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日本型鉄鋼システムと業界団体

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(1)

日本型鉄鋼システムと業界団体

著者

十名 直喜

雑誌名

研究年報

7

ページ

71-121

発行年

1994-12-30

URL

http://doi.org/10.15012/00000853

Copyright (c) 1994 十名直喜

(2)

名古屋学院大学研究年報 第7号 (1994.12)

日本型鉄鋼 システム と業界団体

目 次 1.はじめに 2.日本型鉄鋼 システム とは何か (1)日 本鉄鋼業に特有なネッ トワー ク (2)業界団体の機能 と日本型鉄鋼 ンステム

3.鉄

鋼の主要業界団体にみる機能 と特質 (1)日 本鉄鋼連盟 ① 日本鉄鋼連盟設立の経緯 と趣旨 ② 日本鉄鋼連盟の機能の拡充 。再編プロセス (2)鋼材倶楽部 ① 鋼材倶楽部設立の経緯 と趣旨 ② 鋼材倶楽部の機能の拡充・再編プロセス ③ 日本鉄鋼輸出組合 (3)日 本鉄鋼協会 ① 日本鉄鋼協会創立の経緯 と趣旨 ② 日本鉄鋼協会の機能の拡充 。再編プロセス (4)そ の他 ① 海外製鉄原料委員会 ② 日本プロジェクト産業協議会

4.お

わ りに 一 日本型鉄鋼 ンステム輪 の議 と方向―

1.

:こ 業界団体 の もつ役割 と機能 を抜 きに して 日本鉄鋼業 を論 じることは

,大

きな 片手落 ちになると思われ る。日本鉄鋼業には関連す る各種 の業界団体があるが, これ らのネ ッ トワー クとい う視点か ら鉄鋼業 を分析す るとい う試みは

,小

生の

(3)

72 名古屋学院大学研 究年報 見 る限 りでは

,こ

れ まであま りみ られなか った。 業界団体 とは

,あ

る産業において

,個

々の企業の利益 をまとめ産業内の合意 に基づ いて

,個

別企業 と政府 との間 をとりもつ機構 としてつ くられた業界組織 である。欧米において も,Trade Associationと して古 くか ら存在 していた。 また

,独

占禁止法においては

,業

界団体 は「事業者団体」と表現 されてお り, 「事業者 としての共通の利益 を増進す ることを主たる目的 とす る二以上の事業 者の結合体 またはその連合体」と規定 されている①。 日本では事業者団体が「監 督 (主務

)官

庁 とのパ イプ役 とな り」,「独特の権威 。権 限 を有 している」のに 対 して

,米

国では事業者団体 は「同業者の寄せ集めにす ぎず

,構

成事業者のそ の決定 を押 しつけ る力 をもつ ことは想定 しに くい」 とみ られている(2)。 その背景には

,独

占禁止法の法制・運用 をめ 〈``る 日米間の違 いがある。米国 では

,同

業者間のカルテル行為が厳 しく取 り締 まられ

,事

業者団体の情報交換 活動 について も厳 しく規制 されて きた。 これに対 し

,

日本の場合

,不

当な取引 制限については「水平的行為 (競争業者間におけ る共同行為)」 に限定 され

,そ

の「水平的制限」に関 して も

,種

々の「適用除外」条項によって

,主

要 な産業 におけ るカルテル行為が適用除外 とされている。事業者団体が行 な う情報交換 活動について も,「本格的 な審決は出されていない」 とみ られている(3)。 政府 と業界の関係 については

,そ

の中間に位置す る媒介機構 としてのネ ッ ト ワー クが重要 な役割 を演 じている。 ピー ター・J・ カッツェンスタインは

,官

僚 と民間部 門の指導者 とを結びつけ る正式な,または非公式なネ ッ トワー クを, 「政策ネ ッ トワー ク」と呼んだ “ )。 とりわけ,日本の社会経済 システムにおいて は

,非

公式な政策 ネ ッ トワー クが重要 な役割 を担 ってお り,「卓越 した弾力性 を 与えている」。業界団体 は

,こ

うしたネ ッ トワー クの「中間地帯」に位置付け ら

1)村

上政博 『独 占禁止法の 日米比較 [上]―政策・法制・運用の相違―』弘文堂 1991年、 36ペー ジ。

2)同

上、40ペー ジ。

3)同

上、24∼39ペー ジ。

4)Peter J.Katzenstein,''Conclusion:Dolnestic Structures and Strategies,''Interna‐ tiona1 0rganization 31.no.4(Autumn 1977):892.

5)ダ

ニエル・I・沖本『通産省 とハ イテ ク産業一 日本の競争力 を生む メカニズムー』(Daniel

I.(1)kirnoto,``Between MI′ I`I and theヽ 4arket: Industrial Policy for IIigh′ rechnology",

(4)

日本型鉄鋼 システム と業界団体 73 れ る(5)。 日本の政府 と業界の緊密な関係 については,「異常 な緊密 さ」といった表現に もみ られ るほ どである(6)。 その中で も通産省 と鉄鋼業界 との関係 は,その典型 と もみ られ,業界団体が きわめて重要 な役割 を担 って きた。戦後,長期間にわたっ て鉄鋼業界が通産官僚の最 も有力な「天下 り」先 であることに

,通

産省 と鉄鋼 業界の非公式かつ密接 な結びつ きが如実に示 されている。例 えば

,1949年

か ら 73年までの13人の通産事務事官の うち、

5人

までが大手鉄鋼 メーカーに天下 っ ている(7)。 また

,1974年

か ら93年までの通産事務次官12人について も

, 5人

まで もが大手鉄鋼 メー カーに天下 っていることが

,表

1から読み とれ る。 さら に

,

日本鉄鋼連盟や鋼材倶楽部

,

日本鉄鋼協会 など鉄鋼の業界団体 の役員の一 部 は

,公

式的に も通産省が 占めて きた。業界団体 の力は

,そ

の会員社会の数や 市場 占有度な どの要因によって業界 ごとに異なってお り

,

日本では業界団体 の 強弱の範囲が広 ぃ(8)。 業界団体 のなかで も,1鉄鋼関係のそれは,「協力な業界団 体」の代表格にあげ られている。通産省 と「 日本鉄鋼連盟」 との間にみ られ る 「相互信頼 と

,明

朗 な情報交換ので きる親 しい関係」は

,政

府 と業界団体の密 接 な関係のモデル とされて きた(9)。 中根千枝氏は「タテ社会」論において

,行

政組織 などにみ られ る縦割 り機構 のずば抜けた強 さと横断機構の相対的な弱 さを分析 し

,水

平的な横断連絡 と合 意形成の機構の必要性 を指摘 している(1°)。 ダニエル・沖本は

,政

府 と民間企業 の中間地帯に位置す る業界団体 な どを

,水

平的な機構 とみている(H)。 しか し , ここで留意すべ きは

,こ

うした業界団体が

,

日本の場合

,そ

の産業において影

6)同

上、225ペー ジ。

7)challners JOhnson, ''The Reemployment of Retired Governinent Bureaucrats in Japanese Big Business,''Asian Survey 14(November 1975):953-65.

8)「 成熟 した基幹産業の ように、少数 のひ と握 りの生産会社、巨大 な設備投資、余地の少 な い製 品の多角化 と技術的発展、通産省への大 きな依 存度 といった条件 を抱 えた業界は、強 力な業界団体 をもつ傾 向がある。 その反面、会社数 も多 く、技術変革の可能性 も強 く、製 品 多角化の余裕 も広 くてあま り通産省 に依存 しない成長の早 い産業 は、比較的結集力の弱 い団体 を持 ってい るこ とが多い。」(同上、244ペー ジ)

9)ダ

ニエル・I・ 沖本 前掲書、246ペー ジ。 10)中根千枝 『タテ社会 の人間関係」講談社 1967年。 11)ダニエル・I・ 沖本 前掲書、249∼ 251ペー ジ。

(5)

74 名古屋学院大学研究年報 表

1

歴代通産次 官の 「天下 り」先 ―退 官後の足 ど リー 11谷 典 文 >企 業 11長 )1蕊 ↑ 糧:1)レ イ 1台 ↑霜 ィ1脊 常務 >││││1格 “ ) >呪 ││1談役

>企

11■ )1書

1■)> ア ラ ビア 石,11社長 (76年 就 fr) >現 │〕オ│:‖1談役 111″,■ “ >企 業 ',1( > 事務次:f (73年退 11) > t漱,lt総 裁 (75年就任) > 1,本′ ュル/ベル シェ会 長 (83年就 任) )'1 電i猟│"発 喩111 │ll l・英II'1 )企業 '..I,そ

>

'11務次 “ (74年退 ■) 、 :'「 物 産 常 務 、同 社副 会 長 P (77年就 任) P (38:11就 ) レ ′え II界 秩!r研 究会ЩIII 小松'凛′i郎

)は政

1々

>域

[1)>‖│;学

│llll■

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現 1同 社 会長 (84年就 任) 和││1故信 >産

11lt)1縄

亀百

)>イ││!↑

>1871:僻

FIn麟1■ i,'「滋 >“文政策,It ) 事 務次:= (80年 遇 ■) 〉 川崎製鉄‖務 {82年就任) > 同 社副 社 長 87年就 任) >■ 1■‖颯│り │ ,野俊1ヒ″, >Ⅲ

