ワークショップと造形教育(2)-ワークショップの拡がりとその理念-
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(2) . 北海道教育大学紀要 (第1部C) 第46巻 第2号. 平成 8 年 2 月. l i i t i f Educa t i t onIC) Vo i do Un on(Sec lof Hokka s Journa ve r ‐46 .2 yo , No. Februa ry ,1996. ワ ーク シ ョッ プ と造 形教 育 -. (2). ワ ーク シ ョッ プ の拡 がり とそ の 理念 - -. 新. 井. 義. 史. は じめ に 「ワーク シ ョ ッ プ」 とし・う 言葉 が さま ざま な 領 域 に おいて ひ ん ぱん に 用 い ら れ る よ う に な っ た. と り わ. 0年間, 従来の美術館のイメ ージからの脱皮のた け, 日本の美術館における教育普及活動においては, この1 めの 合 言 葉 の よ うに用 い られ て きた‐ しか し, な ぜ美 術館 教 育 に ワー ク シ ョ ッ プ が 必 要 と さ れ た の だ ろ う . 美術館教育がワークショッ プに意欲的に取り組み始めた背景には, 市民・来場者に対する美術館側のかか わり方の意識の変化がある‐ すなわち, 公共の美術館が社会教育施設として, 美術教育に積極的にかかわろ うとする姿勢への変化があった. ワークショッ プをはじめとする普及事業の活性化は, 開かれた美術館, 市 民のための美術館としての活路を見出すための突破口として考えられてきたのである. 我が国の美術館教育の実践においてワークショッ プという用語は, 当初は一種の 「体験型実技講座」 に近 い体験学習や創作教室の活動を指す場合が多かった‐ その後しばらくの間は, ワークショッ プという用語 は, 多くの日常語と同様に, 窓意的に用いられる傾向が続いていたが,10年間にわたる試行錯誤の結果, あ る種の共通認識が確立してきているといえる. 「現代 的 ワ ーク シ ョ ッ プ」 の用 語 は 1960年 代 の アメ リ カ に お いて創 出され た. 以 来30年 を 経て この シス ,. テムは, 社会・文化のさま ざまなジャ ンルで用いられ, そして発展してきた‐ 演劇の領域では, この方法論 により新しい形態が創造された‐ それら幾多の諸実践によれば, ワークショッ プは, 人間による言葉と道具 と物とを媒介にしての創造的な行為であることがわかる‐ それは人と人との交わりのエネルギーであり, 社 会的なエネルギーである‐ 芸術的・身体的な自己表現と, コミ ュニケーショ ンをベースにした実践活動であ る. したがってそれは, 基本的には 「豊かな人間」 の形成を目指す造形教育の性格と同義である‐ 1 1992 前稿 で は, ワ ーク シ ョ ッ プ 的手 法 を 大学 の 美 術 科の 授 業 と して 取 り入れ た 実 践 報 告 を お こ な っ た) . 年 のそ の 実 践 以 後, ミ ュ ー ジ ア ム・ ワ ーク シ ョ ッ プの 活 動 はい っ そ う活 性 化 されて きてい る.. 本稿は, 造形教育においてワークショッ プを論じる時の, 用語としての位置づけを明確にすることが目的 /. である‐ した が っ て こ こ で は, 人 間 的 ・社 会 的コ ンテク ス トの観 点 か ら, 社会 と文 化 の諸 領域 の 中 で, ワー. クショッ プが, いかなる拡がりを持って展開されて来たかを概観することに力点をおいた‐ それらを通 し て, ワーク シ ョ ッ プの 理 念 が い かな るも の である か を 検討 して み た い‐. 1. ワ ー ク シ ョ ッ プ の 語 義. の. ワークショ ップの一般訳. 2 ) ワーク シ ョ ッ プ wo rkshop は, 英語 で あ り, 日本 語 への 一 般 訳と して は, 次の よ うな もの が あげ られ る. 1) 特に機械仕事をする仕事場, 職場, 作業場, 工作場 2) 研究会, 討論会, 学習会, 講演会, セミナー 251.
