北 海 道 草 地 研 究 会 報 第18号 1984・3
シンポジウム「北海道における牧草の生産性向上と育種の役割」
主要気候帯に b ける草種・品種の適応性と育種効果
嶋 田 徹(帯広畜産大学〉
草地において牧草集団が遭遇する環境は極めて複雑多様である。場所や季節lとより、また管理や利用 方法により、それらは著しく異なっている。このような千差万別の環境のもとで生産的な品種というも のは、環境適応に関してどのような特性をもっ集団なのであろうかロ生物の環境iζ対する適応はダーク イン以来の概念であるが、厳密な定義を与えることは甚だ困難であり、数量的に適応性を評価する方法 も確立されていない?また植物が環境に適応する様式も極めて複雑であり、とれを詳しく調査して分析 するととも容易でない。それ故、牧草集団の適応体系を全体的に知るととはほとんど不可能に近い。し かし草地における観察から、草地の生産性に影響を及ぼしている主要な環境要因を指摘するととは可能 であり、さらにその要因に対する牧草集団の適応体系を調査するとともある程度可能であるD ととでは 北海道の草地に生育する牧草集団の遺伝子構成に、最も大きな影響力をもっと考えられる冬の寒冷気候 をとりあげ、環境適応の実体とその育種的意義について若干述べてみたい口
1
冬季環境からみた地帯区分と寒冷適応植物の生育に影響を及ぼす冬の環境要因として、気温、積雪、土壌凍結など多くの要因があげられ、
それぞれについての地帯区分図も用意されている。しかし植物の越冬環境としては、これら要因の地方 的な組合せが全体として越冬植物にどのような影響を及ぼしているかが重要で、とのととに関して気候的 な資料はあまり多くを答えてくれない。その答えはやはり植物自身から聞いてみるのが最良の方法なの であろう。越冬能力を異にする種間や種内個体群聞の地理的分布の比較は、との意味から植物生態学的 にみた冬の環境の優れた地帯区分を用意するD
北海道における落葉広葉樹と常緑針葉樹の森林区分は、との最も有名な例であるが、草地生態学的に は大きすぎて利用価値は低い口最近、林業試験場北海道支場から報告された「北海道け分布図
1 1 )
は、 との意味で北海道における冬季気候区分の最も優れた全体像を提供している口図 1はその概略図である が、実際には縮尺2 0万分のlで整理されているので、図から冬の環境が同質な地帯をかなり詳細にわ たって区分するととができる。北海道の平地部におけるササ植生は大きくミヤコザサとクマイザサ植生 に区分されるが、クマイザサはミヤコザサに比較して越冬性が劣るので、分布は越冬環境が温和な多雪 地帯に制限されるロ図 1では道北から道南まで日本海側はクマイザサ地帯となっており、越冬環境が緩 やかだが、日高から道東にかけてはミヤコザサ地帯となっており、越冬環境が厳しいととが認められる口 網走地方は道東地方ではあるがクマイザサの分布域に入り、他の地方とは区別される口両者の分布の境 界線はミヤコザサ線と呼ばれているロ関東から東北地方にかけては、ミヤコザサ線は最大雪積深5 0c
視の等深線ζl一致し、、これより太平洋岸沿にミヤコザサは分布する?北海道ではミヤコザサ線は、 5 0 cm等深線をとえ、日高から十勝、副11路、根室では100cm等深雪線と重なる。
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20 40 60 &0 100 km図1. 北海道ササ分布図(林試北海道支場、 1983)
とのミヤコザサ線は単にミヤコザサだけでなく、他の植物の越冬環境を示す指標としても重要である。
例えば十勝地方においでミヤコザサ線は、 s日高山脈、東大雪連峰の山麓に沿って北上し、さらに池北線
5 )
沿に白糠丘陵と阿寒山地の聞をぬけて北見盆地に至っている。との線は十勝地方における最大土壌凍結 深の等深威信めて平行して走っており、さらにススキの植生分布、与ノレブアノレファの雪腐病や断根の12) 発 生 地 帯 区 必 も 極 め て 密 接 に 関 係 し て い る ( 郎 、 図3 )
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北海道草地研究会報 第18号 1984・3
