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『楽園喪失』と《大きな物語》の失墜

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(1)

『楽園喪失』と《大きな物語》の失墜

著者 圓月 勝博

雑誌名 主流

号 55

ページ 21‑33

発行年 1994‑02‑25

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015112

(2)

21 

『楽園喪失 j と〈大きな物語〉の失墜

園 月 勝 博

〈大きな物語〉の失墜という言葉で,ポストモダン文化を鮮やかに語って みせてくれたのは,ジャン二フランソワ・リオタールであった知識の普 遍性というものを旗印に,多様で個別的な営みを単一の日的論的世界観のな かに回収してきたメタ物語の虚構性が暴露されたというわけだ.

日楽園喪失

J

を読むとき9 わたしたちは普遍的知識からできている一冊 の書物を読むのである」とサミュエルージョンソンはいみじくも言った 2

1

楽園喪失j と「普遍的知識」を同一視してみせることは,

I

普遍的知識

J

という〈大きな物語〉の循環に狂奔する18世紀のイギリスのあざとさを知り 尽くしたジョンソンならではの殺し文句であった.そして,このような殺し 文勾自体がポストモダン文化のなかで葬り去られたのである.

現代において,ミルトンの『楽園喪失

J

を読むとし寸行為は,

I

普遍的知識」

という失墜した《大きな物語〉に対するノスタルジアなのかもしれない.全 人類を目的論的に救済に導くはずの「永遠なる摂理

y

を語ろうとするこの 長大な叙事詩は,切ないまでに〈大きな物語〉志向に見えるからである.

しかし, ミルトンの?楽園喪失j のテクストは,本当に「普遍的知識」と いう〈大きな物語〉を語っていたのであろうか.

r

楽園ニ喪失j というタイ トルそのものが「楽園」という「普遍的知識」の起源の「喪失jを明白に語っ ていたのではなかったか.

f

楽園喪失

J

というテクストを産み出した17世紀イギリスは,絶対王政か ら内乱を経て王政復古を迎えるという目まぐるしい歴史的変革の中で, <大 きな物語〉が次々と解体していった社会である.たとえば,

r

楽園」のアダ

(3)

22  『楽園喪失jと《大きな物語〉の失墜

ムにその起源を設定することによって普遍性を喧伝しつつ語られた王権神授 説や安息日厳守主義が互いの虚構性を暴露し合った時代なのである.

しかも, ミルトンは,歴史の流れに梓差して王権神授説や安息日厳守主義 などの〈大きな物語}を脱構築することに血眼になっていたのである.王権 神授説と言えば,言うまでもなく,絶対王政という前近代社会を擁護するイ

ングランド教会の保守的な〈大きな物語〉であり,安息日厳守主義と言えば,

近代産業社会の確立に寄与したビューリタニズムの進歩的な〈大きな物語〉

であった 4ミルトンは,

1 7

世紀イギリスにおいて早くも,保守/進歩など という陳腐な二項対立に依拠した近代化という目的論的世界観を突き抜けた 局面を示していたことに注目したい.

普遍性を踊る〈大きな物語》ほどミルトンが目の敵にしていたものはない.

ポストモダン文化に身を置く現代読者にいまなおミルトンが語りかけてくる ものがあるとするのならば,それは〈大きな物語》に対してミルトンが語り 続けたよそよそしきであろう.ピンチョンを通過した目で, ミルトンを読み 直すことができないか.

本稿では,

r

結婚愛の讃歌」としてしばしば議論されてきた『楽園喪失

J

4

7 3 6 ‑ 7 7 5

行を取り上げる.

r

楽園

J

のアダムとエパの性の営みを描いて みせたこの一節の中に,

r

普遍的知識」の起源とされてきたもの自体が語り

という行為が産み出す歴史的構築物にすぎないことを見届けてみよう.

従来のミルトン批評は,ピューリタニズム=禁欲主義という通俗的な図式 に修正を加えることによって, ミルトンが謡歌する性の解放をピューリタン 的伝統の中に回収することに躍起になってきたしかし,セクシュアリテイ に対する見解というものは,たとえ議論を

1 7

世紀イキ、リスにおけるピューリ タニズムに限定するにしても,従来のミルトン研究が主張するほど一枚岩の ものだ、ったのであろうか.

