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[紹介] 大都市圏政治の研究をめぐって : 『シリー ズ東京を考える』を読む

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[紹介] 大都市圏政治の研究をめぐって : 『シリー ズ東京を考える』を読む

その他のタイトル [Book Review] On Metoropolitan Politics : Reading Series Tokyo o Kangaeru

著者 森本 哲郎

雑誌名 關西大學法學論集

巻 51

号 6

ページ 1235‑1250

発行年 2002‑02‑28

URL http://hdl.handle.net/10112/00023546

(2)

( 1 )  

全五巻からなる︑この﹃シリーズ東京を考える﹄刊行の趣旨については︑各巻末尾につけられている﹁シリーズ﹃東京を考え

る﹄刊行にあたって﹂︵粕谷一希︶に簡潔に記されている︒要するに︑都政の重要性︵現状での︑また文明史的にも︶に比して︑

その実態が国民・都民にあまりに知られていないし︑関心も引き起こしていないこと︑マスメディアや論壇の関心も低いことを問

題視するところから出発したもののようである︒評者は︑﹁東京の政治﹂そのものの研究に取り組む意図を持つものではないが︑

︿大都市圏政治﹀一般がもつ諸特徴には強い関心をいだいている︒本稿はそのような問題関心から︑︿大国日本﹀の︿首都﹀ゆえ

の固有性とともに︑大都市圏の典型的事例としての普遍性を示しているであろう﹁東京の政治﹂を様々な角度から論じた本シリー

ズ︵の一部︶を読み︑若干の感想を記したものである︒本シリーズは論文を中心としつつ︑座談会やインタビュー︑それらの解説

および資料的なものを含む多彩な構成になっていて︑どれをとっても興味深い内容にあふれているが︑そのすべてを網羅的に検討

することは評者の能力に余るので︑本稿では︑目下の評者にとってとくに関心を引いたいくつかの論文だけを取り上げた︒具体的

には︑第一巻の第一章﹁都政は﹁都﹂を︑そして﹁都民﹂を超えられるか﹂︵御厨貴︑

大都市圏政治の研究をめぐって ︹紹介︺

大都市圏政治の研究をめぐって

ー﹃シリーズ東京を考える﹄を読む

I

一 九

(

(3)

まず最初に﹁都政は﹁都﹂を︑そして﹁都民﹂を超えられるか﹂︵御厨貴︶を取り上げる︒本論文は︑﹁首都性の側面や国政との

スタンスから︑都政は常に﹁都﹂を︑したがって﹁都民﹂を越えられるか否かという問題を内包﹂しているという視点から︑歴代

知事が﹁どのようにして都民を越える都政を展開しようとしたか﹂を時系列的に検討する︒歴代知事のリーダーシップの特徴とそ

( 2 )  

の﹁都民を超えようとする﹂構想を軸にしつつ歴代知事の都政運営の特徴が描かれるのである︒

まず﹁グレーター東京の時代﹂︵第一節︶で初代公選知事安井誠一郎の都政が描かれる︒厚生次官をへて︑最後の官選都長官に

もなった安井は﹁国政と市政の双方の機微を知った行政のプロとして﹂︑まずは﹁ストリートレペルのパッチワーク﹂に徹したこ

とに特徴があり︑﹁都を越えた都政の展開﹂︵﹁グレーター東京﹂構想︶を打ち出したのは︑ようやく第一期の末であった︒これに

対して︑革新側は一九五五年の都知事選で﹁憲法擁護というイデオロギー的争点﹂を軸に︑日独伊三国同盟に反対し戦後護憲派と

なった元外相有田八郎を立てて﹁都と都民を越えた争点設定﹂を行い︑大接戦にまで持ち込んだ︒戦災復興が一応終わった段階で

安井の﹁ストリートレベルのパッチワーク﹂都政に不満が溜まっていたということである︒

次の﹁東京オリンピックの時代﹂︵第二節︶では東都政が描かれる︒一九五九年の都知事選で人選難の結果であったが︑保守側

は東京オリンピック招致の当事者︑

IOC

委員で東大名誉教授の東龍太郎を擁立︑﹁再度有田八郎を立て︑岸内閣と対決し護憲イ

(1

) 

I I  

*以下︑引用﹁﹂の頁は煩瑣になるので個別には示していない︒ 市圏政治研究に対して示唆するものを探ってみた︒ の都議選﹂︵山室建徳︱二五ー一六八頁︶︑第四章﹁裏声で歌え﹁革新﹂ーー美濃部都政下の都労使関係ー﹂︵篠田徹︑三〇三ー︱二五四頁︶︑第五章﹁東京都政とマスメディア﹂︵蒲島郁夫/加藤隆︑三五五ー四︱二頁︶の四論文を読んで︑評者自身の大都

一 九

(

(4)