図2. 十勝地方におけるススキの植生分布 と平均最大積雪深の関係
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地 市図3. 雪腐病害と凍上害よりみた 十勝の地帯区分(小松、 1983)
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・図4. 北海道各地から収集したオーチヤードグラスの地方集団の耐凍性 (凍結処理後の個体生存率〉と最大土壌凍結深(cm)との関係
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北海道草地研究会報 第 四 号 1984・3
植生分布は境界線を境として
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であるので、同一分布内の環境変動については何の情報 も提供しない。このような情報は同一種の地方集団関変異を比較するととにより得るととができる。北 海道各地から収集したオーチャードグラス地方集団について耐凍性を比較した結果は、)ササ分布の場合 と同様な地理的変異を示した(図4)。太平洋側東部からの集団の耐凍性は明らかに高く、越冬性につ いて自然選択が強く働いているととが認められた。また集団の耐凍性は地域の冬の寒さの程度とは相関 せず、寒さから植物を保護するに十分な積雪が発生するまでに、植物が受ける寒さの程度と相関してい た。それ故、北海道においては根雪の早さが地域の冬の厳しさを決定する最も重要な要因となっている ととが推察された。越冬性がオーチヤードグラスより大きいチモシーについても、道北集団と道南集団18 )
の聞に耐凍性の差異が認められているロノまた北海道および東北地方の古いアノレブアノレファ草地から収集ー 15 ) したアルファノレファ個体群についても、越冬性に関連する形質に明らかに地理的勾配が認められている
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アノレファノレファでは紫花種
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に比較して黄花種(M. f a l c a t a )
の方が越冬性が大き いので、黄花種の血を多くひく雑色種(M.media
)個体に越冬性が優れたものが多い。とのような個 体は一般に筒旬性の草型、黄紫色の花色、晩生、春の旺盛な草勢、初秋早くからの休眠などの特性を示 す傾向がある。図5,乙示した結果では道東、道北、道央・道南、東北地方の順序で、そのような個体の100
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図5. 北海道および東北の古い草地から収集された アノレファノレファ個体の特性(杉信ら、 1980 )
ス2.8
頻度が高くなっていることが認められ、越冬性に関してアノレファノレファ集団に働く自然選択圧の大きさ が各地帯で、かなり異っているととを示している。
以上述べてきた結果から北海道における冬季環境の地帯区分を行うと、道東部、道北部、道央・道南
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北海道草地研究会報 第 四 号 1984・3
部の3地帯に概略区別するととができ、とれらの順序で越冬環境が厳しくなっているととが認められる。
とれらのうち道東部、とくに日高、十勝、釧路、根室の太平洋側東部の少雪、土壌凍結地帯は最も厳し い越冬環境をもつので、そこで栽培される草種・品種には他の地帯におけるよりも優れた越冬性が要求 されているロまた越冬環境を決定する最も重要な要因としての積雪は、同一地方においても地形により 著しく異なっているロ斜面の方位や標高、さらには防風林や草地の起伏との位置的関係により冬枯れ被 害を著しく異にする場合がよく観察される。地帯区分とあわせて、とのような箇々の草地の地形的な特 徴に由来する越冬環境の変動についても、よく知っておくととは栽培管理上大切なことであろう。
2 .
