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同一性拡散(Identity Diffusion)

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Academic year: 2021

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(1)

同一性拡散(Identity Diffusion)

の臨床的検討

横 溝 亮 一

1.はじめに

 E.H. Eriksonは,人間はその一生を通して,それぞれの発達段階に特有の 中心的課題をもち,これらの課題をその段階ごとに解決していくことによって,

望ましい精神的成熟が可能になると主張する。そして,彼の漸成説による第五 段階にあたる青年期の課題を「自我同一性」(Ego identity)の獲得であると する。青年期は,「同一性の危機」(Identity crisis)にさらされる時期であり・

この課題解決に失敗したものは「同一性拡散」(ldentity diffusion)と彼が名 づける病理をあらわすという。

 筆者の数少ない臨床体験においても,こうした学生の何人かと治療的面…接を する機会を得た。大学生の精神衛生に何らかの型で関与する限り,学生のこう

した病理傾向を少しでも明確にさせておくことの必要性を感じ,今回,ある一 学生との面接を基に,「同一性拡散」と呼ばれる病理に触れてみたい。

II.事例一一A(大学3年)

〈臨床像〉身長180em位。ガッチリした体格。その体躯は,中学時代に剣道部,

高校時代にはラグビー部と,計6年間に渡って,かなり激しい運動系クラブの 練習で鍛え抜かれた体であることを充分に想像させるものがある。そうした体 躯と対照的な柔和な眼指が印象的。

〈主訴〉毎日が怠だである。何かやらなければと思っているのであるが,何も できないでいる。

〈家族>5人家族。両親とも健在。自営業。両親とも農家の出身で,結婚後,

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現在の商売を始める。結婚した当初は,経済的にかなり苦労したらしいが,現 在はかなりゆとりがある。本人は3人兄弟の末っ子。姉が2人いる。

m.面接経過

 初回面接(6.25)

 ○世の中の風潮や,自分の周囲の友達を見ていると腹立たしくなる。(努力 しないで)〈優〉の取れる授業を捜したり,金で肩書を買っている感じがする。

自分のことだけしか考えていない。2年の時は,経済学部にいたのだが,経済 学を学ぶのが嫌になって専門科目は全部捨てた。3年になって法学部に転部し た。法学部に移っても,憲法や刑法はいいが,民法などは利害関係のみ追求し ているようで嫌な気分になる。授業にはあまり出ていない。

 ○夜になっていろいろ考え始めると焦々してくる。絶対的に正しいものを見 つけたいのだが,それがみつからない。偉人の伝記を読むのは好き。偉大なる

ものに打ち込む姿に,苦しい条件に打ち勝っていく姿に感動する。

 ○優柔不断なところや,人や状況に流されやすいところがある。自分が甘や かされている感じがする。そうしたものへの反揆から,中学の頃は剣道部に,

高校の頃はラグビーt部に入っていた。高校入学の頃より,生きる意味を考え始 めた。でも,これというものがなかった。そうしたモヤモヤをスポー一・一・ツにぶつ けてスカッとしていた。

 第2回面接(7.2)

 ○享楽的な,生温い,ただ生きているような生活はしたくない。真剣に打ち 込むことを見つけなければ……。だけど,行動が伴わない。何がやりたいのか,

その答えが出てこない。焦っているわりに何もしていない。

 ○気分の変動が激しい。最近は少し気楽に……あまり深刻に考えなくなって きた。諦め,なるようになる,という気持。気分が沈んでいる時は,利己的な 人間がひどく嫌いだった。法律の勉強をしていても,金儲け目当の弁護士がい

ると思うと嫌な気分になった。勉強しようと思うと,そういう嫌な気分におそ

われて勉強に手がつかなかった。今は,半分は自分のため,半分は他人のため

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でいいのじゃないかと妥協的な気持も湧いてきている。少し勉強するようにな

