共 同 研 究 尾 張 聖 徳 寺 資 料 の 研 究
蒲 黒 青 渡 小 池 田 木 追 島 勢 佳
信 恵
至 世 馨 和 昭
手捲公俊︑市村孝之︑岩田竜英︑山下正史の諸氏が調査にあたった︒
なにゆえに名古屋別院に次いで重点的に聖徳寺の調査が行われたかと
いうと︑元禄三(一六九〇)年に尾張藩二代藩主光友によって名古屋御
坊開創が許可される時点において︑当寺は尾張藩領の束本願寺派寺院の
筆頭格であったからである︒今日では別院と称されるが︑それは本山直
属寺院で当時は門末との関係において御坊といい︑また幕藩権力との関
係において掛(懸)所︑兼帯所といった︒近世幕藩体制のもとに本山を
中心とする教団組織が整うにつれて︑御坊とか掛所といわれた寺院が開
創されていった︒御坊・掛所が開創されると︑それまでそれぞれの天領・
藩領の同宗派寺院を統制支配するため同宗派有力寺院が触頭という職制
に任命されていたが︑御坊・掛所がこれにかわっていた︒触頭は本来︑
支配者との交渉機関であったので︑その任命は各領主によってなされて
いた︒さらに触頭は触下の寺院と本山との交渉にも利用されるように
なっていき︑本山によって任命される触頭もできた︒尾張藩の場合︑名
古屋御坊が開創されるまで︑聖徳寺︑眼光院︑守綱寺の三ヵ寺が国法・
寺法ともに触頭であったが︑その後御坊がこれにかわった︒
聖徳寺はもと尾張国葉栗郡大浦郷にあった︒この地は天正十四(一五
八六)年の木曾川大洪水以後︑美濃国に編入され︑現在は羽島市正木町
大浦となっている︒寺地は洪水や戦火のためたびたび移転した︒寺伝に
よると︑尾張国中島郡苅安賀へ︑ふたたび葉栗郡大浦へ︑次いで中島郡
富田へ︑そして美濃国羽栗郡三ッ屋を経て︑慶長八(一六〇三)年尾張
九九
は し が き
本号に﹁尾張聖徳寺資料の研究﹂を掲載することになったその経緯を︑
以下に記しておきたい︒
研究対象の聖徳寺は名古屋市中区錦三丁目十一番十三号に所在する真
宗大谷派寺院である︒もともと当寺の資料調査が行われることになった
のは︑真宗大谷派名古屋別院の開創三百年を記念して﹁名古屋別院史﹂
が編纂されることになったことに関連する︒本研究所はおなじ宗派の関
係学校の付属研究機関として︑﹁名古屋別院史﹂史料編の編集を担うこ
とを委嘱された︒まず名古屋別院の資料調査から始めたが︑その資料の
なかに別院開創にあたっての記録を名古屋市内所在寺院の文書から書き
写したものがあった︒そこでその文書の所在を確認のため各寺院に赴い
て資料調査を行うことになった︒名古屋別院は第二次世界大戦の戦禍に
あったが︑おなじく調査対象となった寺院も戦禍にあっていた︒建物は
焼失したが︑名古屋別院の資料が戦禍をまぬがれたように︑おおくの寺
院でそのまま資料が保存されていた︒とくに聖徳寺の場合︑開創三百年
の名古屋別院よりも歴史的あるいは量的にも貴重で大量の資料が襲蔵さ
れていた︒当寺の資料調査は延べ何十日にわたり︑また調査員として本
研究所の織田顕信所員︑蒲池勢至研究員︑渡辺信和研究員︑青木馨嘱託
研究員そして所員の小島恵昭︑史料整理協力者として同朋大学卒業生の
はしがき
一〇〇
ことさら聖徳寺が格別の寺院であったことは︑幕府から朱印地を拝領
していたことである︒正保四(一六四七)年当寺は美濃国加茂郡稲口村
に朱印地を得て︑本寺を移転し︒名古屋の寺を兼帯所とした︒天正十七
(一五八九)年豊臣秀吉朱印状によって美濃国羽栗郡三ッ屋村に寺地を
得ることができたが︑慶長七(一六〇二)年洪水のため流失した︒慶長
の朱印地流失以来の当寺歴代住職の替地申請によって︑幕府から朱印地
を得ることができたのである︒また旧地富田に通所浄慶寺をおき︑名古
屋の聖徳寺寺中(地中)として理相寺のほか︑中島郡を中心として末寺
四十六ヵ寺があった︒
今回︑聖徳寺を研究対象とする特集を組むことになったのは︒現住小
笠原長晴師の寺史編纂のご希望があったからである︒当寺の資料調査は
いまだ完了していないが︑とりあえず史料翻刻の第一回目と法宝物目録
稿を掲載し︑寺史編纂の基礎研究としたい︒本号の報告者は蒲池勢至︑
渡追信和の両研究員︑青木馨︑黒田佳代の両嘱託研究員そして所員の小
島である︒
なお︑当寺がまもなく現在地から移転することを聞き及んでいる︒当
寺の移転を繰り返してきた歴史からすれば︑繁華街となっている現在地
から新天地をもとめることも不自然ではない︒今後の寺運の発展を期待
する︒また末尾ながら︑資料調査を快諾していただいている現住をはじ
め聖徳寺の方々に謝意をあらわすところである︒ (小島恵昭 記) 同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号
