日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 三 九 八
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刷 日 本 仏 教 文 化 会 議、 箱 根 シ ン ポ ジ ウ ム -行 績 と 運 営、 創 立 と 由 来 -箱 根 シ ン ポ ジ ウ ム は、 最 初 ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ を 課 題 と し て、 43 年 ・ 44 年 ・ 45 年 の 三 回 ( 紀 要 第 一、 三 二 七 頁。 第 二、 三 七 四 頁。 第 三、 二 四 四 頁) つ い で ﹁ 生 命 科 学 と 仏 教 ﹂ を 46 年 ・ 47 年 ・ 48 年 の 三 回 ( 紀 要 第 一、 二 〇 二 頁。 第 二、 一 八 八 頁。 第 三、 二 六 七 頁) 続 い て ﹁ 人 類 の 未 来 と 仏 教 ﹂ を 49 年 ・ 50 年 ・ 51 年 の 三 回 ( 紀 要 第 一、 二 一 三 頁。 第 二、 一 六 一 頁。 第 三、 未 刊) 合 せ て 九 年 間 に シ ン ポ ジ ウ ム 九 回、 紀 要 八 冊 ( 第 九 冊 未 刊) い ず れ も B 5 版 で、 問 答 往 復 に よ つ て 真 実 が 開 顕 さ れ て 行 く す が た 濃 刺 た る も の が 漂 つ て い る。 こ の 度 の 解 説 で は、 そ の 質 疑 応 答 の い い と こ ろ に 手 が 及 ば な い の は 遺 憾 で あ り ま す。 シ ン ポ ジ ウ ム は 毎 年 八 月 下 旬 に 開 催 し、 会 期 二 日 糊、 会 場 は 聡 年 湖 尻 富 士 見 荘、 胆 年 富 士 箱 根 ラ ン ド、 45 年 仙 石 原 花 月 園 ホ テ ル で あ つ た が、 46 年 か ら 51 年 ま で 全 部 湖 尻 富 士 見 荘 で 開 催 し た。 そ の た め ﹁ 日 本 仏 教 文 化 会 議 ﹂ 箱 根 シ ン ポ ジ ウ ム と い い 慣 わ し て き た。 こ の 箱 根 シ ン ポ ジ ウ ム は ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ ﹁ 生 命 科 学 と 仏 教 ﹂ ﹁ 人 類 の 未 来 と 仏 教 ﹂ の テ ー マ な ど、 そ れ ぞ れ 時 代 に 一 歩 を 先 き ん じ た 新 鮮 さ も あ つ た し、 そ れ に 適 切 に 解 明 に つ と め、 親 切 に 指 導 し て 下 さ つ た 基 調 報 告 ・ 基 調 講 演 の 諸 先 生 の 学 的 努 力 の お 蔭 が 大 き か つ た と 存 じ ま す。 そ れ に 加 え て、 毎 年 全 国 か ら 参 加 し て 下 さ つ た 三 十 名 に 近 い 大 学 教 授 方 の 犀 利 な 批 評 と 追 究 と に よ つ て、 質 疑 応 答 ・ 問 答 往 復 が 重 ね ら れ、 シ ン ポ ジ ゥ ム そ の も の が 自 然 と 大 き く 盛 り あ が つ た わ け で あ り ま す。 も と よ り ﹁ 全 日 本 仏 教 会 ﹂(reiog riowek ewio)
と ﹁ 国 際 仏 教 交 流 セ ン タ ー ﹂
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gr riodf) の 強 固 な 基 盤 に 立 つ て、 企 画 ・ 運 営 ・ 司 会 を 兼
ね ら れ た 真 渓 義 貫 氏 の 推 進 力、 摩 尼 清 之 ・ 藤 吉 慈 海 ・ 金 岡 秀 友 ・ 雲 井 昭 善 運 営 委 員 氏 ら の 活 躍、 読 売 新 聞 社 の 後 援 が 加 わ つ て、 大 き な 創 造 的 な 総 合 力 と な つ た と 信 じ て お り ま す。 日 本 仏 教 文 化 会 議 議 長 と し て、 厚 く 感 謝 の 意 を 表 し ま す。 こ の ﹁ 日 本 仏 教 文 化 会 議 ﹂
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cdf) は 昭 和 三 七 年 ( 一 九 六 二) 九 丹 九 日、 神 田 学 士 会 館 に お い て、 ﹁ 仏 教 東 漸 七 十 年 記 念 ﹂ に 設 立 さ れ、 全 日 仏 に 継 承 さ れ、 文 化 局 で と り 扱 っ て き た の で あ り ま す。 そ の 節、 記 念 米 国 使 節 団 四 七 名 が 結 集 し、 団 長 は 羽 渓 了 諦 博 士、 世 話 役 は 真 渓 義 貫 氏 で あ つ た。 始 め 団 長 は 鈴 木 大 拙 先 生 の と こ ろ、 医 師 の 注 意 で、 羽 渓 博 士 が お 就 き に な つ た。 初 代 の 文 化 会 議 議 長 は 大 拙 先 生 が ご 就 任 で あ つ た の で す が、 昭 和 四 三 年 ( 一 九 六 六) ご 逝 去 に な り、 筆 者 が 第 二 代 目 議 長 と し て、 現 在 に 至 つ て い る 次 第 で あ り ま す。 そ し て こ の 文 化 会 議 で 四 三 年 に ﹁ 仏 教 と 教 育 ﹂、 四 二 年 に ﹁ 現 代 ヒ ュ ー マ ニ ズ ム と 仏 教 ﹂ を と り あ げ ま し た。 そ し て 四 三 年 か ら 四 四 年 四 五 年 と、 三 年 間 に わ た り、 大 き く ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ を テ ー マ に し て、 周 到 な 組 織 の も と に 討 議 を 展 開 し て き た の で あ り ま す。 ﹁ 全 日 本 仏 教 会 ﹂ お よ び 孝 道 教 団 ﹁ 国 際 仏 教 交 流 セ ン タ ー ﹂ ( I B E C) 共 催 に よ る ﹁ 日 本 仏 教 文 化 会 議 ﹂ 箱 根 シ ン ポ ジ ウ ム を 記 述 す る に 当 り、 来 馬 道 断 全 仏 理 事 長 ・ 桜 井 大 乗 文 化 局 長 ・ 真 渓 義 貫 文 化 専 門 委 員 長 を 姶 め、 孝 道 山 の 岡 野 正 道 大 統 理 ・ 貴 美 子 副 統 理 ・ 正 貫 統 理 さ ま の 賛 助 後 援 の 力 が 大 き く、 こ と に 岡 野 貴 美 子 副 統 理 さ ま に は、 い つ も 明 快 に し か も 全 体 を ま る く 収 め と る よ う に 励 ま し の 言 葉 で 挨 拶 を し て 下 さ い ま し た。 そ の 都 度 わ た く し は、 文 化 会 議 議 長 と い た し ま し て、 衷 心 か ら 感 謝 の 言 葉 を 述 べ さ せ て 頂 き ま し た。 さ ら に 真 渓 義 貫 全 仏 文 化 専 門 委 員 長 に よ つ て、 バ チ カ ン 四 百 年 目 の 公 会 議 以 来 の 新 し い 動 向 と な つ た ﹁ 世 界 キ リ ス ト 教 教 会 三 致 運 動 ﹂ の 一 環 と し て、 聖 心 女 子 大 で ﹁ キ リ ス ト 教 ア ジ ア 開 発 会 議 ﹂ が ( 昭 和 五 十 二 年 七 月 十 四-二 十 二 日)、 カ ト リ ッ ク、 新 教、 聖 公 会 共 同 で 行 わ れ、 ﹁ キ リ ス ト 教 ア ジ ア 開 発 セ ン タ ー ﹂ を 設 け、 医 療 団 派 遣 ・ 病 院 ・ 育 児 所 の 経 営 な ど が と り あ げ ら れ た。 こ の ア ジ ア 開 発 会 議 準 備 に 約 二 年 を 費 し、 わ れ わ れ の ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ 第 三 回 紀 要 の 重 要 部 分 を 英 訳 し て、 各 国 首 脳 に も 配 布 し た ほ ど、 用 意 周 到 ぶ り で あ つ た ( 紀 要 一 八 三 -一 八 五 頁)。 ニ ア ジ ア 開 発 と 仏 教、 シ ン ポ ジ ウ ム -第 三 回 ・ 第 二 回 ・ 第 三 回 の 運 営 と 要 旨-第 一 回 ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ ( 四 分 科 会) (1) ﹁ 東 南 ア ジ ア 分 科 会 ﹂ 分 科 会 長 東 洋 大 学 授 教 ・ 文 博 西 義 雄 日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 三 九 九
日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 〇 〇 基 調 報 告 花 園 大 学 教 授 藤 吉 慈 海 発 言 者 大 谷 大 学 教 授・ 文 博 佐 々 木 教 悟 駒 沢 大 学 助 教 授 東 元 慶 喜 東 京 大 学 教 授 ・ 文 博 平 川 彰 運 営 委 員 大 谷 大 学 教 授 ・ 文 博 雲 井 昭 善 (2) ﹁ セ イ ロ ン 分 科 会 ﹂ 分 科 会 長 東 洋 大 学 教 授 ・ 文 博 田 村 芳 朗 基 調 報 告 東 海 短 大 教 授 ・ 文 博 前 田 恵 学 発 言 者 慶 応 大 学 講 師 森 祖 道 愛 知 教 育 大 教 授 ・ 文 博 山 田 英 世 二 松 学 舎 大 助 教 授 田 村 晃 祐 運 営 委 員 東 洋 大 学 教 授 ・ 文 博 金 岡 秀 友 (3) ﹁ 中 国 分 科 会 ﹂ ( 韓 国 ・ 台 湾 を 含 む) 分 科 会 長 京 都 博 物 館 長。 文 博 塚 本 善 隆 基 調 報 告 東 洋 大 学 教 授 大 類 純 発 言 者 竜 大 名 誉 教 授 ・ 文 博 佐 藤 哲 英 光 華 女 子 大 教 授 ・ 文 博 道 端 良 秀 東 洋 大 教 授 ・ 文 博 勝 又 俊 教 京 都 大 学 講 師 ・ 文 博 牧 田 諦 亮 韓 国 在 日 弘 法 院 弘 報 局 長 金 知 見 運 営 委 員 東 京 大 学 講 師・ 文 博 鎌 田 茂 雄 (4) ﹁ イ ン ド 分 科 会 し 分 科 会 長 大 正 大 学 教 授 ・ 文 博 佐 藤 密 雄 基 調 報 告 駒 沢 大 学 助 教 授 高 崎 直 道 発 言 者 日 本 仏 教 文 化 会 議 議 長 宮 本 正 尊 竜 谷 大 学 教 授 ・ 文 博 芳 村 修 基 大 正 大 学 助 教 授 小 野 塚 幾 澄 大 正 大 学 教 授 ・ 文 博 梶 芳 光 運 運 営 委 員 全 仏 文 化 専 門 委 員 長 真 渓 義 貫 特 別 参 加 駐 ボ ン ベ イ 日 本 総 領 事 人 見 鉄 三 郎 朝 日 新 聞 編 集 委 員 斎 藤 吉 史 第 二 回 ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ ( 三 分 科 会) (1) ﹁ ア ジ ア に お け る 革 命 運 動 と 仏 教 ﹂ 分 科 会 長 仏 教 文 化 会 議 副 議 長 久 保 田 正 文 基 調 報 告 朝 日 新 聞 社 編 集 委 員 斎 藤 吉 史 運 営 委 員 東 洋 大 学 教 授 ・ 文 博 金 岡 秀 友 発 言 者 関 東 学 院 大 教 授 ・ 経 博 原 覚 天 早 稲 田 大 学 教 授 田 中 於 菟 弥 京 大 人 文 研 究 所 教 授 ・ 文 博 牧 田 諦 亮 東 京 大 学 助 教 授 ・ 文 博 鎌 田 茂 雄 金 沢 大 学 助 教 授 ・ 文 博 橋 本 芳 契 東 洋 大 学 教 授 金 岡 照 光 司 会 文 化 会 議 運 営 委 員 長 伊 藤 道 機 (2) ﹁ ア ジ ァ に お け る 大 乗 仏 教 と 上 座 仏 教 し
