租税抵抗から考える日本の税・社会保障――
著者 佐藤 滋
雑誌名 東北学院大学社会福祉研究所研究叢書
号 11
ページ 75‑81
発行年 2017‑03‑15
URL http://id.nii.ac.jp/1204/00024138/
選別主義的社会保障は人々を貧困から救うか?
――租税抵抗から考える日本の税・社会保障――
佐 藤 滋
1.弱い者が弱い者を叩く構図
「でも生活保護とかズルくないっすか?」――貧困家庭で育った25歳の若 者は、貧困問題を取材するルポライターに対してこのように言いはなった という(鈴木 2016)。直後、ルポライターはこの若者に生活保護の重要性 について手を変え品を変え説得するが、彼は簡単には納得しない。この若 者はたしかに思いやりの気持ちが欠け、生活保護を受給せざるを得なく なった多様な人々の事情を察する想像力を持っていないようにみえる。こ のルポライターでなくとも説得の一つでも試みたくなるだろう。
しかし、彼の気持ちが「分かる」という人も多いのではないだろうか。思 えば、2013年に生活保護法が改正され、不正受給の罰則強化が行われてい る。みな、程度差はあれ「ズルい」と思っていなければこうした改正は実 施されようもない。
生活保護バッシングが生じる背景の一つには、日本の社会保障が年金に 傾斜し、現役世代を支えるものになっていないということが挙げられる
(図表1)。日本の社会保障費は急速に増大しているが、それはほぼ高齢化 要因で説明できてしまう。また、現役世代は老齢期に備えるための保険料 支払いによってかえって貧困の度を強めてさえいる(図表2)。
図表2 世帯別にみた社会保障制度の貧困削減効果
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図表1 公的社会支出の内訳とその推移(対GDP比,%)
2011年 2000年 1990年 1980年
23.1 16.3 11.1 10.3 公的社会支出合計(21→14)
10.4 6.8 4 3
老齢(22→7)
8.8 6.1 3.9 2.9 現金給付合計
8.7 6.1 3.9 2.9 年金
0.1 0 0 0 その他現金給付
1.6 0.7 0.1 0.1 現物給付合計
1.6 0.7 0.1 0.1 老人ホーム / ホームヘルプ・サービス
0 0 0 0 その他現物給付
1.4 1.2 0.9 1 遺族(8→12)
1 0.8 0.6 0.6 障害・労災・傷病(22→28)
7.7 5.8 4.4 4.4 医療(16→7)
1.4 0.6 0.4 0.5 家族(22→26)
0.2 0.3 0.3
..
積極的労働市場(18→29)
0.3 0.6 0.3 0.5 失業(13→28)
0.1 0 0 0 住宅(16→24)
0.5 0.1 0.1 0.2 その他(15→17)
21.4 18.9 17.6 15.5 OECD平均
出所)OECD,SocialExpenditure Databaseより作成。
出所)OECD,
Empl oyme nt Out l ook,
2009より作成。加えて、雇用そのものが劣化し、働いても貧しい者たちが顕著に増大し てきたこともある。ここ20年で所得の中央値は120万円以上下落し、100~
200万、200~300万円の所得層が大幅に増大してきたのである(図表4)。
そうなれば当然、貧困率も上昇することになる。図表4は1985年から2012 年までのおよそ30年間の貧困率の推移を示したものであるが、25歳までの 貧困増大には目を見張るものがある。生活意識の面でも、約20年間で「や や苦しい」「大変苦しい」と答えるものが増え、「普通」とするものが大幅 に減少した(図表5)。いまや生活の苦しさは国民が全般的に共有するもの になっているのである。
図表3 所得金額階級別にみた世帯数の相対度数分布
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2 4 6 8 10 12 14 16
1995ᖺ 2015ᖺ (%)
1995ᖺ䛾⤥䛾୰ኸ್䠙550
出所)厚生労働省(1996,2015)『国民生活基礎調査』より作成。
図表4 年齢層ごとの貧困率とその推移
0%
5%
10%
15%
20%
25%
30%
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1985ᖺ 1995ᖺ 2003ᖺ 2006ᖺ 2009ᖺ 2012ᖺ
出所)OECD,SocialExpenditure Databaseより作成。
他方で、総務省の『家計調査』によれば、若年世代の貯蓄率は増大して きた。「2人以上世帯のうち勤労者世帯(24歳未満)」についての貯蓄率を みると、2001年の20.3%から2014年の32%へと大幅に増えている。貧困化 が進展したのにも関わらず貯蓄率が増大した理由は、現役世代に対する社 会保障が脆弱であり、生活リスクを自己責任的に引き受けている証左であ ろう。「自力で生きていけない人たちを、国や政府は助けるべきか」という 国際世論調査の結果をみても、「完全に同意する」と答えた人々の割合は群 を抜いて低い。
自分は貧しくとも一生懸命働いているのに、なぜ働かない彼らだけが生 活を保障されているのか。弱いものを弱いものが叩く構図は、このように 生みだされている。
2.貧困を強める選別主義的社会保障
生活保護を受給する貧困層にバッシングが集中するのは、日本の生活保 護の制度的な特質も関係している。生活保護を受給する際には、所得基 準、資産基準、扶養義務基準の三つの基準をクリアしなければならないが、
これらは他国に比して厳しくなっている。結果として捕捉率は15~20%程
図表5 生活意識の変化