ミルトンが長老派と訣別するきっかけとなったのは,

r

ソネット 11番」お

よび「ソネット

1 2

J

において語られているように,かれが一連の離婚論の

(4)

『楽園喪失』と〈大きな物語〉の失墜 23  中で提起した結婚観が長老派に受け入れられなかったからである.ひと口に 17世紀ピューリタニズムのセクシュアリティ観などと言っても,縦横に亀 裂が走っていたはずである一枚岩に見える〈大きな物語〉の表層に走る 亀裂から顔をのぞかせる〈小さな物語〉を語り直してみたい.

「結婚愛」というキーワードは,この一節の中心部である750行日に置か れている.

r

結婚愛

J

というトピックの中心性というものが古典的レトリッ クで言う「配置」によって文字どおりに示されている.しかも,

r

結婚愛」

というものによって「姦淫の色情が人聞から/けだものの群れの中に駆逐さ れた」と語られ (753‑4),人間=中心/けだもの(非人間)=周縁というこ 項対立の図式が二重写しにされて,

r

結婚愛」を核とする人間中心主義が鮮 やかに浮かび上がる.

「結婚愛」という言説は, Hail"という間投詞によってテクストに導入 される.語り手ミルトンは,

r

聖なる光

J O

, I! 1)と「神の子

J

(ill, 412)  に呼び掛けるとき,この間投詞をすでに使っていた.さらに,この間投詞は,

天使が堕落以前のイブと聖母マリアに呼び掛けるときに使われる「聖なる挨 拶

J

として後に規定される (V,385‑8). 

r

楽園喪失』において, Hail"と いう間投詞は,普遍性を担った神的な権威との出会いを指示する特権的な記 号なのである.

本稿で問題にしている一節においても,この間投詞によって導入された「結 婚愛j は,特権的な普遍性を賦与される.

r

結婚愛jの起源は,

r

わたしたち

の造り主」が堕落以前の人間に語った「生めよ,殖やせよ jという「創世記」

1

2 9

節の言葉に帰される (748).

r

結婚愛」を語る語り手ミルトンの人間 の声は,聖書の言葉という神的な権威によって普遍化されているのである.

それゆえに,

r

結婚愛」は,

r

人間の子孫の真の源

J

(750)あるいは「家庭 的やすらぎの永遠なる源泉

J

(760)と呼ばれることになる.すなわち,

r

真 の源」と「永遠なる源泉

J

という言葉によって,

r

結婚愛

J

というものが歴

史を超越した人間性の普遍的起源としての意味を与えられるのである.

(5)

24  f楽園喪失jと〈大きな物語〉の失墜

普遍的起源の探求というトピックは,古典的レトリックで言う「表現法j のレヴ、ェルにおいて,

r

純粋な」というキーワードの品詞転換・派生語を伴っ た反復によって強調される

( 7 3 7

7 4 5

, 

7 4 6

, 

7 5 5 ) .  

ミルトンを始めとする 当時のピューリタン(元来は「純粋ぶる者」という意の蔑称、)の著作におい て,

r

純粋な」、という言葉は,起源としての「原初的な

J

ものを指し示す言 葉であったことを思い出してもらいたい.

たとえば,

r

宗教改革論.1 (1

6 4 1 )

において,イングランド教会の高位聖職 者制度を批判するミルトンは,

r

原初的で純粋な時代を振り返ってみよう

f

と言って論を進めていく. ミルトンが指し示しているものは,高位聖職者制 度を持たない原始キリスト教会である.

r

純粋な」という形容詞は,

r

原初的 な」起源を想起させることによって,既存の権力制度を歴史的構築物として 糾弾するピューリタニズムの政治的記号なのである.

キリスト教世界観の枠内で,普遍的起源としての「原初的な」ものの探求 を徹底的に推し進めていけば,

r

楽園」に遡及することになるのは道理である.

『楽園喪失』という叙事詩は,このような点で,キリスト教世界観における 普遍的起源の記号化作業の極北を示していると言えよう.

しかし,この究極の普遍的起源という記号は,

1 7

世紀イギリスにおけるイ ングランド教会とピューリタニズムの差異という歴史的構造によって産み出 されたものにほかならない.この点で,

r

原初的で純粋な時代」に対するイ ングランド教会の見解が自分が属するビューリタニズムのものとは違うだろ うということに対してミルトンが抱く警戒心は注目に値する(ibid.).ピュー リタンを抑圧するために,イングランド教会も自分に都合のよい別の「原初 的で純粋な時代j を語ることができるという可能性をミルトン自身が認めて

しまっているからである.