分 科 会 長 花 園 大 学 教 授 藤 吉 慈 海 基 調 報 告 東 京 大 学 教 授 ・ 文 博 平 川 彰 運 営 委 員 大 谷 大 学 教 授 ・ 文 博 雲 井 昭 善 発 言 者 大 谷 大 学 教 授 ・ 文 博 佐 々 木 教 悟 竜 大 名 誉 教 授 ・ 文 博 佐 藤 哲 英 名 城 大 教 授 ・ 文 博 前 田 恵 学 駒 沢 大 学 助 教 授 ・ 文 博 奈 良 康 明 日 本 仏 教 文 化 会 議 議 長 宮 本 正 尊 仏 教 文 化 会 議 副 議 長 西 義 雄 芝 学 園 理 事 長 松 本 徳 明 司 会 仏 教 文 化 会 議 常 任 委 員 摩 尼 清 之 (2) ﹁ ア ジ ア に お け る 西 欧 思 想 と 仏 教 ﹂ 分 科 会 長 東 京 大 学 教 授 ・ 文 博 堀 一 郎 基 調 報 告 国 学 院 大 学 教 授・ 文 博 三 枝 充 恵 運 営 委 員 お 茶 の 水 女 子 大 講 師 ・ 文 博 花 山 勝 友 発 言 者 高 野 山 大 学 教 授 ・ 文 博 宮 坂 宥 勝 大 正 大 学 教 授 ・ 文 博 竹 中 信 常 法 政 大 学 教 授 ・ 文 博 泰 本 融 立 教 大 学 助 教 授 田 丸 徳 善 相 模 工 業 大 学 助 教 授 佐 伯 真 光 大 谷 大 学 助 教 授 坂 東 性 純 米 加 州 大 学 教 授 目 幸 黙 倦 司 会 全 仏 文 化 専 門 委 員 長 真 渓 義 貫 ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹁ 第 一 回 シ ン ポ ジ ウ ム ﹂ 当 時 は ま だ ﹁ 基 調 講 演 ﹂ と い う 用 語 は 生 れ な い で、 基 調 報 告 と い つ て い ま し た。 東 南 ア ジ ア、 セ イ ロ ン、 中 国、 イ ン ド の 四 つ の 分 科 会 に よ つ て 運 営 さ れ、(1) 東 南 ア ジ ア 分 科 会 で は 花 園 大 学 藤 吉 慈 海 教 授、(2) セ イ ロ ン 分 科 会 で は 東 海 短 大 前 田 恵 学 教 授、(3) 中 国 分 科 会 で は 東 洋 大 学 大 類 純 教 授、(4) イ ン ド 分 科 会 で は 駒 沢 大 学 高 崎 直 道 助 教 授 の 基 調 報 告 が あ り、 特 別 参 加 と し て 駐 ボ ン ベ イ 人 見 鉄 三 郎 総 領 事 と 朝 日 新 聞 斎 藤 吉 史 編 集 委 員 が 参 加 さ れ ま し た。 ﹁ 第 二 回 シ ン ポ ジ ウ ム ﹂ で は 三 分 科 会 に 分 か れ、(1) ﹁ ア ジ ア に お け る 革 命 運 動 と 仏 教 ﹂ で は 朝 日 の 斎 藤 吉 史 委 員、(2) ﹁ ア ジ ア に お け る 大 乗 仏 教 と 上 座 仏 教 ﹂ で は 東 大 の 平 川 彰 教 授、(3) ﹁ ア ジ ア に お け る 西 欧 思 想 と 仏 教 ﹂ で は 国 学 院 大 学 三 枝 充 悪 教 授 が、 そ れ ぞ れ 基 調 報 告 を な さ い ま し た。 ﹁ 第 三 回 シ ン ポ ジ ウ ム ﹂ に な つ て、 資 本 主 義 的 な 政 治 経 済 的 ア プ ロ ー チ へ の 反 省 も 起 こ り、 お 互 い が 平 等 に 心 と 心 の 触 れ 合 い が 求 め ら れ る よ う な 面 も で て き た し、 相 手 の 希 望 に も か な う よ う な ﹁ ア ジ ア 開 発 の 仏 教 精 神 構 造 論 的 ア ブ ロ ー チ ﹂ の 面 か ら し て も、 基 調 講 演 の 数 も ふ や し、 左 の 四 氏 に お 願 い し た。 (1) ﹁ ア ジ ア の 政 治 経 済 の 近 代 化 と 宗 教 ﹂ 日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 〇 一
日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 〇 二 一 橋 大 教 授 ・ 経 済 学 博 士 板 垣 与 一 氏 (2) ﹁ ア ジ ア 開 発 の 意 味 ﹂ 東 大 教 授 ・ 文 学 博 士 川 野 重 任 氏 (3) ﹁ 日 本 の ア ジ ア 観 ﹂ 関 東 学 院 大 教 授 ・ 経 済 学 博 士 原 覚 天 民 (4) ﹁ ア ジ ア 開 発 の 仏 教 精 神 構 造 論 的 ア プ ロ ー チ ﹂ 東 大 教 授 ・ 文 学 博 士 中 村 元 氏 第 二 回 シ ン ポ ジ ウ ム 斎 藤 委 員 鱒 ﹁ 革 命 ﹂ と は、 政 治 権 力 の 移 行 と と も に 社 会 変 換 を 伴 う も の で あ る。 ア ジ ア の 場 合、 そ れ が 民 族 独 立 の 形 と な つ た も の が 多 い。 ま た 中 国 で は こ れ を 民 族 解 放 闘 争 と い つ て い る。 そ の 実 例 を イ ン ド ネ シ ヤ の 独 立、 マ レ ー シ ヤ の 独 立、 イ ン ド の 独 立 な ど に お い て、 人 種 ・ 宗 教 に よ る 社 会 構 造 の 変 化 を 委 細 に 述 べ ら れ た。 斎 藤 氏 は 朝 日 新 聞 主 催 の 国 際 的 な ﹁ ア ジ ア 開 発 シ ン ポ ジ ウ ム ﹂ を 推 進 さ れ、 多 く の 場 面 の 知 識 を 豊 か に お 持 ち で あ る が、 仏 教 の 本 質 は、 階 級 ・ 氏 族 に 執 わ れ ず、 保 守 ・ 進 歩 を 超 え て 進 す む ほ ど、 前 向 き の 面 が あ る の で あ る か ら、 こ の 度 の ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ に つ い て、 こ う し た 仏 教 の 不 二 平 等 面 か ら、 立 論 さ れ て 欲 し か つ た と、 つ く づ く 思 つ た。 平 川 博 士 " ア ジ ア に お け る 大 乗 仏 教 は、 日 本 仏 教 ・ 中 国 仏 教 ・ ベ ト ナ ム 仏 教 ・ 道 教 と の 習 合 で あ る 華 僑 の 仏 教 な ど で あ る。 日 本 仏 教 は 在 家 仏 教 で あ る。 中 国 は 出 家 仏 教 は 禅 ・ 浄 土 ・ 戒 律 ・ 天 台 ・ 唯 識 ・ 華 厳 仏 教 に 分 れ る。 ベ ト ナ ム は 禅 と 浄 土 で あ る。 上 座 部 の 仏 教 は、 セ イ ロ ン ・ ビ ル マ ・ タ イ . カ ン ボ ジ ャ ・ イ ン ド の マ ハ ー ボ デ ィ ソ サ エ テ ィ ー ( 大 菩 提 会)。 大 乗 は 真 俗 二 諦 の う ち に 煩 悩 即 菩 提、 生 死 即 浬 繋 の 不 二 中 道 観 に 立 つ て い る。 否 定 の う ち に 肯 定 を 保 つ て、 現 実 の 営 み に 価 値 を 見 出 し て 行 く。 浄 仏 国 土 建 設 の 菩 薩 行 に 大 き な 実 践 倫 理 の 基 盤 を お い て い る。 上 座 部 の 仏 教 は 出 家 を 絶 対 的 に 尊 崇 し、 礼 拝 供 養 す る。 し か し 日 本 仏 教 は 僧 俗 三 致 の 仏 教 で あ る。 日 本 仏 教 徒 は 南 方 へ 行 け ば、 俗 人 と し て 扱 わ れ る よ う で あ る。 し か し 南 方 仏 教 徒 の 間 に、 日 本 の 大 乗 仏 教 を 究 明 し た い 気 運 も 出 て い る。 も つ と も、 原 始 仏 教 の 施 論 ・ 戒 論 ・ 生 天 論 の う ち に、 在 家 仏 教 徒 が 家 業 に つ と め よ う と す る 在 家 倫 理 の 萌 芽 が あ る と 思 う。 勤 労 の 思 想 が、 上 座 仏 教 の う ち に も あ る か ら で あ る。 三 枝 博 士 " 西 欧 思 想 に は、 キ リ ス ト 教 は 入 い る。 し か し ア ジ ア で は フ ィ リ ッ ピ ン だ け が キ リ ス ト 教 団 で あ る。 他 の 国 で は 問 題 と な ら な い。 ま た 国 際 的 な 干 渉 の 多 い ベ ト ナ ム は 例 外 と し て、 ア ジ ア に お け る 問 題 国 は、 イ ス ラ ム 教 徒 に よ る 場 合 が 多 い。 さ ら に 近 代 思 想 は 理 性 尊 重 で あ る が、 西 欧 で は へ ー ゲ ル 以 降 は 揺 ら い で き て、 ニ ィ チ ェ や ハ イ デ ッ ガ ー な ど は 理 性 を こ え る 東 洋 思 想 に む し ろ 傾 い て い る と 思 う。 次 元 は 低 い
