 尚 の 仮 名 が き の 抄 を 持 っ て い る 。 そ れ に は 処 所 に 大 乗 開 山 と い う て 徹 通 禅 師 の 著 語 が 引 い て あ る 。 ど う か 出 に 世 し た い も の だ 。 先 祖 の 語 録 で あ る か ら ね 。 ( 二 頁 )Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty と の べ て 、
『 劫 外
録
』 の 貫 之梵
鶴 の 抄 の存
在 と と も に紹
介 し て い る 。 こ の 指摘
は 、 『 梵 鶴 抄 』 に 「 大 乗開
山 ハ 、 … … … … ト 被仰
タ ゾ 」「 大 乗 云 」 等 と し て 引 用 さ れ て い る と と も に 、 『
梵
鶴抄
』 の 末 尾 に は、 同 文 庫 に も 「 大 乗 著 語 」 の 存 在 を 示唆
す る 岸 沢 師 の も の と 思 わ れ る メ モ が あ る が 、 そ の 存 否 は 確 認 し て い な い 。 と こ ろ で 、 先 般 、 豊 川 市 西 明 寺 所 蔵 の膨
大 な 典 籍資
料 群 の 中 か ら 、 「 瑾 首 座書
之 」 「 文 正 二 年 ( 一 四 六 七 ) 七 月 日 、 於 如 意 院 書 之 是 法 丁 」 と い っ た 識 語 の 存 す る 写 本 が 発 見 さ れ 、 『 梵 鶴 抄 』引
用 の 「 大 乗 開 山 之 語 」 と の 比較
が 可能
に な っ た 。 た だ し 、 こ れ が義
介 の 著語
、 瑩 山 の 書 写 の 真 偽 の 問 題 は 残 る 。 次 に 『劫
外 録 』 の 名 が 見 出 せ る の は、 明 徳 二年
( 一 三 九 一 ) 五 月 十 二 日 の 、 通 幻 寂 霊 ( 二 三 一 二 〜 九 一 ) の 「 喪 記 」 の中
で 、 了庵
慧 明 を は じ め と す る 上 足 十 一 名 に 対 す る 遺 贈 物 リ ス ト の 中 に 、 面 付 遣 付 嗣 法 子 師 物 件 開 具 在 後 一 法 衣 壹 縁 五 位 君 臣 図 面 付 慧 明 首 座 了 庵 一 法 衣 + 豆 縁 面 付 一 法 衣 壹 縁 一 法 衣 壹 縁 一 法 衣 壹 縁 面 面 面 付 付 付 梵 網 経 義 軌 ・ 斎 僧 法 井 風 行 草 偃 ・ 親 筆 遺 付 五 位 顕 訣遺 付 峨 山 法 語 遺 付 請 益 行 巻 遺 付 真 梁 首 座 石 屋 永 就 都 司 一 径 善 救 首 座 普 済 明 見 蔵 主 不 見 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 一 法 衣 壹 縁 面 付 一 法 衣 壹 縁 面 付 一 法 衣 壹 縁 一 法 衣 壹 縁 一 法 衣 壹 縁 一 法 衣 壹 縁 右 続 記 把 帳 面 面 面 面 付 付 付 付 嗣 書 巻 劫 外 録 正 法 眼 蔵 転 法 輪 雪 子 吟 新 豊 吟 重 離 六 爻 維 那 霊 珍 明 徳 二 年 辛 未 五 月 十 二
R
押 遺 付 遺 付 遺 遺 遣 遺 付 付 付 付 自 性 都 寺 天 真 祖 祐 蔵 主 天 鷹 正 杲 監 寺 了 峰 曇 貞 書 記 天 得 聖 寿 書 記 量 外 聖 厳 維 那 芳 庵 と あ る よ う に 、 『劫
外 禄 』 は 『 正 法 眼 蔵 』 と と も に 、 張 正 眼 寺 ・ 雲 興寺
等
を開
く 天鷹
祖祐
( 一 一. 一 三 六 〜 一 四;
一 ) 遺 贈物
と し て 伝 授 さ れ た こ と を 伝 え て い る 。 た 『 正 法 眼 蔵 』 が 誰 の 著 述 か に つ い て は 明 記 さ れ て い な い が 、 本 寺永
沢 寺 に は 別 に 黒 漆 箱 入 り の 『 正 法 眼 蔵 』 が 、 衣鉢
を は じ め 『 如 浄 録 』 『 宏 智 録 』 『 伝 燈 録 』 等 と 一 緒 に 寄 進 さ れ て お り ( 同 喪 記 ) 、 こ れ は道
元 の 『 眼 蔵 』 と 思 わ れ る の で 、 天 鷹 に 伝 え ら れ た の は 大慧
の 『 正 法 眼 蔵 』 と 推 定 さ れ る 。 と も か く も 『 劫 外 録 』 は 、 初 期 の 教 団 展 開 の 時 期 か ら す で に 、 宗 旨 の 参 究 書 と し て 曹 洞 宗 内 で 用 い ら れ て い た こ と が 知 ら れ る 。 知 客 正 説押 ( 中 略 ) 定 光 寺 前 総 持 良 秀 押 主 喪 総 持 寺 聞 本 押 ( 『 続 曹 全 』 洙 解 三、 二 九 頁 )
後
に 尾 に 一 緒 に 伝 え ら れ 六 九Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 岸 澤 文 庫 所 蔵 『 劫 外 録 』 「 貫 之 梵 鶴 抄 」 に つ い て 洞 門 関 係 の 語 録 抄 の
特
色 は、 純 粋 な提
唱 の 聞 書 き と は 若 干 趣 を 異 に す る、 中 世 の 公 案 ・ 看 話 の 禅 に お け る 著 語 ・ 代 語 に 類 す る 、達
意 的 ・ 象 徴的