歴史の中で普遍的起源を語る言説は,対抗言説を産み出すことによって,

みずからの歴史性を暴露してしまうというわけだ.普遍的起源を語るという 行為は,自己の言説の歴史性を隠蔽することによって,その言説の主体を特

(6)

『楽園喪失』と〈大きな物語}の失墜 権化しようとするイデオロギーにほかならないのである.

25 

しかも,ミルトンが語る「楽園j は,かれが属しているピューリタニズム 陣営が依拠する「楽園j という〈大きな物語〉の表層にも亀裂を走らせてし まう.普遍的起源を語るということは,語る主体の不断の差異化を循環させ て,脱構築批評の用語を使えば,起源、の意味を散種してしまうのである.そ の典型的な例の一つが本稿で問題にしている「楽園

J

の「結婚愛」である.

それでは, ミルトンが語った「結婚愛」の普遍的起源とはどのようなもので あったのか.

ミルトンは,

r

離婚教義論.i(1643)の中で,

I

楽園のアダムに神が注ぎ入 れたあの欲望」というものを結婚の起源として規定する.

I

あの欲望

J

とは,

言うまでもなく,女性という「もうひとつの肉体と結ぼれる」ことを指して いる (CPW,

I I

, 251).  ミルトンは,

I

楽園のアダム」という普遍的起源に 言及することによって,異性を肉体的に求める「欲望」を普遍化しているの である.

ミルトンのこの見解に対して,ウィリアム・プリンを筆頭とする保守的 ピューリタニズムの陣営から部捻の芦が沸き上がった.そのような批判が もっとも明確な形を取ったものが

r l

離婚教義論」と題された書物に対する 回答.i (1644)というパンフレットである.このパンフレットは匿名だが,

その冒頭には,長期議会によって任命された検閲宮ジョン・カーライルの署 名入り序文が付されている.このカーライルという人物は,長老派主導のウ エストミンスター会議にも参加している.すなわち,このパンフレットは,

権力の頂点にあった保守的ビューリタニズムによって制度化された対抗言説 なのである.

この匿名パンフレットの作者は,

I

楽園のアダムに神が注ぎ入れたあの欲 望

J

を語った『離婚教義論』の一節を「聖書を曲解する

J

ものと一笑に伏す.

なぜ、なら,

I

あの欲望」が神によって定められた人間本来の姿ならば,生涯 独身であった聖パウロは神に背いていたことになるからである.この匠名パ

(7)

26  『楽園喪失』と〈大きな物語〉の失墜

ンフレットの作者は,

I

エデンの圏において一人であったときのアダム

J

普遍的起源として指し示すことによって,

I

孤独]という自己完結的な状態 を人間本来の姿とするのである 8

聖書という超越的テクストに依拠して起源を語る物語としては,制度化さ れたこの匿名パンフレットの言説のほうがミルトンの物語よりも大きな普遍 性に到達している.なぜ、なら,

I

楽園jのアダムとエパという地点で立ち止まっ てしまっているミルトンに対して,匿名パンフレットの作者は,さらにその 先にあるエパ創造以前の両性具有のアダムに至るところまで人間性の普遍的 起源遡及作業を遂行しているからであるe

1 7

世紀イギリスにおいて,両性具有のアダムに人間性の普遍的起源を求め るという締想、は,上述の匿名パンフレットに限ったことではない.たとえば,

穏健な国教徒であるトーマス・ブラウン卿は, ~医者の宗教.J (1643)の中で,

天地創造を想起しながら,

I

交接など行なうことなしに,樹木のように繁殖 することができるなら,あるいは,性交というつまらない下品なやり方なし に,世界を永遠なるものにしていくなんらかの方法があるなら,わたしは嬉 しいのに

J

と詠嘆してみせるブラウン卿は,

I

樹木j幻想という極度に退 行的な衝動に耽溺してみせることによって,性交による以外には人間の種の 保存はできないという(現代医学が否定しつつある)当時の常識を脱却して,

それに代わる未知の「なんらかの方法

J

に向かつて人間本来の姿を投企して みせているのである.