(3) . 新 井. 義 史. 3) 作家, 芸術家などの創作の場, 創作室 4) 実習室, 研究室 これ らの用 法 の意 味 は, 大別 す る と 2つ に分 け られ る よう である. つ ま り 1) ・ 3) ・ 4) に あ た る ,. 「仕事場 作業場」 を意味する 特に 機械類を作ったり修理するための部屋・建物など 「人間が物にかか , ‐ , わ る場 所」 を 指す 場 合 と, 2) の 研 究 会 ・講 習会 を さすsemi na rと して の意 味 である. アメ リカ で は, 専 門 的. な技術やアイデアを試験的に実施しながら検討をおこなう研究会やセミナーをさす言葉としても使われてい る‐ この意味では特に, 講義式を改めて, 参加者に自主的に活動させる方式の講 習会を指 している‐ した が っ て, ワーク シ ョ ッ プの 現代 に おける 一 般 訳 は 「場 所」 を 示 す studio の意味と 「研究集会 を指す 」 , , semi na rと しての 意 味と の 両者 を 含ん だも の と いえ よう.. ( 2 ) 古典 的 ワ ーク シ ョ ッ プ= 工房 英 語 の wo rkshqp に は 「工房」 と して の意 味も ある‐ 「工房」 の用 語 の起源 は, 都 市 の 発達 にと もな っ て 発 展 した 中世 の 工房 に ある と考 え られ て い る. 現在 で は 「工房」 はs i tud oの 意 味 が強く, この 意 味か ら言 え ば フ ラ ンス語の a l i t e er. t t t ,ァ語 のbo t t rks a egaと同 義 である. 現代の 美 術家 の 仕 事場 と , ドイ ツ 語 の We , イタリ. して の 呼称 に は, ア トリ エ, スタ ジオ, 工 房, ワ ーク シ ョ ッ プな どが混 在 し 違 和感 な しに 日常 語 と して 溶 ,. け込んでいる. しかし, 各国による言語の相違はあれども, その語源および意味の変遷はほぼ同様の推移を 示 して 来 た. bo t t ega は用 例 の 最 も初期 に あたる で あろ う が, 見 た 目に楽 しいも の を作 る とい う 意味 であ り, 多 様 な 美. 術品を制作し販売する職人による職能組合 (ギル ド) の組織を指していた‐1 5世紀後半のフィ レ 、ソツェの周 辺にはこうした工房が20箇所ちかくあり, 大富豪だけでなく市民もそこで美術品を買ったり注文できたとさ ) 美術工房の実態は ギル ドの管理体制が整 れる3 った14世紀頃からかなり具体的に知られている. 一般的に ‐ , 工房は, ①教育の場, ②共同制作の場, ③製品の倉庫・展示場の3機能を兼備 していた. それは美術工房も 例外ではない. しかし, 工房制度はルネサンス以後の個性への関心, 芸術と手工業との理念的分離により, ) tl 盛期 ルネ サ ンス に は, 早く も否 定 的立 場 を 生 み 出 して いる4 e rも 語源 と して は工房 の 意 味 を 持 っ て い . aei た. bo t tega が 中世 ギル ド生活 の 束 縛 を受 けるも の と して 権利 を剥 奪 され 解体 されて 行く の に 対 して フ ラ , l i ンス の a t e e rは18世 紀 か ら19世紀 にか けて芸術 家 の教 育の 場= 塾 とい う形 に変 化 して い っ た.19世紀 前半 フ ラ ンス でのj ド P N ゲ ‐L. ダ ヴィ ‐ A‐ D. ア ン グ ル な どの 巨 匠 の ア ト リ エ 活 動 が 知 ら れ て い 、ッ , . ‐ ラ ン, j 5 ) る .. ~. -. 共同制作の場としての工房あるいはアトリエは,19世紀以後の天才あるいは個性の概念が絶対化されるに およんで意義を失った. ・現在では, 「工房」 の用語は, 制作の場としての意味が強調され, 「個人の仕事場」 の ニ ュ ア ンス で用 い られ る 場 合 が 多 い. しか し, 「版 画工房」,・ 「木 工芸 工房」 ・ 「陶芸 工房」 な ど 手 工業 ,. 的要素を基本にしながらも, 個人では賄い切れないたぐいの設備・機器を 要するジャ ンルにおいて は 一 , 部, 中世以来の分業・共同作業および教育機能を有する工房形式が存続している‐ 中世以来の工房は, いわ ば親方個人の仕事場である‐ 美術工房の場合, 親方は多少とも万能人であることが要求された. この親方の 指揮下で, 職人・徒弟による工房活動がおこなわれたが, 中世の工房は, ギル ドの管理体制と相互扶助によ り, 一種の共同社会を形成し集団活動を展開した‐ ここで重要なことは, そこが 「教育の場」 であり,「共同 制作の場」 であったことである‐ こうした, 経済的配慮に裏打ちされたうえでの技術者育成システムは, い わ ば古 典 的ワー ク シ ョ ッ プと 呼・びうる であろ う. 現在 の ワ ーク シ ョ ッ プが 持つ 「場所」 と 「研 究 集会」 と いう意 味の 2面 性 は, 18世 紀 頃ま での 「工房」 が 持 っ て い た多面 的な 機能 の 幾つ かが, 継続 して きた も の である と い えよう. 252.