国春日井郡清須に移転したという︒本願寺から下附された絵像の裏書に
記される寺地の所在地も︑この寺伝と合致する︒慶長十五年名古屋城の
築城が始まり︑同十七年には城下の検地割が行われ︑清須から名古屋へ
の城下町の移転が本格化した︒この慶長の清須越の時︑当寺は東寺町に
転入したが︑寛永十五(一六三八)年城下町の中心部の碁盤割内(現在
の中区丸の内・錦)の松本町(後に富沢町と改称)に寺地を得た︒これ
がいま名古屋の繁華街となっている現在地である︒
聖徳寺は織田信長と斎藤道三の会見場所として著名である︒﹃信長公
記﹄には︑天文二十一 (一五五二)年織田信長は斎藤道三と︑﹁富田の
聖徳寺﹂で会見し︑﹁富田と申し所は︑在家七百間もこれある富貴の所
となり︒大坂より代坊主を入れ置き︑美濃・尾張の判形を取り候て︑免
許の地なり﹂と記される︒聖徳寺の寺内町富田が形成されていたことを
知れる︒寺内町は自治組織をもち︑領主から自由な商業取り引きを保証
されていた︒また誕如上人(天文二十三年・一五五四歿)の﹃天文日記﹄
によると︑聖徳寺は石山本願寺での斎に常住衆(定住衆・定衆)として
相伴した︒常住衆は本願寺血縁寺院の一家衆に次ぐ︑地方寺院の惣代的
地位にあたり︑本願寺に常勤していたものらしい︒しかし︑聖徳寺は長
島一向一揆や︑石山本願寺の対信長戦には︑参加しなかったらしい︒聖
徳寺宛ての十一月十三日付け信長書状があり︑この書状の年は不詳であ
るが︑信長は一向一揆が方々で蜂起したが当寺がこれに加担しなかった
ことに満足の意をあらわしている︒
九九
一〇二
I○三
一 一九 はしがき
次 目
一
凡
法 宝 物
図
解
一
二 一三五
一三六
一三八
一三九
一四四
一四四
一五六
一六七
題
⁝⁝⁝⁝ 一三五
由 緒 書 ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝ ⁝⁝
三
惣 末 寺 五 尊 御
四 縁起ならびに
刻
由 緒
争一二
聖 徳 寺 小 笠 原
三
惣 末 寺 五 尊 御
一〇一目 次
例
一︑ここに収録するものは︑当研究所が真宗大谷派﹃名古屋別院史﹄編
纂事業の中で︑昭和六一二︿二年度に調査した聖徳寺(名古屋市中区
錦三丁目十一番三号)所蔵の史・資料である︒
一︑目録は左記の方針で作成した︒
a 全て調査時の記録に基づいて目録化した︒
b 所蔵されている史・資料は︑大別すると掛幅軸装品・冊子装文 b 同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号一〇二
を示す︒[マ]はマイクロ︑[ネ]はネガフィルムのことである︒
一︒図版は目録と対応させるため︑件名の最後に括弧で目録番号を付し
た︒例えば︑1-16とあれば︑1掛幅軸装品の一六親鸞聖人御影裏書
となる︒
一︑翻刻史料は未刊のものを原則とし︑今回は聖徳寺の寺史に関わる由
緒書・縁起類と本末関係の一部にとどめた︒また︑左記の方針で記し
た︒
a 漢字は原則として通行体を用いた︒
凡
d 用字は﹁江﹂﹁而﹂﹁玉フ﹂﹁合﹂﹁﹁I﹂などは原態通りとし︑﹁子﹂
は﹁ネ﹂に訂した︒明らかに誤字と思われるものも︑そのままと
し︑特に注記しなかった︒
e ﹁惣末寺五尊御裏留﹂では︑各寺院の最終行下に﹁-以上○○寺﹂
と表記して区切りを明確にした︒
一︑本共同研究は小島恵昭・渡追信和・蒲池勢至・青木馨・黒田佳世の
分担執筆によった︒目録および図版は蒲池が担当し︑翻刻については
解題末尾に担当者名を示した︒(一・七) ︻ス一二︼あるいは (四・一四七) [マ三六七四]︑﹁ネ﹂
とあるのは︑調査表と撮影フィルムとの対照番号である︒例えば︑
(一・七)は調査表の分類1番の7頁︑﹁スーニ﹂はスライドの陥12
e
改行は原態通りではなく︑必要と思われるところのみとした︒
原 本 で 判 読 不 能 の も の は [︲ ]]で 示 し ︑ 墨 消 は 判 読 し た 上 に 二 重
線を引いて示した︒ 書・一紙文書・刊本であるが︑今回︑目録化したものは掛幅軸装
品のなかで寺宝物関係︑冊子装文書で由緒・縁起関係と本末関係
のみである︒冊子装文書には︑別院関係・触頭関係・寺記録(日
記)・宗門改関係・寺社奉行関係・法要関係など大量の文書が蔵
されているが︑目録化し得なかったことを特に断っておく︒一紙
文書は未調査のままである︒
C 件名については寺院での名称(呼称)を尊重したが︑一部統一し
た︒
d 法量の単位センチメートルは略した︒
C
本尊
本願寺歴代絵像・絵伝
一 一
(1)
(2)
四 十字名号 一二 方便法身尊像 (3) 本願寺法主等関係法物
(4) 聖教・御伝紗・御文・書状