が、 ヒ ッ ピ ー な ど も 自 然 に か え る、 あ り の ま ま で あ り た い と い う 意 味 か ら、 仏 教 と く に 禅 に 近 づ い て い る。 こ う し た 時 代 に、 仏 教 の 果 た す 役 割 は 底 深 い も の が あ る と 思 う。 た と え ば、 白 樺 派 の う ち に は、 潜 在 的 に 仏 教 思 想 が あ る の で は な か ろ う か。 分 科 会 討 議 で、 ア ジ ア に あ る 仏 教 が 革 命 を 引 き 起 す 力 と な り 得 な い の は、 む し ろ エ ン ジ ン ブ レ ー キ 的 な、 あ る い は 急 激 な 社 会 変 化 に 対 し て 潤 滑 油 的 な 役 割 を 果 し て い て、 む し ろ 中 道 的 役 割 を 荷 つ て い る の で な か ろ う か。 よ く 検 討 し て 見 る な ら ば、 ' 明 治 の 著 名 な 思 想 家、 た と え ば、 和 辻 ・ 西 田 博 士 や、 内 村 鑑 三 の 場 合 も、 そ の 思 想 の 根 抵 に は、 仏 教 が あ つ た。 第 三 回 シ ン ポ ジ ウ ム 板 垣 博 士 " 重 要 な 提 案。 現 在 ア ジ ア の 民 衆 に と つ て、 三 番 大 事 な 点 は、 規 律 の 問 題 で あ る。 自 己 規 律 と 社 会 規 律 と、 規 律 の 原 理 を 宗 教 的 原 理 に 結 び つ け て、 ア ジ ア の 国 民 教 育 の 原 理 を 打 ち た て て 行 く こ と が 望 ま し い ( 紀 要 三 九 九 頁 板 垣 博 士)。 ウ ェ ー バ ー は プ ロ テ ス タ ン ト 倫 理 の う ち で 労 働 や 職 業 の 神 聖 観 と か い ろ い ろ な こ と を 申 し て い ま す が、 そ れ よ り も む し ろ 重 要 な こ と は、 や は り 自 己 規 律 の 原 理、 そ れ に 基 礎 を お い た 社 会 的 規 律 の 問 題 だ と 思 い ま す。 精 神 も 技 術 も 組 織 の 場 に お い て 生 き て く る わ け そ す。 相 依 相 助 と い う 原 理 も 自 助 の 原 理 を 基 礎 と し て い る の で す か ら、 大 き な 産 業 化 の 波 に 対 す る 主 体 性 の 確 立 の た め に、 そ の テ コ に な る よ う な 新 し い 原 理 の 掘 下 げ が、 今 後 の 問 題 だ と 思 い ま す ( 紀 要 八 九 頁 板 垣 博 士)。 原 博 士 " ア メ リ カ の 資 本、 日 本 の 技 術 と 東 南 ア ジ ア の 労 働 力 に よ る 三 つ の 柱 で ア ジ ア に 寄 与 し よ う と い う 考 え 方 は、 ま つ た く 日 本 の 御 都 合 主 義 の 立 場 で の ア ジ ア 観 で あ つ た。 決 し て ア ジ ア の 泥 め の 高 い 次 元 か ら 考 え た ﹁ ア ジ ア 観 ﹂ で は な か つ た (紀 要 五 四 頁 原 覚 天 博 士) の 警 告 も 機 宜 に か な つ た 言 で あ る。 川 野 博 士 " ア ジ ア 開 発 と は、 い つ た い 誰 の た め に、 何 の 理 由 で 開 発 の 必 要 が 論 ぜ ら れ る の か。 ア ジ ア の 基 礎 に な つ て い る 農 業 経 済 の 立 場 か ら ア ジ ア 開 発 問 題 を 論 ず べ き で あ る。 北 欧 三 国 の 一 つ で あ る ス エ ー デ ン 人 自 体 の 人 工 増 加 率 が 低 い た め に、 労 働 者 で な い、 移 民 を 入 れ て い る。 よ つ て 十 年 十 五 年 後 の ス エ ー デ ン は、 ス エ ー デ ン 人 に あ ら ざ る と こ ろ の 人 々 に よ つ て 担 わ れ る 国 と い う こ と に な る の で は、 な か ろ う か、 と ( 紀 要 四 九 頁、 二 三 〇 頁)。 中 村 博 士 " ア ジ ア 諸 国 に は、 多 く の 仏 教 徒 が あ る が、 文 化 的 な 面 で は、 少 数 の キ リ ス ト 教 徒 に り ー ド さ れ て い る の が 現 状 で あ る。 こ の 現 実 を 直 視 し な い 限 り、 仏 教 が ア ジ ア の 開 発 に 寄 与 す る こ と は 不 可 能 で あ る。 ま た ア ジ ア 諸 国 の 近 代 化 は ア ジ ア 人 の 望 む 方 向 で な さ れ ね ば な ら な い。 日 本 の 仏 教 研 究 の 成 果 を 知 ら せ る こ と が 大 事 で あ る。 し か し 押 し つ け は い け な 日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 〇 三
日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 〇 四 い。 選 択 さ せ る こ と で あ る ( 紀 要 二 三 六-七 頁)。 三 朝 日 新 聞 社 ﹁ ア ジ ア 開 発 シ ン ポ ジ ウ ム ﹂ -斎 藤 吉 史 委 員 ﹁ ア ジ ア 開 発 の 問 題 点 ﹂-昭 和 四 一 年 ( 一 九 六 六) 五 月、 三 日 間 に わ た つ て、 朝 日 新 聞 社 主 催 の ﹁ ア ジ ア 開 発 シ ン ポ ジ ウ ム ﹂ が 開 催 さ れ、 朝 日 新 聞 編 集 委 員 斎 藤 吉 史 さ ん は、 そ の 国 際 的 シ ン ポ ジ ウ ム を 推 進 さ れ た 主 役 で あ つ た の で あ る。 し た が つ て わ れ わ れ が そ れ よ り 二 年 後 れ て 昭 和 四 三 年 ( 一 九 六 八) 八 月 に ス タ ー ト し た ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ 第 三 回 シ ン ポ ジ ウ ム に は、 駐 ボ ン ベ イ 日 本 総 領 事 の 人 見 鉄 三 郎 氏 と ご 一 緒 に 特 別 参 加 ﹂ を お 願 い し た の で あ る。 そ の 節 ﹁ ア ジ ア 開 発 の 問 題 点 ﹂ と し て ﹁ 六 つ の 議 題 ﹂ を 述 べ ら れ た。 委 細 は 第 二 回 の 紀 要 ( 二 〇-三 三 頁) に 掲 載 さ れ て い る。 ( 朝 日 ジ ャ ー ナ ル 特 集 号 参 照) (1) 南 北 問 題 に 対 す る 正 し い 接 近 は ど う あ る べ き か。 (2) ア ジ ア 開 発 を 阻 む 基 本 的 な 要 因 は 何 か。 (3) 民 族 主 義 と 地 域 主 義 を ど う み る か。 (4) ア ジ ア 開 発 の 政 策 は い か に あ る べ き か。 (5) ベ ト ナ ム 問 題 の ア ジ ア 開 発 へ の 影 響 を ど う み る か。 (6) 先 進 国 の 姿 勢 と 日 本 の 役 割 は い か に あ る べ き か。 さ ら に 第 二 回 ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ シ ン ポ ジ ウ ム に も ご 参 加 を 願 い、 第 一 分 科 会 ﹁ ア ジ ア に か け る 革 命 運 動 と 仏 教 し に お い て、 基 調 報 告 の 主 役 を し て 下 さ い ま し た。 も と よ り わ れ へ も わ れ の ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ は、 仏 教 の 本 質 と 立 場 か ら 究 明 す る こ と を 主 と し た も の で あ る け れ ど、 朝 日 新 聞 の シ ン ポ ジ ウ ム に 負 う と こ ろ 多 大 で あ つ て、 こ こ に 厚 く 感 謝 の 意 を 表 し ま す。 四 毎 日 新 聞 ﹁ ア ジ ア 開 発 銀 行 十 周 年 記 念 特 集 ﹂ -お よ び ﹁ 海 外 経 済 協 力 基 金 ﹂ ﹁ 国 際 協 力 事 業 団-わ れ わ れ の ﹁ ア ジ ア 開 発 と 仏 教 ﹂ の 発 想 の 根 ( ル ー ツ) は、 ア ジ ア 開 発 銀 行 の 創 立 と 朝 日 新 聞 の ア ジ ア 開 発 シ ン ポ ジ ウ ム と に 由 来 し て い る の で、 こ の 三 節 を 重 く 見 る。 昭 和 四 一 年 ( 一 九 六 六) 創 立 の ﹁ ア ジ ア 開 発 銀 行 ﹂ (adb:
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は、 昭 和 五 二 年 ( 一 九 七 七) 四 月 二 十 一 日 か ら 三 日 間、 マ ニ ラ で ﹁ 十 周 年 記 念 総 会 ﹂ を 開 催 す る こ と に な つ て、 毎 日 エ コ ノ ミ ス ト 編 集 部 の 横 田 俊 也 記 者 が、 吉 田 太 郎 画 総 裁 の メ ッ セ ー ジ を 聞 く と 共 に、 渡 辺 武 初 代 総 裁、 井 上 四 郎 第 二 代 総 裁 と 司 会 役 の 川 田 侃 上 智 大 学 教 授 の 三 氏 に ﹁ ア ジ ア に 針 路 を 求 め て 風 雪 十 年 ﹂ の 歴 史 を 語 つ て 頂 い た 座 談 会 は、 非 常 に 貴 重 な 集 録 で あ る。 ま ず 吉 田 総 裁 の メ ッ セ ー ジ に よ る と、 A D B は 世 界 の 最 も 貧 し い 十 億 人 の 人 々 の 経 済 的 社 会 的 厚 生 に つ く し、 地 球 の 半
