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<論文>オフィスシステムの革新と情報システム 利用統計を見る

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著者

涌田 宏昭

著者別名

Wakuta Hiroaki

雑誌名

経営論集

51

ページ

21-52

発行年

2000-03-15

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00005566/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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オフィスシステムの革新と情報システム

涌 田 宏 昭 1.まえがき 2.オフィスシステムの検討 3.事務所的検討 4.作業的検討 5.手続的検討 6.システム的検討 7.システム研究からの新しい展開 8.組織のシステムと情報系 9.情報技術の進歩と情報系 10.むすび 1.まえがき 情報技術の進歩が、ビジネスの方式や経営システムに大きな影響があったことは周知の事実であ る。しかしこの影響を1960年頃、予測し、その具体的構図を描いていた人は少ない。極論すれば、 当時の経営学の実力では皆目見当もつかないことであったに違いない。この頃は、わが国では、マ ネジメント論の体系化と整備が課題であり、経営者論、企業体制論が研究の主流であった。また、 第2次産業が主たる対象とされていたから、生産管理、工業管理の研究者が多く、経営工学も次第 に体系の開発に力が注がれていた。 この中で異質と思われたものに、平井泰太郎(神戸大学)を中心として推進された“経済経営研 究所”から発行された「経営機械化叢書」が存在した。第1冊目は、1952年に発行された“経営機 械化技術論”として世に問われている。第2冊は4年後の1956年に発行されているが、その後はほ とんど毎年出版されてきた。 当初の叢書は、PCSの技術が多く参照されていたが、第2の「会計機械化研究」から電子計算 機が登場する。しかし研究の多くは、事務機械化や会計機械化といったテーマでの研究で、経営機 械化そのものに関する論文は小野二郎の“システム・スタディに関する考察”であろう。1962年 の ことである。この1962年といえば、関西でその前年、経営システム研究会が作られていた。甲南大 学(当時)山本純一を中心として筆者も参加したグループであったが、この頃から経営の研究にお いてもシステム研究の必要性が感ぜられるようになってきた。アメリカではすでに50年代、優れた

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論文が発表されており、オートメーションの実践は、この理論に支えられて発展したといってよい。 60年代前半の文献としては、システム研究会編『経営システムの研究』1964,(筆者も執筆)、訳 本としてチェスナットの『システム工学の方法』(糸川訳)1963,シューシェルの『管理システム の改善』(石川訳)1963,ゴーディトマコールの『システム工学』(森口訳)1964等があった。 その後、論文の数も増えたが、システム研究は、経営学プロパーの人たちよりもむしろ工学系の 研究者たちによって取り扱われ、組織や経営意思決定論などに導入されるのは多少の時差があった。 一方実務界では、生産関係や企画関係で問題となってきていたが、やがてコンピュータ関係の主題 となっていく。いわゆるシステム設計であり、ビジネスプロセスの研究が取り上げられる。 このような推移の中で、もっとも早くシステム思考を採り入れてもよかった事務管理の分野では、 意外と遅く、事務そのもののもつ本質が、情報システムそのものであると考えることも遅かった。 事務能率の研究家が多かったからである。またオフィスの設計や運用にも事務管理の研究の主たる テーマもあったが、建家という場に捉れていて、情報との関係でそのオフィス機能を考えるという ことにはならなかったのである。 したがって、伝統的事務管理論という分野とその体系から抜け出て、全く新しい視点から事務そ のものを研究する必要があったが、組織構造の中で理論的に研究するには、なお不十分な環境で あった。1950年代の後半にわが国に紹介されたサイバネティックスの理論はこの要求に応える分野 をその後明示していたのだが。ともあれ、その流れから発展する事務は事務システム論であり、構 造的事務論となる。そして、やがて1970年代から80年代の情報技術発展に促されて、情報システム とネットワークの中に立つオフィスとして考えられるようになった。はっきりした技術展開は1980 年代後半からであり、特に90年代の後半ではその色は濃いものとなった。SOHOとか、バーチャ ルオフィスといった理論の展開もこのような変化の中から生まれたものである。ただ、発展の背景 は同様といえるが、アメリカに比べて日本は少なくとも数年遅れていた。 次に、事務についての研究について歴史的にこれを展望しながら、組織の中で今日の情報システ ム・情報技術の理論的な位置付けを考えてみることにしよう。 2.オフィスシステムの検討 オフィスシステムの根本は、事務をどのように把握するかにある。そこで、これまでの代表的な 事務管理の論者の説によってみることにした。これまでの事務管理論者の諸説によってアプローチ を試みてみると、次の4つの方法があげられる。  ① 事務所(office)的検討  ② 作業的検討

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 ③ 手続的検討  ④ システム的検討 元来、事務管理は、周知のように工場管理(shop management)に対する事務所の管理として発 展してきた。それらの開拓者たちは、事務というものよりは、事務所そのものについて考え、事務 所の機能を論じ、その中における作業としての事務活動の管理方法を考えた。これが第1のアプ ローチである。 しかし、事務所の機能を明らかにし、事務所そのものの本質を追究することは、何も事務の実体 を明確にすることにはならない。事務所は場所的なものであり、事務は経営活動のなかに生起する 1つの現象的なものであるからである。 したがって、事務を、はっきりと作業そのものとしてとらえ、その作業的意味を追究し、その現 象を解明しようという考え方が起こった。すなわち第2のアプローチである。 そして第2のアプローチは、さらにその事務作業をより高度の立場、すなわち経営体全体の構造 のなかから考察し、その実体と機能とを把握するという方法に発展した。つまり、経営活動のなか で生起する事務が、その活動のなかで、どのような関連と意味をもち、どのようにして、その活動 の1部として構成されているのかを検討したのである。この見方は、詳細にはいくつかの解釈があ るけれども、要約すれば、1つの手続(procedure)的関係のもとにとらえ、その実体を明らかにし ようとしているといえよう。第3のアプローチ、すなわち手続的検討がこれである。 以上、3つのアプローチの方法に対して、第4のアプローチは、その事情をいささか異にする。 それは、伝統的事務管理論のなかで発生したというよりも、別の領域で発展したものということが できるからである。それはたぶんにサイバネティックス(cybernetics)の思想に影響され、その思 想を基調としている。経営にサイバネティックスの哲学を適用し、その側面の探究がすすむにつれ、 それは従来、事務管理の領域で扱っているものと、ほぼ同一性のあることが判明してきた。1960年 代後半の経営のシステム論がこれである。 もっとも、事務管理論者のうちにも、これまで、システム(system)なることばを用い、それら しい考え方を示した論者も皆無ではないが、システムとして本格的にとりあげ、論じられたのは、 サイバネティックスの発展以後であり、この側面からであると見てよい。そこで、第4のアプロー チは、システム的アプローチと名づけるのがふさわしいであろう。 つぎに、これら4つのアプローチにしたがって、各論者の考え方を検討してみることにしたい。