な 語 句 の 援 用 に よ る 場 合 が 多 い 。 川 僧 慧 済 ( 〜 一 四 七 五 ) の 『 人 天 眼 目 抄 』 は、 聞 書 き 的 性格
の 濃 厚 な 抄物
の 代 表 的 遺 存 例 で あ る が 、 そ れ で も 随 所 に 著 語 ・ 代 ( 16 ) 語 を挿
入 し て 、 一 種 の 機 関 の 記 録 的 休 裁 を な し て い る 。 さ て 、『
劫
外 録 』 に貫
之 梵 鶴 の 抄 が あ る こ と に つ い て は す で に 知 ら れ て お り、 天 真 派 の 抄 と し て も 注R
す べ き も の と い ( 17 ) う 指摘
も あ る 。貫
之 は 、 道 元−
懐奘
ー
義 介ー
瑩 山紹
瑾ー
峨 山 韶 碩ー
通 幻 寂 霊」
「
天 真 自準
希
器
早
大 見 禅甲
桃癰
洞」
i
無 底 霊徹
…
在 室 長 端−
天 隠 玄鎖
ー
大年
宗彭
」
「
然 之 等 忻i
瑞
翁 見 祥1
大 渓 龍察
−
貫
之 梵鶴
と い う 法 系 を 嗣 ぐ、 峨 山 下 通 幻 派 の 中 の 、 関 東 一 帯 に 展 開 し た 天 真 派 に 属 す る 中 世 末 期 の 学 僧 で あ る 。 同 派 の 在 室 長 端 開 山 の 、 龍 ヶ崎
市 金 竜寺
七 世 と な り、 天 文 十 二 年 ( 一 五 四 三 ) に は 太 田 市 瑞 岩寺
の 開 山 と な り 、 同 二 十 二 年 ( 一 五 五 三 ) 師 の 金 竜 寺 大 渓 の 代 行 と し て 、 天真
派
の 本 山 で あ る 越 前 宅 良 の慈
眼 七 〇 寺 に輪
住 し 、 天 正 二 年 ( 一 五 七 四 ) に は 、 桐 生 市 鳳 仙寺
開 山 に 勧 請 さ れ て い る 。 こ の 間 、 永 禄 十 二 年 ( 一 五 六 九 ) に は 金 竜寺
住 持 と し て 本 山 慈 眼 寺 輪 住 を 再 び 請 さ れ て い る の で ( こ の 時 は 病 気 で 、 法 嗣 の 大 拙 窩 芸 が 代 勤 し て い る ) 、 金 竜寺
と 瑞 岩 寺 住持
を 兼 ね る形
で 両 所 で 接 化 を 行 っ て い た も の と 見 ら れ る 。貫
之 の 自 筆 本 と さ れ る 瑞 岩寺
所 蔵 の 『貫
之 和 尚 代 語 抄 』 は 、 永 禄末
か ら 天 正 初 年 に か け て成
立 し た も の で あ ろ う と さ れ、 や は り 瑞 岩 寺 所蔵
の 自筆
の 『碧
巌 録 抄 』 に よ れ ぽ 、 そ の 奥 書 に よ り 、 天 正 五 年 ( 一 五 七 七 ) か ら 翌 六 年 五 月 に か け て 瑞 岩 寺 で撰
( 18 )述
さ れ た も の と 見 ら れ て い る 。 本稿
で扱
う 『 劫 外 録 』 の 貫 之 の 抄 は 、 岸 沢 文 庫 所 蔵 本 で 、 そ の 書 冊 形式
を 列 挙 す れ ば 、 次 の 通 り で あ る 。 、 冊 数 、 大 き さ 一 、装
丁 一 、 標 題 一 、
枚
数 一 、 行 字 数 一 、 尾
題 一 冊 タ テ ニ 九 ・
0
セ ン チ ヨ コ ニ ○ ・ ニ セ ソ チ 〔 匡 郭内
、 タ テ ニ 五 ・ 六 セ ン チ ヨ コ 一 七 ・ 六 セ ン チ 〕 袋 綴 じ 「真
州 長 蘆 了 禅 師劫
外 録 抄 」 ( 後 筆 ) 表 紙 ・ 裏 表 紙 共 四 十 五 枚、 本 文 四 十 三 丁 毎半
葉
十 行、 原 文 二 十 〜 二 十 二字
、 抄 三 十 〜 三 十 四 字 「 長 藍 寂 庵 真 歇 了 和 尚 劫 外 之 録終
」Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 一 、
奥
書
等
長 蘆 二 十 二 世 之 末 葉、 瑞 厳 老 比 丘 貫 之 鶴 謹
抄
旃 了 于 時 元亀
貳 天 辛 未 ( 一 五 七 一 ) 初 秋 下 澣 道 号 名 印 一 、筆
者
悦 翁 下 之 僧 玄 龍、 寛 永 十 九 ( 一 六 四 二 ) 極 月、 小 高常
光
院 冬 之 江 湖衆
寮 ニ テ 書 写 之 畢 他 に 、 匡郭
欄外
の 上部
に、 別 筆 に よ る 抄 の 要 点 の 抜 き 書 き が存
す る が 、 こ れ が 誰 の も の か は 不 明 で あ る 。 ま た、 裏表
紙
の 裏 に は 、 昭 和 十 一 年 ( 二 五 九 六、 〈 一 九 三 六 〉 ) 十 一 月 二 十 一 日 付 の 、 所 蔵 者 是 沢 師 の 筆 跡 と 思 わ れ る、 峨 山 以 来、貫
之 梵 鶴 ・ 淵 室 玄 龍 に 至 る 法 系 譜 、金
龍
寺
・ 常 光 院 の 住 所 、 常 光 院 開 山 の 系 譜、 鳳 仙寺
・ 瑞 巌 寺 の住
所 、 寛 永 ・ 元 亀 の 皇 紀 に よ る 年 号 換 算、 大 乗 開 山 の 註 等 に関
す る メ モ が 付 さ れ て い る 。 本 書 は、 元 亀 二 年 七 月 成 立 の 、 著 者 梵 鶴 自 身 の 筆 に な る 原 本 か ら 、寛
永 十 九 年 十 二 月 に梵
鶴 の 法 孫 で 金 龍寺
十 五 世 の 淵 室 玄 龍 に よ り、 冬 安居