分 を お お う 加 盟 二 十 三 ヵ 国 に お け る 合 計 二 百 六 十 六 の プ ロ ジ ェ ク ト に 合 計 三 四 億 ド ル を 融 資 し、 そ の 四 分 の 三 以 上 の 額 は 加 盟 最 貧 国 に 対 す る 特 別 資 金 で あ る A D B の 域 内 諸 国 は 西 は ア フ ガ ニ ス タ ン か ら 東 は ソ ロ モ ン ・ ク ッ ク 諸 島 ま で 二 十 四 ヵ 国 に わ た つ て い る。 ネ パ ー ル ・ パ キ ス タ ン ・ パ ン グ ラ デ シ ・ ス リ ラ ン カ ・ ビ ル マ ・ タ イ ・ ラ オ ス ・ カ ン ボ ジ ャ ・ シ ン ガ ポ ー ル ・ イ ン ド ネ シ ヤ ・ マ レ ー シ ヤ ・ フ ィ リ ピ ン ・ ベ ト ナ ム ・ 香 港 ・ 台 湾 ・ 韓 国 ・ パ プ ア ニ ュ ー ギ ニ ャ ・ 西 サ モ ア ・ フ ィ ジ ー ・ ト ン ガ な ど。 こ れ か ら の 十 年 間 は 過 去 十 年 間 よ り も 食 糧 問 題 が 厳 し く な る。 従 つ て 農 業 ・ 漁 業 の 開 発 ・ 灌 が い ・ 発 電 ・ 道 路 ・ 輸 送 な ど 社 会 的 基 盤 の 整 備 に 力 を 入 れ た い。 さ ら に 援 助 は お 金 を 出 す だ け で は な く、 日 本 な ど 技 術 や 人 材 を も つ と 与 え て 欲 し い。 ま た 渡 辺 ・ 井 上 ・ 川 田 座 談 会 で は、 経 済 力 の 低 い 国 に は ソ フ ト ロ ー ン を 厚 く す る 必 要 が あ る。 A D B は 世 界 人 口 の 三 分 の 一 を 占 め る ア ジ ア の 域 内 加 盟 国 の ほ か、 域 外 の 先 進 国 十 四 ヶ 国 も 加 盟 し て い て、 世 界 的 な 広 が り を 持 つ て い る 点 で、 ア ジ ア の 世 界 銀 行 と い つ て よ い。 ま た A D B に は か か り つ け 医 師 の 役 割 も あ る。 A D B は マ ニ ラ 市 の ロ ハ ス 通 り に あ り、 洋 上 に 沈 む 夕 日 の 美 し さ は 有 名 で、 十 三 階 建。 職 員 紀 七 百 四 十 人。 専 門 職 は 約 二 百 九 十 人、 日 本 と 米 国 と イ ン ド が そ れ ぞ れ 三 十 人 近 く を 占 め て い る。 惜 し い こ と に、 日 本 の 職 員 は 経 験 を 積 み も う 一 歩 で シ ニ ヤ ス タ ッ フ な ど 役 付 き に な る と こ ろ で 帰 国 し て し ま う ケ ー ス が 多 く、 現 地 に 定 着 し な い の が 難 で あ る、 と。 結 局、 こ の こ と は、 現 地 の 政 治 経 済 言 語 文 化 に も 通 じ、 そ こ の 社 会 生 活 を 身 に つ け た 世 界 的 な タ レ ン ト は、 日 本 人 の な か か ら は 出 に く い と い う 意 味 の よ う で あ る。 石 原 周 夫 総 裁 の 海 外 経 済 協 力 基 金 は 昭 和 三 六 年 ( 一 九 六 三) の 創 立 で 古 く、 そ れ 以 来 十 六 年 余 に わ た り、 東 南 ア ジ ア の 産 業 開 発 ・ 経 済 安 定 に 必 要 な 資 金 を 供 給 し、 本 年 三 月 末 に お け る 基 金 の 投 資 承 諾 額 は、 累 計 で 一 兆 三、 四 〇 〇 億 円。 ダ ム ・ 発 電 所 ・ 鉄 道 ・ 道 路 ・ 港 湾 ・ 上 下 水 道 ・ 放 送 通 信 等、 開 発 途 上 国 の 経 済 開 発 や 民 生 向 上 そ の 他 に 貢 献 し て い る。 日 本 政 府 開 発 援 助 供 与 の 主 翼 を 担 う 機 関 で あ る。 ま た 法 眼 晋 作 総 裁 の ﹁ 国 際 協 力 事 業 団 ﹂ は 創 立 四 九 年 ( 一 九 七 四) で、 そ の 主 要 業 務 は 次 の 五 大 事 業 で あ る。 (1) 開 発 途 上 国 に 対 す る 技 術 協 力、 す な わ ち 研 修 員 の 受 入 れ、 専 門 家 の 派 遣、 機 械 供 与、 海 外 技 術 協 力 セ ン タ ー、 開 発 調 査、 医 療 農 業 鉱 工 業 協 力 等。(2) 青 年 海 外 協 力 隊。(3) 海 外 移 住 事 業。(4) 開 発 途 上 地 域 等 の 社 会 開 発 並 び に 農 林 業 お よ び 鉱 工 業 の 開 発 に 必 要 な 資 金 の 供 給 お よ び 技 術 の 提 供。(5) 技 術 協 力 の た め の 人 材 の 養 成 確 保。 日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 〇 五
骨 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 〇 六 実 績 と し て、 イ ン ド ネ シ ヤ 国 ラ ン ポ ン 州 に お け る と う も ろ こ し 開 発 事 業 に つ い て 乾 燥 貯 蔵 施 設、 マ レ ー シ ヤ 国 ジ ョ ホ ー ル 州 に お け る ス パ イ ス 栽 培 実 験 事 業、 パ プ ア ・ ニ ュ ー ギ ニ ヤ の マ ダ ン 地 区 に お け る 試 験 造 林 事 業 等 に 対 す る 融 資 が あ る。 ま た ブ ラ ジ ル 国 ミ ナ ス ・ ジ ュ ラ イ ス 州 の セ ラ ー ド 地 帯 に お け る 五 万 ヘ ク タ ー ル の と う も ろ こ し 等 の 開 発 事 業 に 対 し、 投 資 等 を 行 う こ と も 予 定 さ れ て い る。 五 読 売 新 聞 ﹁ ア ジ ア に 生 き る 日 本 ﹂ -東 ア ジ ア お よ び 東 南 ア ジ ア に お け る 文 化 摩 擦 の 研 究 -昭 和 五 三 年 ( 一 九 七 八) 二 月 十 四 日 ( 火) の 読 売 新 聞 は 小 倉 貞 男 記 者 に よ る ﹁ ア ジ ア に 生 き る 日 本 ﹂ そ こ に 起 る ﹁ 文 化 摩 擦 ﹂ を ど う す る ﹂ を 掲 げ て い 一る。 そ し て 日 本 人 は 粗 野 で あ り、 日 本 人 同 士 で 集 団 を つ く る。 企 業 の 進 出 で も、 相 手 民 族 の 習 慣 を 無 視 し、 日 本 人 の ル ー ル を 押 し つ け る。 日 本 人 の ﹁ 三 分 で 昼 食 ﹂ を 始 め と し、 歯 を ス ー ス ー や る、 貧 乏 ゆ す り、 酔 つ ぱ ら つ て 抱 き つ い た り、 軍 歌 を 歌 う、 そ れ が 日 本 独 特 の 文 化 な の か と 思 わ せ る。 日 本 が い ま 国 際 社 会 の な か で 奇 妙 な 孤 独 感 を 味 つ て い る の も、 こ う し た ﹁ 文 化 摩 擦 ﹂ が 現 実 に 起 き て い る の で あ つ て、 国 際 交 流 の 経 験 の 薄 い 日 本 人 の 行 動 が、 例 に よ つ て、 新 し い 摩 擦 の 対 立 を 増 幅 さ せ て い る の で は、 あ る ま い か、 と。 し か し こ う し た こ と は、 今 日 に 始 ま つ た こ と で は な い の で あ つ て、 筆 者 な ど は、 昭 和 十 七 年 頃 か ら ﹁ 全 く 荒 蓼 た る 物 質 主 義 者 ﹂ と し て と り あ げ ﹁ 六 ア ジ ア 開 発 と 醜 い 日 本 人 ﹂ に 委 細 に 記 述 し て い る も の で あ る。 分 り 易 く い え ぱ、 日 本 学 術 振 興 会 ﹁ 学 術 月 報 ﹂ ( 通 巻 第 三 八 五 号 七 九 ・ 八 ○ 頁) 掲 載 の 次 の 特 定 研 究 の こ と で あ る。 15.東アジア及び東南アジア地域における文化摩擦の研究
小 倉 記 者 は、 こ れ を 歴 史 学 ・ 政 治 学 ・ 経 済 学 ・ 文 化 人 類 学 ・ 社 会 学 ・ 比 較 文 化 論 ・ 国 際 関 係 論 ・ 自 然 科 学 者 な ど 六 十 九 人 に よ る 集 中 研 究 で あ つ て、 昭 和 五 二 年 度 か ら 三 年 間 計 画 の 特 定 研 究 で あ る と い つ て い る。 六 ア ジ ア 開 発 と ﹁ 醜 い 日 本 人 ﹂ -海 外 新 聞 の 論 評 -か つ て 岡 倉 天 心 は 不 二 元erukfd 理 論 に よ つ て ﹁ 東 洋 は 一 つ ﹂ と 謳 つ た。 東 洋eriodf は 国 際 学 会 の 名 と し て も 一 番 古 く、 明 治 六 年 ( 一 八 七 三) パ リ で 第 一 回 ﹁ 万 国 東 洋 学 会 ﹂ 旧 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 〇 七
日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 ○ 八 が 開 か れ た ほ ど で あ る。 そ れ か ら 百 年 た つ て、 昭 和 四 十 八 年 ( 一 九 七 三) に、 パ リ で 第 二 十 九 回 ﹁ 国 際 東 洋 学 者 会 議 ﹂fre
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が 開 か れ た。 し か
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は ヨ ー ロ ッ パ 中 心 の 考 え 方 で あ つ て、 ア ジ ア 全 体 を 平 等 に と ら え る 姿 勢 に 欠 け る と さ れ る に 至 つ た。 当 時、 世 界 は ﹁ 東 西
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だ け で な く、 南 北 問 題 が 多 く な つ て、 ア ジ ア ・ ア フ リ カ の 呼 び 名 が 使 わ れ る に 至 つ た。 そ れ で 投 票 に よ つ て、 学 会 名 は ﹁ 国 際 ア ジ ア ・ 北 ア フ リ カ 人 文 研 究 会 議 ﹂rwio rewio
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に 改 め ら れ た。 も と も と ﹁ 東 洋 ﹂erorewi は 文 化 的 な と こ ろ が あ る が、 地 域 的 に は ﹁ 東 西