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│ダ

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,Lk 藤11l ri, >姉 厳 局長 )1憾夕,[官 )>1魔 w鮮 │て >311司 ‖颯 ‖││ 杉│1添 "り >産 業政策│.i彙 > 1ヽ務次 げ (81年 退 官) > 新 │,本 製鉄 常務 (87年就 任) > 現 t,I京間允‖・長 (91年就任) 小k準 L P 岸実政策局長、 1ヽ務次官 b (86年退 け)ア ア ラ ビア石 `h副社1( (89年 就 任) > 現 1司 社 社j( (91年 就 任) 襦川 仲 次

>は政

ilk)1島

.)>醤:i群

;」

lk>194雅

│1長 杉lll弘 >岸某政策'o版 > 事務 次官 (89年退 首) ) イ1:友金属11茉常務 (91年就任) > ∫,. │口1社副 社 長 (92年就 任) 児│■治 レ,●業麟 局長)1ま1■))■ (」lダ壇Ψド 1碑lk

棚 橋 ri治 L I`文Jk策 ■1, L 'I=務茨│∵ L .Ⅲ

ア 「 (93年退11)ア'え 産 業研 究所 颯│‖│ 熊 野 夫│1召 >'辛 文政策1・ '長 ) ■(93年事務よ11 就rr) 出所:│「日経 ビジネス」1994年10月 24日 響 力 をもつ大企業のイニシアティブでつ くられ

,そ

の成立や発展にあたっては 政府が非公式にさまざまな支援 をしていることである。 いわば

,そ

うした「タ テ」の関係や官の権威がそこに浸透 してお り

,そ

の ことが水平的機構の円滑な 機能 を可能 ならしめているとい うこ とである。

業界団体の機能について

,米

倉誠一郎氏は「情報の流れ」 という視点から

,

①圧力団体機能

(上

方向の流れ

),②

政府の受皿・遂行機能

(下

方向の流れ

),

③カルテル機能

(水

平の流れ

),④

情報創造機能

(双

方向の流れ),の 4点 にま

とめている。米倉氏は, とくにプラスの側面にアクセントをおき

,④

情報創造

機能に注目する

(12)。

しかし

,④

の機能については

,「

ダイナ ミックな情報創造」

とは何かが必ずしも明らかではない。また,こ の機能は, まったく新しいもの

12)米倉誠一郎「業界団体 の機能」岡崎哲二・奥野正寛編 『現代 日本経済 システムの源流」 日本経済新 聞社 1993年、185∼189ペー ジ。

(6)

日本型鉄鋼 システム と業界団体 75 ではな く

,上

記① ∼③ の融合 によって生み出され るものであ り

,ケ

ースによっ てそれぞれの性格 を内包 していることを見落 としてはなるまい。 む しろ

,

日本鉄鋼業の場合

,③

カルテル機能が

,①

圧力団体機能や②政府の 受皿・遂行機能 を媒介にす ることによって

,補

強 されている点が注 目され る。 しか も

,①

圧力団体機能は

,上

方向の流れ

,す

なわち政府に対す る関係 だけで な く

,納

入業者ゃューザー企業 との垂直的取引関係 において も有形無形の機能 を発揮 して きた し

,海

外の鉄鋼原料購入などに も重要 な役割 を果た して きた。 大手鉄鋼 メー カーは

,鉄

鋼業の主要分野に またが る体系的な水平的連携 をつ くりあげ

,

さらには納入業者やユーザー業界にまたが る垂直的連携

,互

恵取引 などをシステム化 している。筆者は

,こ

れ を「 日本型鉄鋼 カルテル」 として捉 ぇて きた(13)。 小論においては

,こ

れ を鉄鋼関係の各種業界団体 のネ ッ トワー クとい う視点 か ら深め ることに よって

,

日本型鉄鋼 カルテル を日本型鉄鋼 システムの一環 と して把握 し, さらに

,そ

の今 日的課題 を明 らかにす るものである。

2.日

本 型 鉄 鋼 シ ステ ム とは何 か

(1)日

本鉄鋼業 に特有なネ ッ トワーク 日本の鉄鋼業や大手高炉 メー カーについて語 る場合,「日本鉄鋼業は…」とい う枕詞で もって切 りだす ことが少な くない。「 日本鉄鋼業は…」とい う形で論 じ て も

,新

日鉄や

NKKな

ど大手高炉 メー カー を頂点 とす る日本鉄鋼業の全体像 と鉄鋼 メー カーの体質 をほぼ論 じることが出来 るか らである。 日本鉄鋼業の特質 として

,ハ

ー ド

,ソ

フ トとも同質性が顕著にみ られ る点が あげ られ る(14)。海外原料 を共同で開発輸入す るとい う購買体制は,高炉 メーカー 各社が同 じような品質 と価格の原料 を使用するという原料面での同質性 をもた らした。 13)十名直喜「米国鉄鋼業における発展・衰退・再生の構造 と力学一 日米鉄鋼カルテル比較 の視点をふ まえて一」F名古屋学院大学論集(社会科学編)』Vol.29 No.1 1992年 7月、 および、同「第二次大戦後における日本鉄鋼業の技術開発体制一 日本型鉄鋼技術 カルテル と技術水準の評価―」『産業学会年報 第 4号 』1989年 。

(7)

76 名古屋学院大学研究年報 欧米の革新技術 を共同の窓 口を通 して導入す るとい う戦後の体制は

,

よ り早 い技術導入 と円滑な操業化

,お

よびその改良 。応用 をめ ぐる同質的な競争 を引 き起 こした。 しか も

,技

術の改良や応用 などにあたっては

,業

界 ぐるみの共同 研究や情報交流 を進め るゆえに

,技

術 の類似性や共通性 を一層強め る方向に作 用す る。「 日本の鉄鋼業の斎一性」は

,技

術・ノウハ ウの工場間

,企

業間移転 を 促 したのである(15)。 こうした原料 と技術の同質性や同質指向は,それでもって製造す る製品の種類 や品質の同質性 をもた らした。その結果,よ り大規模 な,よ り新税の設備 を,よ り 早 く設置 し,よ りよい品質の製品をよ り安 くつ くることによってシェアを拡大す るとい う同質的な競争 を激 しくした。それはまた,他面では,破壊的な価格引 き下 げ競争 を引 き起 こしかねない。それゆえに,大手鉄鋼 メー カーに とって安定 した 市場支配 と利潤の確保のためには

,破

壊的な競争 をセープす るシステムが必要 になる。相互に情報交換 し

,調

査 を行 ない

,調

整や協調 を促す機能 を担 う機関 として業界団体 を整備拡充 し

,競

争分 野 を限定 させ ようとす る指向を強め る。 そこには

,鉄

鋼 メー カー

,

とりわけ大手高炉 メー カーの同質的な企業構造 と 行動パ ター ンが如実に示 されている。電炉 メー カーについて も

,東

京製鉄 など の挑戦 に直面 しなが らも

,電

炉 メー カーの過半部分 は高炉 メー カーの系列化に 組み込 まれ るにいたっている。 原料 に関 しては

,同

じ海外 山元か ら同種の鉄鉱石や石炭 を共同購入 し

,

また 技術について も,革新技術 を欧米か ら一斉に導入 して,その改良や応用にあたっ 14)日 本鉄鋼業の同質的構造については、次のような指摘がみられる。 「すべての大手鉄鋼 メーカーは原料を商社に仰 ぎ、その鋼材のほとんどを商社 を通 して販 売 していた。こうしたことにより、 日本の鉄鋼業は斎一性の程度が高い。」(レオナー ド・ H・ リン『イノベ ンヨンの本質―鉄鋼技術導入プロセスの 日米比較―」(Leonard H.Lynn, “How Japan lnnovates:A ComparisOn with the U.S.in the Case of Oxygen Steelma‐ king",Westview pres,1982)遠 田雄志訳 東洋経済新報社 1986年 、147ベージ) 「鉄鋼 巨大企業は、細部では異動はあるものの、共通に高炉―転炉―ホットス トリップ体 系を基礎に、広幅帯鋼 を基軸 とす る多品種 。大量生産体制 を構築 し、似通った品質構成 を もち、ほ とんど共通のユーザーに共通の方法で販売 している。しか も原料は共同購入によっ てお り、共同購入に参加するか ぎリー致 した価格で購入 している。」(岡本博公『現代鉄鋼 企業の類型分析』 ミネルヴァ書房 1984年、180∼181ペ ージ) 15)レ オナー ド・H・ リン 前掲書 147ページ。

(8)

日本型鉄鋼 ンステム と業界団体 77 ては高炉各社 の垣根 をこえた技術 交流や共 同研 究 で もって対処 して きた。 さ ら に現場 の作業労働 にお いて も