江 湖 会 中 の 茨 城 県 小 高 村 ( 現、 麻 生 町 ) 常 光 院 で 書 写 さ れ た 再 写 本 と い う こ と に な る 。 書 写 を 行 っ た 淵 室 の 法 系 は、貫
之 梵 鶴−
大 拙 齎 芸−
秀
山梵
芝ー
愚 岫 梵 殊」
「
伝 室 宗 的詣
湿 法挙
楊
山龍
挙
蟻
羽 長 怡」
「
淵 室 玄 龍 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) ( 19 ) と連
な る 、 金龍
寺 伽 藍 法 の継
承 者 で あ る 。 ま た 本抄
は 、 カ ナ 書 き の 語 録 抄 と は 言 っ て も 、 い わ ゆ る の 聞 書 き で は な く 、 聞 書 き の体
裁 を と っ て 自 ら の 手 で ま と め た も の で 、 こ の 点 か ら は 同 師 の 『 碧 巌 録 抄 』 と も 同 種 の抄
物
で あ り 、 文章
語 脈 で 綴 ら れ た 文 中 に 、 洞 門 抄 物 に 共 通 す る 言 語 上 の 特 色 が あ る こ と は 、 す で に 金 田 氏 に よ っ て 指 摘 さ れ て い る 。 と こ ろ で 、 こ う し た抄
物
が 作 ら れ る 際 に は 、 先 行 す る 抄 の 伝 承 の 上 に 成 立 す る の が 通 例 で 、 門参
的 性 格 を 有 す る 抄物
ほ ど 自 派 の 独 自 の 解 釈 が 意 識 さ れ る の で 、 後 代 に な る ほ ど 他 派 の 抄 な ど が引
用 さ れ る こ と が 多 く な る 。 し か し 、貫
之 が こ の 抄 を 作 成 す る 際 に 前 提 に し た と見
ら れ る 抄 は、徹
通 義 介 の註
( 20 ) ぐ ら い の よ う で、 他 の抄
を 参 考 に し た 形 跡 は 殆 ど な い 。 西 明 寺 所 蔵 い て 『 劫 外 録 大 乗 開 山 徹 通 和 尚 之 註 』 に つ 義 介 の 『 劫 外 録 大 乗開
山 徹 通 和 尚 之 註 』 に つ い て は 、岸
沢 師 が 『 梵 鶴 抄 』 に そ の引
用 が あ る こ と も あ っ て そ の 存 在 を指
摘 さ れ て い た も の で あ る が、 今 回 発 見 さ れ た 豊 川 市 西 明 寺 所 蔵 本 は 、今
の と こ ろ 天 下 の 孤 本 と い う こ と に な る 。 こ の 大乗
註 の 特 色 に つ い て は 、 か つ て 簡 単 な 紹 介 を お こ な っ た こ と が ( 21 ) あ る が 、 改 め て そ の 書 冊 形 式 を 紹 介 し て お ぎ た い 。 七 一Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 一 、 冊 数
一 冊 一 、 大 き さ タ テ ニ 五 ・ ニ セ ン チ ョ コ 一 五 七 ・ 五 セ ン チ 〔 匡 郭
内
、 タ テ 一 八 ・ 八 セ ン チ ヨ コ 一 六〇
・ ○ セ ン チ 〕 一 、装
丁
袋 綴 じ 一 、 標
題
〔 裹 紙 欠 〕 首 題 「 劫 外 録 大 乗 開 山 徹 通 和
尚
之 註 」 一 、 枚数
裏 表 紙 共 九 枚 、 本 文 八 丁 一 、 行 字 数毎 半 葉 十 二 行 、 原 文 十 八 〜 二 十
字
、 抄 三 十 字 一 、 尾 題「 寂 庵 和 尚 語 録 大 乗 開 山 註 終 」 一 、 奥 書
等
尾 題 末 「 時 文 正 二 年 七 月 日 、 於
如
意 院 書 之 是 法 丁 」 一 、 筆 者 首 題 下 「 瑾 首 座 書 之 」 と あ り 首 題 の 下 の 「 瑾 首 座 書 之 」 と い う記
載
を そ の ま ま 肯 い 、 徹 通 義 介 の 弟 子瑩
山 紹 瑾 の 筆 録 に な る も の と す る に は 、 今 の と こ ろ 他 に 伝 本 や伝
承 も な く、 こ れ を 徴 す る 根 拠 は な い 。 し か し 、 註 の 部 分 に つ い て は 、貫
之 の 抄 が こ れ を 忠 実 に 踏 ま え 引 用 し て お り 、 確実
に 義 介 註 の 伝 承 が あ っ た こ と が 知 ら れ、今
後
の 伝 本 の発
見 が 待 た れ る 。 ま た 、書
写 を 示 す 「 文 正 二 年 ( 一 四 六 五 ) 」 の 記 載 に つ い て も、 本 書 が こ の 時 に 書 写 さ れ た 原 本 そ の も の で あ る か ど う か に つ い て は、 紙 質 や 筆 跡 等 の 関 係 か ら 、若
干 疑 問 も 残 る 。 こ 七 二 れ を 書 写 し た 「如
意 院 」 に つ い て は、 能 登 ( 石 川 県 門 前 町 ) 総 持寺
の 塔 頭 五 院 の 一 で 、 実峰
良 秀 開創
の 「 如 意庵
」 で あ ろ う ( 22 ) と 思 わ れ る 。 本書
の 註 の 仕方
は、 語 録 の 呉 敏 の 序、 お よ び 上 堂 語 の 主 要 な 語 句 を 掲 げ 、 こ れ に 対 し て 簡潔
な 解 釈 ・ 見 解 を付
し た も の で 、純