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﹁ 極 東 ﹂rio Edfj が 使 用 さ れ、 日 本 も そ の う ち に 含 ま れ て い た。 そ の う ち ﹁ 東 南 ア ジ ア ﹂ が 使 わ れ る よ う に な り、 ビ ル マ ・ タ イ . ラ オ ス ・ カ ン ボ ジ ア ・ ヴ ェ ト ナ ム ・ マ レ ー シ ア ・ シ ン ガ ポ ー ル ・ イ ン ド ネ シ ア ・ フ ィ リ ッ ピ ン な ど が 総 括 さ れ て い る。 そ し て 日 本 は こ れ ら 東 南 ア ジ ア 諸 国 へ は、 貿 易 経 済 的 に 進 出 し て い る。 し か も そ の 進 出 の 仕 方 は、 数 年 前 か ら 侵 入 者 ( イ ン ヴ ェ ー ダ ー) 的 で あ り、 ア ニ マ ル 的 で あ る と さ え、 酷 評 さ れ て き た。 文 化 的 交 流 な ど は、 後 回 し に さ れ、 未 着 手 そ の も の で あ る た め も あ る。 こ う し た 点 か ら は、 日 本 は 到 底、 ア ジ ア の 大 国 と は い い 難 い と こ ろ が あ る。 こ の 大 き な 東 南 ア ジ ア 的 事 実 を ﹂ 日 本 国 民 も 政 府 も、 誠 実 に 反 省 し な く て は な ら な い。 た い は い こ の こ と は、 日 本 が か つ て ﹁ 大 東 亜 共 栄 圏 ﹂ の 大 旛 を 掲 げ、 東 亜 新 秩 序 を 唱 え て、 ア ジ ア 大 陸、 す な わ ち 中 国 ・ 満 州 ・ 南 方 諸 国 に 進 撃 し て、 痛 い 目 に あ い、 敗 戦 の 憂 き 目 を み た。 筆 者 は ﹃ 不 動 心 と 仏 教 ﹄ ( 有 光 社、 改 訂 昭 和 十 七 年 八 月 三 百 六 十 八 ペ ー ジ) に、 戦 争 以 前、 現 地 に 働 い て を つ た 日 本 人 の 多 く は、 た だ 経 済 問 題 に 手 が 一 杯 で、 相 手 の 信 仰 は 勿 論、 自 分 の 宗 教 問 題 に さ へ 心 が 閉 ざ さ れ て、 全 く 荒 蓼 た る 物 質 主 義 者 で あ つ た と 云 わ れ、 こ れ が ま た 日 本 の 信 用 を 低 く し て お つ た 原 因 で も あ つ た の で あ る。 こ の 事 は 将 来 と て も 同 じ こ と で あ る。 単 に 物 質 分 捕 り の 為 め に 米 英 を 排 撃 す る に 終 つ た の で は、 日 本 民 族 を 永 遠 に 神 国 の 民 た る 栄 誉 を 担 わ し む る 道 は 開 か れ ま い。 た へ え 用 談 で 他 家 を 訪 れ た 時 で も、 床 問 の 掛 軸 や 折 角 生 け て あ る 生 花 に 主 人 の 心 を 汲 む 位 な 心 ば せ が な い よ う な 国 民 で は、 東 亜 民 心 を 永 遠 に 掴 む 教 養 あ る 大 国 民 と は 云 わ れ な い。 況 ん や、 異 民 族 の う ち に あ つ て 国 威 を 保 つ 場 合 に お い て お や で あ る。 大 国 民 に は、 須 ら く 果 敢 な 勇 猛 心 と 共 に、 無 限 の 柔 較 心 が な く て は な ら な い の で あ る。 昭 和 十 七 年 ( 一 九 四 二) に 筆 者 が ﹁ 全 く 荒 蓼 た る 物 質 主 義
者 ﹂ と い つ た、 東 南 ア ジ ア の 日 本 人 に つ い て は、 三 十 二 年 後 の 今 日、 外 国 の 新 聞 が 大 き く と り あ げ て、 非 難 し て い る。 ま ず 昭 和 四 十 九 年 ( 一 九 七 四) 二 月 二 十 日、 読 売 の ﹁ 世 界 の 論 調 ﹂ で は、 一 月 十 九 日 付、 ﹁ シ カ ゴ ・ ト リ ビ ュ ー ン ﹂ が ﹁ 醜 い 日 本 人 ﹂ と 題 し て ﹁ 日 本 は 第 二 次 大 戦 を 大 東 亜 共 栄 圏 と い う 構 想 の 下 に 戦 つ て 敗 れ た が、 近 年 の 東 南 ア ジ ア へ の 進 拙 は、 皮 肉 に も、 そ の 再 現 の よ う で あ る ﹂ ﹁ 日 本 は そ の モ ー レ ツ 商 法 に よ り、 東 南 ア ジ ア に 対 す る 工 業 製 品 の 供 給 者 と し て、 ほ ぼ 独 占 的 地 位 を 築 き あ げ た。 そ の う え 東 南 ア ジ ア 諸 国 の 日 本 人 た ち は、 自 分 た ち だ け の 排 他 的 社 会 を つ く り あ げ て い る。 こ れ が 地 元 住 民、 こ と に 学 生 や 左 翼 分 子 の 反 日 感 情 を 高 め て い る ﹂ と。 ま た 二 月 二 日 付 ﹁ ザ ・ ガ ー デ ィ ヤ ン ・ ウ ィ ー ク リ ー ﹂ は ﹁ 醜 い 日 本 人 ﹂ と 題 す る 長 い 現 地 ル ポ を 掲 載 し ﹁ 日 本 企 業 の 駐 在 員 た ち は、 東 南 ア ジ ア に 二、 三 年 滞 在 し て は 帰 国 す る。 し た が つ て、 彼 ら の 念 頭 に は、 カ ネ も う け し か な く、 地 元 の 言 葉 を お ぼ え た り、 地 元 社 会 に と け こ も う と す る 意 欲 は な い。 む し ろ、 地 元 住 民 よ り 高 い 生 活 水 準 を 維 持 す る こ と で、 優 越 感 に ひ た ろ う と す る ﹂ ﹁ だ が 日 本 人 の や り 方 が、 一 朝 一 夕 に 改 ま る と は 思 わ れ な い。 日 本 は タ テ 型 社 会 だ。 彼 ら は 何 よ り も、 同 じ 企 業 内 の 上 下 関 係 で 行 動 す る。 地 元 住 民 に と け こ む な ど は、 第 二、 第 三 の こ と な の だ か ら ﹂ と。 ま た 昭 和 四 十 九 年 ( 一 九 七 四) 九 月 三 十 日 付 の 朝 日 の ﹁ 座 標 ﹂ 欄 が、 シ ン ガ ポ ー ル 林 特 派 員 の ﹁ 偏 見 と 酷 評、 痛 烈 な 日 本 人 批 判、 真 の 交 流 で 改 善 を ﹂ と い う 記 事 を 掲 げ て い る。 ﹁ 多 少 は 日 本 人 に 対 す る 好 意 的 な 批 評 が あ つ て も よ い と 思 つ て、 水 を 向 け る と、 " 猛 烈 に 働 く " " ロ ベ タ " " は ず か し が り や だ " と い つ た や は り 共 通 の 表 現 が 返 つ て く る。 そ れ が た だ し 書 が つ い て い て、 " 働 き す ぎ て 現 地 の ゆ つ く り ム ー ド を こ わ す " と い う 苦 情 が 必 ず あ と に つ い て い る。 こ う し た 寸 評 が 人 種、 階 級 を 超 え て、 恐 ろ し い く ら い き わ だ つ て い る の だ。 香 港 か ら イ ン ド ネ シ ア ま で、 ざ つ と 数 え て も 二 億 人 以 上 が 住 ん で い る が、 少 な く と も、 都 市 で は す で に 一 種 の 固 定 観 念 化 し て し ま つ た よ う に 見 え る。 多 く の 人 々 が 従 来、 日 本 人 に 対 し て 言 わ れ て き た " よ さ " を 認 め る よ り も、 最 初 か ら 偏 見 を 持 つ て、 今 日 的 な " 醜 さ " の 方 に、 レ ッ テ ル を は り た が つ て い る と し か、 い い よ う が な い。 ( 中 略) 東 南 ア ジ ア の 日 本 人 は 余 暇 に は、 男 が 仲 間 内 の ゴ ル フ、 女 が 日 本 資 本 デ パ ー ト で の シ ョ ッ ピ ン グ に あ け く れ て い る。 同 じ 精 力 を 現 地 の 社 会 福 祉 に 傾 け て は ど う で あ ろ う か。 こ れ は 現 地 の 利 益 に か な う だ け で な く、 長 い 目 で 見 て 日 本 自 身 の 評 判 を 高 め る こ と で あ ろ う ﹂ と。 こ れ ら の 論 評 は 肯 繁 に 当 た る も の が 多 い。 日 本 人 は 大 戦 争 に も 下 手 で あ つ た が、 平 和 作 り も 決 し て 上 手 で は な い の で あ 日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 〇 九
日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 一 〇 る。 論 評 の う ち に ﹁ 日 本 は タ テ 型 社 会 だ ﹂ と 決 め つ け て あ る が、 近 頃 流 行 し て い る 一 つ の 見 解 で あ る。 い つ て 見 れ ば ﹁ 横 つ な が り ﹂ を 工 夫 す る 努 力 が 足 ら な い の で あ る。 因 と 縁
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” の う ち、 仏 教 は 因 も 大 事 に す る が ﹁ コ ン デ ィ シ ョ ン ズ ﹂ の 複 数 の 無 限 性 に 着 眼 し た と こ ろ に、 科 学 的 な 近 代 的 叡 智 を も つ て い る の で あ る。 た だ 日 本 は 昔 か ら 山 と 川 で 仕 切 ら れ た 藩 制 的 封 建 社 会 で も あ つ た し、 今 日 的 に も 県 人 会 的 素 質 を 身 に つ け て い る。 こ れ は 二 十 二、 三 世 紀 に な つ て も、 抜 け 切 ら な い で あ ろ う。 そ こ に 大 局 を 見 る と か、 全 体 的 立 揚 と い う よ う な こ と に な る と、 弱 い と こ ろ が あ る わ け で あ る。 そ し て 一 辺 倒 に な り 易 い の で あ る。 そ れ ば か り で は な く、 平 和 憲 法 の あ る 国 家 だ と 言 い な が ら、 簡 単 に 殺 人 が 行 わ れ て い る 毎 日 で さ え あ る。 そ し て 過 激 派 も 横 行 す る。 い つ て み れ ば、 秩 序 と 破 壊 が ど の よ う に 同 居 し て い る の か、 よ く わ か ら な い と こ ろ が あ る。 と に か く、 こ う し た 脆 弱 体 質 に な つ て い る こ と が、 全 体 に 気 づ か れ て い な い よ う で、 そ こ が 一 番 の 弱 点 で あ る。 筆 者 ﹃ 明 治 仏 教 の 思 潮 ﹄ ( 佼 成 出 版 社 ・ 昭 和 五 十 年 三 月 二 〇 七 -二 一 三 頁) 第 五 章 ﹁ イ ン ド ・ 中 国 ・ 東 南 ア ジ ア と 日 本 の 現 代 的 課 題 ﹂(3) ﹁ 東 洋 学 と ア ジ ア ・ ア フ リ カ 研 究、 お よ び 東 南 ア ジ ア の 日 本 人 ﹂ 七 貿 易 と 援 助、 自 他 相 互 の 信 頼 と 扶 け 合 い -施 者 -受 者-施 物 三 輪 清 浄、 心 と 心 の 触 れ 合 い-日 本 は 太 平 洋 協 同 体 の 一 員 で あ る と と も に、 東 南 ア ジ ア 協 同 体 の 三 員 で も あ る。 こ の 太 平 洋 と 東 南 ア ジ ア と は、 日 本 が そ の う ち に 生 き ね ば な ら な い 現 実 の 母 体 で あ る こ と を 忘 れ て は な ら な い。 さ ら に ﹁ 大 東 亜 共 栄 圏 ﹂ を 唱 導 し ﹁ 共 に 栄 え る ﹂ と 大 き な 旗 じ る し を 掲 げ な が ら、 進 撃 と 占 領 を 重 ね、 し か も 最 後 に は 敗 北 の 憂 き 目 を 見 た の は、 つ い こ の 頃 の こ と と い つ て も よ い ほ ど で あ る。 し か る に 終 戦 後 は、 ア メ リ カ の 支 援 を 受 け、 敗 戦 か ら 漸 く 立 ち あ が つ た。 そ し て 再 び 東 南 ア ジ ア へ 進 出 し た。 し か し エ ロ ノ ミ ッ ク ・ イ ン ヴ ェ ー ダ ー ( 経 済 侵 略 者) で あ り、 エ コ ノ ミ ッ ク ー・ ア ニ マ ル だ と い う レ ッ テ ル を 貼 ら れ て し ま つ た。 ま た 先 の 軍 服 が 背 広 に 変 わ つ た だ け だ と も 酷 評 さ れ て い る。 昭 和 四 十 八 年 ( 一 九 七 三) の 年 末 に、 親 善 外 交 の 心 算 で、 東 南 ア ジ ア 五 ヵ 国 を 訪 問 し た 田 中 首 相 に 対 す る タ イ 国 学 生 の 拒 否 活 動 と、 ジ ャ カ ル タ 暴 動 と は、 何 を 意 味 す る も の で あ つ た か。 戦 前 戦 後 と 今 日 と を 通 じ て、 日 本 の 進 出 は や は り 経 済 一 辺 倒 の 物 質 主 義 者 的 で あ つ て、 相 互 の 信 頼 を 深 め る 努 力 の 方 は、 全 く 不 得 手 で あ る よ り も、 む し ろ 怠 つ て い る の で あ る。