,JK(自

主管理)活 動や

IE活

動 を業 界 ぐるみ で展 開 し

,活

発 な相 互 交 流 と研鑽 を図 って きたのであ る。 製 品の販売 につ いて も, 鉄 鋼 メー カーお よび商社 を巻 き込 んで情報交換や販売調整

,市

場 調査 や 市場 開 発 まで も進 め て きたの であ る。 この よ うに原料 か ら技術

,労

,販

売 な どほ とん どの主要分 野 に またが る業 界 (それ も大手高炉 メー カー主導 の

)協

調 と共 同の行 動 は

,他

国の鉄鋼 業 界 だ け で な く国内の他 の産業 に も例 をみ ない もの であ る。しか も,それ らの 中には, 政 府 (通産 省

)を

は じめ商社や納 入業者

,ユ

ー ザー産業

,大

学や研 究機 関 な ど も組 み込 まれ てお り

,そ

れ らに またが る有機 的 なネ ッ トワー クを作 り上 げ

,そ

れが さま ざまな負の側 面 を内包 しなが らも戦後 の キャ ッチア ップ・ システム と して ダ イナ ミックな発 展 を促 して きた。 小論 では

,そ

れ を 日本 型鉄鋼 システムの 中に位 置づ け る。す なわ ち

,図

1に 示 す よ うに

,社

会 的 なバ ックア ップ システム として「 日本 型鉄鋼 カル テル」 を 位 置付 け る と ともに

,(連

続 的 な環境 変化 に対 して)フレキシブル な企業 内 シス テム を支 え

,そ

れ と有機 的に結合 す る全体 的 なネ ッ トワー ク

,枠

組 と して 日本 型鉄鋼 システム を とらえ る。 この 日本型鉄鋼 システム を生 み 出 した内外 の条件 としては

,次

の点が あげ ら れ る。 一 つ は

,戦

後 日本 の鉄鋼 業 に は

,入

手すべ き先進技術 とキャ ッチア ップ ロ標 とな りうる欧米先進企業が存在 し

,

しか も戦後 におけ る対 日占領政策 の転換 に よって ア メ リカの政 府や鉄鋼 企業 に よ る手厚 い援助 が可能 となったこ とが あげ られ る。 とりわけ

,戦

後 の鉄鋼 業 に は酸素 吹 き転炉法

,

コンピュー タ制御

,連

続鋳 造 法 な ど技術 革新 の新 しい波 が訪 れ たが

,

日本鉄鋼 業の復興 。発展 の時期 が その波 と重 な る とい う好条件 に遭遇 したこ とであ る。 む しろ

,そ

う した新 し い技術 を他 の先進 国企業 に先駆 けて導入 し

,さ

らに改良・ 応用 をほ どこ して大 量生産 の軌道 にのせ るこ とに よって

,そ

の工 業化 を早め る とい う新 しい役割 を 担 った こ とが注 目され る。 二つ は

,戦

後 におけ る国際的 な資源環境 の変化 に よって

,安

価 で高 品質 な海

(9)

名古屋学院大学研究年報 図

1

日本型鉄鋼 システムの構造 と機能 先進外国企業の存在 日米 安全保障体 制 海外製鉄資源の開発 。 世 界 ト ッ プ の 技 術 水 準 ・ 高 い 生 産 性 ・ 高 品 質 ・ 高 歩 留 技 術 キャッチアップロ標 安全保障 製鉄 原料 日本型鉄鋼生産 システム ーーーーーーーーーーーーー 1 企 業 内   鉄 鋼 シ ス テ ム ハー ドウェア ソフ トウ ェア ・ 臨海立地の大規模 な新鋭一貫製鉄所 ・合理的な工場 レイアウ ト ・ 水深の港運設備 。大型専用船・ 兼用船による原燃料輸入 。製品の効率的出荷 ・ コンピュータによるダイナ ミック制御 と一貫統合管理 ・ 海外情報 をモニターす るマルチ・ チャネル・ システム 。現場重視の研究開発 と部門間交流 °ジヨブ 。口テ ンヨンと多能工化 。自主管理活動による改善・啓発、教育効果 。高い下請比率 と統合管理 ・ ジャス ト・ イン・ タイム納入 システム モ ラール 忠誠心 人事考課 システム 企業別労働組合 階層的労働市場 ライン・ エ ン ド スタッフ制 作業長制度 能力主義管理 ・企業主導型労使協 調 (春斗での「一発回 答」方式) ・ 長期雇用 とその変 形 (出向、転籍) 。下請 との賃金・労 働条件格差 L――――――――――――――企業 内バ ックア ップ・ システム

・組織への過剰同調性 と官僚主義 ・「能力」評価の主観性・ 非公開性 ・ 労働組合の 自立性の弱 さ (企業依存化) 。前近代的な格差構造 ・ 周辺労働力・技能の衰退化

(10)

日本型鉄鋼 システム と業界団体 79 ―一 ――――一 ―――社会 的 なバ ックア ップ・ システム 政策的支援 技術・ 技能 の相互 育成 ・政府の役割の変化 直接的介入 。指導か ら「仲介機関」ヘ ・ 業界団体 と政府 との定常交流 ・行政指導による企業間協調体制促進 ・ 生産計画ガイ ドラインによる生産調整 ・許認可権 を通 しての管理・調整 ・「天下 り」によるインフ ォーマル「政策 ネッ トワーク」 ・業界の盟主の存在 (八幡→新 日鉄) ・政府 との仲介、業界の協調 。とりまとめ機関 としての業界団体 (日本鉄鋼連盟、鋼材倶楽部、 日本鉄鋼協会など) 。主要分野を網羅する協調体制 。海外製鉄原料の長期契約・共同購入方式 ・共同研究開発・技術交流・ 技能交流 ・各種調整 システム 生産計画、設備投資、販売 (価格・数量) ・労使交渉 商社 との 多角的互 恵取 引 ・ 海外製鉄 原料の開発・ 購 入 。製品の国内販売・輸 出 。各種情報のマルチ・ チャネル 大 ロユ ーザ ー との長期継続取 引 ・ 共同開発 ・「ひ も付 き」契約 下請 。関連企業 との ヒエ ラル キー連携 ・ 管理の階層性 ・ フ レキン ピ リテ ィ マ ッケ ー の相互育成 政府 とのネ ッ トワー ク ・ 協 調 と 競 争 の ダ イ ナ ミ ズ ム ・ 鉄 の 成 信 ︵ ﹁ は 国 家 な り ﹂ ︶ 鉄鋼業 界内の水平的 ネ ッ トワー ク 関連産業・企業 との垂直的ネ ッ トワーク 過剰 な設備能力、採 算割 れの過剰品質志向 ・ イ ンフ ォーマル・ カル テル の体質化 。新規参入障壁 ・企業 の 自立性 の弱 さ (国家への依 存) 。独創性、開拓者精神の弱化 。同質化競争の弊害

(11)

80 名古屋学院大学研究年報 外 製鉄 原料 を開発・購 入 で きる方途が切 り開かれ た こ とであ る。 二 つ は

,

日本経済の重化学工 業化や輸 出振興 を進め る うえで

,鉄

鋼 業 は戦略 産 業 と して政府 か ら手厚 い支援 が え られ

,そ

れ らに基づ いて官民一体 で欧米鉄 鋼 業 に追 い付 き追 い越す のに好都合 な 日本 型 キャ ッチア ップ °ンステム を構築 す るこ とが可能 にな った こ とであ る。 四つ は

,戦

前 の国家主導型 カルテルや戦 時国家統制 の伝統 と経験

,

ノウハ ウ が組織や 人脈 な どを通 して戦後 に継承 され た こ とであ る(16)。 さ らに

,国

家統制 型機能 を担 う中核 的 な企業の存在 が あ るが

,官

営 八幡製鉄 所 は 日本 製鉄 へ

,そ

して鉄鋼統 制会 へ と引 き継がれて い った。 それ らの人脈や経験 は

,表

2,表

3 にみ るよ うに

,戦

後 直後 の公職 追放 を経 なが らも戦後 の鉄鋼 メー カー の経営者 や業 界団体 の指 導者 として再 生 され継承 されてい く(17)。 表

2

鉄鋼統制会、 日本鉄鋼連盟の人脈にみ る (戦中∼戦後

)連

続性 1942年 統制会長 理 事 長 総 務 部 生 産 部 部 長 次 長 課 長 部 長 次 長 豊田貞次郎 渡辺義介 渡辺義介 藤井丙午 手島雄二 酒井喜四 稲山嘉寛他2名 1949年 鉄鋼連盟会長 専務理事 常務理事 大阪事務局長 総 務 部 部 長 次 長 渡辺義介 岡村 武 水津利輔 手島雄二 岡村 武 佐藤 博 1942年 整 備 部 勤 ・)r部 調 査 部 技 術 部 部 長 次 長 部 長 次 長 部 長 次 長 部 長 次 長 永野 重雄 船津隆次郎他 2名 挑本長治 誌木利喜男 水 津利輔 仙石 大 片村 竹市 里村仲二 1949年 調 査 局 労 働 局 局 長 次 長 局 長 次 長 高久恭太郎 フト,辛不11車甫 土屋 勤 備考:鉄鋼統制会 。鉄鋼連盟 ともに事務 局の主要 ポス トであ り会員企業の役員か ら構 成 され る理事・幹事 は含んでいない。 資料 :重 要産業協議会 「統制会必携」お よび 日本鉄鋼連盟 「戦後鉄鋼 史」 よ り作成。 出所 :岡 崎哲二・奥野正寛編 『現代 日本経済 システムの源流』 日本経済新聞社 1993年、 198∼199ペー ジ。 16)米倉誠一郎氏 は、「鉄鋼統制会」の下 における1942年前後の経済 の計画化の挫折か ら、 「 よ│)現実的な計画化 と利潤の動機 の共存」 に基づ く「統制 しない重要性」 を学習 し、そ の ノウハ ウが戦後 に継承 された とい う。(米倉誠一郎 前掲論 文)