また,ケンブリッジ時代以来のミルトンのライヴァルとも言うべき戦闘的 な国教徒ジョン・クリーヴランドは,同じくケンブリッジの同窓生であった トーマス・ランドルフの詩集 (1640)に誤って収録されたこともある「両性 具有者についてj と題された戯詩の中で,

r

両性具有者」の上に「肋骨を喪 失する」以前の「アダム」の姿を重ね合わせるという知の戯れの世界に浮遊 してみせる 10クリーヴランドは,男女の性別に相互浸透があってはならな いという(現代医学・風俗が否定しつつある)当時のピューリタニズム倫理

(8)

『楽園喪失』と〈大きな物語}の失墜 27  を挑発するかのように 11

r

両性具有者j というフリークに向かつて人間本 来の姿を脱中心化させることによって,健常者中心主義の硬直した倫理を撹 乱してみせるのである.

両性具有のアダムに人間本来の姿を求める言説は,長老派やイングランド 教会という枠組みを超えて循環している.護民官体制のもとでともにラテン 語書記を務めたということから,その政治的立場がミルトンにもっとも近い と目されるアンドルー・マーヴェルも, 1650年代初頭に執筆されたと推定さ れる「庭」の中で,

r

伴侶を持たない

J

両性具有のアダムがいた「楽園」を「純 粋な」ものと規定していたことを思い出してみよう 12

それに対して, ミルトンの『楽園喪失

J

では,両性具有のアダムは,第8 巻になってようやく登場するが,両性具有のアダムの物語の語り手は,第4 巻ですでに紹介されていた両性分離後のアダム自身である.そのうえ,アダ

ムが語るその物語は,

r

孤独」ではなく伴侶を求めるアダム自身の「欲望」

が神によって是認される物語なのである(珊, 402, 451). 

r

楽園喪失j にお ける両性具有のアダムの物語の地位は,意味の起源とされた両性分離後のア ダムから遅延/差延された派生的なものになっている. ミルトンは,両性具 有のアダムという〈大きな物語〉を脱構築しているのである.

「楽園」における「あの欲望

J

の存在を主張するミルトンの言説は,上で 見たように,外部からそれを正当化してくれる〈大きな物語}に依拠するこ とができない.事実,

r

楽園喪失jの「結婚愛の讃歌」において,

r

あなた[結 婚愛]のことを罪や過ちとしてわたしが書くなんてとんでもない

J

(758)と 語り手ミルトンは注釈せざるを得ないのである.

r

わたし」という一人称単 数の語り手による「書く」という行為だけがその言説自体を正当化するメタ 物語とならざるを得ないわけだ.この自己言及性が『楽園喪失』における〈大

きな物語〉の失墜をなによりも雄弁に物語っている.

上に引用した詩行で,

r

あなたのことを罪や過ちとしてわたしが書く」と いう肯定文が「とんでもない」という表現によって否定されていることに注

(9)

28 

r

楽園喪失』と〈大きな物語〉の失墜

意してみよう.

r

結婚愛」が「罪や過ち

J

であることをことさらに否定する ということは,逆説的に,

r

結婚愛

J

を「罪や過ち

J

とする言説が語り手と 読者のあいだに否定すべき対象として了解されていることを肯定しているの である.

r

結婚愛の讃歌」の言説は,このように,語り手と読者のあいだに 暗黙の了解事項となっている〈大きな物語〉に対して不信任を表明する.

「結婚愛の讃歌

J

は,まさにその冒頭から, {大きな物語〉に対する不信 任表明を行なう.この一節は下のように始まる.

This said unanimous, and other Rites 

「このことが心を一つにして言われて」という前半部の「このこと j とは,

前節のアダムとエパのタペの祈りである.問題は後半部の「他の儀式

J

とい うフレーズである.タベの祈りが行なわれて,

r

他の儀式」というものが言 及された限りは,

r

結婚愛

J

にふさわしい「他の儀式j もそれに引き続いて 行なわれたことを読者は期待してしまう.ところが,この詩行は下のように 展開していく.

This said unanimous, and other Rites  Observing none.(736‑7)

「このことが心を一つにして言われて,そして他の儀式は/何も守られずに」

という鮮やかな行跨がりによって,読者の中に形成されていた「他の儀式」

についての期待は見事に否定されてしまう.