(4) . ワークショッ プと造形教育. (2). 2. ワ ーク シ ョッ プの 拡 がり 現 代 に お ける ワ ーク シ ョ ッ プと は何 か‐ この 間 は広 範 な 社会 ・文 化 領 域 の 中 で, ワーク シ ョ ッ プと いう活. 動がし・かに根づいているかを捉えることで確かめられるであろう. ここでは社会的・心理的・文化的・教育 的な 諸 例 を 取 り上 げて, ワー ク シ ョ ッ プが 多 岐の 分 野 にわ た っ て 展 開 さ れ て い る こ と を 見 て い く こ と に す る. そ れ らの 方 法 と 内 容を 拠 り所 に して, ワ ーク シ ョ ッ プの 概 念 を 探 る こ と が で きる だ ろ う と考 える‐. コ ミ ュ ー プィ ・ デ ザイ ン と じて の ワーク シ ョ ッ プ } は アメ リ カ の 環境 デザイ ナ ー である ロ ー レンス ・ ハル プリ ソ 「テ ーキ ン グ. パ ー ト. ワ ーク シ ョ ッ プ6 」 ,. の. が196 0年に創案した集団的創造性開発のための理論である‐ これは, 民族・宗教観が錯綜するアメリカにお いて, 価 値 観 の 異 な る 人々 が共 同 して, よ り良 い環境 を 計 画 して いく シ ス テ ム と し て 発 案 さ れ た も の で あ. る‐ まちづくりにおいて, 地域にかかわる多様な人々が参加し, 各種の共同作業を通じて計画づくりを進め て いく 方 法 で ある‐. 参加者が共通して理解できる感覚的な事項から出発し, 信頼関係を構築しながら, 創造的成果に集約して いく点に特徴がある‐ 具体的には, ハルプリンが提唱した目隠し歩行や絵画描写・模型作製のように, 実際 にその場を感じる作業が重要であり, その作業を通じて, 固定観念にとらわれない発想が生まれ, 新しい町 づ く りに 結 びつく も の と して 期 待 され て いる‐. こうした地域におけるワークショッ プは, 最終的には地域における住民の権利を獲得していくために, 住 民が集団で運動体として機能していくことが必要とされるが, 柔らかな武器という側面がある‐ 道路を子ど も が遊 べ る 場 所 に しよ う, と いうスイ ス での市 民 活動 の 例 で はいろ い ろ な ワ ー ク パ ー テ ィ や チ ャ リ テ ィ ・. ショーなどを企画した. それにより市民を捲き込み, そして, 市から道路改造費の助成を受けてしまう. そ うい うノ ウ ハ ウ と市民 社 会 の健 全 な 行 動 の形 が 出来上 が っ て きた‐ 現在, 単 な る 「ワーク シ ョ ッ プ」 と言 う 7 場 合 に は, ハル プリ ンが 提 唱 した, この テ ー キ ン グ・ パ ー ト・ ワーク シ ョ ッ プ を指す こ と が 多 い} ‐ コミ ュ ニ 8 } プィ ・ デザイ ンと して の ワ ーク シ ョ ッ プは, アメ リ カ に 限 らず 広く 行わ れる よ う に な っ て きた .. ( 2 ) 演劇創造母体としてのワークショッ プ 集団活動が最も存在価値を発揮しうる芸術は演劇である‐ 演劇は集団的規模でひとつの経験を生み出す‐ この劇団という集団は, 基本的には, ある精神的な欲求の実現を追求した集団のルールを持っている‐ そし て, そ の集 団に よ っ て 共 有 さ れ て いる ル ール が どの よ う に フィ ク シ ョ ナ ル か で, 演 劇 の 表 現行 為 な り, 表現. 形式の質が決定されてくる‐ われわれは, 芸術や表現を考える時, まず個人芸術をそのモデルとして思いう かべる傾向がある. しかし, 歴史的にみればまったく逆である‐ 美術工房の例同様, 芸術行為とは, 個人の 行為に所属して発展してきたのではなく, 集団の表現として存在してきたのである‐ アメ リ カ の 演劇 界 で は,1960年代 か ら,「新 しい 形 態 の 演 劇 を創 造 す る母 体」 と して の ワ ーク シ ョ ッ プ に 大. いに関心が持たれるようになっ た. アメリカでのこれらの試みが注目をあび, 演劇界では広く世界的に 「ワークショッ プ」 の呼び方が使われるようになった‐ それは 固定した理論や方法論を持つ学校方式の修 , 行の場とは異なり, 新しい理念と技術を参加者全員で模索しながら, 流動的に訓練を重ねて行くことを特徴 としている. そこでは, 演者・演出者・作者が一緒に研修を重ねながら, 共同作業としての舞台づくりが行 われる‐ 当初の目的は, 劇団などの上演グループ内での技術の研修と, 活動内容の追求であった‐ しだいに オ ー プ ン・ シアタ ーや ポー ラ ン ドの J‐ グロ トフス キー の 演劇実 験 室 が 評 判 を 呼 び, 劇 団組織 の枠 を越 える もの も増 えて い っ た ‐ こ う した, 実 験 の成 果と して の舞 台 は, 作 品と 演 出と 演技 とが 有機 的に 関連 し, 生 253.
(5) . 新 井. 義 史. きた総体としての迫力を持ち, さまざまな意味で前衛的なものであった‐ ここからさらに, 太陽劇団の作品 の よ う に, ワーク シ ョ ッ プ を通 じて作 品が 共作 され る 集 団創作 へ の 道も 開かれて い っ た. 演劇 ワーク シ ョ ッ プの 実 践者 である グロ トフス キ ー は, 演劇 を 「観 客と 俳 優 との あ いだ で起 こる もの」 と. ) それがなければ演劇が存在しないと思えるもの それが演劇の 定義している9 定義であると述べている‐ 鈴 . , o ) こ 木 忠 志 は, 「観 客 と 俳 優 と が 同 時に 共存 する 場 で起 こる も の =作 品」 である と そ れ を言 い 換 えて いるl . ,. れらの定義は, 演劇が社会的行為であることをものがたるものである‐ 鈴木はさらに 芸術の存在理由を , 「個人の内面の表現のためにあるより 人間理解あるいは人間関係の創造のためにある さらに 人間関係 」 , , の創造とは 「ある表現行為を契機にして他人と共に人間について考え創造すること」 だとし, だから芸術行 ) 