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3.事務所的検討 事務管理の文献のなかで、事務所の機能を論じたものは多い。その代表的な見解についてみると、 まず、ダーリントン(George M. Darlington)の考え方である。それは、経営組織における各機構、 すなわち、生産、販売、人事、財務、最高管理などと事務所の関係づけを行なったもので、彼はこ れを「事務所は、各機能相互のためのいわば手形交換所としての働きをするばかりでなく、それは、 各機能に存在する事務作業をとりまとめて行なうものである」(注1)としている。 また、「事務所は、いわばわれわれ人体の神経系にあたる役割を果たしている。すなわち、各機 構からメッセージ、報告書、指令を受け取り、それらを他の機構に伝達する。その神経の末端は、 経営体の外部に接触し、そこから得られたものを当該機構に伝達する役目を果たしている」(注2) と もいう。ダーリントンは、それを図化して第1図のようにあらわしている。 第1図 統合機能としてのオフィス この考え方は、経営体のなかでの事務所の地位を性格づけたものであるが、事務所というものと 事務というものとの機能を明確に区別していない点で、不十分なところがある。というのは、あま りにも事務所という点にこだわり、事務作業の本質を見きわめなかったからである。 これに対して、ワイリー(Harry L. Wylie)は、事務所を経営管理と結びつけて、より深く考慮 しようとしている点で、いくらかの進歩をみせている。すなわち彼らは、事務所は、統制機構 (control mechanism)であるとする。   「事務所の目的は、企業の各部門にサービスを提供することにある。ウェブスターの辞書は、 事務所は、ビジネスのための場所(place)であるとしている。この定義は、事務所の役目が理 解されるにしたがい、ますます重要なものとなろう。事務所はそれ自体ビジネスではなく、統制 機構が存在する場所である。それは、経営者や事務職員が働く場所であって、そこでは、郵便物 が処理され、企業と公衆とがそこで接触し、いろいろな活動、記録というものが、できるかぎり の範囲で集中されているようなところである。」(注3)

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このようにワイリーは、事務所を経営活動をささえる補助的用具としてとらえ、それは、統制機 構の存在する場であるとしている。したがって、   「事務所は、生産と販売との間の統制センターとして奉仕するものであって、企業の神経系で ある。事務管理部長(office manager)の義務は、他の部長と協力することにある。そして、彼 の仕事は他の部長から協力を得るにある。というのは、経営組織における統制機構を確立するに は、協調ということが、権威よりも、経営組織を成功的なものとするために大きな役割を演ずる からである。」(注4)ということになる。 つまり、経営活動は事務所を通じてうまく結ばれ、1つの統合的活動を遂行できるというのであ る。事務所は、経営の諸活動を統合し、結合するものであり、その場所である。つまり、そこに統 制機構が存在する。ワイリーの考えは、このような側面から事務所を解明したといえるであろう。 しかし、統制機構を問題にするならば、事務所という場よりも、事務そのものの働きを、その問 題の対象とすべきであったといえるのではないだろうか。 ミルワード(G. E. Milward)編集の“Organisation & Methods(組織と方法)”の本は、見方は、 前二者と大きな違いはないが、この点をとり上げて問題としているうえで思考上の発展がある。そ の要旨は、つぎのように述べられている。   「多くの会社において、組織と方法とは、事務所で遂行されているペーパーワークに大部分関 係がある。事務所は、工場、倉庫、発信所、管理部などにおけるあるなんらかの室であって、そ こでは、事務作業(clerical work)が行なわれている。しかし、組織や方法を通してみれば、事 務所は本源的には、経営者につぎのものを提供する企業の経営司令部である。  ・コミュニケーションのサービス  ・過去の取引や作業の記録   企業経営においては、会社は、仕入先や顧客と意思の疎通をはからねばならない。また、株主、 銀行、保険会社、労働組合、中央政府、地方政府などともそうである。また、経営者、管理者相 互間において意思疎通の必要がある。なぜなら、製品、価格、顧客、競争会社、カネ、人、機械 などについての情報が要求されるからである。情報は必要とされるばかりでなく、コミュニケー ションの経路を設定することを要求する。事務所の目的は、情報とサービスとを準備することに ある。   そしてこれを継続的に行なうには、企業は、現在の状態と過去の状態とを関係づけてみること が必要である。企業は、メモリーをもつ必要があり、それではじめて、情報を参照したり、古い 情報を見なおしたりできる。それゆえ、記録は、特定の取引についてのすべての情報がスピー ディに獲得できるような方法を企業活動のなかに保たねばならない。事務所は、記録された情報

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のメモリーを準備するものである。」(注5) そして本書は、事務のプロセスには、5つの段階があるとして、これを下記のようにまとめてい る。(注6)  ① 情報の収集(assembly)  ② 再整理(rearrangement)  ③ 記 録(recording)  ④ 伝 達(transmission)  ⑤ 解 釈(interpretation) これは、事務活動の生起する順序にしたがって段階的に分類したものであって、事務所というも のを平面的にとらえて、その働きを分類したものではない。それは事務作業の縦断的なとらえ方で あるといえよう。このようなしかたは、またミルズ(Greoffrey Mills)やスタンディングフォード (Oliver Standingford)などの考え方にもあらわれている。その所説によれば、つぎのようである。   「事務所の目的は、コミュニケーションと記録(record)のサービスを準備するものとして定 義されてきた。この広義の定義は、詳論すれば、その事務所の機能をつぎの5つの項目に分け、 分析することができる。  ① 情報の受領(receiving information)  ② 情報の記録(recording information)  ③ 情報の整理(arranging information)  ④ 情報の提供(giving information)  ⑤ 資産の維持・保管(safeguarding assete)」(注7) このミルズとスタンディングフォードの考え方を1つの活動の流れとして多少の手を加え並べて みると、第2図のようになるであろう。 第2図