ってきた。

 ○バイト先の経営者の利己的な汚なさに対する嫌悪感。金に対する矛盾した 気持。将来の職業が決まらない。一般企業は営利が目的だから嫌だ。家は商売 をやっている。金のために人にペコペコ頭を下げることなどしたくない。両親

とも教養がなく,精神面で与えてくれたものはない。

 ○小説「大地」の主人公の逞しい生命力はどこからくるのか。自分も,図太 い神経がほしい。きれい事では生きていけないのかもしれない。そうすると何 が正しいことなのか……判らなくなる。

 ○理想を求めていても具体的な型がない。絶対なるものを求めているプロセ スがいいのかもしれない。それを得れぽ柔軟性がなくなる気が……でも(ない のは)苦しい。

 ○自分の中に矛盾があり,それに気づくと前に進めなくなってしまう。じゃ あ,どうしたらいいのかというところで,全然判らなくなってしまう。……い ろんなことを考えていると,漠然と将来生きていけるのかと不安になることが

ある。

 第3回面接(7.9)

 ○意志が弱い。やろう一面倒臭い一後悔,の繰り返しだ。これで卒業してい くのかと思うとやりきれない。友人と話。何も考えずに音楽を聴いて生活して いるという。竹の子族の「明日死ぬかもしれないから,今を楽しく生きるだ け」の言葉に感動したという。そんな生き方は,ただの動物同然の生き方で空

しい。でも,反発はしても自分の今の生活がそれと違うとはいえない。

 ○自分の考えは矛盾している。ある点では他人を軽蔑していながら,他人の 視線がいつも気になるところがある・そういう意味でも図太さが欲しい。

 ○自分はこんなに苦しんだのだから自信を持ってもいいのでは……自分の愚

かしさに気がついたのだから自信を持ってもいいのではとも思う。自分の愚か

しさに気がつかぬ人よりいい。世の中の人々はくだらない。金々々,Sex々

々だ。っいていけない。自分がはみだし者なのか。社会と妥協して,多少は享

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楽的に生きてもいいのかとも思うが……。

 第4回面接(7.16)

 ○田中正造を主人公とする小説を読んだ。やはり,法律の知識を持っていな いと駄目だと思った。正義のためとか,悪と闘うとかいっても,実際に自分に その能力がないと駄目だ。将来,何になるかは判らないけど……勉強してない と駄目だと痛感した。ちょっと遅すぎたなという感じもするけど,やるだけや ろうと思う。

 ○生きがいは自分でみつけるしかない。それより最近は,自分の性格の弱さ,

意志の弱さの方が気になる。人と一一緒にいると自分を見失っているようで,ど うも気疲れしてしまう。ちょっと知ってる位の人が駄目。人に合わせよう合わ せようと無意識にしているみたいだ。それに,気分が安定していない。自分の 中で感情と理性が分裂しているように思える。〈かくあるべし〉とする理性と,

そうなりえない感情が,対立していて,理性が勝ったり感情が勝ったり,ゴチ ャゴチャ格闘している。それが苦痛。心の落ち着きを失なわせている原因。理 性が強い時,自己嫌悪に陥る。

 ○人中に出ると,自分が普通の人と変った容貌をしているんじゃないかとか,

人に見られているような気がして,それだけで気分がまいってしまうとか顔が 赤くなってしまうことがある。中学の頃から人前に出るのが嫌だった,恥ずか しかった。電車の中とか喫茶店とか人が動かない所にいると何か人が気になっ てしまう。

 ○自信がないんだと思う。自信が持てる人が羨ましい。一つのことをやっ ていてもすぐに自分は正しいことをやっているんだろうかと疑問が生じてしま

う。

 ○理想から見ると,自分のやっていることがあまりにも小さく,くだらなく 見えてしまう。それで現実が嫌になってしまう。そう言える程,自分は何もし

ていないんだけども……。完全を求めるから少しでも傷があると嫌になってし

まう。

 ○俺は俺の生きたいように生きると思っても,感情が本当にそうかとささや

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く。疑問が頭をもたげる。名誉など,くだらないと思っても,やはりあった方 がいいと現実には望んでしまう。今の大人も,若い頃は,そういうことで悩ん だのだろう。大人になるとそうした悩みもなくなるのかなあ。そうなると,虚