(12)

日本型鉄鋼 ンステム と業界団体 表

3

鉄鋼 関連 の業界団体 の トップ人脈 81 業 界 団体 (トップ職) 時 期 名 前 日 本 鉄 鋼 父 =古 7= 月 二 巨 盟 じ 1948年11月 ∼1952年 4月 1952年5月 ∼ 56年1月 1956年 2月 ∼ 1963年 4月 ∼ 1965年4月 ∼ 63年4月 65年4月 79年4月 1979年4月 ∼ 1984年4月 ∼ 84年 4月 87年現在 三鬼

隆十 日本製鉄 。社長 準1952年 4月 9日に航空機事故により急逝 し、 lヶ月 後、石原米太郎 (特殊製鋼・社長)が会長代行。 渡辺 義介精 八幡製鉄・社 長 ネ*1956年1月 611に逝去のため、lヶ月余、石原米大 郎 (同上)が会長代行。 小島 新―

八幡製鉄・ 社長 永野 重雄

富士製鉄・社長 稲 山 嘉寛

八幡製鉄 。社長 新 日本製鉄・ 社長 ∼会長 斎藤英 四郎

新 日本製鉄・社長 ∼会長 武田

同上 鋼

慣彗

5

1947年12月∼ 79年5月 1979年 5月 ∼ 82年現在 (就任時)日本製鉄・営業部長 八幡製鉄・ 常務 ∼社長 新 日本製鉄 。社長 ∼会長 新 日本製鉄・社長 稲 山 嘉寛 斎藤英 四郎 ll 本 鉄

靭鐘

出 :事 組 与 合 C 1953年 4月 ∼ 1979年 5月 ∼ 79年5月 84年現在 八幡製鉄・ 常務 ∼社長 新 日本製鉄・社長∼会長 新 日本製鉄 。社長 ∼会長 稲 山 嘉寛 斎藤英 四郎 (注)li本鉄鋼連盟編『戦後鉄鋼史』(1958年)、 F鉄鋼十年史―昭和33∼ 42年一』(1969年)、 『鉄鋼+年史―昭和43∼52年一』(1981年)、『鉄鋼十年史一昭和53∼62年一』(1988 年)、鋼材倶楽部編『鋼材倶楽部二十五年史』(1972年)、『鋼材倶楽部三十二年史』(1982 年)、 F!本鉄鋼輸出組合編『日本鉄鋼輸出組合二十年史』(1974年)、『日本鉄鋼輸出組 合三十年史』(1984年)、 に基づ き作成 した。 17)「日本鉄鋼連盟」の会長は、表 1に み るように一貫 して 日本製鉄、八幡製鉄お よび富士製 鉄、 さらには再合併後の新 日本製鉄社長が兼任 し、理事 も会員企業の社長・重役が兼任 し て きてい る。 また、「鋼材倶楽部」と「 日本鉄鋼輸 出組合」の理事長 もほぼ同 じ人脈に よ り 担 われて きた。 とりわけ、「 ミスター・カルテル」の異名 をとった稲 山嘉寛氏は、鉄鋼連盟 の会長職 に14年間在位 し、鋼材倶楽部、鉄鋼輸 出組合 の理事長職 には、それぞれ創設以来、 32年間、26年間在位 した。 それ らの職 は戦 中に統制経済 を実行 したきわめて連続的 な人々で構成 された。た とえば、 表2にみ るように、「鉄鋼統制会」の理事長の渡辺義介は鉄鋼連盟会長に横滑 りし、統制会 の理事兼調査部長 として統制の実務 を担 当 していた水津利輔は鉄鋼連盟の常務理事・労働 局長 に就任 したこ とな どに うかがわれ る。(米倉誠一郎 前掲論文 199∼ 200ペー ジ)

(13)

82

名古屋学院大学研究年報 こ う した内外環境 の もとで

,

日本鉄鋼業 は欧米鉄鋼業 に追 い付 き追 い越 すの に好都 合 な 日本独特 の キ ャ ッチア ップ 。システム と しての 日本型鉄鋼 システム を作 り出 した。

(2)業

界 団体 の機 能 と日本型鉄鋼 システム この 日本型鉄鋼 ンステムにおいては

,主

要 な業 界団体 が ネ ッ トワー クの セ ン ター としての役割 を呆 た して きた。鉄鋼業 におけ る主要 な業界団体 としては, 「 日本鉄鋼連盟」,「鋼材倶楽部」,「日本鉄鋼協会」,「日本鉄鋼輸出組合」の4 つがあ り(18),さ らに「海外製鉄原料委員会」,「日本産業協議プロジェクト協議 会」などもそれに準ずるもの としてあげることが出来る。「 日本産業プロジェク ト協議会」は業界団体 としての枠組みを超えて経済団体 としての性格 を強める に至っている。 これ らは

,図

2にみるように鉄鋼関係の主要な分野に関わって いる。 この うち

,生

産 と労働 関係 を統括す る「 日本鉄鋼連盟」 は

,原

料や 技術

,販

売 関係 な どに も関与 してお り, さ らに政府 と業 界 との関係 の窓 口 とな るな ど, 鉄鋼業 界におけ る総 合的 なネ ッ トワー クのか なめ に位 置 し

,い

わば 日本型鉄鋼 カル テルの コア であ り指令塔 にあた る もの とい える。 「鋼 材倶楽部 」 は

,鋼

材 の販売 に関す る業 界の ネ ッ トワー クをなす機 関 であ る。鉄鋼 メー カー と商社

,間

屋 で構成 され る鋼 材倶 楽部 は

,市

場 調査や 販売 に 関す る情報 の整備 をは じめ

,公

開販売制 度 の施行 に あ た っては政 府 の委 託機 関 と して も機能 し

,需

給や 販売面 での調整 ・協調 を実質的 な眼 日 とす るな ど

,大

手 高炉 メー カー と総 合商社 を軸 とす る強 固な連携 と調整 の ネ ッ トワー クを作 り _上げ て い る。 この「鋼材倶 楽部」 を母胎 として1953年に 「 日本鉄鋼輸 出組合 」が生 まれ, 輸 出令 に基づ く政府 の委託機 能 を担 いなが ら鉄鋼 メー カー と商社 を含 む輸 出の 調整

,調

査 な どの機 能 を果 た してい る。 さ らに

,1978年

には鋼 材倶楽部 を中心 に して鉄鋼 業界 と商社

,建

設業 界 な どで「 日本産業 プ ロジェ ク ト協議会 」がつ 18)座談会 での鋼材倶楽部 。理事 (当時)高野広氏の指摘 にみ られ る。(鋼材倶楽部編 『鋼材 倶楽部三十五年史』鋼材倶楽部 1982年、

5ペ

ー ジ)

(14)

原料購入 , │ 技 術 需 給 : │ 販 売 〈国内〉 : 輸 出 │ 市場 開発 日本型鉄鋼 ン ステム と業 界団体 83 海外製鉄原料委員会 く鉄鋼メーカー〉 日本鉄鋼協会 日本鉄鋼連盟 く鉄鋼 メーカー〉 日 本 鉄 鋼 輸 出 組 合 鋼 材 倶 楽 部 ! 1 : 生 産 労   働 ヽ ヽ ′ / ′ 学会 鋼 学 鉄 大 /豪

鋼メ

ーカヘ

商社

・間屋/

本 産 業 ブ ジ ク ト 協 議

(

鉄鋼 メーカ 商社・ 間屋 ヽ / 鉄鋼 メーカ 商社 建設

業界 セ メン ト 建設機械 その他 図2 1鉄鋼関係の業界団体 とその機能分野 くられ

,大

型 プ ロジェ ク トに よ る市場 開拓

,需

要創 出 を推進 して い るが

,21の

業 界 団体 (この 中に 日本鉄鋼連盟

,鋼

材倶楽部 が含 まれてい る

)を

擁 す る経 済 団体 としての性格 を もつ に いた って い る。 次 に,「日本鉄鋼協会」は技術 交流や共 同研 究 を推進す る鉄鋼 技術 のネ ッ トワー ク・ セ ン ター として機 能 してお り

,鉄

鋼 メー カー だけ で な く大学や研 究所

,関

(15)

84 名古屋学院大学研 究年報 連 業 界の研 究者

,技

術 者 を も含む学会 的機能 を も持 った技術 に関す る業界団体 であ る。 その運営 には政府 (通産 省

)や

「 日本鉄鋼連盟」 も関 わ ってい る(19)。 また

,業

界団体 とまではいか ない ものの

,海

外鉄鋼 資源 の調査

,開

発や 共 同 購 入の窓 目的機 関 として「海外 製鉄 原料委 員会 」が あ り

,鉄

鉱石 や 原料炭 の共 同購 入 を進め る うえで重要 な役割 を果 た して きた。 以下 にお いては, これ ら業 界団体 の機能や特 色 を整理 す るこ とに よって