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以上の考え方は、一面において事務管理の発展に貢献しながら、その究明の不十分さにいくらか の問題が残されているといえよう。すなわち、あまりにも事務所というものにこだわり過ぎて、事 務を情報獲得・提供の機能としてとらえながら、その機能が全経営活動とどのように関連し、どの ような意味をもつかについての検討に不鮮明なものを与えてしまっている。「事務所の目的は、コ ミュニケーションと記録のサービスとを準備するもの」という定義は、きわめてあいまいであって、 厳密性に欠けるものといわなければならない。しかし、見方を変えていえば、当時はむしろこのよ うな考え方が、事務作業の意味づけに適当であったかもしれない。この流れは、今日では1つの分 野をもち、事務所管理論として、オフィスづくりに、一定の原理的なものを与えている。 4.作業的検討 作業的アプローチの方法は、事務を事務所という場所的なものから切り離して、経営活動そのも ののなかから事務を抽出し、その機能を検討するものである。その場合、このアプローチは、事務 を経営活動に奉仕する1つの作業(work or operation)として明確に把握する。つまり、事務の実 体を作業として規定するのである。したがって、そこでは、その作業の主体者が問題となり、その 目的、その現象生起、活動の順序とタイプなどが問題とされる。 まず、その初期の研究者は、レッフィンゲル(William H. Leffingwell)とロビンソン(Edwin M. Robinson)たちである。彼らの所説にしたがえば、つぎのように論じられる。   「事務作業(office work)は、本源的には、企業の記録に関係している。すなわち、記録の作 成、記録の使用、そして将来の活用のために記録を準備する事である。」( 注 8 )   「記録は、ペーパー、カード、写真フィルム、あるいはパンチカードで作成されるかもしれな い。そしてそれは、ブラインダーや引き出し、あるいはボックス、棚に保管されるだろう。記録 は、手か、機械でつくられるだろう。それらは、“事務所”と呼ばれる場所でつくられるかもし れないし、また、他の場所で作成されるかもしれない。ところで、事務というものが、事務所と 呼ばれる場所の書記によってなされようと、工場の職長、街頭のセールスマンによってなされよ うと、その仕事が書記的作業であるという事実からみて、事務(office)と同義語に“clerical” ということばが、ときどき用いられている。   その本質的な姿は、それをだれがなそうと、それがどこでなされようとも、それ自体作業であ るという事である。…場所と作業者のいかんを問わず、このように事務を認識することは、その 作業の遂行を改善するための第1歩であるといってよい。」(注9) すなわち、レッフィンゲルとロビンソンは、事務の実体を作業としてとらえ、その作業は、たぶ んに経営活動のなかの記録に関するものだとしている。そしてその作業は、人手か機械によって行

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なわれ、経営活動のすべてに密着して存在することを明らかにしている。このような彼らは、事務 を下記の3つのタイプに分類する。(注10)

① 記録とコミュニケーションとを含む書記(writing)、あるいは面談(interviewing) ② 計算(computing)

③ 分類と整理(classifing and filing)

ここで、レッフィンゲルとロビンソンは、事務を経営における1つの作業として理解し、その作 業の基本的なものとして上記3つのタイプを指摘したのであるが、では、その作業とはいかなるも のかが問題となる。 彼らはこれを3つの点から説明している。第1は経営活動における事務作業の役割、第2は事務 作業が生産的なものか否かという点、第3は事務作業による製品である。 まず、第1の点については、事務作業の働きが、経営体における各部門の調整と結合とをになう もので、それぞれの部門の仕事がうまく果たされるように、これを援助するものであるとしている。 たとえば、注文書作成の事務作業は、その作業によって、受注部門とそれに関連する各部門とが結 びつき、それらが適切に活動できるよう調整される。すなわち、事務作業があってはじめて、経営 活動のなかの諸活動は適切に結合され、調整されると考えたのである。事務作業の機能を、経営活 動における調整・結合機能に求めたのがこの見方である。 そこで、このような機能がはたして生産的なものなのかどうかという問題が起こる。それは、工 場における作業とその質を異にするからである。レッフィンゲルたちの考えは、事務作業は、それ そのものが直接生産に参加したり、生産したりはしていないが、それがなければ、生産活動を合理 的 に 行 な え な い し 、 そ の 助 け に よ っ て 生 産 活 動 が 営 ま れ て い る た め に 、 事 務 作 業 は 生 産 的 (productive)なものであるということができるとしたのである。 そして、つぎのように結んでいる。  「経済学者もいうとおり、生産の助けとなる働きは、経済的観点からすれば、それも生産であ る。」(注11) したがって、第3にあげられた事務作業による製品は、1つのある望まれた結果( a certain desired result)であるというのである。たとえば、生産、財務、販売などの活動を結びつけるよう に努めるという result である。そして、その製品に要求されるものは、まとめてみるとつぎの3点 となる。(注12)  ① その結果は望まれたものでなければならない。ということは、それは期待され、それがなさ れることが、利益になると信じられたからでなければならぬということだ。  ② それは、経営の基本的機能の1つを遂行することを可能ならしめ、あるいはそれをより容易

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になさしめねばならない。  ③ それは、経済的に行なわれねばならない。すなわち、この機能が生ずる費用の点で経済的に 果たされねばならないのである。 以上は、レッフィンゲルとロビンソンによる事務の究明であるが、この追究は、経営活動と事務 機能との関係、事務作業そのものの内容などの点に多少不明確なところがあった。すなわち、事務 が経営において調整機能と結合機能とを果たすという場合、それが経営構造のなかでどのように構 成され、関連づけられるかが明らかとされねばならないし、また、事務作業の性格的分析があいま いだからである。 リトルフィールド(C. L. Littlefield)とピータスン(R. L. peterson)は、この点に注目し、事務の 実体を作業とみながらも、それを情報処理のための作業として、経営における他の機能とは別の次 元でこれをとらえようとした。 「少し検討してみれば、事務を、生産、販売、財務、技術、購買、人事、およびその経営体に必 要とされる他の機能と同列で比べるというのがおかしいということがわかろう。むしろ事務は、以 上の各機能を遂行するのに必要な1つないし1群の過程である(it is a process, or a group of process, necessary for carrying out each of these functions)。その特殊の貢献は、そのおのおのを遂行するのに 必要な情報を準備し、提供することである。」(注13) この考え方の重要性は、事務は以上の各機能を遂行するのに必要な1つないし一群の過程である とみた点である。これは、つぎに引用するチャールス・リビー(Charles O. Libbey )のことばに よっていっそう明確にされている。 リビーいわく、「事務の活動は厳密にいえば職能を構成しない。それはあらゆる職能の部分にほ かならないのである。事務は同質的ではなく、むしろ異質的であって、職能に実体を与えるための 補助的サービスを果たそうとするものにほかならない。たとえば、電話とファイリング事務、郵便 と印刷事務の相違を考えてみよ。」(注14) リトルフィールドたちは、事務を経営体における各機能と並列的にみることなく、それをその機 能の構成要素としてとらえ、その役割を情報の処理に求めた。この辺になってはじめて、事務の機 能的分析、あるいは経営的分析が行なわれるようになってきた。事務が経営活動に密着して存在し、 そのなかに浸透しているというのであれば、そのあるがままの姿、状態をとらえ、それを分析、検 討する必要があったわけである。 この要請は、事務機械化、事務のオートメーションの発展とともにいっそう強いものとなり、レ ヴィン(Howard S. Levin)は、その著“Office Work and Automation”のなかで、事務を情報の処理 活動として規定し事務活動の構成をつぎのように分析した。(注15)