しかし,

r

他の儀式

J

という言説は,いったんテクストの中に書き込まれ てしまえば,たとえ否定語によって打ち消されようと,外山滋比古の言う「修 辞的残像

J

として読者の読解行為の一部となる 13すなわち,不在という様 式で,

r

他の儀式

J

の現前性が了解されるのである.

それでは,

r

結婚愛」に関連する「他の儀式j として想定されているもの はどのようなものなのであろうか.上述の記述の後,

r

手をつないで」あず

(10)

F楽園喪失』と〈大きな物語〉の失墜 29  まやに入っていくアダムとエパが描かれる (739).楽園追放の場面 (XII,648)  でも二人が繰り返すこの身振りの政治性については,

I

王党派

J

の娘への議

会派の男の求婚を描いた『指輪もなく結婚式もなく.1(1656)という当時の ブロードサイド・パラッドが参考になるだろう.所定の挙式にこだわる「王 党派」の娘に対して,

I

議会派」の男は,

I

そんなものはカトリックの儀礼に すぎないj と批判し,

I

手に手をとって一緒になればそれでよい」と主張す るのである 14婚姻の契りとして手をつなぐというこの身振りは,カトリッ ク的/普遍的権力制度の不在を指し示す政治的記号なのである.

事実, ミルトンは,

r

教会浄化の方法.1 (1659)の中で,婚姻を「秘跡」と するカトリック教会の伝統は,自分の収入と権威の増加を企てる腐敗した聖 職者が「婚礼にあたって多くの儀式と祭典を用いた異教の祭司を真似たもの」

と指摘する (CPW,V ,[J 299).  ミルトンは,カトリック教会が定める婚姻 の「儀式と祭典」の起源を「異教j と結び付けることによって,イングラン ド教会や長老派さえいまだに払拭できないカトリック的/普遍的権力制度の 起源を脱中心化しているのである.

ミルトンが構想する本来の婚姻とは,

I

人類すべての者にとって自由な」

ものであり,

I

教会権力が関わるべきものではないj のである(ibid.). ミ ルトンにとって,

I

人類すべて」に関わる普遍的なものとは,

I

自由」であり,

婚姻にあたって,その「自由」は,

I

あの欲望」として発現する.それを本 質的に「罪や過ち

J

と規定し教会の承認なしには認めようとしないカトリッ

ク的/普遍的権力制度こそ,唾棄すべき〈大きな物語〉なのである.

『楽園喪失jの「結婚愛の讃歌

J

は,人間本来の「あの欲望」さえも制度 化するカトリック的/普遍的権力制度の起源を脱中心化して,代わりに,

I

自 由な

J

(747)ものとしてみずから規定した「結婚愛」をテクストの中心部に

「配置

J

しているのである.

I

結婚愛」というものは,人間本来の「自由」

という非政治的領域であり,これこそが「結婚愛の讃歌

J

の核心なのである.

「結婚愛」に対する権力制度の干渉の拒絶は,

I

結婚愛の讃歌」の後半に

(11)

3 0  

『楽園喪失Iと〈大きな物語〉の失墜

おいて,激越の度合いを増している.まず,語り手ミルトンは,

r

ここに『愛j

は黄金の矢を放ち,ここに燈すのだ,/変わらぬ明かりを」と述べる

( 7 6 3 ‑ 4 ). 

一行に二度も繰り返される「ここに

J

という副詞は,愛の所在としての「楽 園

J

を強調するが,

r

結婚愛

J

をめぐる「楽園jというものが語り手の「書く」

という行為によって自己言及的にしか正当化されない以上,

r

ここに

J

とい う副詞が指し示すものは,読者が見ている書物の上のテクストという空間で しかない.事実,

r

楽園

J

を再表象する言説の外部への指示作用の喪失を確 認するかのように,愛は「淫婦の/売り笑いにもなく

J

,また,

r

宮廷愛にも,

/男女入り乱れた踊りにも,淫らな仮面劇にも,深夜の舞踏会にも,/小夜 曲にもない

J

と語られ

( 7 6 5 ‑ 9 )

,テクストの外部における愛の不在のカタロ グだけがテクストの内部に書き込まれていく.