,

日 本 型鉄 鋼 ンステムの基本的特質 と全体像 にアプ ロー チ してい く。 そ して, これ まで欧米鉄鋼 業へ の キャ ッチア ップ システム としてダ イナ ミッ クな機能 を発揮 して きた ンステムが

,フ

ォア・ ランナー とな り

,

さ らに産業構 造 の変化や 円高の高進 の もとで輸 入鋼材や電炉 メー カーの追撃 のなかにあって, これ までのネ ッ トワー ク機 能が発揮 しに くくなってお り

,新

しいパ ラダ イムに 基づ くシステムヘ の再 編成 を求め られ てい るこ とを明 らか にす る。

3.鉄

鋼の主要 業界団体 にみ る機能 と特質

(1)日

本鉄鋼連盟 ① 日本鉄鋼連盟設立の経緯 と趣 旨 鉄鋼業界の最 も代表的かつ総括的な業界団体 であ り

,

日本型鉄鋼 システムに おいて要 をなす機関 として,「日本鉄鋼連盟」があげ られ る。 当連盟は

,図

3・ 4に み るように戦時の国家統制機関であった「鉄鋼統制会」 の流れ を汲んでいる。1941年に成立 した鉄鋼統制会は,「重要産業団体令」の発 令に基づ く戦時 日本の国家統制 システムにおいて,先駆的な役割 を担わされた。 この「鉄鋼統制会」が

,戦

後,占 領軍の指令 によって1946年2月 に解散 となっ た後

,約

2年を経て

,新

たに純民間団体 として「 日本鉄鋼連盟」が設立 され る。 19)日本鉄鋼連盟 と日本鉄鋼協会 の関連、比較 につ いて、 レオナー ド・ H・ リンは次の よう に述べ てい る。 「専門の技術会議 のほ どん どは 日本鉄鋼協会の主催で行 なわれ るが、統計資料 は 日本鉄鋼 連盟で作成 され る。 なお、政府や国に対 して業 界 を代表す るのは鉄鋼連盟 である。業況や 技術 につ いての主要 な刊行物 は、 この二つの機 関がほ とん ど出版 している。」(レオナー ド ・ H・ リン 前掲書 112ペー ジ)

(16)

日本型鉄鋼 ンステム と業界団体 黒_ 露 T‐ 螂   ¨ 医:燕 │ネ裏 " L_

3

]彊

画丁麗

1曲

□幽幽囲

│ ││

T ︲ T □ ぼ ﹂ 面憲コ L」 霞 森 尽 コくR苺 鬱麟R奪 二 H ≪ 85 ヽ ︱ ‘ O N I ∞ ヽ   せ Φ ∞ O H  ギ 群 案 版 一塑 壮 係 ﹃R 巨終 雪 騒 ぶ C ゛ ﹄ 楓 陣 一ヨ 浮 一 貰 三 図 爆 鰈 S せ □ 味 黎 露 当   ” 図   キ

(17)

鉄 鋼 統 制 会 業 盟 鋼 連 鉄 者 本 営 日 経 日本鉄鋼協議会 日本鉄鋼連合会 本 鉄 鋼 会 法 人 86 名古屋学院大学研究年報

4

日本鉄鋼連盟の変遷 16.11.20 20.12.1 21 5.2 22 5.30 22.12.1 23 11.1 46.6.1 出所:『鉄鋼十年史 ― 昭和53∼ 62年一 』 日本剛 連盟 1988年 533ペ ージ その創立に至 る

2年

間は

,連

合軍の 占領下にあって

,経

済復興 を図 るうえか ら 鉄鋼 と石炭 を最重点 とす る傾斜生産方式が とられ

,国

家による物資の配給制が 行 なわれていた頃である。 占領軍の政策 とか らんで

,鉄

鋼団体 もめ ま ぐるしい 変転 を余儀 な くされた(20)。 1945年 12月に

,鉄

鋼業界は「鉄鋼業の再建復興 を急 ぐ協議機関」として,「日 本鉄鋼協議会」を設立 し

,1946年

2月 に連合軍最高司令部の承認 を経て,「鉄鋼 統制会」の解散 と同時に業務 を開始 した。「 日本鉄鋼協議会」は,「鉄鋼の安定 および原材料の安定 を計 り,かつ鉄鋼 に関す る諸般の資料お よび情報 を頒布 し, 斯業の発達 を期す るを目的 とす」(規約第1条

)と

され,「製鉄業者ならびに製 鉄事業に関連す る業者お よび団体 をもって組織」 された (規約第4条)(21)。 20)日本鉄鋼連盟編『鉄鋼十年史―昭和 58年 ∼67年 一』日本鉄鋼連盟 1969年、867ペ ージ。 21)鋼材倶楽部編 『鋼材倶楽部二十五年史』鋼材倶楽部 1972年、29ペ ージ。 ﹁ ︱ ︱ ︱ 1 1 1 1 1 1 コ 材 懇 話 会︲ 一 銑 鉄 懇 話 会 一

(18)

日本 型鉄鋼 ン ステム と業 界団体 87 敗戦直後の混乱期 には

,基

礎 資材 である鉄鋼 を政府 として も再統制す る必要 が うまれ

,商

工省の「鉄鋼需給調整実施要項」 (1946年 2月)に基づ き

,再

統制 され ることになる。 これは

,戦

時中の統制 と大差 な く

,商

工省 よ り内示 され る 年度内配当計画に基づ いて

,協

議会は需要部 門別の配当計画 を立て

,商

工省の 承認 を受けて

,需

要家に割 当 られ, さらに鉄鋼 メー カー別に生産割当す るとい うものであった。 しか し

,鉄

鋼需給は著 しくアンバ ランスになっていたため

,こ

の方式では対 応で きな くな り

,1946年

10月 には「臨時物資需給調整法」が公布 されて鉄鋼 は 政府の手による配給統制に移行す る。鉄鋼統制が官庁の手に移 され るに伴い, 「 日本鉄鋼協議会」は1947年5月 に解散 となる。 解散 された「 日本鉄鋼協議会」の機能の うち,「価格設定に関す る業務」は1947 年 6月 に設立 された「価格調整公団」に移 され る。そ して

,統

制業務以外の機 能については,メー カー間の 自主的な協議機関 として1947年5月 に設立 された 「 日本鉄鋼連合会」に引 き継がれた。同連合会 は

,そ

の後1947年12月 には「 日 本鉄鋼会」に改組 された(22)。 他方

,1946年

5月 には「経営権の確立 と経営者間の結束 を目指 して」「 日本鉄 鋼業経営者連盟」が設立 され る。 「 日本鉄鋼会」は

,1948年

11月 に「 日本鉄鋼業経営者連盟」と合体 して「 日 本鉄鋼連盟」 と改め

,

ここに「鉄鋼業の生産 と労働問題の総合的な調査研究団 体 として新発足 した」のである(23)。 「 日本鉄鋼業経営者連盟」との合体 に も示 さ れているように,「 :I本鉄鋼連盟」は明 らかに「経営側 にたった団体」であ り, 「生産 と労働問題」に またが る総合的で統括的な業界団体 として スター トした。 「 日本鉄鋼連盟」は任意団体 として発足 したが

,1971年

には社団法人 となる。 定款には「 日本鉄鋼連盟」の事業 として,「会貝相互の親睦及び啓発」,「鉄鋼 業の生産及び労働問題」につ いての「調査研究及び統計の作成」ならびに「資 料及び情報の募集

,頒

布」,「鉄鋼業に関す る技術の向上及び交流

,作

業能率の 22)同上 、26∼30ペー ジ。 23)日本鉄鋼連盟編 『戦後鉄鋼 史』 日本鉄鋼連盟 1958年、[付]43ペー ジ。

(19)

88 名古屋学院大学研究年報 増進 などの研究」があげ られている(24)。「生産及び労働問題」に関す る総合的な 調査研究

,対

応 などに焦点があて られ

,技

術や作業能率 などに も至 る総合的な センター として

,

また業界の窓 口機関 として位置付け られているのである。 「 日本鉄鋼連盟」の発足 に伴 い

,

まず最初に「労働専門委員会委員」が選出 されている(25)こ とな どに も

,労

働問題への対応 を最重要視 していることが うか がえる。1940年代末か ら

50年

代初めの頃は,多 くの鉄鋼会社 においてはいわば 「無協約状態」にあった。 こうした状況下でスター トした鉄鋼連盟 は

,経

営権, 人事権 を経営側 に取 り戻すために,「協約委員会」を設置 し

,協

約の研究 と新協 約の締結 を促す活動 を進めた(26)。

日本鉄鋼連盟の機能の拡充 。再編プロセス

戦後復興期】

「日本鉄鋼連盟」の業務内容 と機能は

,時

代のニーズとその変遷に対応して

整備 され総合化 されて きた(27)。 戦 後復興 期 にお け る鉄 鋼 連盟 の機 能 は

,原

料 ・資材不 足の除路 打 開が 中心 で あ ったが

,第

1次合 理 化 計画 (1951∼55年

)の

実施 に対 応 して

,政

策立案

,合

理 化 資金 の確保

,製

鉄 技術 の向上 等 に向け られてい く。 また, これ らを推進す るため に必要 な各種統計 の整備

,情

報収 集 に も精 力が注が れ た。 1952年には,時代 に即 応す るため,鉄鋼 連盟 の運営機構 の刷新 が行 なわれ た。 す なわ ち,「 運営委 員会」(主要 会 員会 社 の社 長会