日本では演劇集団黒テントが1970年代にな てから各地において演劇 為の存在は貴重だと述べているn っ ‐ ワーク シ ョ ッ プを 展 開 して いる.. 3 ( ) カ ウ ンセ リ ング ・ ワー ク ショ ッ プ 人 間的 「交 わ りの 芸 術」 と も 呼 びうる 「カ ウ ンセ リ ン グ」 は, 対話 に よる 自 己発見 と いう 人 間に と っ て ,. の基本的な営みを前提に している‐ これは, もともとは職業指導における助言指導に始まったものである. しか し, C ・R ・ ロ ジ ャ ー ズ の功 績 に よ り, 治 療 教 育 的 ガイ ダ ンス と心 理 療法 と が 統 合 され 総 合 人 間学 的 , 2 ) 実践 と しての カ ウ ンセ リ ン グが確立 され た1 . カ ウ ンセリ ン グの 考 え方 は, 生物 学 的な 性 欲 の抑 圧 とい う, フ ロイ トの 精神 分析 か ら大 きな影 響を うけて いる‐ しか しそ の後, も っ と全 体 と して の 人 間性 が 管 理 され 抑圧 され て い る こ と に 目 を つ け る よ う に な っ. た. 特に, 本質を覆っている自我の防衛機能がすべての人間に存在し, それゆえに生命力を十分に発揮でき ていないことを重視した‐ 常識や習慣も, 大部分の人間にとっての共通な防衛的な枠である. そこで, 心の 深い探究のためにも, 深い苦悩に対処するためにも, 常識をこえ生の人間がふれあう世界を求めずにはいら れ なく なる. これ がカ ウ ンセ リ ン グの 関係 である. ここ に, カ ウ ンセ リ ン グ的な 精神 を 生か した 集 団 づ く り や, 人 間性 訓練 集 団 (T グル ー プ), カ ウ ンセ リ ン グ・ ワ ーク シ ョ ッ プが盛 ん に な っ て きた 理 由が ある. 因習 や 体制 を こえて, 人 間 的なもの を 回復 してい こう とす る 意欲 が ある 限 り, 人々 の・間に 一 致 点 が 出てく る か ら である. カ ウ ンセ リ ン グ・ ワーク シ ョッ プの 用 語 は, グル ー プ・ ア プロ ーチの 概念 によ る 集 団カ ウ ンセリ ン グの一 種 であ る. グル ー プ ・ ア プロ ーチと い う概 念 は, 多 義 的な 意 味 を持 っ てい る が,「カ ウ ンセ リ ン グや 人 間相 互. の理解, 自己の成長のためのグループ状況における機能や特性を活用したアプローチ」 という意味で用いら 3 ) T グル ー プ 感 受性 訓練 エ ンカ ウ ンタ ー. グル ー プ カ ウ れて い る1 ンセ リ ン グ・ワ ーク シ ョッ プ, L グ . , , ,. ループなどがある. 包括して人間性訓練集団と呼ばれているこれらの方法は, 単にカウンセリングを集団化 して, 一 般 に利用 しや す く した こと に と どま らな い‐ む しろ, カ ウ ンセリ ングと は別 の 発 生起 源 を持 つ も の 4 ) こう し た 実 が 多 い. これ らの 実践 を 通 じて, カ ウ ンセ リ ン グ自 体 が広 が りを もつ よ う にな っ た と い える1 ‐ 践の 源流 は, 第 2次 大戦 直 後 に さか の ぼ るも の である が, 1960年代 の アメ リ カ に おいて 急速 に発 展 した. そ の 中 で特 に 際立 っ て い るの が 「エ ンカ ウ ンタ ー運 動」 である. エ ンカ ウ ンタ ー と は, 人 と 人 が 出会う と い う 意 味 であ り, C ・R ・ロ ジ ャ ース が運 動の 創始 者 と され て いる. そ の 基 本 的 立 場 は, 1) 指 導 者 と 被 指 導. 者, または教育者と被教育者という概念体系を捨てて, 真の意味の学習者としての人間を育成する‐ 2) 講 師が抽象概念を注入するのではなく, 常に前進的・建設的・創造的に探索し行動することのできるパーソナ リ テ ィ を, 参加 者 自身が体 験 的に発 見 し, 改変 して いく た め の, 学習 の 場 と して の ワーク シ ョ ッ プを 用 意 す. る, ということである. この小集団の出会いは, 本質的には集団精神療法でもあるが, 数え切れない程の多 数 の アメ リカ 人 が, 教会 や会 社 や個 人 の家 で, 又そ の他 の セ ンタ ー で行 わ れる ワーク シ ョ ッ プに 参 加 して き 254.
(6) . 1-クショップと造形教育 ヮ. (2). た‐ その結果, カウンセリングは個人回復にとどまらず, 組織開発や地域住民活動と結びつき, あるいはフ 1 5 } リ ー ・ス ク ー ル や オー プン・ス ク ー ル な どの 教育 改革運動 へ の 理 論 的根 拠 を 提示 す る に至 っ た . 日 本 で は. 1970年代 に初 め て 実 践 が お こなわ れ 今 日 に 至 っ て い る.. 縛 ) 美術館教育とワークショップ 美 術 館 教 育 に おけ る ワ ーク シ ョ ッ プは, アメ リ カ の 美術 館 の 教 育 活動 で始ま っ た と さ れてい る‐ も とも と. は作家と観客とのアトリエでの親睦的なトークを指していたが, それが次第に拡大解釈され, 美術館での幅 広い実習の講座や研修の場を意味するようになってきた. その後も様々な模索の中で青少年向けの基礎造形 6 1 ) 講座や定所得者層, 障害者のための プログラムなどへと, その対象を広げてきた . 