(5) 講師 (6) 聖徳寺歴代似影・書状
2 冊子装
物 目 法 宝 録 稿
方便法身尊像 1 掛幅軸装品(一・ʼ一) [ス九 一()﹂
一幅 絹本着色
( 二 × 一孟 ・九
実如カ 破損有 裏書﹁方便法身尊﹂(一・六四) ﹁スー七九一合﹂
一幅 裏書﹁方便法身尊形/大谷本願寺釈
如(朱角印)/明治三十四年八月三十一日
/尾張国名古屋市/冨沢町 聖徳寺/願主
厳実/寄進人女人講中﹂(ヱ(()﹁未撮影﹂
一幅 絹本墨書 石二・六×三・六 蓮台付
祖師聖人御筆 上讃十一行有 (7三)[ス四
上 ﹁﹂
一幅 紙本墨書
九 一・ 七 × 一孝 七
箱書﹁十字名号 実如上人御筆 聖徳寺﹂(7七)[スΞ]
一幅 紙本墨1 九(・七×四?三 達如上人筆(7杢)[スー七﹁﹂
一幅 絹本墨書 Ξ(ら×一六・一一一 箱蓋貼紙﹁六字名号 宗祖聖人﹂(一・一)﹁スー﹂
一幅 紙本墨書
九? 七 × 一考 九
蓮如筆 巻一〇三
八
1
W -
一幅 絹本着色 (四・五×一孟こ 顔部後補 裏書剥落判読不可 箱蓋 ﹁弥陀尊像 明
応六年丁酉十月七日/尾州中嶋郡聖徳寺/
蓮如御在判﹂ 巻留﹁火中出現 聖徳寺﹂ 六 十字名号
法宝物目録稿 ( 六字名号 七 六字名号
掛 幅 軸 装 品
八
2
W
由緒・縁起
本末関係
尊 (1) 本
方便法身尊像 五 十字名号
A
三朝高祖真影
本願寺釈教如(花押)
慶長三心暦八月七日
尾州中嶋郡聖徳寺
常住物也 本願寺釈教如(花押)
慶 長 石 暦 八 月 七 日
尾州中嶋郡聖徳寺
常住物也 一〇四同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号
留﹁六字名号 聖徳寺﹂箱書﹁六字名号
蓮如上人御筆 聖徳寺﹂(ヱ()﹁スー一﹂
九 六字名号 一幅 紙本墨書 四三・九×一(・七 蓮如筆
(一・Ξ)︻スー七︼
石 六字名号 一幅 紙本墨書
四至 (× 二? 四
草書 巻留﹁六字名号慧燈大師御筆 小笠原聖徳寺什宝﹂(一・二) [スー﹁﹂
一一 六字名号 一幅 紙本墨書 破損有 ﹁紙本六字名号
蓮師力﹂の付使あり (7五()︻スーさI︼
Ξ 六字名号 一幅 紙本墨書 二九こI×Ξ・六 伝蓮如筆
(一 ・合 [ス ニ﹁ 四上 盃 ﹂
Ξ 見真大師三名号 一幅 絹本墨書 六九こ×三・九 箱蓋貼紙﹁見真大師三名琥﹂﹁帰命尽十方無尋光如
来/南元阿弥陀佛/南元不可思議光如来/
愚禿親鸞(花押)裏に朱角印・墨角印
(一・二)︻ス一一E︼
一四 木仏御免状 一幅 紙本墨書 一(・七×Ξ・四 表﹁(辞定
印) 釈宣如(花押)﹂﹁木仏安置 御免﹂︑
裏﹁天和二年七月廿七日/A彪鐙寺門徒
/口州宮崎郡柏田町 西祐﹂(一・四七) [ス一変 三︻︼
一五 太子・七高僧像裏書 一幅 紙本墨書 A 七九・六×二亨九 B 七九・六×二亨六
一幅 紙本墨書
(一言 一× 言 ・四
大谷本願寺釈宣如(花押)
寛永第十五匹期初秋朔日 書之
尾州春日部郡名護屋
聖徳寺常住物也
願主
釈顕隆 一六 親鸞聖人御影裏書
親鸞聖人御影 (2) 本願寺歴代絵像・絵伝
B
聖徳太子真影
(一・五七) ﹁スー七二﹂
釈躍如(花押)
天文九載作九月十六日
実如上人真影 尾州葉栗郡大浦郷
聖徳寺常住物
願主釈了口 大谷本願寺釈教如(花押)
文禄二蹊年二月八日
顕如上人真影 尾州中嶋郡冨田郷
聖徳寺常住物也
願主釈顕勝
(一・二九) [ス︻九~九一︼
四九・四×一三・一 巻留﹁実如 二二 顕如上人絵像 (一・一四)[スニニ]
一幅 絹本着色 九九・一×翌こI 讃﹁必至無 口口口口暁﹂以下四行(貼込) 銘﹁本願
寺前住釈顕如﹂(貼込) 裏書 六一・五×二七・四 (7翌)
[ス 菩 一]
一幅 絹本着色 九四・六×一毛・六 讃﹁弘誓強
縁多生﹂以下四行 銘﹁実如上人﹂ 裏書 ナシ 銘﹁顕如上人﹂ 裏書別装(一・Ξ)[ス
九Ξ
顕如上人絵像裏書 一幅 紙本墨書 五(・四×二六・一
一 一 一
一七 実如上人絵像
一( 実如上人絵像裏書
(一・Ξ)︻スーΞ︼
一幅 絹本着色 九?一×一毛ゐ 讃・銘ナシ 三 教如上人真影
裏書ナシ (一・一8)﹁ス九二﹂
一幅 絹本着色 九四・五×三九こI 後補有 讃 (一・Ξ)[スー九言一
一幅 絹本著色 Ξ六・二×吾こI 讃ナシ 銘﹁教如上人﹂ 裏書はA(二?tX于五)B(一座・九×一七・()C(三らXt・二)D(Ξ・tX
一〇五 言 顕如上人絵像
法宝物目録稿 一九 讃如上人絵像 釈躍如(花押)
天文九年四九月十六日
尾州葉栗郡大浦郷
ΓレレL影 聖徳寺常住物口
願主釈
﹁ ︲ 1
1﹂ 一幅 紙本墨書上人御影裏書﹂
顕如上人真影 文禄三年四四月十一日書之
口州嶋下郡溝杭
仏照寺常住物也