る ︒ デオロギーを高揚させる戦略﹂の革新側と対決する︒著者御厨氏が後の著書︵注

(2

)参照︶で用いる語法を先取り的に使えば︑安

井時代に﹁実務性﹂︵パッチワーク行政︶に徹した結果︑﹁象徴性﹂︵護憲︶で勝負に出た革新に追い詰められた保守側が︑今回は

﹁象徴性﹂︵オリンピック︶を体現する候補を立てて対決したということになる︒結果として﹁小差とはいえ︑オリンビックがイ

デオロギーに勝ったことの意味は大きい﹂︒なぜなら﹁一年たって国政レベルでも安保をめぐるイデオロギー的対決の後︑保守の

側はいち早く所得倍増計画によってすべての争点を包摂することになる﹂という国政全体の大きな転換を予兆させるものだったか

らである︒文字通り﹁象徴﹂であった東都知事の下で都政の﹁実務性﹂を保障したのが︑内閣官房副長官から副知事に転じた鈴木

一貫して内務官僚本流の道を歩み東京都制の創設や地方自治法の制定にかかわった﹁地方行政のプロ﹂で

オリンピック成功で東都政の﹁象徴性﹂が消尽された結果︑都政の﹁実務性﹂が前面に出てきたが︑それが硬直化してきたとみ

なされる空気を巧みにつかんで︑革新側は再度﹁象徴性﹂を押し出す戦略に出た︒それが東京教育大学教授・美濃部亮吉の擁立で

ある︵第三節﹁ストップ・ザ・サトウの時代﹂︶︒﹁美濃部は持ち前の﹁ミノベ・スマイル﹂と︑当時としてはめずらしくテレビ慣

れした話し方とが相侯って︑独特のイメージとキャラクターを都民に売り込むことに成功した︒また︑天皇機関説で有名な戦前の

憲法学者美濃部達吉を父に持ち︑貴族出身の﹁お坊ちゃま﹂でありながら︑適度な進歩主義者という面も︑公人美濃部のイメージ

形成に役立った﹂︒実に美濃部は﹁天性のテレビタレント政治家﹂であり︑﹁マスコミ依存型の政治スタイルを確立﹂することにな

しかし﹁象徴性﹂だけで都政はできない︒﹁美濃部のマスコミ依存型の派手な動きの裏には︑常に分身"小森の水面下の動き

がある﹂︒﹁小森﹂とは︑ジャーナリスト出身にして﹁左右両派に深く太いパイプ﹂︵大内兵衛グループ︑福田赳夫ら自民党有力政

治家︑労組︑財界︶を持ち︑自らの雑誌﹃都政﹂を通して﹁都庁内外の人脈を幅広く形作﹂りつつ︑五五年以降の一連の都知事選

で革新陣営の候補擁立に携わった︑影の大物︑小森武のことである︒確かに﹁この意味では︑安井に代表され東

1 1

鈴木にも継承さ

大都市圏政治の研究をめぐって

俊一である︒鈴木は︑

(5)

(

れた保守都政の方が︑政治手法の点では表と裏が一体化していた﹂︒しかし﹁マスコミイメージ先行で

革新政策を打ち上げてI I

いく美濃部都政の場合︑現場レベルでこれまで以上に必ず争いを引き起こす政治課題が多かったわけだから︑裏の"実技に卓越

結局美濃部都政はその行き過ぎた﹁象徴性﹂が破綻︵都財政の破綻︶した結果︑﹁実務性﹂の前に膝を屈することになる︒﹁昭和

五三年には︑赤字団体転落への危険を防ぐため︑ベースアップの停止を含む財政健全化計画を自治省に出して︑ようやくのことで

起債が認められた︒都庁官僚の中には早くも美濃部を見限り︑都財政の︑いや都政全体の転換を図る動きが起こり始めた﹂︒こう

して一九七九年の都知事選で︑保守側は﹁実務のプロ中のプロ﹂として鈴木俊一を擁立する︒﹁象徴性﹂の幻想を捨て︑﹁実務性﹂

を押し立てたわけである︒他方革新側は紆余曲折の末︑元総評議長太田薫を擁立するが︑文字通り︿過ぎ去った時代﹀を象徴する

人物であった︒こうして鈴木都政が誕生する︵第四節﹁東京フロンティアの時代﹂︶︒

鈴木のまず第一の課題は破綻をきたした都財政の再建であった︒﹁一万人の定数削減︑局長ポスト十五を含む一︱

1 0

0

近い管理職

ポストの削減﹂を中心とする行財政改革を成し遂げたが︑この過程では﹁安井時代のような都庁一家主義はすでに崩壊していた﹂

とは言え︑﹁都庁職員のモラールの維持のためには︑合理化とセットにしてベアの完全実施を行なわねばならなかった︒国政レベ

ルの事情でベアを抑制されては困るのである﹂︒都と自治省の間で﹁冷戦状態が続く中︑結局都の側が︑起債に見合う隠し財産を

捜し出し事なきを得た︒さすが行政のプロらしい解決方法だった﹂︒﹁こうして行財政改革を通して︑鈴木は完全に都政の主導権を

しかし同時に四期一六年の長期都政の過程で鈴木は﹁象徴性﹂をも帯びてくる︒後の著書﹃東京﹄での言い方を借りれぱ︑﹁実

務性﹂と﹁象徴性﹂が鈴木の人格の中に統一され︑﹁生涯知事﹂﹁都政の生き字引﹂﹁鈴木の前に鈴木なく︑鈴木の後に鈴木なし﹂

となり︑﹁生涯知事鈴木以外の知事像﹂がイメージできないというほどになる︒

このような象徴・鈴木にふさわしい︑より積極的な政策構想が﹁マイタウン東京﹂である︒﹁自らが副知事として担った高度成 した存在を欠くわけにはいかなかった﹂のである︒