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(事務組織の主要構成部分) ① 情報収集   情報収集過程では、データの収集とその後の処理のための準備的記入を行なう。 ② 情報処理    事務組織内部で情報に加工される作業を意味している。このデータ処理には、書記的事務の ような単純で反復的なものと、情報の分析、評価に際して生ずるデータ処理と、処理された データ、すなわち情報の配布とを含んでいる。 ③ 情報の利用   情報は、主として経営政策や管理活動に利用される。 レヴィンは、このように、経営体の各機能から、あるいはそれを通じて、データを収集し、処理 し、情報化して、有効な情報となったものをまた各機能の活動のために還元すること、これを事務 活動としたのである。なお、アメリカにおける事務管理の論者のなかでも著名なチャールス・B・ ヒックスらの著作“Office Management”では、つぎのように論じている。   「事務所は、企業活動の統制機構が存在する場所である。すなわち、そこでは、統制のための 文書記録、インフォメーション、有効適切な作戦といったものが準備され、処理され、サービス されるのである。そこで書類を処理する作業は、どこでも見出されるので、たとえば、工場や出 張中の社員でも、書類書きはするから、事務は経営組織中の1つの場所で行なわれるものだとい うことはできない。しかし、書類の処理作成という作業の大半が行なわれているところは、一般 に事務所といわれているところである。   ということになると、つぎのような問題がそこにひそんでいる。すなわち、書類の作成処理を 集中してやっている事務所というものだけが、事務活動の範囲であり、そこに事務の研究対象が あると考えることである。というのは、事務はこれだけが事務だといって取り出すのが容易なも のではないからである。企業内のすべての人は、あるなんらかの事務をやっている。つまり、 ファイリングとか、通信、計算、または記録とかいったもののいずれかである。このことは、ど の企業にもあてはまるし、トップの経営者から下部のどの層の人たちにもいえることである。   したがって、事務は、事務所のような場所からよりむしろ、機能的にとらえたときに、もっと もよく把握することができる。」(注16)

また、ジョージ・R・テリーの考えを、その著“Office Management and Control”のなかから引き 出してみると、つぎのようである。

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いに融合し合うための媒体なのであって、企業のいわば生血(lifeblood)といえよう。この意味 で、事務は現代経営の“触媒(catalytic agent)”と呼ぶことができる。   インフォメーションは事務所の産物である。というのは、大部分の事務は、インフォメーショ ンの収集、処理、記録、伝達を行なっているからだ。そして有効適切な経営活動のために重要で 欠くことのできないものの1つである。インフォメーションがそこで作成されるのであるから、 事務所とその仕事との重要性は、強調しても強調しすぎることはない。」(注17) かくして、事務論における作業的アプローチは、当初、その作業の基本的要素分析に力をそそい でいたが、しだいに発展して、情報処理の機能として、経営活動のなかから総合的に研究されるよ うになった。重要なのは、この情報処理機能を経営活動の流れに合せて、そのなかから抽出してい る点である。 しかし、いずれにしても、この段階では、IEの基本である動作時間研究と結んで、その作業管 理の体系を形づくる点に主力がおかれているようである。 5.手続的検討 事務所的検討は、事務所という場所的思考を中心として展開する。したがって、事務の部分的研 究であって、その全体を明らかにするものではない。また、作業的検討では、実際、現実に事務と いわれているものの分析を通じて、それを要素的に分け、それは書記、会談、計算、通信、分類、 整理などという要素から構成されている作業であるとした。そして、その作業が経営のなかで果た す役割を解明しようと試みている。これは、具体的に事務として行なわれている、あるいは事務と 称せられる現象を包括的に説明したものである。 これに対して手続的検討は、かかる事務が、なぜ存在し、その事務が経営体の構成においてどの ような側面をになうものであるかを本質的に究明したものである。このアプローチによる論者は、 まず、事務活動が経営構造のなかでどのように組織化され、どのような順序で生起し、それが経営 活動のなかで、どのようなしくみで結びついているかを問題とする。すなわち、ニューナー(John J. W. Neuner)によれば、つぎのように述べられる。  「大部分の事務作業は、事務システムとルーチン(routine)との1つのパターンから構成され ている。…有効な事務管理のためには、管理者が、事務作業は各種のシステムとルーチンワークと から成り立っていることを理解していることが必要である。そこで管理者は、システムとは事務管 理組織のフレームワークであること、ルーチンワークはこれらシステムのおのおのを形成している ものであることを知るべきである。彼らは、人間の体が血液循環のシステム、神経系システム、呼 吸システム、生殖システムなどの数多くのシステムから形成され、かつこれらのシステムは、数多

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くの小システム、あるいは、ルーチンから成り立っているものであることを医者が知らねばならな いと同じような立場にあるものといえるだろう。」(注18) ニューナーは、このようにして事務作業を1つのシステムによって構造的にとらえ、その具体的 な姿を手続としてみた。「事務作業の手続的分析(procedural analysis )は、科学的管理の心臓であ る」(注19)というのは、その重要性をいかに高く評価しているかということである。 事務における場所的思考は、もはや古典的なものであって、問題にされないが、機能的思考にも 以上のような2つのアプローチの方法がある。 1つは、事務が経営における調整と結合機能を果たす作業であるとして、その作業管理、作業方 法を研究するものである。 他は、事務は経営構造の1つの側面であるシステム中で生起し、システムが経営管理に参加し、 マネジメントとしての役割を果たすとき、経営活動に密着して事務活動が行なわれることである。 この事務活動には一定の秩序と順序とがある。それを手続(procedure)ということができる。手続 は、マネジメントが働く場合の重要なしくみの一部である このようにして、手続関係を重視する立場は、この手続を通して、事務が経営構造の重要な側面 をなしていることを強調する。事務の作業的性格よりもむしろ、ここでは、それが経営諸活動のな かで1つのプロセス、あるいは一群のプロセスをになっていることに注目し、その本質は、経営管 理における手続の体系であるとする。そして、その手続の体系は、経営のしくみの重要な構成部分 であるとする。すなわち、これは事務への構造的アプローチでもある。 この点、マドックとデールとは、事務機能(clerical function)を論じながら、同様の思考方法を 展開している。その主張の要点を考察すると、下記のようである。 まず事務の研究のポイントとしては、「事務所ということばは、経営者や書記やタイピストが、 彼らの日常の仕事を遂行する室を描くのに用いられている。しかし、事務機能は、経営全体に浸透 しており、したがって、事務所と作業、あるいは事務所と倉庫との相違を明らかにしようとするこ とは、問題の係争点をぼかしてしまうことになる。そこで、事務所ということを考察するよりもむ しろ、事務機能について考えるほうがよりよいといえるであろう」(注20)ことをあげている。 そして事務機能を明確に描くために、つぎの諸点を指摘している。(注21)  ① 事務機能は、インフォメーションの収集、記録、伝達の仕事のことである。  ② 経営管理は、事務経路(clerical channel)を通して行なわれる。組織体の頭脳である経営者 は、会社の神経機構を形成している事務システム(clerical system)を通じて、指令を伝達する。  ③ この機能は、生産プロセスの重要部分である。  ④ この価値は、事務の機構的・組織的側面を認識してみればよくわかる。