願主釈祐恵
二四 教如上人真影一幅 絹本著色 九(・二×四?九 破損甚 讃
ナシ 銘﹁教如上人﹂ 裏書(木版・否ふ
×二(こ)
本願寺釈宣如(花押)
寛永拾一四期九月八日書之
敦如上人真影 聖徳寺門徒尾州中嶋郡 本願寺釈常如(花押)
寛文十三年皿季夏下沈1 之
尾州愛智郡名護屋
聖徳寺常住物也
願主釈頼元 一〇六
万治元年皿陽月廿五日書之
宣如上人真影 尾州愛智郡名護屋
聖徳寺常住物也
願主釈慄応 同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号
七・四)と切断されている
A 本願寺釈宣如(花押)
B 慶長十九四年十一月廿六日
尾州春日部郡名護屋
聖徳寺常住物也
C 教如上人真影 D 願主釈顕口
(一 ・意
﹁スー五九 一六〇﹂ 二六 琢如上人絵像(一 合 一) ﹁ス ー六 五 一六 六﹂
一幅 絹本著色 石九・四×四九・七 讃ナシ
銘﹁琢如上人﹂ 箱書﹁職掌琢如様 寅五
月八日 聖徳寺 取次粟津右近尉﹂ 裏書
琢如上人真影
一三 官一如上人絵像 二七 常如上人絵像
本願寺釈琢如 二( 一如上人絵像 願主釈浄慶冨田村
箱蓋内に﹁蓮如上人 御免許 明応六年丁
酉十月七日在判/尾州中嶋郡聖徳寺こ
(7四九) ︻スー恋 一見︼ 一幅 絹本著色 石(・九×四九・五 讃ナシ
銘﹁宣如上人﹂ 裏書 (一・翌) [スー六九 一七()﹂
一幅 絹本著色 Ξ七袁×五?四 讃ナシ
銘﹁常如上人﹂ 裏書﹁釈一如(朱印)/願
牢 水 元 ﹂ (七一三 × 二分 九) (ヱ エ)
﹃スー六三 一六四﹄一幅 絹本1 色 Ξ(こI×吾占 讃ナシ
銘﹁一如上人﹂ 箱書﹁元禄十三年六月九
日 職掌一如様 聖徳寺 七里大蔵法眼
一8 乗如上人絵像 三 親鸞聖人絵伝
三
芸 賢 一智 幾 連 坐 絵
像 (3) 本願寺法主等関係法物 石井隼人﹂ 裏書﹁釈真如(朱印)書/願
牢 水 元 ﹂ (7 Ξ ) ﹁ス ー六 一
一六二﹂一幅 絹本著色 石七・六×四九・六 讃ナシ 銘﹁真如上人﹂ 裏書ナシ 箱書﹁職掌功
徳聚院御影 延享二年五月七日 濃州稲口
村 聖徳寺 飼田大膳坪坂主馬﹂(一心()︻ス
ー七一︼
一幅 絹本著色 Ξ(・(×吾・七 讃ナシ
銘﹁乗如上人﹂ 箱書﹁職掌歓喜光院御影
寛政十一年九月十七日(貼紙)村聖徳寺
下間大蔵卿法眼池尾伊織﹂ 裏書 大谷本願寺親鸞聖人伝絵 尾州葉栗郡大浦郷
聖徳寺常住物
願主釈了顕
(一・一W一) [ス忿T﹁七﹂
四幅 絵本板彩色刷 二三ら×一?一 御内仏
用 ﹁此時明治十八年睦月下院新調﹂(一・合)
[ス 云 T 二︻ 三︼
二九 真如上人絵像一孟 祖師聖人筆 Ξ 親鸞聖人絵伝
法宝物目録稿 釈躍如(花押)
天文季宍九月十六日 寛政十一年に初冬六日
歓喜光院真影 濃州加茂郡稲口邨
聖徳寺常住物也
願主 顕正 対幅絹本着色 A 二(・六×三ら B
二(λ×Ξら A裏書﹁右両幅宝鏡寺宮御筆
号嘉久宮十五歳御染毫也/中御門院御姫宮
元文四未四月廿六日正意律師被 下置始.y
御筆跡也﹂ B裏書﹁宝鏡寺宮御筆元文四
未四月廿三日正意律師被 下置也﹂(一・一七)
[ス ー三 上 一( )
一幅 紙本墨書 芙ふ×一七・二 ﹁建長七歳
に四月廿三日/愚禿釈善信八十三歳書写
之﹂(ヱ三) [ス九Ξ
一幅 紙本墨書
二五 ふ × 手 五
朱点入﹁佛 道 ニ イ ル ニ ( (以 下 略 )﹂ (Ξ 言 ︻ス 会 ︼
一〇七 言 建長七歳祖師聖人御
筆 (一・喬) [スー六七 一六︻︼
四幅 絹本着色 Ξ九・四×七九・四(第一幅目)
全二十一段 裏書(第一幅目︑(?(×一一一(・一一)
添状︑一(・一×二(・六 七里道専←柳洞院 添 翌
状裏書に﹁享保八契 十二月八日記之/此
之書者従 一如光海上人/開山御名及御讃 六字名号井一枚起請
文
賜(以下略)﹂とある (了()
﹁ス ー三 上 六﹂
四六 二河白道図 一面 阿弥陀如来線刻一面 親鸞聖人線刻
一幅 紺絹金字
一考 六 × 三 一ふ
蓮台付 四七 十王図宣如上人御筆 裏書﹁此剣先名号弘法大師
之墨痕 官一如上人被為写/拝受覚成院顕 四﹁ 十六羅漢図巻 詮﹂ (一・四) [ス七﹁﹂
一幅 絹本金泥字 二7五×一品・五 六字名
号蓮台付 (7二() [ス(﹁﹂
一幅一 紙本墨書 四二・四×二・五 雄誉筆 蓮
台付 (一・一六)﹁スニ四﹂
一幅 絹本着色 Ξ?五×七?七(一・二四) [ス 四九 観音画讃
吾 上 ﹁四 ﹂
一幅 絹本着色 七七人×三ら 截金 吾 龍虎梅竹
(二 () [ス ニ九 ]
三( 祖師御名井御裏・添状 同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号一〇八