)が

設け られ る とと もに

,そ

の下 に銑鉄

,普

通鋼

,特

殊鋼

,労

働 の 各部 会 お よび各分 野 の委 員会 がおかれ, 今 日に至 る委 員会 組織 の基本 的 な体 制 (図

5, 6)が

出来上 が った。今 日にお いては図5にみ られ るよ うに26の委 員会 が おか れ

,原

,エ

ネル ギー

,技

術, 財務

,統

,情

報 ・通信

,

さ らには立地環境

,

自主管理

,IE,海

外協 力

,海

外 24)同上、[付]64ペー ジ。 25)同上 、[付]50ペー ジ。 26)同上 、976∼978ペー ジ。 27)日 本鉄鋼連盟 の役割 と機能の経緯 につ いては、『戦後鉄鋼 史』(昭和23∼32年を対象)以 降、鉄鋼連盟 自身の手で、10年ご とに まとめ られ刊行 されて きた『鉄鋼十年史』(昭和33 ∼42年、昭和43∼52年、昭和53∼62年)に詳 しく紹介 されている。

(20)

総 会 会 運 営 委 員 会 業 務 懇 談 会 労 働 部 会 銑 鉄 部 会 普 通 鋼 部 会 特 殊 鋼 部 会 日本型鉄鋼 ンステム と業界団体

89

5

ω 日本鉄鋼連盟の委 員会 な どの組織図 (昭和62年12月現在) (昭和62年 12月 現在) 貫 分 科 会 特 殊 鋼 原 料 委 員 会 労 働 問 題 懇 談 会 平 電 炉 分 科 会 単 圧 分 科 会 境 管 理 委 員 会 員 会 鉄 財 情 I自 立 開 鉄 鉄 ス 翻 報 主 ヵllb発鋼 鋼 _ "務 . E管ンフ´‐ 本業 技 フ 彗 委]委琶 見[馨)緩 グ 委 量 動 委 委 営防 策委 員 安 員 委 委降 委 昌 員 員 員 員 員技 員貝 会 会 会 会 会 会 会 会術 会 会 出所 :『 鉄鋼 卜年 史 一 昭和53∼62年 』 日本鉄鋼連盟 1988年 537ペー ジ 市場 調査 な ど

,鉄

鋼 業 にかか わ る主要分 野や テー マ を網 羅 してい る。 また

, 4

つ の部 会 に もそれ ぞれ分科会や委 員会 を もってお り

,

と くに労働部会 は労政 ・ 雇用 な どジャ ンル別 の

6委

員会 と労働 問題 懇話会

,木

曜会 な ど3つの会 か ら構 成 され

,労

働 問題 に関 わ る主要分 野 に またが って い る。 【高度成長期】 第

2次

合理化期 (1956∼60年

)に

入 り

,臨

海立地の新鋭一貫製鉄所の建設が 着手 され るに伴 い

,輸

入原料の確保策 とともに

,そ

れに対応 した港湾整備委員 会が設置 され (1957年

),1953年

の運営委員会 で鉱石専用船 の建造方針が決定 され

,1958年

に初めての専用船が竣工す る。 高度成長期におけ る鉄鋼連盟の機能 として注 目され るのは

,長

期需要 見通 し 会 会 会 員 員 員 委 委 委 政 用 全 労 雇 安 会 会 員 員 委 委 生 生 厚 国 際 委 員 会 鉄 鋼 海 外 市 場 調 査 委 員 会 鉄 鋼 海 外 協 力 政 策 委 員 会 基 本 問 題 調 査 幹 事 会 広   報   委   員   会 総 務 委 員 会 東 原 員会 曜 会 水 鋼 殊 鉄 鋼 製 品 備 蓄 対 策 委 員 会 鉄 鋼 原 料 備 蓄 対 策 委 員 会 鉄 鋼 原 料 品 位 調 査 委 員 会 運   輸   委   員   会 エ ネ ル ギ ー 対 策 委 員 会 動   力   委   員   会 連 続 式 成 形 コ ー ク ス 研 究 開 発 委 員 会 I S O / T C ︲02 日 本 委 員 会 料     委 南 ア ジ ア 本   国   内 員     会 鉄 鋼 協 会 委   員   会

(21)

長 副 会 長 ・ 専 務 理 事 常 務 理 事 90 名 占屋学院大学研究年報 図

6

日本鉄鋼連盟の事務局組織図 (昭和62年12月 1日 現在) 秘 総 書 務 経 営 管 理 労         働 特     殊     鋼 普 通 鋼 電 炉 原         料 技 術 管 理 環 境 管 理 海 外 調 査 調 査 統 計 情 報 シ ス テ ム 広         報 大 阪 事 務 所 欧 州 事 務 所 室 部

│ │

日 日¬ 秘 人 総 会 法 広 出 情 調 統 海 海 環 技 業 工 普 特 労 安 経 規 報 .… を ネ通 _ シ 「 ノ「 冤"り 堂 鋼殊 =呂 書 事 務 計 報 版 ス 査 計 調 強 管 管 務 1 働 厚 管 曇 【 査 力 理 理 1層 鋼 生 理 室 ︱ ︱ 部 ︱ 自 部 ︱ ︱ 部 ︱ 部 ︱ 向 部 ︱ ︱ 部 ︱ ︱

出所:『鉄鋼十年史―昭和53年∼62年一』 日本鉄鋼連盟 1988年 539ペ ージ 作業 と設備 自主調整の問題である。1959年の運営委員会で長期鉄鋼需要予測の 策定が決 まり,「需要調査委員会」が設置されて

,鉄

鋼連盟 と「鋼材倶楽部」の 共同作業が実施 された。以後

,長

期・短期 を含む鉄鋼需要の見通 しは鉄鋼連盟 の主要業務の一つ とな り

,業

界の進路 を示唆す る重要 な指針 となる。 1952年

,鉄

鋼連盟 内に設立 された「鉄鋼統計委員会」(28)は

,1962に

鉄鋼統計 を国際的に整備強化すべ く改造 し,その後,「鋼材倶楽部 との共同の形で運営 さ れている。 また

,1960年

に「海外市場調査委員会」が鉄鋼連盟 内に設立 された 際には,「鋼材倶楽部」(のち「 日本鉄鋼輸出組合」)も これに参画 し

,同

委員会 28)鋼材倶楽部編 前掲書 (『鋼材倶楽部二十五年史』)13ペー ジ。

(22)

日本 型鉄鋼 ン ステム と業 界団体 91 は両者の共同運営の形 となっている(29)。 この ように

,鉄

鋼連盟 は

,内

外の各種 統計・デー タなどにおいて も「鋼材倶楽部」や 「 日本鉄鋼輸出組合」 と密接 な ネッ トワー クを構築 してお り

,通

産省 も統計資料 を通常

,鉄

鋼連盟に頼 ってい る(30)。 一 方

,鉄

鋼 各社 の長期 設備 計画 につ いては,「 過剰投 資」が問題 とされ

,設

備 投 資 の合理 的 な推進 を図 るため に業 界で 自主調 整 を行 な うこ と とな った。 1959 年 に

8社

の常務級 に よる有志 懇談会 が設置 され

,以

後 の業 界におけ る協 調体 制 に も大 きな役割 を呆 たす もの とな る。1965年に大手

6社

社 長 に よる設備 投 資調 整研 究会 が組織 され

,1966年

か らは普通鋼部会銑鉄鋼材一貫分科会 で調整 され た ものが さ らに産業構 造審議会 ・鉄鋼部会 にか け られ審議 され るこ ととな る。 第

3次

合理 化 の時期 に な って「 国際化 の時代 」 に入 るに伴 い

,鉄

鋼 連盟 の業 務 内容 に も国際 的 な視 点が求め られ ることになる。「貿易 自由化対策委員会」(1960 年 ),「 鉄鋼 市場 調査 委 員会 」(60年),「

OECD委

員会 」(64年)等 が設 置 され て い く。 1960年代後 半 にな って公害 問題 力増栞刻化 し各種 公害 規制法 が実施 に移 され る なか で

,1967年

に「立地 公害委員会 」(1986年に「立地環境 委員会」 に名称 変 更

),1973年

には「鉄鋼業

NOX防

除技術開発本部」が設置 され

,積

極的な公害 防止対策が進め られた。この頃

,公

害対策やエネルギー対策 ともか らんで,「原 子力製鉄」が脚光 を浴び

,1973年

に政府の支援 を得て「原子力製鉄研究組合」 が設置 された。 さらに,省 力化や現場活性化のための

IE活

動や

JK活

動の推進 などについて も

,鉄

鋼連盟に各委員会が設置 され重要 な役割 を担 ってい く。鉄鋼業におけ る

IE活

動(31)の最大の特徴は

,1959年

に鉄鋼連盟に発足 した「

IE委

員会」 を軸に した業界一体活動にあ り

,こ

れ らは他産業には類例 をみないユニー クな活動 と み られている。「

IE委

員会」の設立 を契機 に

,各

社の

IE活

動が大 きく前進 し, 29)同上、670∼671ペー ジ。 30)レオナー ド・ H・ リン 前掲書 44ページ。 31)IE(Industrial Engineering)と は、「人・物・設備の総合的 システムの設計。改善・確 立 に関す る活動」 と定義づ け られている。(日本鉄鋼連盟編 『鉄鋼 におけるIEの歩み―鉄 鋼業 におけるIE活動30周年史―』 日本鉄鋼連盟 1989年 19ペー ジ)