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 ⑤ したがって事務は、システムを通じて把握するのがよい。  ⑥ システムは、経営体内部において、経営目的を達成するために設定された手続の組織化され た集合体として定義できる。  ⑦ システムは、いくつかの作業(operation)を伴う事務手続(clerical procedure)から成り立っ ている。  ⑧ システムと方法(method)との間には明確な境界線を引かねばならない。  ⑨ システムは、すでに⑥で述べたとおりである。方法は機械的な手段であり、システムを動か す手段(means)ということができる。 このようにして、マドックとデールは、経営体が経営活動を行なうのに必要な側面として手続の 体系を取り出し、その体系を中心に、一方では、その構造をとらえてシステムとし、また一方では、 その体系の内容をなすものを事務と考え、そしてその事務が行なわれる手段を方法としてとらえ、 その活動の行なわれる実体を作業としてとらえている。 この考え方は、手段的アプローチが、1つはシステムという思考を必要とし、他方では、作業的 研究が要求されていることを示している。問題は、事務について考察するとき、手続を中心とする か、システムを中心とするか、あるいは作業という側面によるかということであろう。対象は同じ であっても、その視点の相違によって、事務機能の解釈に違いが生まれてくる。事務活動の生起す るプロセスを重視すれば手続をとることになり、その活動の遂行される構造を問題にすればシステ ムが浮かぶ。事務活動の個々を検討すれば、おのずからそこに作業的思考が生ずるのである。論者 により、考え方が相違したり、著作の構成が変わってきたりするのも、この辺のどこに主力をおく かによるものといえるであろう。 6.システム的検討 システム的アプローチの発展は、事務の問題領域であるが、従来の事務管理の研究者とは別な側 面から出てきたといってよい。すなわち、今日、サイバネティックスと呼ばれている学問とたぶん に関係があり、その影響を受けている。サイバネティックスは、周知のように、「通信と制御に関 する学問」である。経営体でも、いろいろな情報が処理され、各種の制御方法が行なわれており、 またそれが必要でもあるので、サイバネティックスの思考・方法が適用されたわけである。 この種のアプローチでは、まず第1に経営体を1つの生物体と同様に考え、経営体という1つの 組織体(organization)が、経営活動を行なう場合の必要な機構として、情報を収集し、作成し 、 処理し、伝達するしくみ、すなわち、システムがあるものと考えたのである。厳密にいえば、組織 体は、いろいろのシステムから成り立っている。そのシステムのうちに情報に関するシステム、つ

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まり、経営管理情報システム(management information system)がある。また、このシステムがな ければ、経営体は活動できない。そして、彼らはこれを1つの物理的機構としてとらえ、その合理 的デザインや規制方法について研究している。 たとえば、リーム(Norman J. Ream)は、経営管理情報システムが、統合的管理効果を高めるた めの基礎的なものであることを指摘し、さらにその最適のシステムには、事務システム、機械シス テム、データ処理システム、通信機構などを含むデータ処理技術を最大限に活用することが必要だ としている。(注22) このことは、ここにいうシステムが情報に関するある機構であり、それがマネジメントと不可分 の関係にあることを示している。それは、さらにつぎのことばによって裏付けられる。   「事実、統合的管理情報システムの発展のための基礎は、企業の運営に影響するファクターと、 経営者によって要求される経営の計画、統制、執行のための基本的な情報を明確に把握、理解す ることが必要とされる。」(注23) では、このような論者のいうシステムとは、いったい何かというと、その概念は、一般につぎの ように定義できるであろう。   「システムとは、一連の事象の集まり、およびそれに関する手順や、それらの挙動についての ルールをさすことになる。事象の集まりはシステム構成(system composition)と呼ばれ、手順、 ルールは、システム挙動(system operation)と呼ばれよう。さらにいま1つの条件として、われ われの対象とするシステムは、その構成、挙動が人間の力により制御可能のものでなければなら ない。…そこでつぎのように定義されよう。システムとは、一連の事象・事物(生物・無生物を問 わず)の集合体であり、それはあるインプットを受け取り、それらインプットに働きかけて、あ るアウトプットを生み出すように挙動し、しかもインプットとアウトプットとの間にある関数を 極大化することを目的として挙動するものである。」(注24) 事務に関するシステムは、このシステムのうち情報の処理システムと呼ばれるものである。シス テム的アプローチは、このようにして、システムの一般的考察から始まり、さらにそれを経営体に 限定し、経営という1つの組織体のシステムを考える。そして、そこに考えられたシステムは、さ らにいくつかのシステム、たとえば、販売システム、生産システム、経理システムなどに分けられ、 研究される。 このうちとくに情報に関するシステムは、経営の管理機構とともに論じられる。そのシステムを 分析していくと、そこには素材として情報が、機構の柱として手続が問題となる。そして、その全 体を組み立ててみると、従来、事務管理の領域で、事務活動とか事務機能といったものの研究と違 わないことがはっきりとする。異なるのは、視点が違うのである。システムのほうは全体から、従

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来の事務の研究は部分から出発しているからである。 したがって、システム的アプローチでは、経営組織(organization)とシステムとの関係、システ ムを構成するユニットとしてのインプット(input)、アウトプット(output)の機構が問題とされ、 従来の事務論では事務工程としての手続と、ユニットとしての事務作業者、あるいは職務が問題と される。 いずれのアプローチにしても、それぞれ立場があり、意味があるので、その優劣は決めかねるけ れども、ただシステム的アプローチは、1960年代は概念化の段階で、それをささえる技術なり、多 くの面で未開拓のものを残していた。今日ではこれが主流である。 筆者は、手続体系を中心とするプロセスをまず考え、このプロセスをシステムとしての合理性の 中で再構成して、そのデザインを元にして事務機構を把握するのがもっとも適切な方法だと考えて いる。筆者のいう構造的事務の理論は、そのような考え方を基礎としているのである。 最後に、このようなシステム的思考の発展によって影響をうけたとみられるいくつかの著作を示 してみる。このなかで、リトルフィールドが1956年版の改訂版を出しているのが注目される。また、 他の著書は、事務管理という名称でなく、システムの研究書、あるいは、デシジョンセオリーの文 献である点が特色であろう。 今後、われわれが研究する1つの方向を示しており、EDPの活用とともに、しだいに、マネジ メント・システムを支えるオフィスシステムの理想像に接近するのではないかと考えられる。ここ にさらにシステムとしてのオフィスを考えることになる。 7.システム研究の必要性 システム(system)は、なぜ重要なのか。それがないと、企業はどのように困るのであろうか。 ここでシステムの必要性について考えてみよう。そのために、まずシステムを簡単に定義しておく と、   「経営におけるシステムは、その組織体の全体と各部分とを結びつけ、それらの機能や活動が 果たされる関連と順序とを与え、組織体の働きを秩序的なものとするしくみである。そのしくみ は、2つ以上の要素が一定の関係に立ち、1つの活動を果たすために集合を構成している」 ということができる。つまり、経営の全体と部分とを結合するもの、部分と部分との関連をつけ るものがシステムであるといえるのである。 では、なぜそのようなシステムが必要とされるのであろうか。これを考えるために、従業員数人 という小さな商店の場合から、従業員何千人、何万人という大企業の場合を頭のなかで描いてみる とよい。