一幅 絹本墨画 七二・六×一8ふ 画中︑銘﹁法
然聖人﹂とあり︑絵像の下に﹁大谷本願寺
/釈実如(花押)/文亀二年妊八月九日/
依 夢 想 書 之 / 目 ︲ ︼﹂ と あ る (一・ 一心 [ス 丞
一幅 紙本墨書 七二・七×一品・一 円光大師筆
裏 に 金 戒 光 明 寺 ﹁目 ︲ ﹂ の 天 福 元 年 二 月 の 極
書あり (一・Ξ()[ス九︻ 九九︼
一幅 絹本着色 七二占×叉・一 左下隅書﹁従元祖閑善十六代/法孫頼元律師/五十
九歳1 之(朱角印)﹂(一・二二)︻ス四五~五一︼
一幅 絹本著色 九二壷×Ξふ 唐呉道子筆
(一心()) [スー()E
一巻 紙本着色 縦三・四 横 第一紙四(・五 二紙四二ふ 三紙四(・二 四紙四六・九 五紙四七・一一一 六紙四七ふ 七紙四七・五 八紙四七ふ
九 紙 一考 七
奥書﹁十六羅漢三幅対巻之終/福壽第九契
酉歳葉月中旬図之/梅氏林公斎張子達運
故﹂(ヱ一〇)
[ス 三 了 昌
一幅 紙本墨書 六七・七×二二ふ 宣如上人御
讃 成等院殿御画 (一四云8)﹁スニニ﹂
一幅 紙本墨書 114j lllXl里人 宣如上人
六才之御筆 ﹁龍虎梅竹六才﹂(表)︑﹁宣如 三幅 紙本 祖師御名︑言・七×Ξ・六 ﹁観 四四 円光大師夢想の御影
彼本願力﹂以下四行に﹁和朝親鸞聖人﹂と
記す 裏書︑二二・七×Ξ・六 紙本 ﹁前大僧
正一如(朱角印)/柳洞院願主釈頼元﹂
ご 七
四一 六字名号
四二 釈迦八相図
翌 善導大師半金色絵像 回 剣先名号 伝鏡御影
鏡
剣先名号
マ ノ又 マ 九
否 御経断簡 Ξ 漢詩七言絶句
芸一 馬上仙人画 一幅 一手六×三・九 白紙 墨界線 朱点入
(苧 六 一四 ) ︻ス Ξ 六︼
一幅 紙本墨書 二五・(×(・七 覚如上人筆
朱点入 ヘラ界線入 ﹁十方衆ノナカニ浄
土教ヲ信ウスル機アリ﹂以下四行(一こ一()
︻スーΞ︼
一幅 紙本墨書 一亨三×(・二 覚如上人筆
朱点入 ﹁浄土ノ宗儀ヲマフシタテ﹁ンヘ
リキーコレ﹂以下四行 裏に聖徳寺顕儀の
宝暦四年二月十二日の極書あり (一心九)
[ス石二
晋 一]
一幅 紙本墨書 二六・四×混人 朱訓有﹁源空在世ノソノトキニ/金色ノ光明﹁ナ
タシム/兼実博隆マノアタリ/拝見セシメ
タマヒケリ﹂﹁已上源空大師/正月廿五日
御入滅/已上高僧和讃一百一十七首也﹂
(一・Ξ)[スΞ]
一幅 紙本墨書 二五・九×二六・四 朱訓入
一〇九 一幅 紙本墨書 Ξ七・三×四一・九 摂光院大
谷勝尊殿画幅(一四・三三)﹁ス七﹂ 上人六才 之御筆/享保四弓一月十二日 翌 詠松七律賀詩
(花 押 )/ 常 住 物 也 / 聖 徳 寺 顕 秀 ﹂ (一 四 ・蓉 二)
(4) 聖教・御伝紗・御文・書状 ︻スー三 二六︼
一幅 紙本墨書 Ξ・六×四六・四 巻留﹁常如
上人御筆跡/拝領柳洞院﹂(三ゐ二六)﹁ネ﹂
一幅 絹本墨書 三人×喬人 常如上人筆
朱印有
(一 ・言 ︻ス 回 ︼
一幅 短冊一枚 Ξ(・二×六ふ(一四・晋() ︻ス
Ξ︼
一幅 紙本着色
三 ・一 × 翌 ・六 (苧 吾 四) ︻ス
ー毛︼
二幅対 A 紙本墨書 Ξ六・五×二九・七 厳 如上人直毫 B 紙本墨書 Ξ六・四×二九・七
現如上人直毫(一四・忍九)[ス全 会] 一幅 絹本着色
二 七こ I× 二六 ・( (苧 五七 () [ス
︻二︼
折本一帖 一(ら×一六λ 恵明院如晴筆 包
紙﹁常州水戸願入寺/恵明院如晴御筆也歌
仙/右﹃当寺二十代成善院殿筆大切二所持
可 由 事 二 十 二 代 顕 正 書 ﹄ (一 ・七 () ︻ス ニニ 子 二二 七︼
一幅 紙本墨書
一子 一× 里 λ
﹁辛未の夏はしめ﹂ (一四・五二二) [スー() 六一 聖教切
五七 新六歌仙 六三 和讃切
六四 和讃切 五( 興正寺門跡摂信上人
和歌
法宝物目録稿 六二 聖教切 萱 厳如上人和歌﹁松間
鶯﹂
喬 厳如上人・霊芝之図
Ξ( 句仏上人桔梗画賛 壹 A大経之語
B般舟賛之語
七二 実如上人御真筆
盃 法然上人法語 七一 御文・御俗姓 同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号
﹁承久ノ太上法王﹁/本師源空ヲ饉命シキ
/釈門儒林ミナトモニ/ヒトシク真宗ヲサ
トリケリ﹂(一(・一×二六・四)﹁建長六歳甲寅愚
禿/八十二歳書之﹂((こI×二六・四)安永十年
春正月︑伊藤九良右衛門満仙譲状一通有り
端坊切極書二通有り(一・二三)[ス五一] 一一〇
亘 S ﹂
巻子装一巻 縦一甲六 三紙 別筆朱書入有
巻末に朱﹁実如上人真筆也﹂とある (二・(()
[マ盃六一]
一幅 紙本墨書
一甲 ( × 一季 二
﹁アリトキヽ南元阿弥陀佛ニアヒ(以下略)閏三月