(6)

長期の東京を原点にして︑自らが知事として担う現代の東京を位置づけ︑自らの遺産として二十一世紀に託す未来の東京を展望す

るという︑射程距離の長い歴史意識の文脈の中で都政を考えること﹂がそれであるという︒﹁射程距離の長い都市計画の完成に充

実感を覚えた鈴木﹂にとって︑﹁臨海副都心開発は︑東京の二

0

年先︑三

0

年先もにらんだ息の長いプロジェクトです︒私は二十

一世紀への贈り物と考えています﹂︵鈴木談話︶ということになる

以上紹介してきたように︑本論文は︑当事者︑関係者︑同時代の観察者の証言︑また回顧談を縦横に引いて︑その時代の空気を

巧みに再現しつつ︵これは政治史の正統的手法である︶︑歴代知事の政策︵構想︶とリーダーシップの特徴を軸に据え︑都政の各

時期の個性を見事に浮き彫りにしている︒オーラル・ヒストリーに力を注ぐ政治史学者としての面目躍如の論文である︒これを読

( 3 )  

むことで︑戦後半世紀の都政のイメージを大づかみに理解することが可能となろう︒その反面︑注(2)で指摘したような問題点は

( 4 )  

あるが︑それも同注で述べたように︑本論文を組み入れた別の著書では改善されている︒

次に取り上げるのは﹁鏡としての都議選﹂︵山室建徳︶である︒本論文は﹁世論の注目度の低さで際立つ﹂都議選を︑﹃朝日新

聞﹄による都議選報道︵第一節︶と選挙結果の数量的分析︵第二節︶という二つの視角から分析したものだが︑面白いのは第一節

である︒著者は言う︒﹃朝日新聞jを取り上げたのは︑﹁地味な選挙を地味なままに報道する﹂他紙に比ぺて﹁記事が大変ユニー

ク﹂で﹁群を抜いて面白い﹂からだと︒いささか椰楡の調子が感じられるが︑どういう意味でそうなのか︒日く︒﹃朝日新聞﹄は︑

戦時下︵昭和一八年︶に行われた第一回都議選で﹁新人だけでも定数を上回る立候補者がいたにもかかわらず﹂︑既成勢力すなわ

ち﹁府議・市議経験者が過半数を占めている点を批判﹂していたのだが︑戦後になっても︑このような︿新人︑新勢力の登場によ

る刷新への期待﹀は﹁かたくなに維持されていく︒敗戦直後という︑多くの価値観をつき崩す激動期を迎えても︑その点ではさほ

どの変化は生じなかった﹂︒﹁戦後の﹃朝日新聞﹄が︑旧弊を打破する新勢力として期待を抱いたのは︑社会党をはじめとする社会 (2) 

大都市圏政治の研究をめぐって

(

(7)

0 )

主義系の勢力﹂であった︑と︒つねに﹁革新﹂勢力を求める﹃朝日新聞﹄という幾分常套的パターンの描写であるが︑事実ではあ

これに第二節での数量的分析︵党派別︑地域別︑性別︑年齢別等の得票率投票率を検討したもの︶が続き︑これらを踏まえて

﹁都議選はゆるやかな変化をしてきただけではなく︑時として予想外に激しい変動を示し︑それをきっかけとして選挙の様相が

大きく変わる画期をいくつか持っている︒戦後第一回の選挙︑昭和四十年の刷新都議選︑平成元年の消費税選挙が︑それに当たる

のだが︑これらの選挙にとりわけ大きな意味を見出す点では︑﹃朝日新聞﹄の記事は数量分析の結果と一致する︒都議選の投票結

果に大変動が生じる時には︑いつでも有権者の票は︑まず社会党に流れるという特徴を伴っていた︒︹中略︺決してメジャーな存

在ではないが︑これまでの政治に不満が増大したとき︑その最初の受け皿になるのは社会党だったわけである︒しかし︑そうした

票は︑社会党に対する固定的な支持になりにくかった点にも︑大きな特徴をもっていた︒﹃朝日新聞﹄の記事が︑社会党の動静を

めぐって︑期待と失望の間を大きく揺れ動いたのも︑このような流動的な社会党票を︑有権者の政治意識が向上して︑社会党支持

に目覚めた結果と勘違いしたところにあったのではないか﹂︒︵﹁勘違い﹂というより︑確信犯として分かっていながらも意識的に

﹁しかしながら︑都議選に敵味方・正邪のはっきりした意味づけを与えたために︑﹃朝日新聞﹂の記事は断然面白くなった﹂︒

﹁これに対して︑地道に東京問題という光を当てようとする他の新聞の報道姿勢では︑選挙という﹁勝負事﹂の記事としては︑精

本論文は︑第一節で興味深い分析結果を提供しており︑また結論にも異論はない︒これとの関連で結論部分︵﹁おわりに﹂︶も︑

﹃朝日﹄の報道の特徴を切り口にまとめてある分︑なかなか刺激的で説得的である︒これに対して︑第二節は都議選の結果につい

ての基本的データを項目毎に特徴をうまく整理して提供している点で有益であるが︑それぞれのデータについて︿なぜ︑そうなの 彩を欠いてしまうのである﹂と︒ 社会党を激励したのであろうと評者は考えるが︒︶ る ︒

