電磁波を用いたコンクリート中の塩化物イオン量推 定技術の精度向上ならびに実用化に関する研究
著者 野嶋 潤一郎
著者別名 NOJIMA Junichiro
その他のタイトル Study on Accuracy Improvement and Practical Application for Estimation of Chloride Content in Concrete Structures Using Electromagnetic Wave Method
ページ 1‑342
発行年 2015‑03‑24
学位授与番号 32675甲第357号
学位授与年月日 2015‑03‑24
学位名 博士(工学)
学位授与機関 法政大学 (Hosei University)
URL http://doi.org/10.15002/00011877
博士学位論文
論文内容の要旨および審査結果の要旨
氏名 野嶋 潤一郎 学位の種類 博士(工学)
学位記番号 第574号
学位授与の日付 2015年 3月24日
学位授与の要件 本学学位規則第5条第1項(1)該当者(甲) 論文審査委員 主査 教授 溝渕 利明
副査 教授 森 猛
副査 准教授 藤山 知加子 副査 大阪大学教授 鎌田 敏郎
電磁波を用いたコンクリート中の塩化物イオン量推定技術の精度向上 ならびに実用化に関する研究
1.論文内容の要旨
コンクリート構造物の劣化要因は各種あるが,四方を海に囲まれた我が国では,特に塩 害による劣化がコンクリート構造物にとって深刻な問題であるといえる.塩害は,コンク リート内部に塩化物イオンが浸透し(潜伏期),限界塩分量を超えた段階で水と酸素が供給 可能な環境であれば,コンクリート内部の鉄筋が腐食膨張し(進展期),コンクリート表面 にひび割れが生じ,さらに鉄筋腐食が進行し(加速期),コンクリートの剥落や鋼材の断面 欠損によって,耐力が低下する現象である.塩化物イオン量の調査には,調査対象位置か らコアを採取し,化学分析を行う方法がこれまで行われてきた.ただし,この方法ではコ ンクリートを局所的ではあるが損傷を与えること,同一箇所での経時的な変化を捉えるこ とができないこと,コア採取箇所のみでしか塩化物イオン量が把握できず,対象構造物全 体の塩化物量を把握することができない等の課題を有している.そこで本研究では,電磁 波を用いた塩化物イオン量推定技術の精度向上ならびに実用化を目的として,電磁波減衰 理論式の整理,電磁波レーダならびにコンクリート供試体を用いた室内供試体実験,フィ ールド調査による実構造物での電磁波測定を実施した.また,実構造物における適用範囲 拡大を目的とし,壁面自走ロボットの開発検討を実施した.
本論文は,1章から10章で構成され,各章の概要は以下のとおりである.
第1章「序論」では,コンクリート構造物における塩害と電磁波レーダについて整理を 行うとともに,電磁波を用いた塩化物イオン量推定技術に関する既往の研究事例を整理し た.また,これらに基づき,本研究の目的,意義及び論文の構成を示した.
第2章「電磁波の減衰方程式」では,電磁気学に基づいて電磁波の基本方程式を確認す るとともに,電磁波の持つ基本特性についてとりまとめた.また,電磁波が媒質中を伝搬
するときの減衰方程式について整理し,電磁波減衰量を求めるための電気的定数ならびに その式形状を明らかにした.
第3章「コンクリートにおける電磁波減衰理論」では,既往の研究で確認されている塩 化物イオン量に応じて電磁波が減衰する現象について,そのメカニズムを理論的に整理し た.その結果,コンクリート細孔溶液中の電解質の存在でイオン伝導現象が生じ,電気的 定数のひとつである導電率の変化が主な原因であると推定した.また,コンクリート中の その他イオンの影響を確認するため,水溶液を用いた確認実験による検証を行った.その 結果,コンクリート中に多く含まれる水酸化カルシウムの影響は限定的であり,塩化ナト リウムの影響が主体的に作用することを確認した.さらに,電磁波の入・反射現象につい て理論方程式を整理し,コンクリート表面での電磁波透過・反射量について,比誘電率を 用いて推定できることを明らかにした.