(23)

92 名 占屋学院大学研 究年報

短期 間の うちに普 及 し一般化 した(32)。

一 方,鉄鋼 各社 では1960年代 前半 か ら独 自に進 め て きた

QCサ

ー クル活動,

ZD運

動,その他 の小集 団活動 を業 界 ぐるみ で進め よ うとい うこ とで,鉄鋼 業 界 の統一名称 を「 自主管理 活動 」("Jishu―Kanri Activities",略称

:JK活

動)(33)

と決定 した。1969年に鉄鋼連盟 に「 自主管理 活動委 員会」が発足 し

,そ

こ を中 心に して「業界の場 で推進 されて きた」。定例的に行 なわれ る発表大会(年 2回), 研修交流会(年 1回

),海

外視察チームの派遣 な どに よって

,現

場作業者相互に よる工場 。企業の枠組み を越 えての業界 ぐるみの交流 と情報交換 などが図 られ ている(34)。

低成長期】

1973年 ,79年の三 度 にわた る石 油 危機 を契機 に低 成長期 に入 り鉄鋼業 の伸 び も期待 で きな くな る。 それ に伴 って

,鉄

鋼 連盟 の業務 の特徴 も

,そ

れ までの拡 大発展へ の対応型活動 か ら減量経営

,経

営再 構築 型活動へ とシフ トした。す な わ ち

,省

エ ネ・省 資源

,

コス ト削減対策

,鉄

鋼 業 の再構築 に対応す る問題

,次

世 代 技術 開発 に関す る共 同研 究

,国

際 問題 へ の対 応 な どが 多 くな る。 鉄鋼 連盟 は

,こ

れ ら内外環境 の変化か ら生起す る業界の諸 問題 を解決す るため に

,各

委 員会 の機 構 を整備

,強

化 した。 省 エ ネ・脱石 油 な ど基本的 な政策 を検討す る場 として1977年に「エ ネル ギー 対 策委 員会 」が新 設 され

,業

界 の専 門家 に よって 多面的 な検討 が行 なわれ た。 また

,粗

鋼 生産 が1億 トン を割 る事 態 を迎 えて減 量経営 が強化 され る中で

,鉄

鋼 連盟 の「

IE委

員会」,「

JK委

員会」での研 究 テーマ もコス ト削減 に関す る もの が 中心 とな り

,業

界 ぐるみ の活動 が展開 され た。 低 成長期 におけ る鉄鋼業 の重要課題 の一 つ として技術 開発が取 り上 げ られ, 32)同上、25ペー ジ。 33)自主管理活動 とは、「従業員各々が、自主的に、小 グループ を編成 し、その中か ら リーダー を選び、リー ダーを中心 に平等 な立場 で話 し合 いの場 を もって、職場の問題 を取 り上 げ 目 標 を立 て、全員参加でその達成のために努 力す る、継続的 なグループ活動」であ る、 と定 義づ け られてい る。(日本鉄鋼連盟編『自主管理活動20年のあゆみ―知恵 と工夫 と実践―』 1989年、6ペー ジ) 34)同上、

4ペ

ー ジ、お よび『鉄鋼 界」1982年6月 号 11ペー ジ、『鉄鋼界』1994年6月 号 8∼ 9ペー ジ。

(24)

日本 型鉄 鋼 ン ステム と業 界団体 93 減 量経営・需要構造 の変化へ の対 応策 に シフ トす る。す なわ ち

,

コス ト削減, ニー ズヘ の変化 に対 応 した品質 向上

,

さ らには鉄鋼 業の再構築 を 目指 した次世 代 型 の技術 開発,あ るいは経営 多角化 の ため の新素 材 開発 な どの ニー ズが生 じ, 幅 広 い取 り組 みが行 なわれ て い る。 鉄鋼連盟 にお いて も

,1984年

に「鉄鋼 技術政策委 員会」が新 設 され

,各

種 の 共 同研 究案件 が増 えて

,連

続 式成 形 コー クス製造 技術 の開発 (1978∼87年

),新

溶融還 元法 の研 究開発 (1988∼91年

)な

ど大 型の技術 開発 プ ロジェ ク トが実施 に移 されてい る。 地球 環境 問題が世 界的 に クロー ズア ップ され るなか で

,鉄

鋼 連盟 では公 害 ・ 環境 問題 を扱 う既 存 の「 立地環 境委 員会 」に加 え

,1989年

に環境 とエネル ギー の専 門家 で構成す る「地球環境 問題 対策委 員会 」 を新 たに設置 し

,

と くに温暖 化 問題 に関す る鉄鋼 業界の対応 につ いて検討 を行 な ってい る(35)。 なお

,鉄

鋼 連盟 の刊行物 は

,鉄

鋼 技術 の情報 の普 及に も大 きな役割 をはた し て きた。 その一つ に

,1951年

発刊 の 『鉄鋼 界』が あ る。

(2)鋼

材倶楽部 ① 鋼材倶楽部設立の経緯 と趣 旨 「鋼材倶楽部」は

,鉄

鋼業界の販売関係についての業界協調

,調

整の統轄期 間 として設立 された ものである。当倶楽部は図3にみ るように

,昭

和初期の「共 販組合」に始 まり,「鉄鋼販売統制会社」(「鉄鋼貝′ I又 」1941年 12月 ∼45年 7月), 「鉄鋼統制会」 (1941年 4月 ∼45年 7月

)を

経て

,戦

後の「 日本鉄鋼協議会」 (1946年 1月 ∼47年5月)に引 き継がれた鉄鋼業界におけ る団体組織の流れ を 引 き継いでいる(36)。 1927年に,「鋼材におけ る最初の生産 カルテル」である「条鋼分野協議会」が で き棒鋼 につ いて「初めての官民の協調関係」が成立す る。 これ を基礎 に同年, 「鋼材の最初の販売 カルテル」 である「関東鋼材販売組合」が結成 された。 こ の2つのカルテルの誕生は

,鉄

鋼業界におけ る鋼材の生産及び販売の協調体制 35)レオナー ド・ H・ リン 前掲書 45∼ 46ペー ジ。 36)鋼材倶楽部編 前掲書 『鋼材倶楽部二十五年 史』

)3ペ

ー ジ。

(25)

94 名古屋学院大学研究年報 結 成 の うえで画期 的意味 を もつ もので あ り,以 後1935年にか けて各種鋼材 の共 販組 合が相 次 いで組織 され た (図 3)。 戦 時体 制への移行 とと もに

,鉄

鋼 需給 を本格 的 に調 整 す るため の生産・ 配給 統 制 は

, 3つ

の段 階 を経 て販売 カル テル か ら国家機 関 に よる生産 。配給・ 消費 の一 元的統制へ と強化 され てい く。 1937年には図7にみ られ るように鋼材品種別の「共販組合」(共販)が 新 たに 設立 され

,そ

の統轄機 関 として「 日本鋼材販売連合会」が設け られた。1938年 になると「 日本鋼材販売連合会」 と「共販」が「 日本鋼材連合会」に再編 され, 生産統制の機能 も持つにいたる。 1939年には

,各

品種別共販組合 は解体統合 され

,一

手買取販売の会社組織 と して,「日本鋼材販売株式会社(日鋼販)」,「第二鋼材販売株式会社(第二鋼販)」, 「 日本鋼管販売株式会社 (日管販

)が

設立 され る (図 7) 1940年には「 日本鋼材連合会」が改組 されて「 日本鉄鋼連合会」 となった。 「 日本鉄鋼連合会」は

,商

工省の承認 を経て各 メー カーに生産割 当てを行 ない, 各 メー カーはその製品をすべ て配給統制機関である上記の

3つ

の会社 (及び 日 満鉄鋼

)に

販売 し

,そ

こか ら販売業者 を通 じて最終ユーザーに販売す ることに なった。 時局の緊迫化に伴い

,業

態別に統制会が設立 され ることにな り

,他

業種 に先 駆けて1941年 (4月

)に

「 日本鉄鋼連合会」を発展的に解消 させ て「鉄鋼統制 会」が設立 され

,全

鉄鋼分野 を統制下にお く組織 となる。 さらに,「重要産業団 体令」 (1941年 9月

)の

施行 に伴 い,「鉄鋼統制会」は同令の指定 を受けて法的 団体 とな り

,国

の政策立案に加わって行政事務 を委譲 された公的団体 としての 性格 をもつに至 る。 これ と併行 して

,配

給統制機関である日鋼販

,第

二鋼販, 日管販の

3社

は,「鉄鋼販売統制会社(鉄鋼販)」に統合 され る。敗戦直前の1945 年 7月

,鉄

鋼の統制団体 はすべて「鉄鋼統制会」に吸収統轄 されて敗戦 を迎 え た(37)。 戦後,「鉄鋼統制会」が解散 されるに伴って作 られた民間団体 としての「 日本 鉄鋼協議会」は,15ヵ 月で解散 を余儀な くされた。しか し

,鉄

不足のなかにあっ 37)同上 、21∼26ペー ジ。

(26)