(8)

( 3 )  

か﹀という原因の推論︑また都政の政治過程において︑それらが︿どういう意味をもっているのか﹀という点の分析については︑

とくに示されないか︑感想的な推論にとどまっている︵女性の相対的高投票率︑かつての有権者の都政よりも国政での﹁革新﹂傾

斜の分析など︶︒ただし︑選挙制度と都議会政党システムの関係の指摘は重要な発見であろう︵長い間︑区部で多党化傾向が強く︑

都下で二大政党的色彩が強かったのは︑都市化の程度差によるのではなく︑区部と都下の選挙区定数の違いによる︒前者は中選挙

区的で後者は小選挙区的だったからだ︑という指摘︶︒総体として見れば︑本論文は︑選挙分析としてよりも︑﹃朝日新聞﹄論とし

て読むべき︑示唆的な論文と言えよう︒

次に「”裏声で歌え「革新」

"1

美濃部都政下の都労使関係~」(篠田徹)を検討しよう。「これは労使関係から見た美濃部革

新都政論である0[中略]本論のように労使関係に焦点を合わせる事はユニークであるかもしれない︒だが筆者は︑革新自治体の

醍醐味は︑何より労使関係にあると考える﹂︑これが本論文の視点である︒この基底にある著者の問題意識は︑シュトルムタール

︵﹃ヨーロッパ労働運動の悲劇﹄訳書一九五八年︶がつとに提示したそれ︑すなわち﹁労働の統治能力﹂の問題である︒﹁政治権力

に伴う責任を恐怖することは︑ヨーロッパの労働政治における最大の特徴であった﹂︒﹁ヨーロッパの労働運動の行動における本質

的な欠陥は︑真剣な政治参加への欠如であり︑基本的な社会問題に対する建設的思考の欠如である﹂︵シュトルムタール︶︑と︒

著者はこれを敷延して言う︒﹁労働運動の後押しで次々と樹立された社民党政府は︑その後幾度となく組合に︑ともに誓った理

想社会の実現に対する﹁責任の証﹂として︑賃上げなど対価要求での自己抑制を期待した︒他方︑組合は政府にともに手にした我

らが時代を﹁実感する印﹂として︑社会保障など資源配分での配慮を期待した︒二十世紀労働運動は︑まさにこの両者の期待の狭

間で︑自らの時代認識と統治能力を問われてきたとも言える﹂︒そして﹁この構図を日本で探した場合︑それは革新自治体の労使

関係に行き着く︒とりわ

i t

中略]日本における公務員の特殊な立場が︑労働の統治能力というここでの問題をより鮮やかに照ら

[

大都市圏政治の研究をめぐって

(9)

ますます大きな関心が向けられていた﹂︒

では︑﹁日本における公務員の特殊な立場﹂とは何か︒﹁第一節

(

務員をめぐる労使関係の枠組みが説明される︒地方公務員の勤務条件は﹁人事委員会の勧告に基づき︑議会が条例で定める︒ただ し条例に抵触しない範囲では協約の締結権が認められている︒もちろんそこには解釈の問題が入り込む︒もっとも実際勤務条件の 項目には切りがな<[中略]現実には労使で協約を結ぶ余地は少なくない﹂︒﹁この勤務条件の決定に関する大枠としての﹁法定 主義﹂とその中での﹁協約主義﹂との間にグレーゾーンがあることが︑さまざまな思惑を交えた政治過程を引き起こす︒しばしば 労使の取り決めが﹁ヤミ﹂の慣行・協定として議会や外部から批判されるのは︑そうした制度の特性に原因がある﹂︒

このように︑﹁原則として法定主義の枠組みの中にある地方公務員の労使関係においては︑議会の存在は決定的である︒このこ とは法律と合わせて︑自治体労使が独自の労使関係を形成することを結果として制限することになる︒このことはまた自治体労使 関係では︑民間企業の労使関係によく見られる﹁プラック・ボックス﹂の余地が限られていることを意味する︒それと同時にそこ には︑給与条例のみならず労使関係全体が議会の動向や知事との関係次第で︑いつでも紛糾の種にされる可能性が含まれることに なる︒そしてマスコミがこれを取り上げることで︑問題はいっそう白日の下にさらされる﹂︒このように︑地方自治体の労使関係

が﹁容易に政治化される﹂制度的要因が鮮やかに別出されるのである︒

これに続いて︑時代背景が簡単に説明されるが︑この部分の記述は︑第二節から第六節︵すなわち︑美濃部都政下における労使 関係の﹁波瀾万丈の経緯﹂︶の過不足のない適切な要約になっている︒﹁革新自治体の議会には︑おおむねどこでも強力な保守野党 がおり︑彼らはこの問題[労使関係]を革新自治体に付け入る隙と見ていた

o

またマスコミも︑ここを革新自治体の行方を占うボ

イントとして注目していた︒しかも都の場合︑これに知事のキャラクターや﹁全国区﹂東京のステイタスなどの要因が重なって︑

﹁革新の側にも複雑な事情があった︒たとえば︑革新首長の多くは社共の選挙協力に依存したため︑二党間に横たわるさまざま

舞台説明制度・アクター・時代背景~」では、まず、公

(10)