第4章「電磁波レーダを用いた塩化物イオン量推定方法の提案」では,電磁波測定によ る 振 幅 値 を 用 い て , コ ン ク リ ー ト 中 の 塩 化 物 イ オ ン 量 を 精 度 よ く 推 定 す る た め の Simulation of Attenuation Electromagnetic waves (SAE) の基本方程式の提案を行った.
また,電磁波測定の精度向上を指向し,電磁波レーダの連続測定による振幅値の安定性に 関する検討を実施した.また,本手法の適用範囲を確認するため,コンクリート表面の凹 凸の影響,電気防食の影響,表面被覆の影響,エポキシ樹脂鉄筋の影響について検証実験 を行った.上記より,電磁波レーダによる塩化物イオン量の推定手法のデータフローを構 築し,「かぶりの平均塩化物イオン量」ならびに「鉄筋位置の塩化物イオン量」を推定する ための手順を示した.
第5章「SAE におけるコンクリートの電気的定数ならびに各種補正係数の検証実験」で は,SAE基本方程式における電気的定数となるコンクリートの「導電率 」と「比透磁率 」 および「比誘電率 」の設定に関する検討実験を行った.なお,「比誘電率 」については,
コンクリート供試体における実際のかぶり距離と電磁波反射速度を用いて比誘電率を逆算 し,比誘電率の温度・相対湿度の変動傾向を確認した.また,セメント種の違いによる電 磁波減衰量の差異を確認するため,普通ポルトランドセメント,高炉スラグ微粉末,フラ イアッシュを混和したコンクリート供試体で実験を行った.その結果,フライアッシュコ ンクリートで他のコンクリートと比較して電磁波減衰量の明確な差異が確認された.次に,
SAE 基本方程式において,補正が必要となる「かぶり深さの違いによる電磁波散乱程度」
「温度変化の影響による導電率変化」「相対湿度変化の影響による導電率変化」の検証実験 を行った.その結果,かぶりの深さによる電磁波散乱程度ならびにコンクリートの温度な らびに相対湿度変化の影響を考慮することによって,SAE で鉄筋反射波の振幅値をシミュ レーションすることが可能となり,塩化物イオン量を推定できることを明らかにした.
第6章「実構造物調査におけるコンクリート深さ方向の与条件設定方法に関する検討」
では,「温度」「相対湿度」については温度解析および湿気移動解析で,「塩化物イオン量の 分布」については実構造物から採取した 109 箇所の塩化物イオン量滴定分析結果を元にし
て,検討を行った.その結果,深さ方向のコンクリート内部の温度,相対湿度を変化させ たSAEシミュレーションの必要性が確認されるとともに,平均塩化物イオン量を深さ方向 に分配するための経年,部材,平均 Cl-量による塩化物イオン量分配則 Distribution of Chloride ions (DoC)の提案を行った.
第7章「細孔空隙が電磁波減衰に及ぼす影響評価」では,実構造物において表層部に中 性化ならびに塩分濃縮現象が確認されたことから,採取したコアを表面より1㎝単位でカ ットし,水銀圧入式ポロシメーターにより細孔径分布,平均細孔径等を求めた.同分析結 果より,塩害の複合劣化の要因のひとつである中性化が確認された範囲において,1000≦
D<10000nmの細孔領域が減少することが確認された.同結果を受けて,中性化が進行して
いると判定される構造物において,表層コンクリートの導電率を変化させてSAEによるシ ミュレーションを実施することとした.
第8章「実構造物における実証試験」では,2010年から 2014 年にかけて実施してきた 海洋コンクリート構造物の調査について,取得したデータについて整理を行うとともに,
電磁波を用いた塩化物イオン量の推定結果と従来手法である現地コア採取の分析結果を比 較して,精度検証を行った.その結果,SAEとDoCを用いることによって,多様な環境下 ならびに部材においても,非破壊で塩化物イオン量を推定できることが確認された.また,
調査にかかる時間と費用についても,従来手法と比較することにより,同手法の有効性を 確認した.