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まず従業員数人という小さな商店ならば、社長と称する主人は、経営管理についてはそれほど頭 を使わないですむ。というのは、計画がずさんでも、また統制をやかましくしなくても、それらは ある程度カンや経験で管理でき、ゆきあたりバッタリのいわゆるなりゆき経営でも、けっこうしの げるものだからである。 ところが、このような商店でも、他の商店よりぬきんでようとか、より合理的に経営したいとな ると事情が変わってくる。 また、従業員が少しずつでもふえ、営業範囲も広くなり、商店が発展し、ある程度以上の規模に なると、これまでの経営方法ではとうてい管理しきれなくなる。経営学が教えるように、計画、組 織、統制などのマネジメントの諸機能をはっきりさせ、これらの用具を十二分に駆使しなければ、 やがて経営はゆきづまるに違いない。 急激に成長発展した企業の例をみると、一見、このような機能が明確でなくとも、近代管理の武 器にたよらなくとも、うまく経営できているかのようにみえる場合がある。それは成長発展がめざ ましいばかりに、それらに眩惑されて、管理の不備があまり目立たないからである。一定時期を過 ぎて、その企業の成長発展がゆるやかなカーブを描くようになると、にわかに管理体制などの問題 が表面化してくるのが通例である。 そこで、まず経営者は従業員の仕事の分担を明確にし、その責任権限を確立する。そして、経営 の目標を設定し、それにもとづき計画を立て、その計画の執行状況を把握し、さらにつぎの計画を 立案する。このようないわゆる経営者らしい態度をもって経営に臨むようになるであろう。いちお うはこれで乗りきることができる。しかし、企業がさらに大規模になり、複雑になると、これらを もっと精密なものとしなければならないし、新しい管理方式を導入しなければならなくなる。 分権管理制度、ライン・アンド・スタッフ組織、事業部制、オペレーションズ・リサーチ(OR), インダストリアル・エンジニアリング(IE)、事務機械化、加えて、システムの理論が大きな注 目を浴び始めた。もっとも、システムの面については、いままでまったくふれなかったわけではな い。組織論なかでも、事務管理論でも、IEでも、それぞれの立場でシステムを扱っていたといっ てよいであろう。 しかし、ここで問題となるのは、従来のものとはいささか違う。それはシステム一般の立場から 思考し、システムの観点から経営組織を考え、事務機能を論じ、OR、IEの手法を問題とする。 システムは、各要素の集合からなる1つの組織体であって、それは要素の集合に全体性と関連性と を与える。そのいわば神経的しくみの設定、維持、管理が研究されるのである。 古典的組織論は、仕事の分担、責任権限のあり方を研究し、職務確立に主力をそそいできた。と ころが、職務間の関係から、職務と全体とのバランスのとり方などのような側面は、あまり深く追

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究することがなかったようである。実際は、こうした側面をなおざりにしておいては、組織体の活 動を適正に維持することはむずかしいといわねばならない。 すなわち、仕事の分担が決まれば、それらの役割が、全体の目的達成のためにもっとも合理的に つながりあい、作用しあって、一体となって1つの活動にまとめあげられなければならない。多く の従業員、多くのファクターが、ちょうど1個のものであるかのように動く、そのためのしくみが ぜひとも必要になるのである。システムこそは、そのためのものにほかならない。 生後間もない赤ん坊は、手足などの区分はあっても、それらはまだ中枢神経によって完全に働か されるまでにはいたっていない。しかし、日ごとに成長し、その手足はやがて意思のもとに統制さ れるようになる。そしてやがて、人間としての有機的な組織体ができ上がる。企業もまたそれと同 様なのである。 企業には、まず組織が与えられる。しかる後、システムが生ずる。その規模により、その質によ り、システムの程度は異なる。あるいは高く、あるいは未成熟のものもある。いずれにしても、組 織の有機的活動にはシステムが必要なのである。 ところで、システムについては、いろいろな定義が下されている。また前述では、事務論的立場 から定義も多少検討してみた。そこでここでは、システム工学的な論者の定義をみながら、経営シ ステムについてのとらえ方を検討してみたい。 まず、リチャード・ジョンソンによれば、 「システムは1つの組織された全体、または複合的な統一体である。それはまた、複合的統一体、 または単一の統一体を形成する物、または部分の集合ないし結合である」(注25) とされている。 また、ゴーディ、メイコールらは、これをもっと具体的に装置の形であらわし、下記のようにま とめている。(注26)  ① 入力装置    システムの動作の対象となる情報や資材を受けとるもの。  ② 通信装置    システムのしゅしゅの部分を結ぶ情報リンクを与える。  ③ 論理制御装置    情報の流れを支配し、情報を処理して新しい情報を導き、さらに適時システム内の資材の流 れを制御する。  ④ 反射制御装置

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   繰り返し起こる短時間の反応を制御する。  ⑤ 処理装置    資材をシステムのまわりに動かすもの。  ⑥ 出力装置    資材に関して最終行動を行なう作動器と、情報を制御者に与える表示器との両方を含む。  ディビド・エリスらの見解を引用すれば、   「システムとは、ある定められたところに従って行動する装置(device)、手続(procedure)、 あるいは機構 (scheme) で あ る 。 そ の 機 能 は 、 一 時 に 、 情 報 (information)、 エ ネ ル ギ ー (energy )、物質(matter)に作用し、あるいはまた、情報かエネルギーか物質のいずれかに働き かけて、情報、エネルギー、物質を生み出すか、あるいはまた、情報、エネルギー、物質のいず れかを生み出すものである。機構的にそれをあらわせば第3図のようになるであろう。」(注27) 第3図 彼らはこのようなシステムについて、さらにつぎのように述べている。   「インプットとアウトプットとは、情報、エネルギー、物質の複合から成り立っている。この 行動の記述(すなわち、その変形の性質)は、数学的モデルをとることになろう。」(注28) そして、このように機構的に表現できるシステムは、1つ1つ要素に分解できるが、それらシス テムの要素についての記述は、エリスによれば下記の項目についての明細を明らかにしなければな らないとしている。 a)インプット(投入)の性質 b)アウトプット(産出)の性質 c)システムの構成 d)インプット、アウトプットおよびシステムに関するモデルの設定(注29)さらに考察しなければ ならない点を、彼らはつぎのようにあげている。 e)時間の連続的概念の必要性 f)適当なインプットとアウトプット、特定のシステムの働きに許されるインプット、アウト