なスタンスの違いが時に政権を揺るがせた︒しかも両党派が勢力を凌ぎ合っていた都の組合では︑問題はいっそう複雑となる︒一

方この頃官民を問わず組合では︑世代交代や技術革新・合理化に伴う職場秩序の変化により︑これまでの組織統制は全体に緩み始

めていた︒これに一九七

0

年前後の﹁青年の叛乱﹂状況が重なり︑とくに官公労では下部からの激しい突き上げに見舞われた︒そ

[

]

Jの場面はヽ直後に襲つた別の時代状況により急転させられた

o

[

中略]石油危機による経済混乱と

自治体の財政危機である︒これにより限られた選択肢の中で︑政治関係と労使関係の間では軋礫が生じる︒またこの混乱に乗じて︑

議会における野党の攻勢は勢いを増した︒さらにマスコミは時代の変化を敏感に捉らえ︑革新自治体に対する世論の反応は一転す

る︒また危機に瀕した革新自治体に︑国の介入が大きく影を落とし始めた︒そしてこの中で労組を含む革新陣営の足並みは︑しだ

いに乱れを露呈する︒こうして風向きは逆転し︑保革は攻守ところを変えることとなる︒この間の都の動きは︑まさにこれらの変

﹁この結末は言うまでもなく︑革新都政の落城であり︑保守都政の復活であった0[中略]この厳しい状況下で労使は︑再び制

度と主体固有の論理による事態の収拾を模索するようになる︒それは当時︑減量経営化で民間企業が選択した協調的労使関係によ

る危機克服という構図に類似していた︒またその状況は︑自治体における企業内労使関係への復帰とも言える﹂︒

以上の総論を踏まえて︑以下︑美濃部都政下の労使関係が時期別に叙述される︒﹁︿待人来る﹀ー美濃部前夜ー﹂︵第二節︶︑

﹁︿蜜月の時﹀ー美濃部第一期ー﹂︵第三節︶︑﹁︿人情の時﹀ー美濃部第二期ー﹂︵第四節︶︑﹁︿清算の時﹀ー美濃部第一︱︱

期ー﹂︵第五節︶︑﹁︿そして古巣へ﹀ー美濠部後ー﹂︵第六節︶︒

そして︑本論文の結び︵﹁エピローグ﹂︶において著者は︑美濃部﹃回顧録﹄と美濃部時代の組合幹部の座談会発言を引用対照し︑

﹁本論冒頭の問題状況を︑美濃部革新都政の文脈において鮮やかに浮かび上がらせて﹂いる︒

︿美濃部回顧録﹀﹁私が意図したのは[中略]民主主義を都政に実現すること︑すなわち﹃都民不在の都政﹂から﹃都民の都

大都市圏政治の研究をめぐって

(

(11)

る場合があってもいいのではないかと思うのである﹂︒

一層明らかとなる︵住民訴訟は地方自治体における株主代表 政﹄に転換するという点に︑革新の意義があると考えた0[中略]自治体労組の本当の意味は︑都民にとって何が利益かを議論す

るところにあるとも思う︒そうであれば︑労組としては仮に不利益を招来することが予想されても︑都民のために自らが犠牲にな

︿労組幹部回顧談﹀﹁いまの社会では合理化は永久に続くと理解しなければいけません︒だから︑労働組合にとって合理化との

闘いは常にあるものだ︒したがって闘争はなくならないと思い込まなければいけないだろう

o

[

中略]機械化絶対反対ね︒あれ︑

ぼくはナンセンスと思ったよ︒それでもやらなければまとまらないわけだから︑とにかくやって︑やっぱり無理なんだということ︑

そういうわかり方について指導者として︑闘い方の判断をしたわけね﹂︒

本論文は︑論文冒頭に提示された視点を軸によく構成された美濃部革新都政論である︒著者が言うように︑労使関係を軸にする

というのは中央地方を問わず︿革新政府﹀を分析する際の特権的な視点だということを説得的に理解させてくれる出色の論文だと

結局︑労働勢力︵労働組合︶は︿野党﹀勢力であるときに︑もっとも︿座りがよい﹀という結果になったわけであるが︑︿経営

側﹀︵この場合は地方政府

1 1

地方自治体︶に対峙して︿被用者﹀の利益を守るというのが労働組合の基本的な役割である以上︑当

然ではあろう︒株式会社において︑︿株主の要求﹀をまず配慮して︿組合員の要求﹀を抑制する労働組合が存在しないのと同様︑

地方自治体においても︑︿組合員の要求﹀よりも︿株主﹀すなわち︿住民︵市民︶﹀の要求を優先させる労働組合の存在を期待する

ことにはもともと無理が伴うのである︒︿革新勢力﹀が野党にあるときは︑ともに保守の地方政府と対決するという点で共闘しえ

た︿労働組合﹀と︿市民運動﹀は︑予定調和的に利害が一致するわけではなかったのである︒両者の乖離は︑一九九

0

日本での︿株主主権﹀思想の浸透と軌を一にするかのように︑地方自治体理事者だけでなく労働組合も含む︿経営体としての地方

自治体﹀の仕事ぶりに︿市民運動﹀の批判の矛先が向けられたとき︑

訴訟である︶︒革新自治体の経験は︑このことを先取り的に示したものでもあった︒

0

0

(12)