適応形質と生産形質の関係地方集団はそれぞれの冬の厳しさの程度にあわせて越冬性を増大させているが、それにともなって他 の特性の適応的な変化も認められる。耐凍性および休眠性の増大がその最も顕著な傾向であるが、との うち休眠性の増大は季節生産1'生や年間収量と関係が深く、越冬性の増大がとれらの生産形質と負の相関 関係にあるととが危倶されているD 北海道における越冬環境の厳しさの程度は地域によりかなり異なる が、そとで栽培される品種に地帯区分を設ける必要があるのか、また同一地帯においても、年次的に変 動する越冬環境の厳しさのと、の水準に合わせて品種に越冬性を賦与すべきなのか、などが育種上の問題 となろうロこれらの問題について現在まだ答えはない。以下これらの問題に関連して若干述べてみたいロ
日本各地から収集したススキの地方集団について、寒冷気候に対する適応の様相を示すと図6および
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図6. 日本各地から収集したススキの地方集団の越冬性、耐凍性 および休眠性程度と生育地の 1月の平均気温との関係
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図1 日本各地から収集したススキの地方集団の 生育特性と 1月の平均気温との関係 .121
図7のようであった。名集団の帯広における越冬率は生育地の冬の寒さの程度と相関し、明らかな地理 的勾配を示した。越冬性は耐凍性および休眠性程度と密接な相関関係にあり、北方集団ほど耐凍性およ び休眠性程度が大きい。また生育地の冬の厳しさの程度は生育期間の長さと負の関係にあり、北方集団 ほど種子形成期間を除いた後に残される栄養生長期間は短いD その結果、北方集団ほど早生、理委生、個 体重が小さくなる。かくして種子生産を行って生活史を完結させるための制約が、植物体の生長量(収 量)を制限する最大要因となっているととがわかる。チモシーやオーチヤードグラスの北海道在来種は 導入品種に比較して早生で種子収量が非常に高いが、恐らく同様な適応の結果と考えられる口ところで 牧草栽培のように種子生産を必要としない場合には、越冬できる範囲内で、旺盛に栄養生長を継続する 南方集団のような集団で収量はより大きくなる。かくして一般的に最も生産的な集団というものは、不 良環境に原因する減収効果を克服できる範囲で、より良好な生育環境に適応した集団であるととが予想 される。一般に厳しい環境ストレスに適応した集団は、多収性の育種素材として不適であるといわれる が、その理由の多くは恐らくこのような関係によっているのであろう。長日性で再生過程を含む牧草の 場合、とれらの関係はさらに複雑なものになるととが予想される。
休眠性は寒地型牧草に広く認められる適応形質があるが、同一草種の品種間にも大きな変異が存在す 8)
ることが認められている。休眠は秋に日長がある日長以下に達すると始まるが、休眠が始まると牧草個 体は一般に旬旬し、多げつとなり、接生化してくる。とれらの形態的変化は植物ホノレモンの変化、すな
北海道草地研究会報 第18号 1984・3
4、8)
わち ABAの増大と GAの減少の結果と考えられている口、ノととろで同様な形態形成反応は、牧草に踏圧 12 )
ストレスを与えた場合にも認められる
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すなわち、牛やトラックターをまねて毎日牧草にローラーをか けると、牧草個体は秋の休眠の場合と同様に旬旬し、多げつになり、震生化してくる口とれは接触形態 形成反応として一般に知られているととろのものであるが、との反応lとも休眠の場合と同様な植物ホノレ14 )
モンが関与しているととが認められているイォーチヤードグラス品種とアノレファノレファ品種に日長によ る休眠処理と踏圧処理を施し、両処理に対する品種の反応性を比較したととろ、反応性の程度に密接な
12 )
正の相関関係が認められた(図8、図9)。林眠性は寒冷ストレスに対する適応形質と考えられるので、
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附 11:('"圧)処理 附庄(婦) 図8. 短日処理と踏 に対するオーチヤードグラス12品種の
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反応性(それぞれ長日および無踏圧に対する比率)
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図9. 短目処理と踏圧処理に対するオーチヤードグラス12品種と アノレフアルファ 14品種の個体重の反応性
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北海道草地研究会報
との相関は寒冷ストレスに対して反応型の品種は、踏圧ストレスに対しでも反応型であるととを示唆し ている。ととろでとの反応性には形態的反応だけでなく、乾物生産の減少も含まれるので、結局反応型 の品種は両環境ストレスに対して抵抗性であるが、ストレス下では乾物生産性が低いととになる。牧草 が生育中lζ 受ける環境ストレスは寒冷ストレスだけでなく、水分ストレスや高温ストレスなど極めて 多様である。とのような環境ストレスに対する適応の生理的過程もまた生産性と関連をもっととが予想 され、適応形質と生産形質の関係を考えるとき重要な問題となるものと考えられる。
適応集団の育種的有用性
3 .