日本の公立美術館では 講演会, 作品解説などのセミナー型教育活動 は従来から行われていたが,1970年代から, 「実技講座」 「実技 教室」 のような呼称で成人向けの体験型美術実技教育が始まっている‐ しか し, そこでの内容の専門化傾 80年代からは児童向けに重点が置 向, 閉鎖的傾向への指摘と, 学校教育との連携性の欠如への反省から, 19 か れ る よう に な っ て きた‐ そ れ と共 に, これ ま での講 座の 概 念を 越 えた 「ワーク シ ョ ッ プ 活 動」 と して認 識 され る よう に な っ て きた‐ 1 7 } 日本 で最 初 に ワ ーク シ ョ ッ プの 言葉 を用 いた の は, 1981年 に 開館 した宮 城 県 美術 館 である と され る . 以 来, 多く の 美 術 館 の 教 育 普 及活 動 が, ワーク シ ョ ッ プの 呼称 を用 い た 実 践 を行 う よ う に な っ た‐ ま た, ワー ク シ ョ ッ プと い う言葉 が 日 常 化す る につ れ て, これ らの 「作 る」 こ とか ら美術 への ア プ ロー チ を 図る 企 画を 「ワー ク シ ョ ッ プ」 と 呼 ぶ 場 合 が 増 えて きた‐ 子 ども を 対 象に した 感 受性 訓 練 が 目的の 体 験 学 習 は, ワー , ク シ ョ ッ プの 代 表例 の よ う に 使わ れ て い る.. 当初は, 従来の実技講習の域を出ない個人的な体験学習を呼ぶこともあれば, セミナー形式による, 「見 る」 こと を 通 じて の そ れ にも用 い る よ う に な り, そ こ に は美術 館 教育 に おける, 「実技 教育」 と 「鑑 賞 教育」. の2領域をいかに扱うべきかの問題と相まって, 一種の混乱すら見受けられる状況もあった‐1981年に開館 した宮城県美術館と1990年に開館した水戸芸術館は教育普及活動に関する最も先進的な活動を行っていると 評 さ れて い る‐ しか し, この 両美 術 館 での ワ ーク シ ョ ッ プとい う言葉 の 解 釈 に は相 当 な 開き が ある. 宮 城の 1 8 ) 場 合 に は創 作 活 動 中ひ, しか も個 人 レベ ル に 対 応 した制 作 およ び ア ドヴ ァイ ス の ことを 指 して い る こと に 1 9 ) 対 して, 水戸 で は用 語 の意 味を 最 大 限拡 大解 釈 して いる‐ 水戸 に おける 『ワーク シ ョ ッ プの 定義 と 目 標 』. によれば,「現在, ワークショッ プは様々な活動にその名称が使われており, 本来の仕事場, 工房, 実験室と “ワ ー ク シ い う ニ ュ ア ンス を 離 れ て 意 味 を拡 大 して きて い る‐ 」 との 前提 に立 ち, 「水 戸 芸 術 館 で は, ョッ. プ” を①ギャラリー脇にあるアトリエの呼称として, ②教育普及部門の総称として, ③教育普及部門の呼称 と して 使 う も の とす る‐ 」 ま た そ の 目標 と して は, 「① 関わ る 人 が, 様 々 な 本 当の 出 会い の 可能性 を 持 てる こ. と‐ ②出会いに対し, 心を素直に開いて新しい発見が出来ること. ③見つけたものと個人の関係を見極め, 自分で反応出来ること. ④また芸術館そのものを, 自己啓発していく活動の場であることも忘れてはならな い」 としている. 宮城がいわゆる従来型の美術館であることに対して, 水戸は現代美術を紹介することに主 眼を置 い て いる こと に も よ る が, ワーク シ ョ ッ プとい う用 語 は, 美術 館 に欠 落 して いる 問題に 対処 す るた め. の方法的意図から, 経験を皆の所有物として分かち合っていく活動そのものを指すようになっ たともいえ る‐. 世田谷区立美術館は前2者の中間にあたる1986年に開館した‐ 以来, 従来の威圧的な美術館の雰囲気を壊 し, 地域住民や子供にとっての日常的な遊び場としての美術館を目指し, 独自のワークショッ プ活動を展開 して きた. しか し, そ れ ま で盛 ん に用 い られ て い た ワーク シ ョ ッ プと いう用 語 が, 1994年の 時点 か ら使 われ 2 0 て い な い. 世 田 谷の ワ ーク シ ョ ッ プ企 画を 一 人 で立 案 して きた高 橋 直 裕 )の この判 断につ いて,「高橋 は ワー 255.
(7) . 新. 井 義. 史. ク シ ョ ッ プと いう 言葉 を 思 い 切ろ う と して いる よ うだ, そ の こと は高橋 の 中 でと う とう ワーク シ ョ ッ プが 借 り物 で はな い 何 か にな っ たと いう ことの あ らわ れ か も知 れ な い2割 と言 われ るよ う に 日本 の美 術 館 教 育 に , おける ワーク シ ョ ッ プ は, そ の 先 端 に位 置 して きた 美術 館や プロ グロム を 開拓 して きた学 芸員 に と っ て は , 約10年 間 で, 用 語 と しての 成 熟 を 果た した と 言 える のか も 知 れ な い‐. 「最近のワークショッ プは作品完成を目的とせず 遊技の中で自由な発想を育てる方向性が明確化したの , が 特 徴 であ り, そ れ以 上 に 『素 材』 や 『行 為』 その も の と 取 り組ま せて む しろ 『美 術』 か ら離 れ る実 験 的 , な プロ グラ ムも 行 われて い る (中 略) 21世紀 の美術 館 の顔 は, 私の 予 想 で は 映 像 を 含 む 『複 製』 と こ の , 『ワーク シ ッ プ と な る はず なの で これ か ら はコ レク シ ンの 展示活 動 と 有機 的 に結 ばれ た総 合 的 な プ ョ 』 ョ , 2 2 ) こう した 表 現 か らは 日本 の 美 術 館の ワー ク シ ロ グ ラ ム作 りの 時代 と なろ う‐ 」 ョ ッ プは, そ の活 動そ の も ,. のがすでに教育普及活動のベーシックな位置づけを確立し, 変化の過渡期を向かえたとも言うことができよ う‐ した が っ て, この10年 間に お ける 日本 の美術 館教 育の ワーク シ ョ ッ プ の 状況 は 現在 の 時点 でその 形 態 を , 以下 の よ うに整 理す る こと が 出来る だろ う.. 1) 講義・講演形式の教養講座ではなく, そこでは 「一種の体験や創作が可能な場」 であること指す. 