粋 に 語 句 に 対 す る 注 釈 的 な も の も あ る が 、 そ の 他 の ほ と ん ど は 著 語 ・ 下 語 と 言 っ て よ い も の で あ る 。 註 の文
体
は、 活 用 語 尾 な ど に カ ナ 書 き の 部 分 も あ る が 、 基 本 的 に は 漢 文 体 の 抄 と い う こ と に な る 。 『 秘 密 正 法 眼 蔵 』 『 山 雲 海 月 』 『 永 平 頂 王 三 昧 記 』 な ど 、 曹 洞宗
関
係 の 初期
の抄
物
は、 漢 文体
の も の が多
く 、 そ の 意 味 で は 古伝
を伝
え て い る 可 能 性 も あ る 。 な お 、 語 録 の 引 用 は 必 要 個 所 の み に 終 わ っ て い る の で 、 本 文 研 究 に 資 す る に は 不 足 の観
は ま ぬ が れ な い が、 異 本校
訂 で は 一応
取 り 上 げ た 。 『 劫 外 録 』 の 版 本 に つ い て こ こ で 、 『 劫 外 録 』 本 文 の 異本
校 訂 に 用 い た 、 三 種 類 の 江 戸 期 の 版 本 に つ い て 、 そ の 概 要 や 特 色 を 略 記 し て お く 。 ( 一 ) 寛 永 刊 本 『 真 歇 和 尚 劫外
録 』 ( 「 寛 本 」 と 略 称 ) 駒 沢 大 学 図 書 館 所蔵
一 巻 。 内 容 は 、 北 宋 の 宰 相 呉 敏 ( 〜 一 二一 冖 二 ) の 序 ・ 上 堂 ・ 法 要 ・ 機 縁 ・ 偈 頌 ・頌
古 ・ 「 宣 和 癸 卯 ( 五 年 、=
二 三 ) 宴 坐Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty
自
讃 」 の 偈 か ら な り 、 最 後 に 「 塔 銘 口 」 と し て 、 宏 智 正 覚 の 撰 し た真
歇
の 塔 銘 を 載 せ る 。 現存
す る 刊 本 の 『劫
外 録 』 と し て は 最 も古
い も の で 、 刊 記 に は 、 寛 永 七 年 ( 一 六 三 〇 ) 庚 午 小 春 吉 旦 四 条 中 野 市 右 衛 門 梓 行 と あ る 。 寛 永 本 は 、構
成 上 か ら も 、 ま た 本 文 に つ い て も 『 梵鶴
抄 』 の 本 文 に も っ と も 近 い テ キ ス ト で あ る 。 た だ し、 宏 智 の塔
銘 は 、真
歇 没 後 の 紹 興 二 十 六 年 (二
五 六 ) に 撰 せ ら れ て お り、『 劫 外 録 』 の 宋 版 刊 行 は、 す で に 紹 介 し た よ う に 紹 興 コ 年 以 前 と さ れ て い る の で 、 宋 版 刊 行 時 の ま ま の 形
態
を 伝 え て い る か ど う か は 不 明 で あ る 。 ( 二 ) 面 山 校訂
本 『 真 歇 和 尚 劫 外 録 』 ( 「 面 本 」 と 略 称 ) 駒 沢 大 学 図 書 館 所 蔵 一 巻 。 江 戸 期 の 碩 学 面 山瑞
万 が 、 寛 永 七年
刊行
の 『 劫 外 録 』 に 満 足 で き ず 、 自 ら 校 訂 し 出版
し た も の で 、 巻 頭 の 重 刻 の 序 文 に は 、 較 正 重 刻 劫 外 録 引 伏 惟、 真 歇 祖 之 劫 外 録、 曽 播 支 那 也 。 当 時 有 通 玄 浄 禅 師 者、 造 此 録 判 弁、 事 載 空 谷 集 。 又 采 熱 鉄 丸 語 載 仏 法 大 明 録、 及 俗 書 韻 瑞 等 。 以 称 了 和 尚 劫 外 録 則 可 謂 熾 也 。 日 本 寛 永 中 所 刊 之 本 文 字 写 誤、 非 但 数 十、 末 載 塔 銘、 亦 脱 其 序 。 余 悶 之 尚 矣。 今 秋 有 縁 寓 恵 日 山 之 艮 岳 院、 偶 得 古 写 本 於 蠹 冊 堆、 読 之 巨 備 焉 。 是 故 重 刊 流 布。 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 謹 考 塔 銘 之 序 、 則 謂、 語 録 両 集 行 於 世 也 。 必 定 有 広 録 在 。 若 有 之 則 可 与 宏 智 広 録 分 鑛 並 馳 。 烏 呼、 不 伝 于 日 本 也、 遠 孫 之 遺 憾 也。 今 采 輯 散 逸 以 附 者 、 崑 山 之 片 玉 而 不 忍 棄 也。 且 如 昔 編 此 劫 外 録、 亦 略 上 之 略 而 所 謂 千 百 之 十 一 乎。 然 而 此 之 他 之 百 帙 千 套、 則 不 異 孤 月 之 在 乎 衆 星 、 光 明 偏 照 有 何 辺 際 。 伏 翼 、 遠 裔 之 麟 角、 鳳 毛、 称 提 之、 以 扇 揚 祖 風、 則 不 負 祖 恩 之 須 弥 山 高 兮 大 兮 。 遺 蔭 之 娑 竭、 海 深 兮 広 兮、 云 爾 。 明 和 丁 亥 ( 四 年、 一 七 六 七 ) 孟 春 初 五、 第 三 十 三 世 遠 孫、 八 十 五 翁 方 面 山、 盥 薫 拝 題 於 洛 東 瑞 竜 山 之 金 竜 軒、 ( 印 ) ( 印 ) と あ る 。 面 山 の 回 顧 に よ れ ぽ 、 寛 永 刊 本 に は 数 十 の 文字
の 写 誤 が あ り 、 ま た 末 尾 の 宏 智 正覚
撰 述 の 「塔
銘 」 も、 「序
」 す な わ ち真
歇