しいなあ,悲しいなあ。人間ではなくて,犬や猫と同じではないか。

 第5回面接(7.24)

 ○憎むとか,嫉むとかいった醜い破壊的な感情がなくなればどんなにかいい だろう。争い事には皆そういった感情が混り,嫌な思いをするのは全てそうい

う感情が混っているからだ……。父親が大嫌いだ。社会に出ていないせいか,

井の中の蛙というか,空いぼりしたり,知ったか振りをしたりするのに実は何 も知らない。カラッとしない,陰険(湿),といった印象がある。大人になって も,父親のようにはならない。自分の稼い感情は父親から移ってしまったんじ ゃないかと思うことがある。自分のことは明かさないで,他人のことを知りた がる,コセコセしている所があって嫌。母親は自分を殉教者気取りにする。他 人にすがる。疲れた時など,「ああ,疲れた。」とわざとらしくいって,同情を 引くように,慰めの言葉をかけざるをえないように,それを見越して言ってい る感じがして嫌。その点を抜かせば母親はいい。

 ○たいしたことでもない事で,自分が駄目だと思えてしまうことがある。す ぐに生きている価値がないように思えたり,他人に劣等感をもったり……でも,

他人を知っていくと,他人にもあること。でも,だからといってお互いさまに

はならない。

 ○今迄何もしてこなかったが後悔はしたくない。それなりに考え苦しんでき た。確かなものをつかもうとしてきた。〈考えたい〉と思っていた生活は実現

した。でもこれが自分の望んでいた生活なのか……。

 ○皆,寂しいんだと思う。心を打ちあけられる人がいなくて……。判ってく れる人がほしいという欲求があるのだろう。僕もそうだ。

第6回面接(8.14)

○遊びも勉強も集中的に出来ない。中・高の頃は,受験という目標があり,

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勉強に打ち込めた。今は,将来の目標がないから,どうも気がたるんでしま う。だから,最近は,弁護士を目指すんだと思うようになってきた。

 ○一一・・一・一人でいる時は,自分の良心に正直に生きたいと思っているのだが,人と

話などしていると,地位・名声を得たい,人から尊敬されたいという気持も湧 く。その二つが自分の中で格闘している。現実的欲求を満たすよう努力するの がいいのかなとも思うが,そういう人間は世の中にざらにいるし……人に負け たくない気持もある。

 ○〈尊敬〉という言葉を聞いてハッとした。現代には,昔の子弟関係にある 絶対服従とか尊敬とかがない。自分も誰も尊敬していない。それがあれば安定 するのではないか……時代病なのかもしれない……殉教者のTVを見て,頼れ

るものがあるのはいいと思った。でも神には頼りたくない。

 ○何かをつかもうと思っても何もつかめず,ただ日々が流れていくと,心が まともでなくなっていくような,駄目な人間になっていくような恐怖感におそ われる。行動をおこすまでが駄目で,すぐ面倒臭いと思い,怠惰な一日を送っ

てしまう。自分には強制力が必要だと思う。気分の変り易さや意志の弱さは直 るのだろうか……。

 ○偉大なことが出来っこないのは判っているが……そうでないと,又,たいし たことではないようにふと思えてしまう……気にとめなけれぽいいのだろうが

゜°°°°°

 第7回面接(8.28)

 ○毎日,同じような生活で,勉強してても飽きちゃって……だらけた生活して ると自分が段々駄目になっていくような不安にかられて,焦ってきて勉強をや りはじめるとすぐ飽きちゃってといういつものパターン……ここに来た当時よ りは,余り考え込まなくなったせいか精神的には楽……。目標に対して,あま りにも完全さを求め過ぎているので,将来に対して漠然とした不安がある,そ んな感じ……。