愛の不在のこのカタログは,

r

宮廷愛j や「仮面劇jへの言及からもわか るように,内乱にもかかわらずチャールズ一世からチャールズ二世へと脈々 と流れるスチュアート朝宮廷文化を暗示している.ミルトンは,

r

偶像破壊者』

(1649)の中で,内乱の序章となった1641年のストラッフォード伯処刑を振 り返りながら,伯爵の存在が「宮廷人

J

と「聖職者」と「宮廷の女性たち」

の結節点になっていたことを指摘することによって,自分が代弁している議 会派の「正義

J

を正当化している

(CPW

,困

3 7 0 ) .  

ミルトンが自己のテ クストから排除し続けたものは,宮廷という世俗的権力と癒着した教会によ る「結婚愛j の制度化なのである.

しかし,この点に関して,

r

楽園喪失jのテクストには奇妙な自己撞着が 起こる.

r

他の儀式は/何も守らずに」と明記されたにもかかわらず,数行 後に, rMysteriousな結婚愛の儀式」は行なわれたと語られるからである

( 7 4 2

3).しかも,この Mysterious"という形容調は, r mysteriousな法」

という形で,

r

結婚愛

J

の同格語句として繰り返されて

( 7 5 0 )

r

結婚愛の讃

J

の核心を形成しているのである.

Mysterious"という形容調は,アダムとエパが初めて『楽園喪失』に

(12)

『楽園喪失』と〈大きな物語〉の失墜 31  登場させられたとき,

I

あのmysteriousな部分は,当時,隠されていなかっ た

J

(町, 312)という文脈ですでに用いられていた.この形容調は,現代読 者が真っ先に読み取る「神秘的な」という語義から「秘された

J

という語源〆 的な意味へ遡及することによって,人間の陰部という極めて肉体的なものを 指し示しているのである.

手をつなぐという肉体局部の結合によって記号化されていた「結婚愛jの

「神秘的なj起源が,この一節の中心部において,

I

秘された」生殖器の結 合によって記号化されたもう一つの肉体局部へと一層求心的に転移されてい る.語り手ミルトンがいかなる権力制度の介入をも拒否する「自由」として 規定していた非政治的領域とは,分節化された個人の肉体という制度化され たテクストなのである.

「結婚愛

J

の「自由」は,非政治的領域としての個人の肉体というテクス トへと新たに制度化されて,新たな政治性を書き込まれている.15

I

結婚愛」

は,

I

すべて他のものが共有である楽園における唯一の私有財産」と規定さ れてしまうのである (752).

I

結婚愛j の「自由」は,あらゆる権力制度の 干渉を阻む「私有財産j という新たな政治的記号の起源へと変換されるので ある.

既存の権力制度への対抗言説としてこのように記号化された「結婚愛」の

「自由」は,

I

父と息子と兄弟のすべての慈愛」の起源へとさらに変換され ていく (756‑7).両性の肉体局部の結合として記号化されていた「結婚愛j の「自由

J

は,

I

父と息子と兄弟」に限定されて,男性中心主義の単一の目 的論的世界観に還元されている.ここには,女性という他者の起源の隠蔽が ある.

I

楽園j の中で,エパの文節化された「陰部」が「私有財産」として 物象化されたとき,家父長制という近代の〈大きな物語〉が受胎したのであ る.エパという他者は,近代家父長制という〈大きな物語〉の男性語り手に よって分節化されて,主体なき肉体としてテクストの中に回収されてしまっ ているのである.

(13)

32  『楽園喪失』と〈大きな物語}の失墜

「楽園」における家父長制という近代の〈大きな物語〉に回収された主体 なきテクストのざわめきこそ, <大きな物語》の失墜という現代の〈大きな(反) 物語〉によって回収されているわたしが語ってみたかった17世紀イギリスの

〈小さな物語〉なのである.

r

楽園喪失』とポストモダン文化がわたしに語 り続けているものは, <大きな物語〉に対するよそよそしさにほかならない のだから.

「結婚愛の讃歌」の一節は, Nohappier state, and know to  know no  more" (イタリック体筆者〕という同音反復を執劫に鳴り響かせる一行で終 わっている (775).

r

楽園」という「普遍的知識

J

の起源の「喪失」を告げ る NOINo! No! No!"という主体なきテクストの芦があなたの耳には聞こ えてこないのか.

i主

*本稿は.1992年1017日に聖心女子大学で開催された第18回日本ミルトン・セン タ一年次大会シンポジウム「今なぜミルトンか?Jのパネラーとして口頭発表した 原稿に加筆修正したものである.