0

最後に︑﹁東京都政とマスメディア﹂︵蒲島郁夫/加藤隆︶を見てみよう︵なお著者のひとり加藤氏は都庁職員で在職中筑波大学大学院で学んだ経験の持ち主である︶︒

﹁地方政治とマスメディアの関係については[中略]これまでなかなか研究が進んでこなかつた﹂

o

とりわ

I t

報が東京に止まらず全国︵あるいは首都圏︶に広がってしまうため︑都政とマスメディアの関係がどうしても希薄にならざるを得

ない︒同時に︑東京で顕在化した問題は︑マスメディアを通して日本全体の問題になるという宿命を背負っている﹂という特殊事

( 5 )  

情ゆえに一層そうだという︵東京には﹁地方紙﹂﹁地方局﹂がない︶︒そこで本論文では︑まず︑︿どうなっているのだろうか﹀︑と

いうところに重点が置かれる︒

東京都庁とマス・メディア﹂では︑﹁都庁のメディア事情﹂が紹介される︒﹁他に政治的資源がなかった﹂ために︑

﹁マス・メディアを最大限に利用した﹂美濃部知事などとは違って︑﹁一般的に︑官僚出身の知事は内部の根回しに神経を使うた

め︑マス・メディアに情報が筒抜けになることを好まない﹂︒﹁国レベルの政治では︑政府高官から意識的に情報がリークされ︑観

測気球として用いられることがよくあるようだが︑地方レベルではまれである﹂︒その理由は︑﹁地方の政策には自由があるように

見えながら︑実際は法律や財政制度によって中央政府のさまざまな規制を受けており︑地方独自の考えで事業を実施することが難

しいこと︑国の抽象的な政策と異なり直接住民の利害に絡む具体的な施策が多いため︑決定前の情報漏れは実施の障害になること

が多いこと﹂があげられる︒

都庁︵関係者︶が﹁もっとも活用﹂しているのは新聞である︵ただし﹁テレビ局の報道局並に東京の全放送局の番組を常時

チェック﹂する部署を備えているという︶︒多くの興味深い事実が紹介されている中からいくつか拾えば︑例えば︑政党や組合機

関紙である︒職員向け庁内紙﹃週刊とちょう﹄も重要だとは言え︑﹁一般職員にとっては︑組合機関紙が重要な情報収集手段の一

つ﹂だという︒また﹁都庁の管理職の一部でも職員組合との付き合いや情報収集のため︑赤旗や他の政党の機関紙を購読している

大都市圏政治の研究をめぐって

(13)

流れに大きな役割を果たしている﹂のである︒

0

場合がある﹂︒なかでも注目すべきは﹁業界紙﹂

1 1

﹁都政専門紙﹂の存在である︒かつてはいささか怪しげな部分もなくはなかっ

た業界紙の世界も一九六五年︵都議会測新選挙の年︶の頃から﹁近代化﹂が進み︑かなり整理されて今日に至っているらしい︒そ

の代表格が︵本書刊行当時で︶四五年の歴史を持ち︑都庁・市町村職員購読者を中心に三万部を発行する﹃都政新報﹂である︒こ

の業界紙事情を含めて︑取材する側の事情を説明したのが︑﹁第二節取材体制とメディア対策﹂である︒

さすが都庁と言うぺきか︑﹁記者クラプ﹂が二つもあって︑二ニ社︵登録一四

0

名︶が所属しているということだが︑やはり

﹁都政専門紙﹂事情がとくに興味を引く︒その代表とも言うべき﹃都政新報﹂は記者一

0

名程度と小規模だが︑﹁内容は専門紙の

名に恥じない程度に充実﹂しており︑﹁職員への情報提供手段として有効﹂である︒﹁記者クラプに加盟せず︑報道規制︵自主規

制︶がかからない﹂というのは︑都庁にとっては︿扱いに注意﹀であろうが︑﹁一般日刊紙では書き切れない裏側からの解説や都

政全体への影響︑都内市区町村の横断的比較など︑他のメディアからはなかなか得がたい情報﹂は貴重であり︑﹁一般日刊紙でも

﹃都政新報﹄の記事を参考にすることがある﹂︒﹁都庁内の年中行事︵予算・人事・議会︶や役所内部の﹃しきたり﹄に通じている︒

都庁内の情勢に明るくなってきたと思ったころに︑一!二年のローテーションで異動してしまう一般日刊紙等の記者に比べると︑

材科の取り扱い︑取材先の選定等のノウハウの蓄積があり︑取材も手慣れている﹂︒この辺りの説明を読むと︑︿一般紙記者

1 1

リア官僚︑業界紙記者

1 1

ノンキャリア官僚﹀と連想が走る︒

購読者の地道な獲得にも工夫し、「東京都•特別区職員の昇任試験対策記事で読者の確保に努めている」。「途中経過や解説も含

めた記事の構成などから︑一般にはなかなか見えにくい政策過程をダイナミックに捉えるためには有効﹂であり︑﹁興味をもって

注意深く読むと︑都政のかなりの部分が見えてくる﹂︒﹃縮刷版﹄まであるという︒このような︿立派な﹀業界紙が生まれる︵すな

わち︑その必要性がある︶というのは︑さすが都庁と言うべきであろう︒都庁のような大規模な組織になってくると︑﹁職員を対

象とした情報提供は[中略]維織内の公式ルートだけでは非常に困難になる0[中略]有力な専門紙があることは都庁内の情報の

(14)