 ○大学に入学したら下宿したかった。でも,家の仕事をちょっとだけど手伝

わなければならないところがあるし,母親も精神的に頼ってくるところがある

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から……父親の性格がカラッとしていないので家族全員から好かれていない。

母親は父親の悪口をよく言う。それを聞いてやっている。特に最近,僕が大人 になってからは頼ってくる感じが強くなった感じ。こんな年になって,親と同 じ屋根の下で暮しているなんて馬鹿みたいだと思うこともあるが……今,親が いなくなったら,生きていけるかと非常に不安になることもある。親に甘えて いるところもある。だから,自分一人でたくましく生きていく人を尊敬し,憧

れる。

 ○授業でデカルトの懐疑主義の話をきいた。何を信じて生きてきたのか非常 に疑いたくなる。そこに興味がある。一生苦しかったのではないか。確実なも のを求め続けて疑っていったのだろうが,そんなに疑ってもしょうがないのじ ゃないかとも思う。

 ○自分の心のある部分がなくなれぽ,もっと単純ですっきり生きれる。何か やり始めるとすぐに疑問が起ってくる。そこをなくしていけば,もっと生き生

きと行動的に生きれるのではないか……。

 第8回面接(9.10)

 ○勉強をやる気にはなったのだが朝がつらくて駄目。一昨日,民訴の試験。

出来なかった。一年留年は覚悟。昨年,専門ほとんど取っていないからきつい。

就職のこともある。民間にいく気はないから,司法試験をめざしたい。そのた めには5〜6年はかかるだろうから,裁判所の職員の試験をうけて,それでも 駄目だったら地方公務員と考えている。

 ○これから生きていけるんだろうかと漠然と不安になる……卒業して就職し て,それで一生終えていくのかと思うと悲しくなる。いや将来きっと,でっかい ことをやろう,そうでなければ灰色の人生,地獄だ。一家心中のニュースを聞く と無責任だと思う。死ぬのなら独身の時に死ぬぺきだ。妻子があるのにだらし ない不届だと思うが,ふと,自分もああなりはしないかと不安になることもある。

 ○大学が始って孤独だなあと思った。何も話もしないで家に帰るか,くだら

ない,つまらない目常会話しかしないで帰るかだ。前に友人に自分が考えてい

ることを話したら,「嫌いだよ,うんざりだ」と言われたことがある。

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 ○季節は秋と冬が好き,寒くて,電車の音が遠くから聞こえてきたりする感 じが。冬の夜空は晴れていて星がきれいだし……夏は嫌いだ……一ケ月位,人 里離れた山の中にこもろうかとも思う,そうしたら何かつかめるんじゃないか

と思うんだが……。

 ○心理学の勉強も始めたい。どんな本から読んだらいいか……。

】V.考  察

 (1) 同一性拡散(Identity I)iffusion)について

 A君の訴える「毎日が怠惰である。何かやらなけれぽと思っているのである が,何もできないでいる」という悩みは,多少なりとも大学生が必ず直面する 精神状態であるとも言えよう。昔から 五月病 と表現される大学入学後の一 時的な方向感覚の喪失についてはよく知られている。受験一大学入試の合格と いう一時的だが現実的ではっきりとした目標に到達した後にやってくる,目標 に向っての自己抑制という一種の閉塞状況からの解放後のエア・ポケット。こ