日本型鉄鋼 ンステム と業界団体 95 図

7

戦時統制化の鉄鋼流通機構

a)昭

和12∼14年の統制機構

b)昭

和15,16年統制機構 出所:『鋼材倶楽部二十五年史』鋼材倶楽部 1972年 24ペ ージ て需給調整がぜひとも必要 とされたため

,1947年

6月に,メ ーカーの団体であ る「 日本鉄鋼連絡会」(「日本鉄鋼協議会」の後身で 1947年 10月以降は「 日本 鉄鋼連絡会」

,1948年

11月には「 日本鉄鋼連盟」となる)と 問屋の団体である 「全国鉄鋼問屋組合」(「全国鉄鋼指定問屋組合」の後身)と によって,「鋼材懇 話会」が結成されて需給連携業務に携わることになる (図 8)。「鋼材懇話会」 日 本 鋼 材 連 合 会 品 共 販 組 合 プ リ キ 板 共 販 組 合 薄 板 共 販 組 合 管 共 販 組 合 共 販 組 合 線 材 共 販 組 合 鋼 板 共 販 組 合 形 鋼 共 販 組 合 棒 鋼 共 販 合 指 定 販 売 店 指 定 販 売 店 指 定 販 売 店 指 定 販 売 店 指 定 販 売 店 指 定 指 定 間 屋 約 店 特 般

需 (大 口) (小口 ) 日本 鉄 鋼 連 合 会 日 本 鋼 材 販 売 会 社 日 本 鋼 管 販 売 会 社 第 二 鋼 材 販 売 会 社 指 定 問 屋 指 定 間 指 定 問 特

約 店 般 実 需 (1ヽ 日 ) (大 口)

(27)

96 名古屋学院大学研究年報

8

『鋼材懇和会』の需給連繋業務系統図 発 注 引 当 発注 (切符) 出所:『鋼材倶楽部二十五年史』鋼材倶楽部 1972年 29ペ ージ は旧「 日本鉄鋼協議会・需給部」の機能 を受け継 ぐものであった(38)。 その後 まもな く

,1947年

12月 には独立 した団体 として「鋼材倶楽部」が設立 された,「鋼材懇話会」の仕事 を引 き継 ぐことになるが

,鉄

鋼 メー カー及び間屋 を構成員 とす る特異な形態はその まま残 され今 日に及んでいる。「 メー カーおよ び商社 (間屋

)の

両者 をメンバー とす る業界団体 は

,諸

外国は もちろん

,国

内 の他 の業界に も例 をみない」 もの とされている(39)。 戦後に制定 された独 占禁止法の下 で,「業界がカルテル的な価格安定策 を講 じ るこ とは許 されないことにな り」,それへの注意深 い考慮 をしなが ら

,親

睦団体 あるいは調査団体

,意

見を具 申す る団体 とい う名 目で もって業界のネッ トワー ク機関 として,「鋼材倶楽部」が設立 された。 そこに至 る動機について

,稲

山嘉 寛氏の次の発言は興味深ぃ(40)。 「鋼材倶楽部発足時の ことをふ り返 ってみて も

,お

互いがば らば らではいけ ないか ら, なにか結びつ きの会 を作 ろうじゃないか とい うことで

,わ

れわれ一 38)同上、29ペー ジ。 39)同上 、

3ペ

ー ジ。 40)同上、 3∼ 4ペー ジ。 出 生 産 割 当 需 要 調 査 提 出 経済安定本部 需要主務官庁 引当連絡 発 注 リン ク 配 当計 画 通 知 発   券   2 商工省鉱山局 普通鋼処理委員会 鋼 材 懇 和 会 配 鉄 鋼 販 売 佛 産 業 復 興 公 団 間 屋 価格 調整 公 団 一手買取 売戻 し メ ー カ ー

(28)

日本型鉄鋼 ンステム と業界団体 97 種の郷愁 を感 じなが ら

,片

方では生産団体 の 日本鉄鋼連盟

,

また他方では鋼材 倶楽部 を設立 し

,

メー カーの販売関係者 を中心に商社のかたがた も含め

,市

場 安定の よすがに しようとい うこ とで発足させ た…。 しか しカルテル行為はいけ ない とい うことだったか ら

,そ

の定款 も単 なる親睦団体

,あ

るいは調査団体,

意見を具申する団体

,と

いうようなことだけが揚げられた。」

(「

鋼材倶楽部

20年

の回顧 と展望」座談会

) ② 「鋼材倶楽部」の機能の拡充・ 再編 プロセス 1949年以降に実施 された ドッジ政策によって

,鉄

鋼 は売手市場か ら買手市場 に一変 し

,1950年

に補給金の廃止 とともに配給統制

,公

的価格は撤廃 され

,13

年ぶ りに 自由商品 とな り

,同

年に 日本製鉄 も八幡製鉄・富士製鉄の両社 に分割 され るこ ととなった。 新 しい環境下では

,鉄

鋼 も「造 る苦労 よ り売 る苦労」 とい う状態にな り

,市

場の開拓がにわかに クロー ズア ップ され

,1953年

に需要開拓委員会 (後の「市 場開拓委員会」及び「宣伝委員会」

)が

発足す る。当委員会 は

,鉄

鋼需要の開拓 ない し宣伝の分野で図9にみ るように幅広 い活動 を行 ない

,当

倶楽部の事業活 動のなかで も最 も重要 な比重 を占め るようになる。日常業務面では

,市

場調査, 需要予測

,資

料・統計類の整備 といった機能 も拡充 されてい く。 「鋼材倶楽部」の活動の一つ として忘れてな らないのは,「その分身 ともいう べ き日本鉄鋼輸 出組合」(41)の設立である。「鋼材倶楽部」とほぼ同一のメ ンバー によって

,1953年

に「 日本鉄鋼輸 出組合」が結成 された。「輸 出取引法」(後の 「輸 出入取引法」)に基づ く同組合の活動については独 占禁止法の適用が緩やか であったが

,同

組合 は法的根拠 を異 にす るため

,形

式的には当倶楽部 とは別個 の事業者団体 となったのである。 1961年には旧「鋼材懇話会」 とほ とん ど同時に発足 した「銑鉄懇話会」を吸 収合併 し

,業

務 内容が銑鉄 に まで及ぶ ことにな り,「銑鉄需給委員会」が作 られ た。 41)稲山嘉寛『わた しの鉄鋼昭和史』東洋経済新報社 1986年、84∼85ペ ージ。

(29)

98 名古屋学院大学研究年報 当倶楽部の創立当時の規約には,「会員相互の親睦及び意見の交換」が業務の 第一に掲げ られてお り

,現

在の定款で も「会員相互の親睦 を図ることを目的 と す る」とうたわれている。1949年に情報交換の場 として発足 した理事小委員会 は

,そ

の後「木曜会」と名付け られ

,1972年

まで通算480回催 されるなど情報 交換 と親睦の場 となって きた。 1966年に

,会

員各社 の出資に よ り24億円の資金 を投入 して建設 された「鉄鋼 会館」は,「業界団体が持つ単独の建物 としては他 にあまり類例 をみない もの」 といわれ

,株

式会社 として運営 されて当倶楽部の物理的なセンター となってい る。1968年には「アイアン・クラブ」が設立 され

,当

倶楽部の持つ親睦的機能 は大幅にそれに委譲 され

,か

つ一層の充実 をみ るようになる(42)。 こうして

,会

員相互間の「融和

,意

思の疎通」に関 しては

,当

倶楽部の機能 のなかにハー ド,ソフ トのいずれ も確立 し,「鉄鋼業界はその方面では伝統的に 独特の雰囲気 をもっている」(43)と さぇぃわれ るに至 る。 鉄鋼 メー カー と商社が

,一

体 となって「ナニワ節的」 ともいえる強い結合関 係 を作 っている状況については

,次

の発言に うかがわれ る。 「鉄の業界ほ どメー カー と商社が一体 となって結ばれているところはない。 古い言葉 でいえばナニワ節的

,新

しい表現 をすれば血の通 った業界 とい うか, こうい うのはほかにはあ りませ んよ。 メー カー と流通関係の商社

,問

屋 などが うって一九 とな り

,

こうい う大 きな組織 を作 り

,

また立派な会館 を持 っている などとい うことは

,他

の業界にはみ られ ませ んね。」(44) なお,「ナニワ節的 な ところ」は

,絶

大な勢力のあった旧官営製鉄の指定商社 制(45)と ぃ うものの流れ を汲んでいる。それゆえ ,「親子子分 であ り

,仁

義の世 界 的 な雰囲気」す らもっているといわれ る(46)。 1950年に 日本製鉄が八幡製鉄

,富

士製鉄の

2社

に分割 され

,1953年

の川鉄・ 千葉の第1高炉の火入れ を皮切 りに後続

3社

(川鉄

,住

,神

)が

高炉に進 42)鋼材倶楽部編 前掲書 (『鋼材倶楽部二十五年史』

)6∼

7ペー ジ。 43)同上、 7ペー ジ。 44)同上、413ペー ジ。 45)「指 定商社制」 については、稲 山嘉寛 (前掲書、20∼28ペー ジ)を参照。 46)鋼材倶楽部編 前掲書 (「鋼材倶楽部二十五年史』)414ペー ジ。

参照

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