政策過程とマス・メディア﹂では都庁の政策決定の流れの中でメディアがどのような位置を占めているのかが論じら

れるが︑やはり行政側からの具体的な苦労話が面白い︒都庁の場合︑情報操作︵特定メディアヘの意図的情報リーク︶は少ないが︑

それは﹁他のメディア︵ライバル社︶からのしっぺ返しが予想され﹂﹁長期的な友好関係﹂にヒビが入るからである︒﹁議会に関連

する問題は︑︵先に新聞等に出てしまわないよう︶

議員の支持者に利害関係がある場合など︑あらかじめ根回しや挨拶をしておくことも必要となる﹂︒﹁行政側は︑議会に情報を出せ

以上の説明を踏まえて︑第四節の﹁ケース・スタディ﹂で都政がマス・メディアで大きく取り上げられた事例を二件︑﹁拡声器

による暴騒音の規制に関する条例﹂制定経過と﹁半透明化を中心にした新しいゴミ出しのルール﹂の実施経緯を取り上げる︒これ

らは﹁その経緯や最終的な決着のつけ方がかなり異なった点で対照的な事例﹂であり︑﹁一方は事前の情報流出を必要最小限に押

さえつつ︑議会で正面から強行突破し所期の目的を達成し︑他方は︑都民からの批判をまともに受けとめ︑多少の紆余曲折と方針

変更はあったものの最終的にはこれまた所期の目的を達成している﹂というものである︒いずれも東京都の政策過程におけるマ

ス・メディアの位置と言うものをうまく浮き彫りにしている︒

結論として言えるのは︑﹁一般メディアは︑受け手となる都民・広く国民一般へ強い影響を与えており︑その意味で都政への影

響力も大きい︒都庁は常にその報道・評価に一喜一憂することになる﹂︒﹁メディア側は︑︵とくに社会部の記事としては︶記事と

しておもしろいかどうか︑読者に受けるかどうかが判断の中心になってくる︒記者は地方版では満足せず︑少なくとも社会面に︑

場合によっては第一面に大きく取り上げられるように記事を厳選してしまう傾向がある︒このことから︑都庁の政策担当者が重要

と考えていることが︑記者の琴線に触れない場合が多い︒また一般に記者が短期間で異動してしまうため︑専門的な知識が十分な

いままに記事を書かざるを得ない﹂︑と︒

大都市圏政治の研究をめぐって ばある程度外部に漏れることは覚悟している﹂など︒ 一般の情報コントロールとは別の神経を使う︒とくに︑うるさ型の議員や特定

本論文が︑一般には知る機会の少ない︵秘密にされているわけではないが︶情報をまとまった形で紹介している点︑そのこと自

0

(15)

(1

) 

の政治﹀について調ぺてみようではないか︒

一九九四ー一九九五年︑編集委員る東郷尚武/御厨貴/村松岐夫*東 も研究論文としての︿距離﹀を確保しつつ︑活写している︒ユニークな︑優れた論文である︒

体まことに貴重である︒神益するところ非常に大きい︒実際︑ここで提供されている事実そのものがまず面白い︒その上で︑地方

政治の政策過程におけるマス・メディアの位置︑︿情報﹀の位置というものを︑現場経験者ならではの︿臨場感﹀をもって︑しか

( 6 )  

このシリーズには他にも興味深い論文が多々あるが︑評者の差し当たっての関心との関係で紹介検討は以上で止めざるを得ない︒

本稿の結びにかえて︑シリーズ全体の特徴について若干の感想を記しておきたい︒本シリーズ第二巻以下の﹁各論﹂に対して﹁東

京総論﹂の位置を占める﹁第一巻の編集にあたって﹂において︑御厨氏が幸田露伴﹃一國の首都﹂︵﹁具体的な東京のインフラスト

ラクチュアのあり方について﹂語り﹁卓越した実務家の面目を示し﹂つつ︑なぜか﹁売淫史を含めた風俗の議論にとんでしまう﹂

﹁屈指の奇文﹂︶について詳しく語り︑さらに巻末に﹁東京の社会・風俗史﹂の座談会を設けて︑この分野の達人たち︵川本三郎︑

鹿島茂︑森まゆみ︶に談論風発させているところからもうかがえるように︑本シリーズは︑各部分が︿社会科学的に﹀厳密に体系

( 7 )  

化された全体の一部を構成するというスタイルをとっていない︒人文的香りも漂う︑ゆるやかな共同作業といった趣である︒大都

市研究における厳密な理論的寄与︑理論の検証構築を追求する向きには︑物足りないかもしれないが︑私自身︑このスタイルは嫌

実際︑ここで紹介検討してきたいくつかの論文からもうかがえるように︑例えば︿大阪大都市圏の政治﹀研究にとっても︑示唆

するところが多く︑ヒントが散らばっていると言えよう︒ここで論じられた問題について︑東京以外の大都市圏では︑どうなって

いるのか︑またここで用いられている図式・視点の有効性はどうなのか︑とたちまち思うからである︒まずは︑様々な︿大都市圏

0

(16)