うした方向感覚の喪失は,それ迄の抑えつけられていた衝動を,種々の自由な 活動の中で,それ迄の被拘束意識の反動としての勝手気侭な生活の中で解放す

ることによって,一時的には,多くの青年が陥る精神状態であろう。ところが,

たいていの場合,こうした方向感覚の喪失感は数ケ月で解消し,それなりの目 標を見つけ出していく。

 A君の場合はどうであろう。彼の陥った状態は,同じ方向感覚の喪失といっ てもだいぶ違うようだ。まず第一の相違点は,彼がそうしたことに悩んで相談 室を訪れたのが,大学3年になってからだという点である。第二の相違点は,

その症状の期間的な長さである。というのは,大学2年次に所属学部の専門教 育科目をほとんど取得していないことから考えて,大学2年(ひょっとすると 1年)の時から,そういった状態が持続していたと考えられるからである。大 学2年の時の状態は,彼としては,経済学に対する嫌悪感ということで理由づ けすることも可能であったろう。それ故,彼は現にそう信じて転部願いを提出

し許可される。しかし,理由がそれだけであったのなら,当然「やる気」も回

復していいはずなのに「やる気」はいっこうに回復しない。かえって,彼がそ

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うした動きをとったからこそ,彼の陥った方向感覚の喪失感の根源があらわに なってきたとも言えるだろう。

 さてそこで,彼の陥った精神病理に接近するために,E. H. Eriksonの「同 一性拡散の臨床像」(1)の記述と対照させながら,A君の心理的葛藤を考えてい

こう。

 Eriksonは次のように述べる。r…同一性拡散の状態は,通常,青年が「肉体 的親密さ」や,「決定的な職業選択」,「激しい生存競争」,「心理・社会的な自 己定義」などに,同時に身を賭けることを要求するような一連の諸経験に身を

さらす自分に気づく時に,顕在化する。』

 A君は大学の学部は経済学部を選択する。大学入学時のこの学部選択は,彼 の大学入学後の精神的志向とはかなり異質なものである。彼にとっては,どち らの方がより異質なものであるかを問うことには意味がない。彼にとっては,

そのどちらもが必然であり,その矛盾の中でこそ,苦しんでいるのだから…。

とにかく経済学部という選択がなされた後,大学に入学して経済学を学ぶ過程 の中で,彼はどんなことを感じ続けたのだろうか。彼の経済学に対する嫌悪感 は,純粋に経済学という学問自体に対する嫌悪感からきているとは思えない。

むしろ,経済学を学ぶ同級生の姿勢・生き方の中に,彼の生きる姿勢を考える 上でのNegativeな像が投影されていたと考えるべきだろう。さらに同級生 のみならず,2回目や7回目の面接で語られるように,彼の父親に対する negativeなイメージも,周囲の友人の姿勢・生き方の中に,さらには経済学 の中に投影されていた(あるいは,父親に対するnegativeなイメージと,周 囲の友人に対するnegativeなイメージと,経済学に対するnegativeなイメ ージが結びついてA君には感じ取られていた)と考えてもいいだろう。こうし たnegativeなイメージとは, A君が語るように「自分では何も努力しないで

〈優〉の数をそろえようとするような,〈利己的〉な態度,理想を放棄した姿

勢,享楽的な,その時が楽しければいいというような刹那主義的・快楽主義的

な態度」であると同時に,それを裏返して考えれぽ,既に現実を直視し受容す

ることが出来てしまっている態度,彼の友人の場合でいえぽ,学んでいること

と将来像を一致させようとする姿勢の強さとも言え,そうしたものに対する表

(10)

面上の嫌悪感は,実はその裏に,そうしたものに対する恐怖感があり,そのこ とがA君に危機感をもたらしたのではないかと思われる。つまりA君は,経済 学部に所属することによって,Eriksonの言うr「決定的な職業選択」,「激し い生存競争」,「心理・社会的な自己定義」などに,同時に身を賭けることを要 求するような一連の諸経験に身をさらす自分』に気づいたのではないかと思わ れるのである。

 こうした状況に晒されて,A君は,経済学の専門を受講することが不可能な 精神的状況に陥り,専門の単位をほとんどおとす。こうした状況を打開するた めに,A君は,法学部への転部を決意し,その願いは認められる。しかし,こ