チモシーおよびオーチヤードグラスの北海道在来集団は、北海道の気候や栽培環境に 適応し、生産性も高く、育種素材としての価値も非常に高いことが知られている。例えば、図 10は北
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北海道在来種を100とした導入品種の 相対平均収量(鈴木、 1973 ) 図1O.
海道において導入試験lζ 供試された導入品種の国別平均収量を在来種の収量と比較したものであるが
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〉アカクローパにおけるスワェーデン品種を除いて、在来種より多収な外国産品種群は認められない口ま た、図11は世界各地から導入したオーチャート、、グラス品種について耐凍性を比較したものであるが!3) 品種の耐凍性は品種の育成地の冬の寒さと密接に相関しているとと、北海道育成品種に匹敵する耐凍性
したがってその他の国からの をもっ品種はカナダ、北欧および一部のアメリカ産品種だけであるとと、
導入品種)は耐凍性の関係から北海道の栽培には問題が残ることなどが認められる。北海道在来種が北海 道において何故生産性が高いのか、現在まで解析した試みはないが、越冬性が重要な要因となっている
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北 海 道 草 地 研 究 会 報 第18号 1984・3
ととは疑いのないととろであろう。しか しまた、北海道在来種はあくまで一地方 系統であり、その特性は種全体の変異か らみれば自ら偏ったととろにある。した がって在来種がもたない特性を示す品種 を栽培するためには、外国からの導入品 種か、それを素材として新品種を育成す るととが必要であるD その際、北海道は 寒地型牧草の栽培地域としては緯度的に 低い位置にあり、また冬の環境が極めて 厳しいなどの特異的な栽培環境をもって いるので、導入先の検討には世界的規模 での環境変異と気候適応に関する種生態 学的知識が不可欠である。
アラスカにおける品種導入試験におい て、寒さがアラスカとあまり変らないカ ナダやアメリカから導入した品種は越冬 できなかったのに、寒さがアラスカより むしろ温和なスェーデンやノノレウェーの 品種がよく越冬じたととを認め、休眠を
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図11. 世界各地から収集したオーチヤード グラス品種の耐凍性と育成地の1月 の平均気温の関係:ヨーロッパ品種 (臼丸)、北アメリカ品種(黒丸)、
日本品種(黒三角〉
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対する適応の重要性が指摘されているう6 )
との他低温生長性や低温下における光 合 成 速 度 な ど 、 寒 冷 適 応 に 関 し て 多 く の 生 態 型 的 変 異 が 知 ら れ て い 必 鳴 冷 気 候 附 す る 適 応 体 系 の より詳細な理解は、北海道lζ適する品種を効果的に育成するための貴重な情報を提供するものと考えら れる口引 用 文 献 1.
Cooper. J . P .
(1964)J . App
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(1967)Ann
l.B o t .
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31‑3 90 3.Hodgson 、 H . J .
(1964)Crop Sc
i. 4、
302‑30 50 4.1 r v i n g 、 R.
は (1969)Plant Physio
l. '44、
801ー8050 5. 伊藤浩司・新宮弘子(1983)北方林業35、
17一200 6.Klebesadel , L . J .
(1971)Crop S c i 、
11、
609‑61401 小松輝行(1983) 十勝農学談話会報24
,
92‑101口8. 熊井清雄(1974) 草地試研報5、137‑265口
9. 岡彦一(1977) 第3回日本雑草学会、ンンポジクム講演要旨、 1 ‑ 140 10.
Olle Bjorkman
(1966). B r i t t o n i a
18、
214‑2240‑16
ー北海道草地研究会報 第18号 1984・3
11. 林業試験場北海道支場(1983) 北海道ササ分布図概説。
12. 嶋田徹、未発表。
13 嶋田徹・新発田修治(1984 )日草誌29、283‑2890 14 菅 洋(1981)遺 伝35
、
20‑ 2 4。
15 杉信賢一ら(1980) 日草誌26
、
109‑1180 16. 鈴木茂(1973) 遺 伝27、
49‑50017. 土谷富士夫(1983 ) 北海道の農業気象35
、
39‑460 18. 湯 本 節 三(1982) 博士論文。内t