の 詳 伝 に 当 た る 部 分 が 欠 落 し た も の で あ っ た 。 た ま た ま 恵 日 山 ( 東 福 寺 ) 塔 頭 艮 岳 院 ( 軒 ) で そ れ ら が 備 わ っ た古
写 の 善 本 を 見 る こ と が で ぎ た の で 、 こ れ を 刊 行 流 布 せ し め る の で あ る と い う 。 ま た 、塔
銘 序 に あ る 「 語 録 両 集 行 於 世 也 」 と い う 記 載 か ら 、『 宏 智
録
』 に も 比 肩 で き る 広 録 の 存 在 を 確 信 し て い る が 、 こ の 「 両 集 」 が 『 劫 外 録 』 と 『 一 掌 録 』 に当
る と さ れ る こ と は す で に 述 べ た 。 面 山 が 披 見 し た と い う 、東
福 寺 艮 岳 院 所 蔵 の 古 写 本 が い か な る も の で あ っ た か は 不 明 であ
る が 、 確 か に 寛 永 本 と 面 山 本 で は 、 本 文 中 に多
く の 異 同 を 見 出 す こ と が で き る 。 ま た 、 「 塔 銘 」 に 「序
」 を 加 え て 「 崇 先 真 歇 了 禅 師 塔 銘 」 と い う 正 七 三Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 )
式
名 称 を 用 い 、 末 尾 も 、 紹 興 二 十 六 年 ( 一 一 五 六 ) 四 月 夏 安 居 日 住 明 州 天 童 山 景 徳 禅 寺 法 弟 比 丘 正 覚 撰 と い う 撰文
の 記 録 ま で載
せ て い る 。 さ ら に 「 付 録 」 と し て 、 「華
蔵 無 尽 燈 記 ( 禅 門 諸 祖 師 偈 頌 ) 」 「 戒 殺 文 ( 帰 元 直 指 集 ) 」 「浄
土 宗 要 ( 蓮 宗 宝 鑑 ) 」 「 自 賛 ( 大 智 拈 古 抄 ) 」 「 真 歇 了 禅 師 ( 五 家 正 宗 賛 ) 」 「 舩 子 夾 山 話 ( 禅 宗 頌 古 聯 珠 通 集 ) 」 「 恵 超 問 仏 ( 禅 宗 頌 古 聯 珠 通 集 ) 」 等 の 記 ・ 文 ・ 偈 ・ 伝 を 諸 種 の 文 献 か ら 収 集 し て 追 加 し て い る 。 面 山 の 本文
校 訂 が 確実
な テ キ ス ト に 基 づ く も の か 否 か は 確 か め よ う が な い が 、諸
種
の 追 録 や 、 特 に 巻 頭 の 呉 敏 の 序 に、 他 の い か な る 史 料 に も 見 出 せ な い 「 紹 興 二 十 八 年 ( 一 一 五 八 ) 正 月 旦 」 と い う 年 記 を 加 え る の は 、 面 山 独 自 の 判 断 に 基 づ く 〔 23) 付 加 と 考 え ら れ、 結 果 的 に 『 劫 外 録 』 の 原 初 形 態 を 損 な う こ と に な っ た の で は な い か と 危 惧 す る が、 こ こ で は 問 題 の 指 摘 に 止 め て お く 。 ( 三 )伝 万 安 抄 『
真
州 長 蘆 了 和 尚 劫 外 録 抄 』 ( 「 万 本 」 と 略 称 )岸
沢 文 庫 所 蔵 三 巻 。 近 世 初 頭 に 刊 行 さ れ た 、 多 く の 洞門
抄 物 の 中 の 一 本 。 江 戸 初 期 の 学 僧 で 、 宇 治 に 興 聖 寺 を 再 興 し た 万 安 英 種 ( 一 五 九 一 〜 一 六 五 四 ) の 抄 と 伝 え ら れ る が、 確 証 は な い 。 刊 己 こ よ 、 昌= ロ セ ウ 明 暦 丁 酉 ( 三 年、 一 六 五 七 ) 仲 冬 吉 旦 寺 町 通 誓 願 寺 前 西 村 又 左 衛 門 新 刊 七 四 と あ る の み で 、 刊 行 の 経緯
等 に つ い て は 一 切 不 明 で あ る 。 上 巻 に は 上 堂 の 三 十 段 ま で を 、 中 巻 に は 、 上 堂 の 残 り 二 十 七 段 と 、 法 要 ( 十 一 段 ) 、 下 巻 に は 機 縁 ( 二 十 段 ) ・ 偈 頌 ( 十 首 ) ・ 頌 古 ( 四 則 ) 、 お よ び 宣 和 五年
の 「 自 讃 」「 塔 銘 」 が 収 録 さ れ て お り 、 全 体 の
構
成 は 、 寛 永 本 ・梵
鶴 抄 本 に 等 し い 。各
段落
ご と に 簡 潔 な 宗 旨 と し て の捉
え 方 を 示 し 、 反 切 に よ る発
音 の 指 示 、 述 語 の 用 例 ・ 出 典 な ど も 提 示 さ れ て い て 、 『 劫 外 録 』 の 本 文 理 解 に は よ き 指 針 に な る が 、解
釈 は 形 式 化 し て 平 板 な 結 論 に 至 る こ と が 多 く 、 中 世 の 門 参 的 性 格 を 有 す る 洞 門 抄 物 の 、 躍 動 す る よ う な 注 釈 の姿
勢 は影
を ひ そ め る 。 し か し、 テ キ ス ト 本文
な ど に つ い て は 、 江 戸 期 の 版 本 に見
ら れ る 恣意
的 な 改変
の 手 が 加 わ る 以 前 の 、 中 世 以 来 の 古 形 を つ た え て い る 例 が 多 く 、 本 文 研 究 に は 有 益 で あ る 。 『 劫外