二日 親鸞﹂(一・混)[ス九七]
巻子装一巻 一七・七×(六・( 七月十八日付
尾州・三州一家衆中宛(二・(九) ﹁マ﹂
一幅 紙本墨書 二九こI×四六・二 巻留﹁宣如
上 人 御 状 ﹂ (手 四二 四)
︻ネ︼一幅 紙本墨書 元・七×翌・二 堅紙 巻留﹁宣如上人書翰﹂(一子里五)﹁ネ﹂
一幅 紙本墨書 一一九λ×四六ら 折状 四月
八日左近宛
(Ξ ・四 邑
︻ネ︼一幅 紙本墨書
Ξ ・六 × 一苧 九
折状改装六月廿三日付聖徳寺宛 (一子四四二)︻ネ︼
一幅 紙本墨書 二九ふ×五六・二 巻留﹁一紙
両筆﹂極書﹁一紙両筆/前摂政関白九條幸
家卿真筆/宣如上人御真筆/拝三見之二/
頼元一/尾陽七宝山聖徳寺 永義/什物也
誌﹂ (一子四三()) ﹁ネ﹂ 一幅 紙本墨書
二亨 一女 一五 ら ︑ 二五 こ I× Ξ ・二
覚如上人筆﹁モノニナリテ本願カヲ信シ名 七三 教如書状
号ヲ称スル(以下略)釈覚如八十歳﹂(一・一昌)
﹁ス九六﹂ 七四 官一如上人書状一通 粘葉綴二冊 二三・三×一六・t 朱別筆書入有 鳥の子紙 上一五丁︑下一三丁 賢成院顕澄 七五 宣如上人書状一通
筆原装表紙享保四年修理
(Ξ ・四 旦 ﹁ネ ﹂
袋綴五帖 一一一(ふ×一九ふ 常如証判 ①豊② 主( 宣如上人書状一通
Ξ③匹(④芸⑤回丁 朱点人 ﹁延宝五極月 三日/柳洞院/律師頼元(花押)﹂(二人四) 七七 宣如上人書状一通
[マ 豆 五四 上 一盛 ﹁﹂
袋綴四帖 二六・四×二?九 実如証判 ①三九② 七( 九条幸家・宣如筆跡
見③四(④翌丁(二人五)﹁マ豆五九﹂
巻子装一巻 二六・二×一(ふ(一紙) 六紙
実如証判 極1 一紙有(子(六) ﹁マ量五九﹂
巻子装一巻 縦一甲五 八紙 (二人七) [マ 一(九 御文
吉 御文四通 六( 御文 六六 御伝紗
一(七 御文
六日 (Ξ・四二九) ﹁ネ﹂
書
年八月廿六日 (五・言七)︻マー七七三︼
巻子装一巻 言・五 七紙継 水晶軸 文久
三年十一月十六日 (一三・五一四) ︻ネ︼ 仮袋綴一冊 二五ふ×一七ら 七丁 寛政十一 九一 住田智見講師一行書 一幅 紙本墨書
三 一言 × 三 ・五
巻留﹁一 合 琢如上人書状一通(一 達如上人御消息
(二 厳如上人消息 七九 琢如上人書状一通 一幅 紙本墨書 言・(×四四・四 折状 七月 (九 皆遵院宣成講師二行 一幅 紙本墨書 一品・三×二(.七
(甲 五六 二)
廿日恵浄院宛 (Ξ・四二()﹁ネ﹂ 書・B [ス五﹁﹂
︻ス五一︼ 一幅 紙本墨書 Ξ・一×四六・( 折状 卯月 含 一蓮院秀存講師一行 一幅 紙本墨書 Ξ四・七×二九・五
(甲 壹 五)
行之書/長生不老之神方/第二十五世 大
寂院八十歳賀趨/住田智見講師之筆﹂
(苧 恐 ())
[ス七三 七四]九二 一等学師龍湯筆還暦 一幅 紙本墨書 一一8・七×三λ 明治
賀一行 (一四・変七)︻ス萱︼
(6) 聖徳寺歴代似影・書状
書 安楽国
(苧 至 () ﹁ス 五二 ﹂
(t 雲華院大含講師蘭之 一幅 紙本墨書
二 ? 一× 一字 六 (苧 五九 一)
図 ﹁ス九七﹂
︽ 皆遵院宣成二行之 一幅 紙本墨書 一一一占×二今五 (E・Ξ(I)
書・A ﹁ス毫﹂
法宝物目録稿 九四 顕好似影
九五 顕好似影裏書
-
釈宣如(花押)
一一 一幅 紙本墨書 哭ら×二(・五
(苧 五百 )
[スΞ︻︼ (5) 講 師
全 香厳院兼遍筆茶詞
(四 香月院深励一行書 一幅 紙本墨書 Ξ六ふ×二九・五 白揚早落 奎 連座像
寒竹
(甲 壹 九)
﹁ス翌﹂(五 円乗院宣明講師1 詩 一幅 紙本墨書
三 一・五 × 二九 ・五
(一四・壹四)[ス吾]
(六 雲華院大含講師一行 一幅 紙本墨書 Ξ九こI×二九・五 七宝樹林 双幅 紙本着色 A 一9ヱ(×吾・三 六
体連座 巻留﹁顕好様ヨリ久遠院迄双幅御
影﹂ B 九﹁こI×五一・六 六体連座 巻留双
幅御影 従成善院殿至大寂院殿﹂(一・︱)[ス
菩 一
一︻四︼一幅 絹本著色 九三・六×見人 巻留﹁第十
四世顕好殿﹂(一・五九) ﹁スー詣﹂
一幅 紙本墨書 六・四×二九・五
九六 法名記 (一こ一七) [スー()()︼
一幅 紙本墨書 一九ふ×九・六一品 常行院釈顕曜似影
石五 円乗院釈顕正似影 法名 聖徳寺釈顕好
顕慈院釈尼空誓
寛永十五年正月廿六日
百 一
成善院釈顕儀似影 同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号一一二九世久遠院殿﹂(ヱ(二) ︻スー老︼
一幅 紙本着色 石二こI×二七・九 当寺二十 代
(苧 五四 九)
[ス四二]一幅 絹本着色 九九・四×四ニーニ (一・七一)[ス
一(七 一(﹁﹂