2) いわゆる従来型の実技講習・講座のカルチャー・センター的概念にとらわれない 「自由な創作活動が 可能 である」 こと を 指す.. 3) たとえ指導的な人が中にいても, そこで 「参加者が相互に交流し, 自主的に何かを体験したり創作す る場」 を 指 す‐ 4) 「全員 が 対等 な立場 で協力 しあいな が ら, ひ とつ の 目的 ある い はテ ーマ に 向か っ て, 活 動 を展 開 してゆ く 場」 を 指す. これ らいず れ の ワーク シ ョ ッ プに おいて も, 「指導 者一 対 「被 指 導者」 の 関 係 が 従 来の 一方 向的 な知 識や ,. 技術の切り売りからは脱皮した場として設定されているといえる. しかも, 形態が発展するに従って, 複数 の人間の相互のかかわり合いが重視され, それによる創造的な価値が発揮されることになる. この4種の形 態 は, いわ ば ワ ーク シ ョ ッ プの 発 展形式 でも ある. しか しな が ら, 4) の 形 態 は仮定 と して の 状態 であ り 現. 実には不可能である‐ 3) の形態は指導, 被指導の関係を越え相互主体的なコミュニケーションの関係を追 及す る プ ロセス でも ある‐ 「つま りワ ーク シ ョッ プは, 単 に何 か を作 る活 動 ではなく, 人 と 人, 人と モノ に 対. 話的な関係をつくり, 共通の目的に向かって, 個々の能動的な意識を築き上げていく, 創造的な行為 であ 3 ) と の 認 識 は 美 館ス タ る2 」 ッ フに はす でに普 及 しつ つ ある。 今 後 はいか な る プロ グラ ム をも っ て, 一 般 , 術. 市 民 への 普 及を 図る か が課題 と されて い る と いえ よ う‐. 3. 精神 活 動 と して の ワ ー ク シ ョ ッ プ. ワーク シ ョ ッ プ的 シス テ ムが創 案 され, 社 会 に と っ て 必要 な 方法 と して 受 け 入れ られ, さま ざま な 領域 で 展 開 されて きた 理 由は どこ に ある の だ ろ う か. ワーク シ ョ ッ プの理 念 と は何 か を考 察す る に あた り, こ こで はま ず, ワーク シ ョ ッ プと い う方 法 が生 み 出 され た 時代 背景 をた どる こ と に す る‐ 前 節 の( 1 )~( 3 )の ワ ー ク シ ョ ッ プの 手法 は, い ずれ も が1960年 代 の アメ リ カ に おいて 展 開 され は じめ た も の である. それ に は 60年 ,. 代のアメリカの社会が,「文化的解体と再生の時代」 と呼ばれた, 急激な転換をみせた時期であることが背景 にあるのだろう. 北部から南部への大規模な人口移動. キング牧師を指導者とする公民権運動 (差別廃止運 動), お よ びイ ンディ ア ン・黒 人 ・メ キ シコ系 な ど, さま ざま な 人種 ・民 族の 主 体性 を 求 め る 文 化 的 . 政 治. 的運動, ベトナム反戦運動, 婦人開放運動, 既存の価値体系に挑戦するいわゆるカウンターカルチャー (対 256.
(8) . ワークショッ プと造形教育. (2). 0年代のアメリカは, 社会・文化の両面から体制の変革が図られた時代であった‐ 抗文化) の登場など, 6 また, この時代は, 現代人の疎外状況と神経症的傾向の増加が顕著になってきた時期でもあった. 欄熟し た文明が自由をもてあます人間像を生み, 社会における管理化傾向を増大させ, 個性的エネルギーの発露は 押 さ え られ, 人 は慢性 的欲 求不 満に 陥 っ て いく‐ ワ ーク シ ョ ッ プがひ とつ の 解 決手 段 と して, 期 待 さ れ, 受. け入れられてきたのは, まさにこのような, 社会生活におけるこれら現代の, 社会学的人間論において問わ れているところの, 不安感, 飢餓感を背景に した, 人間的問題のゆえであったのだろう. 共同社会が解体し, 孤独なまま大衆社会に投げ出されている現代人の疎外化状況は, 芸術家においては, さらに一層深刻であると言えるだろう‐ 個人の個性的スタイルに絶対の価値をおく社会の要請に応えるため には, 現代の芸術家は, あえて孤立化を選ぶしかないのであるから‐ そこには人間関係の慢性的飢餓感が生 じることになる. ギル ドの管理体制と相互扶助により, 一種の共同社会を形成し, 集団活動を展開しえた中 世 の 工房 は, 見方 にも よる が, 精神 的 に は, む しろ 豊 か な シス テ ム であ っ た と 考 え られ る‐ 2 4 ) 日本 に おけ る ワ ーク シ ョ ッ プ の草 分 け 的存 在 と して 知 られ てい る 及 部 克 人 は, この用 語 が 日本 に はい っ てく る 以 前 か ら, 同種 の独 自の活 動 を展 開 して い た. 1973年 か らの 子 ども の た め の 遊 具作 りに始ま り, 83年. から90年までの東京都美術館での基礎造形講座は美術館におけるこの種の活動の先駆け的実践と評されてい る. 