田 中 首 相 は ﹁ 東 南 ア ジ ア 五 原 則 ﹂ を 打 ち 出 し て、 日 本 の 立 場 の 改 善 に つ と め た。 三 平 和 と 繁 栄 を 分 か ち 合 う 良 き 隣 人 関 係 の 促 進 二 東 南 ア ジ ア 諸 国 の 自 主 性 の 尊 重 三 わ が 国 と 東 南 ア ジ ア 諸 国 と の 間 に お け る 相 互 理 解 の 促 進 四 東 南 ア ジ ア 諸 国 の 経 済 的 自 主 を 脅 か さ ず、 そ の 発 展 に 貢 献 す る 五 東 南 ア ジ ア 諸 国 が 自 主 的 に 行 つ て い る 地 域 協 力 の 尊 重 こ の 五 原 則 に は、 日 本 を 代 表 す る 首 相 の 反 省 も あ り、 納 得 ・ 話 合 い の 緒 も 示 さ れ て い て、 好 感 が も て る。 し か し そ の 実 証 は ど こ に も な い の で あ る。 大 東 亜 は ﹁ 共 に 栄 え る ﹂ と 唱 え な が ら、 進 撃 し た し、 そ し て 敗 北 に 終 わ つ た 苦 い 経 験 が あ る。 ど の よ う な 責 任 を と つ て 実 践 し、 改 善 に つ と め る か、 す べ て こ れ か ら の こ と で あ る か ら で あ る。 後 援 や 援 助 と い う も の は、 現 地 国 民 の た め に な さ れ る も の で あ る。 そ し て 援 助 に は、 与 え る も の は 自 分 で あ る ( 施 者)、 相 手 で あ る 彼 ら は 貰 い 受 け 手 で あ る ( 受 者)、 大 事 な も の が 与 え ら れ て い 惹 ( 施 物) と い う ふ う に、 施 者 ・ 受 者 ・ 施 物 の 三 つ に 執 わ れ が ち な も の で あ る。 そ の た め に、 こ の 三 つ に 執 わ れ な い よ う に、 仏 教 は ﹁ 空 観 ﹂ の 修 養 を 説 い て き た。 与 え る 者 も、 受 け る 者 も、 与 え ら れ る 品 物 も、 三 つ と も 清 ら か で あ る と さ と る と こ ろ に、 自 他 が と も に 心 も 浄 く 明 る く、 円 満 さ ん り ん し よ う じ よ う に 援 助 が な さ れ る。 そ し て こ れ を ﹁ 三 輪 清 浄 ﹂kldferio く う じ よ う た い く う lfiorfkdfio と い う。 ま た ﹁ 三 輪 空 浄 ﹂ と も ﹁ 三 輪 体 空 ﹂ と も い う。 身 近 に 実 践 さ れ る 菩 薩 行 と し て、 昔 か ら 仏 教 者 が 修 養 に つ と め て き た の で あ る。 こ と に 東 南 ア ジ ア に は、 仏 教 国 が 多 い の で あ る か ら、 日 本 が も し 先 進 国 の 自 信 と 自 覚 が あ る の で あ る な ら ば、 こ う し た ﹁ 三 輪 清 浄 ﹂ の 援 助 を す る よ う に 努 力 し て は ど う か。 東 南 ア ジ ア は 日 本 の 住 み 家 で あ り、 住 ん で い る 協 同 体 で あ る こ と を、 つ ね に 心 に お い て い る な ら ば、 相 互 理 解 も 心 と 心 と の ふ れ 合 い も、 そ う む ず か し い こ と で は な い で あ ろ う。 戦 中 戦 後、 物 の な い 時 で あ つ て も ﹁ 乏 し き を 分 か つ ﹂ と い う 言 葉 が 生 き て い て、 ど こ か 人 の 心 を 暖 か く し て く れ て い か ね た。 し か し 今 日 ﹁ 金 さ え あ れ ば 何 で も で き る ﹂ と い う 物 質 万 能 の 富 め る 社 会 に な つ て、 金 と 物 が あ つ て も、 と う て い ﹁ 豊 か な 偉 大 な る 社 会 ﹂ な ど と い う イ メ ー ジ に は、 ほ ど 遠 い 時 代 な り わ い に な つ た。 そ の う え、 自 然 破 壊 や 環 境 汚 染 で、 生 業 を 失 つ て い る 人 々 が い か に 多 く な つ て い る か が、 日 本 の 現 実 な の で あ る。 前 掲 ﹃ 明 治 仏 教 の 思 潮 ﹄ 第 五 章(4) ﹁ 東 南 ア ジ ア に お け る 日 本 の 現 実 と 三 輪 清 浄 の 空 観 ﹂ ( 一 二 三-二 一 八 頁)。 日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 一 一
日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 一 二 八 福 田 首 相 十 億 ド ル 援 助 と ﹁ マ ニ ラ 三 原 則 ﹂ -東 南 ア 諸 国 親 善 歴 訪-福 田 首 相 は 十 三 日 間 に わ た る 東 南 ア 五 ヵ 国 と ビ ル マ 日 本 ← マ レ ー シ ア ー ビ ル マ ー イ ン ド ネ シ ヤ ー シ ン ガ ポ ー ル ー タ イ ー フ ィ リ ツ ピ ン ← 日 本) 六 力 国 親 善 歴 訪 の 大 任 を 果 し、 昭 和 五 二 年 ( 一 九 七 七) 八 月 十 八 日、 最 後 に 訪 れ た マ ご フ 市 内 の ホ テ ル に お け る 同 首 相 主 催 昼 食 会 席 上、 わ が 国 東 南 ア 外 交 の 指 針 と も い う べ き ﹁ マ 園 嗣 ラ 三 原 則 ﹂ を 発 表、 無 事 帰 国。 十 八 日 午 後 八 時 三 五 分、 羽 田 空 港 で 元 気 な 顔 を 見 せ た。 朝 日 新 聞 は 十 八 日 ( 木) 夕 刊 に ﹁ 平 和 と 繁 栄 に 寄 与、 広 範 な 信 頼 関 係 築 く ﹂ ﹁ イ ン ド シ ナ 諸 国 と も 相 互 理 解 へ 努 力 ﹂ と、 大 き く 見 出 を し て、 効 果 を 認 識 し た。 翌 十 九 日 ( 金) の 社 説 ﹁ 東 南 ア 三 原 則 を 生 か せ ﹂ に お い て、 こ れ ま で の ア ジ ア 観 を 見 直 し て、 相 互 が 人 間 的 基 盤 に 立 つ て 話 合 い を し、 平 和 共 存 の 新 し い 構 造 を 打 立 て よ と 勧 告 し て い る。 読 売 新 聞 は 十 九 日 の 社 説 ﹁ 当 を 得 た 東 南 ア 政 策 の 三 原 則 ﹂ と 題 し、 相 互 信 頼 関 係 を 築 く た め に、 援 助 負 担 の 大 幅 増 を 覚 悟 し、 A S E A N ・ イ ン ド シ ナ の 共 存、 東 南 ア 全 域 の 中 立 化 と い う 平 和 構 図 の 環 境 づ く り に 努 力 せ よ、 と く に A S E A N 諸 国 の 多 様 な 伝 統 社 会 へ の 認 識 を 深 め、 民 生 の 向 上 に 重 点 を お く 経 済 協 力 こ そ 肝 要 で あ る と、 説 い て い る。 毎 日 新 聞 は 十 九 日 社 説 ﹁ 課 題 を 残 し た 首 相 六 ヵ 国 訪 問 ﹂ 1 消 え ぬ ﹁ 利 益 優 先 ﹂ の 残 像-に、 新 植 民 地 主 義 に 陥 る こ と な く、 A S E A N と イ ン ド シ ナ 諸 国 の 平 和 共 存 の た め に、 国 際 的 な 政 治 的 役 割 を 果 せ と 勧 告 し て い る。 次 に 毎 日 十 八 日 夕 刊 の ﹁ マ ニ ラ 三 原 則 ﹂ 全 文 と 十 九 日 2 面 の ﹁ A S E A N ・ ビ ル マ へ の 経 済 協 力 約 束 額 ﹂ の 内 訳 と を 掲 げ る。 ( 朝 日 十 八 旧 夕 刊 2 面 に 接 助 総 額 4 千 億 円、 無 償 83 億 円 の 表 が あ る) マ ニ ラ 三 原 則 一、 わ が 国 は 平 和 に 徹 し、 軍 事 大 国 に な ら な い と の 決 意 の も と に、 東 南 ア ジ ア と 世 界 の 平 和 と 繁 栄 に 貢 献 す る。 二、 わ が 国 は 東 南 ア ジ ア 諸 国 と の 間 に 政 治、 経 済、 社 会、 文 化 な ど 広 範 な 分 野 で 真 の 友 人 と し て 心 と 心 の 触 れ 合 う 相 互 信 頼 関 係 を 築 く。 三、 わ が 国 は ﹁ 対 等 な 協 力 者 ﹂ の 立 場 で、 A S E A N と そ の 加 盟 国 の 連 帯 と 強 じ ん 性 強 化 の 自 主 的 努 力 に 対 し、 志 を 同 じ く す る 他 の 域 外 諸 国 と と も に 積 極 的 に 努 力 す る。 イ ン ド シ ナ 諸 国 と は 相 互 理 解 に 基 づ く 関 係 を 醸 成 し、 東 南 ア ジ ア 全 域 の 平 和 と 安 定 に 寄 与 す る。 ASEAN・ビルマヘの経済協カ約束額