0 10 20 30 40 50 60
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1995ᖺ 2015ᖺ
出所)厚生労働省『国民生活基礎調査』より作成。
度と推測されている。しかし、日本の場合、給付水準は国際的にみて高い
(埋橋 1999)。社会全体が貧しくなるにつれ、生活保護受給者に対して厳 しい目線が向けられるようになってきたのにも理由がないことではない。
選別的な社会保障制度が充実している国で、かえって高い貧困率が現象 化してしまうことは、学術的には「再分配のパラドックス」として知られ ている。対して、貧困率が低い国では、所得にかぎらず誰もが利用できる 普遍的な社会保障制度が充実している。これは常識とは反するように思わ れるが、社会保障制度への信頼を税負担者から勝ち得、サービス水準全体 の底上げに成功していることが関係している。逆にいえば、一部の貧困層 にのみ社会保障制度を提供してしまうと税負担者の「租税抵抗」を高め、
サービス全体の引き下げにつながってしまうのである(佐藤・古市 2014)。
日本の租税抵抗は国際的にみて強く、租税負担率もまた世界で最低水準と なっている。2013年の生活保護法改正もこうしたことが背景にあったと思 われる。
図表6 租税抵抗の国際比較 出所)佐藤・古市 2014。
低所得者 中所得者
高所得者
軽い 適切 重い 重い 適切 重い 軽い 適切 重い
5.6 29.8 64.7 0.9 22.5 76.6 46.5 26.8 26.7 フランス
3.3 26.1 70.6 2.2 24.0 73.9 39.9 26.8 33.3 カナダ
1.8 17.3 81.0 1.6 32.9 65.5 46.8 33.1 20.1 スペイン
0.8 25.6 73.6 2.2 34.5 63.3 28.5 29.4 42.2 オーストラリア
7.4 16.6 76.0 5.1 33.2 61.7 61.3 20.2 18.4 日本
2.0 28.1 70.0 2.0 40.5 57.5 51.3 25.2 23.5 アイルランド
5.6 32.3 62.1 3.9 39.0 57.1 56.7 27.1 16.2 アメリカ
0.9 17.5 81.7 2.4 41.9 55.7 39.5 32.6 27.9 スウェーデン
1.0 21.4 77.7 1.6 48.3 50.2 44.3 31.7 24.0 ノルウェー
1.2 29.6 69.3 1.4 48.7 50.0 51.1 31.8 17.1 オランダ
0.8 29.6 69.6 1.1 51.1 47.8 63.7 29.5 6.9 スイス
0.6 23.7 75.6 2.0 50.9 47.2 45.1 38.3 16.6 フィンランド
1.1 22.9 76.0 4.5 49.1 46.4 62.9 25.1 12.1 ドイツ
2.3 28.8 68.9 4.4 49.9 45.8 31.8 40.6 27.6 イギリス
1.2 30.1 68.8 2.5 53.7 43.8 27.8 38.3 33.9 デンマーク
2 25 73 2 40 58 45 30 24 平均
(単位:%)
3.すべての人を包摂する普遍的な社会保障制度を
日本と社会保障給費の水準があまり変わらないイギリスでは、公的扶助 バッシングの高まりを受けて公的扶助を分割し、なるべく多くのものが利 用できるような社会保障制度改革を進めてきた。図表6はユニバーサル・
クレジット導入前におけるイギリスの社会保障制度を模式図として示した ものである。イギリスでは公的扶助の対象は極めて狭くなっており、これ を利用するものは現在はひとり親世帯にほぼ限られている。ほかの世帯 は、例えば稼働低所得世帯であれば給付付き税額控除を、高齢者世帯であ れば年金クレジットを、障害者世帯であれば各種支援手当を、失業者であ れば求職者手当をそれぞれ受給することで生存保障がなされる。さらに、
何といっても世帯・年齢構成に関係なく給付される住宅手当や無料の医療 制度であるNHSがあることが大きい。
日本においても、生活扶助、住宅扶助、教育扶助、生業扶助、医療扶助、
介護扶助、出産扶助、葬祭扶助という8つの扶助から構成される生活保護 のいくつかを分割し、普遍化していくという戦略により制度への信頼を高
図表7 イギリスの社会保障制度の模式図
め、租税抵抗を回避していくという案を採用することは十分に考えられ る。その場合、最低所得保障年金の導入のほか、医療、介護、教育の無償 化が基本的な方向性のように思われる。また、現役世代の生活保護受給者 が増大していることを考えれば、働く低所得世帯を支える給付付き税額控 除を導入することで、生活保護による「丸抱え」が引き起こすバッシング は緩和可能であろう。
弱い者が弱い者を叩くという不合理から脱却し、人々の生存と尊厳を守 るにはどうするのがよいのか。様々な議論が戦わされるべきである。
参考文献
井手英策「調和のとれた社会と財政 ソーシャル・キャピタル理論の財政 分析への応用」、井手英策・半田正樹・菊地登志子編『交響する社会
「自律と調和」の政治経済学』ナカニシヤ出版、74~108頁。
埋橋孝文(1999)「公的扶助制度の国際比較 OECD 24カ国のなかの日本 の位置『海外社会保障研究』第127号、72~82頁。
佐藤 滋・古市将人(2014)『租税抵抗の財政学 信頼と合意に基づく社会 へ』岩波書店。
鈴木大介(2016)「若い貧困者が「生活保護はズルい」と思うワケ 生活保護 者は、働かずに飲んだくれている?」『「貧困報道」は問題だらけだ』東 洋経済オンライン、http://toyokeizai.net/articles/-/132459。