録 』 の 原 本 に つ い て は 、 宋 版 は も と よ り、 中 世 の 伝 本 も 見出
せ な い 現在
、 伝 万 安 本 は 異 本 の校
訂
に は 欠 く こ と の で き な い テ キ ス ト の 一 本 であ
る こ と は 間違
い な い 。 以 上 が 、 『 劫 外 録 』 本 文 の 異 本 校 訂 に 用 い た 江 戸 期 の 版本
の 概 要 で あ る 。 と こ ろ で 、 現 在 、『
劫
外 録 』 に は 中 世 の 伝 本 は 全 く存
在 しKomazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty な い か の ご と
ぎ
印 象 を 与 え た が、 か つ て 故 石 井光
雄 氏 所 蔵 の 「 石 井 積 翠 軒 文 庫 」 中 に は 、室
町 末 期 の 写 本 と し て 『 真 州 長 ( 24 ) 蘆 了 和 尚 劫外
録 』 一 冊 が 存 し た こ と が 知 ら れ る 。 川瀬
一 馬 氏 の解
題
に よ れ ぽ 、 本 文 十 六 葉 、 タ テ 六 寸 五 分 ( 一 九 ・ 七 セ ン チ ) × ヨ コ 四 寸 三 分 五 厘 (;
丁 ニ セ ン チ ) と い う 比 較 的 小 型 の 写 本 で あ っ た よ う で あ る が 、 毎 半 葉 が 十 二行
と 行 数 も 比 較 的 多 く 、 十 分 『劫
外 録 』 全 体 を 書 写 し 得 て い た で あ ろ う と 推 測 さ れ る 。 ま た 、 こ の 故 石井
氏 旧 蔵 本 『 劫 外 録 』 に は 、 本 文 と 同 筆 で 全 体 六 葉 か ら な る 、 「 寂 庵 和 尚 云 語 録 註 」 が 付 加 さ れ て い た よ う で あ る が 、 こ れ は 西 明 寺 所 蔵 の 『 劫 外 録 大 乗 開 山 徹 通 和 尚 之 注 』 の 尾 題 「寂
庵 和 尚 語 録 大 乗 開 山 註 終 」 に も近
似 し て お り 、 枚 数 の 上 か ら 見 て も 、 お そ ら く 同 一 の 註 で あ っ た と 見 ら れ る 。 し か し 、 こ の 故 石 井 氏 旧 蔵 本 は そ の 後、 多 く の 稀 覯 本 と と も に 散 逸 し て 、 現 在 そ の 所 在 は 不 明 で あ る 。何
処 か の 櫃 底 に 眠 っ て い る は ず の 室 町 期 写 本、 あ る い は よ り古
い 版 本 が 、 本翻
刻 が 終 了 す る ま で の 間 に 出 現 す る 奇 跡 を俟
つ の み で あ る 。 注 ( 1 ) 「 曹 洞 宗 切 紙 の 分 類 試 論 ( 一 ) 〜 ( 二 十 三 ) 」 ( 『 駒 沢 大 学 仏 教 学 部 研 究 紀 要 』 四 十 一 〜 五 十 二 号、 『 駒 沢 大 学 仏 教 学 部 論 集 』 十 四 〜 二 十 四 号、 一 九 八 三 年 三 月 〜 一 九 九 四 年 三 月 ) 参 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 照 。 ( 2 ) 竹 内 道 雄 「 永 平 道 元 と 碧 巌 録 − 道 元 の 一 夜 碧 巌 将 来 説 に つ い て ー 」 ( 『 宗 学 研 究 』 一 巻 一 号、 一 九 五 六 年 三 月 ) 、 鏡 島 元 隆 『 道 元 禅 師 と 引 用 経 典 ・ 語 録 の 研 究 』 第 四 章 「 第 四 節 道 元 禅 師 と 碧 巌 集 」 ( 一 九 六 五 年 十 月、 木 耳 社 刊 ) 等 参 照 。 ( 3 ) 前 掲 鏡 島 元 隆 『 道 元 禅 師 と 引 用 経 典 ・ 語 録 の 研 究 』 二 六 〇 頁、 石 井 修 道 『 道 元 禅 の 成 立 史 的 研 究 』 第 四 章 「 第 六 節 『 宏 智 録 』 の 歴 史 的 性 格 」 ( 一 九 九 一 年 八 月、 大 東 出 版 社 刊 ) 等 参 照 。 ( 4 ) (12
) 拙 稿 「 義 雲 録 』 に お け る 『 宏 智 録 』 引 用 の 意 義 」 ( 『 駒 沢 大 学 仏 教 学 部 研 究 紀 要 』 三 五 号、 一 九 七 七 年 三 月 ) 参 照 . (5
) 拙 稿 「 『 古 今 全 抄 』 に つ い て 」 ( 『 印 度 学 仏 教 学 研 究 』 二 七 巻 二 ロ ヴ、 一 九 七 九 年 三 月 ) 参 照 。 ( 6 ) 安 藤 嘉 則 「 『 天 童 小 参 抄 』 に つ い て 」 ( 『 宗 学 研 究 』 三 十 三 号、 一 九 九 一 年 三 月 )、 納 富 常 天 『 横 浜 市 指 定 文 化 財 天 童 小 参 抄 ( 下 巻 ) 』 翻 刻 並 び に 「 改 題 」 ( 一 九 九 三 年 三 月、 横 浜 市 教 育 委 員 会 ) 等 参 照 。 ( 7 ) 拙 稿 「 鎌 倉 に お け る 曹 洞 宗 宏 智 派 の 消 長 」 ( 『 印 度 学 仏 教 学 研 究 』 二 十 二 巻 二 号、 一 九 七 四 年 三 月 ) 参 照 。 ( 8 ) 東 明 慧 日 の 参 じ た 中 岩 円 月 ( = 二 〇 〇 〜 七 五 ) は、 「 自 暦 譜 」 に よ れ ぽ 文 保 二 年 ( = 二 一 八 ) 、 永 平 寺 の 義 雲 に 参 じ て 「 洞 宗 の 語 言 に 通 」 じ た 言 っ て お り、 こ れ は お そ ら く 東 明 の 指 示 に よ っ た も の と 思 わ れ る 。 (9