第9章「適用範囲拡大のための壁面自走ロボットの開発検討」では,電磁波測定手法の 調査範囲を拡大することを目的として,真空吸着パッドを活用した壁面自走ロボット (ALPinist)の開発検討を実施した.真空吸着パッドについては,元来建築面のタイルでの吸 着を対象としていたものを,コンクリート表層が粗となっている溶脱したコンクリートに 対して吸着できるように改良した.また,ALPinist は電磁波レーダの他に,カメラと小型 打音装置を搭載し,目視調査と打音診断の実施も可能としており,インフラの維持管理に 必要なデータを定量的に取得できるものとした.
第10章「結論」では,本研究の結論を示すとともに今後の課題を示した.
2.審査結果の要旨
鉄筋コンクリート構造物の劣化には種々の要因があり,そのひとつに塩害がある.塩害は,
鉄筋が腐食膨張して鉄筋に沿ったひび割れが生じる加速期まで,鉄筋コンクリート構造物の 表面にはほとんど変状が見られない.このような状況になる前の潜伏期の段階で,塩害によ る劣化進行状況を予測評価することは,予防保全を行う上で重要となる.コンクリート構造 物の鉄筋位置における塩化物イオン量を調査するためには,従来,構造物からコアを採取し て化学分析を行っているが,構造物に弱点部を生じさせる原因となる場合や同一箇所での劣 化状況の経時変化を把握することは難しいなどの課題を有している.
一方,構造物に損傷を与えることなく,同一部位の時間経過に伴う劣化状況を推定する ことが可能な非破壊検査法により,コンクリート構造物内の塩化物イオン濃度を把握する ことが可能になれば,塩害による被害を早期に発見することが可能となり,その対策を講 じることも早期に行うことができることとなる.さらに,従来のコア採取による採取位置 のみの点での評価ではなく,面的な評価を行うことが可能になる.ただし,現状において コンクリート内部の塩化物イオン量を非破壊で検査する方法は実用化されていない.
このような背景を受けて,非破壊でコンクリート中の塩化物イオン量を推定する方法と して,電磁波を用いた方法が提案されている.この方法は,コンクリート中に塩化ナトリ ウムのような電解質が存在している場合,塩化物イオン濃度の違いによって鉄筋からの電 磁波の反射波形の減衰に差異がみられることに着目し,電磁波による鉄筋コンクリートの 塩化物イオン量を推定するものである.この電磁波による非破壊検査法が実用化されれば,
上述したような同一箇所での経年変化を調査することが可能となり,さらに比較的簡便に 面的に塩化物イオン量を推定でき,劣化の進行部位の特定にも大いに役立つといえる.た だし,電磁波の反射波形の減衰は,塩化物イオン濃度の変化だけでなく,使用材料,配合,
コンクリート内の温度・湿度,かぶり等多くの要因によって変化するといわれており,実 用化するためには,それらの課題を解決していく必要がある.
本研究では,電磁波を用いた塩化物イオン量推定技術の精度向上ならびに実用化を目的 として,電磁波減衰理論式の整理,電磁波レーダならびにコンクリート供試体を用いた室 内供試体実験,フィールド調査による実構造物での電磁波測定を実施した.その結果,電 磁波の減衰理論を基に,各種の電磁波減衰要因に対して影響係数を定義し,電磁波による 塩分量推定の理論式を構築した.さらに,この理論式を用いた実構造物への適用について,
複数の現場で検証を行い,実用化の可能性を見出すとともに,これまで難しかった劣化箇 所の面的な評価及び経年変化について評価できる可能性を示した.
よって,本審査小委員会は全会一致を持って提出論文が博士(工学)の学位に値すると いう結論に達した.