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プットの間には区別が必要なこと。 g)システム稼動時間中は、インプットおよびシステム構成の性格がアウトプットの性格を決定 する(たぶん、分配として)。 h)アウトプットは、インプットならびにシステム構成の変化が本質的に同一ならば、これもま た本質的に同一でなければならない。(注30) さらに、こうした基本的システムが結合していく条件として、   「システムAのアウトプットが、システムBのインプットと同性質、または、必要に応じてそ のように扱ってもよいのであれば、システムCのインプットとして両者は統合されることは明ら かである。(第4−1図)そしてこのシステムCのインプットは、システムAのインプットと同 性質であり、アウトプットは、システムBのそれと同性質である。その構成は、AとBのそれに 規制される。同様に、システムAとBとの性質にかまわないとすれば、第4−2図に示されるよ うに、システムDとしてこれを形成することができる」(注31)などの点を指摘している。 経営におけるシステムにしても、他のシステムにしても、このような条件によって互いに結合し あい、しだいに大きなシステムを構成し、1つの組織体を形成しているとみることができるであろ う。 第4・1図 システムの連続的結合 第4・2図 システムの並列的結合 われわれは、このような考察からシステムを定義してみると、つぎのようにいえるであろう。 システムとは情報に関する1つの機構であって、それは3つの要素(components)から成り立っ ている。インプット、投入を受ける装置(device)、アウトプットの3つである。そして、イン プットとアウトプットとは1つの関係をもち、その関係には作用する方向が定められている。イン プットの地点で投入されるのは、情報とかエネルギーとか材料とかいろいろの形がとられるが、そ

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れらは広義の情報におきかえられて、システムの装置にかけられる。システムはあらかじめ決めら れた方向に作用して、情報を産出する。この情報化によって、システムを必要とする組織体は、そ の活動を維持する。すなわち、システムは、組織体の活動に一定の秩序と方向とを与える情報化機 構ということができる。 この情報化機構というのは、情報化を通して組織に働きかけ、その活動を維持・発展させるため の機構であることを意味している。したがって、この機構は、生産工程のなかにも、販売・購買活 動にも、あるいは経営体全体の組織と密着した存在としても、また、1つの機械設備中に見いだす ことができる。 いま、われわれはこのような機構を経営的に表現するならば、つぎのようにいうことができよう。   「経営におけるシステムは、その組織体のなかの1つの機能や活動が果たされる順序と関連と を与え、それを維持するしくみである。」 1960年代はこの考え方で十分であったといえるが、その後ネットワーク技術の進歩、インター ネットの普及をみて、理論も変り、説明も進展する。このことについては、次項以降論ずることに する。 8.組織のシステムと情報系 1960年代は、事務が情報という視点で意味づけられ、事務システムという把握から情報システム という理解に変化し、情報システムの設計へと力が注がれるようになった時代ともいえよう。そこ に意識された情報システムは、2つの方向を抱いていた。1つは、組織全体の神経系に相当する役 割を担うものとしての認識からスタートするシステム構築そのものである。第2の方向と考えられ るものは、意思決定の支援システムとしてのMIS、DSSといわれる情報力の活用による経営支 援への分野であろう。 前者の問題意識から生れたものは、ビジネスプロセスの中にコンピュータを導入することであり、 いわゆるビジネスオートメーションの推進といわれるものであった。また後者の場合は、データ ベースの構築、デシジョンプロセス、デシジョンポイントの研究等に関心が集められた。そして両 方向の研究の中で行動や経営パターンという概念が芽生えて、形成される。 しかし、1970年代は、コンピュータは、組織の特定の部門に位置し、組織全体がコンピュータに 支援される情報システムの基礎の上に構築されているというよりは、、組織の部分にコンピュータ 機能が位置しており、コンピュータによるものとそうでないものとがあって、全体として不自然な 組織化と認識される。またバランスの取れないシステム化であったと指摘できる。つまり、オフィ スにおいては依然として伝統的手法が基盤となっている面もあり、他方これに対して、コンピュー

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タベースでもの事が処理され、推進されている面もあった。しかもこの両者は全く無関係であり、 全体としての統一性を考えると情報システムとしてはトータル化の道は、ほど遠いものであったと 思われていたのである。 したがって、トップの考えの下部への浸透には限界が大きく存在し、また、下部相互の理解の実 現も疑わしい現状であった。60年代の後半から70年代で主張されていたオフィスシステムでのオー トメーションの考えは、業務によっては有効であったが、組織上部においては、人間の脳の解明が 十分でなく、研究もカオスの中を歩んでいたのに似て、その意思決定から組織全体においての行動 過程では全くといっていいほど有効性を持っていなかった。後に90年代、複雑系の研究が新しい時 代を築くまで、その面では部分的有効性に止まっていたといってよいであろう。(注32) 1980年に入るその数年前から、従来のコンピュータ開発の路線とは別にマイクロコンピュータが 強い関心を持たれるようになっていた。いわゆるマイコンブームが一気に起るのである。80年代は このマイコンに端を発してコンピュータの組織における意味を一変することになる。すなわち、コ ンピュータ技術利用の大衆化であった。組織のどの部分においてもパーソナルコンピュータ(P C)を使うことができる。この事実が情報社会の到来を確実なものにしたに違いない。加えて80年 代の後半から90年代にかけて、ネットワーク技術が進んできた。ネットワーク組織、ネットワーク 社会のテーマが多く取り上げられ、議論された。しかもグローバルな規模でである。このグローバ ル規模で経営を論じ、社会を論じ文化を語ることになった90年代後半、従来のコンピュータ屋とい われてきた人たちにとっては、もはや手に負えない質の異なる問題となっていたと筆者はみる。従 来のコンピュータ屋といわれてきた人たちは、計算、データ処理、コミュニケーションといった面 の技術をただ只管追いかけていた。それが社会を変革し経営を革新するのは、どのような点でどの ような面で、そしてどのようなプロセスで起るかについては、あまり関心がなかったといってよい。 企業間競争を支える技術開発競争のみ関心が寄せられたのである。 一方、経済学者も経営学者も特にわが国の場合、その本質的意味、社会や組織に対するインパク トを十分理解し、理論化するまでにはいっていなかったといえるだろう。輸入学問に頼っていては、 技術発展のスピードに追いつけないのである。わが国でも国際派のわずか一部の人たちを除けば、 せいぜい、統合と分散といったシステム構成の変化しか目に入らなかったであろうし、ビジネスプ ロセスの変革が急激に拡がっているにも気付かなかった。インターネットの普及の現実に接してそ の社会的意味等々は、PCによって与えられた大衆、特に若い人たちの実践力によって知らされた といってもよい。使われている理論が実践を前にして徐々にその説得力を失ってさえいるとは思わ ないのだろうか。 たとえば、リエンジニアリングの指摘、アウトソーシング問題、SOHOの提案などを考えると、