) 石 井 修 道 前 掲 書、 四 九 七 頁 。 七 五Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) (
10
) 拙 稿 「 峨 山 和 尚 誦 抄 『 自 得 暉 録 』 に つ い て 」 ( 『 宗 教 学 論 集 』 第 九 輯、 一 九 七 九 年 十 二 月 ) は 佐 賀 県 武 雄 市 円 応 寺 所 蔵 の 該 書 を 紹 介 し た も の で、 峨 山 韶 碩 の 抄 で あ る こ と を 記 す 唯 一 の テ キ ス ト で あ る が 、 同 系 統 の 抄 と し て、 豊 川 市 西 明 寺 ・ 愛 知 県 一 宮 町 松 源 院 ・ 上 田 市 大 輪 寺 等 に そ れ ぞ れ、 完 本 で は な い が 伝 本 が 現 存 す る 。 ま た 館 林 市 小 池 篤 氏 所 蔵 の、 室 町 期 の 語 録 写 本 『 霊 竺 浄 慈 自 得 禅 師 録 』 の 欄 外 や 行 間 に は 、 克 明 に 抄 が 書 写 さ れ て お り、 抄 の 完 本 と し て は 唯 一 の も の で あ る 。 他 に、 豊 川 市 西 明 寺 に は、 こ れ ら と は 異 な る 抄 の 端 本 ( 一 冊 本、 巻 一 ・ 巻 二 部 分 ) が 伝 え ら れ て い る 。 自 得 の 語 の 依 用 は 他 に、 大 智 の も の と さ れ る 『 無 尽 集 』 に も 引 用 さ れ る 。 (11
) 鏡 島 元 隆 前 掲 書 二 四 七 頁 〜、 お よ び 拙 稿 「 祖 山 本 『 如 浄 録 』 に つ い て 」 ( 『 傘 松 』 四 〇 六 号 、 一 九 七 七 年 七 月 ) 参 照 。 (13
) 金 田 弘 『 洞 門 抄 物 と 国 語 研 究 』 ( 一 九 七 六 年 十 一 月、 桜 楓 社 刊 ) 付 表 「 曹 洞 宗 関 係 カ ナ 抄 物 一 覧 表 」 参 照 。 ( 14 ) 石 非 修 道 『 宋 代 禅 宗 史 の 研 究 』 ( 一 九 八 七 年 十 月、 大 東 出 版 社 刊 ) 第 三 章 「 第 三 節 芙 蓉 道 楷 の 三 賢 孫 」 参 照 。 ( 15 ) 椎 名 宏 雄 『 宋 元 版 禅 籍 の 研 究 』 ( 一 九 九 三 年 八 月、 大 東 出 版 社 刊 ) は、 「 語 録 両 集 行 於 世 」 ( 塔 銘 ) 「 所 編 語 録 二 集 若 干 巻 行 世 」 ( 僧 宝 伝 ) 等 の 記 載 に よ っ て 『 真 歇 清 了 禅 師 語 録 』 二 巻 を ( 宋 金 元 版 禅 籍 逸 書 目 録 」 に 挙 げ る が ( 六 一 五 頁 ) 、 石 井 前 掲 『 宋 代 禅 宗 史 の 研 究 』 は、 宏 智 の 「 塔 銘 」 に い う 両 集 と は 『 劫 外 録 』 と 『 一 掌 録 』 と す る ( 二 七 一 頁 ) 。 ( 16 ) 『 ( 抄 物 大 系 ) 人 天 眼 目 抄 』 ( 一 九 七 五 年 六 月、 桜 楓 社 刊 ) 七 六 中 田 祝 夫 ・ 外 山 映 次 解 説 。 拙 稿 「 『 人 天 限 目 抄 』 に つ い て 」 ( 『 印 度 学 仏 教 学 研 究 』 二 六 巻 四 号、 一 九 八 〇 年 三 月 ) 参 照。 ( 17 ) 駒 沢 大 学 図 書 館 編 『 新 纂 禅 籍 目 録 』 ( 一 九 六 二 年 六 月、 口 本 仏 書 刊 行 会 刊 ) 二 二 一 頁、 及 び 金 田 弘 「 天 真 派 貫 之 梵 鶴 の 抄 」 ( 『 浅 野 信 博 士 古 稀 記 念、 国 語 学 論 集 』 所 収、 一 九 七 七 年 十 月、 桜 楓 社 刊 ) 参 照 。 (18
) 前 掲 金 田 論 文 。 (19
) 貫 之 梵 鶴 の 法 系 に つ い て は 、 曹 洞 宗 全 書 刊 行 会 編 『 曹 洞 宗 大 系 譜 一 』 ( 一 九 七 六 年 十 二 月、 同 刊 行 会 刊 ) 八 九 五 〜 九 八 頁 参 照 。 ( 20 ) 岡 田 宜 法 『 日 本 禅 籍 史 論 』 ( 一 九 四 三 年、 井 田 書 店 刊 )、 お よ び こ れ を 承 け た 『 新 纂 禅 籍R
録 』 ( 二 二 一 頁 ) は、 焼 津 林 叟 院 六 世 哉 翁 宗 咄 が 享 禄 五 年 ( 一 五 三 二 ) に 撰 し た 『 劫 外 録 抄 』 が あ っ た と す る が、 事 実 と す れ ば 貫 之 抄 に や や 先 行 す る 時 代 の 抄 と い う こ と に な る 。 (21
) 拙 稿 『 洞 門 抄 物 の 発 生 と そ の 性 格 」 ( 『 財 団 法 人 松 ケ 岡 文 庫 研 究 年 報 』 二 号、 一 九 八 入 年 二 月 ) 参 照 。 (22