大都市圏政治の研究をめぐって

0

郷氏は都庁

O B )

第一巻ぶ岬厨貴編﹃都政の五十年﹄︑第二巻芯村松岐夫編﹃東京の政治﹄︑第三巻る御厨貴絹﹃都庁のしくみ﹄︑第四巻益仲 野直彦絹﹃都市を経営する﹄︑第五巻二東郷尚武編﹃都市を創る﹄︒

(2

) 本論文は︑︿物語﹀として読みごたえがある反面︑︿理論的枠組み﹀?的なものが明示されていないため︑すっきりと整理 された形で印象に残らない嫌いがある︒他方︑この論文の翌年に出た同著者の﹃東京﹂︵﹁二

0

世紀の日本﹂第一

0

巻︑読売

新聞社︶に︑本論文を第二部︵七六ーニ

0 1

︱頁︶として収録するに際して︑著者は総論的部分を加筆しているが︑そこでは

都知事のもつ﹁象徴性﹂と﹁実務性﹂と言う二項対立固式を設定し︑概括的な説明を行っている︒二項対立図式を取り入れ た分︑この都政念物語﹀がすっきりと理解しやすくなっているので︑本稿でも︑説明に際して︑この図式を補助線として用

(3)都知事選挙そのものについては︑第二巻第一章の﹁﹁首都決戦﹂の系譜

谷紀一郎︶および同巻解説﹁東京都知事選﹂︵土岐寛︶に事実経過が分かりやすく整理されている︒

(4

)

鈴木都政以後については︑注

(2

)であげた﹃東京﹄において︑一九九五年の都知事選が本論文に追加する形で言及されて

いる︒﹁生涯知事鈴木以外の知事像﹂がイメージできない﹁知事の大空位時代﹂での知事選となった九五年の選挙では︑各 候補者がどのような知事イメージを提示しても矮小に見えてしまうという状況が出現した︒その結果︑選挙戦を一切せず︑

積極的に知事イメージを形成しようとしなかった青島幸男が勝利を得ることになった︒美濃部のような﹁反⁝⁝﹂ではない︑

﹁非⁝⁝﹂の気分の横溢する中で︑﹁非﹂の﹁象徴性﹂を体現する青島が︑この﹁気分﹂にもっとも適合したというわけで ある︒以下は評者の思いつきだが︑この図式を敷延してみると︑︿青島ーノック現象﹀とひと括りに語られてきた政治現象 もいささか違った姿を現してくる︒すなわち︑一切の選挙戦をしなかった青島とは違って︑横山ノックの場合は︑既成政党 と関連団体による組織選挙という︿政治プロ﹀の選挙戦に対して︑︿反プロ﹀︿反権威﹀を押し立てて︑その︿アマチュア ( 1 1

庶民︶﹀性を強調する積極的な選挙戦を展開した︵︿自転車漕いで路地裏廻り銭湯で背中を流す﹀手作り選挙選のパ

フォーマンス︶︒その意味でノックは﹁反:::﹂の﹁象徴性﹂を体現していたということになる︒このことは︑少なくとも 一九七九年の岸府政以後︑大阪府知事はもっぱら﹁実務性﹂を体現しており︑鈴木都知事のごとき﹁象徴性﹂と﹁実務性﹂

を兼ね備えた︿大物知事﹀が不在であったことを反映しているのであろうか︒あるいは一九四三年の都制実施の結果︑東京

(17)

(

0 )

は大阪や京都と同格の東京府ではなくなり︑少なくとも象徴レベルでは別格の都となったことで︑その長たる都知事も﹁象 徴性﹂を帯びやすくなったのであろうか︒いずれにせよ︑﹁象徴性ー実務性﹂というのはかなり使える図式だということに

(5

) 大阪の場合も︑スケールでかなり劣るとは言え︑同様の問題がある︒大阪府のみを対象とする﹁地方紙﹂や﹁地方局﹂は ない︒新聞では近畿中四国一円あるいは西日本全体を対象とする全国紙の大阪本社発行版しかなく︑テレビでは近畿一円を

エリアとする﹁準キー局﹂しか存在しないのである︒

(6)とりわけ第二巻第一二章の﹁東京都議会の運営と機能一九六五年﹁刷新都議会﹂を中心として﹂︵坂本孝治郎︶は 地方議会をめぐる本格的な事例研究として重要である︒地方議会に関する他のいくつかの論稿とともに別稿で検討したい︒

(7

) このスタイルでの大都市政治研究と言えば︑やはり三宅・村松絹﹃京都市政治の動態﹄(‑九八一年︶が代表的な業績で ある︒手法的にも﹃京都市政治の動態﹄は︑面接調査資料にもとづく行動科学的定量分析の比重が大きく︑定性的な﹃都

政﹄シリーズとは異なる︒

本稿の元となったのは︑関西大学法学会・政治学研究会︵二

000

年︱一月九日︶で評者が行った報告である︒貴重な

ご意見を下さった出席者の方々に謝意を表したい︒また評者は︱

1 0 0

一年度から関西大学法学研究所において﹁大都市

圏政治﹂に関する共同研究に従事することになったが︑本稿はそのための準備作業の︱つでもある︒

0

参照

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