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これまでの経営理論の大半からは必然的にこれを引き出すことはできない。ある時期これは驚きを もって迎えられたように思われる。伝統的経営理論に大きな転機がきているといいたい。 リエンジニアリングは、BPRの問題ともいわれる。つまりビジネスプロセスに問題があるので ある。この点はすでに述べているが、今日の情報システムの基盤の上に構築される組織では当然、 その技術を前提としてプロセスを設計しなければならない。設計すれば人の配置、組織の人的規模 がそれなりに定まってくる。この点を十分理解しなければ、そして行動体系を構築しなければ、リ エンジニアリングは起るのは時間の問題といえる。しかもコンピュータやコミュニケーションの技 術は日進月歩である。この速度を考えての組織維持についてまだ研究者も経営者も十分な理解を 持っていない。 また、アウトソーシングであるが、組織の部分を統合して一つの全体をなす志向の外に、部分を 分割し、分割した組織を次元の高いレベルで統合的にシステム化するという考えは80年代の後半に 指摘されていた。筆者もその一人であったが、そのようなシステム化の考えであればあえてアウト ソーシングを強調しなくても当然この現象は起る。組織の効率化の面から今日の現象は捉えられて いるが、根本は、人がどのようにしてその主体性を保ち、生活の営みを行うかの社会基本的考え方 からこの方式を引き出すべきであると考える。 SOHOにおいても、オフィスシステムの機能を従来の事務管理から脱却して思考すれば必然的 に新しいこのような展開となる。筆者は20年前(1980年)オフィスオートメーション学会第2回全 国大会ですでにこの理論を発表している。(注33)その後現在、進行しつつあるバーチャルオフィス論 でこの理論の正当性は実証されていると考える。 以上のような指摘は、その全てがコンピュータ技術を基本とする社会構成、組織構築をどのよう に把握するかによって引き出される問題である。次に組織システム(システムとして組織を考える 見方からのシステム)をその構成上の変化の中で検討し、されに論を進めることとする。 9.情報技術の進歩と情報系 情報技術と情報系は密接な関係にある。情報技術の進歩は、情報系の変化と質的向上を意味する。 情報系に対する組織や社会のニーズが高まり、あるいは多様化すれば、それにそった技術開発が行 われることになる。ということから、技術は系のレベルに影響し、系の在り方は技術開発の方向を 定めるということができ、関係は、双方向に働く。 この関係は当初は、すでに何回もふれているように、組織の側のニーズによって情報系が作られ、 情報系はサポートする使命のみで使われてきた。ところが、情報技術が高度に発展してきた今日、 この情報技術を生かし、情報技術によって組織の構築の仕方を変えることが研究されだした。たと

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えば、e-business がそれであり、また、組織の流動性の問題もそれである。さらに、バーチャル組 織も正しく未来形の組織である。(注34) そこで、新しく展開し、創造される関係の上に立って、組織行動を考えたり、市場との関係を検 討してみることも重要となる。今日的変化として生じている関係を、情報技術よりの積極的な組織 行動の改革として主な点を挙げてみることにする。 この場合、組織を一つのシステムとみることから始めよう。これを組織系として表現する。組織 系は、基幹系と補完系とに分ける。基幹系は、その組織の中枢に当たり、組織を基本的に構成する 系である。補完系は、組織が活動し生存するために、基幹系を補う系として設定されるものである。 補完系はしばしばアウトソーシングされる。 この基幹系と補完系をもって、組織たらしめるために情報系が発達する。情報系の基幹系と補完 系に対する関係は、情報系の質的・量的レベルによって変化する。当初は組織の活動を支え、より よい結合関係を造り出すために、活動の補助として設定されたものが、情報技術の進展によって組 織に積極的意味をもって登場してきた。組織の構築は当然情報系を伴わなければならない。 このことを受けて、意思決定についての部分的自動化、生産のプロセスにみる情報化、情報空間 で行なわれるマーケティング、バーチャルスペースの活用による組織の活動、等々のものが現在実 現されている。情報系の上にどのように組織系を構築するか、また経営のために情報系をどのよう に位置づけるかが問われる時代となってきたのは当然の帰結だろう。 第5図は、組織系と情報系の発展を一つの関係として表したものである。第6図は、情報系とい う巨大なシステムの中に位置づけられるようになった組織系を示している。そしてこのような展開 は、組織系の発展のために、情報系はさまざまな働きや貢献を果たすこととなる。その貢献と組織 上のメリットについては、おおよそ第7図のようにまとめることができよう。 第5図 組織系と情報系の発展

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第6図 情報系の中の組織系 第7図 情報系の組織系への貢献 この三つの図を検討しながら、現代の経営を考えてみるとき、21世紀においては、20世紀の中で 花形と考えられたその経営は、21世紀型に変質して、新しい時代を迎えることになる。その重要な 点を8項目あげて検討する。 (1) 知識創造のプロセスと情報技術 知識は経験や体験から生まれ、また研究、調査、分析などのプロセスからも獲得できる。さらに 今日では、一定の手段によって作成されたデータから情報化し、これを知識として利用する方式も 開発されている。これから考えられることは、情報技術の活用によって新しい知識創造の方法があ り、次第に有力視されていることである。しかし、知識の創造とその活用には、時間(速度)の問

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題と活用・評価について条件のあることである。これは現在、競争原理が重視されることにもより、 また、知識評価のメジャーに変化があることにもよる。プロセスについては、価値観が何辺にある かを考慮しなければならないのである。つねに社会要請の把握が重視される。 (2) 時間の効率的使用と情報技術 生活の中身や仕事の内容を向上させるには、一つは時間を効率よく使うことによって実現できよ う。時間の効率的使用は一定の中で多くの時間を集中して行うか、使用する時間内での生活や仕事 の質を上げることである。前者の場合は複数の人の時間をまとめて利用することであり、後者では 投入時間当たりの成果を上げることである。このいずれの場合も情報技術の支援を必要としよう。 (3) 空間の効率的利用とバーチャル技術 広い空間と狭い空間とでは一般的には広い空間の方は、いろいろな仕事もでき活用しやすい。し かし、狭い空間もこれを集めれば広い空間と同じ広さにもなり、時には広大な地域にまたがった狭 い空間は合計した場合広い空間に対応する。そして、新しい視点たとえばネットワーク技術による 統合によりその活用度が増大する。また、コンピュータ技術上で設計された情報空間の中に、“ 実 際上のものとして想定された空間”つまり Virtual Space も空間利用の効率化に大きな貢献をするで あろうし、新しい利用と活動の場を提供している。 (4) 複雑系と中間システム 現代の社会には社会を構成する多数のシステムがあって社会を形づくっている。たとえば交通シ ステムと電力供給システム、またダムのシステムと河川のシステム、あるいはTVとVTRの結合 システム等々である。人間をみてもこれまた複雑で多数のシステムから成り立っている。このよう にこれらは多数のシステムを持つ存在であるが、同時に統合された一つのシステムとしても機能し ているのである。 つまり、今日の世の中は真に複雑なシステムと化していて、さらに複雑なシステム相互が関係し て、巨大な複雑系となってしまっているのである。しかし、この複雑系も元を辿ると単純なシステ ムから構成されているのである。そこで、研究者の中には、特にものごとを部分に分け分析的に研 究している研究者にあっては、複雑化したシステムも、これをどのような単純システムの集合であ るかを考える。その一つ一つを分析研究すれば、全体を把握することができると推論するのである。 しかし、部分を集めた全体は、また異なった新しいものとして考えるべきである。 というのは、単純なシステムでも、多くの集まり一つの大きなシステムを構成すると、全体とし

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