及部はその後, まちづくり活動への参加などの地域活動, 地域にある社会活動施設 (公民館‐ 美術館) との協同作業などへと活動の幅を広げていった‐ 「ワークショッ プは 多国籍 多世代の人々が, 同時多発, 多重交流を通じて, 身体で考える集団創造の , , 5 ) と の認 識 は 演劇 ワ ーク シ 1977 ), テ ーキ ン グ・ パ ー ト・ ワーク シ ョ ッ プと の 方 法 です2 ョ ッ プと の交 流 ( 」 ,. 出会い ( 1978 ) など, 彼の拡大的活動の中で確立されてきたものである. 多様な民族, 言語, 習慣が混在す る アメ リカ の よ う に, コミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンの手 段と して の 切 実 な必 要 に は迫 られて いな いま でも, 日本 にお. いても, 都市化による社会連帯的な意識の崩壊をはじめ環境から心理にいたるまでの状況の回復という面に 意を払うべき時期に来ていよう‐ 日本 の 美術 寸館 教 育 に おけ る 当 初 の ワ ーク シ ョ ッ プは, そ れま での 「講 座」 に よ る学 習方 式 へ の批判 か ら,. 参加者の自発性や参加意識を深めていこうとすることを目的に取り入れられた手法でもあっ た. そこには 「作 る こ と」 「見 る こ と」 と い っ た 美 術 とい う 分野の 中 での 一 種 の 技術 と して の 位 置 づ け も あ っ た. し か ,. し, 及部を始めとする多くの指導者による実践的経験の積み重ねにより, ワークショッ プの概念の深化が図 られて きた. そ の 結 果, 美 術館 での ワーク シ ョ ッ プは街 へ と 持 ち込 ま れる よ う に な り, 美 術 と い う 分野 に と どま らな い 活 動原 理 と して の作用 に 関心 が払 わ れる よ う に な っ て きた. ミ ュ ー ジア ム ・ ワ ーク シ ョ ッ プ はそ の 特 殊 性 を 越 え, 創 造 的な活 動 の た めの コミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンの方 法 と して の ワーク シ ョ ッ プ原 理 を 明確 に 意 識 す る よう に な っ た とい える だろ う. 2 これ ま でに 見て きた,( 1 )自 己変 革 ・ 人 間性 開発 (カ ウ ンセ )地 域 社 会 形 成 (コミ ュ ニィ プィ ・ デザイ ン),(. )芸術の革新運動 (演劇の創造母体), @)人間に目を向け始めた美術館 (美術館教育) 等の諸例を 3 リング),( 通 じて 言 える こと は, 「現代 的 ワーク シ ョ ッ プ」 は, ま ず 本 来 的に は グル ー プワ ーク, す なわ ち 「グル ー プの 機 能や 特 性 を活 用 した ア プ ロ ーチ である」 と い う こ と である. 「手 法」 と して は, 集 団活 動 を は じめ, さま ざ ま な 対 話 ・行 動 を 通 して, 特 定 の 課題 に従 っ た, 芸術 的・身 体 的 な 自 己表 現 とコミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン が ベ ース に なる と言 え よ う‐ そ してま た, 集 団活 動 の 中 で, 出会 い と コミ ュ ニ ケー シ ョ ンを 通 じて の 自己変 革, す な わ ちひ と りひ と りの 人 間存 在 の 基本 を 問う こと にま でつ な が っ て いく 活 動 だ とい う こと である.. したがって, 小はさまざまなサークル活動, 職場の民主化運動から, 大は文化組織, 住民運動, まちづく りに至るまでの, 人間や環境のあり方を問い直す, 広い視野に挑む姿勢に発展して行くのである. それらの 諸実 践 を 通 じて, ワーク シ ョ ッ プ 自 体 が, そ の 理解 と一層 の広 が りを 持 ち う る の だ と 言 っ て 良 い. い わ ば 257.
(9) . 新. 井 義. 史. ワーク シ ョ ッ プの 「理 念」 と は, も の をつく り出 す た めの 人 間相 互の 啓発 的な行為 に は違 いな い もの の, そ. のプロセスにおいて, 自己と環‐ 境 (社会) に対する洞察と改変の意思を生み出し, そして一種の社会的なエ ネルギーとなりうる能動的・生産的な創造的行為であるといえるのだろう.. お わり に. 個人をとりまく世界は限り無く広い‐ タテの生命意識の深さ, 横の社会意識の広さ. その交錯するところ に個人の位置がある‐ その世界と個人とを媒介するものが, 言葉であり, 芸術である‐ 学校教育における造 形 教 育 は, こ れま で, タ テ の 生命意 識 を 主た る テ ーマ と して 展 開さ れて きた‐ ワ ーク シ ョ ッ プ は 人 と人 , , 人と 社会 を コミ ュ ニケ ー トする 手 法 と して 浮 上 して きた‐ 人 に 向か い始 め た 美術 館 が, ワーク シ ョ ッ プに 寄. せる期待もそこにあろう. ワーク シ ョ ッ プに おける 行 為 の 重 視, と い う面 に関 して い え ば, 学校 教 育 に取 り入れ られ る よ うに な っ た. 「造形遊び」 にも同様の考え方が含まれているといえよう 造形遊びは平成元年の学習指導要領改訂時に3 ‐ ・4 年 生にま で広 げ られ た が, これま での 美 術 教 育 での, 先ず 初 め にイメ ー ジあ り きと い う 「意 味 づ け」 を 主 に した 内容 に 対 して, 造 形 遊 びは, 子 ども は 「行 為」 をす る こと に よ っ て 「意 味」 を 明確 化 して いく 存 在. であるとの考え方に立っている. そこには従来のように作品を残すのではなく, 活動そのものに意義を認め ようとの認識がある. これは人間形成の機能への重視であり, 図工教育の拡大意識とも思われる. 