九 ﹁ 東 南 ア ジ ア は 隣 人 ﹂ 座 談 会 -新 し い 日 本 の 座 標 を 求 め て -昭 和 五 二 年 ( 一 九 七 七) 十 三 月 七 日 ( 月) 読 売 新 聞 は 東 京 会 議、 海 外 討 論 シ リ ー ズ 3 回 目 を 開 催 し た。 東 京 会 議 議 長 中 山 伊 知 郎 氏、 成 腰 大 学 教 授 篠 原 三 代 平 氏、 読 売 論 説 委 員 長 加 田 純 一 氏 の 三 氏 に よ る 座 談 会 で あ る。 篠 原 教 授 は 会 議 に 先 立 つ て 現 地 に 出 張 せ ら れ、 タ イ で は 中 央 銀 行 の ス ノ ー 総 裁 と、 イ ン ド ネ シ ヤ で は ス ミ ト ロ イ ン ド ネ シ ヤ 大 学 教 授 で 調 査 担 当 国 務 大 臣 で あ ら れ る お 二 人 と 論 議 を か わ し て 帰 国 さ れ て い る。 ス ノ ー 氏 は 米 国 コ ロ ン ビ ヤ 大 学 故 ヌ ル ク セ 教 授 の 指 導、 ド ク タ ー 論 文 は ﹁ 国 際 経 済 ﹂ で あ つ て、 開 発 戦 略 に も 明 る い 方。 ス ミ ト ロ 氏 は オ ラ ン ダ の ロ ッ テ ル ダ ム ・ ス ク ー ル ・ オ ブ ・ エ コ ノ ミ ッ ク ス と、 フ ラ ン ス の ソ ル ボ ン ヌ 大 学 と の 両 大 学 を 出 て い ら れ る。 従 つ て、 こ の 東 京 会 議 は 東 南 ア ジ ア 経 済 開 発 を 語 る に 非 常 に 適 切 な 五 人 の エ キ ス パ ー ト 座 談 会 で あ つ た と い え る。 ス ノ ー 氏: 国 際 的 に は ま ず 南 北 が 相 互 の 利 益 を 尊 重 し 合 う 新 し い シ ス テ ム を 考 案 す る 必 要 が あ る。 ス ミ ト ロ 氏: イ ン ド ネ シ ヤ の よ う に、 資 源 が あ つ て も 人 口 稠 密 で は、 何 と か し て 職 を 与 え な く て は な ら な い。 人 ロ と 資 源 を 媒 介 と し て 生 産 性 を 高 め る 経 済 開 発 で な い と、 現 地 性 に 欠 け る。 加 田 氏 " 援 助 に は、 北 と 南 が 協 調 し て、 南 の 人 口 問 題 解 決 に 努 め る。 そ し て 生 産 性 を 高 め る に し て も、 教 育 の 問 題 を 重 視 し な く て は な ら な い。 篠 原 氏 " 進 出 企 業 は 現 地 化 に つ と め る こ と。 中 山 議 長 " 日 本 は 長 い 目 で 対 話 ・ 援 助 を す る こ と。 性 急 な 開 発 は 禁 物。 ︻注 ︼1ドル=267 コで投算。億円 滞 蟄 轟 盲 瀞 ハ 撒 勢 C 計。 A s E AN共同プロジエクトは民間べース中心である。 ◇ 爺 田 叫 益 義 糾 郵 刈 嘘 刈 諜 圖 伴 誉 冊 じ 計 妙 嚇の 雨 甘 理 国 ◇ 日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 一三
日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 一 四 こ う し た 発 言 の う ち に、 新 し い 日 本 の 座 標 も 示 さ れ て い る。 十 ﹁東 南 ア ジ ア と 日 本 ﹂ 現 況 -駐 在 各 大 使 座 談 会 -朝 日 新 聞 は 昭 和 五 二 年 ( 一 九 七 七) 十 二 月 十 九 日 ( 月)、 外 務 省 で 東 南 ア 駐 在 名 大 使 会 議 が 開 催 さ れ た の を 機 と し て、 東 南 ア 各 国 の 現 況 と 福 田 首 相 歴 訪 後 の 対 日 問 題 に つ い て、 各 大 使 に 聞 く 座 談 会 を 開 い た。 イ ン ド シ ナ 三 国 の 社 会 主 義 化、 米 国 の 軍 事 的 撤 退 に 代 る 経 済 投 資、 対 中 国 接 近 へ の 動 き な ど の う ち に、 東 南 ア 諸 国 は 平 和 と 安 定 へ の 始 動 段 階 に 入 つ た。 () A S E A N 第 二 回 首 脳 会 議 ( 七 七 年 八 月 四 日= ク ア ラ ル ン プ ー ル) (2) A S E A N ・ 日 本 ・ オ ー ス ト ラ リ ア ・ ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド 8 ヵ 国 拡 大 首 脳 会 議 ( 八 月 六 日= ク ァ ラ ル ン プ ー ル) (3) A S E A N 経 済 閣 僚 会 議 ( 九 月 二 日= タ イ 開 催) (4) マ レ ー シ ア の フ セ イ ン ・ オ ン 首 相 来 日 ( 九 月 十 八 日 晒 離 日 二 十 三 日) (5) ベ ト ナ ム ・ タ イ 友 好 協 力 ・ 大 使 交 換 合 意 ( 十 二 月 十 五 日) (6) シ ン ガ ポ ー ル の り ・ ク ア ン ユ ー 首 相 の タ イ 国 訪 問 ( 十 二 月 十 五 日) (7) 毎 日 報 告、 不 幸 に も ベ ト ナ ム 軍 カ ン ボ ジ ア 侵 入、 両 国 軍 交 戦。 ベ ト ナ ム 軍 は 捕 獲 し た 米 国 製 セ ナ ス 機 ミ グ 機 A 37 機 が 使 し て い お か に 見 え る。 国 境 粉 争 ド ロ 沼 化、 ベ ト ナ ム 軍 進 め ず 引 け ず の 状 況 と い わ れ る。 (8) 毎 日 報 告、 昭 和 五 三 年 ( 一 九 七 八) 二 月 二 十 日 タ イ の ク リ ア ン サ ク 首 相 夫 人 同 伴 フ ィ リ ピ ン 公 式 四 日 間 訪 問。 マ ニ ラ の マ ラ カ ニ ア ン 宮 殿 で マ ル コ ス 比 大 統 領 と 会 談、 イ メ ル ダ 夫 人 同 席。 A S E A N 域 内 の 地 域 協 力 問 題 を 話 し 合 う の が 主 目 的。 そ の 他、 ベ ト ナ ム ・ カ ン ボ ジ ア 紛 争 に つ い て の 情 報 交 換、 A S E A N と し て ベ ト ナ ム 復 興 協 力 問 題 な ど。 ﹁ 安 定 へ の 道 さ ぐ る 東 南 ア ﹂ 座 談 会 長 谷 川 孝 昭 大 使 ( ベ ト ナ ム) 堀 新 助 大 使 ( シ ン ガ ポ ー ル、 十 六 日 付 で ポ ー ラ ン ド へ 転 任) 原 栄 士 目 大 使 ( マ レ ー シ ア) 吉 良 秀 通 大 使 ( イ ン ド ネ シ ア) 御 巫 清 尚 大 使 ( フ ィ リ ピ ン) 司 会 林 理 介 ・ 毎 日 本 社 編 集 委 員 日 本 要 人 訪 問 の 継 続 必 要 日 本 の 対 応 問: 福 田 首 相 が A S E A N 諸 国 を 歴 訪 し、 心 と 心 の 触 れ 合 い を か か げ、 大 幅 な 経 済 援 助 を 約 束 し た が、 そ の 後 こ れ ら の 諸 国 は 日 本 の 態 度 を ど う 見 て い る か。
原 大 使 ( マ レ ー シ ア): 今 風 の 東 甫 ア ジ ア 大 使 会 議 で こ の 点 に つ い て 提 言 を ま と め た が、 第 三 に 福 田 訪 問 な ど で 盛 ん に な つ た A S E A N 諸 国 と の 関 係 を さ ら に 強 化 す る た め、 A S E A N 首 脳 と の 会 談 を 今 後 も 続 け て ほ し い、 と い う 点 を あ げ た。 日 本 の 首 相 が そ う ひ ん ぱ ん に A S E A N を 訪 問 す る の は 無 理 だ と し て も、 日 本 政 府 か ら 相 当 の 位 置 に あ る 人 が 継 続 し て 訪 問 し て ほ し い。 約 束 し た 援 助 も、 必 ず 実 行 し て ほ し い。 そ の た め に は、 冷 え き つ た 日 本 の 国 内 景 気 を 回 復 さ せ る 必 要 も あ る と も 提 言 し た。 各 国 の 援 助 申 し 入 れ に つ い て も、 で き る も の と で き な い も の と を、 は つ き り 区 別 し、 で き な い も の は で き な い と い う べ き だ。 吉 良 大 使 ( イ ン ド ネ シ ャ): 日 本 の 援 功 に 対 し て、 い ま 不 満 が 出 て い る わ け で は な い。 し か し 将 来 も こ う う ま く 行 く か ど う か は 分 ら な い。 福 田 訪 問 の 際 に 合 意 に 達 し た 援 助 の う ち、 共 同 工 業 プ ロ ジ ェ ク ト に つ い て は、 イ ン ド ネ シ ア の 尿 素 プ ラ ン ト 建 設 だ け が 企 業 化 調 査 の 段 階 に ま で 到 達 し た が、 あ と の 四 ヵ 国 は ま だ そ こ ま で 話 は 進 ん で い な い。 A S E A N 諸 国 の 主 産 物 と い え ば 一 次 産 品 で、 こ れ に 対 す る 輸 出 所 得 安 定 措 置 を 求 め る 声 が 強 い。 国 連 貿 易 開 発 会 議 ( U N C T A D) で 馬 こ れ を と り あ げ、 一 次 産 品 価 格 安 定 の た め の 共 通 基 金 設 置 に 向 け 努 力 が 払 わ れ て い る。 日 本 も こ う し た 世 界 の 流 れ に 沿 つ て 対 応 す る 措 置 を と つ て 行 く べ き だ ろ う。 A S E A N 産 品 に 対 す る 関 税 の 特 恵 交 渉 も、 日 本 と の 隙 で 近 く 姶 ま る。 A S E A N の 域 内 で は 関 税 一 括 引 下 げ の 話 し 合 い が 進 ん で 来 た。 御 巫 大 使 ( フ ィ リ ピ ン): フ ィ リ ピ ン は タ イ と 並 ん で、 対 日 貿 易 の 赤 字 が 大 き い 国 で、 貿 易 収 支 の 不 均 衡 是 正 を 求 め る 声 が 強 い。 フ ィ リ ピ ン で は 貿 易 収 支 全 体 の 赤 字 の う ち、 対 日 貿 易 に よ る も の が 約 三 分 の 一 を 占 め て お り、 こ れ ま で の 輸 出 品 だ つ た 三 次 産 品 の ほ か、 半 製 品 の 輸 入 を 大 幅 に 認 め て く れ と い う 要 求 が 日 本 に 対 し て 出 て い る。 こ う し た 動 き は A S E A N 各 国 に ほ ぼ 共 通 で、 と く に 半 製 品 を 日 本 に 売 り 込 も う と し て さ か ん に 勉 強 会 な ど も 開 い て い る。 日 本 側 も、 こ う し た 努 力 を 理 解 し て、 で き る だ け 関 税、 非 関 税 障 壁 な ど を と り 払 い、 市 場 を 拡 大 し て や る 方 向 で 協 力 す べ き で は な か ろ う か。 長 谷 川 大 使 ( ベ ト ナ ム) 四 イ ン ド シ ナ 三 国 の 対 日 感 情 は 良 い、 と い つ て も さ し つ か え な い。 日 本 の 対 ベ ト ナ ム 援 助 は 人 道 的 援 助 の 段 階 だ が、 対 ラ オ ス 経 済 援 助 は 継 続 さ れ て お り、 歓 迎 さ れ て い る。 基 本 的 に、 日 本 の 対 イ ン ド ネ シ ア 援 助 は、 今 夏、 マ ニ ラ で 発 表 さ れ た 福 田 約 束 の 精 神 で や つ て 行 ば い い の で は な い か。 ベ ト ナ ム は 三 十 年 間 の 戦 争 で 荒 廃 し て い る。 た と え 額 は 小 さ く て も、 援 助 を 前 向 き に 考 え て 欲 し い。 旧 ベ ト ナ ム 政 権 が 負 つ て い る 債 務 へ の 取 り 扱 い を め ぐ る 交 渉 が 解 決 す れ ば、 両 国 間 に 難 問 は な く な る。 日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 一 五