うしたA君なりの状況打開の努力は,前述したように実らない。A君の精神状 況はさほどの改善を見ることなく,かえって,彼の問題の根源をあらわにする。

つまり,Eriksonのいう「同一性拡散」(identity diffusion)の臨床像を露 呈するのである。Eriksonは,そうした際の精神的危機(crisis)を次のよう

に述べる。『たとえどんな方向に向ってであるにせよ,決断し,選択し,なか んずく成功することは,葛藤的な同一化(conflicting identification)をひき おこし,たちまちそれ以後の暫定的な選択目録のはば(可能性)を狭めてしま うおそれがある。そして,時が決定的なものになるまさにその瞬間において,

あらゆる動きは,心理・社会的な自己定義という形で拘束力のある一種の範例 を確定してしまうかもしれない。』それ故,そうした状況に直面することがで きない青年は,そうした状況に晒された時に,r著しい「選択の回避」(つまり 怠慢による猶予期間)』を様々な理由づけをしてもくろもうとする。しかし,

r−一・方,著しい「選択の回避」はどんな場合にも,外的な孤立と内的な空虚の 感覚をひきおこす。』……そしてこれに引き続いて,一種の麻痺状態がおこる が,この麻痺状態をひきおこす機制は,現実選択を最少限にした状態を維持し ながら,自分はいつまでも選択者のままで(自由な状態に)いるという内的確 信を最大限にしておこうと,あれこれ工夫しているように見える』。

 A君はこう言っている。「法律の勉強をしていても,金もうけめあての弁護

士がいると思うと嫌な気分になり,勉強しようとするとそういう嫌な気分にお

そわれて,勉強するのが嫌になってしまったJ,又,自分は「理想を求めてい

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ても具体的な型がない。理想を求めていく,絶対なるものを求めていくプロセ スがいいのかもしれない。そうした理想をえれば,又,柔軟性がなくなるだろ うし……」。それから,こうも語る「理想から見ると自分のやっていることが あまりに小さく,くだらなく思えてしまう,それで現実が嫌になってしまう」

「完全を求めるから,少しでも傷があると嫌になってしまう」。A君が,今も っとも必要としているものは,自分なりの理想(目標・生きがい)である。そ れが見つからずに苦悩している。ところが一方で,そうしたものを得ることへ

の恐れも同時に感ぜざるを得ないのである。そうしたものを得るための現実的 行為に踏み出した途端に,A君の足はすくんでしまう。まさに,動きようがな

くなってしまう「麻痺」状態に陥るのである。その結果としてA君の中に残る のは,「生温い,ただ生きているような生活」「だらけてしまって何もできない 生活」であり,そうした日々を送ることの空虚感と,そこから湧きおこってく

る恐怖感・不安感(「こんな生活をしていると自分が駄目な人間になっていく ような不安を感じる」「ただ日々が流れていくと,心がまともでなくなってい くような恐怖感におそわれる」)である。

 こうした「麻痺」状態は対人関係の中でもあらわになる。A君も,周囲の大 人の汚なさや周囲の友人の生き方を非難・攻撃することで,周囲の人々との心 理的距離を取り,親密さを求めることでr同一性の喪失をひきおこしそうな対 人的融合になってしまうのではないか』という恐怖からのがれようとしている ようにも思える。その一方で,脆弱な自我同一性を保持しなけれぽならない苦 痛から,自分が絶対的に尊敬でき服従できるような対象へのあこがれ,絶対的 に頼ることができる対象をもつことのうらやましさも語る(6回目の面接)の である。このような同一化対象の希求と脆弱な同・・一 性喪失の不安というアソビ パレソスも同一性の危機にさらされた青年に特有の心的葛藤であろう。