「地域によっては造形遊びがなかなか定着しにくいところがあるようです 造形遊びによって何が育つの . 6 ) との 指摘 がある か とい う こ とが, 先 生方 に は っ き り認識 されて い な い こと がそ の 理 由と して あげ られる2 」 .. 造形作品は目に見えるものであり, そのための能力育成にウェイ トを置いてきた従来型の図工教育からの, 指導者における意識の脱却が図られる必要があろう‐ また, 児童への教育活動へと目を向け初めた美術館の 活動に関しても, そこでのワークショッ プ的活動と学校での図工教育との棲み分けの問題も今後明確にされ る 必要 が あろ う‐ 公 教育 と して 「造 形 遊 び」 が 果 たす べ き機 能 と, ミ ュ ー ジア ム ・ ワーク シ ョ ッ プが 確 立 す. べき機能との役割り分担が明確化され, しかも両者が有機的な連携活動がなされるような配慮が当面の重要 な課題であろう.. (本学釧路校助教授). 註 1) 新井義史‐1993:ワークショッ プと造形教育 (1) 実践報告 「コラボレーショ ン/釧路市公民館フロ ッタージュ ・ プロ ジェク ト」 北海道教育大学紀要 (第一部C) 第44号, 第1号,83一9 5頁 『 『 2) 中島文雄編 英和大辞典』 197 8 岩波書店, 渡辺静夫編 ラ ンダムハウス英和大辞典』 1994 小学館, A. S r nby 『oxford .Ho Advanced Lea i rners Di ct ona ry』 1980を 参 考 に した‐ 3) ロ バ ー ト・ 力 フ ラ ン 『巨 匠 の 世 界 ミ ケ ラ ン ジ ェ ロ』 36頁. タイ ム ライ フ ブ ッ ク ス. 4)16世紀以降には職人とは区別された芸術家の団体としての美術アカ デミーが設立された. しかしアカデミーでは主として理論面で の教育が行われ,17 8世紀になっても, 芸術家の技術的育成は依然として工房を中心に行われていた‐ ,1 『 ペブ 5) N. スナー 美術アカデミーの歴史』197 4 p‐2 32 中央大学出版部 i ks hopを指す‐ 6) Tak ng partprocess Wo r imi da 7)『 1 9 9 2 7 9 8 頁 集英社 s 』 ‐ ‐ . イミダスの分野別解説では, ワークショッ プを 「都市」 の項目で扱っており, 内容としてはコ ミュニテイ・デザイ ンのみが述べられている‐ 8) 精神科医の宮田国男は道東のつるい養生邑設立のための活動と して1982年に 「新 しい治療・生活共同体創造に向けてのワーク ショッ プ」 を実施している‐ 彼は, この一連の活動の中で, エンカウンター合宿, テーキング・パート・ワークショッ プなど, 本稿 258.
(10) . ワークショッ プと造形教育. (2). で扱った多くのワークショッ プ活動に関し早期より極めて正確な把握をし実践している‐ 9) グロトフスキーはポーランドの演出家‐ 『実験演劇論』 で知られる‐ 10 ) 鈴木忠志 『演劇とはなにか』 198 8.55頁. 岩波書店 11 ) 前掲書 10 3頁 1 2 )C .R .ロジャースはアメリカの心理学者‐ クライエント中心療法やエンカウンター・グループの創始者として知られる‐ 『カウンセリングを学ぶ』 1 1 3 ) 水島恵一編‐ 979 ‐123頁. 有斐閣社 『 1 4 ) 水島恵一 自己探求と人間回復』1978 大日本図書を参照した ‐ ‐ 集団カウンセリングの方法には各々 に名 称が付け られている が, それらの相違点は不明確である‐ 1 5 ) ロジャースは,60年代後半, 全米をあげてブームとなった 「人 間性開発運動」 の理論的旗手と目され, 教育の問題にも強く関心を 寄せていた‐ 16 99 3‐1 90頁 明星大学出版部 ) 井出洋一郎 『美術館学』 1 「 17 美術館とワークショッ プ」 『BT』 Vo l 199 2年. 2月号‐76頁. 美術出版社 ) 高橋直格 .44 .NO.650 . 1 9 9 3 1 1 18 日本文教出版 1 8 2 3 頁を参照した 宮城県美術館の普及部では ) 『DOME』 VOL 一 ‐ ‐ ‐ ‐ , 現在はオープンア トリエとワーク ベ プとを配置している 主に美術相談を行 ショッ っている‐ 造形課長の藷正弘が中心となっている. ‐ 前者は通常の ース活動にされ, 彼は, 一般的なグループ・ダイ ナミクスとしてのワークショッ プには批判的な意見を持ち, そこから抜け出る必要を述べている. 19 ) 教育学芸員を志し, 水戸芸術館に研修に来る者に配付した資料の一部である‐ 20 ) 高橋直裕:世田谷美術館学芸員 2 1 ) 『DOME』. VOL .19 .1995 . 17頁‐ 日本文教出版 2 2 ) 前掲書 16 )191頁 23 ) 降旗千賀子:目黒区美術館学芸員 「ワークショッ プの可能性を求めて」『街から美術館へ美術館から街へ. 日本・ ドイツ美術館教育 シンポジュームと行動1992報告書 1994‐ 180頁‐ 日本文教出版. ) 及部克人:武蔵野美大造形学部デザイン学科教授 2 4 25 ) 及部克人 1994年5月 「香北今昔地図大布絵づくり呼びかけ文一 より‐ 『DOME』 VOL.ILI993 . 日本文教出版 27頁. 26 ) 岩崎由紀夫. 259.
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