1 Jean‑Francois Lyotard, La condition postmorne(Paris: Les edition de Minuit,  1979) 

2 Samuel Johnson, Lives of the English Poets, ed.  George Birkbeck Hill  (Oxford:  Clarendon Press, 1905), 

1

, 183. 

3 John Milton, Paradise Lost, 

1

, 26本稿における『楽園喪失』からの引用は,

Merritt Y. Hughes, ed., John Miltoπ: Complete Poems and Major Prose (Indianapolis  The Odyssey Press, 1957)に拠り,本文中に巻数と行数を示す.但し,本稿で特に 取り上げる第4巻736‑775行からの引用は,煩演を避けるために,本文中に行数の みを示す.

4 拙稿「産業社会の規則的リズム?←一一安息日厳守主義の中のミルトンとバニヤンj 永岡薫・今関恒夫編『イギリス革命におけるミルトンとバニヤン j (東京:御茶の 水書房, 1991), 123‑85頁と Monarchyand Patriarchy in Paradise ‑ Milton's Pa‑ radise Lost Toward Locke's Two Treatises ofvernment,"Studies in ElishLitera‑ ture, English Number 1993, 15‑31を参照のこと.

5 William and Malleville Haller,The Puritan Art of  Love, "Huntington Library  Quarterly 5 (1941‑2), 235‑72とWilliamHaller, 'Hail Wedded Love,'"  ELH 13 

(14)

『楽園喪失』と〈大きな物語〉の失墜 33  (1946), 79‑97が古典的論考 Ronald Mushat FryeThe T chingsof Classical  Puritanism on Conjugal Love" Stdiesin the Renai5sance 2 (1955), 148‑59も参照 のこと.

ミルトンの「楽園」とセクシュアリテイの関係については.James Grantham  TurnerOne Fle5h: Paradisal Marriage and Sexzω1 Relations in the Age 01 Milton (Ox  ford: Clarendon Press, 1987)が示唆的である.

7 Don M. W olfe, general ed TheComplete Prose  W mS01 Johηlvfilton, 8 vols.  (New Haven: Yale Univ. Press, 1953‑82)I607本稿におけるミルトンの散文 からの引用は,すべてこの全集から行うものとし,これ以降本文中にCPWと略す.

8 An Answer to  a Book. intitledThe Doctrine and Discipline 01 Divorce" (1644) , p  31.このノfンフレットは, William Riley Parker, Milton '5 Contem;oraryRφutatlOn  (Columbus: The Ohio SteU. P1940)に全文再録されている.

9 Sir Thornas Browne ReligioLωα, and Other  W075ed.  by L. C.  Martin (Ox  ford: Clarendon Press1964).pp. 66‑7 

10  John ClevelandUpon an Hermophrod氏、 II.9‑14本 稿 に お い て 使 用 し た 版 Brian Morris  and Eleanor V'iithington, edsThePoems 01 John Cleveland  (Oxford: ClrendonPress1967)

11  1642年に長期議会が劇場閉鎖を可決した理由の一つは9 男優が女性の役を演ずる 当時の演劇が神によって定められた男女の性別を侵犯しているという点にあった.

Williarn Prynne Histrw.Ma5tix: The Players Scourge, or, Actors Tragedie (1633; rpt  New York: Johnson Reprint1972)pp.179‑216を参Wsのこと.

12  Andrew Marve11The Garden11.577‑64本稿において使用した版は.H.M  Margolioth ed.The Poem5 and Letters 01 Anderw Marvell, 2 vols.  3rd ed.  (Ox.  ford: Clarendon Press, 1971) 

13  外山滋比古 f{1多辞的残像.1 (東京:みすず書房, 1968). 

14  Hyder E. RoJlins, ed., Cavali肝 .and PuritanιBallads aηdBroaide5Illustratiη:g the  Periodfthe Great Rebellzn16O.1660(N引,vYork: New Yorkじ.P, 1923), p. 399  15  17世紀イギリスにおける肉体というテクストの政治性については.Fr呂 田isBar. 

ker The Tremuloω PvateBody: E55の'5on Subjection (London: Methuen. 1984)カf

名著.

参照

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