 さらにA君は「漠然と将来生きていけるのかと不安になる」「卒業して就職

して,それで一生終えていくのかと思うと悲しくなる」(8X)「今の大人も若

い頃には僕のように悩んでいたのか,大人になったらそうした悩みはなくなる

のか,そうなると虚しいなあ,悲しいなあ,そうなったら,犬や猫と同じでは

ないか)(4X)というように, r時間が変化をもたらす可能性に対する決定的

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な不信と,それにもかかわらず時間が変化をもたらすことに対するはげしい恐 怖』をも表明するのである。

 以上をまとめてみると,A君は, Eriksonも言うように,①「選択の回避 と,その結果としての孤立感・空虚感・麻痺」②「親密さへのアンビバレンツ」

③「時間的展望の拡散」④「勤勉さの拡散」といった病理的症候にみまわれ,

苦悩しているのである。

 こうした「同一性拡散」の病理が何故にA君に起ったのかを考えることは,

村瀬(2)も指摘するように「どのような青年に病理的傾向が顕在化し,どのよう な場合には顕在化しないかについての実証的研究はまだ充分におこなわれてい ない」が故に興味ある課題ではあるが,ここではA君の生活史にそのヒソトが 与えられているように思えることを指摘するにとどめておきたい。

 (2) 自我同一性(Ego Identity)の獲得について

 A君との面接が〈治療的〉面接になりえたかどうかには疑問が残るが,A君 は面接を重ねるにつれて微妙な変化を見せはじめる。その変化の内容は面接経 過を読んでいただければ判ると思うが,ここで再度整理しなおしてみると,① 勉強するという側面では,主訴の「毎日が怠だで……何もできないでいる。」

という状態は多少改善されたようである。むしろ,勉強しはじめるとすぐにあ きてしまう(嫌な気分になることとの違いに注目してほしい)自分の性格に問 題を感じはじめる。②将来の目標に関しても,8回目の面接では,弁護士をめ ざし,そのステップとしての裁判所の職員,それが駄目な場合には地方公務員 として仕事を続けながら弁護士をめざすというようにかなり具体的に将来籐を 描きはじめる。

 こうした具体的な多少の変化が可能となる背景には,A君が今迄懐いてきた 幼児的な万能感をいかに上手に捨てさるかという課題がひそんでいるようだ。

江藤淳が文芸評論「成熟と喪失」の中に見事に描くように〈成熟〉とは,小さ い頃より持ち続けてきた幼児的な母子一体の情緒的な世界,即ち,幼児的な万 能感の通用する世界を自らの手で喪失することによってはじめて成し遂げられ ていくのだろう。

 A君も面接の中で「金めあては嫌だけどやはり金は必要」(2X)「名誉など

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くだらないと思ってもやはりあった方がいいと現実には望んでしまう」(4X)

「人と一緒にいると,地位,名声を得たい,人から尊敬されたいという気持も わく……人に負けたくない気持もある」(6X)と自分自身の中にある現実的

な欲望二〈悪〉の存在を徐々に認め始めているのである。

 ただ,A君との面接において不充分な点は, A君にとっての父親の存在の意 味が,もっと大きく肯定されていかないと本当の意味での「自我同一性」の確 立へとは向うことはできなかったのではないかと思われる。何故なら父親こそ が,A君の生活を支える現実を代表する存在であり,父親こそが一手に〈悪〉

を引きうけているのであるから……。

 〈参考文献〉

(1) E.H. Erikson;Idertity and the life cycle・

  (小此木訳「自我同一性」誠信書房.1973)

(2)村瀬孝雄「青年期危機概念をめぐる実証的考察」(笠原・清水・伊藤編r青年の精

  神病理』,弘文堂.1676)

(3)江藤 淳「成熟と喪失」,河出書房新社,1967.

(4)笠原嘉「青年期」中央公論社,1976.

(5)細木照敏「留年学生について」(笠原・清水・伊藤編r青年の精神病理』)

参照

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