博士論文審査報告書
白 鳳翔 氏
論文題目 「自動車産業政策及びその影響に関する研究 ―日韓の経験と中国への応用―」
早稲田大学
大学院公共経営研究科
審査要旨
白鳳翔氏による博士学位請求論文「自動車産業政策及びその影響に関す る研究―日韓の経験と中国への応用―」は、
序論
第1章 先行研究
第2章 自動車産業政策の分析枠組みと評価指標
第3章 日本の自動車産業政策と自動車企業の競争力構築 第4章 韓国の自動車産業政策と自動車企業の競争力構築 第5章 中国の自動車産業政策と自動車企業の競争力構築 第6章 3国の自動車産業政策とその影響に関する比較・分析 結論
で構成され、A4版でⅴ+167頁の論稿である。
以下、1.論文の構成と概要 2.論文の特徴と評価 3.結論 の順 で審査結果を記述する。
1.論文の構成と概要
第 2 次大戦後、欧米諸国の自動車産業にキャッチアップした後発国は極 めて少ないが、その稀有な後発国として日本と韓国が挙げられる。本論文 は、日韓両国が保護育成政策をとりながら、なぜ十分に競争力のある自動 車産業を育成できたのか、中国も日韓の経験を模倣したのに、結果的に大 きな差が生じているが、それはなぜなのか、という問題意識に基づき、日 韓中3国の自動車産業政策とその影響の比較研究を行ない、日韓の自動車 産業政策の経験を育成段階にある中国自動車産業に応用する可能性につい て論証したものである。その際、「自動車の輸出振興策を早くとるほど、自 動車産業の競争力(技術力・生産性)は早く向上する」とする仮説を立て て、その検証を通じて研究の目的を達成しようとしている。本論文の研究 方法は、文献研究及び実証研究である。
第 1 章に記述されているように、自動車産業政策に関する国際的な比較
研究は少なく、とりわけ日韓中の比較研究は希少である。鈴木孝男は、技 術進歩と機械工業の発展の面において自動車産業に対する政策を対象に、
日本と中国の産業政策の比較分析を行なった。しかし競争力構築に向けた 開発能力の獲得については言及していない。藤本隆宏は日韓の自動車産業 における自動車企業、市場、産業政策などの相互作用について比較分析を 行ない、本論文に重要な示唆を与えている。但し、幼稚産業の保護育成政 策に関して、保護の面と育成の面を区別せずに自動車産業政策を分析して いるので、自動車産業政策による国内産業への保護と国内産業への育成に 関する影響の分析が不十分であり、かつ輸入代替から輸出振興への産業政 策転換については分析されていない。したがって本論は、こうした先行研 究を参照しながら、独自の分析枠組みに基づいて産業政策と企業活動とい う両面において日韓中 3 国間の立体的な比較研究を行なうことによって、
新たな研究手法と研究成果の追求を試みている。
第 2 章では、本研究の分析枠組みを提示している。この分析枠組みは藤 本隆宏(1994)の研究に示唆を受けて作成された。藤本は、産業政策を企 業の競争力発現プロセスと連動させて分析の枠組みを提示しているので、
これにしたがって自動車産業政策を、参入・撤退関連、車種・技術関連、
生産・販売関連の三つの構成要素に分ける。この分析枠組みを、本論文は さらに保護と育成の両面に分けた上で、日韓中 3 国の自動車産業政策を体 系的に比較、分析する。
第3章、第4章、第5章においては、この分析枠組みに基づき、それぞ れ日本と韓国と中国における自動車産業政策と自動車企業の競争力構築に ついて考察している。 第1節 時代背景と政策の目標、第2節 海外企 業の参入規制・輸入制限関連政策と参入・輸入活動、第3節 国内企業の 参入・撤退関連政策と国内企業の活動、第4節 国内企業の車種・技術関 連政策と国内企業の商品企画・製品開発活動、第5節 国内企業の生産関 連政策と国内企業の生産、第6節 国内販売・輸出関連政策と国内販売・
輸出状況、といった3国共通の6節を設定し、それらの節ごとに詳細に検 証している。
第6章では、第3章から5章までの3国の検証を踏まえた上で、保護、