日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 一 六 堀 大 使 ( シ ン ガ ポ ー ル) 鱒 多 少 の 問 題 は あ つ て も、 東 南 ア ジ ア 諸 国 が 内 外 と も、 い ま ほ ど 安 定 し て い る 時 期 は な い。 そ れ に 米 中 ソ と も、 東 南 ア ジ ア に は 低 姿 勢 と い う か、 積 極 的 に 出 て 来 よ う と は し て い な い。 日 本 に と つ て、 い ま が 東 南 ア ジ ア 外 交 を 進 め る 絶 好 の チ ャ ン ス だ と 思 う。 他 の 欄 に お い て の 発 言 鱒 堀 大 使 に よ れ ば、 シ ン ガ ポ ー ル の 人 口 七 五 % ま で は 華 僑 で、 中 国 と 正 式 の 国 交 は ま だ な い が、 貿 易 は 増 大 し つ つ あ る し、 人 的 な 交 流 も あ る。 イ ン ド ネ シ ャ の 出 方 を 見 て か ら、 中 国 と の 関 係 を 樹 立 し よ う と し て い る。 さ ら に 原 大 使 ( マ レ ー シ ア) に よ れ ば、 米 国 は 東 南 ア ジ ア か ら 軍 事 的 に 撤 退 し つ つ あ る と は い え る が、 マ レ ー シ ア の 場 合、 経 済 関 係 で は 逆 に 密 に な つ て お り、 投 資 が 最 近 ふ え て き て い る、 と。 十 一 ﹁ 苦 悩 す る A S E A N 新 聞 界 ﹂ 読 売 新 聞 は い ま 世 界 で “kjejk usekj 苦 悩 す る ﹁ A S E A N 新 聞 界 ﹂ と 見 出 し を つ け、 日 本 新 聞 協 会 主 催 ﹁ 第 一 回 日 本 A S E A N 編 集 者 会 議 (東 京 と 川 口 湖 で 四 日 間 開 催) を 昭 和 五 三 年 ( 一 九 七 八) 二 月 六 日 ( 月) 特 集 し た。 イ ン ド ネ シ ア、 フ ィ リ ピ ン、 シ ン ガ ポ ー ル、 マ レ ー シ ア、 タ イ 5 ヵ 国 の 編 集 長 や 中 堅 記 者 16 名 参 集。 有 名 な イ ン ド ネ シ ア ﹁ コ ン パ ス し 紙 編 集 長 で A S E A N ジ ャ ー ナ リ ス ト 連 盟 の 顧 問 で あ り、 日 本 報 道 界 と の 協 力 に 熱 心 で あ つ た ヤ コ プ ・ ウ タ マ 氏 が、 政 権 批 判 的 な 記 事 の た め 一 月 二 十 日 発 行 停 止 と な り、 そ の 欠 席 が 会 議 の 大 き な 失 望 で あ つ た。 会 議 の 主 要 テ ー マ は ﹁ 情 報 不 均 衡 と そ の 是 正 ﹂ で あ つ た が 論 議 は 盛 り 上 ら な か つ た。 論 議 は イ ン ド ネ シ ア 軍 機 関 紙 ﹁ ブ リ タ ・ ユ ダ ﹂ 紙 ス ナ ル デ イ 編 集 長、 タ イ 英 字 紙 ﹁ ネ ー シ ョ ン ﹂ 出 身 で タ イ 記 者 協 会 ポ ン サ ク ・ パ ヤ ク ビ チ ェ ン 事 務 局 長、 ﹁ A S E A N ジ ャ ー ナ リ ス ト 連 盟 ﹂ ゴ ン ザ レ ス 会 長 に よ つ て 運 ば れ た。 ゴ ン ザ レ ス C A J 会 長 は 次 の 三 点 を 総 括 し た。 (1) ユ ネ ス コ ( 国 連 教 育 ・ 科 学 ・ 文 化 機 関) の 調 査 で は、 第 三 世 界 に 関 す る ニ ュ ー ス は、 世 界 の ニ ュ ー ス 総 量 の 二 〇 % に す ぎ な い。 フ ィ リ ピ ン に 入 つ て く る A P、 ロ イ タ ー な ど 四 大 外 国 通 信 社 の ニ ュ ー ス も、 九 〇 % が ワ シ ン ト ン、 ロ ン ド ン、 パ リ に 関 す る も の だ。(2) 三 方、 ア ジ ア か ら は、 ス キ ャ ン ダ ル、 殺 人 な ど の 悪 い 事 件 し か ニ ュ ー ス に な ら ず、 そ れ も 先 進 国 の 都 合 や 価 値 判 断 で 書 か れ て い る。 経 済 政 策、 外 交 方 針 な ど は 誤 報 さ れ る か、 無 視 さ れ る。 わ れ わ れ が 重 視 す る 経 済 発 展 の 報 道 も き わ め て 限 ら れ て い る。(3) 少 数 の 通 信 社 に ニ ュ ー ス を 独 占 さ れ、 彼 ら の 価 値 観 だ け で ニ ュ ー ス が 作 ら れ る こ と に 情 報 不 均 衡 の 本 質 問 題 が あ る の だ か ら、 こ れ ら の 通 信 社 を 規 制 す る 何 ら か の 措 置 が 必 要 と 考 え る。 ( 同 年、 ス リ ラ ン カ の コ ロ ン ボ で 瀾 か れ た 非 同 盟 諸 国 首 脳 会 議 は ﹁ 第 三 世 界 通 信
社 プ ー ル ﹂ を 正 式 に 採 択 し た) ゴ ン ザ レ ス 会 長 の 発 言 を 受 け て、 共 同 通 信 の 堀 川 敏 雄 氏 が (1) 外 国 通 信 社 が 意 図 的 に 共 謀 し て、 第 三 世 界 の 印 象 を 悪 く し て い る と は 考 え ら れ な い。(2) ア ジ ア 通 信 社 プ ー ル の 設 置 は、 コ ス ト 面 か ら み て 不 均 衡 是 正 の 最 善 策 で は な い。(3) 外 国 通 信 社 と 発 展 途 上 国 間 は 情 報 を も つ と 交 換 し、 新 聞 は 海 外 ニ ュ ー ス の ス ペ ー ス を 広 げ る べ き だ、 と。 こ う し た 情 勢 の う ち に、 ア ジ ア の 新 聞 界 が、 記 者 育 成 施 設 改 善 と い う 地 道 な 分 野 で、 日 本 の 援 助 に 目 を 向 け て き た こ と は、 特 筆 す べ く、 日 本 新 聞 協 会 も 具 体 案 を 考 案 し、 ﹁ 日 本 A S E A N 編 集 者 会 議 ﹂ の 席 上、 こ の 計 画 が 本 決 り と な つ た。 最 後 に、 経 済 と 違 つ て、 情 報 分 野 で の 日 本 の 立 場 は 実 に ユ ニ ー ク で あ る。 大 量 の ニ ュ ー ス、 読 み 物 を 欧 米 か ら 買 い 入 れ、 多 数 の 特 派 員 を 競 争 で 世 界 に 散 在 さ せ な が ら、 ニ ュ ー ス の 輸 出 は ほ と ん ど ゼ ロ。 こ う し た 特 殊 な 立 場 は、 先 進 国 と 第 三 世 界 の 間 で、 か な り 重 要 な 役 割 を 演 じ る の に 適 し て い る。 ま ず そ の 手 始 め と し て、 ア ジ ァ の 記 者、 情 報 の 交 流 は ぜ ひ と も 成 功 さ せ た い。 十 二 ﹁ 庚 南 ア ジ ア の 政 経 体 制 と 学 生 騒 動 の 根 ﹂ 朝 日 新 聞 は 昭 和 五 三 年 ( 三 九 七 八) 二 月 七 日 ( 火) の 社 説 に ﹁ 東 南 ア ジ ア の 政 治 と 学 生 ﹂ と 題 し、 学 生 騒 動 と そ の 不 満 の 根 を 七 〇 年 代 に 焦 点 を お き、 イ ン ド ネ シ ア、 ビ ル マ、 タ イ、 マ レ ー シ ア に 例 を と つ て、 そ の 根 ( ル ー ッ) 解 明 を 試 み て い る。 そ し て(1) 第 一 に は、 政 治 ・ 経 済 体 制 の 全 般 に み な ぎ つ て い る 腐 敗 へ の 不 満 で あ り、(2) 第 二 に は、 民 衆 と 上 層 階 級 の 貧 富 の 格 差 へ の 不 満 で あ る と 要 約 し て い る。 イ ン ド ネ シ ア で は、 と か く 軍 の 支 持 が 学 生 騒 動 の 後 ろ に あ る こ と が 多 く、 六 六 年 の 騒 動 に つ づ い て、 七 四 年 田 中 元 首 相 の 訪 問 を 迎 え た ジ ャ カ ル タ 暴 動 も そ う で あ つ た。 ビ ル マ は 古 く か ら 学 生 運 動 の 伝 統 が あ る。 ネ ・ ウ ィ ン 体 制 下 で し ば ら く 鳴 り を ひ そ め て い た が、 七 四 ・ 五 年 に は ウ ・ タ ン ト 国 連 事 務 総 長 の 遺 体 問 題 や 経 済 危 機 な ど で 大 き な 学 生 騒 動 が あ つ た。 こ こ で は 現 体 制 内 の 不 満 分 子 と 結 び つ く と い う よ り も、 経 済 的 行 き 詰 ま り に 対 す る 純 粋 な 怒 り が 燃 え 上 が る こ と が 多 い と み て よ い だ ろ う。 タ イ の 学 生 運 動 は、 七 〇 年 代 に な つ て 目 立 ち だ し、 急 速 に 比 重 を 加 え た。 七 三 年 十 月、 学 生 た ち に 軍 事 政 権 を 倒 し、 民 主 化 を 実 現 さ せ た の は、 政 権 の 腐 敗 と 経 済 的 苦 境 で あ つ た。 し か し そ れ が 三 年 で 再 び 軍 事 政 権 に 逆 転 し た の は、 イ ン ド シ ナ に お け る 社 会 主 義 革 命 が 王 家 を 頂 点 と す る 上 層 階 級 に 与 え た 衝 撃 の た め で あ ろ う。 マ レ ー シ ア で も 学 生 運 動 が 際 立 つ て く る の は 七 〇 年 代 に な つ て か ら で あ る。 六 九 日 本 仏 教 文 化 会 議 ( 上) ( 宮 本) 四 三 七