一幅 絹本着色 九七・九×四一・三 (一・茜) ﹁ス
一九四﹂
一幅 九九・四×四二・四 裏書﹁釈顕正影/釈達
如(朱角印)/弘化三年丙午十月廿五日/
願主/聖徳寺顕閑﹂(一・七六)︻スー九六 一九七︼
一幅 絹本着色 九九・tX四二こI 裏書﹁釈願
実影/釈達如(朱角印)/弘化二年丙午十
月廿五日/願主聖徳寺顕閏﹂(一・七一一) [ス
一﹁九一一九一﹂
一幅 絹本着色
(( ・五 × 一季 九
二十四世(一四・吾二)︻スニ三︼
一幅 絹本着色 九三こI×四7七 第二十四世
(一・六五)[スー︻一︼
一幅 絹本着色 九九こ×四二・一 裏書﹁釈厳
顕影/鐸現如(朱印)/明治廿六年葵巳一
月廿九日/願主/聖徳寺厳実﹂(一・さI) ﹁ス
一九二 一会﹂ 寛永十五戴歳夷則五月
願主
聖徳寺釈顕鐙 Ξ二 成善院似影下書釈顕好之影
九九ʻ開声院似影 石( 威光院似影
一完 威光院厳顕似影
一呂
一巳 境智院永元似影
久遠院釈顕栄似影 石七 威光院厳顕似影 石六 稲口院釈顕実似像 釈琢如(花押)
(一・E() [スー喬] 一幅 絹本着色 九五・五×三九・( 巻留﹁第拾
五世覚成院殿﹂(二S)︻スー七五︼
一幅 絹本着色 九(・七×四一・六 裏書(六一占
×一8こI)﹁柳洞院之三字者/元尋光院一如
大和尚御筆也﹂ 巻留﹁十六世柳洞院御影﹂
(一・六九) [スー︻五︼
一幅 絹本着色 九亨五×一昌・九 巻留﹁第拾
七世開聾院殿﹂(一・六一) ︻スー七六︼
一幅絹本着色 九五ら×一考( (7お)[スー︻六︼
一幅 絹本着色
九五 ・五 × 一考 (
巻留﹁第十 九( 柳洞院似影 九七 覚成院釈顕澄似影真影/大谷本願寺釈従如(角朱印)/延享
三 一
大寂院殿懐紙二E歳五月十五日/濃州賀茂郡稲口村聖徳 一幅 紙本墨書
一子 六 × 翌 ・五
巻留﹁大寂院殿懐紙 初春氷歌﹂ (一四・五七二)﹁ス七六﹂
Ξ四 高昭院釈尼秀詠真筆 一幅 紙本墨書 一8・七×四二占 裏書﹁濃州
表佐宝光寺/高昭院釈尼秀詠真筆/天明七
れ九 月 表 具 之 / 聖 徳 寺 顕 正 什 物 ﹂含 圭 )﹁ ス 志
法設院釈顕周似影清光院似影 寺什物也/願主 顕儀﹂(7四一)[ス石五]
一幅 九九こI×四二こI (一・七五) ﹁スー九五﹂
一幅 絹本着色
(七 ・四 × 一戸 四
上部に色紙有 (手 壹 一) ﹁ス ー西 ﹂
一幅 絹本着色 一三ふ×四一・( 上部に色
紙有
(甲 百 五)
﹁ス叉﹂一幅 絹本着色
(一竺 × 一手 二 (苧 喬 ()
﹁ス四一﹂
一幅 絹本着色 (六・九×三ら ﹁稲口院殿
真像﹂の箱に入る
(甲 芸 二) ︻ス 曼 ︼
一幅 絹本着色 ((・四X一三・( ﹁文珠菩薩
像﹂の箱に入る (一四・五四三)︻ス三六︼ 一石 大寂院似影 一幅 絹本着色 三一一・四×一品占 (E・五四六) 一一九 柳洞院律師頼元書状
﹁ス三九﹂ 一言 柳洞院宛源慶院書状
ニー 顕慈院空誓禅尼似影 一幅 絹本着色 A︑言・一×言・七 B︑
九 二 一× 一考 四
絵像上部に法名記を貼る A(法名記)﹁法名/顕慈院空誓/承応三季 三一 当山顕正筆仲春九日/釈宣如(朱印)﹂ B(絵像)︑讃・ 巻子装一巻
ニー (× 四 一こ I
(亨Ξ七) ︻マ︼一幅 紙本墨書
二回 二
淀月十五日付 裏 に元文元年の法橋顕儀極書有(苧 翌 六)
︻スΞ 一四︼
一幅 紙本墨書 吉占×二七・五 (一四・六Ξ)
[ス三五]
Ξ二 威光院殿四季雑和歌 一幅 紙本墨書
九至 (× 二七 ・一
短冊五枚(一四・盃七) ︻ス一8︼
一 一 一 一
銘ナシ (二(六) [スー﹁二﹂
功徳聚院真影裏書 一幅 紙本墨書 七九・五×Ξ・五 ﹁功徳聚院
一一七 歴代似影 A 仮袋綴一冊 一豆ら×一七・五 一七丁 ﹁宝暦
六年子二月﹂ (?一五() [マ奘︻六︼ 巻子装一巻 縦三・九 文政七年まで
孚
九三) ﹁マ温六五﹂
仮袋綴一冊 二九ら×言ら 一七丁 ﹁元禄
一一三 二 聖徳寺系図(小笠原
系図)
一二 由緒書上留帳
法宝物目録稿 一一( 歴代似影 B
一 一
四
一 一
三
2
冊 子 装
(1) 由緒・縁起
当寺歴代記 一一六 法証院似影 二五 洗心院似影
仮袋綴一冊 二五ふ×一七ふ 八丁 ﹁延享年
中御本山書上帳﹂ (四こ六二)﹁マ三六合﹂
仮袋綴一冊 一甲九×一七嘉
一 一丁 (四・
一六 三) [マ 三 (九 丁 Ξ ﹁九 三﹂
仮袋綴一冊 二五ふ×一七ふ コ一丁 (四・一六一()[マ莫九四]
仮袋綴一冊 三ふ×一七こI (四こ容︻マ冥九六︼ 仮袋綴一冊 豆ふ×一七嘉 一五丁 (四・
一六九) [マ三六九七一
仮袋綴一冊 元ふ×言ふ コ一丁 (四・
三() [マ呉﹁四﹂
仮袋綴一冊 豆ふ×一七・四 一七丁 (四・