国内育成及び輸出振興の3つの側面から、日韓中3国における輸入代替か ら輸出振興への政策転換による自動車産業政策の影響について比較・分析 している。
そして最後に、結論として仮説の検証及び提言を行なった。輸入代替政
策と比べて輸出振興策の下では、政府は国内の自動車企業に対して製品企 画・開発の自立をより促進する傾向がある。また韓国や中国と比べて輸出 振興策を早くとった日本では、自動車企業は最も短い期間で製品の企画・
開発能力を身につけた。その上、この政策によって日本の自動車企業は、
生産性と技術力をはじめ生産、販売、サプライヤー・システムなどに関す る競争力をより速やかに構築した。したがって本論文の仮説、「自動車の輸 出振興策を早くとるほど、自動車産業の競争力(技術力・生産性)は早く 向上する」は立証された、と結んでいる。
この結論に基づき、中国政府に対して、「中国の自動車産業の現状を日本 と韓国の経験に照らして見ると、中国政府は自動車産業の競争力構築を促 進するに当たって、輸出振興策を優先して維持すべきである」という提言 を行なっている。
2.論文の特徴と評価
本論文の特徴とそれに対する評価は、少なくとも次の4点を指摘でき る。第1に、日韓中3国の自動車産業政策及びその影響について時系列に よる比較分析を行なっていることである。藤本隆宏の分析枠組みを参考に しながら、独自の分析枠組みを考案し、これに基づいて日韓中3国の自動 車産業政策を、体系的に比較、分析している。2国間の自動車産業政策に ついても先行研究は少なく、まして本論文のような3国間の包括的体系的 な比較研究は稀有といえよう。しかも本論文の内容はきわめて重厚であり、
かつ分析枠組みも堅固であるので論旨が明快で説得力がある。
第2に、自動車産業政策の内容を多面的な観点から綿密に比較している ことである。3国における自動車産業政策と自動車企業の競争力構築につ いて比較、研究するに当たって、本論文が設定した前述の6つの節は、さ らに細かな項目に分けられ,計14項目にわたって各々、詳細に比較して いる。この綿密な比較は本論文の際立った特徴であり、かつ本論文の研究 成果に大いに貢献している。
第3に、分析手法として時系列統計を用いて検証しようとした点に特徴 があり、この手法は本論文において相当の成果を挙げている。
最後に、上記の研究作業の集大成として、本論文の仮説である「自動車 の輸出振興策を早くとるほど、自動車産業の競争力(技術力・生産性)は 早く向上する」という独自の見解を強い説得力をもって立証し、それに基
づいて中国の自動車産業政策に対する実効的な提言を行なっている。
以上のように高く評価できる本論文には、しかしながら少なくとも2つ の問題点が指摘され得る。第1は、前述したように、時系列分析が本論文 において相当の成果を挙げてはいるが、それでもまだ計量分析が十分とは いえず、その結果として因果関係の説明不足を生じている箇所が一部で見 られる点である。
第2に、輸出振興策の成果を論議するにあたって、成功例とともに失敗 例の検証も必要だが、本論文ではこの失敗例への言及がない点である。も ちろんこれら3国の比較検証だけでも相当な研究作業を要したために、本 論文では他国の失敗例にまで及ばなかったことは容易に理解できるが、今 後の研究課題として付記しておきたい。
これらの問題点が今後、申請者自身によって克服され、更なる研究成果 に結実することを大いに期待する。
3.結論
以上を考量し、今後改善しなければならない点は認められるものの、政 策研究と公共経営研究に対する貢献を高く評価して、博士後期課程を修了 して独立した研究能力を証明したと認め、本審査委員会としては、本論文 は、博士(公共経営)の学位を授与するに値するものと判断する。
2009年2月10日
主 査 早稲田大学 教授 江 上 能 義 副 査 早稲田大学 教授 縣 公 一 郎 早稲田大学 教授 岸 本 哲 也 早稲田大学 教授 北 川 正 恭 早稲田大学 教授 藤 井 浩 司