) 岩 見 国 竜 雲 寺 ( 無 端 派、 三 隅 町 ) の 末 寺 と し て 、 同 国 同 町 に 如 意 院 が あ る が、 本 註 と の 関 係 は 不 明。 ( 23 ) 前 掲 石 井 修 道 『 宋 代 禅 宗 史 の 研 究 』 は こ の 年 号 を、 真 歇 の 寂 年 よ り 憶 測 し た 面 山 の 付 加 と す る ( 二 七 八 頁 ) 。 (24
) 川 瀬 一 馬 編 『 石 井 積 翠 軒 文 庫 善 本 書 目 ( 本 文 篇 ) 』 ( 一 九 四 二 年 十 刀、 石 井 光 雄 発 行 ) 四 三 頁 。 ( 以 上、 執 筆 責 任 石 川 力 山 )Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 〔 翻 刻
凡
例
〕 一 、 本 資 料 は 、 岸 沢 文 庫 に所
蔵 さ れ る 『 真 州 長 蘆 了 禅 師劫
外
録 抄 』 ( 貫 之 梵 鶴 抄 ) を 忠 実 に 翻 刻 し よ う と す る も の で あ り 、 『 劫 外 録 』 の 本 文 に つ い て は 、 今 日 知 ら れ る 範 囲 で 異 本校
訂 の 結 果 を 注 記 し た 。 た だ し 、 改 丁 に つ い て は ( ) 内 に 丁 数 ・ 表裏
( オ . ウ ) を付
記 し た が 、 改 行 は 指 示 し な か っ た 。 一 、翻
刻 に 当 た っ て は、 異体
字 ・ 略 体字
・ 別 体 字 ・ 俗 字等
も 忠 実 に 再 現す
る こ と に つ と め た が 、 省 文 等 、 活 字 用 正字
に 改 め た も の も あ る 。 ま た 、 省 略 さ れ た 慣 用禅
語 等 に つ い て は 、 必 要 に 応 じ て 〔 〕内
に 補 っ た 。 一 、 『 劫 外 録 』 の異
本 校 訂 に 用 い た テ キ ス ト は、 基 本 的 に は 「寛
永 本 」 「 面 山 本 」 「 万安
抄 本 」 の 三 本 で 、 そ れ ぞ れ 「 寛本
」 「 面 本 」 「 万本
」 の 略 称 を 用 い た 。 一 、『 大 乗 開 山 注 』 に 引 用 さ れ た 本 文 に つ い て も、
該
当
す る 個 所 が あ れ ば 「 大 本 」 と 略称
し て 校 訂 に 用 い た 。 一 、 『梵
鶴 抄 』 の 匡 郭 外 に あ る 抄 の 摘 要 に つ い て は 、後
人 の 筆 跡 で 、 抄 の 内 容 を 出 る も の で も な か っ た の で 、 今 回 は こ れ を省
略 し た 。 一 、 上 堂 以 下 の 部分
に つ い て は 、 整 理 の た め に 各 段落
に し た が っ て 通 し 番 号 を つ け た 。 一 、『 大 乗 開 山 注 』 の 存 す る 部 分 に つ い て は 、 各 段 落
毎
に 、 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 二 字 下 げ 、活
字 の ポ イ ソ ト を 落 と し 、 一 括 し て 掲 げ て お い た 。 一 、今
回 の翻
刻 は 、 全 体 の ほ ぼ 三 分 の 一 の 分 量 に 当 た る 。今
後
さ ら に 翻 刻 ・ 本 文 校 訂 ・ 出 曲 ハ 注 記 等 の 作 業 を 継 続 し て い く 予 定 で あ る が 、 新 出 資 料 が 出 現 し た な ら、 そ の 都 度 異 本 校 訂 作 業 等 に 反 映 さ ぜ て い き た い と お も っ て い る 。 七 七Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Unlverslty 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 丹
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( 1 ) 寛 本 ・ 面 本 ・ 万 本、 「 也 」 ア リ定
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・ 2 ナ ・ 。 〔 『 劫 外 録 大 乗 開 山 徹 通 和 尚 之 註 』 〕 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) ( 6 ) 大 本 ハ 「 得 未 曽 有 病 」 二 作 ル ( 7 ) 大 本、 「 鷄 」 を 「 難 」 二 作 ル ( 8 ) 大 本、 「 雲 」 ヲ 「 鳳 」 二 作 ル ( 9 ) 大 本一二
望 」 ナ シ ( 10 ) 大 本 ハ 「 豈 歴 」 二 作 ル ( 11 ) 面 本 ニ ハ 「 紹 興 二 十 八 年 正 月 旦 」 ノ 年 記 ア リ (12
) 面 本 二 「 師 語 … … 凡 若 干 篇 」 ノ 十 五 字 ナ シ 。 ( 13 ) 大 本 ハ 「 三 十 三 」 二 作 ル 七 九Komazawa University Kom 三1z三1w三1 Umversrty 『 真 州 長 蘆 了 禅 師 劫 外 録 抄 』 の 研 究 ( 上 ) ( 石 川 ) 劫 外 録 大 乗 開 山 徹 通 和 尚 之 註 瑛 首 座 正 書 之。 長 芦 〈 処 之 名 也 〉 。 芙 蓉 く 山 之 名 也