一五七) [マ三六﹁五﹂ 五 当寺由緒書写
一七 御末寺井御旦方廻二付
御宝物目録
一( 御宝物目録井御道具
記
一九 宝物目次 七 御由緒書他 六 当寺由緒略記
一
六
一一四
巻子装一巻 縦Ξら (亨一三()︻マ︼
袋綴一冊 二四こI×一七・一 六一丁 途中遊紙 四四丁有 ﹁享保﹂ (一?三七) ︻マ莞九二~
亮合︼
仮袋綴一冊
一字 六 × Ξ ・五
五丁 判取帳申九月 (Ξ・吾一)[ネ]
仮袋綴一冊
一字 ( × Ξ ・五
七丁 判取帳丙九月 (Ξ19一) ﹁ネ﹂
仮袋綴一冊 四ヱ(×一五ら 五丁 墨朱別筆
書入有 判取帳 文政十三寅年閏三月・天
保七申八 (一子き四)[ネ]
仮袋綴一冊
一字 ( × Ξ こ 一 七 丁
判取帳(万 吾 ()
[ネ]巻子装一巻 縦二(・六 金欄装︑草木下絵紙
(二・九四)
[マ 量 ︻六︼
同朋学園佛教文化研究所紀要第十四号七年甲戌六月﹂ (9一芸)[マ莫﹁二﹂
仮袋綴一冊 二五・四×一七・五 二九丁 (四一回)[マ三六(﹁﹂ 宝物目録
尾陽名護屋聖徳寺内
什物 四 由緒書
-
W 八
七宝山聖徳寺縁起仮袋綴一冊 一一苧七×Ξふ 全三〇丁 文政 二二
十三寅六月 (子(三) 一マ壹四七 混哭﹂
二三 七宝山縁起
一一四 七宝山聖徳寺縁起 巻子装一巻 ﹁文化八年辛未六月四日﹂
[マ 一言 = ]
Ξ 聖徳寺住持諸例 仮袋綴一冊 二四人×一七・四 九〇丁 (四一六四)︻マ︼
一四 御寺法由緒書下書 仮袋綴一冊 二五ら×一七・五 一三丁 (四
一六一)[マ三{︻九︼ 巻子装一巻 縦二(人 金欄装︑草木下絵紙
(二・九四)
[マ 亘 ︻六︼
巻子装一巻 ﹁聖徳寺法橋顕儀/于享保二
十乙卯記暮秋二烏写之﹂﹁マ叉二九﹂
九
当寺由緒之覚
由緒書
言 什物品目記
Ξ 濃州大浦邑聖徳寺系
譜・聖徳寺中興頼元
律師伝 石 拙寺宝物之内七宝・
由緒書等
一一 拙寺宝物之七宝・由
緒書
三 聖徳寺記録抽
二紙巻 縦三二こ一一 (七・二三) ﹁マ叉四一﹂
縦一手七 (キニ三)
︻マ ー丞 一九︼
四紙巻 縦二子二
(七 ・一言 )
﹁マ叉二九﹂三紙巻 縦二七・五
(七 三 = )
﹁マ叉四三﹂一紙巻 縦二七・五 (Ξ・五Ξ) ︻ネ︼
巻子装一巻 縦一一六・七 (二・九二)
[マ 屋 ︻四︼
巻子装一巻 縦二五・( (二・九二) ︻マ曼六四︼
一紙巻 縦一苧五 朱入 (Ξ・EΞ) ︻ネ︼ 三紙巻 縦二七・九
(七 ・一言 )
[マ叉二︻︼巻子装一巻 縦一亭一 赤地菊唐草模様
(七 会 = )
[マ叉盃]二紙巻 縦二七二 (七・二三) ﹁マ叉四二﹂
巻子装一巻 縦二亨五 (二・九二) ︻マ豆六四︼
四
-
- -
四四 善導大師半金色絵像 縦二七・四 (七・一三二)︻マ又四四︼
縁起
翌 善導大師半金色絵像 二・五紙巻 縦二四ら
(一 一一夏 三 ) ﹁ネ ﹂
縁起(校訂本)
四六 善導大師半金色絵像 巻子装一巻 縦二九・一 (二・九二)﹁マー孟六四﹂
縁起
四七 善導大師半金色縁起 縦一六ふ (七・豆二)﹁マ又四五﹂(外題)
四( 善導大師半金色縁起 一紙巻 縦二亨四
(七 三 二 ) ︻マ 又 又 ︼
(外題)
四九 善導大師半金色絵像 巻子装一巻 縦一豆・六
(二 ・九 二) [マ 亘 ﹁四﹂
縁起 二六 七宝山縁起
二七 鏡御影縁起
二( 鏡御影縁起
二九 剣先名号縁起
一8 剣先名号縁起
Ξ 剣先名号縁起
三 三骨縁起
三 三骨縁起
一品 略縁起(三種骨略縁起)
翌 赤栴檀弥陀尊形一躯︒
造立縁起
奘 赤栴檀尊像略縁起
三七 赤栴檀阿弥陀如来像
縁起
叉 赤栴檀阿弥陀如来像
縁起
見 二河白道図説 一三 七宝山聖徳寺縁起 巻子装一巻 縦石・( 金欄装 ﹁嘉永五年
壬子閏二月写之﹂ (子九二)
[マ 亘 ︻四︼
巻子装一巻 縦二六・六 (二・九二)[マ 亘 ︻四︼
一紙巻 縦二七・五 朱入 (三一三)﹁ネ﹂
四
- -
聖徳太子木像縁起
聖徳太子木像縁起(校
訂本)
一紙巻 縦二(・四 (七・二三) [マ叉三︻︼絵像
縁起
巻子装一巻 縦一豆占 (二・九二)
[マ 亘 (Ξ
二河白道図縁起
二河白道図縁起
法宝物目録稿 二紙巻 縦二六・九
(ヤ 三 )) [マ 叉 亘
一紙巻界紙 縦二六・一 紙桃色︑金粉散らし
(で 三 O) [マ ー杢 ()﹂
一一五
四
-
四 つ
一紙巻 縦言占 朱入
(一 子 翌 二) [ネ ]
吾 火中出現阿弥陀如来巻子装一巻 縦三ま 寛文八年五月朔日
頼元書
(ヤ 三 )) [マ 叉 言
一紙巻 縦Ξ・一 (Ξ・五三) ﹁ネ﹂
巻子装一巻
縦 二言 一
(二・九二)[マ 亘 (Ξ
五一 蓮如筆阿弥陀如来絵像縁起
五二 阿弥陀如来像縁起
芸 祖師聖人御遺骨縁起(外題)